説明

真空浸炭の品質管理方法と装置及び真空浸炭炉

【課題】浸炭品質のバラつき度合の判定を容易にして浸炭品質の管理を容易に行うことができる真空浸炭の品質管理方法及び真空浸炭炉であり、また、浸炭品質の再現性を向上させ、浸炭品質のバラつきを少なくしてその均一性を確保できる真空浸炭炉を提供する。
【解決手段】処理品に要求される浸炭深さと表面炭素濃度に応じて、被処理品内部への炭素の拡散に基づいて、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求め、該理論流量の時間変化に基づいて、この理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室内の全圧力に対する分圧比を理論水素分圧比とし、この理論水素分圧比の時間変化を求め、この理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空浸炭処理において、同一操業バッチ内又は各操業バッチ間における浸炭品質のバラつき度合を判定する真空浸炭の品質管理方法、及び浸炭品質のバラつきを少なくする真空浸炭炉に関するものである。
【背景技術】
【0002】
浸炭(carburizing)とは、鋼材の表面に炭素を拡散浸透させる処理をいう。通常、浸炭後、焼入れを行って表面を硬化させ、耐摩耗性の高い表面と靭性に富む心部からなる部品を作製する。
【0003】
浸炭処理としては、ガス浸炭法、プラズマ浸炭法、真空浸炭法等がある。この中でガス浸炭法は、天然ガス、プロパン、ブタンなどを変成してCOを主体とする浸炭性ガスを作り、これによって鋼材に浸炭を行うものである。ガス浸炭法は、カーボンポテンシャルに基づいて雰囲気を制御しながら浸炭を行うため、被処理品の表面炭素濃度を安定して制御することができる。このため、ガス浸炭法は、被処理品に対する浸炭品質の再現性が良好であるという利点を有する。しかしながら、ガス浸炭法は、浸炭ガスの使用量が多い、排気ガスを燃焼させる際に危険性がある、被処理品の表面に粒界酸化が生じる、等の問題がある。
【0004】
一方、真空浸炭法は、ガス浸炭法の一種であり、浸炭処理を減圧下で行うガス浸炭法である(例えば、下記特許文献1〜3参照)。以下、本明細書において、「ガス浸炭」とは大気圧下で行われるガス浸炭法を意味し、「真空浸炭」とは減圧下で行われるガス浸炭法を意味するものとする。
【0005】
真空浸炭では、表面炭素濃度が浸炭開始直後に炭素固溶限(Acm)に達した後、浸炭ガス投入時間(浸炭時間)と拡散時間を管理することで所望の表面炭素濃度及び炭素濃度分布を得ている。被処理品内の炭素流入深さ(拡散深さ)については、ガス浸炭、真空浸炭ともに拡散時間により管理を行っている。
【0006】
【特許文献1】特開2001−81543号公報
【特許文献2】特開2001−240954号公報
【特許文献3】特開2002−212702号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ガス浸炭では、カーボンポテンシャルに基づく雰囲気の制御を行っていたことは上述の通りであるが、ガス浸炭と真空浸炭では反応形態が異なるため、ガス浸炭におけるカーボンポテンシャルに基づく雰囲気の制御を真空浸炭に適用することは不可能である。このため、真空浸炭では、浸炭・拡散温度、浸炭時間、ガス投入量などの条件管理により被処理品に対する浸炭品質(表面浸炭濃度、浸炭濃度分布)の均一性確保を図ってきた。
【0008】
しかしながら、従来技術による真空浸炭では、上記のような条件管理によっても各操業バッチ間における浸炭品質にある程度のバラつきが生じることは避けられず、さらに、同一操業バッチ内における浸炭品質にもバラつきを生じていた。このため、真空浸炭では、被処理品の浸炭品質のバラつき度合を管理することが必要となる。ところが、上記のような条件管理項目では、処理中に浸炭品質を管理する手法が無いため、従来では、浸炭処理後に被処理品の抜取り試験により浸炭品質の検証が必要であった。
このように、従来技術では、浸炭品質のバラつき度合の判定が煩雑であるという問題があった。また、浸炭処理の雰囲気の制御を行っていなかったため、浸炭品質の再現性が悪いという問題があった。
【0009】
本発明は、上述した問題点に鑑み、浸炭品質のバラつき度合の判定を容易にして浸炭品質の管理を容易に行うことができる真空浸炭の品質管理方法及び真空浸炭炉を提供することを目的とする。また、本発明は、浸炭品質の再現性を向上させ、浸炭品質のバラつきを少なくしてその均一性を確保できる真空浸炭炉を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために創案された第1の発明は、炭化水素からなる浸炭ガスにより減圧及び加熱状態で被処理品に浸炭処理を行う真空浸炭の品質管理方法であって、被処理品に要求される有効硬化層深さ(浸炭深さ)と表面炭素濃度に応じて、被処理品内部への炭素の拡散に基づいて、浸炭処理に必要な炭素量を元に浸炭ガスの理論流量の時間変化を求め、該理論流量の時間変化に基づいて、該理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室内の全圧力に対する分圧比を理論水素分圧比とし、この理論水素分圧比の時間変化を求め、該理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定する、ことを特徴とする真空浸炭の品質管理方法である。
