説明

発光素子

【課題】 ドナー・アクセプター対発光による面発光を直流駆動によって十分に得ることができるとともに、発光輝度を従来よりも向上させることが可能な発光素子を提供すること。
【解決手段】 一対の電極2,7と、一対の電極2,7間に配置された、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層5と、バッファ層4と、p型半導体を含むキャリア注入層3と、をこの順で備える発光素子100であって、発光素子100のエネルギーバンド図において、発光層5の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)及びキャリア注入層3の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)としたときに、バッファ層4の価電子帯が、下記式(1)の条件を満たすエネルギーレベルVBM(eV)の価電子帯頂部を有することを特徴とする。
VBM(eV)<VBM(eV)<VBM(eV) …(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、発光ダイオード(LED;Light EmittingDiode)は、発光効率が高く低電力で駆動することができ長寿命であることから、直流低電圧駆動型発光素子として広く普及している。しかし、一般的なLEDは、単結晶基板上に化合物半導体をエピタキシャル成長させて作製されるものであり、製造コストが高く、大面積の照明用途としては不向きであった。
【0003】
他方、II−VI族化合物半導体のドナー・アクセプター対(D−Aペア)発光を利用した蛍光体が古くから知られている。これは、ドナーに捕らえられた電子と、アクセプタに捕らえられた正孔との波動関数が重なり合うようになると、電子と正孔とが再結合することで発光が得られることを利用した多結晶蛍光体材料である。このようなII−VI族化合物半導体のD−Aペア発光をエレクトロルミネセンス素子に応用する検討はなされており、例えば、ドナー準位、アクセプタ準位を形成する不純物をそれぞれ添加した多結晶ZnS蛍光体粉末を用いて作製した発光層を備える素子が知られている。この素子は単結晶基板上に形成する必要がないため、発光素子の大面積化、低コスト化が容易となる。しかし、従来のものは、交流高電圧駆動を必要とし、輝度や発光効率の点でも不十分であった。
【0004】
このような状況の下、直流低電圧駆動による面発光が可能であり、低コストで簡便に作製できる発光素子の実現を目指して、種々の研究・開発が行われている。
【0005】
例えば、下記特許文献1には、ドナー・アクセプター対(D−Aペア)発光を利用した直流駆動型発光素子が提案されており、より具体的には、カルコパイライト化合物半導体で構成される層と、ドナー・アクセプターの付与される化合物半導体が発光する発光層が隣接して積層された発光素子が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2007−281438号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、近時、発光輝度の要求水準は高まっており、上記特許文献1に記載の発光素子であっても発光輝度の点で更なる改善の余地がある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、ドナー・アクセプター対発光による面発光を直流駆動によって十分に得ることができるとともに、発光輝度を従来よりも向上させることが可能な発光素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、D−Aペア発光を利用した発光素子の開発を進める中で、従来のD−Aペア発光を利用した発光素子において発光輝度や発光効率の高いものが得られにくい主な要因が、発光層と、キャリア注入層として機能するp型半導体層とのバンドオフセットの大きさにあるとの考えを、以下の発光素子モデルの特性分析から得た。すなわち、n型ZnS:Al層/ZnS:CuCl発光層/p型CuAlS層の接合を有する発光素子は、直流駆動によって青緑色の発光が得られものの、発光輝度及び発光効率がともに低い。n型層と発光層とは同種の母材材料から構成されているため、n型層から発光層への電子注入に際してエネルギー障壁はないものと考えられる。他方、ZnSの価電子帯頂部のエネルギーレベル(以下、「VBM」という場合もある。)とCuAlSのVBMとは0.78eVの差があり、このエネルギー障壁を正孔が乗り越えるのは困難であると考えられる。これらのことから、正孔がp型層から発光層に注入されにくいことにより発光層における電子と正孔の再結合が不十分となることが、高輝度の発光が効率よく得られないことの要因であると本発明者らは推察する。そして、本発明者らは上記の推察に基づいて更に検討を行った結果、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層及びキャリア注入層として機能するp型半導体層を備える発光素子に対して、発光層とp型半導体層との間に両者のVBMの間に位置するVBMを有するバッファ層を設けることによって、発光素子の発光輝度を有効に向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明の発光素子は、一対の電極と、一対の電極間に配置された、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層と、バッファ層と、p型半導体を含むキャリア注入層とをこの順に備える発光素子であって、発光素子のエネルギーバンド図において、発光層の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)及びキャリア注入層の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)としたときに、バッファ層の価電子帯が、下記式(1)の条件を満たすエネルギーレベルVBM(eV)の価電子帯頂部を有することを特徴とする。
VBM(eV)<VBM(eV)<VBM(eV) …(1)
【0011】
本明細書において、「ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層」とは、半導体中にドナー準位、アクセプタ準位をそれぞれ形成する不純物を共添加することで形成される発光層を意味する。
【0012】
