説明

耐剥離性に優れる表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具

【課題】高硬度鋼の高速切削加工ですぐれた耐剥離性を発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具を提供する。
【解決手段】立方晶窒化ほう素の含有量が50〜85容量%のcBN基超高圧焼結体の表面に硬質被覆層を形成してなる切削工具において、(a)硬質被覆層は、0.5〜5μmの平均層厚を有する下部層と上部層とからなり、(b)下部層は、TiN膜からなり、上部層は、組成式:[Ti1−XAl]N(Xは原子比で0.15〜0.65)を満足するTiとAlの複合窒化物層からなり、(c)逃げ面、すくい面、ホーニング部のナノインデンテーション硬さ、残留応力、表面粗さを所定の値とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被覆層がすぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性とともに、すぐれた密着性を具備し、したがって、合金鋼、軸受鋼の焼入れ材などの高硬度鋼の高速切削加工に用いた場合にも、すぐれた耐剥離性を発揮し、長期の切削にわたって被削材のすぐれた仕上げ面精度を維持することができる、立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料で構成された切削工具基体の表面に硬質被覆層を形成した表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具(以下、被覆cBN基焼結工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆cBN基焼結工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップや、スローアウエイチップを着脱自在に取り付けて、面削加工や溝加工、さらに肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミルなどが知られている。
【0003】
また、被覆cBN基焼結工具としては、各種の立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料(以下、cBN基焼結材料という)で構成された工具本体の表面に、Ti窒化物(TiN)層、TiとAlの複合窒化物([Ti,Al]N)層などの表面被覆層を蒸着形成してなる被覆cBN基焼結工具が知られており、これらが例えば各種の鋼や鋳鉄などの切削加工に用いられていることも知られている。
【0004】
さらに、前記被覆cBN基焼結工具が、例えば、図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に前記切削工具基体を装入し、ヒーターで装置内を、例えば、500℃に加熱した状態で、金属Tiや、それぞれ所定の組成を有するTi−Al合金からなるカソード電極(蒸発源)と、アノード電極との間に、例えば、90Aの電流を印加してアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば、2Paの反応雰囲気とし、一方、前記切削工具基体には、例えば、−100Vのバイアス電圧を印加した条件で、前記切削工具基体の表面に、TiN層や[Ti,Al]N層など、所望の成分組成の層を蒸着形成することにより製造されることも知られている(例えば、特許文献1参照)。さらに、前記切削工具基体の表面に形成する硬質被覆層の表面粗さおよび残留応力を調整して耐摩耗性、耐欠損性を向上させた表面被覆切削工具も知られている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−3284号公報
【特許文献2】特開2005−271190号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は、通常の切削条件に加えて、より高速条件下での切削加工が要求される傾向にあるが、前記従来被覆工具においては、各種の鋼や鋳鉄を通常条件下で切削加工した場合に特段の問題は生じない。しかし、これを、合金鋼、軸受鋼の焼入れ材などのビッカース硬さ(Cスケール)50以上の高い硬さを有する高硬度鋼の高速連続切削あるいは高速断続切削に用いた場合には、cBN基焼結材料と硬質被覆層の付着強度が十分でないために、刃先に剥離が生じて、切削寿命が低下してしまうという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、特に合金鋼、軸受鋼の焼入れ材などの高硬度鋼の高速連続切削あるいは高速断続切削(以下、単に「高速切削」という)加工で、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性を発揮する被覆cBN基焼結工具を開発すべく研究を行った結果、