【0011】
第2の発明は、炭化水素からなる浸炭ガスにより減圧及び加熱状態で被処理品に浸炭処理を行う真空浸炭の品質管理方法であって、浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化と、それ以前の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定する、ことを特徴とする真空浸炭の品質管理方法である。
【0012】
第3の発明は、被処理品を収容し減圧及び加熱状態で前記被処理品を浸炭処理する処理室を有する炉体と、該処理室に炭化水素からなる浸炭ガスを導入する浸炭ガス導入手段と、前記処理室内のガスを排気し所定の減圧状態に保持するガス排気手段とを備えた真空浸炭炉において、浸炭処理時における前記処理室内の全圧力に対する水素分圧比を検知する水素分圧比検知手段と、被処理品に要求される浸炭深さと表面炭素濃度に応じて、材料の内部拡散に基づいて、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求める処理と、該理論流量の時間変化に基づいて、該理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室内における全圧力に対する分圧比を理論水素分圧比とし、この理論水素分圧比の時間変化を求める処理と、を行う演算処理手段と、前記理論水素分圧比の時間変化と、前記水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化を表示する出力手段と、を備える、ことを特徴とする真空浸炭炉である。
【0013】
第4の発明は、上記第3の発明において、前記浸炭ガス導入手段による浸炭ガスの導入量を調節するガス導入量調節手段と、前記演算処理手段により求めた理論水素分圧比の時間変化と、前記水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて前記ガス導入量調節手段を制御する制御手段と、を更に備える、ことを特徴とするものである。
【0014】
第5の発明は、被処理品を収容し減圧及び加熱状態で前記被処理品を浸炭処理する処理室を有する炉体と、該処理室に炭化水素からなる浸炭ガスを導入する浸炭ガス導入手段と、前記処理室内のガスを排気し所定の減圧状態に保持するガス排気手段とを備えた真空浸炭炉において、浸炭処理時における前記処理室内の全圧力に対する水素分圧比を検知する水素分圧比検知手段と、該水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化を表示する出力手段と、を備える、ことを特徴とする真空浸炭炉である。
【0015】
第6の発明は、上記第5の発明において、前記浸炭ガス導入手段による浸炭ガスの導入量を調節するガス導入量調節手段と、前記水素分圧検知手段により検知した水素分圧比の時間変化と、それ以前の浸炭処理時における水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて前記ガス導入量調節手段を制御する制御手段と、を更に備える、ことを特徴とするものである。
【0016】
本発明において、「浸炭品質」とは、浸炭処理を施した被処理品の表面炭素濃度や炭素濃度分布のように、被処理品中の炭素の割合、範囲、深さ等の状態を示す概念である。
【0017】
「表示」とは、外部に目的の情報を表し示すことをいい、モニターのように電磁的・磁気的手法により表示することや、プリンターのように印刷により有形的手法により表示することも含む概念である。
【0018】
「水素分圧比検知手段」とは、浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比を検知するための機能を有するものをいい、複数の機器の組み合わせによりそのような機能を達成するものも含む概念である。実施形態では、水素センサ、真空計及び演算処理装置のもつ複数の機能のうちの一部の機能の組み合せがこれに該当する。
【0019】
「演算処理手段」とは、理論流量の時間変化を求める処理と、理論水素分圧比の時間変化を求める処理とを行う機能を有するものをいい、電子計算機の一部の機能を使用することによりそのような機能を達成するものも含む概念である。実施形態では、演算処理装置がこれに該当する。
【0020】
他の用語の意義については、本明細書の以下の説明により明らかになろう。
【発明の効果】
