説明

表面被覆切削工具

【課題】難削材の高速切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、Ti化合物層からなる下部層、改質窒化クロム層からなる中間層及び改質酸化アルミニウム層からなる上部層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、中間層及び上部層のΣ3の比率は、ΣN+1全体の60%以上を占め、また、上部層と中間層の界面に臨んで存在するΣ3対応粒界の数と位置を測定した場合、上記界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%が、上部層Σ3対応粒界と連続する結晶粒界を形成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、軟鋼、ステンレス鋼などの難削材の切削加工を、高い発熱を伴う高速切削条件で行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた高温強度と層間付着強度を有し、長期の使用に亘って、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に蒸着形成した硬質被覆層を、
(a)いずれも化学蒸着形成された、Tiの炭化物層(以下、TiC層という)、窒化物層(以下、TiN層という)、炭酸化物層(以下、TiCO層という)、および炭窒酸化物層(以下、TiCNO層という)のうちの1層以上からなり、かつ0.1〜5μmの合計平均層厚を有する密着性Ti化合物層と、2.5〜15μmの平均層厚を有する炭窒化チタン層(以下、改質TiCN層という)からなる下部層、
(b)1〜15μmの平均層厚を有し、かつ化学蒸着形成された状態でα型の結晶構造を有するα型酸化アルミニウム層(以下、従来Al23層という)からなる上部層、
以上(a)および(b)で構成し、かつ、
上記(a)の下部層における改質TiCN層は、
電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める比率が60%以上である構成原子共有格子点分布グラフ、を示し、さらに、
上記(b)の従来Al23層は、
電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にAlおよび酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める比率が60%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示し、
この被覆工具を、高硬度鋼の高速断続切削に用いた場合、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を示すことが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−297579号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削条件は益々厳しいものになってきているが、上記の従来被覆工具においては、下部層は相対的に高温強度の高い改質TiCN層で、また、上部層は高温硬さ、耐熱性とともにすぐれた高温強度を有するAl23層で形成されているものの、特にこれを、溶着が発生しやすい軟鋼、ステンレス鋼などの難削材の、高い発熱を伴う高速切削条件に用いた場合には、上部層と下部層との層間付着強度が十分ではないために、層間剥離、チッピング等を発生し易くなり、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記の被覆工具の硬質被覆層の層間付着強度の向上による耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性の改善を図るべく、硬質被覆層の層構造に着目し、鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0006】
上記の従来被覆工具の硬質被覆層は、例えば、通常の化学蒸着装置にて、
反応ガス組成:容量%で、TiCl:0.1〜0.8%、CHCN:0.05〜0.3%、Ar:10〜30%、H2:残り、
反応雰囲気温度:930〜1000℃、
反応雰囲気圧力:6〜20kPa、
の条件で改質TiCN層を下部層として蒸着形成し、
この上に、
反応ガス組成:容量%で、AlCl:6〜10%、CO:10〜15%、HCl:3〜5%、H2S:0.05〜0.2%、H2:残り、
反応雰囲気温度:1020〜1050℃、
反応雰囲気圧力:3〜5kPa、
の条件で従来Al23層を上部層として蒸着することにより形成されている。
そして、この結果形成した従来Al23層からなる上部層は、Al23層本来の具備するすぐれた高温硬さおよび耐熱性に加えて、すぐれた高温強度を有し、さらに、所定の下部層−上部層間付着強度を有するため、高速断続切削加工において所定の耐チッピング性を発揮していたが、難削材の高速切削加工においては、その層間付着強度が十分に満足できるものではなく、チッピング、欠損、層間剥離等の発生がみられた。
【0007】
そこで、硬質被覆層を形成するにあたり、本発明者等は、まず、Ti化合物層(通常のTiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの少なくとも1層以上。なお、上記従来被覆工具における改質TiCN層であっても、何ら差し支えはない。)を下部層として蒸着形成した後、この上に、中間層として、改質窒化クロム層(以下、改質CrN層という)を蒸着形成し、さらに、この上に、上部層としてのAl23層(以下、改質Al23層という)を蒸着形成し、硬質被覆層を、Ti化合物層(改質TiCN層を含む)からなる下部層、改質CrN層からなる中間層及び改質Al23層からなる上部層の三層構造として形成したところ、下部層−中間層間の密着強度が向上するばかりか、中間層−上部層間の層間付着強度が一段と向上し、その結果、硬質被覆層全体としての高温強度が大幅に改善されるとともに、層間密着強度も向上し、難削材の高速切削加工においても、チッピング性、欠損、剥離等が生じることがなく長期の使用に亘って、優れた切削性能を発揮することを見出した。