a) 硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物([Ti1−XAl]N)層は、Alの含有割合X(原子比)の値が、0.15〜0.65の範囲内において所定の耐熱性、高温硬さおよび高温強度を有し、通常の切削加工条件下において必要とされる耐摩耗性は具備しているが、切刃部にきわめて大きな発熱を伴い、あるいは同時に、切刃部に断続的・衝撃的に大きな機械的負荷がかかる高硬度鋼の高速切削加工においては、TiとAlの複合窒化物([Ti1−XAl]N)層からなる硬質被覆層は高温強度が不足するために、切刃の境界部分に境界異常損傷が生じ、そして、これが原因となり被削材の仕上げ面精度を維持することができず、比較的短時間で使用寿命に達してしまうこと。
(b)一方、Ti窒化物(TiN)層は、優れた高温強度、耐衝撃強さを有しているが、耐熱性、高温硬さが十分とはいえないため、大きな発熱を伴い、大きな機械的負荷がかかる高硬度鋼の高速切削加工においては、硬質被覆層をTi窒化物(TiN)層のみで構成しても十分な耐摩耗性を具備するとは言えないこと。
(c)前記(a)のAlの含有割合Xが15〜65原子%の耐熱性、高温硬さおよび所定の高温強度を有する[Ti1−XAl]N(ただし、原子比で、Xは0.15〜0.65)層(以下、上部層という)と、前記上部層に比べれば耐熱性、高温硬さは劣るものの、その一方で、すぐれた高温強度、耐衝撃強度を有するTi窒化物(TiN)層(以下、下部層という)を、それぞれの一層平均層厚を0.5〜5μmの薄層とした状態で積層して硬質被覆層を構成すると、この2層積層構造の硬質被覆層は、上部層のもつすぐれた耐熱性、高温硬さを備えるとともに、下部層のもつより一段とすぐれた高温強度と耐衝撃強度を相兼ね備えるようになり、その結果、耐剥離性が向上すること。
(d)さらに前記硬質皮膜層表面に、Arボンバード処理を行うことにより、硬質被覆層の逃げ面、すくい面およびホーニング部における表面粗さ、残留応力、ナノインデンテーション硬さをそれぞれ所定の値にすることができ、これによりチッピングの発生が抑制され、その結果、耐摩耗性が向上する。
【0008】
以上(a)〜(d)に示される研究結果を得たのである。
【0009】
本発明は、前記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「 立方晶窒化ほう素の含有量が50〜85容量%の立方晶窒化ほう素基高圧焼結体からなる工具基体の表面に硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具において、
前記硬質被覆層が、
(a)0.5〜5μmの平均層厚を有するTiN膜からなる下部層と、
(b)0.5〜5μmの平均層厚を有する組成式:[Ti1−XAl]N(ただし、原子比で、Xは0.15〜0.65を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物膜からなる上部層とからなるとともに、
(c)前記硬質被覆層のホーニング部において、前記TiN膜からなる下部層が露出し、
(d)前記下部層のTiN膜の逃げ面、すくい面の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さが20GPa以上30GPa未満、また、ホーニング部の露出しているTiN膜の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さが30GPa以上40GPa未満であり、
(e)逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層の残留応力が−1.0GPaより大きく−0.1GPa以下、ホーニング部の露出しているTiN膜からなる下部層の残留応力が−2.5GPaより大きく−1.2GPa以下であり、
(f)逃げ面、すくい面のTiとAlの複合窒化物膜からなる上部層の表面粗さがRaで0.10μm以上0.20μm未満、ホーニング部の露出している下部層の表面粗さがRaで0.01μm以上0.10μm未満であり、
(g)ホーニング部における立方晶窒化ほう素基超高圧焼結体のバインダー相のTiNの残留応力が、その上部に成膜されたホーニング部のTiNの残留応力との応力差が1GPa以内であることを特徴とする耐剥離性、耐摩耗性を長期にわたって発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0010】
つぎに、本発明の被覆cBN基焼結工具において、これを構成する切削チップ本体のcBN基焼結材料の配合組成および硬質被覆層の組成、層厚を限定した理由を説明する。
(a)工具基体本体のcBN基焼結材料の配合組成
立方晶窒化ほう素の含有量が85容量%を超えると窒化ほう素基自体の焼結性が低下し、その結果、切れ刃にチッピングが発生しやすくなる。一方、50容量%未満だと所望の優れた耐摩耗性を確保することができない。したがって、立方晶窒化ほう素の含有量を50〜85容量%と定めた。
(b)硬質被覆層の下部層