【0021】
上記第1の発明によれば、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求め、この時間変化に基づいて、浸炭ガスの理論流量に対応する理論水素分圧比を求め、この理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定するので、従来技術のように浸炭処理後に抜取り試験を実施する必要が無く、浸炭品質の再現性の確認を容易に行うことができる。後に詳述するように、本願発明者は、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化が、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量に対応する理論水素分圧比(浸炭ガスの理論流量における浸炭反応により生じる理論上の水素の処理室内の全圧力に対する水素分圧比)の時間変化に近似するほど、浸炭品質のバラつき度合が少ないという新規な知見を得た。本発明は、かかる新規な知見を利用したものである。すなわち、理論水素分圧比の時間変化と、実際の水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定することができる。
【0022】
上記第2の発明によれば、各操業バッチでの浸炭処理時の水素分圧比の時間変化を比較し、その近似度合いに基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定するので、従来技術のように浸炭処理後に抜取り試験を実施する必要が無く、浸炭品質の再現性の確認を容易に行うことができる。後に詳述するように、本願発明者は、浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化と、浸炭品質とに相関関係があるという新規な知見を得た。本発明は、かかる新規な知見を利用したものである。すなわち、各操業バッチでの浸炭処理時の水素分圧比の時間変化を比較し、その近似度合いに基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定することができる。したがって、例えば、浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化が、それ以前に行われた浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化と同等であるか、又は同等ではないがその差異が許容範囲内であるときは、浸炭品質の再現性が良好であると判定できる。
【0023】
上記第3の発明によれば、演算処理手段により上述した理論水素分圧比を求め、出力手段により、この理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における水素分圧比の時間変化を表示等するので、この理論水素分圧比と、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比とを比較することができる。このため、上述したように、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定することができる。したがって、従来技術のように浸炭処理後に抜取り試験を実施する必要が無く、浸炭品質の再現性の確認を容易に行うことができる。
【0024】
上記第4の発明によれば、ガス導入量調節手段と、上記近似度合に基づいてガス導入手段を制御する制御手段とを備えるので、真空浸炭炉の操業中に、処理室内の水素分圧比の時間変化が、理論水素分圧比の時間変化に近づくように、ガス導入量調節手段を制御し、処理室への浸炭ガスの導入量を調節することができる。上述したように、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化が、理論水素分圧比の時間変化に近似するほど、浸炭品質のバラつき度合が少ないため、処理室内の水素分圧比の時間変化を、理論水素分圧比の時間変化に近づけることにより、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を少なくし、均一性を確保することができる。
【0025】
上記第5の発明によれば、真空浸炭炉において、浸炭処理時における水素分圧比を検知する水素分圧比検知手段と、この水素分圧比の時間変化を表示又は記録する出力手段とを備えるので、各操業バッチでの浸炭処理時における水素分圧比の時間変化を比較することができる。このため、上述したように、その近似度合いに基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定することができる。したがって、従来技術のように浸炭処理後に抜取り試験を実施する必要が無く、浸炭品質の再現性の確認を容易に行うことができる。
【0026】
