説明

表面被覆切削工具

【課題】本発明の目的は、被膜として耐摩耗性が向上した酸化アルミニウム多層被膜を備えた表面被覆切削工具を提供することにある。
【解決手段】本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された1以上の被膜とを備えるものであって、該被膜は、少なくとも酸化アルミニウム多層被膜を含み、この酸化アルミニウム多層被膜は、添加元素を含有する酸化アルミニウムによって構成される単位層を2種以上含み、かつその2種以上の単位層を周期的に繰り返して積層させた構造を有し、該単位層の各々は、その添加元素の種類または組み合せが異なっており、その添加元素は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Y、Ca、Mg、BおよびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素であることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上に被膜を形成してなる表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
切削工具を構成する基材は、その表面保護を目的とするとともに耐摩耗性や靭性等の諸特性の更なる向上を目的として、各種の被膜でその表面を被覆することが行なわれてきた。中でも酸化アルミニウムは、高い硬度を有し耐摩耗性に特に優れる効果が発揮されるとともに、基材の表面酸化を防止する効果が期待されることから、上記基材の表面を被覆する被膜として用いる試みが古くから行なわれてきた。近年、このような酸化アルミニウムの硬度をさらに高め、耐摩耗性をさらに向上させることを目的として、この酸化アルミニウムに種々の元素を添加させる試みも種々なされている。
【0003】
しかしながら、このような酸化アルミニウムを単一の層で形成することにより耐摩耗性を向上させるにはある程度の限界が存するため、種々の更なるアプローチにより耐摩耗性を向上させる試みがなされている。
【0004】
そのような試みの1つとして、従来からの多層被膜構造(特許文献1)を利用し、酸化アルミニウム等の酸化物からなる層と、窒化物や炭化物等の他の化合物からなる層とを繰り返して積層させた多層構造の被膜が提案されている(特許文献2〜4)。しかしながら、このような多層構造は異なった種類の化学組成の化合物を積層させたものであることから、各層の密着力が不足するため結果的に十分な耐摩耗性を達成することができなかった。
【0005】
一方、Sを含有する酸化アルミニウムからなる層とSを含有しない純粋な酸化アルミニウムからなる層とを積層させた多層被膜を有する切削工具も提案されているが(特許文献5)、Sを含有する酸化アルミニウムからなる層は脆化する傾向を示すとともに純粋な酸化アルミニウムからなる層との密着性にも欠けるため十分な耐摩耗性を得ることはできなかった。
【特許文献1】特開平07−205361号公報
【特許文献2】特開2002−113604号公報
【特許文献3】特開2002−254228号公報
【特許文献4】特表2001−513708号公報
【特許文献5】特開平09−141502号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、被膜として耐摩耗性が向上した酸化アルミニウム多層被膜を備えた表面被覆切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された1以上の被膜とを備えるものであって、該被膜は、少なくとも酸化アルミニウム多層被膜を含み、この酸化アルミニウム多層被膜は、添加元素を含有する酸化アルミニウムによって構成される単位層を2種以上含み、かつその2種以上の単位層を周期的に繰り返して積層させた構造を有し、該単位層の各々は、その添加元素の種類または組み合せが異なっており、その添加元素は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Y、Ca、Mg、BおよびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素であることを特徴としている。
【0008】
ここで、上記単位層は、0.5nm以上50nm以下の厚みを有することが好ましく、上記添加元素を含有する酸化アルミニウムは、γ型の結晶構造を有することが好ましい。
【0009】
また、上記酸化アルミニウム多層被膜は、物理蒸着法により形成されることが好ましく、−4GPa以上3GPa以下の応力を有することが好ましく、また0.1μm以上10μm以下の厚みを有することが好ましい。
【0010】
また、上記被膜は、酸化アルミニウム多層被膜以外に、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む硬質被膜を1以上含むことができる。
【0011】
