説明

物体検知装置

【課題】ノイズに対する耐性の高い物体検知装置を実現すること。及び、それを用いて、自車両の運動を推定する信頼性の高い車両運動推定手段を提供すること。
【解決手段】上昇変調区間では上昇区間レーダ画像を周波数の正の方向にシフトさせ、下降変調区間では逆に負の方向に下降区間レーダ画像を同じ量だけシフトさせて、最も大きな相関(よって最も小さな相関値SADまたはSSD)を与える周波数シフト量Δfを求める。これらの演算の結果、2つのレーダ画像を最もよく一致させるf軸方向の周波数シフト量Δfが得られ、このシフト量Δfに基づいて、自車両の車速Vを算出することができる。また、Δfが与える照合点から得られる、ドップラーシフトが排除されたレーダ画像上の移動物体を除去して静止物体レーダ画像を生成し、更にそれらを異時刻間で照合すれば、車速計を用いなくても自車両の運動を確実かつ正確に推定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の周期関数に従って周波数変調された送信信号を放射して、その反射波の受信信号とその受信時刻における送信信号との混合によって得られるビート信号に基づいて物体を検知する、FMCWレーダを有する物体検知装置に関する。
本発明は、例えば、車両等の移動体における危険予知システムやオートクルーズシステムなどに利用することができる。
【背景技術】
【0002】
上記の様なビート信号に基づいて物体を検知する、FMCWレーダを有する物体検知装置としては、例えば下記の特許文献1〜特許文献5に記載されている装置などが一般にも広く知られている。そして、これらの物体検知装置を用いれば、当該装置と被検出物体との間の距離Rと相対速度Vを以下の式(1)の一次変換の形で得ることができる。
【数1】

(各記号の定義)
d : 下降変調区間におけるビート信号の周波数
u : 上昇変調区間におけるビート信号の周波数
c : レーダから放射される電磁波の中心周波数
τ : 三角波による変調周期(上記の変調用の三角波の1周期長)
ΔF : 変調幅(レーダから放射される電磁波の最大周波数と最小周波数の差)
c : 光速
【0003】
また、特に下記の特許文献1に記載の装置は、FMCWレーダを使って自車両から前方を走行中の前方車両までの距離を、その他の静止物に惑わされることなく簡単に計測することを目的として構成されたものである。そして、この従来装置の静止物識別処理では、車速計で計った車速に基づいて得られるシフト量だけ、上昇変調区間の周波数スペクトラムデータを高周波側にシフトさせて、その波形を下降変調区間の周波数スペクトラムデータの波形から差し引くことにより、移動物体と静止物体とを識別しており、これらの引き算などの演算は、レーダから放射される電磁波の各放射方位毎にそれぞれ独立に実行されている。
【特許文献1】特開平7−191133
【特許文献2】特開2004−151022
【特許文献3】特開2003−11755
【特許文献4】特開2002−99904
【特許文献5】特開2002−99996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の従来装置は、得られたビート信号の周波数スペクトルの強度データを、電磁波が放射された各方位毎に独立に取り扱っているために、想定され得る各種のノイズに対して脆弱である。この様なノイズに対する脆弱性は、自車両の移動によって観測物体と自車両との相対位置が変化するために、その角度変化によって反射信号の反射強度が急変する際に表面化することがあり、また、FMCWレーダの方位方向の検出精度があまり高くないために現われることもある。そして、特に後者の場合には、時に、自車両が停車中であっても、静止物体などの観測物体が横方向に振動するように動いて見えることもある。
【0005】
また、上記の従来装置には、静止物体からの受信信号と移動物体からの受信信号とを見分けるために、自車両の移動速度を取得する手段が別途必要となる。
また、上記の従来装置では、静止物体の挙動に基づいて自車両の運動を推定したり予測したりすることができない。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するために成されたものであり、その目的は、ノイズに対する耐性の高い物体検知装置を実現することである。
また、本発明の更なる目的は、その物体検知装置を用いて、自車両の運動を推定する車両運動推定手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためには、以下の手段が有効である。