硬質被覆層の下部層を構成するTiN膜におけるTi成分は高温強度、衝撃強さの維持に寄与することから、硬質被覆層の下部層を構成するTiN膜は、所定の高温強度を具備する層であって、焼入れ鋼等の高硬度鋼の高速切削加工時における切刃部の耐摩耗性を確保する役割を基本的に担う。
【0011】
また、下部層の平均層厚が0.5μm未満では、自身のもつ耐熱性、高温硬さおよび高温強度を硬質被覆層に長期に亘って付与できず、工具寿命短命の原因となり、一方、その平均層厚が5μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を0.5〜5μmと定めた。
(c)硬質被覆層の上部層
(イ)上部層の目標組成
上部層を構成するTiとAlの複合窒化物([Ti1−XAl]N)層(ただし、原子比で、Xは0.15〜0.65を示す)は、所定の耐熱性、高温硬さおよび高温強度を具備し、焼入れ鋼等の高硬度鋼の高速切削加工時における切刃部の耐摩耗性を確保する作用を有する。ただし、Alの含有量が、原子比で0.65を超えると上部層の高温強度が低下してチッピングが発生しやすくなる。一方、0.15未満では、高温硬さと耐熱性が低下し耐摩耗性が低下する。したがって、Xの値は、0.15〜0.65と定めた。
(ロ)上部層の平均層厚
上部層の平均層厚が0.5μm未満では上部層の備えるすぐれた特性を発揮することができず、この結果、下部層との相乗効果によるすぐれた高温硬さ、高温強度および耐熱性と、より一段とすぐれた高温強度と耐衝撃強さを確保することができなくなり、一方、平均層厚が5μmを越えると高温強度、耐衝撃強さの不足、耐熱性、高温硬さの不足が層内に局部的に現れるようになり、これが原因で、切刃刃先の剥離が発生したり、摩耗が急速に進行したりするようになることから、上部層の平均層厚は0.5〜5μmと定めた。
(ハ)逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さおよびホーニング部の露出しているTiN膜の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さ
逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さは、20GPa未満では耐摩耗性向上効果が得られないため好ましくなく、30GPaを超えると耐摩耗性は向上するがチッピングが発生しやすくなる。したがって、20GPa以上30GPa未満と定めた。また、ホーニング部の露出しているTiN膜においては、30GPa未満では耐摩耗性向上効果が得られないため好ましくなく、40GPaを超えると耐摩耗性は向上するがチッピングが発生しやすくなる。したがって、30GPa以上40GPa未満と定めた。さらに、このように逃げ面、すくい面、ホーニング部のナノインデンテーション硬さを定めることによって、逃げ面およびすくい面のナノインデンテーション硬さの方が、ホーニング部のナノインデンテーション硬さよりも小さくなるので、ホーニング部のチッピングが生じにくくなる。すなわち、逃げ面、すくい面およびホーニング部のナノインデンテーション硬さを前記の関係とすることにより、切削時のホーニング部での衝撃を緩和することができ、切削時に最も切削抵抗が大きくなるホーニング部での剥離を抑制することができる。
【0012】
なお、逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層のナノインデンテーション硬さを20GPa以上30GPa未満とし、ホーニング部の露出しているTiN膜のナノインデンテーション硬さを30GPa以上40GPa未満とするためには、例えばArボンバード処理を行うことにより達成できる。ここで、前記Arボンバード処理とは、減圧状態の不活性ガス(ここでは、Arガス)放電中で形成された正イオン(Ar+ )を、負に印加した硬質被膜層(ここでは、下部層を形成するTiN膜)に衝突させ、正イオン(Ar+ )によるスパッタ効果で、表面にある付着不純物や薄い酸化皮膜層などを除去したり、表面を粗面化・活性化したり、含浸不純物(水分その他)を叩き出すために施す処理方法であり、場合によっては硬質被膜層の表層部分の硬さが向上する。
【0013】
ここで、ナノインデンテーション硬さを求めるナノインデンテーション法について説明する。ナノインデンテーション法は、文献「トライボロジスト、第47巻、第3号、(2002)p177〜183」に詳しく説明されている硬さ試験の一種である。従来のヌープ硬度測定法やビッカース硬度測定法は、押し込み後の圧痕形状から硬度を求めているが、ナノインデンテーション法は、圧子の押し込み時の荷重と深さの関係から硬さやヤング率を求める方法である。
【0014】
これらの試験方法を図3に示す。ビッカース硬度やヌープ硬度のような従来の硬度測定法では、光学顕微鏡で人が測定するので、圧痕形状が大きくなければ測定できなかった。従って、図3(B)に示すように、圧子30の押し込み荷重を大きくし、圧痕の幅Wを大きくして測定せざるを得なかった。ところが、このとき被覆膜20と基材10の両方に圧痕が付くので、基材の影響を受けた硬度が得られていた。