この硬質被膜は、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましく、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下の厚みとして周期的に繰り返して積層されたものであることが好ましい。
【0012】
また、上記基材は、超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかにより構成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の表面被覆切削工具は、上記のような構成を有することにより、耐摩耗性が向上した特性を有することを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された1以上の被膜とを備えるものである。このような基本的構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。
【0015】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具の基材としては、このような切削工具の基材として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体等をこのような基材の例として挙げることができる。このような基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
【0016】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていても良く、このように表面が改質されていても本発明の効果は示される。
【0017】
<被膜>
本発明の表面被覆切削工具の上記基材上に形成される被膜は、1以上の種類の被膜が形成されるものであり、少なくともその一の被膜として酸化アルミニウム多層被膜を含むものである。なお、このような被膜は、基材上の全面を被覆するもののみに限られるものではなく、部分的に被膜が形成されていない態様も含み、さらにまた部分的に被膜の一部の積層態様が異なっているような態様をも含む。
【0018】
また、このような被膜は、酸化アルミニウム多層被膜以外に、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む硬質被膜を1以上含むことができるとともに、さらに他の組成の被膜を含むこともできる。
【0019】
なお、このような被膜の合計厚み(総膜厚)は、0.1μm以上15μm以下とすることが好ましく、より好ましくはその上限が12μm以下、さらに好ましくは10μm以下、その下限が0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。その厚みが0.1μm未満の場合、耐摩耗性や耐酸化性等の諸特性の向上作用が十分に示されない場合があり、15μmを超えると耐欠損性が低下するため好ましくない場合がある。なお、本発明の被膜には、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znなどが耐摩耗性を低下させない程度に10原子%以下含有する場合を含む。以下、これらの被膜についてさらに詳細に説明する。
【0020】
<酸化アルミニウム多層被膜>
本発明の酸化アルミニウム多層被膜は、添加元素を含有する酸化アルミニウムによって構成される単位層を2種以上含み、かつその2種以上の単位層を周期的に繰り返して積層させた構造を有している。
【0021】
このような構造を有することにより、酸化アルミニウムの単一層からなる被膜に比較して耐摩耗性が飛躍的に向上したものとなる。これは、恐らく単位層の積層数に比例して単位層間に生じる界面の数も増加し、切削時に被膜の厚み方向に発生する亀裂の進展がこのいずれかの界面により抑制され、これによりその亀裂の進展に起因する耐摩耗性の低減を極めて効率的に防止することができるためではないかと推測される。
【0022】
しかも、本発明の単位層は、いずれも酸化アルミニウムのみを含む純粋な酸化アルミニウム層ではなく添加元素を含むものであるため、多層構造中に純粋な酸化アルミニウム層を含む場合に比較して各単位層間の密着性が飛躍的に向上したものとなる。これは、添加元素を含むことにより酸化アルミニウムの結晶構造中の結晶格子に歪みが生じるため、純粋な酸化アルミニウム層との密着性は低下するものと考えられるものの、結晶格子に歪みを伴った層同士では却って密着性が向上するためであると考えられる。
【0023】
したがって、上記のような構造を有する本発明の酸化アルミニウム多層被膜は、上記の理由に加え、添加元素の含有により酸化アルミニウム自体の硬度、高温安定性および良好な摺動性等の諸特性がさらに向上し、しかも各単位層間の密着力が大幅に向上したことからこれらが相乗的に作用することにより極めて高い耐摩耗性を達成したものである。また、後述のように酸化アルミニウム多層被膜は、γ型の結晶構造を有していることが好ましいが、上記のような積層構造を有することによりγ型の結晶構造を安定して維持することができるようになり、耐摩耗性の向上に寄与しているものと考えられる。
【0024】