即ち、本発明の第1の手段は、上昇変調区間では時間に対して周波数を増加させ、下降変調区間では時間に対して周波数を減少させる周期関数に従って周波数変調された送信信号の電磁波を放射し、その反射波を受信して得られる受信信号とその受信時刻における送信信号とを混合することによって、ビート信号を生成して物体を検出する、FMCWレーダを有する物体検知装置において、上記の電磁波の放射方位を示す方位角θと各方位におけるビート信号のビート周波数fとを引数としそのビート信号のスペクトル強度Iを関数値とする二次元配列データI(f,θ)であるレーダ画像を、上記の上昇変調区間における上昇区間レーダ画像と下降変調区間における下降区間レーダ画像とに分けてそれぞれ生成するレーダ画像生成手段と、これらの上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間の、上記引数の2次元定義域全体としての相互相関を最大にする位置関係を求める相互相関演算手段と、その相互相関が最大となる位置関係で上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像とを照合して、この時の相関値が所定の閾値以上になる部分のみを静止物体として抽出する静止物体抽出手段とを備えることである。
【0008】
ただし、静止物体として抽出されるべき上記の相関値が所定の閾値以上になる部分は、上記の二次元配列データI(f,θ)の1データ(1配列要素)を1単位に考えても良いし、上記引数の2次元空間における所定サイズの小区画領域を1単位とする1区画領域毎に考えても良い。したがって、例えば上記の二次元配列データI(f,θ)が画像形式データである場合には、上記の相関値が所定の閾値以上になる部分を、1画素単位に判別しても良いし、4画素単位に判別しても良いし、9画素単位に判別しても良いし、16画素単位に判別しても良い。
これらの判別単位は、被検出物体までの距離や装置の用途やノイズ環境などに応じて、最適化することができる。
【0009】
また、上記の引数の2次元定義域は、所望の検波対象空間(探索範囲)に対応させて、適当な広さ及び範囲に任意に定義すれば良いものであって、必ずしも取得されたレーダ画像の全f軸及び全θ軸に渡る全てのデータ取得範囲を意味するものではない。
また、上記の方位角θは、FMCWレーダのスキャン動作によって変化するものであり、その動作は機械的なものであっても、位相計算などに基づく電子的なものであっても良い。以下、上記のビート周波数fについては、上記の式(1)と同様に、上昇変調区間における周波数はfu ,下降変調区間における周波数はfd と記すことがある。
【0010】
また、本発明の第2の手段は、上記の第1の手段において、上記の相互相関が最大となる位置関係で、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像とを照合し、この時の相関値が所定の閾値未満になる部分の関数値を無視して、残った静止物体を示す関数値を、実空間を表す実平面座標上にマッピングすることによって、静止物体レーダ画像を生成する静止物体レーダ画像生成手段と、この静止物体レーダ画像生成手段によって相異なる時刻に生成された2つの静止物体レーダ画像の間の相互相関を最大にする位置関係を与える、上記の実平面座標上におけるシフトベクトルΔqを求める異時刻間相互相関演算手段と、このシフトベクトルΔqに基づいて、当該物体検知装置を搭載している移動体の実空間における運動を推定する運動推定手段とを設けることである。
【0011】
ただし、上記のマッピング処理は、静止物体を示す関数値についてそのまま据え置きとする恒等変換処理と、相互相関が低い部分の関数値だけを0に再設定する再設定処理との組み合わせで構成しても良い。これは、一次変換によって与えられる上記の式(1)の関係からも分かる様に、当該装置と被検出物体との間の距離Rは各ビート周波数fd ,fu の平均値の定数倍(cτ/4ΔF倍)でしかないからであり、特に、上記の上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像とを互いに逆向きに同じ量だけシフトさせた位置関係で、それらの相互相関を最大にする位置関係(照合点)と静止物体レーダ画像が得られる場合には、その照合点はビート周波数fd ,fu の平均値に対応しており、よって、この平均値と距離Rとはデータ処理方式上同一視しても特段差し支えないからである。
また、上記のマッピングは、極座標空間から直交座標空間へのマッピングであっても良い。
なお、上記の実空間を表す実平面座標としては、例えば車両が走行中の路面などを考えることができる。
【0012】
また、本発明の第3の手段は、上記の第2の手段の異時刻間相互相関演算手段において、上記の相互相関演算手段によって求められた上記の位置関係を与える、上記引数のf軸方向の周波数シフト量Δfを用いて、次回に算出されるべきシフトベクトルΔqの近似値を予測するシフトベクトル予測手段を設けることである。
