説明

環境診断方法

【課題】 傾斜組成膜の保管中の変質を防止して暴露環境での材質変化を正確に計測することができる環境診断方法を提供する。
【解決手段】 平面内で組成が変動している傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置する第1の工程と、この第1の工程に引き続いて前記傾斜組成膜を、前記暴露環境中に存在し前記傾斜組成膜と化学反応する反応性物質と反応させる第2の工程と、この第2の工程後、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成する第3の工程と、この第3の工程により形成された前記阻止膜の一部又は全部を、前記傾斜組成膜を計測する前に前記傾斜組成膜の表面から除去する第4の工程と、この第4の工程を経た後、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測して、反応前後での特性変化から暴露環境を診断する第5の工程とを有する環境診断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境診断用傾斜組成体を用いた環境診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基板上の一端から他端に向かって組成が一定比率で変動している傾斜組成膜は、例えば特許文献1などにより知られている。傾斜組成膜は、平面内で組成が変化しているので、このことを利用して、特定組成に対応した特異な物理的特性、化学的特性を探索すること、更には特定組成に対応した反応により、傾斜組成膜の置かれた環境がどのような環境であるのかを診断することが試みられている。
【0003】
傾斜組成膜は、例えば真空蒸着法を用いて、複数の蒸発源からの蒸気が、成膜させる基板の平面内でその到達量に規則的な勾配を持つようにして成膜されることにより製造される。そして、このような傾斜組成膜を用いた従来の環境診断方法においては、傾斜組成膜が形成された基板を、計測しようとする環境下に置き、環境中に存在する反応性物質(例えば腐食性物質)と、傾斜組成膜とを反応させた後、この組成膜の物理的特性や化学的特性を計測する。そして、計測結果より反応前後での特性変化を調べ、この特性変化を既知の環境での反応による特性変化と対比して、傾斜組成膜の暴露された環境が、どのような環境であったのかを求める診断、評価が行われていた。
【0004】
しかし、環境評価を行うに当たって、計測しようとする所定の環境に暴露した後の傾斜組成膜は、計測までの間、デシケ−タに保管されていた。そのため、傾斜組成膜は、暴露環境での反応後、計測されるまでの保管期間に、保管されている環境の影響を受けて表面が化学反応を生じ変質してしまう場合があった。この場合には、傾斜組成膜は、暴露された環境の状態を正しく示していないことになり、適切な診断、評価が困難となる。
【0005】
また、前記傾斜組成膜の保管期間や傾斜組成膜の移送、ハンドリング時に、傾斜組成膜が何らかの力を受けて、物理的に損傷する可能性があり、この場合も適切な診断、評価が困難となる。
【特許文献1】特開2004−010962号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
計測する環境への暴露が行われ、物理的特性や化学的特性の計測を行う傾斜組成膜の表面は、暴露中の暴露環境での材質変化と、暴露後の計測までの保管環境での材質変化とが重畳されていて、計測面となる傾斜組成膜の表面は正しい暴露環境を示していないという、環境診断の結果に影響を及ぼし得る誤差の存在が、傾斜組成膜を用いた環境診断法において解決すべき課題として指摘され得る。
【0007】
そこで、本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、傾斜組成膜を使用した環境診断方法において、暴露環境での材質変化を正確に計測することができる環境診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成させるためになされた本発明は、平面内で組成が変動している傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置する第1の工程と、この第1の工程に引き続いて前記傾斜組成膜を、前記暴露環境中に存在し前記傾斜組成膜と化学反応する反応性物質と反応させる第2の工程と、この第2の工程後、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成する第3の工程と、この第3の工程により形成された前記阻止膜の一部又は全部を、前記傾斜組成膜を計測する前に前記傾斜組成膜の表面から除去する第4の工程と、この第4の工程を経た後、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測して、反応前後での特性変化から暴露環境を診断する第5の工程とを有することを特徴とする環境診断方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の環境診断方法によれば、所定の暴露環境で反応させた後、計測を行う前の傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成させることから、暴露終了から計測開始までの間に傾斜組成膜が受ける化学反応とそれに伴う傾斜組成膜の変質現象を阻止することができ、暴露された環境の状態を正確かつ確実に診断、評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の環境診断方法を、より具体的に説明する。
【0011】
本発明の環境診断方法では、第1工程において、平面内で組成が変動している傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置する。そのためにまず、基板上の一端から他端に向かって一定比率で組成を変動させた傾斜組成膜を準備する。この傾斜組成膜の厚さは、0.1μm(0.0001mm)以上、好ましくは0.1μm(0.0001mm)〜100μm(0.1mm)の厚さとする。この傾斜組成膜を得る手段の例について説明する。
【0012】
(傾斜組成膜を得る手段)