上記第6の発明によれば、ガス導入量調節手段と、上記近似度合に基づいてガス導入手段を制御する制御手段とを備えるので、真空浸炭炉の操業中に、処理室内の水素分圧比の時間変化が、以前の操業バッチと同一又は許容範囲内の変化となるように、ガス導入量調節手段を制御し、処理室への浸炭ガスの導入量を調節することができる。上述したように、浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化と、浸炭品質とに相関関係があるため、浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化を、それ以前の操業バッチにおける水素分圧比の時間変化と同等なものとすることにより、操業バッチ間における浸炭品質のバラつき度合を少なくし、均一性を確保することができる。
【0027】
このように、上記本発明によれば、浸炭品質のバラつき度合の判定を容易にして浸炭品質の管理を容易に行うことができるとともに、浸炭品質の再現性を向上させ、浸炭品質のバラつきを少なくしてその均一性を確保できる、という優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の具体的な実施形態について説明する前に、まず、本発明の理解を容易にするために、本発明の課題解決原理を理解するための種々の事項について説明する。
【0029】
まず、「浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量」について説明する。真空浸炭処理においては、所定の真空状態の処理室内に浸炭ガス(例えばアセチレン)を導入し、導入された浸炭ガスと処理室内の被処理品の表面とで浸炭反応を生じる。このときの浸炭反応は、浸炭ガスがアセチレンの場合、H→2C+Hの反応が行われる。
【0030】
すなわち、被処理品の表面における浸炭反応では、炭素が被処理品の表面に投入され、水素が放出される。通常の場合、処理室内に導入された浸炭ガスには、浸炭反応に寄与しない分も含まれている。これに対し、処理室内に導入された浸炭ガスが100%浸炭反応に寄与するとした場合に、要求される表面浸炭濃度と炭素濃度分布を得るために理論上必要な浸炭ガスの流量を「浸炭ガスの理論流量」と定義する。
【0031】
浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量Vと浸炭時間tとの関係V=f(t)、つまり浸炭ガスの理論流量の時間変化の求め方は次の通りである。浸炭処理における被処理材の内部への拡散速度は、Fickの第2法則から数1の式(1)で、炭素の拡散係数は式(2)で示される。ここで、Cは濃度、xは表面からの距離、Dは拡散係数[m/s]、D0は頻度因子[m/s]、Qは活性化エネルギー[kJ/mol]、Rはガス定数[kJ/deg mole]、Tは温度[K]である。
【0032】
【数1】

【0033】
初期条件をC=C(Cは母材炭素濃度)とし、浸炭時の表面においてC=C(Cは表面炭素濃度)とすることにより、式(1)(2)から浸炭温度Tにおける距離x、時間tと炭素濃度Cの関係を求めることができる。これから必要な浸炭深さ及び炭素濃度と表面炭素濃度より、浸炭ガスの理論流量Vと浸炭時間tとの関係V=f(t)を算出することができる。このようにして求めた関係式に基づいて、図1に例示するように、浸炭ガスの理論流量Vの時間変化を表すことができる。
【0034】
次に、「理論水素分圧比」について説明する。通常の真空浸炭処理では、処理室内に実際に導入する浸炭ガスの流量は、上述した理論流量Vとは一致せず、その比率は、処理室内に導入する実際の浸炭ガス流量を実流量Vとした場合、下記(3)式で表される。
理論流量V/実流量V・・・・(3)
【0035】
そして、この場合において、理想的な浸炭処理が行われたと仮定した場合、理論流量に対応する量の浸炭ガスにより浸炭反応が行われたときに発生する水素量は、その浸炭反応を行った浸炭ガスと同モル数となる。このことは、浸炭ガスがアセチレンの場合、H→2C+Hの反応が行われることから理解できる。そうすると、理論流量の導入による(理想的な)浸炭反応によって生じる理論水素量VTHは、理論的には、浸炭ガスの理論流量Vと同じであるということができる。つまり、下記(4)の関係が成立する。
理論流量V=理論水素量VTH・・・・(4)
【0036】
上記(3)、(4)式から、理論流量Vを理論水素量VTHに置き換えると、下記(5)式が導かれる。
理論水素量VTH/実流量V・・・・(5)
【0037】
そして、上記(5)式で表されたものは、浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の理論値である。つまり、この水素分圧比の理論値は、(3)、(4)式より、理論流量V、実流量Vから求めることができる。本発明では、上記(5)式で表される水素分圧比の理論値を「理論水素分圧比」と定義する。
【0038】
