説明

硬質被覆層が高速断続切削ですぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】硬質被覆層が高速断続切削ですぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】下部層がTi化合物層、上部層が柱状結晶組織のZr含有α型Al層を蒸着した表面被覆切削工具であって、下部層の最表面層が、500nm以上の層厚を有するTiCN層からなり、該TiCN層の層厚方向500nmまでの深さ領域にのみ平均含有量0.5〜3原子%の酸素が含有され、また、下部層直上におけるZr含有α型Al結晶粒の横方向平均粒径は0.1〜0.3μmであり、上部層の上方におけるZr含有α型Al結晶粒の横方向平均粒径は0.5〜1.0μmであって、しかも、上部層全体のZr含有α型Al結晶粒について、工具基体表面の法線に対する(0001)面の法線がなす傾斜角が0〜10度であるZr含有α型Al結晶粒が、全体で45面積%以上、界面から上部層の膜厚1μm未満では(0001)配向が10%未満、(02−21)配向が30%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を、高速かつ切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する断続切削条件で行った場合でも、硬質被覆層がすぐれた付着強度を示すと同時にすぐれた耐チッピング性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有する酸化アルミニウム層(以下、Al層で示す。)あるいは、α型の結晶構造を有し、微量のZrを含有させたZr含有酸化アルミニウム層(以下、Zr含有Al層で示す)、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が知られている。
【0003】
しかし、上記従来の被覆工具は、例えば各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削では優れた耐摩耗性を発揮するが、これを、高速断続切削に用いた場合には、被覆層のチッピングが発生しやすく、工具寿命が短命になるという問題点があった。
そこで、被覆層の耐チッピング性、耐剥離性、耐摩耗性等を改善するために、硬質被覆層に種々の改良を加えた被覆工具が提案されている。
例えば、特許文献1に示すように、Al層からなる上部層の層厚方向の結晶粒径の大きさを調整することにより、耐剥離性と耐摩耗性を改善した被覆工具が提案されているが、この被覆工具は、上部層を構成するAl結晶粒の大きさの調整にあたり、蒸着速度を低下させることが必要とされるため、被覆工具の生産性に劣るという欠点があった。
また、Zr含有Al層からなる上部層の耐チッピング性改善に関するものとしては、例えば、特許文献2に示すように、構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつΣ3の分布割合が60〜80%である構成原子共有格子点分布グラフを示すZr含有Al層で上部層を構成した被覆工具が提案されているが、この被覆工具は、耐チッピング性には優れるものの、上部層−下部層間の層間密着性が十分ではなく、切削加工の条件によっては剥離が生じやすいという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭57−137460号公報
【特許文献2】特開2006−289557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化すると共に、切刃に高負荷が作用する傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削に用いた場合には問題はないが、特にこれを高熱発生を伴い、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件で用いた場合には、硬質被覆層を構成するTi化合物層からなる下部層とZr含有Al層からなる上部層の密着強度が不十分となり、上部層と下部層間での剥離、チッピング等の異常損傷の発生により、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、Ti化合物層からなる下部層とZr含有Al層からなる上部層の密着性を改善し、もって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止するとともに、工具寿命の長寿命化を図るべく鋭意研究を行った結果、
Ti化合物層からなる下部層とZr含有Al層からなる上部層とを被覆形成した被覆工具において、Zr含有Al層の層厚方向の粒径を制御するとともに、Zr含有Al結晶粒の配向性を制御することで、上部層と下部層の密着性を向上させ得るとともに、上部層全体の高温硬さと高温強度を維持することができるため、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削に用いた場合でも、上部層と下部層間での剥離、チッピング等の異常損傷の発生を抑制し得るとともに、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する被覆工具を得られることを見出したのである。
【0007】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層は、2〜15μmの平均層厚および化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するZr含有α型Al層(但し、原子比で、Zr/(Al+Zr+O)の比の値は0.0001〜0.003)、
上記(a)、(b)からなる硬質被覆層を被覆形成した表面被覆切削工具であって、