【0008】
ここで、中間層である上記改質CrN層は、Ti化合物層からなる下部層の上に、通常の化学蒸着装置で、
反応ガス組成:容量%で、CrCl:2〜5%、N:20〜40%、HCl:2〜5%、H:残り、
反応雰囲気温度:980〜1040℃、
反応雰囲気圧力:6〜20kPa、
の条件で蒸着することによって形成され、形成された改質CrN層は、下部層及び上部層の双方に対し、すぐれた層間付着強度を有する。
【0009】
そして、上記改質Al23層(上部層)と上記改質Cr2N層(中間層)のそれぞれについて、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒はコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、
上記中間層及び上記上部層のいずれも、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が、60%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示し、
さらに、上部層との界面に臨んで存在する中間層のΣ3対応粒界(以下、中間層Σ3対応粒界という)の数と位置を測定し、また、中間層との界面に臨んで存在する上部層のΣ3対応粒界(以下、上部層Σ3対応粒界という)の数と位置を測定した場合に、中間層と上部層との界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%の割合の中間層Σ3対応粒界に対して、上部層Σ3対応粒界が連続する結晶粒界として形成されており、そして、中間層−上部層間にこのような連続する結晶粒界構造が存在することによって、中間層と上部層の層間付着強度が著しく向上することが判明した。
【0010】
上記のとおり、硬質被覆層の中間層と上部層が、それぞれ、改質Cr2N層と改質Al23層で構成され、中間層と上部層との界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%の割合の中間層Σ3対応粒界に対して、上部層Σ3対応粒界が連続する結晶粒界として構成されている被覆工具は、中間層と上部層間の層間付着強度が格段に向上し、溶着が発生しやすい軟鋼、ステンレス鋼などの難削材の、高い発熱を伴う高速切削に用いた場合でも、硬質被覆層がすぐれた高温強度と層間付着強度を有し、長期の使用に亘って、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性を発揮するようになる。
【0011】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「 工具基体の表面に、下部層、中間層及び上部層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)下部層は、チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの少なくとも1層以上からなり、2〜15μmの合計層厚を有するチタン化合物層、
(b)中間層は、0.5〜3μmの層厚を有する窒化クロム層、
(c)上部層は、1〜15μmの層厚を有する酸化アルミニウム層からなり、
(d)上記(b)の中間層及び上記(c)の上部層のそれぞれについて、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒はコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、上記(b)の中間層及び上記(c)の上部層のいずれも、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が、60%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示し、
(e)さらに、上部層との界面に臨んで存在する中間層のΣ3対応粒界の数と位置を測定し、また、中間層との界面に臨んで存在する上部層のΣ3対応粒界の数と位置を測定した場合に、中間層と上部層との界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層のΣ3対応粒界のうちの30〜70%の割合の中間層のΣ3対応粒界に対して、上部層のΣ3対応粒界が連続する結晶粒界として形成されていることを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
つぎに、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について、以下に詳細に説明する。
【0013】
下部層:
下部層を構成するTi化合物層としては、既によく知られている通常のTiの炭化物(TiC)層、窒化物(TiN)層、炭窒化物(TiCN)層、炭酸化物(TiCO)層および炭窒酸化物(TiCNO)層のうちの1層以上からなるTi化合物層を蒸着形成することができる。そして、上記TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層以上からなるTi化合物層は、工具基体及び中間層(改質Cr2N層)のいずれにも強固に密着し、もって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する。
下部層の合計平均層厚が2μm未満では、所定の耐摩耗性を確保することができず、一方、合計平均層が15μmを超えると、急激に耐チッピング性が低下することから、下部層の合計平均層厚は2〜15μmと定めた。
【0014】
