説明

硬質皮膜およびその形成方法ならびに硬質皮膜被覆部材

【課題】従来の硬質皮膜であるTiAlNや酸化物皮膜よりも耐摩耗性に優れた硬質皮膜を提供する。
【解決手段】基材の表面に形成される硬質皮膜であって、(TiAlSi)Oからなり、0.3≦a≦0.7、0.3≦b≦0.7、0≦c≦0.2、a+b+c=1、0.8≦[x/(2a+1.5b+2c)]≦1.2を満たすことを特徴とする硬質皮膜、または、(TiCrAlSi)Oからなり、0.05≦a≦0.4、0.1≦d≦0.85、0≦b≦0.7、0≦c≦0.2、a+b+c+d=1、0.8≦[x/(2a+1.5d+1.5b+2c)]≦1.2満たすことを特徴とする硬質皮膜(a,d,b,cはTi,Cr,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜およびその形成方法ならびに硬質皮膜被覆部材に関するものであり、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、鍛造加工、プレス成形、押し出し成形等に用いられる金型や打ち抜きパンチ等の塑性加工用治工具の表面に形成され、これらの耐摩耗性を向上させるための硬質皮膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば超硬合金、サーメットまたは高速度工具鋼を基材とする切削工具の耐摩耗性を向上させることを目的に、TiN、TiCN、TiAlN等の硬質皮膜をコーティングすることが行われている。特に、特許文献1に開示される様なTiとAlの複合窒化物(TiAlN)が優れた耐摩耗性を示すことから、Tiの窒化物(TiN)や炭窒化物(TiCN)等からなる皮膜に代わって適用されつつある。しかし、近年の被削材の高硬度化や切削速度の高速度化等に伴い、更に耐摩耗性の高められた皮膜が要求されている。
【0003】
また、酸化物からなる硬質皮膜として、例えば特許文献2には、アルミニウム酸化物のみからなる層を低温で形成すると、非晶質となり高硬度を達成できないことから、このアルミニウム酸化物と同じ結晶構造(コランダム型)の酸化物を形成する元素であって、低温で酸化物が結晶質となるクロムを含む、(Al、Cr)複合酸化物とすれば、低温で成膜した場合に結晶質の酸化物を形成できる旨示されている。しかし、この(Al、Cr)複合酸化物の場合、形成される酸化物の結晶性が不十分であり、非晶質部分が残留するため、高硬度を達成することが難しい、といった問題がある。
【特許文献1】特許第2644710号公報
【特許文献2】特許第3323534号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、従来の硬質皮膜であるTiAlN等や酸化物皮膜よりも耐摩耗性に優れた硬質皮膜とその形成方法、および該硬質皮膜の形成された硬質皮膜被覆部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る硬質皮膜(第1の硬質皮膜)とは、基材の表面に形成される硬質皮膜であって、
(TiAlSi)Oからなり、
0.3≦a≦0.7、
0.3≦b≦0.7、
0≦c≦0.2、
a+b+c=1、
0.8≦[x/(2a+1.5b+2c)]≦1.2
(a,b,cは夫々Ti,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。)
を満たすところに特徴を有する。
【0006】
また、本発明に係る別の硬質皮膜(第2の硬質皮膜)とは、基材の表面に形成される硬質皮膜であって、
(TiCrAlSi)Oからなり、
0.05≦a≦0.4、
0.1≦d≦0.85、
0≦b≦0.7、
0≦c≦0.2、
a+b+c+d=1、
0.8≦[x/(2a+1.5d+1.5b+2c)]≦1.2
(a,d,b,cはTi,Cr,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。)
を満たすところに特徴を有する。
【0007】
本発明は、基材と、当該基材を被覆する前記第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜とを備えていることを特徴とする硬質皮膜被覆部材も含むものである。
【0008】
前記硬質皮膜被覆部材は、前記基材と前記第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜との間に配された、Ti、Crの1種以上を含む窒化物からなる中間層を、更に備えているものであってもよい。
【0009】