ここで、本発明における単位層とは上記の酸化アルミニウム多層被膜を構成する基本的な一構成単位であり、添加元素を含有する酸化アルミニウムによって構成される。そして、本発明の酸化アルミニウム多層被膜は、このような単位層を2種以上含み、その2種以上の単位層が周期的に繰り返して積層された構造となっている。
【0025】
上記「2種以上」の単位層とは、組成の異なる単位層が複数存在すること(すなわち2種類以上存在すること)を意味しており、酸化アルミニウムに含有される添加元素の種類または組み合せが異なる場合に組成が異なるものとみなすものとする。ただし、後述するような製造方法に起因して各単位層において添加元素の濃度が厚み方向に分布を有する場合があり、極めて微視的に観察すれば各単位層間の境界が明確に示されない場合があるが、そのような場合であっても本発明の範囲を逸脱するものではない。個々の単位層を特定したりその厚みを規定する場合において、そのように境界が明確に示されない場合は、その境界領域の厚み方向の中間点を境界とみなすものとする。
【0026】
また「周期的に繰り返して積層」されるとは、単位層が2種の場合は上下交互に積層されることを含み、3種以上で構成される場合も一定の周期をもって(たとえばA層、B層、C層によって積層される場合はA層/B層/C層の順に(すなわちC層の上には再度A層が積層されるというように))繰り返して積層されることを含むものとする。
【0027】
また、酸化アルミニウムに含有される添加元素は、周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、Y、Ca、Mg、BおよびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素である。換言すれば、上記単位層を構成する酸化アルミニウムは1種もしくは2種以上の添加元素を含有したものとなる。そして、前述のようにこの添加元素の種類または組み合せが異なることにより単位層の組成は異なったものとなるが、ここで組み合せが異なるとは各単位層が複数の添加元素を含む場合においてその添加元素の組み合せが異なる場合の他、含まれる添加元素数自体が異なる場合も含むものとする。
【0028】
上記のような添加元素は、酸化アルミニウムに含まれることにより、酸化アルミニウムの硬度、高温安定性および良好な摺動性等の諸特性をさらに向上させるという特性を有している。
【0029】
なお、酸化アルミニウムが添加元素を含有する態様は、酸化アルミニウムの結晶構造中に添加元素が侵入型または置換型として含有される態様が好ましい。このような態様で添加元素が含まれる場合であっても、特に断らない限りその化合物に対して本発明においては単に酸化アルミニウムという表現を用いるものとする。また、添加元素の含有割合は、酸化アルミニウム中のアルミニウムに対して添加元素が0.01原子%以上30原子%以下含有されていることが好ましく、より好ましくはその上限が25原子%、さらに好ましくは20原子%であり、その下限が0.1原子%である。0.01原子%未満であれば酸化アルミニウムの硬度を十分に向上させることができない場合があり、30原子%を超えると却って酸化アルミニウムの硬度が低下する場合がある。なお、単位層に添加元素が2種以上含まれる場合は、その合計量が上記範囲内となることが好ましいが、添加元素間の比率は特に限定されない。
【0030】
また、このような単位層を構成する酸化アルミニウムは、生産性および結晶粒子の粗大化を防止するという観点からγ型の結晶構造を有していることが好ましく、添加元素の含有によってこのγ型の結晶構造が変化することはない。ここでγ型の結晶構造とは、結晶学的にスピネル型の結晶構造をいうものとし、X線回折法(XRD)により同定することができる。
【0031】
また、上記単位層は、0.5nm以上50nm以下の厚みを有することが好ましい。これは、0.5nm未満の場合や50nmを超える場合には上記のようなγ型の結晶構造が維持できない場合があるためである。上記単位層の厚みは、より好ましくはその上限が30nm以下、さらに好ましくは20nm以下、その下限が1nm以上である。
【0032】
また、本発明の酸化アルミニウム多層被膜は、0.1μm以上10μm以下の厚みを有することが好ましい。これは、0.1μm未満では十分なる耐摩耗性が得られない場合があり、10μmを超えると被膜自体が自己破壊する場合があるためである。このような酸化アルミニウム多層被膜の厚みは、より好ましくはその上限が5μm以下、さらに好ましくは3μm以下、その下限が0.3μm以上、さらに好ましくは0.5μm以上である。なお、単位層の積層数は、上記の酸化アルミニウム多層被膜の厚みと各単位層の厚みとから決定することができ、特に限定されるものではない。
【0033】
なお、本発明の酸化アルミニウム多層被膜は、−4GPa以上3GPa以下の応力を有することが好ましい。これにより、基材または他の被膜との良好な密着性を確保することができる。ここで、上記応力とは、被膜に残留する内部応力(固有ひずみ)であって、圧縮残留応力と引張残留応力の両者を含む概念である。本発明において単に応力という場合は、圧縮残留応力と引張残留応力の両者を含むものとする(なお、応力が解放されて0GPaになった状態も便宜的に含むものとする)。