複数の成分からなる傾斜組成膜を得るための原理について理解を容易にするために、まず、単一の成分からなる傾斜厚さ膜を得る方法について、図1を用いて説明する。図1は、傾斜厚さ膜の成膜装置の要部模式図(同図(b))及びこの成膜装置により成膜された膜の平面内における蒸着量分布(膜厚分布)(同図(a))を示すグラフである。図1(b)において、成膜装置は、1成分の傾斜組成膜の成分原材料を収容した蒸発源1と、この蒸発源1と対向するように配設され、蒸発源1に収容された成分原材料の膜を形成させる基板3とで形成される立体的空間の所定位置に、前記原材料を収容した蒸発源1から蒸発した蒸気のうちの一部分を遮断させる機能を有する遮蔽板2が設けられている。この遮蔽板2の設置効果によって、蒸発源1の位置a〜dの間で基板3に向けて蒸発する原材料は、一部が遮蔽板2で遮断され、同図(a)に示されるように、遮断されない残部の原材料が基板3上の位置p〜tにわたって成膜され、かつ、基板3上の位置q〜tの範囲では、蒸着量(成膜厚さ)が直線的に変動している。
【0013】
この基板3上への成膜のメカニズムを、以下の(イ)〜(ニ)で述べる蒸発源の各位置における蒸気の成膜で詳述する。
【0014】
(イ):蒸発源1の一方の端面a(蒸発点a)から蒸発した蒸気は、一部は遮蔽板2に遮蔽されるが、その大部分は遮蔽板2に到着し、蒸発源1の端面a(蒸発点a)から遮蔽板2の一方の端面gに向かう直線の基板3との交点tから紙面左側の領域に到達する。しかし基板3との交点tのわずか右側では、蒸発した蒸気は全く到達しない部分となる。交点tが蒸気が到達する領域とゼロとの境界の点となる。
【0015】
(ロ):蒸発点bから蒸発した蒸気は、遮蔽板2の端面gに向かう直線の基板3との交点sから紙面左側の範囲に到達し、端面a(蒸発点a)から蒸発した蒸気と重畳するように加わる。
【0016】
(ハ):蒸発源1の蒸発点cからの蒸気は、遮蔽板2の端面gに向かう直線の基板3との交点rから紙面左側の範囲に到達し、蒸発点aや蒸発点bから蒸発した蒸気とを重畳するように加わる。
【0017】
(ニ):蒸発源1の他方の端面d(蒸発点d)から蒸発した蒸気は、その大部分は遮蔽板2に遮蔽されるが、蒸発源1の端面dから遮蔽板2の一方の端面gに向かう直線の基板3との交点qから紙面左側の範囲に到達する。つまり、交点qから紙面左側は、蒸発源1の蒸発点d、c、b、aを含むあらゆる位置からの蒸気が重畳して到達する領域となる。
【0018】
このような原理により、好ましくは、蒸発源1と遮蔽板2との間隔をx、遮蔽板2と基板3との間隔をyとしたとき、x/(x+y)で求められる値が0.1〜0.9で定まる立体的空間の所定位置に遮蔽板2を配置することによって、基板面上での所定位置に対する成膜量の分布に、規則的な勾配を持たせることができる。
【0019】
図1に示したような、原材料を蒸発させる蒸発源1から、基板面上の対象領域の各位置への物質の到達量に、規則的な勾配を持たせて成膜させるとき、蒸発源1は、好ましくは細長状とする。また、遮蔽板2は、その蒸発源1の上方に、蒸発源1からの蒸気の一部を遮蔽しながら、残部の蒸気を更に上方に誘導するための前述した位置に配置する。また、遮蔽板2は、その端面の蒸気通過面と、細長状とした蒸発源1の長手方向と、遮蔽板2の端面がなす辺とが作る直線方向とを、立面図上で特に60度〜120度以内の角度で交差するように、好ましくは直交するように配置する。かくして遮蔽板2の遮蔽効果によって、蒸発源1と遮蔽板2とを結ぶ上方の方向に設置した基板3の基板面上での所定位置に対する成膜量の分布に、規則的な勾配を持たせた傾斜厚さ膜が得られる。
【0020】
次に、図2を用いて2成分よりなる傾斜組成膜を得る原理を説明する。図2は、2成分の傾斜組成膜を成膜するための成膜装置の要部模式図(同図(d))並びにこの成膜装置により成膜された膜の平面内における蒸着量分布(膜厚分布)(同図(a))及び各成分の膜の平面内における蒸着量分布(膜厚分布)(同図(b)、(c))を示すグラフである。
【0021】
図2(d)に示す成膜装置では、2成分の傾斜組成膜のうちの一方の成分を収容した蒸発源(ボ−ト)1と、2成分の傾斜組成膜のうちの他の成分を収容した蒸発源(ボ−ト)4とが設置されている。また、これらの蒸発源1、4と対向するように基板3が配設されている。そして、蒸発源1、4と、基板3とで形成される立体的空間の所定位置に、蒸発源1、4から蒸発した蒸気のうちの一部を遮断させる機能を有する2個の遮蔽板2A、2Bが設けられている。この遮蔽板2A、2Bの設置効果によって、蒸発源1及び蒸発源4から基板3に向けて同時に蒸発する各原材料は、一部が遮蔽板2A又は2Bで遮断される。その結果、第1の蒸発源1からの原材料は、図1で説明したのと同様の原理により、図2(c)に示されるように基板3上での所定位置に対する蒸着量(成膜厚さ)の分布に、規則的な勾配を持つことになる。また、第2の蒸発源4からの原材料は、図1で説明したのと同様の原理により、図2(b)に示されるように基板3上での所定位置に対する蒸着量(成膜厚さ)の分布に、規則的な勾配を持つことになる。そして、同時に蒸発される第1の蒸発源1からの蒸発量と第2の蒸発源4からの蒸発量との調整や、遮蔽板2A、2Bの位置の調整などを行って、図2(a)に示されるように基板3上での所定位置に対する蒸着量(成膜厚さ)が面内にわたって一定の傾斜組成膜を形成させることができる。
【0022】
上記蒸発源1、遮蔽板2A、2B、基板3及び蒸発源4とを有する成膜装置の構成において、蒸発源1及び蒸発源4を細長状とすることによって、基板3上に到達する蒸気量にスム−ズな勾配を持たせると共に、遮蔽板2A、2Bの遮蔽効果と相俟って、規則的な勾配を持たせることができる。
【0023】
また、蒸発源1、遮蔽板2A、2B、基板3及び蒸発源4とを有する成膜装置の構成において、遮蔽板2A、2Bの蒸気通過面となる端面の粗度を、最大10μm以下、好ましくは0.1μm程度の粗度に制御することが重要である。これによって、基板3上に到達する蒸気量に一層スム−ズな勾配を持たせることができる。
【0024】
上記蒸発源1、遮蔽板2A、2B、基板3及び蒸発源4とを有する成膜装置の構成において、蒸発源1、4の長手方向と、遮蔽板2A、2Bの端面がなす辺に平行な方向とが、立体図的に見たとき、60度〜120度の角度で交差するように配置することが好ましく、より好ましくは直交するように配置する。これにより、基板面上での所定位置に対する成膜量の分布に、規則的な勾配を持たせることができる。なお、基板3から下方を見た場合、蒸発源1又は4の長手方向と遮蔽板2A、2Bとは交差して見える。この場合の交差して見える角度を、立体図的に定めた角度として定義する。