(c)上記下部層の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTi炭窒化物層からなり、該Ti炭窒化物層と上部層との界面から、該Ti炭窒化物層の層厚方向に500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており、かつ、該深さ領域に含有される平均酸素含有量は、該深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の0.5〜3原子%であり、
(d)上記下部層と上記上部層との界面直上における上記上部層のZr含有α型Alについて、電子線後方散乱回折装置を用いて、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射することにより、上記Zr含有α型Al結晶粒の粒径を測定した場合、界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域におけるZr含有α型Al結晶粒の横方向平均粒径は0.1〜0.3μmであり、一方、界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域におけるZr含有α型Al結晶粒の横方向平均粒径は0.5〜1.0μmであって、膜厚方向に成長した柱状結晶組織を有し、
(e)上部層全体の上記Zr含有α型Al結晶粒について、電子線後方散乱回折装置を用いて、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、その傾斜角が0〜10度の範囲内にある結晶粒の面積割合が、全体で45面積%以上、界面から上部層の膜厚1μm未満の領域では(0001)配向が10%未満、(02−21)配向が30%以上であることを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0008】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について詳細に説明する。
(a)Ti化合物層(下部層):
Ti化合物層(例えば、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層)は、基本的にはZr含有α型Al(以下、Zr含有Alという)層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体、Zr含有Al層のいずれにも密着し、硬質被覆層の工具基体に対する密着性を維持する作用を有するが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0009】
(b)下部層の最表面層:
この発明における下部層の最表面層は、例えば、以下のようにして形成する。
即ち、まず、通常の化学蒸着装置を使用して、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上からなる種々のTi化合物層を蒸着形成(なお、TiCN層のみを蒸着形成することも勿論可能である)した後、同じく通常の化学蒸着装置を使用して、
反応ガス組成(容量%):TiCl 2.5〜10%、CHCN 0.5〜1.0%、N 40〜60%、残部H
反応雰囲気温度:800〜900℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で化学蒸着して、下部層の最表面層として、例えば、酸素を含有するTiCN(以下、酸素含有TiCNという)層を形成する。
この際、所定層厚を得るに必要とされる蒸着時間終了前の5分〜30分の間は、全反応ガス量に対して1〜5容量%となるようにCOガスを添加して化学蒸着を行うことにより、層厚方向に500nmまでの深さ領域にのみ0.5〜3原子%の酸素を含有する酸素含有TiCN層を蒸着形成する。
【0010】
酸素含有TiCN層からなる上記下部層の最表面層は、例えば、その上に、好ましいZr含有Al結晶粒を形成するためには(後記(c)参照)、少なくとも500nm以上の層厚として形成するとともに、さらに、該酸素含有TiCN層と上部層との界面から、該酸素含有TiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域にのみ、0.5〜3原子%の酸素を含有させ、500nmを超える深さ領域には酸素を含有させていない酸素含有TiCN層で構成することが望ましい。
ここで、酸素含有TiCN層の500nmまでの深さ領域における平均酸素含有量を上記のように限定したのは、膜の深さ方向に500nmより深い領域において酸素が含有されていると、TiCN最表面の組織形態が柱状組織から粒状組織に変化するとともに、下部層の最表面層直上のZr含有Al結晶粒の配向性を所望のものとできなくなるばかりか、上部層と下部層の界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域(以下、下部層直上ともいう)において、工具基体表面と平行な面に沿って測定したZr含有Al結晶粒の粒径(以下、横方向粒径という)を0.1〜0.3μmの微細なものにすることができないためである。
また、深さ領域500nmまでの平均酸素含有量が0.5原子%未満では、上部層と下部層TiCNの付着強度の向上を望むことはできず、一方、該深さ領域における平均酸素含有量が3原子%を超えると、界面直上の上部層Zr含有Alにおいて、(0001)配向Zr含有Al結晶粒(なお、(0001)配向Zr含有Al結晶粒については、後記する。)の占める面積割合が、上部層全体のAlの全面積に対して45面積%未満となり、上部層の高温強度が低下するからである。