【0013】
また、本発明の第4の手段は、上昇変調区間では時間に対して周波数を増加させ、下降変調区間では時間に対して周波数を減少させる周期関数に従って周波数変調された送信信号の電磁波を放射し、その反射波を受信して得られる受信信号とその受信時刻における送信信号とを混合することによって、ビート信号を生成して物体を検出する、FMCWレーダを有する物体検知装置において、上記の電磁波の放射方位を示す方位角θと各方位におけるビート信号のビート周波数fとを引数とし、そのビート信号のスペクトル強度Iを関数値とする二次元配列データI(f,θ)であるレーダ画像を、上記の上昇変調区間における上昇区間レーダ画像と下降変調区間における下降区間レーダ画像とに分けてそれぞれ生成するレーダ画像生成手段と、これらの上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間の上記引数の2次元定義域全体としての相互相関を最大にする位置関係を求める相互相関演算手段と、その相互相関が最大となる位置関係で上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像とを照合し、この時の相関値が所定の閾値未満になり、かつスペクトル強度Iが所定の閾値以上になる部分のみを移動物体として抽出する移動物体抽出手段とを備えることである。
【0014】
また、本発明の第5の手段は、上記の第1乃至第4の何れか1つの手段において、上記の相互相関を最大にする上記の位置関係を求める際の相関評価関数として、対応する配列要素の値の差の絶対値の全空間に渡る総和(SAD)、または、対応する配列要素の値の差の二乗値の全空間に渡る総和(SSD)を用いることである。
【0015】
また、本発明の第6の手段は、上記の第1乃至第5の何れか1つの手段において、上記の二次元配列データI(f,θ)を、スペクトル強度Iを画素値とする画像形式データにすることである。
【0016】
また、本発明の第7の手段は、上記の第1乃至第6の何れか1つの手段において、検出した物体の位置に基づいて障害物体のない路面領域を推定する走路推定手段を設けることである。
【0017】
また、本発明の第8の手段は、上記の第1乃至第7の何れか1つの手段において、上記の相互相関演算手段によって求められた位置関係を与える、引数のf軸方向の周波数シフト量Δfを用いて、当該物体検知装置を搭載している移動体の走行速度を推定する走行速度推定手段を設けることである。
以上の本発明の手段により、前記の課題を効果的、或いは合理的に解決することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上の本発明の手段によって得られる効果は以下の通りである。
即ち、本発明の第1または第4の手段によれば、所定の探索範囲に対応する上記の定義域(f,θ)の全域について上記のレーダ画像単位で、上記の上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間の相互相関を演算することができるので、静止している被検出物体の位置がレーダ画像全体として最もよく整合する照合結果を得ることができる。即ち、本発明は、レーダ画像全体の中の大半の検出物体は、静止物体であろうと言う非常に現実的な仮定を利用するものである。
したがって、本発明の第1または第4の手段によれば、静止物体の位置推定処理において観測信号誤差の影響を低減することができ、これによって、静止物体または移動物体の位置の推定処理や自車両の運動の推定処理を各種のノイズに対して頑強に実行することができる。
【0019】
また、本発明の第2の手段によれば、探索範囲内の静止物体の位置を示すレーダ画像が異時刻間で照合されて、その照合結果が与える当該異時刻間での上記の実空間を表す実平面座標上でのシフト量(シフトベクトルΔq)に基づいて、当該移動体の運動を推定することができるので、上記の頑強な照合処理に基づいて従来よりも信頼性の高い運動推定処理を実現することができる。
【0020】
より具体的には、例えば、原点にレーダを配置した極座標系で上記の実空間を表す実平面座標を定義した場合、上記のシフトベクトルをΔq=(ΔR,Δθ)と定義することができ、この時、上記の静止物体レーダ画像の生成周期をΔtとすると、当該装置を搭載する車両の速度VはΔR/Δtで与えられ、その時の車両のヨー角速度はΔθ/Δtとして求めることができる。
【0021】
また、上記の式(1)を利用するだけでは、検出物体に対する相対速度しか求まらないが、本発明の第2の手段によれば、車速計によって自車両の車速が正確に分っていない場合においても、上記の相互相関演算手段によって実行されるノイズに対して頑強な相関演算の演算結果に基づいて、走行路面に対する自車両の絶対的な速度を従来よりも遥かに高い信頼性をもって正確に求めることができる。