また、下部層を、上記従来被覆工具の改質TiCN層で構成することもできるが、この場合には、下部層の高温強度がより一段と向上するとともに、工具基体及び中間層の双方に対する密着強度もより一段と向上する。
改質TiCN層は、通常の化学蒸着装置で、例えば、
反応ガス組成:容量%で、TiCl:0.1〜0.8%、CHCN:0.05〜0.3%、Ar:10〜30%、H2:残り、
反応雰囲気温度:930〜1000℃、
反応雰囲気圧力:6〜20kPa、
の条件で化学蒸着することにより形成することができ、この条件で形成された改質TiCN層は、Σ3比率が60%以上の高い値を示す。
【0015】
改質TiCN層のΣ3比率は、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、図2(a),(b)に概略説明図で例示される通り、例えば、前記条件で蒸着形成された改質TiCN層の皮膜断面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、前記断面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角(図2aには前記結晶面のうち(001)面の傾斜角が0度、(011)面の傾斜角が45度の場合、同(b)には(001)面の傾斜角が45度、(011)面の傾斜角が0度の場合を示しているが、これらの角度を含めて前記結晶粒個々のすべての傾斜角)を測定し、この場合前記結晶粒は、上記の通り格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表し、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフを作成することによって求めることができる。
そして、この構成原子共有格子点分布グラフにおいて、上記改質TiCN層ではΣ3に最高ピークが存在し、しかも、Σ3の分布割合は60%以上のきわめて高い比率となっている。
なお、改質TiCN層のΣ3比率は、化学蒸着時の反応ガス中のTiCl、CHCN、Ar含有量、さらに雰囲気反応温度を上記の通り調整することによって60%以上とすることができる。
【0016】
中間層:
中間層の改質Cr2N層は、Ti化合物層からなる下部層の上に、例えば、
通常の化学蒸着装置で、
反応ガス組成:容量%で、CrCl:2〜5%、N:20〜40%、HCl:2〜5%、H:残り、
反応雰囲気温度:980〜1040℃、
反応雰囲気圧力:6〜20kPa、
の条件で蒸着することによって形成される。
この改質Cr2N層は、上部層の改質Al23層と同じ六方晶結晶構造であって、すぐれた高温強度を有し、下部層に対して強固な密着強度を有するが、特に、その特異な結晶粒界構造により、上部層に対して一段と強固な密着強度を有し、その結果、溶着性の高い軟鋼やステンレス鋼等の難削材の高速切削において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性、耐層間剥離性を発揮するようになる。
【0017】
上記の改質Cr2N層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、図1(a),(b)に概略説明図で例示される通り、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角(図1aには前記結晶面の傾斜角が0度の場合、同(b)には傾斜角が45度の場合を示しているが、これらの角度を含めて前記結晶粒個々のすべての傾斜角)を測定し、この場合前記結晶粒はコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表し、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフを作成した場合、この構成原子共有格子点分布グラフにおいて、上記改質Cr2N層はΣ3に最高ピークが存在し、しかも、Σ3のΣN+1全体に占める分布割合は60%以上のきわめて高い比率となっており、このような改質Cr2N層は、すぐれた高温強度を示す。
【0018】
また、前記電界放出型走査電子顕微鏡を用いた測定により得られた、結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす測定傾斜角に基づいて、(0001)面の法線同士および(10−10)面の法線同士の交わる角度が2度以上の場合を結晶粒界であると定義し、相互に隣接する結晶粒界で、その構成原子共有格子点形態が、構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点が2個存在するΣ3であって、かつ、上部層との界面に臨んで存在する結晶粒界(中間層Σ3対応粒界)の数と位置を求める。
そして、後記する上部層について特定した上部層Σ3対応粒界の位置と、上記改質Cr2N層について求めた中間層Σ3対応粒界の位置とをつき合わせ、中間層と上部層の界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%が、上部層Σ3対応粒界と連続する結晶粒界を形成している結晶粒界構造を備える場合(図6(a)参照)には、中間層(改質Cr2N層)と上部層(改質Al23層)との層間付着強度は著しく向上する。
しかし、上部層Σ3対応粒界と連続して形成されている中間層Σ3対応粒界が、全中間層Σ3対応粒界のうちの30%未満にすぎないような場合(図6(b)参照)、あるいは、70%を超えるような場合には、中間層と上部層での結晶粒界の連続性が少ないため、層間付着強度の向上を確保することができず、あるいは、中間層と上部層での結晶粒界の連続性が多すぎるために中間層と上部層のそれぞれの層における残留応力のギャップが大きくなりすぎて、層間付着強度が低下傾向を示すようになるため、上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%が、上部層Σ3対応粒界と連続する結晶粒界を形成していることが必要である。
