説明

無段変速装置

【課題】変速比を無限大に変化させられる無段変速装置に関して、エンジンを始動させる為のスタータモータの負担を十分に低減する事ができ、しかも、各トラクション部に過大な滑りが発生する事のない構造を実現する。
【解決手段】前記エンジンの起動後に制御器は、シフトレバーが非走行状態のままである事を条件に、押圧装置が発生する押圧力を徐々に上昇させる。そして、各パワーローラを支持したトラニオンの傾転角を互いに同期させる。その後、学習機能に基づいて、前記トロイダル型無段変速機の変速比を所望の値に調節する為のステップ数を学習する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、トロイダル型無段変速機と遊星歯車ユニットとを組み合わせて成り、入力部材を一方向に回転させた状態のまま出力部材の回転方向を、停止状態を挟んで両方向に変換可能とする、変速比を無限大に変化させられる無段変速装置の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速装置として使用可能なトロイダル型無段変速機が、例えば特許文献1〜3に記載される等により従来から広く知られている。又、トロイダル型無段変速機と遊星歯車式変速機とを組み合わせて無段変速装置を構成する事も、特許文献4〜6に記載される等により、従来から広く知られている。特に、このうちの特許文献5〜6には、トロイダル型無段変速機の変速比(以下、単に「変速比」とする。本明細書及び特許請求の範囲で同じ。)を調節する事により、無段変速装置全体としての変速比(以下、「速度比」とする。本明細書及び特許請求の範囲で同じ。)を、停止状態(速度比無限大の状態)を挟んで、前進状態と後退状態とに切り換えられる無段変速装置が記載されている。又、特許文献7には、この様な無段変速装置の速度比等を制御する為の油圧制御回路に関する発明が記載されている。又、特許文献8には、この速度比を調節する為の変速比制御弁を開閉制御する為の構造が記載されている。更に、特許文献9には、前記変速比無限大の状態を実現する状態を学習記憶して、この状態を確実に実現できる様にする為の発明が記載されている。
【0003】
本発明は、上述の様な、速度比無限大の状態を実現できる無段変速装置の改良に関するものであるから、先ず、この様な無段変速装置の構造及び作用に就いて、前記特許文献6の記載を基にして、図4〜5により説明する。この無段変速装置は、トロイダル型無段変速機1と、遊星歯車式変速機2とを組み合わせて成り、入力部材である入力軸3と、出力部材である出力軸4とを有する。これら入力軸3と出力軸4との間には、前記トロイダル型無段変速機1の入力回転軸5と伝達軸6とを、これら両軸3、4と同心に設けている。そして、前記遊星歯車式変速機2のうちの前段ユニット7と中段ユニット8とを前記入力回転軸5と前記伝達軸6との間に掛け渡す状態で、後段ユニット9をこの伝達軸6と前記出力軸4との間に掛け渡す状態で、それぞれ設けている。
【0004】
又、前記トロイダル型無段変速機1は、1対の入力ディスク10a、10bと、一体型の出力ディスク11と、複数のパワーローラ12a、12bとを備える。このうちの両入力ディスク10a、10bは、前記入力回転軸5を介して互いに同心に、且つ、同期した回転を自在として結合されている。又、前記出力ディスク11は、前記両入力ディスク10a、10b同士の間に、これら両入力ディスク10a、10bと同心に、且つ、これら両入力ディスク10a、10bに対する相対回転を可能として支持されている。更に、前記各パワーローラ12a、12bは、前記出力ディスク11の軸方向両側面と前記両入力ディスク10a、10bの軸方向片側面との間に、それぞれ複数個ずつ(図示の例の場合は2個ずつ、合計4個)挟持されている。そして、前記両入力ディスク10a、10bの回転に伴って回転しつつ、これら両入力ディスク10a、10bと前記出力ディスク11との間で動力を伝達する。
【0005】
又、前記出力ディスク11はその軸方向両端部を、ケーシング13内に、それぞれ1対ずつの支柱14、14と、スラストアンギュラ玉軸受である転がり軸受15、15とにより、回転自在に支持している。又、前記両支柱14、14の両端部近傍に、それぞれ支持板16、16を支持している。そして、これら両支持板16、16同士の間に複数のトラニオン17a、17bを、それぞれの両端部に互いに同心に設けた枢軸18、18を中心とする揺動及び軸方向(図4〜5の上下方向)の変位を可能に支持している。又、前記各トラニオン17a、17bの内側面(互いに対向する面)に前記各パワーローラ12a、12bを、それぞれ支持軸19、19並びに複数組の転がり軸受を介して、回転並びに前記入力回転軸5の軸方向に関する若干の変位を自在に支持している。そして、前記各パワーローラ12a、12bの周面と、前記両入力ディスク10a、10bの軸方向片側面及び前記出力ディスク11の軸方向両側面とを転がり接触させている。これら各面同士の転がり接触部が、トラクションオイルを介して動力を伝達する、トラクション部となる。
【0006】
又、前記入力回転軸5の基端部(図4の左端部)を図示しないエンジンのクランクシャフトに、前記入力軸3を介して結合し、このクランクシャフトにより前記入力回転軸5を回転駆動する様にしている。又、前記入力回転軸5の基端部と、前記エンジンに近い側(図4の左側)の入力ディスク10aとの間に、油圧式の押圧装置20を設け、前記各トラクション部に、適正な面圧を付与できる様にしている。又、前記出力ディスク11に、中空回転軸21の基端部(図4の左端部)をスプライン係合させている。そして、この中空回転軸21を、前記エンジンから遠い側(図4の右側)の入力ディスク10bの内側に挿通して、前記出力ディスク11の回転力を取り出し可能としている。更に、前記中空回転軸21の先端部(図4の右端部)で前記入力ディスク10bの外側面から突出した部分に、前記遊星歯車式変速機2の前段ユニット7を構成する為の、太陽歯車22を固設している。
【0007】
一方、前記入力回転軸5の先端部(図4の右端部)で前記中空回転軸21から突出した部分と前記入力ディスク10bとの間に、キャリア23を掛け渡す様に設けて、この入力ディスク10bと前記入力回転軸5とが、互いに同期して回転する様にしている。そして、前記キャリア23の軸方向両側面の円周方向等間隔位置(一般的には3〜4個所位置)に、それぞれがダブルピニオン型であって前記遊星歯車式変速機2の前段ユニット7及び前記中段ユニット8を構成する遊星歯車24〜26を、回転自在に支持している。更に、前記キャリア23の片半部(図4の右半部)周囲にリング歯車27を、回転自在に支持している。又、前記伝達軸6の基端部(図4の左端部)に固設した第二太陽歯車28を、前記リング歯車27の内径側に配置している。
【0008】
又、前記後段ユニット9を構成する為の第二キャリア29を、前記出力軸4の基端部(図4の左端部)に結合固定している。そして、この第二キャリア29と前記リング歯車27とを、低速用クラッチ30を介して結合している。又、前記伝達軸6の先端寄り(図4の右端寄り)部分に第三太陽歯車31を固設している。又、この第三太陽歯車31の周囲に、第二リング歯車32を配置し、この第二リング歯車32と前記ケーシング13等の固定の部分との間に、高速用クラッチ33を設けている。更に、前記第二リング歯車32と前記第三太陽歯車31との間に配置した複数組の遊星歯車34、35を、前記第二キャリア29に回転自在に支持している。
【0009】
上述の様に構成する無段変速装置の場合、入力回転軸5から1対の入力ディスク10a、10b、各パワーローラ12a、12bを介して一体型の出力ディスク11に伝わった動力は、前記中空回転軸21を通じて取り出される。そして、前記低速用クラッチ30を接続し、前記高速用クラッチ33の接続を断った、所謂低速モードの状態では、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を調節する事により、前記入力回転軸5の回転速度を一定にしたまま、前記出力軸4の回転速度を、所謂ギヤードニュートラル(G/N)と呼ばれる停止状態(速度比無限大の状態)を挟んで正転、逆転に変換自在となる。一方、前記高速用クラッチ33を接続し、前記低速用クラッチ30の接続を断った、所謂高速モードの状態では、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を増速側に変化させる程、無段変速装置全体としての速度比も増速側に変化する。この状態で図4〜5に示した無段変速装置は、前記入力軸3から前記出力軸4に伝達する動力の一部を、前記入力側回転軸5を介して前記トロイダル型無段変速機1をバイパスさせる、所謂パワースプリット状態となる。このパワースプリット状態では、前記トロイダル型無段変速機1を通過するトルクを低減できる為、このトロイダル型無段変速機1の耐久性向上と、無段変速装置全体としての伝達効率の向上とを図れる。前記低速、高速両モードでの、前記トロイダル型無段変速機1の変速比と前記無段変速装置の速度比との関係、各モード状態でこのトロイダル型無段変速機1を通過するトルクの方向及び大きさ等に就いては、特許文献5、7、9等に記載されて従来から広く知られている為、図示並びに詳しい説明は省略する。
【0010】