【0022】
また、本発明の第3の手段によれば、上記の周波数シフト量Δfを用いて当該移動体の運動を与える上記のシフトベクトルΔqが近似的に予測されるので、上記の照合処理(相互相関演算処理)における初期状態(出発点)をその予測に基づいて最適化することができる。このため、本発明の第3の手段によれば、上記の照合処理の演算処理時間を効果的に削減することができる。
【0023】
また、本発明の第5の手段によれば、上記の相互相関演算処理を具体的かつ効果的に構成することができる。
また、本発明の第6の手段によれば、画像処理分野における照合処理プログラムや照合処理回路などを流用することによって、当該装置をより簡単に構成することができる。
【0024】
また、以上の本発明の手段の何れかを利用して、更に、検出した物体の位置に基づいて障害物体のない路面領域を推定する走路推定手段を構成しても良い(本発明の第7の手段)。この様な走路推定手段は、例えば、車両等の移動体における危険予知システムやオートクルーズシステムなどに利用することができる。
【0025】
また、上記の式(1)を単純に利用するだけでは、個々の検出物体に対する個々の相対速度しか求まらないが、本発明の第8の手段によれば、車速計によって自車両の車速が正確に分っていない場合においても、上記の相互相関演算手段によって実行されるノイズ(移動物体を含む)に対して頑強な相関演算の演算結果に基づいて、自車両周辺の静止物体に対する自車両の絶対的な速度を従来よりも遥かに高い信頼性をもって正確に求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。
ただし、本発明の実施形態は、以下に示す個々の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
1.作用原理と動作概要
FMCWレーダは、図1−Aに示すような三角波形状の周期関数を用いて、送信信号を周波数変調しながら電磁波を放射するレーダである。また、図2に本実施例1の物体検知装置100のハードウェア構成図を示す。FMCWレーダでは、送信信号と受信信号とをミキシングしてベースバンドフィルタを通すことによって、ビート信号(図1−B)を生成する。この時、各変調区間のビート信号を周波数解析すると、同一の被検出物体に関する周波数スペクトル強度は、図3に示すように、周波数fd 及び周波数fu にピークを示すので、この2つの変調区間におけるビート周波数fd と周波数fu とから、上記の式(1)に基づいて観測物体までの距離Rや相対速度Vを算出することができる。
【0028】
また、被検出物体の殆どは静止物体であると考えられるので、二次元配列データI(f,θ)である上記のレーダ画像の全体で、当該画像単位の照合処理を行えば、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間で最も高い相互相関を示す位置関係において、各静止物体の位置が最もよく一致するものと考えて良い。したがって、それらの照合点(最も高い相互相関を示す位置関係)を与えるシフト量Δfに基づいて、車速Vや被検出物体までの距離Rを算出すれば、従来よりも遥かに頑強にそれらの推定値を算出することができる。
【0029】
ただし、図3では、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との双方を互いに逆向きに同量だけ移動させる(近寄せる)シフト操作に基づいて、上記の照合点を求める際のシフト量(=Δf/2)が記載されている。
また、自車両から見た実空間平面座標上における静止物体の運動は、上記のシフトベクトルΔqで示されるが、このシフトベクトルΔqは、自車両の運動に変換可能な量であるから、上記の静止物体レーダ画像の時間変化に基づいて、自車両の運動を推定することができる。
【0030】
2.ハードウェア構成
図2に本実施例1の物体検知装置100のハードウェア構成図を示す。VCO(電圧制御発振器2)はミリ波帯又はマイクロ波帯で発振し、その発振周波数は変調信号発生器1から出力される変調信号によって、例えば図1−Aに例示したように可変制御される。方向性結合器3は、電圧制御発振器2から入力された高周波電力を送信アンテナ4とミキサ6とに分配する装置(分配器)である。即ち、送信アンテナ4に分配された信号が送信信号(放射波)となり、ミキサ6に分配された信号がローカル信号となる。
ミキサ6は、受信アンテナ16で受信した受信信号にローカル信号を混合してビート信号を生成する装置で、このビート信号は、ベースバンドフィルタ7とA/D変換器8を順次経由して、一旦メモリ9上に記憶される。
【0031】