また、半導体結晶中に存在するエネルギー帯において、原子核の影響を離れて結晶内を自由に動ける電子が存在するエネルギー帯域を伝導帯(conduction band)と呼び、伝導帯の下方(エネルギーがより低い)にあり結晶の結合に関係する電子が存在している帯域を価電子帯(valenceband)と呼ぶ。本明細書において「価電子帯頂部」とは、価電子帯の中でも最もエネルギーレベルが高い部分を指す。なお、「価電子帯頂部のエネルギーレベル」は、光電子分光法(PhotoemissionSpectroscopy:PES)により算出でき、特には、低いエネルギーの光を用いて価電子帯に存在する電子を励起し、それにより放出される光電子のもつ運動エネルギー分布を測定し、価電子帯レベルの位置を特定することができる紫外線光電子分光法(UltravioletPhotoemission Spectroscopy:UPS)により算出することができる。
【0013】
本発明の発光素子によれば、上記構成を有することにより、直流駆動によって十分な面発光が得られるとともに、従来よりも高い発光輝度を得ることが可能となる。また、本発明の発光素子は、上記発光層、バッファ層及びp型半導体層が多結晶構造を有するものであっても上記効果を十分奏することができる。よって、本発明によれば、大面積化が可能であるとともに低コストで簡便に作製できる発光素子を有効に実現することができる。
【0014】
なお、本発明の発光素子により上記の効果が奏されることの理由を、本発明者らは、上記特定のバッファ層を発光層及びキャリア注入層の間に配置することにより、キャリア注入層から発光層へ正孔が移動し易くなり、発光層において電子と正孔とが再結合する確率が高まるためと考えている。
【0015】
本発明の発光素子において、バッファ層の価電子帯は、価電子帯頂部のエネルギーレベルがキャリア注入層側から発光層側に向かって小さくなる勾配を有していることが好ましい。これにより、発光素子の発光輝度を更に向上させることが可能となる。この理由としては、バッファ層が上記の勾配を有する場合、価電子帯頂部のエネルギーレベルが一定である場合に比べてエネルギー障壁をより小さくすることができ、その結果、キャリア注入層から発光層へ正孔がより一層移動し易くなることで、発光層において電子と正孔とが再結合する確率を更に高められることが考えられる。また、バッファ層が上記の勾配構造を有する場合、エネルギー障壁が小さくなることにより、低電圧でホールを注入することが容易となり、発光効率を高めることができる。
【0016】
本発明の発光素子において、発光層は、II−VI族化合物を主成分とするものであり、バッファ層は、発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素が含有されるII−VI族化合物を含んで構成されるものであることが好ましい。
【0017】
また、上記のバッファ層に含まれる、発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素の濃度は、キャリア注入層側が発光層側よりも大きいことが好ましい。
【0018】
バッファ層におけるVI族元素の組成を上記のように設定することで、バッファ層と発光層及びキャリア注入層との相互拡散や、それによる結晶性の低下を抑えることができる。また、発光層側のVBMをキャリア注入層側よりも小さくすることができるので、キャリア注入層から発光層に正孔を更に効率よく注入することができ、発光輝度を更に向上させることが可能となる。
【0019】
また、本発明の発光素子において、発光層は、ZnSを主成分とするものであり、バッファ層は、ZnSSe(1−x)(但し、0≦x<1)又はZnOSe(1−y)(但し、0≦y<1)で表されるII−VI族化合物を含んで構成されるものであることが好ましい。バッファ層が上記化合物から構成されるものであることにより、発光層の材料としてバンドギャップが広いZnSを用いた場合のキャリア注入層から発光層への正孔注入性を十分改善できるとともに、作製が困難であるワイドギャップp型半導体を必ずしも用いずとも実用上有効な正孔注入性を確保することができ、発光輝度の優れた発光素子をより確実に実現することができる。
【0020】
上記バッファ層に含まれるSe濃度は、キャリア注入層側が発光層側よりも大きいことが好ましい。この場合、バッファ層の発光層側のVBMをキャリア注入層側よりも小さくすることができる。これにより、キャリア注入層から発光層に正孔を更に効率よく注入することができ、発光輝度を更に向上させることが可能となる。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したように、本発明によれば、ドナー・アクセプター対発光による面発光を直流駆動によって十分に得ることができるとともに、発光輝度を従来よりも向上させることが可能な発光素子を提供すること。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、添付図面を参照しながら本発明に係る発光素子の実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、各図面の寸法比率は、必ずしも実際の寸法比率とは一致していない。
【0023】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る発光素子100を示す断面図である。図1に示される発光素子100は、基板1上に、陽極2、キャリア注入層3、バッファ層4、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層5、n型半導体層6、及び陰極7をこの順に備える。なお、本実施形態において、一対の電極である陽極2及び陰極7はそれぞれ外部の直流電源に接続されている。
【0024】
基板1としては、発光素子100の支持体として用いられるものであれば、特に限定されず公知のものを用いることができる。発光層5から発せられた光を基板側から取り出す場合、例えば、石英基板、ガラス基板、セラミック基板、プラスチック基板等の透光性基板を用いることができる。また、発光層5から発せられた光を陰極側から取り出す場合、基板1は透明である必要はなく、例えば、アルミナ基板、シリコンウエハなどの不透光性基板とすることができる。この他にも、低アルカリガラス、無アルカリガラスなどの絶縁性基板を用いることができる。
【0025】
基板1の大きさについては、特に制限されないが、照明などの用途の場合、例えば、縦50〜1000mm、横50〜1000mm、厚み0.7〜5.0mm程度とすることができる。
【0026】
陽極2の構成材料としては、仕事関数の大きい(好ましくは4.0eV以上の)金属、合金、導電性化合物、及びこれらの混合物などが挙げられる。具体的には、例えば、ITO(酸化インジウム−酸化スズ)、ZnO:Al、ZnO:B、ZnO:Ga、Au、Pt、Ni、W、Cr、Mo、Fe、Co、Cu、Pd、又はAgなどが挙げられる。
【0027】