【0015】
これに対して本発明では、ナノインデンテーション法により、基材の影響のない、被覆膜だけの硬度を求めた。具体的には、図3(A)に示すように圧子30を被覆膜20の膜厚の約1/10以下の深さになるように荷重100mgで押し込んで、基材10の影響を取り除いて硬度の測定を行なう。例えば、1μmの最外層の硬度を測定する場合、押し込み深さは100nm以下とすることが望ましい。ナノインデンテーション法では機械的に深さを求めるので、前記のような小さな深さでも高精度の測定ができる。最大押し込み深さhmaxだけ圧子30を押し込み、hmaxと荷重から硬度などを算出する。荷重を除去すると、弾性変形分だけ元に戻るので、圧痕の深さはhmaxより浅くなる。
【0016】
ナノインデンテーション法による硬度は、被覆膜表面の凹凸や、平均粒子径、残留応力、被覆膜の厚さの影響を受けるので、従来の硬度とは異なり状況によってかなり値がばらつく。しかし、ナノインデンテーション法による被覆切削工具の最外層の硬度は、切削性能に影響を与える因子の1つである。
(ニ)逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層の残留応力とホーニング部の露出しているTiN膜からなる下部層の残留応力
逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層においては、残留応力が、−1.0GPa以下だと高負荷切削では皮膜内部あるいは上部層と下部層の皮膜界面にクラックが発生しチッピングしやすくなる。一方、−0.1GPaより大きいと所望の硬さが得られず、耐摩耗性が低下する。また、ホーニング部の露出しているTiN膜からなる下部層においては、残留応力が−2.5GPa以下だと高負荷切削では皮膜内部あるいは皮膜と基体の界面にクラックが発生しやすくなり、−1.2GPaを超えると所望の硬さが得られず耐摩耗性が低下する。そこで、逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層の残留応力は、−1.0GPaより大きく−0.1GPa以下と定め、ホーニング部の露出しているTiN膜からなる下部層の残留応力は、−2.5GPaより大きく−1.2GPa以下と定めた。
(ホ)硬質被覆層表面の表面粗さRa
硬質被覆層表面の表面粗さRaは、逃げ面およびすくい面においては、0.10μm未満とすることは製造コストの上昇につながるため好ましくなく、0.20μmを超えると皮膜表面の切削抵抗が大きくなりチッピングが発生しやすくなるため、0.10μm以上0.20μm未満と定めた。また、ホーニング部においては、0.01μm未満とすることは製造コストの上昇につながるため好ましくなく、0.10μmを超えると皮膜表面の切削抵抗が大きくなりチッピングが発生しやすくなるため、0.01μm以上0.10μm未満と定めた。なお、硬質被覆層表面の表面粗さRaは、逃げ面およびすくい面においては0.10μm以上0.15μm未満、ホーニング部においては0.05μm以上0.10μm未満がより好ましい。
(d)基体残留応力
ホーニング部における立方晶窒化ほう素基超高圧焼結体のバインダー相のTiNの残留応力と、その上部に成膜されたホーニング部のTiNの残留応力との応力差が1GPaより大きくなると、基体界面にクラックが発生しやすくなるため、前記応力差を1GPa以内と定めた。
【発明の効果】
【0017】
本発明の被覆cBN基焼結工具は、硬質被覆層が上部層と下部層との二層積層構造とするとともに、硬質被覆層の表面粗さ、残留応力、ナノインデンテーション硬さを逃げ面、すくい面およびホーニング部のそれぞれについて規定することによってすぐれた耐熱性、高温硬さ、高温強度および耐衝撃強さを兼ね備えることから、特に合金鋼、軸受鋼の焼入れ材などのような高硬度鋼の、高熱発生を伴う、かつ、切刃部に断続的・衝撃的な機械的負荷が加わる高速連続切削あるいは高速断続切削という厳しい条件下の切削加工であっても、前記硬質被覆層に剥離の発生はなく、長期に亘って、すぐれた耐摩耗性を発揮するとともに、被削材のすぐれた仕上げ面精度を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の被覆cBN基焼結工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【図2】通常のアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。
【図3】(A)はナノインデンテーション法の説明図、(B)は従来の高度測定法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
つぎに、本発明の被覆cBN基焼結工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0020】