【0019】
また、上記改質Cr2N層からなる中間層の平均層厚が0.5μm未満では、すぐれた高温硬さ、耐熱性とすぐれた層間付着強度を発揮することができず、一方、その平均層厚が3μmを越えると、難削材の高速切削条件下では、切刃部にチッピング、欠損等が発生し易くなることから、その平均層厚を0.5〜3μmと定めた。
【0020】
上部層:
上部層の改質Al23層は、上記改質Cr2N層からなる中間層の上に、例えば、
(a)まず、
反応ガス組成:容量%で、AlCl:0.5〜2%、CO:0.1〜2%、HCl:0.1〜1%、H2S:0.15〜0.4%、H2:残り、
反応雰囲気温度:930〜980℃、
反応雰囲気圧力:3〜5kPa、
の条件、すなわち、従来条件に比して反応ガス組成では、AlCl、CO、およびHClの含有割合を相対的に低く、H2Sの含有割合を相対的に高く、かつ、雰囲気温度を相対的に低くした条件(初期形成条件)で10〜60分間蒸着形成し、
(b)次いで、
反応ガス組成:容量%で、AlCl:6〜10%、CO:10〜15%、HCl:3〜5%、H2S:0.05〜0.2%、H2:残り、
反応雰囲気温度:1020〜1050℃、
反応雰囲気圧力:3〜5kPa、
の条件で蒸着することにより形成することができ、この改質Al23層は、Al23層本来の具備するすぐれた高温硬さ、耐熱性およびすぐれた高温強度に加え、さらに、層間付着強度が一段と向上し、その結果、中間層−上部層間での層間剥離の発生を防止し得るとともに、すぐれた耐チッピング性を具備するようになる。
そして、電界放出型走査電子顕微鏡を用いた調査によれば、上部層と中間層間での層間付着強度の向上は、上部層(改質Al23層)と中間層(上部層に隣接して存在する改質Cr2N層)との界面で形成されるΣ3対応粒界の結晶粒界構造の連続性によってもたらされるものであることは明らかである。
【0021】
上記の改質Al23層について、前記改質Cr2N層の場合と同様に、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、図1(a),(b)に概略説明図で例示される通り、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒はコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表し、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフを作成した場合、この構成原子共有格子点分布グラフにおいて、上記改質Al23層はΣ3に最高ピークが存在し、しかも、Σ3のΣN+1全体に占める分布割合は60%以上のきわめて高い比率となっており、このような改質Al23層は、すぐれた高温強度を示す。
【0022】
また、前記電界放出型走査電子顕微鏡を用いた測定により得られた、結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす測定傾斜角に基づいて、(0001)面の法線同士および(10−10)面の法線同士の交わる角度が2度以上の場合を結晶粒界であると定義し、相互に隣接する結晶粒界で、その構成原子共有格子点形態が、構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点が2個存在するΣ3であって、かつ、上部層との界面に臨んで存在する結晶粒界(中間層Σ3対応粒界)の数と位置を求める。
そして、改質Al23層について求めた上部層Σ3対応粒界の位置と、前記改質Cr2N層について求めた中間層Σ3対応粒界の位置とをつき合わせ、中間層と上部層の界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%が、上部層Σ3対応粒界と連続する結晶粒界を形成している結晶粒界構造を備える場合(図6(a)参照)には、中間層(改質Cr2N層)と上部層(改質Al23層)との層間付着強度は著しく向上する。
しかし、中間層について既に述べたように、上部層Σ3対応粒界と連続して形成されている中間層Σ3対応粒界が、全中間層Σ3対応粒界のうちの30%未満にすぎないような場合(図6(b)参照)、あるいは、70%を超えるような場合には、中間層と上部層での結晶粒界の連続性が少ないため、層間付着強度の向上を確保することができず、あるいは、中間層と上部層での結晶粒界の連続性が多すぎるために中間層と上部層のそれぞれの層における残留応力のギャップが大きくなりすぎて、層間付着強度が低下傾向を示すようになるため、上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%が、上部層Σ3対応粒界と連続する結晶粒界を形成していることが必要である。
【0023】
さらに、上記改質Al23層からなる上部層の平均層厚が1μm未満では、すぐれた潤滑性、高温強度とすぐれた層間付着強度を発揮することができず、一方、その平均層厚が15μmを越えると、難削材の高速切削では、切刃部にチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1〜15μmと定めた。
【発明の効果】
【0024】
この発明の被覆工具は、軟鋼、ステンレス鋼及などの溶着性の高い難削材の高速切削加工に用いた場合にも、特に、硬質被覆層の中間層および上部層が、一段とすぐれた層間付着強度を有することから、硬質被覆層に剥離、チッピング、欠損の発生なく、すぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】Al23層、Cr2N層における結晶粒の(0001)面および(10−10)面の傾斜角の測定態様を示す概略説明図である。
【図2】本発明被覆工具2の硬質被覆層の中間層である改質Cr2N層の構成原子共有格子点分布グラフである。
【図3】本発明被覆工具2の硬質被覆層の上部層である改質Al23層の構成原子共有格子点分布グラフである。