また、CPU10は、メモリ9上に記憶されたビート信号を解析する周知の中央演算処理装置であって、例えば、高速フーリエ変換(FFT)処理を実行するための演算処理装置(例えばDSP)などを補助的に追加して構成しても良い。また、画像処理専用の演算処理装置などを補助的に追加して構成しても良い。
【0032】
3.処理手順
図4に、上記の物体検知装置100で実行すべき処理手順を例示する。以下、このフローチャートに沿ってその処理手順を具体的に説明する。
〔1〕ステップ210(FMCWレーダ)
まず、ステップ210では、送信信号と受信信号とのミキシングによって得られるビート信号をベースバンドフィルタ7とA/D変換器8を介して一旦メモリ9上に記憶する。本実施例では、1回のスキャニングを所定の適当なスキャニングタイム(観測周期)の間に行うが、この時、例えば、車両前方正面を0°とし、−20°(左前方)から+20°(右前方)までの角度領域をその検波対象空間として該スキャニングを実施してもよい。また、送信信号を周波数変調するための図1−AのFM変調指令(即ち、太線で描かれた三角波形状の周期関数)の中心周波数fc は、76GHz〜77GHz程度でよい。
【0033】
〔2〕ステップ220(レーダ画像生成手段)
次に、ステップ220では、A/D変換されたベースバンド信号(ビート信号)を周波数解析(フーリエ変換)し、これにより、前述の二次元配列データI(f,θ)であるレーダ画像を、上記の上昇変調区間における上昇区間レーダ画像と下降変調区間における下降区間レーダ画像とに分けてそれぞれ生成する。
【0034】
この時、反射波の到来方向θを特定する必要があるが、例えば、電子スキャン型ミリ波レーダであればDBFやMUSICなど既存の到来方位推定手法を用いて受信信号の到来方位を特定し、また、機械スキャン型ミリ波レーダならばスキャン機構からアンテナ面の角度を読み出して受信信号の到来方位を特定する。上記のスペクトル強度Iをレーダ画像の画素値とみなすと、各引数に対応するf軸とθ軸とを2軸とする極座標系の画像データを生成することができる。ただし、極座標系の代わりに直交座標系を用いても良い。これらのレーダ画像は、スナップショットごとに上昇変調区間および下降変調区間の両方で生成することができるが、特に、各スナップショット間でレーダ画像を平均化処理などを施せば、突発的なノイズを除去することも可能となる。
以上の処理により、車両前方に存在する物体からの反射波の強度分布を、上昇変調区間および下降変調区間のそれぞれについて求めることができる。
【0035】
〔3〕ステップ230(相互相関演算手段)
次に、ステップ230では、各上昇変調区間と下降変調区間毎にそれぞれ生成したレーダ画像を周波数方向に移動させながら両者が最もよく一致するように照合させる。この照合処理における相互相関の評価関数としては、例えば以下の定義式で表される評価関数などを用いることができる。即ち、これらの照合度の評価関数としては、SAD(対応する配列要素の値の差の絶対値の全空間に渡る総和)またはSSD(対応する配列要素の値の差の二乗値の全空間に渡る総和)などが有用である。最大の相互相関を示す照合点は、これらの評価関数に最小値を与えるシフト量から求めることができる。
【0036】
(相互相関の評価関数SAD)
SAD(Δf)=Σ|Iu(f+Δf/2,θ)−Id(f−Δf/2,θ)|
(相互相関の評価関数SSD)
SSD(Δf)=Σ{Iu(f+Δf/2,θ)−Id(f−Δf/2,θ)}2
ここで、上記の演算記号Σは、座標(f,θ)で表される所定の定義域の全域に渡って総和を演算することを意味している。
【0037】
ただし、本実施例1では、図3に示すように、実空間を表す実平面座標上の距離Rに対応する位置で被検出物体の照合点を得ることを想定しているので、図5に示すように上昇変調区間では画像を周波数の正の方向に+Δf/2シフトさせ、下降変調区間では逆に負の方向に同じ量だけシフトさせて、最も小さな相関値を与える周波数シフト量Δfを求める。これは、前述の式(1)からも分かる様に、レーダを車両前方に取り付けた場合、静止物体は車両に近づく方向の速度ベクトルを持ち、その大きさに応じて上昇変調区間では周波数が小さい側に、下降変調区間では周波数が大きい側にシフトするからである。
【0038】
これらの演算の結果、2つのレーダ画像を最もよく一致させるf軸方向の周波数シフト量Δfが得られ、その周波数シフト量Δfに基づいて、自車両の車速V(静止物体との相対速度)を次式(3)のように算出することができる。
(自車両の車速V)
V=cΔf/4fc …(3)
【0039】
即ち、上記の自車両の車速は、ドップラー効果(ドップラーシフト)に基づいて求められる。ここで、角度方向のシフトを行わないのは、対応する上昇変調区間と下降変調区間の各レーダ画像は、同一の測定期間に観測されたているので、両レーダ画像間では方位角が一致しており、ここではドップラーシフトに基づくf軸方向の両者間のズレの量(∝V)だけが問題になるからである。