陽極2は、例えば、上記の材料をスパッタリング、電子ビーム蒸着、スクリーン印刷などの方法により基板1上に成膜した後、必要に応じて、フォトリソグラフィー法、リアクティブイオンエッチング(RIE)、メカニカルスクライブ、レーザスクライブ法などの方法によりパターンニングすることで形成することができる。また、成膜時に予めマスキングすることでパターニングすることも可能である。陽極2の厚さは、例えば、20〜2000nmとすることができる。シート抵抗、密着性、陽極側から発光を取り出す場合の透光性の観点から、陽極2の厚さは50〜1000nmの範囲内であることが好ましい。
【0028】
キャリア注入層3はp型半導体を含んで構成される。ここでいうキャリアとは正孔のことである。キャリア注入層3を構成するp型半導体としては、例えば、CuS、CuInS、CuGaS、CuAlS、AgInS、AgGaS、AgAlS、CuAlO、CuGaO、SrCu、NiO、Ga、MoOなどのp型の導電性を有する半導体化合物が挙げられる。発光層5がZnSを主成分としてなるものである場合、ZnSのバンドギャップ(3.8eV)になるべく近い化合物が好ましい。このような化合物としては、例えば、CuAlS、CuAlO、SrCu、NiOなどが挙げられる。
【0029】
キャリア注入層3は、例えば上記の材料をスパッタリング法や電子ビーム蒸着法等の物理気相法、レーザアブレーション法等により、陽極2上に形成することができる。キャリア注入層3の厚さは20〜500nmの範囲内であることが好ましい。キャリア注入層3の厚さが、20nm未満であると、寿命特性の低下、発光効率の低下を引き起こす傾向にあり、一方、500nmを超えると、駆動電圧が増加してしまう傾向にある。
【0030】
キャリア注入層3の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板を用いずとも形成が可能であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。多結晶膜のキャリア注入層3を形成する方法としては、例えば、スパッタリング法、電子ビーム蒸着法、レーザアブレーション法、イオンプレーティング法が挙げられる。
【0031】
発光層5としては、ドナー・アクセプター対発光機能を有するものあればよく、例えば、II−VI族化合物を主成分とする母体材料と、アクセプタ原子及びドナー原子とを含有するものが挙げられる。II−VI族化合物としては、ZnSSe1−x(0≦x≦1)で表される、ZnS、ZnSe、又はZnS及びZnSeの固溶体、さらにはZnS及びMgSの固溶体が挙げられる。
【0032】
アクセプタ原子としては、Cu及びAgが挙げられ、ドナー原子としては、F、Cl、Br、I、Al、Ga、及びInなどが挙げられる。更に、ドナー原子としては、発光効率の観点から、Clが好ましい。
【0033】
発光層5の形成方法としては、例えば、母体材料と、D−Aペア発光の起源となる不純物元素を含む化合物との混合物を焼成したものを原料とし、電子ビーム蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングなどの方法を用いてキャリア注入層3上に成膜し、更に熱処理することにより形成することができる。なお、熱処理は、母体材料のII族サイトをアクセプタ原子、VI族サイトをドナー原子にそれぞれ置換し、母体材料中にドナー準位、アクセプタ準位をそれぞれ形成して発光層の発光効率を高めるために行われる。具体的な条件としては、真空中、400〜800℃、0.05〜1時間程度が例示される。
【0034】
D−Aペア発光の起源となる不純物元素を含む化合物としては、例えば、CuS、AgSなどの硫黄化合物、NaCl、KClなどの塩化物、Ga、Al、Inなどの他のIII族硫黄化合物、ZnF、ZnCl、ZnBr、ZnInなどが挙げられる。
【0035】
本実施形態において発光層5が、母体材料としてZnSと、アクセプタ原子としてCu又はAgとを含んで構成される多結晶膜である場合、発光層5におけるCu又はAg濃度は、結晶性の維持及び発光効率の観点から、0.01原子%〜5原子%であることが好ましく、0.05原子%〜3原子%であることがより好ましく、0.1原子%〜1原子%であることがさらにより好ましい。
【0036】
本実施形態においては、発光層5の母体材料のII族元素組成比、VI族元素組成比やD−Aペア発光の起源となる不純物元素の種類を適宜選択することにより、所望の発光色を得ることができる。また、本実施形態の発光層は、電界集中、局在型発光中心を用いたものに比べて、pn接合を介したキャリア注入型発光であるため、低電圧で駆動できる点で優れている。
【0037】
発光層5の厚さとしては、50〜1000nmが好ましい。発光層5の厚みが50nmを下回ると、発光効率が低下する傾向にあり、1000nmを超えると、駆動電圧が増加する傾向にある。
【0038】
発光層5の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板上への形成が不要であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
【0039】
次に、バッファ層4について説明する。バッファ層4は、以下の条件を満たすものであることが必要である。すなわち、発光層の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)、及びキャリア注入層の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)としたときに、バッファ層の価電子帯は、下記式(1)の条件を満たすエネルギーレベルVBM(eV)の価電子帯頂部を有する。
VBM(eV)<VBM(eV)<VBM(eV) …(1)
【0040】
バッファ層4は、キャリア注入層3及び発光層5のVBMに基づいて、上記の条件を満たすものが設けられる。バッファ層4を構成する材料としては、II−VI族化合物、II−III−VI族化合物が挙げられる。II−VI族化合物としては、ZnSSe1−x(0≦x<1)で表される、ZnSe、又はZnS及びZnSeの固溶体、ZnOSe(1−y)(0≦y≦1)で表される、ZnO、ZnSe、又はZnS及びZnSeの固溶体などが挙げられる。
【0041】
発光層5が、II−VI族化合物を主成分とするものである場合、バッファ層は、発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素が含有されるII−VI族化合物を含んで構成されるものであることが好ましい。例えば、発光層中のVI族元素がSである場合、発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素としてはSeやTeなどが挙げられる。また、例えば、発光層中のVI族元素がSeである場合、発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素としてはTeやPoなどが挙げられる。また、発光層がVI族元素を2種以上有するII−VI族化合物を含む場合、バッファ層は、少なくともイオン半径が大きい方のVI族元素を有するII−VI族化合物を含み、更にそのII−VI族化合物におけるかかるVI族元素の濃度は発光層のII−VI族化合物における濃度より大きいことが好ましい。