【0034】
また、上記圧縮残留応力とは「−」(マイナス)の数値(単位:本発明では「GPa」を使う)で表される応力をいう。なお、数値を使わずに圧縮残留応力の大小を表現する場合は、上記数値の絶対値が大きくなる程、圧縮残留応力が大きいと表現し、また上記数値の絶対値が小さくなる程、圧縮残留応力が小さいと表現するものとする。一般に、圧縮残留応力が大きくなる程高い靭性を示す。また、引張残留応力とは、「+」(プラス)の数値(単位:本発明では「GPa」を使う)で表される応力をいう。
【0035】
なお、このような酸化アルミニウム多層被膜の応力は、X線応力測定装置を用いたsin2ψ法により測定することができ、切削工具のすくい面または逃げ面等の平坦部に位置する任意の点3点(これらの各点は当該部位の応力を代表できるように互いに0.5mm以上の距離を離して選択することが好ましい)以上の応力を該sin2ψ法により測定し、その平均値を求めることにより測定することができる。
【0036】
このようなX線を用いたsin2ψ法は、多結晶材料の残留応力の測定方法として広く用いられているものであり、たとえば「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜67頁に詳細に説明されている方法を用いれば良い。
【0037】
このような酸化アルミニウム多層被膜の応力は、より好ましくはその上限が2.5GPa以下、さらに好ましくは2GPa以下、その下限が−3.5GPa以上、さらに好ましくは−3GPa以上の範囲とすることが好適である。なお、3GPaを超える応力(引張残留応力)を有する場合には、他の被膜や基材との密着性(接合力)が劣る場合がある一方、応力が−4GPa未満になると大きな圧縮応力を有することから被膜の自己破壊を生じる場合がある。
【0038】
<硬質被膜>
本発明の上記被膜は、上記酸化アルミニウム多層被膜以外に、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む硬質被膜(すなわち上記元素または化合物を含む硬質被膜)を1以上含むことが好ましい。
【0039】
そして、このような硬質被膜としては、特にTi、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましく、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下の厚みとして周期的に繰り返して積層されたものであることが好ましい。
【0040】
このような硬質被膜は、高硬度で耐摩耗性に優れるとともに、極めて優れた靭性を示すものが好ましい。特に、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む被膜は、耐酸化性および耐熱性に優れていることから特に優れた耐摩耗性が示されるため極めて有効である。
【0041】
ここで、このような硬質被膜に含まれる元素または化合物としては、たとえば、Cr、Ti、Al、Si、V、Zr、Hf、TiAl、TiSi、AlCr、TiN、TiON、TiCN、TiCNO、TiBN、TiCBN、TiAlCN、AlN、AlCN、AlCrCN、AlON、CrN、CrCN、TiSiN、TiSiCN、Ti23、TiAlON、ZrN、ZrCN、AlZrN、TiAlN、TiAlSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrSiN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、TiSiN、TiSiCN、AlCrTaN、AlTiVN、TiB2、TiCrHfN、CrSiWN、TiAlCN、TiSiCN、AlZrON、AlCrCN、AlHfN、CrSiBON、TiAlWN、AlCrMoCN、TiAlBN、TiAlCrSiBCNO等を挙げることができる。
【0042】
とりわけ、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物としては、たとえばTi、Cr、Al、Si、TiN、TiCN、TiAlN、TiAlNO、TiAlCNO、TiBN、TiCBN、TiSiN、TiSiNO、TiSiCNO、CrTiN、CrTiNO、CrTiCNO、SiAlN、SiAlNO、SiAlCNO、CrSiN、CrSiNO、CrSiCNO、SiAlN、SiAlNO、SiAlCNO、CrSiN、CrSiNO、CrSiCNO、TiAlSiN、TiAlSiNO、TiAlSiCNO、TiAlCrN、TiAlCrNO、TiAlCrCNO、TiCrSiN、TiCrSiNO、TiCrSiCNO、AlCrN、AlCrNO、AlCrSiNO、AlCrCNO、AlCrSiBNO等を挙げることができ、特にAlCrN、AlCrNO、AlCrSiNO、AlCrSiBNO、AlCrCNO等が好適である。
【0043】