上述の様な無段変速装置に組み込まれたトロイダル型無段変速機1の変速比の調節は、前記各トラニオン17a、17bを、油圧式のアクチュエータ36、36により、前記各枢軸18、18の軸方向に変位させる事により行う。前記各トラニオン17a、17bをこれら各枢軸18、18の軸方向に変位させると、これら各トラニオン17a、17bに支持された前記各パワーローラ12a、12bの周面と、前記各ディスク10a、10b、11の軸方向側面との転がり接触部(トラクション部)に作用する接線方向の力の向きが、前記各枢軸18、18の軸方向に対し変化する。具体的には、各トラクション部が中立位置(各トラクション部の中心が、前記各ディスク10a、10b、11の中心軸を含み、前記各枢軸18、18の中心軸同士を結ぶ仮想直線に対し直交する仮想平面上に存在する状態)からずれると、ずれの方向に応じて、前記各トラニオン17a、17bに、前記各枢軸18、18を中心として、減速側又は増速側に揺動させる方向の力が加わる。そして、前記各トラクション部の位置が、前記各ディスク10a、10b、11の径方向に関して変化し、前記変速比が変化する。この変速比が所望の値になった状態で、前記各トラクション部を前記中立位置に戻せば、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を、前記所望の値に保持できる。尚、前記各アクチュエータ36、36は、このトロイダル型無段変速機1が動力を伝達している間中、この動力伝達に基づいて前記各トラニオン17a、17bに加わる、前記各枢軸18、18の軸方向のスラスト荷重(トロイダル型無段変速機の技術分野で「2Ft」と呼ばれる力)を支承する。
【0011】
上述の様に、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を所望の値に調節し、調節後の値に保持する為の機構に就いて、特許文献8の記載に基づいて説明する。この機構は、図6に示す様に、変速比制御弁37と、ステッピングモータ38と、プリセスカム39とにより構成している。このうちの変速比制御弁37は、スプール40とスリーブ41とを、軸方向の相対変位を可能に組み合わせたもので、これらスプール40とスリーブ41との相対変位に基づき、油圧源42と、前記アクチュエータ36の油圧室43a、43bとの給排状態を切り換える。又、前記スプール40とスリーブ41とは、前記各トラニオン17a、17bのうちの何れか1個のトラニオン17aの動きと前記ステッピングモータ38とにより、相対変位させる様にしている。図示の例では、前記何れか1個のトラニオン17aの動き、即ち、前記枢軸18の軸方向の変位及びこの枢軸18を中心とする揺動変位を、前記プリセスカム39及びリンク腕44を介して前記スプール40に伝達してこのスプール40を軸方向に変位させ、前記ステッピングモータ38により前記スリーブ41を軸方向に変位させる様にしている。
【0012】
前記トロイダル型無段変速機1の変速比を調節する際には、前記ステッピングモータ38により前記スリーブ41を所定位置にまで変位させ、前記変速比制御弁37を所定方向に開く。すると、前記各トラニオン17a、17bに付属の前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43bに対して圧油が所定方向に給排されて、これら各アクチュエータ36、36により前記各トラニオン17a、17bが、それぞれ前記各枢軸18、18の軸方向に変位する。この結果、これら各トラニオン17a、17bに支持された前記各パワーローラ12a、12bに関する前記各トラクション部が前記中立位置からずれて、前記変速比が変化し始める。この様に前記各トラクション部が中立位置からずれて変速比が変化し始める瞬間には、前記各トラニオン17a、17bの軸方向変位に伴って、前記変速比制御弁37の開閉状態が、前記所定方向とは逆方向に切り換わる。従って、前記各トラニオン17a、17bは、変速の為に揺動変位を開始し始めた瞬間から、軸方向に関して中立位置に向け移動し(戻り)始める。そして、前記変速比が前記所望の値になった状態で、前記各トラクション部が前記中立位置に戻ると同時に、前記変速比制御弁37が閉じられる。この結果、前記トロイダル型無段変速機1の変速比が、前記所望の値に保持される。
【0013】
前記ギヤードニュートラル状態を実現できる無段変速装置の構造及び作用は前述の通りであり、この無段変速装置に組み込むトロイダル型無段変速機1の変速比を調節する機構の構造及び作用は上述の通りであるが、前記無段変速装置を実用化する面から、後述する様な問題がある。尚、この問題は、この無段変速装置を実用化する上で、次の(1)〜(5)の様な構造を採用する事により生じる。
(1) 前記各トラクション部の面圧を確保する為の押圧装置20として、機械式のローディングカム装置ではなく、油圧式のものを使用する。
(2) 前記押圧装置20の油圧室45a、45b内に油圧が導入されていない状態で前記各トラクション部の面圧を確保する為の与圧ばね46は、省略するか、設けたとしても、輸送時のがたつきを防止できる程度の小さな弾力しか持たないものを使用する。
(3) 前記各トラニオン17a、17bの傾転角を同期させる為の、機械式の同期機構を省略する。
(4) 前記変速比制御弁37の切換を制御する為の、前記ステッピングモータ38のステップ数と前記トロイダル型無段変速機1の実変速比とを比較して学習し、その結果を、前記ステッピングモータ38を制御する為の制御器に記憶させる機能を持たせる。
(5) 前記各トラニオン17a、17bをそれぞれの枢軸18、18の軸方向に変位させる為、これら各トラニオン17a、17b毎に設けた前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43bへの圧油の給排は、単一の変速比制御弁37により行う。そして、前記各トラニオン17a、17bの動き(軸方向変位量及び傾転角)をこの変速比制御弁37にフィードバックする為のプリセスカム39等は、何れか1個のトラニオン17aにのみ設ける。
以下、これら(1)〜(5)の構造を採用する理由、並びにこれらの構造を採用する事に伴って生じる問題に就いて説明する。
【0014】
先ず、前記(1)の構造を採用する理由は、前記低速用、高速用両クラッチ30、33の切換時に、前記トロイダル型無段変速機1の各トラクション部で、所謂グロススリップと呼ばれる過大な滑りが発生する事を防止する為である。トロイダル型無段変速機1と遊星歯車式変速機2とを組み合わせて成る無段変速装置の技術分野で周知の様に、前記ギヤードニュートラルポイント(G/Nポイント)を通過する際、並びに、前記両クラッチ30、33の切換時には、前記トロイダル型無段変速機1を通過するトルクの方向が逆転する。従って、ローディングカム装置の場合には、前記G/Nポイント通過の際や、前記両クラッチ30、33の切換時に、瞬間的に押圧力(ローディング圧)が喪失し、前記各トラクション部でグロススリップが発生する。この為、前記押圧装置20として油圧式のものを使用し、前記G/Nポイント通過の際や前記切換時にも必要な押圧力を確保する様にしている。一方、油圧式の押圧装置20の油圧室45a、45b内に供給する圧油は、走行用のエンジンにより駆動されるポンプから吐出されるものを利用するので、このエンジンが停止している状態では、油圧に基づく押圧力を得られない。
【0015】
次に、前記(2)の構成を採用する理由は、エンジンを起動させる為に要するトルクを小さく抑える為である。与圧ばねを省略するか、設けたとしても小さな弾力しか持たないものを使用すれば、エンジンの起動時に前記トロイダル型無段変速機のうちの入力ディスク10a、10b及びこれら両入力ディスク10a、10bに結合された部材のみを回転させれば済む。言い換えれば、前記各パワーローラ12a、12b及び前記出力ディスク11に加えて、この出力ディスク11と共に回転する太陽歯車22等を回転させる必要がない。この為、前記エンジンの起動時にスタータモータ(セルモータ)により回転させる必要がある部分の質量を少なく抑えて、このスタータモータの小型化、並びに、エンジンの始動に要するエネルギの低減を図れる。但し、前記与圧ばねを省略若しくは弾力が小さいものを使用すると、前記各トラクション部が互いに自由に(勝手に)動く様になる。この為、上述の様に前記押圧装置20の油圧室45a、45b内の油圧が立ち上がっていない状態では、前記各ディスク10a、10b、11の相対回転に基づいて前記各トラクション部の動きを同期させ、前記各トラニオン17a、17bの傾転角を一致させる事はできない。
【0016】
次に、前記(3)の構造を採用する理由は、前記トロイダル型無段変速機1を構成する前記各トラニオン17a、17bの揺動変位を円滑に行わせ、且つ、このトロイダル型無段変速機1により伝達する動力を大きくした場合でも、十分な耐久性及び信頼性を確保する為である。従来から一般的に知られているトロイダル型無段変速機の場合には、各トラニオン同士の間に、ケーブル、歯車伝達機構、リンク機構等の機械式の同期機構を設けて、これら各トラニオンが揺動する角度(傾転角)を機械式に同期させる様にしている。但し、この様な機械式の同期機構を組み込むと、この同期機構の抵抗が、前記各トラニオンを揺動変位させる事に対する抵抗となり、これら各トラニオンの揺動変位を円滑に行わせる面からは不利になる。又、例えばケーブルによる同期機構は、長期間に亙る使用に伴って、このケーブルが切断される可能性を否定できず、更に、歯車伝達機構は、噛合部で発生した摩耗粉がトラクション部を傷める可能性を否定できない等、何れも、十分な耐久性及び信頼性を確保する面からは不利になる。