ここで、平均酸素含有量は、下部層の最表面層を構成する上記TiCN層と上部層との界面から、該TiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域におけるチタン(Ti),炭素(C),窒素(N)及び酸素(O)の合計含有量に占める酸素(O)含有量を原子%(=O/(Ti+C+N+O)×100)で表したものをいう。
【0011】
(c)上部層のZr含有Al結晶粒:
上記(b)で成膜した0.5〜3原子%の酸素を含有する酸素含有TiCN層の表面に、例えば、
反応ガス組成(容量%):CO 5〜10%、CO 5〜10%、残部H
雰囲気温度:900〜980℃、
雰囲気圧力:5〜15kPa、
という条件で、COとCO混合ガスによる酸化処理を行うことによって、α-Al核生成に必要なAl化合物の核をTi化合物層最表面に均一分散させることで、Al核生成前の工程において、Ti化合物層最表面にα-Al核を均一分散させることができる。
ついで、
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜3%、CO 1〜5%、ZrCl 0.2〜1.0%、残部H
反応雰囲気温度:900〜980℃、
反応雰囲気圧力:5〜15kPa、
時間:5〜30min、
の条件でZr含有Alを蒸着し、
ついで、
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜5%、ZrCl 0.2〜1.0%、CO 3〜10%、HCl 1〜5%、HS 0.1〜0.5%、残部H
反応雰囲気温度:900〜980℃、
反応雰囲気圧力:5〜15kPa、
時間:(目標とする上部層層厚になるまで)
という条件で上部層を蒸着することにより、
上部層と下部層の界面直上(下部層と上部層の界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域)には、Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径(工具基体表面と平行な面に沿って測定したZr含有Al結晶粒の平均粒径)が0.1〜0.3μmであり、また、界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域においては、横方向平均粒径が0.5〜1.0μmであるZr含有Al結晶粒からなる上部層が蒸着形成される。
しかも、この上部層は、膜厚方向に成長した柱状結晶組織を有し、さらに、上部層の全Zr含有α型Al結晶粒に占める面積割合が、全体で45面積%以上、界面から上部層の膜厚1μm未満の範囲内にある結晶粒の(0001)配向が10%未満、(02−21)配向が30%以上を占めるZr含有Al層から構成される。
【0012】
上記(c)のZr含有Al層は、その構成成分であるAlが、該層の高温硬さおよび耐熱性を向上させ、また、層中に微量(AlとOとの合量に占める割合で、Zr/(Al+Zr+O)が0.0001〜0.003(但し、原子比))含有されたZr成分が、Zr含有Al層自身の結晶粒界強度・高温強度を向上させるが、Zr成分の含有割合が0.0001未満では、上記作用を期待することはできず、一方、Zr成分の含有割合が0.003を超えた場合には、層中にジルコニウム酸化物粒子が析出することによって粒界強度が低下するため、Al成分とO成分との合量に占めるZr成分の含有割合(Zr/(Al+Zr+O)の比の値)は0.0001〜0.003(但し、原子比)と定めた。
【0013】
上記(c)のZr含有Al結晶粒は、層厚方向に縦長柱状組織として成長するが、上部層の層厚方向の位置によって、Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径は異なっている。
そして、Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径は、主として、下部層のTi化合物表面の粒径や上部層のZr含有Alの反応条件によって影響され、Ti化合物表面の粒径が微粒である場合には、下部層直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径は小さくなり、一方、Ti化合物表面の粒径が粗粒である場合には、下部層直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径は大きくなる。ただ、上部層と下部層の界面直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径が0.1μm未満になると、相対的にZr含有Al結晶粒の粒径が小さすぎるため、下部層直上Ti化合物表面の凹凸との結合性が悪くなるため、上部層Zr含有Al結晶粒との付着強度が弱くなる。逆に、界面直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径が0.3μmを超えると上部層のZr含有Alが粗粒化し、耐チッピング性が低下してしまうことから、上部層と下部層の界面直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径(工具基体表面と平行な面に沿って測定したZr含有Al結晶粒の平均粒径)は、下部層のTi化合物表面の粒径を調整することによって、0.1〜0.3μmとすることが必要である。下部層のTi化合物表面の粒径を調整するには、下部層(b)最表面層の成長時にTiClとCHCNの比およびCOガス量を調整することにより、下部層(b)最表面層の粒径を0.1〜0.3μm程度にすることで、所望のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径を得ることができる。
そして、上部層と下部層の界面直上に、0.1〜0.3μmという微細な横方向平均粒径のZr含有Al結晶粒が形成されていることによって、下部層と上部層の層間付着強度が向上し、高熱発生を伴い、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件下における被覆工具の耐剥離性、耐チッピング性を高めることができる。