【0040】
なお、例えば、前回の観測結果や式(3)などを用いて、静止物体との相対速度(車速V)が予測される場合には、それに対応したシフト量Δf′を計算し、このシフト量Δf′が与える位置関係を出発点として照合探索(相関演算処理)を開始することによって、その相関演算処理の計算量を削減することができる。
また、各被検出物体までの距離Rは、次式(4)に従って算出することができる。
(各被検出物体までの距離R)
R=cτ(2fu +Δf)/8ΔF または、
R=cτ(2fd −Δf)/8ΔF …(4)
【0041】
〔4〕ステップ240(静止物体レーダ画像生成手段)
前段の照合処理により各レーダ画像の全体が最もよく一致した照合点において、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間で画素値の差が大きい部分(即ち、相関が小さな部分)は移動物体からの反射波によるものである。
この静止物体レーダ画像生成手段の動作形態を図5の下段に例示する。画素値の大きい(白い)部分1〜3が反射信号であるが、相互相関演算手段を用いて照合すると、シフト後に照合した2枚の画像においては、信号1や信号3はそれぞれ位置が一致するため、これらは静止物体上で反射した信号だと判定することができる。
【0042】
一方、信号2の位置は2枚のレーダ画像間で一致しないので移動物体の反射波だと判定することができる。したがって、この様な判定を行えば、レーダ画像が表す全ての信号を静止物体と移動物体に振り分けることができる。
より具体的には、この様な振り分けは、例えば照合後に対応する各画素間の相関値の大小や各画素値(スペクトル強度I)の大小などによって選別しても良い。
或いはまた、Δfで与えられる最も高い相関を与える位置関係(照合点)において、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間で、対応する各画素毎にそれぞれ画素値(スペクトル強度I)を比較して、双方で画素値が大きくない方を静止物体画像の画素値として選抜し、この選抜処理によって、静止物体の信号(スペクトル強度I)のみを抽出した静止物体画像を生成しても良い。
【0043】
また、これらの振り分け処理は、必ずしも画素単位で実施する必要はなく、例えば4画素×4画素の小区画領域を1単位として実施しても良い。この場合には、ノイズに対する耐性を得ることができ、これによって、振り分け処理を不測のノイズに対して頑強にすることができる場合がある。また、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との間での画素値比較処理の実行回数の削減を図ることもできる。
【0044】
〔5〕ステップ250(異時刻間相互相関演算手段)
次に、ステップ250では、上記の手順〔3〕で行った照合処理と同様の照合処理を異なる時刻に観測された2枚の静止物体レーダ画像の間で行う(図6の時系列照合)。ただし、ここではまず、上記の式(4)を用いて、先に求めた静止物体レーダ画像の周波数軸(f軸)を実空間での距離軸(R軸)に変換することによって、実空間平面座標上にマッピングされた静止物体レーダ画像を求める。
【0045】
そして、異時刻間でこの実空間平面座標上の静止物体レーダ画像の双方が最もよく一致するように、その静止物体レーダ画像をR軸およびθ軸の各方向にそれぞれシフトさせながら、最大の相関を与える位置関係を求める。シフトさせるのはどちらか1枚の画像だけでよい。ここでも、前述のSADやSSDなどの評価関数を用いて相互相関演算を実行することができる。ただし、実空間平面座標上への上記のマッピング処理は、例えば、車両の前後方向をz軸方向とし、車両の左右方向をx軸方向とするxz座標平面上へのマッピング処理であってもよい。
【0046】
この様な相互相関演算の結果、例えば図6に例示する様なシフト操作によって、所望の照合点が得られた場合には、次式(5)に示す様に、シフトベクトルΔqを算定すれば良い。
(シフトベクトルΔq)
Δq≡(Δθ,ΔR)=(+1θ0 ,−3R0 ) …(5)
ただし、ここでは、θ0 は図6の静止物体レーダ画像における1画素分の方位角であり、R0 は同レーダ画像における1画素分の距離を示すものとする。
【0047】
また、この照合処理においても、前回の観測結果などから今回のシフト量の近似値Δqを推定することができれば、そのシフト量を再利用することによって、照合処理の計算量を削減することができる。また、上記のステップ230で得られた周波数シフト量Δfは、車速Vに比例するものであるから、この周波数シフト量Δfを用いて、上記のシフトベクトルΔqを推定しても良い(本発明の第3の手段)。