【0017】
この為、機械式の同期機構を省略し、前記各トラニオン17a、17bの傾転角の同期を、前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43b内への圧油の給排制御のみにより行う事が研究されている。但し、これら各油圧室43a、43b内に給排する圧油にしても、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内に供給する圧油と同様に、走行用のエンジンにより駆動されるポンプから吐出されるものを利用する。従って、このエンジンが停止している状態では、前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43b内の油圧は喪失した状態となる。そして、この状態では、これら各アクチュエータ36、36により、前記各枢軸18、18の軸方向に関する前記各トラニオン17a、17bの位置、延いてはこれら各トラニオン17a、17bの傾転角を確実に同期させる事はできない。
【0018】
又、前記(4)の構造を採用する理由は、無段変速装置に関して無限大の速度比を実現すべく、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を精度良く規制する為である。前述の様なギヤードニュートラルを実現する際のトロイダル型無段変速機1の変速比は、前記遊星歯車式変速機2を構成する前記各歯車22、24〜28の歯数により定まるし、前記トロイダル型無段変速機1の実変速比(運転状態での実際の変速比)は、それぞれが回転センサにより測定可能な、前記両入力ディスク10a、10bの回転速度と前記出力ディスク11の回転速度との比に基づいて求められる。一方、前記トロイダル型無段変速機1の変速比の値は、前記ステッピングモータ38のステップ数(全ストロークに関する分割数ではなく、位置を表す数)と1対1で対応するが、各部品の加工誤差、組み付け誤差、使用開始後の各部の変形等により、予め前記変速比と前記ステップ数とを対応させておく事は難しい。これに対して、本発明が対象とする、前記ギヤードニュートラルを実現する無段変速装置に組み込む前記トロイダル型無段変速機1の変速比は、高精度に規制する必要がある。
【0019】
この様な事情により、前記特許文献9に記載されている様に、前記実変速比と前記ステップ数とを対応(学習)させて前記制御器に記憶させる事が考えられている。この場合に、この制御器が学習し更に記憶する、前記トロイダル型無段変速機1の変速比としては、前記ギヤードニュートラル(G/N)を実現する変速比を採用する事が一般的である。この理由は、このギヤードニュートラルを実現する変速比に関しては、高精度に規制する必要がある為と、無段変速装置を搭載した車両が停止する毎に、この無段変速装置の速度比はギヤードニュートラル状態となり、頻繁に出現するので、学習ポイントとして適切な為とである。そして、この様な学習機能に基づき、エンジンの始動直後、前記各トラクション部の面圧が不十分な状態であっても、前記プリセスカム39を設けたトラニオン17aに支持されて、このプリセスカム39による姿勢制御を受けるパワーローラ12aは、前記ギヤードニュートラルを実現する変速比に調節される。これに対して、前記プリセスカム39による姿勢制御を受けない、残りの(図示の例では3個の)パワーローラ12bは、前記ギヤードニュートラルを実現する変速比に調節されるとは限らない。
【0020】
又、前記(5)の構造を採用する理由は、前記トロイダル型無段変速機1を含む無段変速装置の小型・軽量化、変速比制御の簡略化等を図る為である。前記各トラニオン17a、17b毎に、変速比制御弁37、ステッピングモータ38、プリセスカム39等を設け、これら各トラニオン17a、17bの傾転角をそれぞれ別個に(但し同期する様に)制御する事も可能ではあるが、前記各部材37〜39等を設ける為のスペースが嵩むだけでなく、複数個のステッピングモータ38を適切に制御する為の制御が面倒になる。この為、前記変速比制御弁37及びステッピングモータ38を1組だけ設け、何れか1個のトラニオン17aの姿勢を、前記プリセスカム39及び前記リンク腕44を介して、前記変速比制御弁37のスプール40(又はスリーブ41)にフィードバックする様にしている。
【0021】
この様な構造を採用した場合、前記各パワーローラ12a、12bに関するトラクション部の総てが、何れも適切な動力伝達状態であれば、総てのトラニオン17a、17bの傾転角を互いに同期させられる。又、これら各トラニオン17a、17bのうちの一部のトラニオン17bの傾転角が、他のトラニオン17a、17bの傾転角と多少ずれても、当該トラニオン17bの傾転角は、他のトラニオン17a、17bの傾転角に一致する。この様に傾転角を一致させる動作は、不安定状態を安定させる、言い換えれば、当該トラニオン17bに加わるエネルギを最小にする方向に当該トラニオン17bが自然に揺動する事で行われる。但し、前記プリセスカム39を設けた何れか1個のトラニオン17aに関しては、このトラニオン17aに付属のアクチュエータ36の油圧室42a、42b内に油圧を導入している限り、前記プリセスカム39の働きにより、傾転角が前記変速比制御弁37の状態により規制されるので、前記1個のトラニオン17aの傾転角が、上述の様に、不安定状態を安定させるべく自然に揺動する事はない。この1個のトラニオン17aの傾転角は、飽くまでも前記変速比制御弁37の開閉状態を規制する、前記ステッピングモータ38のステップ数に応じた値になる。
【0022】
尚、給油通路の構造上、エンジンの起動後、前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43b内の油圧が立ち上がる(動力伝達に伴ってこれら各アクチュエータ36、36に加わるスラスト荷重を支承可能な程度にまで上昇する)タイミングに比べて、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内の油圧が立ち上がる(各トラクション部での動力伝達が可能な程度にまで上昇する)タイミングが少し遅れる。この様な、油圧が立ち上がるタイミングの相違は、油圧源と前記各アクチュエータ36、36及び前記押圧装置20との距離や、圧油導入の為の給油通路の構造の相違等により生じる。即ち、前記各アクチュエータ36、36は、ケーシング13内に固定されたアクチュエータボディ内に設けられている為、これら各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43b内に油圧を導入する為の給油通路の構造は単純なもので済み、前記変速比制御弁37からの距離も短くし易い。これに対して、前記押圧装置20は、前記入力軸3及び前記入力回転軸5と共に回転する構造である為、この押圧装置20の油圧室45a、45b内に油圧を導入する為の構造が複雑になり、油圧制御弁からの距離も長くなり易い。この為、前述の様に、前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43b内の油圧が立ち上がるタイミングに比べて、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内の油圧が立ち上がるタイミングが少し遅れる。
【0023】
以上の事を前提として、本発明が解決しようとする課題に就いて、具体的に説明する。エンジンが停止した状態では、前記各アクチュエータ36、36の油圧室43a、43b内の油圧も、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内の油圧も、何れも喪失した状態となる。この状態で、前記低速用、高速用両クラッチ30、33の接続を何れも断った状態で前記エンジンを始動すると、前記各油圧室43a、43b、45a、45b内の油圧が十分に立ち上がる以前に、前記各パワーローラ12a、12bが前記各ディスク10a、10b、11同士の間で動力伝達を開始する。但し、この状態では、前記各パワーローラ12a、12bに関するトラクション部は、相当に大きく滑った(両入力ディスク10a、10bにまで伝わった動力の極く一部のみを、出力ディスク11に伝達する)状態となる。又、この状態では、前記各パワーローラ12a、12bを回転自在に支持した前記各トラニオン17a、17bに加わるスラスト荷重(前記2Ft)は、それぞれ前記各アクチュエータ36、36により支承されず、前記各トラニオン17a、17bは、それぞれの両端部に設けた枢軸18、18の軸方向に、ほぼ自由に変位可能な状態である。
【0024】
この状態で、前記各ディスク10a、10b、11同士の相対回転に基づき、前記各トラクション部に接線方向の力が作用すると、トロイダル型無段変速機の技術分野で広く知られている様に、前記各パワーローラ12a、12bを回転自在に支持した前記各トラニオン17a、17bは、前記トロイダル型無段変速機1の変速比が最大減速状態となる方向に変位する。この状態でも、前記プリセスカム39を設けた1個のトラニオン17aに支持されたパワーローラ12aのトラクション部の滑りが大きいと、当該パワーローラ12aが最大減速状態になる以前に残り3個のトラニオン17bに支持されたパワーローラ12bが最大減速位置に達する可能性がある。そして、この状態で前記1個のトラニオン17aの傾転角が、先に述べた学習機能に基づき、ギヤードニュートラル状態を実現する為の変速比に見合う値になる様に制御されても、残り3個のトラニオン17bの傾転角は、前記最大減速状態に見合う値のままに留まる可能性がある。即ち、前記制御が開始された瞬間に於ける、前記1個のパワーローラ12aの位置と前記ギヤードニュートラルを実現する為の位置とのずれが、前記3個のパワーローラ12bの位置と前記ギヤードニュートラルを実現する為の位置とのずれよりも、大幅に小さくなる可能性がある。この場合には、前記1個のパワーローラ12aが前記ギヤードニュートラルを実現する為の位置になっても、前記3個のパワーローラ12bは、このギヤードニュートラルを実現する為の位置よりも、減速側に大きく外れた位置に存在する状態となる。