【0025】
蒸発源1と遮蔽板2との間隔をx、遮蔽板2と基板3との間隔をyとしたとき、x/(x+y)で求められる値が0.1〜0.9で定まる立体的空間の所定位置に遮蔽板2を配置することによって、基板面上での所定位置に対する成膜量の分布に、規則的な勾配を持たせることができる。
【0026】
(第1工程)
本発明の環境診断方法では、第1工程において、上述した成膜装置を例として、基板上に作製された傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置する。
【0027】
(第2工程)
この第1の工程に引き続いて、第2の工程では、前記傾斜組成膜を、前記暴露環境中に存在し前記傾斜組成膜と化学反応する反応性物質、例えば腐食性物質と反応させる。
【0028】
暴露する環境と傾斜組成膜との組み合わせによっては、傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置すると直ちに、傾斜組成膜が暴露環境中の反応性物質と反応することがある。また、暴露環境中の反応性物質の反応性が低い場合には、傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置した後、一定の時間が経過した後に傾斜組成膜が暴露環境中の反応性物質と反応することがある。本発明の環境診断方法では、このような傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置する第1の工程と、傾斜組成膜を暴露環境中に存在する反応性物質と反応させる第2の工程とが、ほぼ同時に連続して行われる場合を包含しているし、また、前記第1の工程と前記第2の工程との間に所定の時間が経過する場合も包含している。
【0029】
第2工程における暴露環境中の腐食性物質などの反応性物質と傾斜組成膜との反応により、この組成膜の物理的特性や化学的特性が変化する。この反応の前後で物理的特性や化学的特性を計測することにより、暴露環境の反応性物質の有無や濃度等を診断する、定性的、定量的な評価が可能となる。
【0030】
ところが、従来の環境診断方法では、暴露環境での反応後、計測されるまでの保管期間に、保管されている環境の影響を受けて表面が化学反応を生じ変質してしまう場合があったことは、既に述べたとおりである。この場合には、計測時の傾斜組成膜は、暴露された環境の状態を正しく示していないことになり、適切な診断、評価が困難となる。また、保管時の損傷も懸念される。そこで本発明では、前記第2の工程後、次に述べる第3の工程を行う。
【0031】
(第3工程)
本発明では、前記第2の工程後、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成する第3の工程を行う。図3は、傾斜組成膜の表面に形成された阻止膜を断面で示す模式図である。基板3上に傾斜組成膜11が形成されていて、暴露、反応後の前記傾斜組成膜11上に、阻止膜12が形成されている。傾斜組成膜11の厚さt1及び阻止膜12の厚さt2の好適範囲については、後述する。
【0032】
第3の工程において、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成することにより、傾斜組成膜の反応の進行が、阻止膜によって阻止されるので、第2の工程中に傾斜組成膜が受けた影響をそのまま計測時まで保持することができ、暴露環境での反応の状態が、そのまま維持されることになる。また、阻止膜は、前記傾斜組成膜の保護膜としての役割を果すので、前記傾斜組成膜の保管期間や傾斜組成膜の移送やハンドリング時に、傾斜組成膜が何らかの力を受けて、物理的に損傷することを防止することができる。
【0033】
この第3工程で形成される阻止膜としては、例えば、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリイミド、ポリウレタン、ポリエステル、エポキシ樹脂、ビニル樹脂、セルロース、アセチルセルロース及びポリテトラスルオロエチレンから選ばれる1種又は2種以上の有機物とすることができる。これらの有機物は、阻止膜が傾斜組成膜の表面と反応したり、機械的又は化学的に傾斜組成膜を傷つけることがなく、しかも、傾斜組成膜上への阻止膜の形成及び傾斜組成膜上からの阻止膜の除去が容易に行える物質である。これらの阻止膜によって傾斜組成膜の表面を効果的に保護することができる。また、これらの有機物は、透明、すなわち透光性を有する物質であるから、傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性を光学的に計測する場合に影響が極めて少ないので有利である。
【0034】
上掲した有機物のなかでも、アセチルセルロースは溶剤に溶け易く、被膜形成能が良いプラスティックであり、しかも試料表面から剥がしやすい特徴がある。また、フィルム厚さは、0.034mm、0.08mm等のものが市販されていて、容易に入手することができる。アセチルセルロースを阻止膜として大面積で使用し、収縮を嫌う場合には、厚手のものを用いるのが良い。
【0035】
この第3工程で形成される阻止膜としては、例えば、尿素樹脂及びメラミン樹脂から選ばれる1種又は2種の有機物とすることもできる。これらの有機物は、阻止膜が傾斜組成膜の表面と反応したり、機械的又は化学的に傾斜組成膜を傷つけることがなく、しかも、傾斜組成膜上への阻止膜の形成及び傾斜組成膜上からの阻止膜の除去が容易に行える物質である。これらの阻止膜によって傾斜組成膜の表面を効果的に保護することができる。また、これらの有機物は、半透明、すなわち透光性を有する物質であるから、傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性を光学的に計測する場合に影響が少ないので有利である。
【0036】
この第3工程で形成される阻止膜としては、例えば、ZnO、CdO、SnO2、In23から選ばれる1種又は2種以上の酸化物とすることもできる。阻止膜が酸化物である場合、酸化物は、前記有機物よりも硬さが大であることから、傾斜組成膜の表面を機械的外力から保護する効果が大きい。そのうえ、これらの酸化物は安定した物質であるので傾斜組成膜上に被成されているときに材質的な変化のない利点も有する。また、これらの酸化物は、透明、すなわち透光性を有する物質であるから、傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性を光学的に計測する場合に影響が極めて少ないので有利である。