なお、上部層と下部層の界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域において、Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径が0.5μm未満になると上部層Zr含有Al結晶粒との付着強度が弱くなり、逆に、1.0μmを超えるとZr含有Alの粗粒化により、耐チッピング性が低下してしまうことから、Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径は0.5〜1.0μmとすることが必要である。
【0014】
上記Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径は、上部層と下部層の界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域(界面直上)において、また、上部層と下部層の界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域において、電子線後方散乱回折装置を用いて、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射することにより測定し、その測定値の平均値を算出することにより、下部層直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径および上部層と下部層の界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域におけるZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径を求めることができる。
【0015】
上記(c)のZr含有Al結晶粒は、上部層全体のZr含有Al結晶粒に対して(0001)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合が、全体として45面積%以上、界面から上部層の膜厚1μm未満の領域では(0001)配向が10%未満、(02−21)配向が30%以上を占めるが、(02−21)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合は、上記蒸着条件のうちの、AlClガスとCOガス量が影響する。(02−21)配向が30%未満である場合は、Zr含有Al結晶粒の(0001)配向柱状組織が層厚方向から傾いた方向に成長し、所望の(0001)配向の面積割合を得ることができない。
界面から上部層の膜厚1μm未満の領域で(0001)配向が10%未満、(02−21)配向が30%以上であることで、上部層のZr含有Alと下部層との付着強度が向上する。
そして、(0001)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合が、全体として45面積%以上を占める場合に、上部層のZr含有Alの高温硬さ、高温強度が維持されることから、本発明では、上部層の(0001)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合を、45面積%以上と定めた。
【0016】
上記(0001)および(02−21)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合は、電子線後方散乱回折装置を用いて、上部層の断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)および(02−21)面の法線がなす傾斜角を測定し、その傾斜角が0〜10度であるZr含有Al結晶粒が、上部層の全Zr含有Al結晶粒に占める面積割合の測定平均値として求めることができる。
なお、Zr含有Al結晶粒からなる上部層全体の平均層厚が、2μm未満であると長期の使用にわたってすぐれた高温強度および高温硬さを発揮することができず、一方、15μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、上部層の平均層厚は2〜15μmと定めた。
【発明の効果】
【0017】
この発明の被覆工具は、硬質被覆層の下部層最表面に、酸素含有TiCN層を形成することにより、上部層と下部層の界面直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径を0.1〜0.3μmに調整し、また、上部層と下部層の界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域においては、Zr含有Al結晶粒の横方向平均粒径を0.5〜1.0μmに調整し、さらに、上部層のZr含有Al結晶粒の(0001)配向の面積割合を45面積%以上と定めていることから、上部層と下部層の付着強度を高めることができるとともに、上部層の高温硬さ、高温強度を維持することができるので、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を高速で、かつ切れ刃に対して断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件で行っても、すぐれた高温強度と高温硬さを示し、硬質被覆層のチッピング、剥離の発生もなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮するものである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0019】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eをそれぞれ製造した。