前記中間層を備えた硬質皮膜被覆部材の好ましい形態として、前記第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜が、前記中間層の表面を、基材温度500℃以上、酸素分圧1Pa以上の条件で酸化処理してから形成されたものが挙げられる。また、別の好ましい形態として、前記中間層が、基材側から前記第1の硬質皮膜側または第2の硬質皮膜側に向けて、窒素が減少し酸素が増大する組成傾斜層を有するものが挙げられる。
【0010】
本発明は、前記第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜の形成方法も規定するものであって、該形成方法は、酸素分圧が0.5Pa以上4Pa以下の雰囲気中でカソード放電型アークイオンプレーティング法により前記第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜を形成するところに特徴を有するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来の硬質皮膜であるTiAlN等や酸化物皮膜よりも耐摩耗性に優れた硬質皮膜を実現できる。こうした硬質皮膜は、各種切削工具、鍛造加工、プレス成形、押し出し成形等に用いられる金型や打ち抜きパンチ等の塑性加工用治工具の基材表面に形成されるものとして極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、耐摩耗性に優れた硬質皮膜を得るべく様々な角度から検討した。その結果、Tiを必須成分として含むと共に、酸化物皮膜の安定性に有効なSiや、高硬度を容易に達成でき耐摩耗性の向上に有効なAl、Crを併せて含む酸化物皮膜とすれば、耐摩耗性が著しく向上することを見出し、本発明を完成した。以下、本発明の硬質皮膜において、各元素を選定した理由と各元素の組成範囲の限定理由について説明する。
【0013】
本発明では、まず第1の硬質皮膜として、
(TiAlSi)Oからなり、
0.3≦a≦0.7、
0.3≦b≦0.7、
0≦c≦0.2、
a+b+c=1、
0.8≦[x/(2a+1.5b+2c)]≦1.2
(a,b,cは夫々Ti,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。以下同じ)
を満たすことを特徴とする硬質皮膜を規定する。
【0014】
上述した通り、アルミニウム酸化物のみからなる層を低温で形成した場合、非晶質となり高硬度を達成することが難しいが、Tiを添加することで、酸化物皮膜中に結晶相が形成され、硬度を高めることができる。この様な効果を発揮させるには、Ti量(a)を0.3以上とする必要があり、好ましくは0.4以上である。ただし、Ti量が0.7を超えると、結晶構造がTi酸化物(ルチル)に転移し、硬度が低下し易くなることから、Ti量の上限を0.7とする。好ましくは0.6以下である。
【0015】
Al量(b)が0.3未満だと高硬度を確保できないため、Al量の下限を0.3とする。好ましくは0.4以上である。一方、Al量が0.7を超えると、非晶質になり高硬度を達成することが難しくなる。よって、Al量の上限は0.7とする。好ましくは0.6以下である。
【0016】
Siは、その酸化物がTi酸化物と比較して形成の自由エネルギーが小さく安定である。よって、更にSiを含有させた酸化物とすれば、安定な酸化物皮膜を形成できるので望ましい。この様な観点からは、Si量(c)を0.03以上とすることが好ましい。しかし、Siが過剰に含まれると、酸化物皮膜が非晶質化することから、Si量の上限は0.2とする。好ましくは0.1以下である。
【0017】
金属元素(Ti、Al、Si)と酸素の比率は、酸化物皮膜を構成する金属元素の種類と比率により変化する。理論的に、TiはTiO、AlはAl、SiはSiOを形成することから、上記(TiAlSi)Oからなる酸化物皮膜の場合、上記量論酸化物を形成した場合には、x=2a+1.5b+2cとなる。即ち、x/(2a+1.5b+2c)の値は、理論的には1であるが、実際には成膜条件等により変動する。成膜条件により酸化物皮膜中の酸素量が少なくなり、金属リッチになると、硬度が低下する傾向にある。よって本発明では、xの値が、量論酸化物を形成したときの酸素量(2a+1.5b+2c)の0.8倍以上、即ち、x/(2a+1.5b+2c)が0.8以上となるようにする。一方、xの値は、基本的に(2a+1.5b+2c)を超えることはないが、測定誤差などを勘案して(2a+1.5b+2c)の1.2倍を上限とする。
【0018】