次に、理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化との関係について、図2を参照して説明する。図2において、横軸は浸炭経過時間(sec)を示し、縦軸は水素の分圧比(%)を示している。また図中、A、B、Cは、理論水素分圧比の時間変化を示し、そのときの浸炭ガスの実投入量(実流量)は、それぞれ、10L/m、20L/m、30L/mである。また図中、a、b、cは、実際の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化を示し、それぞれ、A、B、Cに対応している。また、a、b、cに付記したΔC%は、それぞれの浸炭工程及び拡散工程終了後の浸炭品質のバラつき度合を示している。
【0039】
図2から、実際の水素分圧比が早期に低下するほど、浸炭品質のバラつきが少ないことが分かる。また、実際の水素分圧比が、これに対応する理論水素分圧比に近いほど、浸炭品質のバラつきが少ないことが分かる。このことを、図3を参照して説明する。
【0040】
浸炭処理時における被処理品への炭素の流入を、バラつきの有無を条件として考えた場合、以下のように説明できる。
(1)被処理品が均一に浸炭されている場合(図3Aの場合)
表層付近の炭素濃度の位置による差はなく、炭素流入にも差は無い。
(2)被処理品に不均一な浸炭が発生している場合(図3Bの場合)
表層の炭素濃度に位置による差が生じていることになり、炭素濃度が高い箇所は炭素流入量が少なくなるが、低濃度の箇所では、炭素流入量が高濃度の箇所よりも大きくなる。
(3)以上の2つの状態において、水素分圧比の時間変化(低下率)は、均一な浸炭では理想状態に近づく(図2のb、c)のに対し、不均一な場合(バラつきがある場合)では炭素流入が継続するため、理想状態より遅れる(図2のa)ことになる。
【0041】
以上の事実に基づき、本願発明者は、以下の新規な知見を得た。
(1)実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化が、理論水素分圧比の時間変化に近似するほど、浸炭品質のバラつき度合が少ない。これを利用し、理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定する。
(2)浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化と、浸炭品質とに相関関係があるという上記(1)の知見から、水素分圧比の時間変化が同じであれば、浸炭品質も同じであると推定できる。これを利用し、各操業バッチでの浸炭処理時の水素分圧比の時間変化を比較し、その近似度合いに基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定する。
【0042】
本発明は、上記新規な知見に基づくものであり、以下、本発明の好ましい実施形態を添付図面に基づいて詳細に説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0043】
図4は、本発明の第1実施形態による真空浸炭炉10の概略構成を示す図である。図4に示すように、真空浸炭炉10は、内部に処理室17を有する炉体12と、ガス導入ライン20と、ガス排気ライン22とを備えている。炉体12の炉壁16の内部には断熱壁14が設けられており、この断熱壁14の内部に、被処理品1を収容し減圧及び加熱状態で被処理品1を浸炭処理する処理室17が形成されている。また、処理室17内には、ヒータ19が設置され、加熱室17内及び被処理品1を所定温度に加熱するようになっている。
【0044】
ガス導入ライン20は、断熱壁14に接続され、処理室17内に炭化水素(例えばアセチレン)からなる浸炭ガスを導入する「浸炭ガス導入手段」として機能する。ガス排気ライン22は、断熱壁14に接続され、処理室17内のガスを排気するようになっている。また、ガス排気ライン22は真空ポンプ24に接続されており、このガス排気ライン22及び真空ポンプ24は、処理室17内のガスを排気し所定の減圧状態に保持する「ガス排気手段」として機能する。
【0045】
さらに、真空浸炭炉10は、浸炭処理時における処理室17内の水素圧力を検出する水素センサ30、浸炭処理時における処理室17内の全圧力を検出する真空計32、各種の演算・制御を行う演算処理装置34、この演算処理装置34からの出力を画像表示するディスプレー36及び演算処理装置34からの出力を印刷するプリンター38を備えている。また、演算処理装置34には、入力手段としてのキーボード40及びマウス42が接続されている。
【0046】
水素センサ30は、例えば四重極質量分析器で構成することができ、真空計32は、例えばバラトロン真空計で構成することができる。水素センサ30及び真空計32は演算処理装置34に接続され、検出した処理室17内の水素分圧及び全圧を出力し、その出力信号は演算処理装置34に入力されるようになっている。
【0047】