【0020】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2 C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分に幅:0.1mm、角度:20度のチャンファーホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜eを形成した。
【0021】
ついで、これらの工具基体A〜Eおよび工具基体a〜eのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、
(a)まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表6に示される目標層厚のTi化合物層を蒸着形成した。
(b)表4に示される条件にて、下部層の最表面層としての酸素含有TiCN層(即ち、該層の表面から500nmまでの深さ領域にのみ、0.5〜3原子%(O/(Ti+C+N+O)×100)の酸素が含有される)を表6に示される目標層厚で形成し、
(c)ついで、表5に示される条件にて、上部層のZr含有Al層を表6に示される目標層厚で形成することにより、
本発明被覆工具1〜10をそれぞれ製造した。
【0022】
また、比較の目的で、上記本発明被覆工具1,2,6,7の上記工程(b)を行わずに、その他は本発明被覆工具1,2,6,7と同一の条件で成膜することにより、表7に示す比較被覆工具1,2,6,7を製造した。
さらに、比較のため、上記本発明被覆工具3〜5,8〜10の上記工程(b)から外れた条件(表4で、本発明外として示す)で酸素を含有させ,また、同じく(c)から外れた条件(表5で、本発明外として示す)でZr含有Al層を形成し、その他は本発明被覆工具3〜5,8〜10と同一の条件で成膜することにより、表7に示す比較被覆工具3〜5,8〜10を製造した。
【0023】
ついで、上記の本発明被覆工具1〜10と比較被覆工具1〜10については、下部層の最表面層を構成するTiCN層について、該TiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域における平均酸素含有量(=O/(Ti+C+N+O)×100)、さらに、500nmを超える深さ領域における平均酸素含有量(=O/(Ti+C+N+O)×100)を、オージェ電子分光分析器を用い、被覆工具の断面研磨面に下部層Ti炭窒化物層の最表面からTi炭化物層の膜厚相当の距離の範囲に直径10nmの電子線を照射させていき、Ti,C,N,Oのオージェピークの強度を測定し、それらのピーク強度の総和からOのオージェピークの割合から算出した。
表6,7にこれらの値を示す。
【0024】
また、上記の本発明被覆工具1〜10と比較被覆工具1〜10について、下部層と上部層の界面直上におけるZr含有Al結晶粒の横方向粒径と、下部層と上部層の界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域におけるZr含有Al結晶粒の横方向粒径を、電子線後方散乱回折装置を用いて測定し、測定値の平均から、それぞれの横方向平均粒径を求めた。
より具体的には、以下のとおりである。
下部層と上部層の界面直上(界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域)におけるZr含有Al結晶粒について、電子線後方散乱回折装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、観察倍率10,000倍で測定し、その菊池線回折図形から、Zr含有α型Al層の各結晶粒のおける横方向の線分測定点10箇所の測定値の平均から、横方向平均粒径を求めた。
同様にして、下部層と上部層の界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域におけるZr含有Al結晶粒についても、測定点10箇所の測定値の平均から、横方向平均粒径を求めた。
表6,7にこれらの値を示す。
【0025】
つぎに、本発明被覆工具1〜10、比較被覆工具1〜10の硬質被覆層の上部層全体の(0001)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合および下部層と上部層の界面直上(界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域)における(0001)または(02−21)配向の面積割合については、電子線後方散乱回折装置を用い、前記と同様、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)および(02−21)面の法線がなす傾斜角を測定し、その傾斜角が0〜10度である結晶粒((0001)または(02−21)配向Zr含有Al結晶粒)の面積割合を測定することによって求めた。
なお、ここでいう「上部層全体」とは、下部層と上部層との界面から上部層最表面までの上部層全ての測定範囲をいう。
表6,7にこれらの値を示す。
【0026】
また、本発明被覆工具1〜10、比較被覆工具1〜10の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて観察倍率2,000倍にて観察(縦断面測定)を行い、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
また、上部層Zr含有Al結晶粒中のZr含有割合については、二次イオン質量分析装置を用いて、鏡面研磨加工した断面を測定し、観察倍率10,000倍での異なる視野5点の平均値を実測値とした。
【0027】
【表1】



【0028】
【表2】