上記第1の硬質皮膜としては、(Ti0.5Al0.5)Oや、(Ti0.5Al0.45Si0.05)Oが、好ましいものとして挙げられる。
【0019】
本発明では、第2の硬質皮膜として、
(TiCrAlSi)Oからなり、
0.05≦a≦0.4、
0.1≦d≦0.85、
0≦b≦0.7、
0≦c≦0.2、
a+b+c+d=1、
0.8≦[x/(2a+1.5d+1.5b+2c)]≦1.2
(a,d,b,cはTi,Cr,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。以下同じ)
を満たすことを特徴とする硬質皮膜を規定する。
【0020】
前記第1の硬質皮膜に、更にCrを添加することにより、皮膜中にCr−O結合が形成されて一層の高硬度化を図ることができる。この様な効果を十分発揮させるには、Cr量(d)を0.1以上とする必要があり、好ましくは0.15以上である。Cr酸化物はそれ自身耐摩耗性に優れることから、Crの割合を多くしても良いが、Cr量が0.8以上になると、AlやTiの割合が相対的に小さくなり、硬度が低下しやすくなる。よって、Cr量の上限を0.85とする。好ましくは0.7以下である。
【0021】
Al量(b)は、高硬度を維持するため、好ましくは0.1以上、より好ましくは0.2以上とする。一方、Al量が0.7を超えると非晶質になり、上述の通り高硬度を達成することが難しくなる。よって、Al量の上限は0.7とする。好ましくは0.6以下、より好ましくは0.5以下である。
【0022】
更にTiを添加することで、Cr単独の酸化物やCrとAlの酸化物の場合よりも高硬度化を図ることができる。よってTi量(a)を0.05以上とする。好ましくは0.1以上である。しかし、Tiが過剰に含まれると、第1の硬質皮膜の場合と同様に、皮膜の硬度が却って低下することから、Ti量の上限を0.4とする。好ましくは0.3以下、より好ましくは0.2以下である。
【0023】
Siは、その酸化物がTi酸化物と比較して形成の自由エネルギーが小さく安定している。よって、更にSiを含有させた酸化物とすれば、安定な酸化物皮膜を形成できるので望ましい。この様な観点からは、Si量(c)を0.03以上とすることが好ましい。しかし、Siが過剰に含まれると、皮膜が非晶質化することから、Si量の上限は0.2とする。好ましくは0.1以下である。
【0024】
第2の硬質皮膜においても、金属元素(Ti、Al、Cr、Si)と酸素の比率は、皮膜を構成する金属元素の種類と比率により変化する。理論的に、TiはTiO、CrはCr、AlはAl、SiはSiOを形成することから、上記(TiCrAlSi)Oからなる酸化物皮膜の場合、上記量論酸化物を形成した場合には、x=2a+1.5d+1.5b+2cとなる。即ち、x/(2a+1.5d+1.5b+2c)の値は、理論的には1であるが、実際には成膜条件等により変動する。成膜条件により酸化物皮膜中の酸素量が少なくなり、金属リッチになると、硬度が低下する傾向にある。よって本発明では、xの値が、量論酸化物を形成したときの酸素量(2a+1.5d+1.5b+2c)の0.8倍以上、即ち、x/(2a+1.5d+1.5b+2c)が0.8以上となるようにする。一方、xの値は、基本的に(2a+1.5d+1.5b+2c)を超えることはないが、測定誤差などを勘案して(2a+1.5d+1.5b+2c)の1.2倍を上限とする。
【0025】
上記第2の硬質皮膜としては、(Ti0.1Cr0.3Al0.6)Oや、(Ti0.1Cr0.4Al0.5)O、(Ti0.2Cr0.2Al0.55Si0.05)Oが、好ましいものとして挙げられる。
【0026】
本発明の硬質皮膜としては、第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜を単層として形成する他、これらを2以上積層させたものが挙げられる。
【0027】
本発明の硬質皮膜は、単層の場合であっても上記複数層の場合であってもトータルとしての膜厚は、0.05μm以上で20μm以下の範囲内とすることが望ましい。0.05μm未満だと、膜厚が薄すぎて優れた耐摩耗性が十分に発揮され難く、一方、上記膜厚が20μmを超えると、切削中に膜の欠損や剥離が発生するからである。
【0028】
本発明は、基材と、当該基材を被覆する前記第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜(以下、「硬質皮膜」と総称することがある)とを備えていることを特徴とする硬質皮膜被覆部材も含むものである。
【0029】