【0025】
又、エンジンを始動する状態では、運転状態を切り換える為のシフトレバーを、ニュートラル位置(Nレンジ)又はパーキング位置(Pレンジ)に切り換える。このシフトレバーをこれら両位置に切り換えた状態では、無段変速装置が動力を伝達する事はないので、前記低速用、高速用両クラッチ30、33は何れも接続を断たれている。又、前記トロイダル型無段変速機1も動力を伝達する必要がない為、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内に油圧を導入する必要もない。即ち、前記エンジンを起動させた直後、前記シフトレバーの位置が、前記Nレンジ又は前記Pレンジである場合には、前記各トラクション部の面圧は僅少なままである。従って、そのまま何らの対策も取らない場合で、上述の様に、前記1個のパワーローラ12aの位置と前記3個のパワーローラ12bの位置とが大きくずれた場合には、このずれがそのまま解消されずに残った状態のままとなる可能性がある。
【0026】
この様な状態であるにも拘らず、運転者が車両を発進させる為の操作を行うと、具体的には、前記シフトレバーを、前進位置(Dレンジ)又は後退位置(Rレンジ)に切り換えると、前記低速用クラッチ30が繋がれ、更に、前記押圧装置20が発生している押圧力が高められる。そして、前記各トラクション部の面圧を、大きな動力伝達を可能な程度にまで高くした状態で、前記トロイダル型無段変速機1が運転される。すると、前記1個のトラニオン17aに支持されたパワーローラ12aに関するトラクション部で、面圧が高い状態で、過大な滑りが発生する可能性がある。即ち、上述した様に、前記1個のパワーローラ12aに関するトラクション部が、前記残り3個のパワーローラ12bのトラクション部よりも滑り易いと、エンジンの始動に基づく前記両入力ディスク10a、10bの回転に伴って、前記各パワーローラ12a、12bの姿勢が、それぞれ上述の様に、前記プリセスカム39による制御を受ける1個のパワーローラ12aと残り3個のパワーローラ12bとで異なった状態になり易い。そして、この様に、プリセスカム39による制御を受ける1個のパワーローラ12aと残り3個のパワーローラ12bとで、変速比(傾転角)が互いに異なった状態のまま、前記押圧装置20が発生する押圧力が上昇して、前記両入力ディスク10a、10bと前記出力ディスク11との間で動力の伝達を開始すると、前記トロイダル型無段変速機1は、数が多い、前記残り3個のパワーローラ12bの変速比に見合った状態(例えば最大減速状態)で運転される。この為、前記エンジンを始動させた後、そのままの状態で前記シフトレバーをDレンジ又はRレンジに切り換えると、前記トロイダル型無段変速機1のトラクション部で、グロススリップが発生する可能性がある。
【0027】
具体的には、前記1個のパワーローラ12aは、Dレンジを選択した場合には、ギヤードニュートラルに対応する変速比(G/Nポイント)よりも少しだけ低速側の変速比を実現する位置に、Rレンジを選択した場合には、このG/Nポイントよりも少しだけ高速側の変速比を実現する位置に、それぞれ変位する。何れにしても、前記シフトレバーが走行位置に切り換えられると、前記1個のトラニオン17aに支持された1個のパワーローラ12aは、前記G/Nポイントの近傍位置に変位する。これに対して、残りの複数個(図4〜5に記載した構造の場合には3個)のパワーローラ12bは、前記プリセスカム39による制御を受けない為、そのままの位置(例えば最大減速状態のままの位置)に留まる。この状態で前記押圧装置20の油圧室45a、45b内の油圧が上昇し、前記各トラクション部の面圧が上昇すると、前記トロイダル型無段変速機1は、例えば最大減速比のまま運転される。この理由は、前記1個のパワーローラ12aに関するトラクション部の面積よりも、残り3個のパワーローラ12bに関するトラクション部の面積の合計が広く(3倍に)なり、これら残り3個のパワーローラ12bによる変速比が優先される為である。そして、この状態では、前記1個のパワーローラ12aに関するトラクション部ではグロススリップが発生する。
【0028】
しかも、上述の様にして発生するグロススリップは、次第に著しくなる。この点に就いて、図7を参照しつつ説明する。上述の様に、前記1個のパワーローラ12aに関するトラクション部でグロススリップが発生している状態で前記トロイダル型無段変速機1は、ギヤードニュートラルを実現する変速比よりも減速側(例えば最大減速比)で運転される。一方、シフトレバーにより走行の為のレンジ(例えばDレンジ又はRレンジ)を選択した瞬間に於いて、前記変速比制御弁37の切換状態を制御する為の制御器は、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を、ほぼ前記ギヤードニュートラル状態を実現する値にすべき指示を出している。従って、この状態で前記制御器は、前記トロイダル型無段変速機1の実変速比と指令値との相違に基づいて、このトロイダル型無段変速機1の変速比を、より高速側に変化させるべき旨の指示を出す。
【0029】
この結果、前記1個のパワーローラ12aを支持したトラニオン17aが、より高速側に変位させられて、この1個のパワーローラ12aに関するトラクション部の滑り率(クリープ)が更に大きくなる。即ち、最大減速位置で動力伝達を行っている、前記残り3個のパワーローラ12bの滑り率及びトラクション係数が、図7の点a位置にあるのに対して、前記1個のパワーローラ12aの滑り率及びトラクション係数は同図の点b位置に存在し、上述した、より高速側に変化させるべき旨の指示に基づいて、同図に矢印αで示す様に、より滑り率が高くなり、これに伴ってトラクション係数が低下する。この結果、前記1個のパワーローラ12aに関するトラクション部で、著しい滑り(グロススリップ)が発生する。又、この状態では、前記トロイダル型無段変速機の変速比は、最大減速側に固定された状態のまま、調節不能になる。更に、上述の様なグロススリップが発生すると、前記1個のパワーローラ12aの周面だけでなく、前記入力ディスク10a(10b)及び前記出力ディスク11の軸方向側面の耐久性が著しく低下してしまう。
【0030】
尚、前記特許文献5には、始動時に於けるスタータモータの負担軽減を目的として、エンジン始動時に於ける各パワーローラの位置を、最大減速側に規制する技術が記載されている。この様な技術を記載した特許文献5には、トラクション部の面圧を確保する為の押圧装置の構造や、与圧ばねの有無等に就いては記載されていない。但し、各パワーローラの変速比(トラニオンの傾転角)を同期させる事を前提とした技術であるから、少なくとも与圧ばねとして十分に大きな弾力を有するものを使用するか、或いは、機械式の同期機構を設けるものと考えられる。この様な特許文献5に記載された従来技術の場合、各パワーローラの非同期に基づくグロススリップの発生防止の面からは効果があるが、スタータモータの負担軽減効果は、与圧ばねを省略したり、弾力を極く小さくする場合に比べて劣るものと考えられる。更には、エンジンの始動時に於けるトロイダル型無段変速機の変速比が、車両を発進させる際の、ギヤードニュートラルを実現する為の値から大きく外れた値となる。この為、エンジンの始動直後にシフトレバーを走行状態に切り換えると、切換の瞬間に無段変速装置に過大な負荷が加わって何れかの部分を損傷したり、始動したばかりのエンジンが停止する(エンストする)可能性もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0031】
【特許文献1】特開平7−208569号公報
【特許文献2】特開平11−166605号公報
【特許文献3】特開2007−298098号公報
【特許文献4】特開平11−63146号公報
【特許文献5】特開2000−346190号公報
【特許文献6】特開2009−30749号公報
【特許文献7】特開2004−308853号公報
【特許文献8】特開2006−283800号公報
【特許文献9】特開2002−89678号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、変速比を無限大に変化させられる無段変速装置に関して、エンジンを始動させる為のスタータモータの負担を十分に低減する事ができ、しかも、各トラクション部に過大な滑りが発生する事のない構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0033】