【0042】
本実施形態においては、発光層5がZnSを主成分とするものであり、上記発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素がSeであり、バッファ層が、ZnSSe(1−x)(但し、0≦x<1)又はZnOSe(1−y)(但し、0≦y<1)で表されるII−VI族化合物を含んで構成されるものであることが好ましい。バッファ層4が上記化合物から構成されるものであることにより、発光層5の材料としてバンドギャップが広いZnSを用いた場合のキャリア注入層から発光層への正孔注入性を十分改善できるとともに、駆動電圧の低減、発光効率の向上が可能となり、その結果、低電圧で高輝度が得られる発光素子がより有効に実現可能となる。
【0043】
上記のバッファ層4に含まれるSe濃度は、キャリア注入層側が発光層側よりも大きいことが好ましい。この場合、バッファ層4の発光層側のVBMをキャリア注入層側よりも小さくすることができる。これにより、キャリア注入層3から発光層5に正孔を更に効率よく注入することができ、発光輝度を更に向上させることが可能となる。
【0044】
バッファ層4は、一つの組成を有するものであってもよく、キャリア注入層側から発光層側に向かう方向に組成が異なる複数の組成から構成されるものであってもよい。後者の場合、バッファ層4の価電子帯は、価電子帯頂部のエネルギーレベルがキャリア注入層側から発光層側に向かって小さくなる勾配を有することができる。このような勾配を有するバッファ層は、エネルギーバンド図において、価電子帯頂部が傾斜しているように示される。以下、上記のような勾配を有するバッファ層を「傾斜構造のバッファ層」と称する。また、一つの組成を有するバッファ層を「水平構造のバッファ層」と称する。
【0045】
本実施形態においては、発光素子の発光輝度を更に向上させる観点から、バッファ層4が傾斜構造のバッファ層であることが好ましい。傾斜構造のバッファ層によって発光輝度が更に向上する理由としては、バッファ層が傾斜構造を有する場合、価電子帯頂部のエネルギーレベルが一定である水平構造の場合に比べてエネルギー障壁をより小さくすることができ、その結果、キャリア注入層から発光層へ正孔がより一層移動し易くなることで、発光層において電子と正孔とが再結合する確率を更に高められることが挙げられる。また、バッファ層が傾斜構造を有する場合、エネルギー障壁が小さくなることにより、低電圧でホールを注入することが容易となり、発光効率を高めることができる。
【0046】
本発明係る傾斜構造のバッファ層及び水平構造のバッファ層について、これらを備える発光素子のエネルギーバンド図を参照しつつ更に詳述する。
【0047】
図3は、基板上に、ITOからなる陽極32、CuAlSからなるキャリア注入層33、ZnSSe1−x(x=0.5)からなるバッファ層34、母体材料としてZnSと、アクセプタ原子としてCu及びドナー原子としてClとを含んでなる発光層35、母体材料としてZnSと、不純物元素としてAlとを含んでなるn型半導体層36、並びに、Alからなる陰極37をこの順に備える発光素子Aのエネルギーバンド図である。図中、矢印はそれぞれ、電子Eの移動方向及び正孔Hの移動方向を示す。
【0048】
発光素子Aのキャリア注入層33の伝導帯底部のエネルギーレベル(Conduction Band Minimum:CBM)は−2.79eVであり、キャリア注入層33のVBMは−5.93eVである。また、発光素子Aのバッファ層34のCBMは−3.14eVであり、バッファ層34のVBMは−6.45eVである。そして、発光素子Aの発光層35のCBMは−2.91eVであり、発光層35のVBMは−6.71eVである。さらに、発光素子Aのn型半導体層36のCBMは−2.91eVであり、n型半導体層36のVBMは−6.71eVである。
【0049】
発光素子Aは、キャリア注入層33のVBM(−5.93eV)と発光層35のVBM(−6.71eV)との間に位置する−6.45eVのVBMを有する水平構造のバッファ層34を備えている。このバッファ層が設けられていることにより、キャリア注入層33のVBM(−5.93eV)とバッファ層34のVBM(−6.45eV)とのエネルギー差0.52eVが、発光素子Aにおける発光層へのホール注入障壁となっている。
【0050】
ここで、比較として、図5に、バッファ層を有していないこと以外は発光素子Aと同様の構成を有する発光素子Cのエネルギーバンド図を示す。なお、図5中、52、53、55、56及び57はそれぞれ、陽極、キャリア注入層、発光層、n型半導体層及び陰極を示す。
【0051】
発光素子Cにおけるキャリア注入層から発光層へのホール注入障壁は、キャリア注入層53のVBM(−5.93eV)と発光層55のVBM(−6.71eV)とのエネルギー差0.78eVである。
【0052】
発光素子Aによれば、発光素子Cに比べて発光輝度を向上させることができる。この効果は、バッファ層34が設けられることでキャリア注入層及び発光層間におけるバンドオフセット値が減少し、キャリア注入層から発光層への正孔の移動が容易となり、発光層への正孔の注入効率が高められたことに起因するものと本発明者らは考えている。
【0053】
また、水平構造のバッファ層4のVBMの値は、キャリア注入層のVBMの値と発光層のVBMの値との中間の値から±25%の範囲内であることが好ましく、キャリア注入層のVBMの値と発光層のVBMの値との中間の値であることがより好ましい。
【0054】
水平構造のバッファ層4の厚さとしては、20nm〜2μmが挙げられ、50nm〜500nmが好ましい。バッファ層4の厚みが20nmを下回ると、エネルギー障壁を緩和する機能が不安定となりキャリア注入性が十分得られにくくなることで、発光輝度の向上効果が得られにくくなり、2μmを超えると、キャリア注入層3から注入された正孔がバッファ層4内に存在する欠陥や不純物準位に捕獲されやすくなるため、発光層5まで到達する正孔が減少し、発光効率が低下する傾向にある。
【0055】
水平構造のバッファ層4は、例えば、電子ビーム蒸着法によるZnSとZnSeとの共蒸着により形成することができる。より具体的には、蒸着源としてZnS及びZnSeの原料ペレットを用い、電子ビーム蒸着により、ZnSSe(1−x)(好ましくはx=0.5〜0.8)からなる層をキャリア注入層3上に成膜することにより水平構造のバッファ層を形成することができる。この場合、ZnS及びZnSeの蒸着レート比を制御することにより混晶の組成比を適宜設定することができる。