【0029】
【表3】



【0030】
【表4】



【0031】
【表5】



【0032】
【表6】



【0033】
【表7】



【0034】
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜10、比較被覆工具1〜10の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
被削材:JIS・S30Cの長さ方向等間隔8本縦溝入り、
切削速度:410m/min.、
切り込み:1.8mm、
送り:0.4mm/rev.、
切削時間:5分、
の条件(切削条件Aという)での炭素鋼の湿式高速断続切削試験(通常の切削速度は、250m/min.、)、
被削材:JIS・SCM445の長さ方向等間隔8本縦溝入り、
切削速度:390m/min.、
切り込み:2.5mm、
送り:0.3mm/rev.、
切削時間:5分、
の条件(切削条件Bという)でのニッケルクロムモリブデン合金鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、200m/min.)、
被削材:JIS・FCD450の長さ方向等間隔8本縦溝入り、
切削速度:410m/min.、
切り込み:2.8mm、
送り:0.4mm/rev.、
切削時間:5分、
の条件(切削条件Cという)でのダクタイル鋳鉄の乾式高速高切込切削試験(通常の切削速度は、180m/min.)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
表8にこの測定結果を示した。
【0035】
【表8】



【0036】
表6〜8に示される結果から、本発明被覆工具1〜10は、いずれも、下部層の最表面に酸素含有TiCN結晶粒が形成され、下部層と上部層の界面直上のZr含有Al結晶粒の横方向平均粒径が0.1〜0.3μmと微細であって、かつ、上部層全体のZr含有Al結晶粒に占める(0001)配向Zr含有Al結晶粒の面積割合は45面積%以上であることから、上部層−下部層間の付着強度に優れ、しかも、上部層はすぐれた高温硬さと高温強度を有するので、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を高速でかつ切れ刃に対して断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件で行っても、チッピング、剥離の発生はなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する。
しかるに、比較被覆工具1〜10では、高速断続切削加工においては、硬質被覆層のチッピング発生、剥離発生により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0037】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削は勿論のこと、高熱発生を伴い、かつ、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削という厳しい切削条件下でも、硬質被覆層のチッピング、剥離が発生することはなく、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層は、2〜15μmの平均層厚および化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するZr含有α型Al層(但し、原子比で、Zr/(Al+Zr+O)の比の値は0.0001〜0.003)、
上記(a)、(b)からなる硬質被覆層を被覆形成した表面被覆切削工具であって、(c)上記下部層の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTi炭窒化物層からなり、該Ti炭窒化物層と上部層との界面から、該Ti炭窒化物層の層厚方向に500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており、かつ、該深さ領域に含有される平均酸素含有量は、該深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の0.5〜3原子%であり、
(d)上記下部層と上記上部層との界面における上記上部層のZr含有α型Alについて、電子線後方散乱回折装置を用いて、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射することにより、上記Zr含有α型Al結晶粒の粒径を測定した場合、界面から上部層の膜厚方向1μm未満の領域におけるZr含有α型Al結晶粒の横方向平均粒径は0.1〜0.3μmであり、一方、界面から上部層の膜厚方向1μm以上の領域におけるZr含有α型Al結晶粒の横方向平均粒径は0.5〜1.0μmであって、膜厚方向に成長した柱状結晶組織を有し、
(e)上部層全体の上記Zr含有α型Al結晶粒について、電子線後方散乱回折装置を用いて、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、その傾斜角が0〜10度の範囲内にある結晶粒の面積割合が、全体で45面積%以上、界面から上部層の膜厚1μm未満の領域では(0001)配向が10%未満、(02−21)配向が30%以上であることを特徴とする表面被覆切削工具。




















【公開番号】特開2013−111720(P2013−111720A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261615(P2011−261615)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】