前記硬質皮膜被覆部材は、前記基材と前記硬質皮膜との間に配された、Ti、Crの1種以上を含む窒化物からなる中間層を更に備えているものであってもよい。上記第1の硬質皮膜や第2の硬質皮膜は、非常に安定な化合物であり、基材との反応性が低いことから密着性に劣る傾向がある。よって、上記の通り、基材と硬質皮膜の間に上記中間層を形成して、硬質皮膜の基材に対する密着性を向上させ、耐摩耗性を長期にわたり発揮させることが前記硬質皮膜被覆部材の好ましい形態として挙げられる。上記Ti、Crの1種以上を含む窒化物として、TiN、CrN、TiCrN、TiAlN、TiCrAlN、CrAlN等を用いることができる。
【0030】
上記中間層の厚みは、0.01μm以上で5μm以下の範囲内とすることが望ましい。0.01μm未満だと、膜厚が薄すぎて優れた密着性が十分に発揮され難く、一方、上記膜厚が5μmを超えると、切削中に膜の欠損や剥離が発生するからである。
【0031】
前記中間層と硬質皮膜の密着性をより高めるべく、前記硬質皮膜が、後述する通り、中間層の表面を基材温度500℃以上、酸素分圧1Pa以上の条件で酸化処理してから形成されたものとすることがより好ましい。
【0032】
また、中間層と硬質皮膜の密着性を高める別の態様として、前記中間層を、基材側から前記硬質皮膜側に向けて、窒素が減少し酸素が増大する組成傾斜層を有するものとすることがより好ましい。この様な組成傾斜層を設けることで、中間層を構成する窒化物と硬質皮膜の界面の急激な組成の変化を抑制し、密着性をより高めることができる。組成傾斜層における組成変化は、連続的でもよく段階的でもよい。また直線的でもよく曲線的でもよい。さらには単調に変化してもよく、増加と減少を繰り返しながら全体として一定方向に変化してもよい。
【0033】
前記基材は、下記の硬質皮膜被覆部材の種類によって適宜決定されるものであり、機械構造用炭素鋼、構造用合金鋼、工具鋼、ステンレス鋼などの各種鋼材や超硬合金などの金属材によって形成され、その表面にめっき層、溶射層などの中間層が形成されていてもよい。
【0034】
本発明の硬質皮膜被覆部材としては、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、鍛造加工、プレス成形、押し出し成形、せん断などの各種金型や、打ち抜きパンチ等の塑性加工用治工具等が挙げられるが、特に、連続切削に使用されるインサートや断続切削に使用されるエンドミル、フライスチップあるいはドリル等の切削工具に用いた場合にその効果が存分に発揮される。切削時の発熱で安定な酸化物を形成させることにより耐摩耗性を発揮させる窒化物膜の場合、切り粉が連続的にすくい面に当たり低酸素雰囲気となるため、安定な酸化物が十分に形成されず、耐摩耗性が発揮され難い。しかし、本発明の硬質皮膜で被覆されたものは、切り粉が連続的にすくい面に当たって低酸素雰囲気となる場合でも、優れた耐摩耗性を発揮する。この様な観点からは、特に、連続切削に使用されるインサートに適している。また、ダイカスト金型などの溶融金属と接触する部材にも、耐摩耗性皮膜や耐溶融性皮膜として使用できる。
【0035】
本発明の硬質皮膜は、ターゲットを用い、酸素分圧が0.5Pa以上4Pa以下の雰囲気中でカソード放電型アークイオンプレーティング法により形成することが推奨される。CVD法により例えばアルミナを形成する場合、形成時の基材温度が1000℃近くに達するため、基材の熱歪みの問題などがあり、精密な形状を有する工具には適用できないなどの問題がある。しかし上記方法によれば、基材温度をこの様な高温とすることなく、比較的低温で成膜を行うことができる。
【0036】
上記の通り、本発明では、PVD法の中でも、特にカソード放電型のアークイオンプレーティング法(以下「AIP法」ということがある)により硬質皮膜を形成する。スパッタリング法で上記酸素雰囲気において本発明の硬質皮膜の形成を行う場合、投入する酸素分圧と形成される硬質皮膜中の酸素量が線形の関係を示さないため、酸素分圧で形成される酸化物皮膜の組成をコントロールすることが難しい。また、成膜レートも小さいことから、AIP法による成膜が推奨される。
【0037】
成膜条件として、酸素分圧が0.5Pa以上4Pa以下の雰囲気とすれば、高速かつ安定した成膜を実現することができる。酸素分圧が0.5Pa未満の場合には、酸素が欠乏した酸化物皮膜(金属リッチな酸化物皮膜)、即ち、上記x/(2a+1.5b+2c)またはx/(2a+1.5d+1.5b+2c)が0.8を下回る酸化物皮膜が形成され、硬度の低いものとなる。酸素分圧は好ましくは1Pa以上である。一方、酸素分圧が4Paを超えると、成膜粒子のガスが散乱して成膜速度が遅くなるため、生産性の観点から好ましくない。酸素分圧は好ましくは2Pa以下とする。