【0048】
なお、上記の実空間平面を表す座標平面として、上記のxz座標平面を採用する場合には、所望のシフトベクトルΔqを以下のように表すことができる。
(シフトベクトルΔq)
Δq=(Δφ,Δx,Δz)
ただし、ここで、Δφは当該xz座標平面上での車両の回転成分であり、(Δx,Δz)は当該xz座標平面上での車両の並進成分である。
【0049】
〔6〕ステップ260(運動推定手段)
最後に、ステップ260では、前段の照合による距離方向(R軸方向)および方位方向(θ軸方向)に関する上記のシフト量(シフトベクトルΔq)から、観測間の車両(レーダ)の運動を求める。この時、上記のマッピング処理による実空間平面座標上の静止物体レーダ画像の生成周期をΔtとすると、当該装置を搭載する車両の速度VはΔR/Δtで与えられ、その時の車両のヨー角速度はΔθ/Δtとして求めることができる。
【0050】
なお、例えば周波数シフト量ΔfやシフトベクトルΔqなどの、以上の処理で算出した値にはフィルタ処理などを施して、次回の制御周期における上記の手順〔3〕や手順〔5〕などの照合処理などに再度利用してもよい。この様な手段によっても、演算処理オーバーヘッドを削減することができる。
【0051】
以上の手順〔1〕〜〔6〕を周期的に繰り返すことによって、自車両の運動を継続的に把握することができる。また、上記の照合処理では、静止物体を個別に照合するのではなく、観測範囲内に存在する全ての物体からの検波信号を用いてそれらの位置が全体として最もよく整合するように照合させているので、これによって、静止物体の位置の推定処理や自車両の運動の推定処理が各種のノイズに対して頑強となる。
【0052】
〔その他の変形例〕
本発明の実施形態は、上記の形態に限定されるものではなく、その他にも以下に例示される様な変形を行っても良い。この様な変形や応用によっても、本発明の作用に基づいて本発明の効果を得ることができる。
(変形例1)
例えば、上記の実施例1では、ステップ230において、上昇区間レーダ画像と下降区間レーダ画像との双方を互いに逆向きに同量だけ移動させる(各ピークペアを近寄せる)シフト操作に基づいて、上記の照合点(最も高い相互相関を示す位置関係)を求めたが、このシフト量は、上昇区間レーダ画像か下降区間レーダ画像の何れか一方だけをf軸方向に沿ってシフトさせるシフト操作に基づいて求めても良い。この場合、そのシフト操作量Δfをもとめてから、その後、少なくとも何れか一方をΔf/2だけずらすことによって、上記の静止物体レーダ画像を生成することができる。また、この様な方式に従えば、一方の二次元配列データI(f,θ)では、シフト操作を行う必要がなくなるため、演算処理オーバーヘッドを削減することができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、例えば、車両等の移動体における危険予知システムや運転支援システムやオートクルーズシステムなどに利用することができる。また、ロボットの位置制御や姿勢制御などにも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1−A】FMCWレーダにおける周波数変調の実施形態を例示するグラフ
【図1−B】ビート信号の検出形態を例示するグラフ
【図2】実施例1の物体検知装置100のハードウェア構成図
【図3】1被検出物体に関するビート信号のスペクトル強度を例示するグラフ
【図4】物体検知装置100で実行すべき処理手順を例示するフローチャート
【図5】相互相関演算手段の動作形態を例示する説明図
【図6】異時刻間相互相関演算手段の動作形態を例示する説明図
【符号の説明】
【0055】
100 : 物体検知装置
220 : レーダ画像生成手段
230 : 相互相関演算手段
240 : 静止物体抽出手段
250 : 異時刻間相互相関演算手段
260 : 運動推定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上昇変調区間では時間に対して周波数を増加させ、下降変調区間では時間に対して周波数を減少させる周期関数に従って周波数変調された送信信号の電磁波を放射し、その反射波を受信して得られる受信信号とその受信時刻における前記送信信号とを混合することによって、ビート信号を生成して物体を検出する、FMCWレーダを有する物体検知装置において、
前記電磁波の放射方位を示す方位角θと、各方位における前記ビート信号のビート周波数fとを引数とし、そのビート信号のスペクトル強度Iを関数値とする二次元配列データI(f,θ)であるレーダ画像を、前記上昇変調区間における上昇区間レーダ画像と、前記下降変調区間における下降区間レーダ画像とに分けてそれぞれ生成するレーダ画像生成手段と、