演算処理装置34は、少なくともCPU、記憶部を備えて各種情報処理・演算・制御を実行可能であり、パーソナルコンピュータ又は専用の電子計算機により構成することができる。本実施形態における演算処理装置34は、水素センサ30からの水素分圧及び真空計32からの全圧に基づいて、浸炭処理時における処理室17内の全圧力に対する水素分圧比を演算し、求める処理を行う。このように、本実施形態では、水素センサ30、真空計32及び演算処理装置34により、浸炭処理時における処理室17内の全圧力に対する水素分圧比を検知する「水素分圧比検知手段」としての機能を達成している。
【0048】
また、演算処理装置34は、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求める処理と、理論水素分圧比の時間変化を求める処理を行う。この「浸炭ガスの理論流量」及び「理論水素分圧比」の意味は、上述した通りである。具体的には、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量は、被処理品1に要求される浸炭深さと表面炭素濃度に応じて、材料の内部拡散に基づいて、求めることができる。また、理論水素分圧比の時間変化は、上記の浸炭ガスの理論流量の時間変化に基づいて、該理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室内における全圧力に対する分圧比により、求めることができる。
【0049】
このように、本実施形態では、演算処理装置34により、被処理品1に要求される浸炭深さと表面炭素濃度に応じて、材料の内部拡散に基づいて、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求める処理と、理論流量の時間変化に基づいて、当該理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室17内における全圧力に対する分圧比を理論水素分圧比とし、この理論水素分圧比の時間変化を求める処理と、を行う「演算処理手段」としての機能を達成している。
【0050】
ディスプレー36は、演算処理装置34により求めた理論水素分圧比の時間変化と、実際の水素分圧比の時間変化を画像表示により出力するようになっている。また、プリンター38は、演算処理装置34により求めた理論水素分圧比の時間変化と、実際の水素分圧比の時間変化を印刷により出力するようになっている。このように、本実施形態において、ディスプレー36又はプリンター38は、理論水素分圧比の時間変化と、水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化を表示する「出力手段」として機能する。
【0051】
このように構成された真空浸炭炉10によれば、水素分圧検知手段として機能する水素センサ30、真空計32及び演算処理装置34により実際の浸炭処理時における処理室17内の全圧力に対する水素分圧比を検知し、演算処理手段として機能する演算処理装置34により理論水素分圧比を求め、出力手段として機能するディスプレー36又はプリンター38により、この理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における水素分圧比の時間変化を表示するので、この理論水素分圧比と、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比とを比較することができる。上述したように、実際の浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化が、理論水素分圧比の時間変化に近似するほど、浸炭品質のバラつき度合が少ない。このため、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定することができる。したがって、従来技術のように浸炭処理後に抜取り試験を実施する必要が無く、浸炭品質の再現性の確認を容易に行うことができる。
【0052】
次に、本発明の第2実施形態について説明する。図5は、本発明の第2実施形態による真空浸炭炉10の概略構成を示す図である。本実施形態による真空浸炭炉10は、上述した第1実施形態による真空浸炭炉10に、ガス流量調節弁26を加えたものである。このガス流量調節弁26は、浸炭ガス導入手段(ガス導入ライン20)による浸炭ガスの導入量を調節する「ガス導入量調節手段」として機能する。その他の、機器構成は、上述した第1実施形態と同様である。
【0053】
また、この第2実施形態における演算処理装置34は、求めた理論水素分圧比の時間変化と、実際の水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいてガス流量調節弁26を制御するようになっている。具体的には、真空浸炭炉10の操業中に、処理室17内の水素分圧比の時間変化が、理論水素分圧比の時間変化に近づくように、ガス流量調節弁26を制御し、処理室17への浸炭ガスの導入量を調節する。