【0038】
硬質皮膜形成時の基材温度は、500℃以上とすれば、結晶質の酸化膜を形成することができるので好ましい。より好ましくは550℃以上である。ただし、基材温度が高すぎると基材が劣化するので、750℃以下とすることが好ましく、より好ましくは700℃以下とする。
【0039】
中間層の形成方法は特に限定されず、例えば、TiN、CrNまたはTiAlNに例示される皮膜を、TiターゲットやCrターゲット、TiAlターゲットを用い、窒素雰囲気中にてAIP法やスパッタリング法で形成すればよい。
【0040】
中間層と硬質皮膜の密着性をより高めるには、上述した通り、前記中間層を形成した後に、基材温度500℃以上、酸素分圧1Pa以上の条件で該中間層の表面を酸化処理してから硬質皮膜を形成することが好ましい。好ましくは、基材温度を600℃以上、酸素分圧を5Pa以上にして酸化処理する。一方、基材温度が高すぎると、基材の劣化が生じやすくなるので、基材温度は750℃以下とすることが好ましく、より好ましくは700℃以下である。また、酸素分圧が高すぎると、酸化の進行が早くなり、窒化膜の大部分が酸化されてしまい密着性を確保できなくなるおそれがある。また、成膜レートも低下することから、酸素分圧は10Pa以下とすることが好ましい。
【0041】
また、中間層と硬質皮膜の密着性をより高めるべく、前記中間層として、基材側から前記硬質皮膜側に向けて窒素が減少し、酸素が増大する組成傾斜層を有するものを形成するには、例えば後述する実施例に示す通り、窒化物層を形成後、放電を持続させ、全圧力を低減させながら、窒素:酸素の比率を傾斜的に酸素が増加する方向に変化させて、上記組成傾斜層を形成することが挙げられる。
【0042】
図1は、本発明の硬質皮膜(および中間層)を製造するための成膜装置の構成例を示す概略説明図であり、この装置はAIP法とスパッタリング法を同時に行なえるように構成されたものである。図1に示した装置では、真空チャンバー1内に回転盤2が配置されており、この回転盤2に4個の回転テーブル3が対称に取り付けられる。各回転テーブル3には、被処理体(基材)5が取り付けられている。回転盤2の周囲には、複数(図1では2つ)のアーク蒸発源6a,6b(カソード側)、複数(図1では2つ)のスパッタ蒸発源6c,6d(カソード側)およびヒータ7a,7b,7c,7dが配置されている。各アーク蒸発源6a,6bおよびスパッタ蒸発源6c,6dには、夫々を蒸発させるためのアーク電源8a,8bおよびスパッタ電源8c,8dが配置されている。
【0043】
また図中11はフィラメント型イオン源、12はフィラメント加熱用交流電源、13は放電用直流電源であり、フィラメント加熱用交流電源12からの電流によりフィラメント(W製)を加熱し、放出される熱電子を放電用直流電源13によって真空チャンバーに誘導し、フィラメント−チャンバー間にプラズマ(Ar)を発生し、Arイオンを発生する。このArイオンを用いて、被処理体(基材)のクリーニングを実施する。真空チャンバー1内は、真空ポンプPによって、その内部が真空にされると共に、各種成膜用ガスがマスフローコントローラー9a,9b,9c,9dから導入されるように構成される。
【0044】
そして、各アーク蒸発源6a,6bおよびスパッタ蒸発源6c,6dに、各種組成のターゲットを用い、これらを成膜用ガス(O源含有ガスまたはN源含有ガス、またはこれらを不活性ガスで希釈したもの等)中で蒸発させながら、回転盤2および回転テーブル3を回転させれば、被処理体(基材)5の表面に硬質皮膜を形成することができる。尚、図中10は、被処理体(基材)5に負の電圧(バイアス電圧)を印加するために備えられたバイアス電源である。
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0046】
[実施例1]
前記図1に示す装置を用いて、表1に示す成分組成の酸化物皮膜を形成し、耐摩耗性の評価を行った。
【0047】
基材として、鏡面研磨した超硬合金(JIS−P種)基板または超硬合金製の切削用チップ(SNGA120408)を装置に導入し、1×10−3Pa以下に排気後に、基材温度が550℃となるまで加熱した。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施した。それから、まず約1μmのTiAlN膜を中間層として基板上に形成した。TiAlN膜の形成は、TiAlターゲットを用い、AIP法により、窒素分圧:4Paの雰囲気中で、基材温度:550℃、基板に印加するバイアス電圧:−30Vの条件で行った。
【0048】