【0056】
次に、傾斜構造のバッファ層について説明する。図4は、傾斜構造のバッファ層を備える発光素子Bのエネルギーバンド図である。発光素子Bは、水平構造のバッファ層の代わりに傾斜構造のバッファ層が設けられていること以外は発光素子Aと同様の構成を有する。なお、図4中、42、43、44、45、46及び47はそれぞれ、陽極、キャリア注入層、傾斜構造のバッファ層、発光層、n型半導体層及び陰極を示す。
【0057】
傾斜構造のバッファ層44は、キャリア注入層側から発光層側に向かう方向にバッファ層の組成を変化させて形成することができる。このようなバッファ層は、例えば、キャリア注入層43側から発光層45側にかけて、組成の異なる五つの層(第一バッファ層、第二バッファ層、第三バッファ層、第四バッファ層、及び第五バッファ層)を積層することにより形成することができる。
【0058】
より具体的には、ZnSSe(1−x)からなる層を、xを0、0.2、0.4、0.6、0.8に変化させてこの順にキャリア注入層上に積層することにより傾斜構造のバッファ層44が形成される。これにより、バッファ層44の価電子帯は、キャリア注入層43のVBMと発光層45のVBMとの間に位置するエネルギーレベルの価電子帯頂部を有することができるとともに、価電子帯頂部のエネルギーレベルがキャリア注入層側から発光層側に向かって小さくなる勾配を有することができる。
【0059】
発光素子Bによれば、発光素子Aに比べて更に発光輝度を向上させることができる。この効果は、バッファ層が傾斜構造である場合、バッファ層が水平構造である場合よりもVBMオフセット量、すなわちエネルギー障壁が小さくなるので、キャリア注入層から発光層へ正孔がより一層移動し易くなり、発光層において電子と正孔とが再結合する確率が更に高められたことに起因するものと本発明者らは考えている。
【0060】
また、上記のバッファ層においては、バッファ層中のSe濃度が発光層側からキャリア注入層側に向かって大きくなることにより、価電子帯頂部に傾斜が設けられるとともに、バッファ層のバンドギャップがキャリア注入層側から発光層側に向かって大きくなる。このようなバッファ層によれば、上述したバンドギャップがキャリア注入層側よりも発光層側の方が大きいことによる効果をより有効に得ることが可能となる。
【0061】
また、傾斜構造のバッファ層4のVBMの値は、キャリア注入層のVBMの値から発光層のVBMの値へ連続的に変化させた値であることが好ましい。
【0062】
バッファ層4が傾斜構造のバッファ層である場合、バッファ層4の厚さとしては、20nm〜2μmが挙げられ、50nm〜500nmが好ましい。バッファ層4の厚みが20nmを下回ると、バッファとしての機能、つまり、エネルギー障壁を緩和する機能によるキャリア注入性を上げる効果が十分得られにくくなり不安定となり、発光輝度の向上効果が得られにくくなる。また、バッファ層4の厚みが2μmを超えると、キャリア注入層3から注入された正孔がバッファ層4内に存在する欠陥や不純物準位に捕獲されやすくなるため、発光層5まで到達する正孔が減少し、発光効率が低下する傾向にある。
【0063】
また、層の数は、エネルギー障壁を小さくする観点からなるべく多い方が良いが、工程の簡略化の観点から、2〜20が好ましく、5〜10がより好ましい。また、組成を傾斜させ無段階にする構造も好ましい。
【0064】
傾斜構造のバッファ層4は、例えば、電子ビーム蒸着法によるZnSとZnSeとの共蒸着により形成することができる。より具体的には、蒸着源としてZnS及びZnSeの原料ペレットを用い、電子ビーム蒸着により、ZnSSe(1−x)からなる層をキャリア注入層3上にSe濃度を徐々に減少させながら複数成膜することにより傾斜構造のバッファ層を形成することができる。この場合、ZnS及びZnSeの蒸着レート比を制御することにより混晶の組成比を変えることができる。
【0065】
また、組成の異なるペレットを複数配置し、順次蒸着していくことでも傾斜構造のバッファ層4の作製は可能である。例えば、バッファ層4の構成材料として、ZnSSe(1−x)におけるxの値をx=0、0.2、0.4、0.6、0.8と設定した5つのペレットをそれぞれ設置し、順番蒸着することにより、傾斜構造のバッファ層4を形成することができる。
【0066】
バッファ層4の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板上への成膜が不要であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
【0067】
n型半導体層6は、n型の導電性を有する半導体層であり、本実施形態の発光素子においては電子注入層として機能するものである。n型半導体層6としては、例えば、母体材料と、n型の導電性を付与する不純物元素とを含有するものが挙げられる。n型半導体層6の母体材料としては、例えば、ZnSが挙げられる。また、n型の導電性を付与する不純物元素としては、例えば、Al、Ga、In、B、Tl、F、Cl、Br、及びI等が挙げられる。これらのうち、キャリア密度向上の観点から、Alが好ましい。
【0068】
n型半導体層6の形成方法としては、例えば、母体材料と、n型の導電性を付与する不純物元素を含む化合物との混合物を焼成したものを原料とし、電子ビーム蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングなどの方法を用いて発光層5上に成膜することにより形成することができる。また、母体材料とn型導電性を付与する不純物元素材料とをそれぞれ分けて設置し、これらを電子ビーム蒸着などの方法により同時に蒸発させ成膜することによってもn型半導体層6を形成することが可能である。
【0069】
n型の導電性を付与する不純物元素を含む化合物としては、例えば、Al、Ga、In、ZnF、ZnBr、ZnI、ZnClが挙げられる。
【0070】
本実施形態においてn型半導体層6が、母体材料としてZnSと、n型の導電性を付与する不純物元素としてAlとを含んで構成される多結晶膜である場合、n型半導体層6におけるAl濃度は、結晶性の維持、キャリア密度制御の観点から、0.01原子%〜5原子%であることが好ましく、0.05原子%〜3原子%であることがより好ましく、0.1原子%〜1原子%であることがさらにより好ましい。
【0071】
n型半導体層6の厚さとしては、20〜500nmが好ましい。n型半導体層6の厚みが20nmを下回ると、発光効率が低下する傾向にあり、500nmを超えると、駆動電圧が増加する傾向にある。