【図4】(a)は、上部層と中間層の界面で、全ての中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%の中間層Σ3対応粒界に対して、上部層Σ3対応粒界が連続する結晶粒界を形成している本発明被覆工具2の結晶粒界構造の模式図、(b)は、上部層と下部層の界面で、全ての下部層Σ3対応粒界のうちの30%未満の下部層Σ3対応粒界に対して、上部層Σ3対応粒界が連続する結晶粒界を形成している従来被覆工具3の結晶粒界構造の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0027】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で36時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0028】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで36時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜cを形成した。
【0029】
つぎに、これらの工具基体A〜Cおよび工具基体a〜cの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3に示される条件にて、硬質被覆層の下部層であるTi化合物層(Ti化合物層のうちの改質TiCN層については、(a)〜(f)で示す)を、表7に示される組み合わせおよび目標層厚で蒸着形成し、ついで、中間層の改質Cr2N層(A)〜(C)を表4に示される条件で、表7に示される組み合わせおよび目標層厚で蒸着形成し、ついで、上部層の改質Al23層(a)〜(f)を、表5に示される条件で、表7に示される組み合わせおよび目標層厚で蒸着形成することにより本発明被覆工具1〜8をそれぞれ製造した。
【0030】
また、比較の目的で、上記の工具基体A〜Cおよび工具基体a〜cの表面に、同じく通常の化学蒸着装置を用い、表3に示される条件にて、硬質被覆層の下部層であるTi化合物層(Ti化合物層のうちの改質TiCN層については、(a)〜(f)で示す)を、表8に示される組み合わせかつ目標層厚で蒸着形成し、ついで、上部層の従来Al23層(a)〜(f)を、表6に示される条件で、同じく表8に示される組み合わせおよび目標層厚で蒸着形成することにより従来被覆工具1〜8をそれぞれ製造した。
【0031】
ついで、上記の本発明被覆工具の硬質被覆層の中間層を構成する改質Cr2N層、本発明被覆工具と従来被覆工具の硬質被覆層の上部層を構成する改質Al23層および従来Al23層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、構成原子共有格子点分布グラフを作成し、各層におけるΣ3の分布割合を求めた。
また、本発明被覆工具については、中間層Σ3対応粒界および上部層Σ3対応粒界の数および位置を測定し、また、従来被覆工具については、参考のため、下部層Σ3対応粒界および上部層Σ3対応粒界の数および位置を測定した。
すなわち、本発明被覆工具の場合、上記構成原子共有格子点分布グラフは、上記中間層(改質Cr2N層)と上部層(改質Al23層)の表面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対して、前記改質Cr2N層および改質Al23層の結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒はコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、上記改質Cr2N層及び上記改質Al23層の双方について、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を求めることにより作成した。これらの値を、表7に示す。
さらに、上記の通り求めた上部層との界面に臨んで存在する中間層Σ3対応粒界について、中間層との界面に臨んで存在する上部層Σ3対応粒界の位置と対応させ、上部層と中間層との界面において、上部層Σ3対応粒界と連続した結晶粒界を形成している中間層Σ3対応粒界の、全ての中間層Σ3対応粒界に占める割合(数)を求めた。この値を表7に、Σ3対応粒界連続割合(%)として示す。
表7から、中間層と上部層との界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層のΣ3対応粒界のうちの30〜70%の割合の中間層のΣ3対応粒界に対して、上部層のΣ3対応粒界が連続する結晶粒界として形成されている
【0032】
また、参考のため、従来被覆工具の下部層と上部層についても、上記と同様にして、構成原子共有格子点分布グラフを求め、さらに、上部層との界面に臨んで存在する下部層Σ3対応粒界について、下部層との界面に臨んで存在する上部層Σ3対応粒界の位置と対応させ、上部層と下部層との界面において、上部層Σ3対応粒界と連続した結晶粒界を形成している下部層Σ3対応粒界の、全ての下部層Σ3対応粒界に占める割合(数)を求めた。この値を表8に、Σ3対応粒界連続割合(%)として示す。
【0033】
表7、8にそれぞれ示される通り、上部層の界面に臨んで存在する本発明被覆工具の中間層のΣ3の分布割合、および上部層の界面に臨んで存在する従来被覆工具の下部層のΣ3の分布割合は、いずれも60%以上となっている。
一方、同じく表7に示されるように、本発明被覆工具において、上部層Σ3対応粒界と連続した結晶粒界を形成している中間層Σ3対応粒界の、全ての中間層Σ3対応粒界に占める割合をあらわすΣ3対応粒界連続割合については、本発明被覆工具においては、30〜70%の範囲を示しており、その結果、すぐれた層間付着強度を有する。
これに対して、表8に示されるように、従来被覆工具においては、上部層Σ3対応粒界と連続した結晶粒界を形成している下部層Σ3対応粒界の、全ての下部層Σ3対応粒界に占める割合をあらわすΣ3対応粒界連続割合は、その値が30%未満あるいは70%を超える値となっているため層間付着強度が不満足なものとなっている。