次いで、上記中間層の表面に、表1に示す成分組成の酸化物皮膜(厚さ:約5μm)を、該酸化物皮膜の金属成分組成を有するターゲットを用い、AIP法にて、酸素分圧が1.3Paとなるよう酸素を導入し、150Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。酸化物皮膜の形成時には、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。
【0049】
比較例として、酸化物皮膜を形成せずに、TiAlN膜(厚さ:約5μm)のみを形成したサンプルも用意した。
【0050】
上記超硬合金基板上に成膜したサンプルを用いて、ビッカース硬度の測定(荷重0.25N、保持時間15秒)を行った。また、酸化物皮膜および中間層の成分組成をEDXで分析して求めた(尚、成分組成については、以下の実施例2〜5で形成した酸化物皮膜および中間層についても、本実施例1と同様にEDXで分析して確認した)。また、上記超硬合金製の切削用チップ上に成膜したサンプルを用いて、下記条件で切削試験を行い、摩耗量を測定して、耐摩耗性を評価した。これらの測定結果を表1に示す。
【0051】
[切削試験条件]
被削材:FCD400(生材)
速度:200m/分
深さ切込:3mm
送り:0.2mm/rev
ドライ切削、エアブロー無し
切削時間:5分
摩耗量:クレータ摩耗深さで評価
【0052】
【表1】

【0053】
表1より次の様に考察できる。即ち、本発明で規定する組成を満たす酸化物皮膜(硬質皮膜)は、硬度が高く、かつTiAlN膜と異なり、耐摩耗性に優れている。これに対し、本発明で規定する組成を満たさない酸化物皮膜は、硬度が低く、耐摩耗性に劣っている。
【0054】
[実施例2]
前記図1に示す装置を用いて、表2に示す中間層および本発明の硬質皮膜(酸化物皮膜)を基板上に形成し、密着性の評価を行った。
【0055】
鏡面研磨した超硬合金(JIS−P種)基板を装置に導入し、1×10−3Pa以下に排気後に、基材温度が550℃となるまで加熱した。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施した。それから、No.2〜10については、表2に示す中間層(厚さ:約1μm)を、該中間層の金属成分組成を含有するターゲットを使用し、AIP法により、基材温度:500℃、窒素圧力:4Pa、基板に印加するバイアス電圧:−50Vの条件で形成した。
【0056】
次いで、上記中間層の表面または基板上に、表2に示す成分組成の酸化物皮膜(硬質皮膜,厚さ:約5μm)を、該酸化物皮膜の金属成分組成を有するターゲットを用い、AIP法にて、酸素分圧が1.3Paとなるよう酸素を導入し、150Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。尚、酸化物皮膜の形成時には、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。
【0057】
表2のNo.8〜10は、上記中間層を形成後に、基材温度を650℃で保持し、酸素分圧を5Paと高めて、30分間酸化処理を実施してから上記酸化物皮膜(硬質皮膜)を形成した。
【0058】
上記成膜されたサンプルを用いて、皮膜の密着性の評価を行った。密着性は、ダイヤモンド圧子(200ミクロンR)を用いたスクラッチ試験により、皮膜の剥離し始める荷重で評価した。スクラッチ時の荷重増加速度は100N/分であり、スクラッチ速度は10mm/分とした。この測定結果を表2に示す。
【0059】
【表2】

【0060】
表2より次の様に考察できる。即ち、基材と硬質皮膜の間に中間層を設けることで密着性を向上させることができ、更に、上記中間層の表面を酸化処理してから硬質皮膜を形成することで、密着性がより高められることがわかる。
【0061】
[実施例3]
前記図1に示す装置を用いて、表3に示す中間層および本発明の硬質皮膜(酸化物皮膜)を基板上に形成し、密着性の評価を行った。
【0062】
鏡面研磨した超硬合金(JIS−P種)基板を装置に導入し、1×10−3Pa以下に排気後に、基材温度が550℃となるまで加熱した。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施した。それから、まず表3に示す中間層(厚さ:約1μm)を、該中間層の金属成分組成を含有するターゲットを使用し、AIP法により形成した。
【0063】
上記中間層として、組成傾斜層を有さない層を形成する場合、TiAlN膜は、バイアス電圧を−30Vとし、実施例1と同様にして形成した。また、TiCrAlN膜は、バイアス電圧を−70Vとし、該バイアス電圧を除き実施例1と同様にして形成した。