なお、上記の化学式において、各元素の原子比が特に記載されていないものは必ずしも等比となるものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする。たとえば単にTiNと記す場合、TiとNとの原子比は1:1が含まれる他、2:1、1:0.95、1:0.9等が含まれる(特に断りのない限り、以下において同じ)。
【0044】
なお、この硬質被膜は、これらの元素または化合物を単層または多層として形成することができ、多層の場合はこれらの元素または化合物からなる層を1nm〜5μmの厚みで積層する場合も含む。そして、特にTi、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下の厚みとして周期的に繰り返して積層された硬質被膜を構成することが好ましい。このように上記各層を周期的に繰り返して積層させることにより、耐酸化性および耐熱性がさらに向上し極めて優れた耐摩耗性が示される。ここで、周期的に積層させるとは、上記酸化アルミニウム多層被膜の場合と同様に、たとえば2種の層を上下交互に積層させるなど、一定の周期性をもって積層させることをいう。なお、各層の厚みが1nm未満となる場合や100nmを超える場合には積層による耐摩耗性の向上効果が示されない場合があるが、その場合であってもこれらの元素や化合物によってもたらされる固有の耐摩耗性の向上効果は示される。各層の厚みはより好ましくは2nm以上60nm以下である。
【0045】
また、このような硬質被膜は、0.3μm以上10μm以下の厚み(多層で形成される場合はその全体の厚み)を有することが好ましく、より好ましくはその上限が7μm以下、さらに好ましくは5μm以下、その下限が0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。その厚みが0.3μm未満の場合には、十分な耐摩耗性が示されなくなるとともに十分な靭性を示さなくなる場合があり、10μmを超えると耐欠損性が低下することがあるため好ましくない。
【0046】
また、このような硬質被膜は、上記の酸化アルミニウム多層被膜と同様に−4GPa以上3GPa以下の応力を有していることが好ましい。これにより、基材または他の被膜との良好な密着性を確保することができる。
【0047】
なお、このような硬質被膜は、基材と酸化アルミニウム多層被膜との間に形成することができるとともに、酸化アルミニウム多層被膜上に形成することもでき、その積層配置は特に限定されない。
【0048】
<製造方法>
本発明において基材上に形成される上記被膜は、物理蒸着法により形成することが最適である。基材を劣化させることなく有利に被膜を形成することができるためである。中でも上記酸化アルミニウム多層被膜は、物理蒸着法により形成することが特に好ましい。上記の理由に加え、添加元素を酸化アルミニウム中に容易に含有させることができ、またγ型の結晶構造を容易に形成することができるとともに−4GPa以上3GPa以下の応力を容易に付与することができるためである。
【0049】
このような物理蒸着法としては、とりわけイオンプレーティング法またはスパッタリング法を採用することが好ましい。イオンプレーティング法は比較的低温における処理であるにもかかわらず緻密な被膜を容易に得ることができ、とりわけアークイオンプレーティング法はさらに成膜速度が速く高い生産効率を得ることができるという利点を有する。また、スパッタリング法は、表面平滑な被膜を容易に作成することができ、被削材に対する耐溶着性に優れた被膜となり、同時に被削材の仕上げ面粗度が良好になるという利点を有する。このような物理蒸着法としては、従来公知の諸条件をいずれも採用することができる。
【0050】
このように本発明の被膜は、その製造方法が特に限定されるものではないが、とりわけ非導電性材料である酸化アルミニウムを含む酸化アルミニウム多層被膜を形成するためには上述のスパッタリング法を採用することが特に好ましい。中でも、カソードにパルス電源を用いたマグネトロンスパッタリング法を採用することが好ましい。一方、スパッタリング法とアークイオンプレーティング法との組み合せや酸化アルミニウム中に導電性物質を分散させて導電性を付与し、アークイオンプレーティング法で成膜する方法も採用できる。
【0051】
そして、酸化アルミニウム多層被膜をスパッタリング法で形成する場合、その具体的条件としては従来公知の条件を特に限定なく採用することができるが、特にアンバランストマグネトロンスパッタリング法を採用する場合は以下の条件を採用することが好ましい。
【0052】
すなわち、まずターゲットとしては単位層の種類に応じた数のターゲットを準備する。このようなターゲットは、各単位層の組成に応じてAl粉末と所望の添加元素を含有した化合物(酸化物や炭化物等)とを混合し(混合割合は酸化アルミニウムに含有される添加元素の含有割合に応じて調節する)、その混合物を焼結することにより調製することができる。
【0053】