【0037】
これらの有機膜又は酸化膜からなる阻止膜と、傾斜組成膜との接触状態は、傾斜組成膜上に阻止膜が密着するように形成されていることが必要であり、両者の界面から内部に向かって侵入する酸素、窒素又は空気の侵入速度が、1×10-4(μm/秒)程度またはこれよりも遅くなる状態に密着していれば良い。
【0038】
上述した阻止膜を、傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成させる方法としては、例えば前記有機膜の場合では、エチレン(C22)を原料ガスとして高周波プラズマCVD法で容易に行うことができる。阻止膜の所定の厚さを得るために、条件の一例として原料ガスの圧力は200〜300Pa、高周波電力は25〜125Wとすることができる。高周波プラズマCVD法を用いた場合の原料は、C22に限られず、これ以外に、C24やC26を原料として高周波プラズマCVD法を行って上記有機膜を得ることもできる。
【0039】
有機膜のうち、アセチルセルロース膜を傾斜組成膜に密着形成する方法には、基材に溶剤を噴霧(または滴下)してその上にフィルムを置く方法、アセチルセルロース膜を溶剤に浸漬させて基材に貼付ける方法、フィルム片面を溶剤を塗布して基材に貼付ける方法などがある。
【0040】
また、前記SnO2やIn23等の酸化物の場合では、原料金属を高周波放電中で傾斜組成膜上に向けて蒸発させ、傾斜組成膜上に酸化物膜を得る、高周波プラズマCVD法で容易に行うことができる。製造条件は、例えば、圧力を10-4Torr台とし、蒸着速度10Å/秒程度として、厚さ約3000Åの膜を得ればよい。
【0041】
傾斜組成膜の表面への阻止膜の密着成形(第3の工程)は、上記高周波プラズマCVD法以外でも、例えばスプレー塗布法、熱分解スプレー法、ディッピング法(浸漬法)、印刷法、蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法などを阻止膜の材質によって適宜選択することによって、容易に行うことができる。
【0042】
この第3工程で行う阻止膜の密着形成は、傾斜組成膜を暴露環境中に存在する反応性物質と反応させる第2工程の終了後、直ちに行うことが、反応の進行を阻止するために望ましい。例えば阻止膜として有機膜をスプレー塗布法により行う場合には、スプレー塗布法は、傾斜組成膜が設置されている暴露環境の現場で阻止膜を形成されることができ、また、塗布時間も1秒程度で済むので、第2工程の終了後、直ちに阻止膜を形成させることができる。
【0043】
(第4工程)
前記第3の工程後には、前記第3の工程により形成された前記阻止膜の一部又は全部を、前記傾斜組成膜を計測する前に前記傾斜組成膜の表面から除去する第4の工程を行う。傾斜組成膜の計測の際に、抵抗値の測定のように傾斜組成膜の表面に計測用電極を直接接触させて測定する場合には、阻止膜の存在は測定値の誤差となる。したがって、計測時の誤差とならないように阻止膜を除去して計測に供する。
【0044】
阻止膜の除去は、有機膜の材質によって炭化水素系、アルコ−ル系、多価アルコ−ル系、エ−テル系、エステル系、ケトン系、塩化炭化水素系などの有機溶剤を適宜選択し、これらの有機溶剤液中に浸漬させるなどすることによって容易に行える。例えば、有機膜としてアセチルセルロースを用いた場合には、溶剤は、酢酸メチル(Methyl Acetate, 試薬一級または特級)を使用することができる。溶剤としてアセトンを用いることもできるが、アセトンは揮発性が高いので、取扱いに注意を要する。
【0045】
阻止膜がSnO2膜やInO2膜のような酸化物膜である場合には、例えば阻止膜表面をスパッタリングすることにより除去することができる。このスパッタリングの条件としては、例えば、10-2Torr台のアルゴンガスを導入した真空槽の中で、傾斜組成膜を傷つけない程度に数kVの電圧を印加しながらスパツタを行い除去する。
【0046】
阻止膜の除去は、後に行う計測に悪影響を及ぼさないために行うものであるから、阻止膜を完全に除去する場合のみならず、計測に悪影響を及ぼさない範囲で、一部が残存するように除去してもよい。
【0047】
この第4工程で行う阻止膜の除去は、次に行う傾斜組成膜の計測の直前に行うことが、阻止膜が除去された傾斜組成膜の変質を防止するために望ましい。例えば阻止膜の除去は、計測機器が設けられた施設において、計測機器の近くに設けられた阻止膜除去装置を用いて行い、除去後は可及的速やかに傾斜組成膜の計測を行うのがよい。
【0048】
(第5工程)
前記阻止膜を除去する第4の工程を経た後、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測して、反応前後での特性変化から暴露環境を診断する第5の工程を行う。この第5の工程において、前記傾斜組成膜の電気特性や磁気特性など物理的特性、耐腐食性など化学的特性の変化を計測し、設置環境と組成との対応性を定量化する。本発明の環境診断方法では、傾斜組成膜の反応後、計測前に阻止膜が形成されているので、反応後の傾斜組成膜の表面部分を変質させることがなく、精度の良い計測が可能となる。
【0049】
以上述べた本発明の診断方法の一例をフローチャートで示すと図4のようになる。まず、傾斜組成膜を準備する(ステップS11)。次いで傾斜組成膜を、暴露、反応させる(ステップS12)。次いで反応後の傾斜組成膜上に阻止膜を配置し(ステップS13)、保管する。傾斜組成膜の計測前に阻止膜を除去し(ステップS14)、傾斜組成膜を計測する(ステップS15)。同図では、傾斜組成膜を暴露環境中に放置する第1工程と反応性物質と反応せる第2工程とが、ほぼ同時に連続して行われる例として、一つのステップで示されている。
【0050】
(変形例)
本発明の環境診断方法においては、他の実施態様として、阻止膜を形成する第3の工程の後、この阻止膜を除去する前記第4の工程を行うことなく、すなわち、第3の工程により形成された前記阻止膜を通して、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測することもできる。傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性の計測をする際に、磁気特性を計測する場合や結晶構造をみるために光学的に計測する場合は、阻止膜の有無が測定値に影響を及ぼさないことがある。このようなときには、阻止膜を必ずしも除去する必要がなく、阻止膜を通して、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測することができる。阻止膜を除去する前記第4の工程を行うことを省略できれば、環境診断の作業性が向上する。阻止膜を通して、傾斜組成膜を光学的に測定する場合には、阻止膜が透明又は半透明の透光性を有する膜であることが有利である。