原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有する立方晶窒化硼素(cBN)粉末、窒化チタン(TiN)粉末、Al粉末、酸化アルミニウム(Al)粉末を用意し、これら原料粉末を表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とし、この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:5GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結し、焼結後上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて一辺3mmの正三角形状に分割し、さらにCo:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびCIS規格SNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×一辺長さ:12.7mmの正三角形)をもったWC基超硬合金製チップ本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Cu:26%、Ti:5%、Ni:2.5%、Ag:残りからなる組成を有するAg合金のろう材を用いてろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格SNGA120412のチップ形状をもった工具基体A〜Jをそれぞれ製造した。
(a)ついで、前記工具基体A〜Jのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、一方側のカソード電極(蒸発源)として、下部層形成用の金属Tiを、また、他方側のカソード電極(蒸発源)として、それぞれ表3に示される目標組成に対応した成分組成をもった上部層形成用のTi−Al合金を前記回転テーブルを挟んで対向配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、Arガスを導入して、0.7Paの雰囲気とすると共に、前記テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、もって工具基体表面をアルゴンイオンによってボンバード洗浄し、
(c)装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して3Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ前記下部層形成用の金属Tiとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記工具基体の表面に、表3に示される目標層厚のTiN層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、
(d)ついで装置内に導入する反応ガスとしての窒素ガスの流量を調整して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−10〜−100Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加した状態で、前記上部層形成用のTi−Al合金のカソード電極とアノード電極との間に50〜200Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、前記下部層の上に表3に示される目標組成、目標層厚の上部層としての[Ti,Al]N層を蒸着形成する。
(e)さらに上記皮膜の表面処理として、例えば以下のような条件のArボンバード処理を断続的に行うことにより、ホーニング部の上部層のみを除去し、下部層のTiNを露出させる。
Ar圧力を1〜2Pa、バイアス電圧を−200V、ボンバード処理時間を5〜20secとし、それぞれの処理の間に5secの未処理の時間を設け、これを5〜20回繰り返す。Ar圧力が1Pa未満、ボンバード処理時間が5sec未満、あるいは繰り返し回数が4回以下だとArボンバード処理の効果が弱いため、下部層のTiNが露出せず、さらに硬質被覆層の逃げ面、すくい面およびホーニング部における表面粗さ、残留応力、ナノインデンテーション硬さが所定の関係を得られないために耐剥離性向上効果が得られない。また、圧力が2Paより大きく、時間が20secより長く、繰り返し回数が20回を超えると、ホーニング部だけでなく、逃げ面、すくい面にも剥離が発生して耐摩耗性が低下し、さらに硬質被覆層の逃げ面、すくい面およびホーニング部における表面粗さ、残留応力、ナノインデンテーション硬さが所定の関係を得られないために耐剥離性向上効果が得られない。