そして、スパッタリング装置(成膜装置)において、基材(基板)温度を500〜850℃に設定するとともに、上記のターゲットを備えた複数のアンバランストマグネトロンスパッタ源に対向するようにして該基材を装着した保持具(ワークテーブル)を回転させながら酸素ガスを流す。そして、上記アンバランストマグネトロンスパッタ源の全てにパルスDCの放電電圧(250〜400V)を加えつつ、不活性ガスに対する酸素ガスの圧力比を1〜50%の範囲内で制御するとともに基材バイアス電圧を−500V〜−25Vの範囲内で制御して反応性スパッタリング法により酸化アルミニウム多層被膜を形成することができる。
【0054】
上記において各単位層の厚みは、ワークテーブルの回転速度を制御することにより調整することができる。また、酸化アルミニウム多層被膜の厚みは、成膜に要する合計時間数を制御することにより調整することができる。
【0055】
また、酸化アルミニウムの結晶構造は、上記のターゲットの表面が所謂遷移モードとなるようにアンバランストマグネトロンスパッタ源のパルスDCの放電電圧および基材バイアス電圧を制御することによりγ型とすることができる。また、酸化アルミニウム多層被膜の応力は、基材バイアス電圧を制御することにより調整することができる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の各被膜の化学組成はXPS(X線光電子分光分析装置)またはSEM(TEM)−EDX(走査型電子顕微鏡(透過型電子顕微鏡)に付帯のエネルギー分散型ケイ光X線分光計)によって確認した。また、各被膜および各単位層の厚みは、被膜の表面に対して垂直方向の断面をTEM(透過型電子顕微鏡)で観察して測定し、各被膜の応力は、X線応力測定装置を用いて前述のsin2ψ法により測定した。また、酸化アルミニウム多層被膜に含まれる酸化アルミニウムの結晶構造はXRDにより確認し、酸化アルミニウムが添加元素を含有する態様はTEMおよびTEM−EDXを併用して確認した。
【0057】
なお、以下では被膜を物理蒸着法であるアンバランストマグネトロンスパッタリング法とカソードアークイオンプレーティング法の組み合わせにより形成しているが、公知の他の物理蒸着法によって成膜した場合も含む。
【0058】
<表面被覆切削工具の作製>
まず、基材として次の2種を準備した。すなわち、グレードがJIS規格M20のWC基超硬合金であって、切削チップとしての形状がJIS規格CNMG120408であるもの(後述の耐摩耗性試験1および耐摩耗性試験2に使用するもの)およびグレードがJIS規格P20のWC基超硬合金であって、切削チップとしての形状がJIS規格SDEX42MTであるもの(後述の断続切削試験に使用するもの)を準備した(上記のJIS規格は1998年度版である)。そして、それぞれの基材に対して以下のような方法により同様にして被膜を形成した。
【0059】
すなわち、まず上記基材をカソードにパルスDC電源を用いたアンバランストマグネトロンスパッタリング装置(成膜装置)に装着した。この成膜装置内には複数のアーク蒸発源と複数のアンバランストマグネトロンスパッタ蒸発源(以下、UBMスパッタ源と呼ぶ)が配置され、中心点を中心としこれらの蒸発源に各対向するようにして回転する保持具(ワークテーブル)に上記基材を装着した。なお、必要なガスは、ガス導入口から成膜装置内へ導入される。また、成膜装置内にはヒーターが備えられている。
【0060】
次いで、上記基材表面に形成される被膜として、化学組成が以下の表1に示したものとなるように上記蒸発源に原料(すなわちターゲット)を各々セットした。すなわち、複数のアーク蒸発源に所定の原料(例えば、TiAl、Ti、AlCrなど)をセットし、複数のUBMスパッタ源にも所定の原料(酸化アルミニウム多層被膜が所望の添加元素を含有する単位層により形成されるようにAl粉末と所望の添加元素を含有した化合物とを混合し焼結して得られるターゲット)をセットした。UBMスパッタ源により酸化アルミニウム多層被膜を形成し、アーク蒸発源により硬質被膜を形成するものである。
【0061】
続いて、真空ポンプにより該装置のチャンバー内を1×10-3Pa以下に減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーターにより上記基材の温度を650℃に加熱し、1時間保持した。
【0062】
次に、アルゴンガスを導入してチャンバー内の圧力を3.0Paに保持し、基板バイアス電源の電圧を徐々に上げながら−1000Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。
【0063】
続いて、硬質被膜を形成するために、以下の条件を採用して所望の厚みの硬質被膜を形成した。すなわち、基材(基板)温度400〜600℃に設定し、真空もしくは反応ガスとして窒素、メタン(炭素源)、酸素のいずれか1以上のガスを導入させながら、アークイオンプレーティング法で上記基材表面に各構成の硬質被膜を形成した。
【0064】