【0072】
n型半導体層6の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板への成膜が不要であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
【0073】
ところで、発光層にn型の機能を持たせるための不純物を添加した発光素子もあるが、この場合、発光層内に不純物準位ができ、その不純物準位にキャリアがトラップされることで、発光特性が低下しやすくなる傾向にある。これに対して、n型半導体層6と発光層5とが個別に設けられている本実施形態の発光素子100によれば、発光層内における発光を阻害するキャリアトラップを有効に防止でき、キャリア注入層3及び発光層5のそれぞれの特性を高水準で満足させることができ、n型導電性を持つ発光層を備える発光素子に比べて高い発光効率を得ることができる。
【0074】
陰極7の構成材料としては、仕事関数の小さい(好ましくは3.8eV以下の)金属、合金、導電性化合物、及びこれらの混合物などが挙げられる。具体的には、例えば、LiやCsなどのアルカリ金属や、Mg、Ca、及びSrなどのアルカリ土類金属などが挙げられる。安定性を確保するため、MgAgやAlLiなどの、仕事関数が低く電子注入障壁の低い金属と比較的仕事関数が大きく安定な金属からなる合金を用いても良い。
【0075】
陰極7は、例えば、上記の材料をスパッタリング、抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着などの方法によりn型半導体層6上に成膜した後、必要に応じて、フォトリソグラフィー法、リアクティブイオンエッチング(RIE)、メカニカルスクライブ法などの方法によりパターンニングすることで形成することができる。また、あらかじめ所望の形でパターニングされたメタルマスクによりマスキングした状態で成膜しパターンを形成してもよい。陰極7の厚さは、シート抵抗、密着性の観点から、陰極7の厚さは50〜1000nmの範囲内であることが好ましい。
【0076】
本実施形態の発光素子100においては、キャリア注入層3、バッファ層4、発光層5及びn型半導体層6はすべて多結晶膜であることが好ましい。この場合の発光素子100は、低コスト、大面積化の要求、高効率発光の要求を満たす優れたものになり得る。
【0077】
また、本実施形態の発光素子100において、キャリア注入層3、バッファ層4、発光層5、及びn型半導体層6は、下記表に示される材料から選択される組み合わせが好ましい。
【0078】
【表1】



【0079】
上記の組み合せによる発光素子によれば、上記以外の材料の組み合わせに比べて、高輝度、高効率発光、短波長の発光が得られるという効果を更に効果的に得ることができる。
【0080】
発光素子100は、基板1上に、陽極2、キャリア注入層3、バッファ層4、発光層5、n型半導体層6及び陰極7をこの順に備えるものであるが、各層を逆の順序にすることができる。すなわち、基板1上に、陰極7、n型半導体層6、発光層5、バッファ層4、キャリア注入層3及び陽極2をこの順に設けてもよい。
【0081】
(第2実施形態)
図2は、本発明の第2実施形態に係る発光素子の構成を示す断面図である。図2に示す発光素子200は、発光層5及びn型半導体層6に代えてn型発光層8が設けられていること以外は図1に示す発光素子100と同様の構成を有している。
【0082】
n型発光層8としては、例えば、II−VI族半導体化合物などの母体材料と、アクセプタ原子及びドナー原子を含有するものが挙げられる。II−VI族半導体化合物としては、ZnSが挙げられる。また、アクセプタ原子としては、Cu及びAgが挙げられ、ドナー原子としては、F、Cl、Br、I、Al、Ga、及びInなどが挙げられる。また、ZnS:Cu、Cl、FやZnS:Cu、Cl、Fなどのようにドナー原子を2種含むものであってもよい。
【0083】
n型発光層8の形成方法としては、例えば、電子ビーム蒸着法、スパッタリング法、レーザアブレーション法、イオンプレーティング法により形成することができる。
n型発光層として機能させるため、n型発光層8のキャリア密度は1×1017cm−3以上、1×1020cm−3以下が好ましい。また、n型発光層8のキャリア密度は、キャリア注入性の観点から、5×1017cm−3以上であることが好ましく、縮退による素子短絡を防止する観点から、5×1019cm−3以下であることが好ましい。
【0084】
n型発光層8の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板上への形成を必要としないため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
【0085】
また、本実施形態の発光素子200においても、キャリア注入層3、バッファ層4、及びn型発光層8が多結晶膜であることが好ましい。この場合の発光素子200は、低コスト、大面積化の要求、高効率発光の要求を満たす優れたものになり得る。
【0086】
図2に示す発光素子200においても、図1に示した発光素子100と同様に、ドナー・アクセプター対発光による面発光を直流駆動によって十分に得ることができるとともに、従来よりも高い発光輝度を得ることができる
【0087】
発光素子200は、基板1上に、陽極2、キャリア注入層3、バッファ層4、n型発光層8及び陰極7をこの順に備えるものであるが、各層を逆の順序にすることができる。すなわち、基板1上に、陰極7、n型発光層8、バッファ層4、キャリア注入層3、及び陽極2をこの順に設けてもよい。
【実施例】
【0088】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の
実施例に限定されるものではない。
<発光素子の作製方法>
(実施例1)
先ず、基板として無アルカリガラス基板(コーニング#1737、100mm×100mm、厚み0.7mm)を用意し、この表面を洗浄装置により洗浄した後、乾燥装置を用いて乾燥した。
【0089】
次に、洗浄した基板上に、厚み200nmのITOの膜をスパッタリング法により成膜した。続いて、この膜を、通常のフォトリソグラフィー法によりパターンニングして、櫛形の形状を有する透明電極(陽極)を形成した。
【0090】
次に、透明電極を形成した基板およびCuAlS焼結体ターゲットをスパッタリング装置に設置し、成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。その後、基板付近に配置された抵抗加熱装置により基板温度を300℃まで昇温した。そして、スパッタリング法により透明電極上に厚み200nmのCuAlSからなるキャリア注入層を形成した。
【0091】