【0051】
(膜厚について)
本発明の環境診断方法において、前記第1の工程を行う前記傾斜組成膜の厚みと、前記傾斜組成膜の表面を覆って密着形成する阻止膜の厚みとの関係は、前記傾斜組成膜が0.1μm以上の厚さを有するものであり、かつ、前記阻止膜が0.01μm〜1000μmの厚さを有するものであることが望ましい。
【0052】
傾斜組成膜の厚さを0.1μm(0.0001mm)以上、好ましくは0.1μm(0.0001mm)〜100μm(0.1mm)とすることにより、傾斜組成膜の最表面層と内部との組成が均一性のある傾斜組成膜を備えた環境診断用傾斜組成体を得る。厚さが0.1μmに満たないと、最表面層と内部との組成が均一性のある傾斜組成膜が得られない。しかし、傾斜組成膜の厚さが100μm(0.1mm)を超えると、表面層と内部との組成に不均一性がみられるばかりでなく、歪みの存在がみられ好ましくない。より好ましくは傾斜組成膜の厚みを0.5μm〜5μmの範囲とすると、更に測定値の安定性が得られる。
【0053】
傾斜組成膜上に密着成形する阻止膜の厚さは、0.01μm(0.00001mm)〜1000μm(1mm)とすることにより、傾斜組成膜の表面を機械的に、化学的に有効に保護して、安定して環境診断することができる。阻止膜の厚さが0.01μm未満では、傾斜組成膜の表面を機械的に、化学的に十分に保護できない。一方、厚さが1000μmを超えた場合には、計測時に阻止膜を除去する際に傾斜組成膜に応力を残すため好ましくない。したがって、傾斜組成膜の厚みなどを勘案して、傾斜組成膜に応力を残さないように1000μm以下の厚さにすることが好ましい。
【0054】
(変形例)
本発明の環境診断方法は、他の実施形態として、傾斜組成膜を基板上に形成後、この傾斜組成膜を暴露環境中に放置する第1の工程に先立って、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成し、この形成された前記阻止膜を、前記第1の工程の前に除去する工程を、更に行うことができる。
【0055】
すなわち、本発明の環境診断方法は、所定の環境に暴露した直後の傾斜組成膜の表面に阻止膜が密着形成される場合ばかりでなく、製造した直後の傾斜組成膜の表面に阻止膜が密着形成される場合が包含される。これは、傾斜組成膜を製造直後の清浄な状態を保管するのが目的である。傾斜組成膜を基板上に形成させた後、傾斜組成膜の保管状態によっては、測定環境に暴露するまでの保管期間中に、傾斜組成膜が保管環境の影響を受けて、変質してしまう場合がある。このように暴露前の保管期間中に傾斜組成膜が変質したのでは、正確な計測をすることができない。また、保管期間中に傾斜組成膜が物理的に損傷することも考えられる。そこで、傾斜組成膜を製造後、暴露環境中に放置する第1の工程前の間に阻止膜を形成して保管し、前記第1の工程の前にこの阻止膜を除去してから暴露環境中に放置することができる。暴露環境中に放置する第1の工程に先立って、阻止膜を密着形成するか否かは、密着配置する阻止膜の有効性の有無によってこれらを使い分ける。
【0056】
暴露環境中に放置する第1の工程に先立って、阻止膜を密着形成する場合、この第1の工程の直前に阻止膜を除去し、第1の工程に供することになる。したがって、傾斜組成膜の製造後、暴露環境に放置する第1の工程までに、傾斜組成膜の表面の変化が問題とならない場合(変化が少ない場合)には、阻止膜を密着形成することなしに暴露環境に放置する第1の工程に供するし、傾斜組成膜の表面の変化が問題となる場合(変化が大きい場合)には、阻止膜を密着形成することなしに暴露環境に放置する第1の工程に供するのが好適である。
【0057】
暴露環境に放置する第1の工程に先立って、傾斜組成膜上に密着形成する阻止膜には、前述した第3の工程、すなわち、傾斜組成膜を暴露環境中で反応性物質と化学反応させた後に阻止膜を形成する工程で、阻止膜に用いられる有機物や酸化物を用いることができる。このとき、前述した第3の工程と同一の種類の阻止膜を用いてもよいし、異なる種類の阻止膜を用いてもよい。また、阻止膜の厚さ等の条件についても同様に、前述した第3の工程で形成される阻止膜と同じ条件とすることができる。
【0058】
本実施形態の典型的な手順は、第1の工程に先立って阻止膜を形成し、暴露環境に設置直前に阻止膜を除去して暴露環境に設置(第1の工程)し、暴露環境中の反応性物質と傾斜組成膜とを反応させる(第2の工程)。反応終了後直ちに阻止膜を配置(第3の工程)し、計測直前に阻止膜を除去(第4の工程)して計測(第5の工程)に供する。なお、第1の工程に先立つ阻止膜の配置、除去は、傾斜組成膜の材質や暴露環境の程度などで省略することができるが、暴露環境への暴露後の阻止膜を配置(第3の工程)は省略することができない。
【0059】
図5は、上述した本実施形態の典型的な手順のフローチャート図である。なお、同図では、図4に示したステップと同一のステップには同一符号を付して、重複する説明を以下では省略する。図5に示した手順では、図4に示した手順と比較して、傾斜組成膜の準備(ステップS11)と、傾斜組成膜の暴露、反応(ステップS12)との間に、阻止膜の配置(ステップS111)及び阻止膜の除去(ステップS112)の工程が追加されている点で相違し、他の手順は同じである。
【0060】
本実施形態に従い、第1の工程に先立って阻止膜を形成し、暴露環境に設置直前に阻止膜を除去することにより、暴露環境の計測結果が、より正確なものとなる。
【0061】
この第1工程に先立つ阻止膜の密着形成は、傾斜組成膜の作製後、直ちに行うことが、保管環境中での反応の進行を阻止するために望ましい。例えば阻止膜として有機膜をスプレー塗布法により行う場合には、スプレー塗布法は、簡便で塗布時間も1秒程度で済むので、傾斜組成膜の製造後、直ちに阻止膜を形成させることができる。また、形成された阻止膜の除去は、次に行う傾斜組成膜の暴露のの直前に行うことが、阻止膜が除去された傾斜組成膜の変質を防止するために望ましい。例えば阻止膜は、暴露環境又はその近傍で、有機膜を有機溶剤に浸漬除去することで、傾斜組成膜の暴露の直前に除去される。