なお、表1中、No.5の酸化アルミニウム多層被膜直下の硬質被膜とNo.7の酸化アルミニウム多層被膜上の硬質被膜は、2種の層を周期的に繰り返して積層させてなる被膜であることを示している。たとえば、No.5の該硬質被膜は、厚み5.0nmのAlCrNを含む層と厚み4.0nmのAlCrNOを含む層とが周期的に繰り返して積層(上下交互に積層)して厚み1.5μmの被膜(−1.4GPaの応力を有する)が形成されていることを示す(TiAlN層上にはまずAlCrNを含む層が形成されることを示す)。No.7の該硬質被膜についてもNo.5と同様の内容を示す。このような硬質被膜における周期的な積層は、上記成膜装置において保持具の回転速度を調節したり、または半回転毎に反応ガスの種類や流量を調節することにより形成することができる。
【0065】
一方、所望の酸化アルミニウム多層被膜を形成するためには、以下の条件を採用した。すなわち、基材(基板)温度を500〜850℃に設定するとともに上記成膜装置において基材を装着した保持具を複数のUBMスパッタ源に対向するようにして回転させながら、酸素ガスを流し全UBMスパッタ源にパルスDCの放電電圧(300V)を加えつつ、不活性ガスに対する酸素ガスの圧力比を2〜20%の範囲内で制御するとともに基材バイアス電圧を−500V〜−50Vの範囲内で制御して反応性スパッタリング法により酸化アルミニウム多層被膜を形成した。
【0066】
このようにして、表1に示したNo.1〜12の被膜をそれぞれの基材上に形成した表面被覆切削工具を作製した。No.1〜8が本発明の実施例であり、No.9〜12は比較例である。比較例は、本発明の酸化アルミニウム多層被膜の構成とは異なる被膜が形成されるようにUBMスパッタ源のターゲットに所定の原料をセットすることを除き、他は全て上記の実施例と同様にして作製した(これらの所定の条件は従来公知の条件を採用した)。このようにして形成された比較例の被膜は、表1中便宜上酸化アルミニウム多層被膜の欄に記載した(No.9および10の単位層の欄に記載されている組成の被膜は多層ではなく単一の層であることを示す。また、単位「at%」および単位「nm」とともに記載されている数値は、便宜上後述の実施例の表記に準ずるものとする)。
【0067】
【表1】

【0068】
上記表1において、被膜の積層構成は、左のものから順に基材上に積層させたことを示している(表1中において空欄となっているところは、該当する被膜が形成されないことを示している)。なお表1中、化学組成とは各硬質被膜を構成する化合物の組成を示し、厚みとはその被膜の厚みを示し、応力とはその被膜の応力を示す。なお、酸化アルミニウム多層被膜の欄における単位層の記載は、各化学式で表わされた添加元素含有酸化アルミニウムによって構成される単位層を周期的に繰り返して積層させたことを示している(2種記載のものは上段に記載されている単位層と下段に記載されている単位層とを上下交互に積層させたことを示し、3種記載のものは上段の単位層上に中段の単位層を形成しその上に下段の単位層を形成するという順序で周期的に積層させたこと(いずれの場合も上段に記載されている単位層から積層を開始すること)を示している)。なお、単位層の欄の各化学式中、「Al」と「O」以外に記載されている元素が添加元素であり、括弧内の数値は、左側の単位「at%」(原子%)で示される数値は添加元素の含有量(2種記載のものは化学式の表記順による)であり、右側の単位「nm」で示される数値は単位層の厚みである。また、「γ」の表記は結晶構造がγ型であることを示す。なお、酸化アルミニウムの結晶構造中に添加元素が侵入型または置換型として含有されていることを確認した。
【0069】
すなわち、たとえばNo.1の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された4種の被膜とを備え、該被膜は、まず基材上に厚み0.5μmのTiNによって構成される応力が−1.0GPaの硬質被膜が形成され、その上に厚み1.0μmのTiAlNによって構成される応力が−3.0GPaの硬質被膜が形成され、その上に厚みが1.5μmで応力が−0.6GPaの酸化アルミニウム多層被膜が形成され、さらにその上に厚み0.5μmのTiNによって構成される応力が−0.5GPaの硬質被膜が形成されたものであり、該酸化アルミニウム多層被膜は、添加元素としてCrを2.4原子%含有する酸化アルミニウム(γ型の結晶構造を有する)によって構成される厚み3.5nmの単位層と、添加元素としてTiを5.6原子%含有する酸化アルミニウム(γ型の結晶構造を有する)によって構成される厚み3.0nmの単位層とが上下交互に積層された構造となっていることを示す。
【0070】
そして、このようにして作製された表面被覆切削工具について、下記の条件により3種の切削試験(耐摩耗性試験1、耐摩耗性試験2、断続切削試験)を行なった。その結果を以下の表2に示す。耐摩耗性試験1および耐摩耗性試験2では、逃げ面摩耗量が0.15mmとなる時間を測定し、その時間が長いもの程耐摩耗性に優れていることを示している。また、断続切削試験では、工具が欠損するまでの時間を測定し、その時間が長いもの程耐欠損性(靭性)に優れていることを示している。
【0071】
<耐摩耗性試験1>
被削材:SCM435丸棒
切削速度:350m/min
切込み:2.0mm
送り:0.2mm/rev.