【0034】
さらに、上記の本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13について、これの硬質被覆層の構成層を電子線マイクロアナライザー(EPMA)およびオージェ分光分析装置を用いて観察(層の縦断面を観察)したところ、前者および後者とも目標組成と実質的に同じ組成を有するTi化合物層(含、改質TiCN層)、中間層(改質Cr2N層)、上部層(改質Al23層)および従来上部層(従来Al23層)からなることが確認された。
また、これらの被覆工具の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(同じく縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0035】
つぎに、上記の各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具1〜8および従来被覆工具1〜8について、
被削材:JIS・SS400の丸棒、
切削速度: 485 m/min、
切り込み: 5 mm、
送り: 0.9 mm/rev、
切削時間: 10 分、
の条件(切削条件A)での軟鋼の乾式高速連続切削試験(通常の切削速度は、300m/min)、
被削材:JIS・SUS316の丸棒、
切削速度: 330 m/min、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.3 mm/rev、
切削時間: 10 分、
の条件(切削条件B)でのステンレス鋼の湿式高速連続切削試験(通常の切削速度は、220m/min)、
被削材:JIS・SUS304の丸棒、
切削速度: 315 m/min、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.3 mm/rev、
切削時間: 10 分、
の条件(切削条件C)でのステンレス鋼の湿式高速連続切削試験(通常の切削速度は、220m/min)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
この測定結果を表9に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
【表3】

【0039】
【表4】

【0040】
【表5】

【0041】
【表6】

【0042】
【表7】

【0043】
【表8】

【0044】
【表9】

【0045】
表7〜9に示される結果から、本発明被覆工具1〜8は、硬質被覆層の中間層と上部層との界面で、全ての中間層Σ3対応粒界のうちの30〜70%の中間層Σ3対応粒界が、上部層Σ3対応粒界と連続する結晶粒界を形成しているため、溶着性が高くかつ高熱発生を伴う軟鋼、ステンレス鋼等の難削材の高速切削でも、前記中間層と上部層の層間付着強度が著しく向上したものとなっているので、層間剥離の発生もなくすぐれた耐チッピング性を発揮するとともに、すぐれた耐摩耗性を示すのに対して、硬質被覆層の上部層が従来Al23層で構成された従来被覆工具1〜8においては、上部層と下部層の層間付着強度が不十分なため、軟鋼、ステンレス鋼等の難削材の高速切削加工で、硬質被覆層に剥離、チッピング等が発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0046】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削は勿論のこと、特に耐溶着性、耐チッピング性が要求される軟鋼、ステンレス鋼等の高速切削加工でもすぐれた耐チッピング性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体の表面に、下部層、中間層及び上部層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)下部層は、チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの少なくとも1層以上からなり、2〜15μmの合計層厚を有するチタン化合物層、
(b)中間層は、0.5〜3μmの層厚を有する窒化クロム層、
(c)上部層は、1〜15μmの層厚を有する酸化アルミニウム層からなり、
(d)上記(b)の中間層及び上記(c)の上部層のそれぞれについて、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒はコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、上記(b)の中間層及び上記(c)の上部層のいずれも、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が、60%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示し、
(e)さらに、上部層との界面に臨んで存在する中間層のΣ3対応粒界の数と位置を測定し、また、中間層との界面に臨んで存在する上部層のΣ3対応粒界の数と位置を測定した場合に、中間層と上部層との界面で、上部層との界面に臨んで存在する中間層のΣ3対応粒界のうちの30〜70%の割合の中間層のΣ3対応粒界に対して、上部層のΣ3対応粒界が連続する結晶粒界として形成されていることを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−221368(P2010−221368A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−73032(P2009−73032)
【出願日】平成21年3月25日(2009.3.25)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】