本発明の無段変速装置は、駆動源であるエンジンの出力軸に繋がる入力部材と被駆動部に繋がる出力部材との間に、トロイダル型無段変速機と遊星歯車ユニットとを配置して成る。又、このうちの入力部材をこのトロイダル型無段変速機の入力部に接続すると共に、前記遊星歯車ユニットに存在する、動力伝達用部材を接続可能な3箇所の接続部のうちの2箇所の接続部に、前記入力部材と前記トロイダル型無段変速機の出力部とを、残りの接続部に前記出力部材を、それぞれ動力の伝達を可能に接続する。そして、このトロイダル型無段変速機の入力ディスクと出力ディスクとの間の変速比を調節する事により、前記入力部材を一方向に回転させた状態のまま前記出力部材の回転方向を、停止状態を挟んで両方向に変換可能としている。
【0034】
前記トロイダル型無段変速機は、出力ディスクと、入力ディスクと、複数個のトラニオンと、複数個のパワーローラと、押圧装置とを備える。
このうちの出力ディスクは、トロイド曲面である出力側曲面を有する。
又、前記入力ディスクは、トロイド曲面である入力側曲面を前記出力側曲面に対向させた状態で前記出力ディスクと同心に、且つ、この出力ディスクに対する相対回転を可能に支持されている。
又、前記各トラニオンは、前記各ディスクの中心軸に対し捩れの位置にある枢軸を中心として揺動変位可能に配置されている。
又、前記各パワーローラは、それぞれが前記各トラニオンのうちで前記回転軸に対向する内側面側に回転自在に支持された状態で、互いに対向する前記出力側曲面と前記入力側曲面との間に挟持されている。
更に、前記押圧装置は、前記各パワーローラの周面と前記出力側、入力側各曲面との転がり接触部であるトラクション部の面圧を確保する為、前記入力ディスクと前記出力ディスクとを互いに近づく方向に押圧するもので、油圧式である。
【0035】
そして、前記各トラニオンを前記各枢軸の軸方向に、油圧式のアクチュエータにより変位させる事でこれら各トラニオンをこれら各枢軸を中心として揺動変位させる事により、前記入力ディスクと前記出力ディスクとの間の変速比の調節を行わせる。
又、前記各枢軸を中心とする前記各トラニオンの傾斜角度は、前記アクチュエータへの圧油の給排を制御する変速比制御弁により制御する。
又、この変速比制御弁の開閉状態は、1対の弁構成部材の相対変位に基づいて切り換えられる。そして、これら両弁構成部材のうちの一方の弁構成部材をステッピングモータにより、他方の弁構成部材を前記各トラニオンのうちの何れか1個のトラニオンとの間に設けた変位伝達機構により、それぞれ変位させる様に構成している。
又、前記押圧装置を構成する油圧室内に油圧を導入しない状態で、この押圧装置が前記各トラクション部に付与する押圧力は、前記エンジンの始動時に前記出力軸から前記入力ディスクまで伝えられたトルクを前記出力ディスクにまで伝達するには不足するものである。
【0036】
更に、前記制御器は、走行状態を切り換える為のシフトレバーを非走行状態に切り換えた状態で前記エンジンを起動した後、このシフトレバーが走行状態に切り換えられる以前に、前記トロイダル型無段変速機の変速比に異常があるか否かを判断する。
この変速比に異常があるか否かを判断する為の方法は特に問わない。例えば、目標変速比と実変速比との間に閾値を越える様な差が存在し、この差が所定時間以上解消されない場合に異常ありと判断する事ができる。尚、この場合に於ける所定時間とは、例えば1秒以下の短時間であって、設計的に定める。この様な所定時間を設定する事により、検出ノイズによる誤判断を防止できる。或は、所定量だけ変速すべき指令信号を出力し、この所定量だけ変速したか否かにより、上記異常の有無を判断する事もできる。更には、変速すべき指令信号を出力していない状態で、前記トロイダル型無段変速機の変速比が最大減速状態になったか否かを検出する事により判断する事もできる。何れの方法によっても、前記各パワーローラに関するトラクション部での過大な滑りに基づく変速比異常を検出できれば良く、上述した各方法を単独で或は組み合わせて、この変速比の異常の有無を判断する。
【0037】
前記変速比の異常の有無を判断する為に、例えば、請求項2に記載した発明の様に、前記押圧装置を構成する油圧室内に油圧を導入しない状態で、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部を、他のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部の面圧よりも滑り易くする。前記変位伝達機構を設けた、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部を滑り易くすれば、過大な滑りに基づき、この何れか1個のパワーローラに関する変速比が、他のパワーローラの変速比と異なる状態が出現する(変速指令信号を出力していない状態で、前記トロイダル型無段変速機全体としての変速比が最大減速状態になる)。即ち、この状態では、前記何れか1個のパワーローラに関して、特に最大減速状態になるべき旨の指令信号を出していないにも拘らず、前記トロイダル型無段変速機全体の変速比が、数が多い、他のパワーローラに関する変速比として、最大減速状態になる。最大減速状態になる理由は、前述の通り、トロイダル型無段変速機の技術分野で広く知られている為、説明は省略する。そして、前記トロイダル型無段変速機全体としての変速比と指令信号との乖離に基づき、前記変速比が異常である事を検知できる。
【0038】
尚、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部を滑り易くする為には、例えば、請求項3に記載した発明の様に、前記トロイダル型無段変速機を、前記各トラニオンの片側面にそれぞれ前記各パワーローラを回転自在に支持したハーフトロイダル型とする。そして、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラの、このトラニオンの片側面からの突出量を、前記他のトラニオンに支持されたパワーローラの、このトラニオンの片側面からの突出量よりも小さくする。この様に構成すれば、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部の面圧を低くして、このトラクション部を滑り易くできる。
【0039】
或は、請求項4に記載した発明の様に、前記何れか1個のトラニオンを前記各枢軸の軸方向に変位させる為のアクチュエータの受圧面積を、前記他のトラニオンを前記各枢軸の軸方向に変位させる為のアクチュエータの受圧面積よりも大きくする。各トラニオンを変位させる為のアクチュエータに導入する油圧は互いに等しいので、上述の様に構成する事により、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部に作用する接線力(前述の2Ft)を大きくして、この何れか1個のパワーローラに関するトラクション部を、他のパワーローラのトラクション部よりも滑り易くできる。
尚、変速比異常の有無は、各トラニオンに付属の傾転角センサの測定値と、入力ディスクと出力ディスクとの回転速度の差として求められる、前記トロイダル型無段変速機の実変速比とを比較する事により知る事もできる。
【0040】
何れの方法により変速比異常の有無を判断する場合でも、変速比が異常であると判断された場合には、前記押圧力を少し上昇させてから、再びこの変速比に異常があるか否かを判断する。そして、この動作を、この変速比が異常でないと判断されるまで繰り返し行う。即ち、前記変速比に異常があると判断された場合に、前記押圧装置が発生する押圧力を段階的に上昇させつつ、この押圧力を上昇させる度毎に、前記変速比に異常があるか否かを判断する作業を、この変速比に異常がないと判断されるまで、繰り返し行う。
【0041】
上述の様な本発明の無段変速装置を実施する場合に好ましくは、請求項5に記載した発明の様に、前記入力ディスクの回転速度と前記出力ディスクの回転速度との比として求められる、前記トロイダル型無段変速機の実変速比に基づいて、このトロイダル型無段変速機の変速比を所望の値に調節する為の、前記ステッピングモータのステップ数を学習して、このステッピングモータを制御する為の制御器に記憶させる学習機能を持たせる。この場合、前記変速比に異常がないと判断された後、この学習機能に基づいて、前記トロイダル型無段変速機の変速比を所望の値に調節する為の前記ステップ数を学習する。
或は、請求項6に記載した発明の様に、前記変速比に異常がないと判断された後、前記シフトレバーを走行状態に切り換え可能とする。言い換えれば、前記変速比が異常であると判断される限り、前記シフトレバーを走行状態に切り換え不能とする。
【発明の効果】
【0042】
上述の様に構成する本発明の無段変速装置によれば、エンジンを始動させる為のスタータモータの負担を十分に低減する事ができ、しかも、車両を発進させる操作に伴って、各トラクション部に過大な滑りが発生する事を確実に防止できる構造を実現できる。
先ず、スタータモータの負担低減は、押圧装置を構成する油圧室内に油圧を導入しない状態での押圧力を低くする事により図れる。この押圧力を低くする事で、前記エンジンの始動時には、トロイダル型無段変速機を構成する入力ディスク及びこの入力ディスクに結合された部材のみを回転駆動すれば足りる。言い換えれば、複数個のパワーローラ及び出力ディスク、並びに、この出力ディスクと共に回転する部材を回転駆動する必要はなくなる。この為、前記エンジンの始動時に前記スタータモータにより回転駆動すべき部分の慣性質量を大幅に低減して、このスタータモータの負担を十分に低減できる。
【0043】