乾式/湿式:乾式
<耐摩耗性試験2>
被削材:FCD450丸棒
切削速度:260m/min
切込み:2.0mm
送り:0.3mm/rev.
乾式/湿式:乾式
<断続切削試験>
被削材:SCM440
切削速度:380m/min
切込み:2.0mm
送り:0.2mm/rev.
乾式/湿式:乾式
【0072】
【表2】

【0073】
表2から明らかなように、No.1〜No.8の本発明の実施例の表面被覆切削工具は、いずれも優れた耐摩耗性を有するとともに耐欠損性(靭性)をも兼ね備えるものであった。すなわち、これらの実施例の表面被覆切削工具は、被膜として本発明の構成の酸化アルミニウム多層被膜を有するためこのように優れた耐摩耗性が示されるとともに、耐欠損性(靭性)にも優れる結果を示したものと考えられる。
【0074】
なお、硬質被膜としてTi、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層を周期的に繰り返して積層させた被膜を含むNo.5および7において、特に優れた耐摩耗性が示されたことにより、これらの被膜が優れた耐酸化性および耐熱性を有していることが確認できた。
【0075】
これに対して、No.9〜No.12の比較例の表面被覆切削工具は、上記実施例のものに比し耐摩耗性も靭性(耐欠損性)も劣っていた。すなわち、本発明の要件を備える酸化アルミニウム多層被膜を形成しない場合、耐摩耗性および耐欠損性が劣ることを示している。
【0076】
なお、本実施例では、基材としてチップブレーカを有するものを用いたが、チップブレーカを有していないものや、切削工具の上下面全面が研磨されたような工具(チップ)でも本実施例と同様の効果を得ることができる。また、基材の組成としては超硬合金を採用したが、超硬合金に代えてサーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体を採用しても本実施例と同様の効果を得ることができる。
【0077】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0078】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材上に形成された1以上の被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、少なくとも酸化アルミニウム多層被膜を含み、
前記酸化アルミニウム多層被膜は、添加元素を含有する酸化アルミニウムによって構成される単位層を2種以上含み、かつその2種以上の単位層を周期的に繰り返して積層させた構造を有し、
前記単位層の各々は、前記添加元素の種類または組み合せが異なっており、
前記添加元素は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Y、Ca、Mg、BおよびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記単位層は、0.5nm以上50nm以下の厚みを有することを特徴とする請求項1記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記添加元素を含有する前記酸化アルミニウムは、γ型の結晶構造を有することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記酸化アルミニウム多層被膜は、物理蒸着法により形成されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記酸化アルミニウム多層被膜は、−4GPa以上3GPa以下の応力を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記酸化アルミニウム多層被膜は、0.1μm以上10μm以下の厚みを有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記被膜は、前記酸化アルミニウム多層被膜以外に、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む硬質被膜を1以上含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記硬質被膜は、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことを特徴とする請求項7記載の表面被覆切削工具。
【請求項9】
前記硬質被膜は、Ti、Cr、Al、およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素、または該元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下の厚みとして周期的に繰り返して積層されたものであることを特徴とする請求項7または8に記載の表面被覆切削工具。
【請求項10】
前記基材は、超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかにより構成されることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の表面被覆切削工具。

【公開番号】特開2008−168364(P2008−168364A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−1484(P2007−1484)
【出願日】平成19年1月9日(2007.1.9)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】