【0054】
このように、第2実施形態では、演算処理装置34により、演算処理手段により求めた理論水素分圧比の時間変化と、水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいてガス導入手段を制御する「制御手段」としての機能を達成している。
【0055】
上述したように、実際の浸炭処理時における処理室17内の水素分圧比の時間変化が、理論水素分圧比の時間変化に近似するほど、浸炭品質のバラつき度合が少ない。このため、第2実施形態による真空浸炭炉によれば、処理室17内の水素分圧比の時間変化を、理論水素分圧比の時間変化に近づけることにより、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を少なくし、均一性を確保することができる。
【0056】
次に、本発明の第3実施形態について説明する。第3実施形態による真空浸炭炉は、図4に示した第1実施形態による真空浸炭炉10の機器構成と基本的に同様であるので、第3実施形態についても、図4を参照して説明する。
【0057】
この第3実施形態における演算処理装置34は、浸炭処理時における水素分圧比の時間変化を記憶部に記憶させておくことができ、ディスプレー36又はプリンター38により、異なる操業バッチでの浸炭処理時における水素分圧比の時間変化を同時又は順次に画像表示又は印刷により出力することができる。
【0058】
したがって、第3実施形態による真空浸炭炉10によれば、各操業バッチでの浸炭処理時における水素分圧比の時間変化を比較することができる。上述したように、浸炭処理時における処理室内の水素分圧比の時間変化と、浸炭品質とに相関関係があるという知見から、水素分圧比の時間変化が同じであれば、浸炭品質も同じであると推定できる。このため、その近似度合いに基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定することができる。したがって、従来技術のように浸炭処理後に抜取り試験を実施する必要が無く、浸炭品質の再現性の確認を容易に行うことができる。
【0059】
次に、本発明の第4実施形態について説明する。第4実施形態による真空浸炭炉は、図5に示した第2実施形態による真空浸炭炉10の機器構成と基本的に同様であるので、第4実施形態についても、図5を参照して説明する。
【0060】
この第4実施形態は、上述した第3実施形態による真空浸炭炉10に、更にガス流量調節弁26を加えた点と、演算処理装置34の動作内容の点で、第3実施形態と異なる。すなわち、第4実施形態における演算処理装置34は、水素分圧比の時間変化と、それ以前に行われた操業バッチの浸炭処理時における水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいてガス流量調節弁26を制御するようになっている。具体的には、真空浸炭炉10の操業中に、処理室17内の水素分圧比の時間変化が、以前の操業バッチと同一又は許容範囲内の変化となるように、ガス流量調節弁26を制御し、処理室17への浸炭ガスの導入量を調節する。
【0061】
このように、第4実施形態では、演算処理装置34により、水素分圧検知手段により検知した水素分圧比の時間変化と、それ以前の浸炭処理時における水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいてガス導入量調節手段を制御する「制御手段」としての機能を達成している。
【0062】
上述したように、浸炭処理時における処理室17内の水素分圧比の時間変化と、浸炭品質とに相関関係がある。このため、第4実施形態による真空浸炭炉10によれば、浸炭処理時における処理室17内の水素分圧比の時間変化を、それ以前の操業バッチにおける水素分圧比の時間変化と同等なものとすることにより、操業バッチ間における浸炭品質のバラつき度合を少なくし、均一性を確保することができる。
【0063】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、浸炭品質のバラつき度合の判定を容易にして浸炭品質の管理を容易に行うことができるとともに、浸炭品質の再現性を向上させ、浸炭品質のバラつきを少なくしてその均一性を確保できる、という優れた効果が得られる。
【0064】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】浸炭ガスの理論流量と浸炭時間との関係を示す図である。
【図2】理論水素分圧比と実際の水素分圧比との関係を示す図である。
【図3】浸炭バラつき発生状況と炭素流入との関係を示す図である。
【図4】本発明の第1実施形態(又は第3実施形態)による真空浸炭炉の概略構成を示す図である。
【図5】本発明の第2実施形態(又は第4実施形態)による真空浸炭炉の概略構成を示す図である。