次に、発進操作に伴って過大な滑りが発生するのを防止する事は、トロイダル型無段変速機の変速比に異常があると判断された場合に、前記押圧装置が発生する押圧力を上昇させる事により図れる。前述した様に、各アクチュエータにより各枢軸の軸方向のスラスト荷重を支承されない状態で各トラニオンは、これら各枢軸を中心として最大減速側に揺動変位する。この状態でエンジンが始動すると、前記変速比制御弁の切り換えに基づいて、前記変位伝達機構を付属させた1個のトラニオンは、発進に備え、先の停止時に於ける学習に基づいて、ギヤードニュートラルを実現する変速比の近傍に移動するが、残り3個のトラニオンは、そのまま最大減速位置に留まる可能性がある。この様に、1個のトラニオンの傾転角と3個のトラニオンの傾転角とが大きくずれた状態のまま、前記押圧力を急上昇させて前記トロイダル型無段変速機による動力の伝達を開始すると、前述した様に、前記1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部で、グロススリップが発生する。即ち、前記1個のトラニオンの傾転角と前記3個のトラニオンの傾転角とが大きくずれた状態のまま、運転者がシフトレバーを走行位置(Dレンジ又はRレンジ)に操作する事に伴って、前記押圧装置の油圧室内に高い油圧が導入され、前記各トラニオンに支持された各パワーローラに関するトラクション部の面圧が十分に上昇すると、前述した様に、前記1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部に過大な滑りが発生する。
【0044】
これに対して本発明の場合には、シフトレバーが非走行位置(Nレンジ又はPレンジ)に切り換えられていて、前記トロイダル型無段変速機が動力を伝達しない状態のまま、前記押圧力を上昇させる為、前記各パワーローラを支持した前記各トラニオンの傾転角を一致させる事ができる。この様に、前記押圧力を上昇させる事によりこれら各トラニオンの傾転角を一致させる動作は、不安定状態を安定させる、言い換えれば、これら各トラニオンに加わるエネルギを最小にする方向にこれら各トラニオンが自然に揺動する事で行われる。前記トロイダル型無段変速機が動力を伝達しない状態では、前記押圧力を低く抑える事ができ、前記各トラニオンに支持された前記各パワーローラに関するトラクション部は容易に変位させられる為、これら各(合計4個の)トラニオンの傾転角を同期させる事は、短時間の間に行われる。
【0045】
尚、前記各トラニオンの傾転角を同期させるには、前記3個のトラニオンの傾転角を前記1個のトラニオンの傾転角に一致させるよりも、この1個のトラニオンの傾転角を前記3個のトラニオンの傾転角に一致させる方が、確実に短時間で行える。従って、前記非走行位置で前記変速比に異常があると判断された場合には、前記各トラニオンに付属のアクチュエータへの圧油の給排制御を停止して、これら各トラニオンを、それぞれの両端部に設けた枢軸の軸方向に軽い力で変位可能にすれば、変位伝達機構を付設した前記1個のトラニオンが、前記トラクション部から加わる力により(最大減速側に)変位して、この1個のトラニオンの傾転角が、前記3個のトラニオンの傾転角に一致する。この様に、これら各トラニオンの傾転角の差が解消された後、前記各トラニオンの傾転角を、発進の為に、前記G/Nポイントに調節しておく。従って、運転者が行う発進の為の操作に伴って、前記押圧装置が発生する押圧力が上昇した後、直ちにこれら各トラニオンに支持された前記各パワーローラが同期して、前記入力ディスクと前記出力ディスクとの間で動力を伝達する。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施の形態の1例の動作を説明する為のフローチャート。
【図2】この動作に基づいて各パワーローラに関するトラクション部が同期する状態を、トラクションカーブを使用して説明する為の線図。
【図3】同じく、変速比の異常の有無を判定する為の動作を説明する為のフローチャート。
【図4】本発明の対象となる無段変速装置の1例を示す断面図。
【図5】図4のA−A断面図。
【図6】変速比制御の為の油圧制御装置部分の略断面図。
【図7】各パワーローラに関するトラクション部の非同期が増大する理由を説明する為の線図。
【発明を実施するための形態】
【0047】
本発明の実施の形態の1例に就いて、図1〜3により説明する。尚、本例を含めて本発明の特徴は、各パワーローラに関するトラクション部の面圧が低い状態でエンジンを始動した場合にも、このエンジンが起動した後、車両を発進させる以前に、前記各パワーローラを支持した各トラニオンの傾転角を一致させ、運転者がシフトレバーを走行状態に切り換えた後の状態で、プリセスカム39を含む変位伝達機構を設けたトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部に過大な滑りが生じるのを防止する為の制御にある。トロイダル型無段変速機1と遊星歯車式変速機2とを組み合わせて成る無段変速装置の基本的構成に就いては、例えば、前述の図4〜5に示した従来から知られている構造と同様であるから、重複する説明を省略する。但し、トロイダル型無段変速機1の構造に関しては、前記図4〜5を参照しつつ、説明する。
【0048】
尚、この図4〜5に示した従来構造の場合には、油圧式の押圧装置を構成する油圧室45a内に予圧ばね46を設けているが、本発明を実施する場合には、この予圧ばね46を省略するか、設けるにしても、無段変速装置の製造工場から自動車の組立工場への輸送中に、前記トロイダル型無段変速機1の構成部品同士の当接部ががたつくのを防止する程度の、小さな弾力を有するものしか設けない。従って、前記エンジンが起動せず、油圧源となるポンプが停止している状態では、前記各トラクション部には、入力ディスク10a、10bと出力ディスク11との間で、過大な滑りを伴わずに動力を伝達する為に必要とされるほどの面圧は加わらない。又、エンジンの始動時には、前記シフトレバーをパーキング位置又はニュートラル位置(Pレンジ又はNレンジ)に切り換えているが、この状態では、低速側、高速側両クラッチ30、33は、何れも接続を断たれている。この為、前記エンジンの起動時にスタータモータは、前記両入力ディスク10a、10b、入力回転軸5、キャリア23等、前記トロイダル型無段変速機1を構成する部材のうちの一部のみを回転駆動すれば足りる。但し、この場合に、前述した様な機構により、前記プリセスカム39を含む変位伝達機構を設けた1個のトラニオン17aの傾転角と、他のトラニオン17bの傾転角とが不一致になる可能性がある。そこで、本例の場合には、前記エンジンの始動時に、次の様な制御を行う事により、この不一致を解消する。
【0049】
先ず、図1に示したフローチャートのステップ1で、エンジンが始動したか否かを判定する。この判定は、このエンジンのクランクシャフトと同期して回転する、前記トロイダル型無段変速機1の入力回転軸5の回転速度が所定値(例えば300min-1 )以上であるか否かにより行う。尚、この入力回転軸5の回転速度は、前記トロイダル型無段変速機1の実変速比を求める為、前記両入力ディスク10a、10bのうちの何れかの入力ディスク10a(又は10b)に近接配置した入力側回転センサの検出信号により求められる。スタータモータによりエンジンを起動する場合、エンジンの点火(起動完了)に伴って前記クランクシャフトの回転速度が、前記スタータモータにより回転させられている速度からアイドリング速度にまで上昇する。そこで、これらスタータモータにより回転させられている速度とアイドリング速度との間に閾値(例えば300min-1 )を設定すれば、前記エンジンが始動したか否かを判定できる。前記ステップ1で、このエンジンの回転速度が閾値未満の場合には、エンジンが始動していないものと考えられるので、そのまま終了する(ステップ1に戻る)。尚、このステップ1で閾値と比較する回転速度は、エンジンのクランクシャフトと同期して回転する部分の回転速度であれば、何れの部分の回転速度であっても良い。例えば、タコメータ用の信号から求められるエンジンの回転速度を利用する事もできる。
【0050】
前記ステップ1で、前記入力回転軸5の回転速度が所定値以上である(前記エンジンが始動した)と判定された場合には、次のステップ2に移り、運転状態を切り換える為のシフトレバーが非走行状態(Nレンジ又はRレンジ)であるか否かを判定する。この様なステップ2で、前記シフトレバーが非走行状態にない(走行状態であるDレンジ或はRレンジに切り換えられている)と判定された場合には、既に各パワーローラ12a、12bに関するトラクション部の面圧は十分に上昇しており、各トラニオン17a、17bの傾転角は互いに一致していると判断される為、そのまま終了する。
【0051】
これに対して、前記ステップ2で、前記シフトレバーが非走行状態にあると判定された場合には、次のステップ3で、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があるか否か(何れかのパワーローラ12aのトラクション部に過大な滑りが存在するか否か)、言い換えれば、各トラニオン17a、17bの傾転角が互いに一致しているか否かを判断する。この様に、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があるか否かを判定する方法は特に問わない。例えば、前記各トラニオン17a、17bの端部の枢軸18部分に設けたエンコーダによりこれら各トラニオン17a、17bの傾転角を直接測定して、前記判定を行う事もできる。但し、この様な方法は、コスト上、設置スペース上の問題を生じる可能性がある。そこで、この様な方法を採用できない場合には、例えば前記ステッピングモータ38(図6参照)のステップ数の変化量と、前記トロイダル型無段変速機1の変速比の変化量とが整合しているか否かで判定すれば、前記問題を解決できる。そこで、図3により、この様な判定方法に就いて説明する。