【0062】
本実施形態の過程で得られる環境診断用傾斜組成体、すなわち、基板上の一端から他端に向かって組成が一定比率で変動している傾斜組成膜と、この傾斜組成膜の表面を覆って密着形成された阻止膜とを備える環境診断用傾斜組成体は、製造後に暴露環境に供するまでに傾斜組成膜の表面が変質せず、精度の良い計測が可能となり、また、物理的な損傷を防止することができ、長期間の保管に耐え得る環境診断用傾斜組成体である。
【実施例】
【0063】
●傾斜組成膜の製作:
真空容器中(真空度10-4Pa)に厚さ0.8mmで、幅L=5mm、長さW=100mmのW(タングステン)製の蒸発源1と、同じ幅5mm、長さ100mmの蒸発源4とを設置する(幅Wと長さLとの比率(L/W)値=20)。これらと対向するように、縦250mm、横320mm、厚さ1mmのガラス板製の基板3を設置する。
【0064】
次いで前記蒸発源1と4と、前記基板3とで形成される立体的空間の所定位置に、ステンレス板製の遮蔽板2A、2Bを設置する(図2参照)。
【0065】
なお、ここでは幅5mm、長さ100mmのボ−ト状の蒸発源1を使用したが、蒸発源1の上面でほぼ接する位置に、この幅5mm、長さ100mmの大きさの蒸発孔を持つ板を配置しても同等である。この蒸発孔を持つ板を配置した場合には、蒸発源1には幅5mm、長さ100mmよりも大きいサイズの蒸発源を使用することができると共に、基板3上の組成成膜の勾配は、よりシャ−プな組成分布とすることができる。
【0066】
また、蒸発源1は、例えば直径1mmのW棒(Mo、Ta、Nb、Ni−Cr−Al棒)であっても利用できる。金属以外でも炭化物系、窒化物系であっても同様に利用できる。
【0067】
更に、蒸発源1又は4の長手方向と遮蔽板2A又は2Bの端面がなす辺が作る直線方向とが、立体図的に作る角度を90(度)とした。更に、遮蔽板2A、2Bの端面(蒸発通過部分)の表面粗さを1.5μmに一定とした。
【0068】
上記した一定条件の基で、立体的空間の所定位置である蒸発源と遮蔽板との間隙(X)と遮蔽板と基板との間隙(Y)との間隙を(X)=50mm、(Y)=50mm(X)とした。
【0069】
●傾斜組成膜の成膜の条件:
図2において、Agを載置した蒸発源1に5V、850Aの電力を投入し、Auを載置した蒸発源4には6V、900Aの電力を投入して、これらを約45秒間ほぼ同時に蒸発させ、基板3の表面上に傾斜組成膜となるAg−Au合金を成膜した。
【0070】
●傾斜組成膜の組成比と厚さの評価:
基板面上の一端から他端に向かってのAgとAuの組成分布を、X線分析評価し、X線の加速電圧15kVで、60秒間の積算値(カウント値/60秒)を計測した。また、AgとAuの合計厚さ分布を、エリプソメ−タによって評価した。
【0071】
●暴露環境の条件:
第1工程における暴露環境の代表例として、0.1ppmの硫化水素環境に48時間暴露という暴露条件を採用した。
【0072】
●阻止膜の配置:
第3工程で形成させる阻止膜及び第1工程に先立って形成させる阻止膜について、有機膜としてアセチルセルロースを使用する場合では、適量の酢酸エチルを傾斜組成成膜上に配置して、図3に示すように傾斜組成膜の表面を覆ってアセチルセルロース膜を密着形成させた。
【0073】
また後述する別の有機膜では、エチレン(C22)を原料ガスとして高周波プラズマCVD法で容易に行える。阻止膜の厚さは原料ガスの圧力として200〜300Pa、高周波電力として25〜125Wとして得る。C22以外にC24、C26を原料として行うこともできる。
【0074】
●電気抵抗の計測:
第5の工程で行う傾斜組成膜の計測、評価として、電気抵抗の計測を行った。そのために傾斜組成成膜の表面を(1)〜(10)の領域に分割した。分割された各領域に順次直径1.0mmのPtIr電極の先端を曲率半径5mmに加工し、これを電極としてこれに5g(グラム)の荷重を与えながら0.2Aの測定電流で基板端部からの各測定地点(1)〜(10)における極微小面積領域の抵抗を測定した。測定地点(1)の測定値を1.0とした時の相対値で整理した。
【0075】
●計測の結果:
(傾斜組成膜の組成と厚さの測定)
以上述べた条件で作製され、ほぼ同等の状態の傾斜組成膜を複数枚用意した。これらの傾斜組成膜のうち、1枚の傾斜組成膜を用いて、暴露環境中に放置する前に、あらかじめ傾斜組成膜の各測定地点(1)〜(10)におけるAgとAuとの組成分布、及び組成膜の合計厚さを測定した。測定及び評価は、前述した方法による。その結果を表1に示す。
【表1】

【0076】
評価1のAg強度の測定結果をみると、基板面上でAg成膜の全くない、Ag量がゼロ%と考えられる部分のAgの強度を測定すると20(カウント/60秒)、他方の端部でAg量が100%と考えられる部分のAgの強度を測定すると64800(カウント/60秒)であった。この間を10分割し(測定位置(1)から(10)、Agが100%側から順にAgの強度を測定した表1の結果は、起点からの距離に対するAg値がほぼ直線的な勾配を持って増加していることが示されている。
【0077】
また、評価1のAu強度の測定結果をみると、起点からの距離に対するAu値がほぼ直線的な勾配を持って減少していることが示されている。すなわち、基板面上でAu量が100%と考えられる部分のAuの強度を測定すると7500(カウント/60秒)であった(この測定位置は、前記Ag成膜の全くないゼロ%と考えられる部分と同一位置)。他方の端部でAu成膜の全くないゼロ%と考えられる部分のAuの強度を測定すると10(カウント/60秒)であった(この測定位置は、前記Ag成膜が100%と考えられる部分と同一位置)。そして、この間を10分割し(測定位置(1)から(10))、Auが100%側から順にAuの強度を測定した結果をみると、起点からの距離に対するAu値がほぼ直線的な勾配を持って減少していることが示されている。
【0078】
次に、評価2の成膜厚さの測定結果をみると、前記基板端部からの各測定地点(1)〜(10)における成膜厚さ(Ag+Auの合計厚さに相当)をエリプソメ−タで測定した結果は、0.49〜0.56μm(4900〜5600オングストロ−ム)の範囲であり、ほぼ一定の厚さであることを示している。
【0079】
以上の評価1、2によって、本実施例に供する傾斜組成膜は、AgとAuとの組成が一方の端部から他方の端部まで一定比率で変化すると共に、各測定点の厚さもほぼ一定であることが分かる。