次に、キャリア注入層を形成した基板と、バッファ層の蒸着源として用いるZnS及びZnSeの原料ペレットと、発光層の蒸着源として用いる原料ペレットとを電子ビーム蒸着装置の成膜室内の所定の位置にそれぞれ設置し、成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。さらに、基板付近に配置された抵抗加熱装置により基板温度を200℃まで昇温した。そして、電子ビーム蒸着法によりキャリア注入層上に厚み200nmのZnSSe(1−x)(x=0.5)からなるバッファ層を形成した。
【0092】
次いで、電子ビーム蒸着装置の成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。基板温度は引き続き200℃に維持した。あらかじめ設置しておいた発光層を形成するための原料ペレットを電子ビーム蒸着法により蒸着し、バッファ層上に厚み500nmの発光層を形成した。なお、発光層の原料ペレットは以下の手順で作製し、得られたものである。
【0093】
純度99.9%以上である、CuS、NaCl及びZnSの粉末をそれぞれ、0.5mol%、1.0mol%及び98.5mol%の割合となるように秤量し、これらをアルミナ乳鉢に入れ60分間混練した。次に、充分に混錬された粉末混合原料を、金属の鋳型に詰めた後、油圧成型器を用いて20mmφ×10mmの円筒状に加圧成型した。その後、加圧成型された粉末混合原料を、アルミナ製ボートの上に載せ、アルゴン雰囲気で石英管状炉中800℃で60分焼成し、混合焼結体原料ペレットを作製した。
【0094】
膜の形成後、電子ビーム蒸着装置内をそのまま真空状態に保ちながら、30分間600℃の加熱処理を行った。この加熱処理によって、ZnサイトにCuが置換され、SサイトにClが置換されることで、D−A対の形成が促進される。こうして、ZnSを主成分とし、Cu、Clが不純物として含まれる多結晶の薄膜である発光層を形成した。
【0095】
次に、発光層が形成された基板を200℃に加熱し、蒸着源としてZnSにAl(0.5mol%)が混合されたペレットを用いて、電子ビーム蒸着法により発光層上に厚さ200nmのn型半導体層を形成した。
【0096】
次に、n型半導体層上に、櫛形のマスクを用いてマスキングした後に厚み200nmの陰極となるAl膜をスパッタリング法により成膜した。こうして、図1に示す発光素子100と同様の構成を有する実施例1の発光素子Aを得た。得られた発光素子Aの各層の組成、並びに、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMを表2に示す。なお、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMは、紫外線光電子分光法により求めた。

【0097】
【表2】



【0098】
(実施例2)
まず、実施例1と同様にして、無アルカリガラス基板上に、ITOからなる陽極、及びCuAlSからなるキャリア注入層を形成した。
【0099】
次に、キャリア注入層を形成した基板と、バッファ層の蒸着源として用いるZnS及びZnSeの原料ペレットと、発光層の蒸着源として用いる原料ペレットとを電子ビーム蒸着装置の成膜室内の所定の位置にそれぞれ設置し、成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。さらに、基板付近に配置された抵抗加熱装置により基板温度を200℃まで昇温した。そして、電子ビーム蒸着法によりキャリア注入層上にZnSSe(1−x)(x=0)、ZnSSe(1−x)(x=0.2)、ZnSSe(1−x)(x=0.2)、ZnSSe(1−x)(x=0.4)、ZnSSe(1−x)(x=0.6)、ZnSSe(1−x)(x=0.8)からなる膜をこの順に各々40nmの厚さで成膜することにより、200nmの厚さのバッファ層を形成した。なお、成膜する混晶の組成比は、ZnS及びZnSeの蒸着レート比を制御することにより行った。
【0100】
その後、バッファ層の上に、発光層、n型半導体層及びAl電極をこの順に実施例1と同様にして形成し、発光素子Bを得た。得られた発光素子Bの各層の組成、並びに、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMを表2に示す。なお、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMは、紫外線光電子分光法により求めた。
【0101】
(実施例3)
まず、実施例1と同様にして、無アルカリガラス基板上に、ITOからなる陽極、及びCuAlSからなるキャリア注入層を形成した。
【0102】
次に、キャリア注入層を形成した基板と、バッファ層の蒸着源として用いるZnO及びZnSeの原料ペレットと、発光層の蒸着源として用いる原料ペレットとを電子ビーム蒸着装置の成膜室内の所定の位置にそれぞれ設置し、成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。さらに、基板付近に配置された抵抗加熱装置により基板温度を200℃まで昇温した。そして、電子ビーム蒸着法によりキャリア注入層上に厚み200nmのZnOSe(1−x)(x=0.1)からなるバッファ層を形成した。
【0103】
その後、バッファ層の上に、発光層、n型半導体層及びAl電極をこの順に実施例1と同様にして形成し、発光素子Cを得た。得られた発光素子Cの各層の組成、並びに、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMを表2に示す。なお、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMは、紫外線光電子分光法により求めた。
【0104】
(実施例4)
まず、実施例1と同様にして、無アルカリガラス基板上に、ITOからなる陽極、CuAlSからなるキャリア注入層、ZnSSe1−x(x=0.5)からなるバッファ層を形成した。
【0105】
次いで、電子ビーム蒸着装置の成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。基板温度は引き続き200℃に維持した。あらかじめ設置しておいた発光層を形成するための原料ペレットを電子ビーム蒸着法により蒸着し、バッファ層上に厚み500nmの発光層を形成した。なお、発光層の原料ペレットは以下の手順で作製し、得られたものである。
【0106】
純度99.9%以上である、CuS、NaCl、ZnS、及びMgSの粉末をそれぞれ、0.1mol%、0.2mol%、89.73mol%、及び9.97mol%の割合となるように秤量し、これらをアルミナ乳鉢に入れ60分間混練した。次に、充分に混錬された粉末混合原料を、金属の鋳型に詰めた後、油圧成型器を用いて20mmφ×10mmの円筒状に加圧成型した。その後、加圧成型された粉末混合原料を、アルミナ製ボートの上に載せ、アルゴン雰囲気で石英管状炉中800℃で60分焼成し、混合焼結体原料ペレットを作製した。