【0052】
先ず、ステップAで、制御器から前記ステッピングモータ38に、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を所定量変化させるべき指令信号を出力する。そして、変速比制御弁37(図6参照)の切り換えに基づき、前記1個のトラニオン17aを変位させ、このトラニオン17aに支持されたパワーローラ12aを、前記枢軸18の軸方向に変位させる。前記4個のパワーローラ12a、12bが同期していれば、ステップBでの判断に於いて、前記トロイダル型無段変速機1の変速比が前記指令信号に見合う分だけ変化するので、ステップCで、このトロイダル型無段変速機1の変速比が異常である旨を表すフラグをOFFして終了する。これに対して、前記4個のパワーローラ12a、12bが同期していなければ、ステップBでの判断に於いて、前記トロイダル型無段変速機1の変速比が前記指令信号に見合う分だけ変化しないので、ステップDで、このトロイダル型無段変速機1の変速比が異常である旨を表すフラグをONしたまま終了する。このフラグがONされている限り、前記図1のステップ3、4を繰り返して、前記4個のパワーローラ12a、12bを同期させる。
【0053】
即ち、上述の様にして行う判定により、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があると判断された場合には、このトロイダル型無段変速機1を構成する前記各トラニオン17a、17bの傾転角同士の間に無視できないほどの差が存在しており、前記各パワーローラ12a、12bのうちの少なくとも一部のパワーローラ12aに関するトラクション部には過大な滑りが存在していると判断される。この為、次のステップ4で、押圧装置20の油圧室45a、45b内に油圧を導入して、この押圧装置20が発生する押圧力を少し高くする。これら両油圧室45a、45b内に導入する油圧は、初めから十分に高い圧力を導入するのではなく、徐々に(段階的に)圧力を上昇させる事により行う。この理由は、初めから十分に高い圧力を導入して前記各パワーローラ12a、12bの面圧を十分に高くすると、これら各パワーローラ12a、12bを支持した、前記各トラニオン17a、17bの揺動変位が軽い力で行われにくくなって、これら各トラニオン17a、17bの傾転角を同期させにくくなるからである。尚、前記ステップ4を実施する際には、これら各トラニオン17a、17bに付属のアクチュエータ36、36の油圧室43a、43bの何れにも油圧を導入せず、前記各トラニオン17a、17bを、それぞれの両端部に設けた枢軸18、18の軸方向に、軽い力で変位可能にしておく。
【0054】
前記ステップ4で、前記押圧装置20が発生する押圧力を少し高くしたならば、再び前記ステップ3に戻って、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があるか否かを判断する。そして、この様なステップ3で、このトロイダル型無段変速機1の変速比に異常がない、言い換えれば、前記各トラニオン17a、17bの傾転角が互いに一致していると判断された場合には、次のステップ5に移り、学習制御を行う。これに対して、前記ステップ3で、依然として前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があると判断された場合には、再び前記ステップ4に移って、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内に導入する油圧を少し上昇させ、この押圧装置20が発生する押圧力を、更に少し高くした後、再び前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があるか否かを判断する。そして、この動作を、この変速比に異常がないと判断されるまで、繰り返して行う。
【0055】
前記ステップ3で前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常がないと判断されてから、前記ステップ5で行う学習制御は、前述した通り、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を前記ギヤードニュートラルを実現する為の値に、高精度で規制する為である。尚、或る1点で、前記トロイダル型無段変速機1の変速比と前記ステッピングモータ38のステップ数との関連が分かれば、これら変速比及びステップ数の全範囲で、これら変速比とステップ数との関係を、十分な精度で対応させられる。従って、前記学習制御は、必ずしも前記ギヤードニュートラルを実現する為の変速比で行う必要は無い。例えば、前記ステップ3で同期が確認できた時点で行って(その時点での変速比とステップ数とを関連させて)も良いし、最大減速比部分で行っても良い。又、学習制御を行うタイミングは1回のみとは限らない。例えば同期が確認された時点で行ってから、前記トロイダル型無段変速機1の変速比をギヤードニュートラルを実現できる値に調節した後、再度前記学習制御を、このギヤードニュートラルを実現する為の変速比時点(G/Nポイント)で行っても良い。
【0056】
何れにしても、上述の様にして前記4個のパワーローラ12a、12bの変速比を確実に同期させられる様に、前記1個のパワーローラ12aに関するトラクション部を、残り3個のパワーローラ12bに関するトラクション部よりも滑り易くしている。即ち、本例の無段変速装置に組み込むトロイダル型無段変速機1は、1対の入力ディスク10a、10bの軸方向側面と、一体型の出力ディスク11の軸方向両側面との間に存在する1対のキャビティ毎に1対ずつ、合計4個のトラニオン17a、17b及びパワーローラ12a、12bを設ける、ダブルキャビティ型であるが、これら4個のパワーローラ12a、12bのうち、前記変位伝達機構を設けた1個のトラニオン17aに支持されたパワーローラ12aに関するトラクション部を、残り3個のトラニオン17bに支持されたパワーローラ12bに関するトラクション部よりも滑り易くしている。この為に具体的には、前記1個のトラニオン17aの内側面からのパワーローラ12aの突出量(支持高さ)を、残り3個のトラニオン17bの内側面からのパワーローラ12bの突出量よりも僅かに(例えば数μm乃至数十μm程度)低くしている。そして、これら3個のトラニオン17bの挙動(軸方向変位及び揺動変位の方向)と前記1個のトラニオン17aの挙動との関係が、常に同じ傾向になる様にしている。この理由は、この関係が崩れた状態で前記各トラニオン17a、17bの傾転角に大きな差が生じると、これら各トラニオン17a、17bの傾転角を互いに同期させられなくなる為である。
【0057】
従って、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内に油圧が導入されず、この押圧装置20が十分な押圧力を発生していない状態で前記両入力ディスク10a、10bと前記出力ディスク11とが相対回転すると、前述の様な機構により、前記3個のトラニオン17bに支持されたパワーローラ12bは、それぞれのトラクション部に作用する接線方向の力により、最大減速側に傾転する。これに対して、前記1個のトラニオン17aに支持されたパワーローラ12aは、そのトラクション部に接線方向の力が加わらないか、加わったとしても、前記3個のパワーローラ12bのトラクション部に作用する力よりも小さい為、ギヤードニュートラルを実現する位置、若しくは、この位置に近い部分に留まる可能性がある。この様に、前記1個のパワーローラ12aの傾転角と、前記3個のパワーローラ12bの傾転角とが大きくずれた状態のまま、運転者の発進操作(Dレンジ又はRレンジへの切換)に伴って、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内に大きな油圧が導入され、この押圧装置20が発生する押圧力が大きくなると、前述した様に、前記トロイダル型無段変速機1は、前記3個のパワーローラ12bの傾転角に見合った変速比で運転される。この結果、前記1個のパワーローラ12aの周面と前記各ディスク10a(又は10b)、11の軸方向側面との接触部で、過大な滑りが発生する。
【0058】
これに対して本例の構造の場合には、前記発進操作(前記シフトレバーをDレンジ或はRレンジに切り換える動作)を行う以前(このシフトレバーがNレンジ或はRレンジに存在する間)に、前記ステップ4で、前記押圧装置20が発生する押圧力を少しずつ上昇させる為、前記1個のパワーローラ12aを支持したトラニオン17aの傾転角と前記3個のパワーローラ12bを支持したトラニオン17bの傾転角とのずれが低減乃至は解消される。即ち、図2に矢印βで示す様に、前記1個のパワーローラ12aのトラクション部の状態が、点cから、残り3個のパワーローラ12bのトラクション部の状態である点dに近付く。そして、前記各トラニオン17a、17bの傾転角が互いに一致した状態では、前記各パワーローラ12a、12bのトラクション部が、過大な滑りを伴わずに、動力を伝達する状態となる。そこで、前記各トラニオン17a、17bの傾転角が互いに一致した事、即ち、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常がない事を確認した後、前記発進操作(前記シフトレバーをDレンジ或はRレンジに切り換える動作)を可能にする、言い換えれば、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常があるうちは、前記シフトレバーをDレンジ及びRレンジに切り換えられない様に、このシフトレバーをロックしておく。