【0080】
(参考例−1)
次に、2枚目の傾斜組成膜を用いて、成膜直後で、暴露環境中に放置する第1の工程の前の傾斜組成膜について、電気抵抗の測定に供した(参考例−1)。
【0081】
この電気抵抗の測定は、前記基板端部から10分割し(各測定地点(1)〜(10))、各測定点の針電極による電気抵抗値を測定した。その結果を表2に示す。なお、表2では、測定地点(1)の電気抵抗値を1.0とした時の相対値で示してある。
【表2】

【0082】
表2の結果から、基板端部からの各地点に対応した抵抗変化が見られると共に、この抵抗変化はバルク部材を用いたAg−Au合金の組成に対する抵抗変化と同じ傾向であった。したがって、供試した傾斜組成膜は、基板面上の一端から他端に向かってAgとAuの組成分布が一定の比率で変動した状態であると共に合金状態となっていることを示している。
【0083】
(参考例−2)
3枚目の傾斜組成膜では(参考例−1)に供した後の傾斜組成膜を、通常の大気中に1月間放置(第1の工程)し、抵抗変化の測定に供した(参考例−2)。各測定地点(1)〜(10)について測定した結果を、前記表2に併記する。
【0084】
表2の結果から、測定位置(1)、(2)、(3)及び(4)の範囲では、参考例−1の成膜直後の測定値(a)と、1月間放置後の参考例−2の測定値(b)との比率((b)−(a))×100/(a)が増大している。この増大現象が示されていること自体、傾斜組成膜が保管中に変質し、その後の暴露環境が正しく示されないことを示しているものであり、暴露環境を正しく計測するに際して誤差となり好ましくない。
【0085】
(比較例−1)
4枚目の傾斜組成膜は、阻止層なしでそのまま0.1ppmの硫化水素環境に48時間暴露した(比較例−1)。各測定地点(1)〜(10)について電気抵抗を測定した結果を、表3に示す。
【表3】

【0086】
表3の結果から、阻止層なしで、通常の大気中よりも更に厳しい環境に暴露した場合では、測定位置(1)、(2)、(3)、(4)及び(5)の範囲で、表2の参考例−1に示した成膜直後の測定値(a)と、硫化水素環境に48時間暴露(第2の工程)した後の比較例−1の測定値(c)との比率((c)−(a))×100/(a)は、更に大幅に増大している。また、他の測定位置(6)、(7)、(8)、(9)及び(10)でも増加の傾向である。このように、阻止層のない比較例−1の場合の電気抵抗は、参考例−1と比較して増加し、特に、Agリッチ側の(1)、(2),(3)、(4)及び(5)では大きな抵抗増加の傾向を示したのは、硫化物の生成がみられるためである。
【0087】
(実施例−1)
5枚目の傾斜組成膜の表面には、阻止層の厚さとして約0.01mm(10μm)のアセチルセルロースを密着形成し(第3の工程)、阻止層が形成されているときの通常の保管環境よりも厳しい保管環境の例として、0.1ppmの硫化水素環境に1時間暴露した(実施例1)。すなわち、この実施例−1は、保管環境として加速試験を行っているものである。暴露後、計測の直前に傾斜組成膜を酢酸メチル中に浸漬し阻止層を除去(第4の工程)して計測に供した。各測定地点(1)〜(10)について電気抵抗を測定した結果を、表4に示す。
【表4】

【0088】
先に述べたように、前記阻止層のない前記比較例−1場合の電気抵抗は、成膜直後の前記参考例−1と比較して増大し、特にAgリッチ側の(1)、(2),(3)、(4)及び(5)は大きな増加の傾向(好ましくない傾向)を示していた。これに対して、阻止膜を形成した実施例−1では、表4の結果から、阻止層の配置効果により、表2の参考例−1に示した成膜直後の測定値(a)と阻止層を設置した後の測定値(d)との比率((d)−(a))×100/(a)は、(1)〜(10)全域に亘り成膜直後の参考例1の値と一致し、本発明の阻止層の効果が示されている。
【0089】
この表4の結果は、阻止膜を形成させる前の傾斜組成膜の組成と阻止膜を除去した後の傾斜組成膜の組成とについて、傾斜組成膜の組成変化がないことを示している。このことは、暴露環境に放置され、反応性物質と化学反応した後の傾斜組成膜が、阻止膜を形成させることにより、計測前に表面が変質しないことを示している。
【0090】
また、この表4の結果は、傾斜組成膜の製造後に阻止膜を形成させることにより、暴露環境に放置する第1の工程前に傾斜組成膜の表面が変質しないことを示している。
【0091】
(実施例−2〜5、比較例−2〜3)
前記実施例−1では、傾斜組成膜の表面に配置する阻止層として厚さ約0.01mm(10μm)のアセチルセルロースを密着形成したが、本発明の阻止層の厚さは0.01mm(10μm)に限らず効果が得られる。
【0092】
実施例−1に用いた傾斜組成膜とほぼ同等の状態の傾斜組成膜を複数枚用意した。これらの傾斜組成膜の表面には0.001μm〜8000μm(比較例−2、実施例−2〜5及び比較例−3)の種々の厚さになるアセチルセルロースを密着形成し、実施例−1の場合と同様に0.1ppmの硫化水素環境に1時間暴露した。暴露後、計測の直前に傾斜組成膜を酢酸メチル中に浸漬し阻止層を除去して計測に供した。計測では、測定位置(1)について電気抵抗を測定した。その結果を、表5に示す。
【表5】

【0093】
表5の結果から、阻止層の厚さは、0.01μm〜1000μm(実施例−2〜5)の範囲で有益である。すなわち0.001μm(比較例−2)では、阻止層の厚さが薄すぎるため、ガスなどの透過が進み、第2の工程中に傾斜組成膜が暴露環境の好ましくない影響を受けてしまい、保護層としての役割を果たさない。また、1000μm(1mm)を超える8000μm(比較例−3)では、阻止層が厚すぎ第4の工程での阻止層の除去作業が十分でないため、第5の工程での計測値に好ましくない影響を与える可能性がある。
【0094】
以上の実施例−2〜5及び比較例−2〜3の結果によって、傾斜組成膜の表面に配置する阻止層の厚さを0.01μm〜1000μmの範囲とすることが好ましい。
【0095】
(実施例6〜13)
前記実施例−1では、傾斜組成膜の表面に阻止層としてアセチルセルロースを密着形成したが、本発明の阻止層はアセチルセルロースに限らず効果が得られる。すなわち阻止層としてアセチルセルロースに代わって、厚さ1μmのポリスチレン、ポリプロピレン、ポリイミド、ポリウレタン、ポリエステル、エポキシ、ビニル、ポリテトラフルオロエチレン、InO2及びSnO2を、実施例−1と同様の傾斜組成膜上に密着形成し、0.1ppmの硫化水素環境に1時間暴露した。