【0064】
また、上記中間層として、基材側から硬質皮膜側に向けて窒素が減少し、酸素が増大する組成傾斜層を有する層を形成する場合には、組成が一定である窒化物層を上記各バイアス電圧で形成後、放電を持続させ、全圧力を4→1.3Paと変化させながら、窒素:酸素の比率を傾斜的に酸素が増加する方向に変化させつつ、バイアス電圧も、硬質皮膜形成時のバイアス電圧(−100V)に傾斜(即ち、上記窒化物層として、TiAlN膜を形成する場合には、バイアス電圧を−30V→−100V、TiCrAlN膜を形成する場合には、バイアス電圧を−70V→−100Vに傾斜)させながら、組成傾斜層を形成した。
【0065】
次いで、上記中間層の表面に、表3に示す成分組成の酸化物皮膜(硬質皮膜,厚さ:約5μm)を、該酸化物皮膜の金属成分組成を有するターゲットを用い、AIP法にて、酸素分圧が1.3Paとなるよう酸素を導入し、150Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。尚、上記酸化物皮膜の形成時には、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。
【0066】
上記成膜されたサンプルを用いて、皮膜の密着性の評価を実施例2と同様に行った。この測定結果を表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
表3より次の様に考察できる。即ち、基材と硬質皮膜の間に中間層を設けた場合に、該中間層を、基材側から硬質皮膜側に向けて窒素が減少し、酸素が増大する組成傾斜層を有する層とすることによって、密着性がより高められることがわかる。
【0069】
[実施例4]
前記図1に示す装置を用いて、表4に示す中間層および本発明の硬質皮膜(酸化物皮膜)を基板上に形成し、成膜レートの評価を行った。
【0070】
鏡面研磨した超硬合金(JIS−P種)基板を装置に導入し、1×10−3Pa以下に排気後に、基材温度が550℃となるまで加熱した。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施した。それから、まず、実施例2と同様にして表4に示す成分組成の中間層(厚さ:約1μm)を形成した。
【0071】
次いで、上記中間層の表面に、表4に示す成分組成の酸化物皮膜(硬質皮膜,厚さ:約5μm)を、該酸化物皮膜の金属成分組成を有するターゲットを用い、AIP法で形成する場合には、酸素分圧が1.3Paとなるよう酸素を導入し、150Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。また、スパッタリング法で形成する場合には、Arと酸素の混合ガスとし、全圧を0.6Pa、酸素分圧を0.1Paとして硬質皮膜を形成した。尚、上記酸化物皮膜の形成時には、上記AIP法とスパッタリング法のどちらの場合も、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。
【0072】
上記成膜されたサンプルを用いて、酸化物皮膜(硬質皮膜)の膜厚を計測し、酸化物皮膜(硬質皮膜)部分の成膜レートを算出した。この測定結果を表4に示す。
【0073】
【表4】

【0074】
表4より次の様に考察できる。即ち、本発明で規定する通り、AIP法で形成することにより、スパッタリング法で形成する場合よりも成膜レートが格段に速いことがわかる。
【0075】
[実施例5]
前記図1に示す装置を用いて、中間層としてTiAlNを形成し、次いでx値の異なる(Ti0.43Al0.5Si0.07)Oまたは(Ti0.1Cr0.25Al0.65)Oを酸化物皮膜として形成し、x/(2a+1.5b+2c)またはx/(2a+1.5d+1.5b+2c)が、耐摩耗性や成膜レートに及ぼす影響を調べた。
【0076】
基材として、鏡面研磨した超硬合金(JIS−P種)基板または超硬合金製の切削用チップ(SNGA120408)を装置に導入し、1×10−3Pa以下に排気後に、基材温度が550℃となるまで加熱した。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施した。それから、まず実施例1の場合と同様にして約1μmのTiAlN膜を、基材上に形成した。
【0077】