前記上昇区間レーダ画像と前記下降区間レーダ画像との間の、前記引数の2次元定義域全体としての相互相関を最大にする位置関係を求める相互相関演算手段と、
前記相互相関が最大となる前記位置関係で、前記上昇区間レーダ画像と前記下降区間レーダ画像とを照合し、この時の相関値が所定の閾値以上になる部分のみを静止物体として抽出する静止物体抽出手段と
を有する
ことを特徴とする物体検知装置。
【請求項2】
前記相互相関が最大となる前記位置関係で、前記上昇区間レーダ画像と前記下降区間レーダ画像とを照合し、この時の相関値が所定の閾値未満になる部分の前記関数値を無視して、残った前記静止物体を示す前記関数値を、実空間を表す実平面座標上にマッピングすることによって、静止物体レーダ画像を生成する静止物体レーダ画像生成手段と、
前記静止物体レーダ画像生成手段によって相異なる時刻に生成された2つの前記静止物体レーダ画像の間の相互相関を最大にする位置関係を与える、前記実平面座標上におけるシフトベクトルΔqを求める異時刻間相互相関演算手段と、
前記シフトベクトルΔqに基づいて、当該物体検知装置を搭載している移動体の前記実空間における運動を推定する運動推定手段と
を有する
ことを特徴とする請求項1に記載の物体検知装置。
【請求項3】
前記異時刻間相互相関演算手段は、
前記相互相関演算手段によって求められた前記位置関係を与える、前記引数のf軸方向の周波数シフト量Δfを用いて、
次回に算出されるべき前記シフトベクトルΔqの近似値を予測するシフトベクトル予測手段を有する
ことを特徴とする請求項2に記載の物体検知装置。
【請求項4】
上昇変調区間では時間に対して周波数を増加させ、下降変調区間では時間に対して周波数を減少させる周期関数に従って周波数変調された送信信号の電磁波を放射し、その反射波を受信して得られる受信信号とその受信時刻における前記送信信号とを混合することによって、ビート信号を生成して物体を検出する、FMCWレーダを有する物体検知装置において、
前記電磁波の放射方位を示す方位角θと、各方位における前記ビート信号のビート周波数fとを引数とし、そのビート信号のスペクトル強度Iを関数値とする二次元配列データI(f,θ)であるレーダ画像を、前記上昇変調区間における上昇区間レーダ画像と、前記下降変調区間における下降区間レーダ画像とに分けてそれぞれ生成するレーダ画像生成手段と、
前記上昇区間レーダ画像と前記下降区間レーダ画像との間の、前記引数の2次元定義域全体としての相互相関を最大にする位置関係を求める相互相関演算手段と、
前記相互相関が最大となる前記位置関係で、前記上昇区間レーダ画像と前記下降区間レーダ画像とを照合し、この時の相関値が所定の閾値未満になり、かつ前記スペクトル強度Iが所定の閾値以上になる部分のみを移動物体として抽出する移動物体抽出手段と
を有する
ことを特徴とする物体検知装置。
【請求項5】
前記相互相関を最大にする前記位置関係を求める際の相関評価関数として、
対応する配列要素の値の差の絶対値の全空間に渡る総和(SAD)、または、
対応する配列要素の値の差の二乗値の全空間に渡る総和(SSD)
を用いる
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の物体検知装置。
【請求項6】
前記二次元配列データI(f,θ)は、
前記スペクトル強度Iを画素値とする画像形式データである
ことを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の物体検知装置。
【請求項7】
検出した物体の位置に基づいて障害物体のない路面領域を推定する走路推定手段
を有する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の物体検知装置。
【請求項8】
前記相互相関演算手段によって求められた前記位置関係を与える、前記引数のf軸方向の周波数シフト量Δfを用いて、当該物体検知装置を搭載している移動体の走行速度を推定する走行速度推定手段を有する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項7の何れか1項に記載の物体検知装置。

【図1−A】
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【図1−B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−285912(P2007−285912A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−114287(P2006−114287)
【出願日】平成18年4月18日(2006.4.18)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】