【0096】
暴露後、計測の直前に各阻止層を除去して計測に供した。計測では、測定位置(1)について電気抵抗を測定した。その結果を、表6に示す。
【表6】

【0097】
表6の結果から、実施例−6〜15であっても、表2の参考例−1に示した成膜直後の測定値(a)と阻止層を設置した後の測定値(d)との比率((d)−(a))×100/(a)は、成膜直後の参考例1の値と一致し、本発明の阻止層の効果が示されている。
【0098】
(参考例4〜5)
阻止層の厚さが、好ましい0.05mm〜1mmの範囲にあっても、この阻止層を密着形成させる傾斜組成膜の厚さが、0.01μm未満の場合では、傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性の変化から設置環境との対応性を計測する第5の工程でにおいて、十分な検出感度が得られず、測定値にバラツキが出た(参考例4)。また、傾斜組成膜の厚さが、100μmを超えた場合では、最表面層と内部とで傾斜組成膜自体の組成的な不均一性のため、暴露環境中に存在する腐食性物質と傾斜組成膜との反応に差が生ずる結果、傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性の変化から設置環境との対応性を計測する第5の工程でにおいて、同様に測定値にバラツキが出た。(参考例5)
以上の参考例4〜5によって、本発明に供する傾斜組成膜の厚さは、0.01μm以上で50μm以下が好ましい。
【0099】
(参考例6)
阻止膜と傾斜組成膜との界面から内部へ向かって侵入する酸素、窒素又は空気の侵入の速度が、1×10-4(μm/秒)程度又はこれよりも遅くなる接触状態に密着している時には、傾斜組成膜の物理的特性、化学的特性の変化から設置環境との対応性を計測する第5の工程においてバラツキのない測定値を得るが、侵入の速度が1×10−4(μm/秒)程度を越える状態の時には、暴露状態を正しく示さなかった(参考例6)。
【0100】
(参考例7)
傾斜組成膜の厚さは、0.1μm(0.0001mm)〜100μm(0.1mm)の範囲が好ましい。0.1μm(0.0001mm)未満では、阻止膜の配置の時など取扱性に難がある。100μm(0.1mm)を超えても暴露環境の評価には問題なく特に制限はないが、蒸着法やスパッタ法で傾斜組成膜を調製するには、好ましくは100μm(0.1mm)以下とする。
【0101】
(変形例)
本発明の効果を説明するのに、実施例および参考例では物理的特性、化学的特性の一例として、電気抵抗を計測手段として挙げて説明したが、腐食性、磁気特性などの計測時に測定値の安定性を図るために本発明で用いられる阻止膜の存在は有効であり、計測手段は電気抵抗に限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】傾斜厚さ膜の成膜装置の要部と膜厚分布を示す図である。
【図2】傾斜組成膜の成膜装置の要部と膜厚分布を示す図である。
【図3】傾斜組成膜の表面に形成された阻止膜を断面で示す模式図である。
【図4】本発明の診断方法の一例を示すフローチャート図である。
【図5】本発明の診断方法の他の例を示すフローチャート図である。
【符号の説明】
【0103】
1 蒸発源
2 遮蔽板
2A、2B 遮蔽板
3 基板
4 蒸発源
11 傾斜組成膜
12 阻止膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面内で組成が変動している傾斜組成膜を、診断しようとする暴露環境中に放置する第1の工程と、
この第1の工程に引き続いて前記傾斜組成膜を、前記暴露環境中に存在し前記傾斜組成膜と化学反応する反応性物質と反応させる第2の工程と、
この第2の工程後、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成する第3の工程と、
この第3の工程により形成された前記阻止膜の一部又は全部を、前記傾斜組成膜を計測する前に前記傾斜組成膜の表面から除去する第4の工程と、
この第4の工程を経た後、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測して、反応前後での特性変化から暴露環境を診断する第5の工程と
を有することを特徴とする環境診断方法。
【請求項2】
前記阻止膜が、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリイミド、ポリウレタン、ポリエステル、エポキシ樹脂、ビニル樹脂、セルロース、アセチルセルロース及びポリテトラスルオロエチレンから選ばれる1種又は2種以上の有機物であることを特徴とする請求項1記載の環境診断方法。
【請求項3】
前記阻止膜が、尿素樹脂及びメラミン樹脂から選ばれる1種又は2種の有機物であることを特徴とする請求項1記載の環境診断方法。
【請求項4】
前記阻止膜が、ZnO、CdO、SnO2、In23から選ばれる1種又は2種以上の酸化物であることを特徴とする請求項1記載の環境診断方法。
【請求項5】
前記第3の工程の後、前記第4の工程を行うことなく第3の工程により形成された前記阻止膜を通して、前記傾斜組成膜の化学反応後の特性を計測する前記第5の工程を行うことを特徴とする請求項1記載の環境診断方法。
【請求項6】
前記第1の工程を行う前記傾斜組成膜が、基板上に形成され一端から他端に向かって一定比率で組成を変動させた0.1μm以上の厚さを有するものであり、かつ、
前記阻止膜が0.01μm〜1000μmの厚さを有するものである請求項1記載の環境診断方法。
【請求項7】
傾斜組成膜を基板上に形成後、前記第1の工程に先立って、前記傾斜組成膜の表面を覆って阻止膜を密着形成し、
この形成された前記阻止膜を、前記第1の工程の前に除去する工程を、更に有することを特徴とする請求項1記載の環境診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−64738(P2007−64738A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−249346(P2005−249346)
【出願日】平成17年8月30日(2005.8.30)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(595019599)芝府エンジニアリング株式会社 (40)
【Fターム(参考)】