【0107】
膜の形成後、電子ビーム蒸着装置内をそのまま真空状態に保ちながら、30分間600℃の加熱処理を行った。この加熱処理によって、ZnサイトにCuが置換され、SサイトにClが置換されることで、D−A対の形成が促進される。こうして、ZnSを主成分とし、Cu、Clが不純物として含まれる多結晶の薄膜である発光層を形成した。
【0108】
その後、発光層の上に、n型半導体層及びAl電極をこの順に実施例1と同様にして形成し、発光素子Dを得た。得られた発光素子Dの各層の組成、並びに、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMを表2に示す。なお、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMは、紫外線光電子分光法により求めた。
【0109】
(実施例5)
まず、実施例1と同様にして、無アルカリガラス基板上に、ITOからなる陽極、CuAlSからなるキャリア注入層、ZnSSe1−x(x=0.5)からなるバッファ層を形成した。
【0110】
次いで、バッファ層を形成した基板を、電子ビーム蒸着装置の成膜用基板ホルダーに設置し、電子ビーム蒸着装置の成膜室内の圧力が1×10−4Paとなるまで真空排気した。更に、電子ビーム蒸着装置の基板付近に配置された抵抗加熱装置により基板温度を200℃まで昇温した。そして、電子ビーム蒸着装置の真空チャンバー内に蒸着源として下記の焼結体Dを配置し、これを電子ビーム蒸着法により基板上に成膜し、バッファ層上に厚み500nmのn型発光層を形成した。
【0111】
焼結体D: CuS、NaCl、ZnF及びZnSの粉末を混合してペレット化し、焼成を繰り返すことで、得られた焼結体。
【0112】
そして、実施例1と同様にして、発光層上に陰極であるAl膜を形成し発光素子Eを得た。得られた発光素子Eの各層の組成、並びに、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMを表2に示す。なお、キャリア注入層、バッファ層及び発光層のVBMは、紫外線光電子分光法により求めた。
【0113】
(比較例1)
バッファ層を形成しなかったこと以外は実施例1と同様にして、基板上に、透明電極、キャリア注入層、発光層、n型半導体層及びAl電極をこの順に形成し、発光素子Fを得た。得られた発光素子Fの各層の組成、並びに、キャリア注入層及び発光層のVBMを表2に示す。
【0114】
<発光輝度の評価>
アルミニウム製の金属放熱板に発光素子A〜Fをそれぞれ設置し、十分な放熱対策を施した状態で、発光素子の電極間に直流電圧を印加し、電流密度25mA/cmの定電流駆動を行ったときの発光輝度を測定した。
【0115】
測定結果を表2に示す。発光素子Aの発光輝度は780cd/mであり、発光素子Bの発光輝度は1030cd/mであり、発光素子Cの発光輝度は554cd/mであり、発光素子Dの発光輝度は702cd/mであり、発光素子Eの発光輝度は452cd/mであり、発光素子Fの発光輝度は120cd/mであった。
【0116】
バッファ層を備える発光素子A〜Eは、バッファ層を有していない発光素子Fに比べて発光輝度が極めて高いことが確認された。また、傾斜構造のバッファ層を備える発光素子Bは、バッファ層が傾斜構造を有していない発光素子A、及びC〜Eに比べて発光輝度が更に高いことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】本発明に係る第1実施形態の発光素子の構成を示す模式断面図である。
【図2】本発明に係る第2実施形態の発光素子の構成を示す模式断面図である。
【図3】本発明に係る発光素子Aのエネルギーバンド図である。
【図4】本発明に係る発光素子Bのエネルギーバンド図である。
【図5】発光素子Cのエネルギーバンド図である。
【符号の説明】
【0118】
1…基板、2…陽極、3…キャリア注入層、4…バッファ層、5…発光層、6…n型半導体層、7…陰極、8…n型発光層、100…発光素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極と、
前記一対の電極間に配置された、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層と、バッファ層と、p型半導体を含むキャリア注入層と、をこの順に備える発光素子であって、
前記発光層の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)及び前記キャリア注入層の価電子帯頂部のエネルギーレベルをVBM(eV)としたときに、前記バッファ層の価電子帯が、下記式(1)の条件を満たすエネルギーレベルVBM(eV)の価電子帯頂部を有することを特徴とする発光素子。
VBM(eV)<VBM(eV)<VBM(eV) …(1)
【請求項2】
前記バッファ層の価電子帯は、価電子帯頂部のエネルギーレベルが前記キャリア注入層側から前記発光層側に向かって小さくなる勾配を有していることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項3】
前記発光層は、II−VI族化合物を主成分とするものであり、
前記バッファ層は、前記発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きなVI族元素が含有されるII−VI族化合物を含んで構成されるものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の発光素子。
【請求項4】
前記バッファ層に含まれる前記発光層中のVI族元素よりもイオン半径の大きな前記VI族元素の濃度は、前記キャリア注入層側が前記発光層側よりも大きいことを特徴とする請求項3に記載の発光素子。
【請求項5】
前記発光層は、ZnSを主成分とするものであり、
前記バッファ層は、ZnSSe(1−x)(但し、0≦x<1)又はZnOSe(1−y)(但し、0≦y<1)で表されるII−VI族化合物を含んで構成されるものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の発光素子。
【請求項6】
前記バッファ層に含まれるSe濃度は、前記キャリア注入層側が前記発光層側よりも大きいことを特徴とする請求項5に記載の発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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