(f)上記Arボンバード処理を行うことにより、本発明被覆cBN基焼結工具1〜10をそれぞれ製造した。Arボンバード処理条件を表2に示す。このような断続的なボンバード処理を行うことにより、皮膜内部および上部層および下部層の各層間に疲労が蓄積せず、その結果、クラックが存在しない状態で、皮膜表面の平滑性が高く、かつ、ホーニング部に露出したTiN膜および逃げ面、すくい面の[Ti,Al]N層の残留応力を増加させることで硬さが向上した皮膜を作成することができる。表3に逃げ面、すくい面の[Ti,Al]N層からなる上部層の表面粗さRaとホーニング部の露出しているTiNからなる下部層の表面粗さRa、逃げ面、すくい面、ホーニング部のTiNの残留応力、逃げ面、すくい面およびホーニング部の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さのそれぞれについて示す。
(a)また、比較の目的で、前記工具基体A〜Jのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、一方側のカソード電極(蒸発源)として、下部層の金属Tiを、また、他方側のカソード電極(蒸発源)として、それぞれ表4に示される目標組成に対応した成分組成をもった上部層形成用Ti−Al合金を前記回転テーブルを挟んで対向配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、Arガスを導入して、0.7Paの雰囲気とすると共に、前記テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、もって工具基体表面をアルゴンイオンによってボンバード洗浄し、
(c)装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して3Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ前記下部層形成用金属Tiとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記工具基体の表面に、表4に示される目標層厚のTiN層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、
(d)ついで装置内に導入する反応ガスとしての窒素ガスの流量を調整して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−10〜−100Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加した状態で、前記上部層形成用Ti−Al合金のカソード電極とアノード電極との間に50〜200Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、前記工具基体の表面に所定層厚の上部層を形成し、もって前記工具基体の表面に、層厚方向に沿って表4に示される目標組成および目標層厚の下部層と上部層の二層積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、従来被覆cBN基焼結工具1〜10をそれぞれ製造した。従来被覆cBN基焼結工具の硬質被覆層は、いずれもTiN層と[Ti,Al]N層との二層積層構造からなっており、本発明品と異なり、表面粗さ、残留応力、硬さが制御されていない。
【0021】
この結果得られた各種の被覆cBN基焼結工具の切削チップ本体を構成するcBN基焼結材料について、その組織を走査型電子顕微鏡を用いて観察したところ、いずれの切削チップ本体も、実質的に分散相を形成するcBN相と連続相を形成するTiN相との界面に超高圧焼結反応生成物が介在した組織を示した。
【0022】
さらに、同表面被覆層について、その組成を透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散型X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示し、また、その平均層厚を透過型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。また、表面粗さはレーザー顕微鏡を用いて10μm×10μmの範囲で測定し、それを各測定箇所で10点ずつ測定してその平均を算出した。また硬質皮膜中の残留応力の値は、XRDを利用した「2θ-sinψ法」によって皮膜表面方向から測定、基体残留応力は各測定箇所の断面を切り出して断面方向から測定し、算出した。
【0023】
つぎに、前記各種の被覆cBN基焼結工具を、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆cBN基焼結工具1〜10および従来被覆cBN基焼結工具1〜10について切削条件A〜Cで高速連続切削試験を実施した。
[切削条件A]
被削材:JIS・SCM415の浸炭焼入れ材(硬さ:HRC61)の4本縦溝入れ丸棒、
切削速度: 220m/min.、
切り込み: 0.22mm、
送り: 0.18mm/rev.、
切削時間: 4分、
の条件での合金鋼の乾式連続高速切削加工試験(通常の切削速度は120m/min.)、
[切削条件B]
被削材:JIS・SCr420の浸炭焼入れ材(硬さ:HRC60)の4本縦溝入れ丸棒、
切削速度: 230m/min.、
切り込み: 0.17mm、