【符号の説明】
【0066】
1 被処理品
10 真空浸炭炉
12 炉体
14 断熱壁
16 炉壁
17 被処理室
20 ガス導入ライン
22 ガス排気ライン
24 真空ポンプ
26 ガス流量調節弁
30 水素センサ
32 真空計
34 演算処理装置
36 ディスプレー
38 プリンター
40 キーボード
42 マウス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素からなる浸炭ガスにより減圧及び加熱状態で被処理品に浸炭処理を行う真空浸炭の品質管理方法であって、
被処理品に要求される有効硬化層深さ(浸炭深さ)と表面炭素濃度に応じて、被処理品内部への炭素の拡散に基づいて、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求め、
該理論流量の時間変化に基づいて、該理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室内の全圧力に対する分圧比を理論水素分圧比とし、この理論水素分圧比の時間変化を求め、
該理論水素分圧比の時間変化と、実際の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、同一操業バッチ内における浸炭品質のバラつき度合を判定する、
ことを特徴とする真空浸炭の品質管理方法。
【請求項2】
炭化水素からなる浸炭ガスにより減圧及び加熱状態で被処理品に浸炭処理を行う真空浸炭の品質管理方法であって、
浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化と、それ以前の浸炭処理時における処理室内の全圧力に対する水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて、各操業バッチ間の浸炭品質のバラつき度合を判定する、
ことを特徴とする真空浸炭の品質管理方法。
【請求項3】
被処理品を収容し減圧及び加熱状態で前記被処理品を浸炭処理する処理室を有する炉体と、該処理室に炭化水素からなる浸炭ガスを導入する浸炭ガス導入手段と、前記処理室内のガスを排気し所定の減圧状態に保持するガス排気手段とを備えた真空浸炭炉において、
浸炭処理時における前記処理室内の全圧力に対する水素分圧比を検知する水素分圧比検知手段と、
被処理品に要求される浸炭深さと表面炭素濃度に応じて、材料の内部拡散に基づいて、浸炭処理に必要な浸炭ガスの理論流量の時間変化を求める処理と、該理論流量の時間変化に基づいて、該理論流量における浸炭反応により生じる水素の処理室内における全圧力に対する分圧比を理論水素分圧比とし、この理論水素分圧比の時間変化を求める処理と、を行う演算処理手段と、
前記理論水素分圧比の時間変化と、前記水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化を表示する出力手段と、を備える、
ことを特徴とする真空浸炭炉。
【請求項4】
前記浸炭ガス導入手段による浸炭ガスの導入量を調節するガス導入量調節手段と、
前記演算処理手段により求めた理論水素分圧比の時間変化と、前記水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて前記ガス導入量調節手段を制御する制御手段と、を更に備える、
ことを特徴とする請求項3に記載の真空浸炭炉。
【請求項5】
被処理品を収容し減圧及び加熱状態で前記被処理品を浸炭処理する処理室を有する炉体と、該処理室に炭化水素からなる浸炭ガスを導入する浸炭ガス導入手段と、前記処理室内のガスを排気し所定の減圧状態に保持するガス排気手段とを備えた真空浸炭炉において、
浸炭処理時における前記処理室内の全圧力に対する水素分圧比を検知する水素分圧比検知手段と、
該水素分圧比検知手段により検知した水素分圧比の時間変化を表示する出力手段と、を備える、
ことを特徴とする真空浸炭炉。
【請求項6】
前記浸炭ガス導入手段による浸炭ガスの導入量を調節するガス導入量調節手段と、
前記水素分圧検知手段により検知した水素分圧比の時間変化と、それ以前の浸炭処理時における水素分圧比の時間変化とを比較し、その近似度合に基づいて前記ガス導入量調節手段を制御する制御手段と、を更に備える、
ことを特徴とする請求項5に記載の真空浸炭炉。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−7240(P2012−7240A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157643(P2011−157643)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【分割の表示】特願2005−304250(P2005−304250)の分割
【原出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】