次いで、上記中間層の表面に酸化物皮膜として、約3μmの(Ti0.43Al0.5Si0.07)OをTi0.43Al0.5Si0.07の組成を有するターゲットを用いて、または、約3μmの(Ti0.1Cr0.25Al0.65)OをTi0.1Cr0.25Al0.65の組成を有するターゲットを用いて、それぞれAIP法にて、酸素分圧を0.5〜5Paの範囲で変化させ、100Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。尚、酸化物皮膜の形成時には、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。
【0078】
上記超硬合金基板上に成膜したサンプルを用いて、酸化物皮膜の膜厚を計測し、酸化物皮膜部分の成膜レートを算出した。また、上記超硬合金製の切削用チップ上に成膜したサンプルを用いて、実施例1と同様にして耐摩耗性を評価した。これらの測定結果を表5に示す。
【0079】
【表5】

【0080】
表5より次の様に考察できる。即ち、x/(2a+1.5b+2c)またはx/(2a+1.5d+1.5b+2c)が本発明で規定する範囲内にあるものは、硬度が高く、耐摩耗性に優れている。これに対し、x/(2a+1.5b+2c)またはx/(2a+1.5d+1.5b+2c)が本発明で規定する下限値に満たないもの、即ち、金属リッチとなっている酸化物皮膜は、成膜レートは速いが耐摩耗性に劣っていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の硬質皮膜を製造するための成膜装置の構成例を示す概略説明図である。
【符号の説明】
【0082】
1 真空チャンバー
2 回転盤
3 回転テーブル
5 被処理体(基材)
6a,6b アーク蒸発源
6c,6d スパッタ蒸発源
7a,7b,7c,7d ヒータ
8a,8b アーク電源
8c,8d スパッタ電源
9a,9b,9c,9d マスフローコントローラー
10 バイアス電源
11 フィラメント型イオン源
12 フィラメント加熱用交流電源
13 放電用直流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に形成される硬質皮膜であって、
(TiAlSi)Oからなり、
0.3≦a≦0.7、
0.3≦b≦0.7、
0≦c≦0.2、
a+b+c=1、
0.8≦[x/(2a+1.5b+2c)]≦1.2
(a,b,cは夫々Ti,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。)
を満たすことを特徴とする硬質皮膜。
【請求項2】
基材の表面に形成される硬質皮膜であって、
(TiCrAlSi)Oからなり、
0.05≦a≦0.4、
0.1≦d≦0.85、
0≦b≦0.7、
0≦c≦0.2、
a+b+c+d=1、
0.8≦[x/(2a+1.5d+1.5b+2c)]≦1.2
(a,d,b,cはTi,Cr,Al,Siの原子比を示し、xはOの原子比を示す。)
を満たすことを特徴とする硬質皮膜。
【請求項3】
基材と、当該基材を被覆する請求項1または2に記載の硬質皮膜とを備えていることを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
【請求項4】
前記基材と請求項1または2に記載の硬質皮膜との間に配された、Ti、Crの1種以上を含む窒化物からなる中間層を更に備えている請求項3に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項5】
請求項1または2に記載の硬質皮膜が、前記中間層の表面を、基材温度500℃以上、酸素分圧1Pa以上の条件で酸化処理してから形成されたものである請求項4に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項6】
前記中間層が、基材側から請求項1または2に記載の硬質皮膜側に向けて、窒素が減少し酸素が増大する組成傾斜層を有する請求項4に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項7】
請求項1または2に記載の硬質皮膜の形成方法であって、酸素分圧が0.5Pa以上4Pa以下の雰囲気中でカソード放電型アークイオンプレーティング法により形成することを特徴とする硬質皮膜の形成方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−249664(P2009−249664A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−97131(P2008−97131)
【出願日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】