【0059】
尚、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を前記G/Nポイントに調節する、即ち、図2の点dで一致した、前記各パワーローラ12a、12bのトラクション部の状態を、同図に矢印γで示す様に、前記G/Nポイントに向けて変位させる動作は、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常がない事を確認した後であれば、前記シフトレバーがNレンジ或はPレンジに存在する間に行っても、或はDレンジ又はRレンジに切り換えられた後に行っても良いが、好ましくは、Nレンジ或はPレンジに存在する間に行う。又、前記トロイダル型無段変速機1の変速比に異常がない事を確認し、更に必要に応じて変速比を前記G/Nポイントに調節した後にあっては、前記押圧装置20の油圧室45a、45b内の油圧を、前記シフトレバーがNレンジ或はRレンジに存在する場合に於ける通常の値(エンジンに振動等により、前記各トラクション部の位置がずれ動くのを防止できる程度の小さな値)に戻しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、3個以上のパワーローラを備え、このうちの1個のパワーローラを支持したトラニオン(支持部材)の傾転角のみをプリセスカムにより機械的に制御し(サーボ機構を組み込み)、残りの複数個のパワーローラの位置(トラニオンの傾転角)に関しては、当該パワーローラに関するトラクション部に作用する接線力により、前記1個のパワーローラを支持したトラニオンの傾転角に一致させる構造であれば、実施できる。例えば、1対の入力ディスクと出力ディスクとの間に3個のパワーローラを設置した構造であれば、ダブルキャビティ型に限らず、シングルキャビティ型のトロイダル型無段変速機でも実施できる。但し、油圧式の押圧装置の押圧力が不足している状態で、前記サーボ機構を組み込んだ1個のパワーローラに関するトラクション部が、残り複数個のパワーローラに関するトラクション部よりも滑り易い事が前提となる。従って、例えば本発明を、フルトロイダル型のトロイダル型無段変速機を組み込んだ無段変速装置に関して実施する場合には、サーボ機構を組み込んだ1個のパワーローラの直径を、残りの複数個のパワーローラの直径よりも、僅かに(数μm乃至数十μm程度)小さくする。或は、請求項4に記載した発明の様に、何れか1個のトラニオンを前記各枢軸の軸方向に変位させる為のアクチュエータの受圧面積を、前記他のトラニオンを前記各枢軸の軸方向に変位させる為のアクチュエータの受圧面積よりも大きくする。
【符号の説明】
【0061】
1 トロイダル型無段変速機
2 遊星歯車式変速機
3 入力軸
4 出力軸
5 入力回転軸
6 伝達軸
7 前段ユニット
8 中段ユニット
9 後段ユニット
10a、10b 入力ディスク
11 出力ディスク
12a、12b パワーローラ
13 ケーシング
14 支柱
15 転がり軸受
16 支持板
17a、17b トラニオン
18 枢軸
19 支持軸
20 押圧装置
21 中空回転軸
22 太陽歯車
23、23a キャリア
24 遊星歯車
25 遊星歯車
26 遊星歯車
27 リング歯車
28 第二太陽歯車
29 第二キャリア
30 低速用クラッチ
31 第三太陽歯車
32 第二リング歯車
33 高速用クラッチ
34 遊星歯車
35 遊星歯車
36 アクチュエータ
37 変速比制御弁
38 ステッピングモータ
39 プリンセスカム
40 スプール
41 スリーブ
42 油圧源
43a、43b 油圧室
44 リンク腕
45a、45b 油圧室
46 与圧ばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源であるエンジンの出力軸に繋がる入力部材と被駆動部に繋がる出力部材との間に、トロイダル型無段変速機と遊星歯車ユニットとを配置して成り、このうちの入力部材をこのトロイダル型無段変速機の入力部に接続すると共に、前記遊星歯車ユニットに存在する、動力伝達用部材を接続可能な3箇所の接続部のうちの2箇所の接続部に、前記入力部材と前記トロイダル型無段変速機の出力部とを、残りの接続部に前記出力部材を、それぞれ動力の伝達を可能に接続し、このトロイダル型無段変速機の入力ディスクと出力ディスクとの間の変速比を調節する事により、前記入力部材を一方向に回転させた状態のまま前記出力部材の回転方向を、停止状態を挟んで両方向に変換可能とした無段変速装置であって、
前記トロイダル型無段変速機は、トロイド曲面である出力側曲面を有する出力ディスクと、トロイド曲面である入力側曲面をこの出力側曲面に対向させた状態でこの出力ディスクと同心に、且つ、この出力ディスクに対する相対回転を可能に支持された入力ディスクと、これら各ディスクの中心軸に対し捩れの位置にある枢軸を中心として揺動変位可能に配置された複数個のトラニオンと、それぞれがこれら各トラニオンに回転自在に支持された状態で、互いに対向する前記出力側曲面と前記入力側曲面との間に挟持された複数個のパワーローラと、これら各パワーローラの周面と前記出力側、入力側各曲面との転がり接触部であるトラクション部の面圧を確保する為、前記入力ディスクと前記出力ディスクとを互いに近づく方向に押圧する油圧式の押圧装置とを備え、前記各トラニオンを前記各枢軸の軸方向に、油圧式のアクチュエータにより変位させる事でこれら各トラニオンをこれら各枢軸を中心として揺動変位させる事により、前記入力ディスクと前記出力ディスクとの間の変速比の調節を行わせるもので、前記各枢軸を中心とする前記各トラニオンの傾斜角度は、前記アクチュエータへの圧油の給排を制御する変速比制御弁により制御するものであって、この変速比制御弁の開閉状態は、1対の弁構成部材の相対変位に基づいて切り換えられるものであり、これら両弁構成部材のうちの一方の弁構成部材をステッピングモータにより、他方の弁構成部材を前記各トラニオンのうちの何れか1個のトラニオンとの間に設けた変位伝達機構により、それぞれ変位させる様に構成しており、
前記押圧装置を構成する油圧室内に油圧を導入しない状態でこの押圧装置が前記各トラクション部に付与する押圧力を、前記エンジンの始動時に前記出力軸から前記入力ディスクまで伝えられたトルクを前記出力ディスクにまで伝達するには不足するものとし、
前記制御器は、走行状態を切り換える為のシフトレバーを非走行状態に切り換えた状態で前記エンジンを起動した後、このシフトレバーが走行状態に切り換えられる以前に、前記トロイダル型無段変速機の変速比に異常があるか否かを判断し、異常があると判断された場合には、前記押圧装置が発生する押圧力を上昇させてから再びこの変速比に異常があるか否かを判断する機能を有する
無段変速装置。
【請求項2】
前記押圧装置を構成する油圧室内に油圧を導入しない状態で、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部が、他のトラニオンに支持されたパワーローラに関するトラクション部よりも滑り易くなるものとした、請求項1に記載した無段変速装置。
【請求項3】
前記トロイダル型無段変速機が、前記各トラニオンの片側面にそれぞれ前記各パワーローラを回転自在に支持したハーフトロイダル型であり、前記何れか1個のトラニオンに支持されたパワーローラの、このトラニオンの片側面からの突出量が、前記他のトラニオンに支持されたパワーローラの、このトラニオンの片側面からの突出量よりも小さい、請求項2に記載した無段変速装置。
【請求項4】
前記何れか1個のトラニオンを前記各枢軸の軸方向に変位させる為のアクチュエータの受圧面積が、前記他のトラニオンを前記各枢軸の軸方向に変位させる為のアクチュエータの受圧面積よりも大きい、請求項2に記載した無段変速装置。
【請求項5】
前記入力ディスクの回転速度と前記出力ディスクの回転速度との比として求められる、前記トロイダル型無段変速機の実変速比に基づいて、このトロイダル型無段変速機の変速比を所望の値に調節する為の、前記ステッピングモータのステップ数を学習して、このステッピングモータを制御する為の制御器に記憶させる学習機能を有し、
前記トロイダル型無段変速機の変速比に異常がないと判断された後、前記学習機能に基づいて、このトロイダル型無段変速機の変速比を所望の値に調節する為の前記ステップ数を学習する、請求項1〜4のうちの何れか1項に記載した無段変速装置。
【請求項6】
前記変速比に異常がないと判断された後、前記シフトレバーを走行状態に切り換え可能とする、請求項1〜5のうちの何れか1項に記載した無段変速装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−159159(P2012−159159A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20369(P2011−20369)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】