送り: 0.15m/rev.、
切削時間: 4分、
の条件でのクロム鋼の乾式連続高速切削加工試験(通常の切削速度は120m/min.)、
[切削条件C]
被削材:JIS・SUJ2の焼入れ材(硬さ:HRC61)の4本縦溝入れ丸棒、
切削速度: 250m/min.、
切り込み: 0.18mm、
送り: 0.15mm/rev.、
切削時間: 4分、
の条件での軸受鋼の乾式連続高速切削加工試験(通常の切削速度は150m/min.)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅(mm)と被削材の仕上げ面精度(JIS B0601−2001による算術平均高さ(Raμm)を測定した。この測定結果を表5に示した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

【0028】
【表5】

表2〜4に示される結果から、本発明被覆cBN基焼結工具は、いずれも硬質被覆層が、平均層厚が0.5〜5μmのTiN膜からなる下部層と0.5〜5μmの[Ti,Al]N膜からなる上部層とからなり、前記下部層がすぐれた耐熱性、高温強度とすぐれた高温硬さを備え、さらに、前記上部層がすぐれた耐熱性、高温硬さとより一段とすぐれた高温強度と耐衝撃強さを備えているとともに、逃げ面、すくい面、ホーニング部の表面粗さ、残留応力、ナノインデンテーション硬さを制御しているので、合金鋼、軸受鋼の焼入れ鋼等の高硬度鋼の高速切削加工でも、境界異常損傷およびチッピングの発生なく、すぐれた耐摩耗性を発揮するとともに、被削材のすぐれた仕上げ面精度を確保することができるのに対して、従来被覆cBN基焼結工具は、いずれも硬質被覆層がTiN層と[Ti,Al]N層との二層積層構造からなっているものの、本発明品と異なり、表面粗さ、残留応力、硬さが制御されておらず、その結果、特に硬質被覆層の高温強度、耐衝撃強さ不足が原因で、刃先に境界異常損傷やチッピングが発生し、被削材の仕上げ面精度を維持することができないばかりか、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0029】
前述のように、本発明の被覆cBN基焼結工具は、各種の鋼や鋳鉄などの通常の切削条件での切削加工は勿論のこと、特に合金鋼、軸受鋼の焼入れ材等のような高硬度鋼の、高熱発生を伴い切刃部にきわめて大きな断続的・衝撃的な機械的負荷が加わる高速連続切削あるいは高速断続切削であっても、前記硬質被覆層がすぐれた耐境界異常損傷性を発揮し、すぐれた被削材仕上げ面精度を長期に亘って維持するとともにすぐれた耐摩耗性をも示すものであるから、切削加工装置の高性能化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化ほう素の含有量が50〜85容量%の立方晶窒化ほう素基高圧焼結体からなる工具基体の表面に硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具において、
前記硬質被覆層が、
(a)0.5〜5μmの平均層厚を有するTiN膜からなる下部層と、
(b)0.5〜5μmの平均層厚を有する組成式:[Ti1−XAl]N(ただし、原子比で、Xは0.15〜0.65を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物膜からなる上部層とからなるとともに、
(c)前記硬質被覆層のホーニング部において、前記TiN膜からなる下部層が露出し、
(d)前記下部層のTiN膜の逃げ面、すくい面の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さが20GPa以上30GPa未満、また、ホーニング部の露出しているTiN膜の荷重100mgで測定したときのナノインデンテーション硬さが30GPa以上40GPa未満であり、
(e)逃げ面、すくい面のTiN膜からなる下部層の残留応力が−1.0GPaより大きく−0.1GPa以下、ホーニング部の露出しているTiN膜からなる下部層の残留応力が−2.5GPaより大きく−1.2GPa以下であり、
(f)逃げ面、すくい面のTiとAlの複合窒化物膜からなる上部層の表面粗さがRaで0.10μm以上0.20μm未満、ホーニング部の露出している下部層の表面粗さがRaで0.01μm以上0.10μm未満であり、
(g)ホーニング部における立方晶窒化ほう素基超高圧焼結体のバインダー相のTiNの残留応力と、その上部に成膜されたホーニング部のTiNの残留応力との応力差が1GPa以内であることを特徴とする耐剥離性、耐摩耗性を長期にわたって発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−232348(P2012−232348A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−100355(P2011−100355)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】