説明

試料ホルダ、元素分析装置、電子顕微鏡、及び、元素分析方法

【課題】試料の3次元的な元素構成を原子レベルで高精度に分析する際に、分析中の試料の移動を不要とし、試料の取り付け・取り外し等の作業が不要な元素分析装置および当該元素分析装置に使用可能な試料ホルダ等を提供する。
【解決手段】被測定体を搭載する電子顕微鏡用の試料ホルダ10において、前記被測定体に照射される電子線が通過可能な開口28、28’を有する筐体16と、前記筐体16の内部に設けられ、前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定体を搭載する電子顕微鏡用の試料ホルダ、当該試料ホルダを設置した元素分析装置、電子顕微鏡、及び、元素分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡を用いて試料の元素分析を行なう方法としては、X線を使用するエネルギー分散型X線分析法(Energy Dispersive X-ray Spectrometry)が知られている。このエネルギー分散型X線分析法は、試料に電子線を入射し、試料より励起、放出された特性X線を、試料近傍に設置した半導体検出器で測定する。この特性X線のエネルギーは元素に固有であり、エネルギー測定からX線を放出した元素の同定を行なうことができる。
【0003】
この技術分野においては、近年の半導体デバイスの微細化にともない、数nmの微小領域における、より高分解能の分析が要求されており、これに応えた分析方法が提案されている(特許文献1参照)。特許文献1によれば、超伝導体を含んで構成される超伝導検出器を使用し、着目する元素の電子状態まで検出可能となる。
【特許文献1】特開平8−226904号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、半導体デバイスの開発では、このような元素の電子状態を微細に観察する(微小領域における高分解能化の)要求の他に、試料を構成する元素の3次元的な広がりを分析することも望まれている。
【0005】
元素の分布状態を3次元的に分析する手法としては、電界印加により試料から離脱した離脱イオンの位置及び飛行時間を測定することによって、このような分析を可能とする3次元アトムプローブ(Three Dimensional Atom Probe:以下、3DAPと略称する。)が知られている。
【0006】
この3DAPは、上記離脱イオンの位置及び飛行時間を位置敏感型検出器(position sensitive detector)で検出することにより、試料表面の全構成元素を、原子レベルの空間分解能で2次元マップ化することが可能である。そして、これを深さ方向に拡張し、元素分布を3次元的に観察することができる。
【0007】
一般的な3DAPの例を図5に示す。3DAPでは、図に示すように、先端を針状に加工した構造体(針状構造体)からなる試料1に高電界を印加し、その表面から元素を電界蒸発させる。そして、この電界蒸発により離脱した元素(離脱イオン5)の位置及び飛行時間を、上述した位置敏感型検出器2およびタイマー7で測定する。なお、元素の種類はこの飛行時間により同定される。
【0008】
このような3DAPにおける分析では、分析前や分析途中の試料の状態を観察する必要がある。この観察は、通常、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscopy)等の電子顕微鏡で行なう。そのため、その観察を行なう際に、3DAP装置と電子顕微鏡の間での試料の移動が生じ、それとともに、分析装置に対する試料の取り付け作業や取り外し作業も発生する。
【0009】
この移動の際に、試料が移動中に大気中で汚染される、或いは、移設作業の際に生じた振動により試料が変形する等の問題が生じていた。また、3DAPでの分析途中に試料先端の形状変化を確認しようとした場合には、試料の取り付け・取り外しを複数回、繰り返し行なわなければならず、高精度の測定に大きな障害となっていた。
【0010】
本発明は上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、試料の3次元的な元素構成を原子レベルで高精度に分析する際に、分析中の試料の移動を不要とし、試料の取り付け・取り外し等の作業が不要な元素分析装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題について、本発明者は、電子顕微鏡に、(望ましくは微細な表面状態の観察が可能な透過型電子顕微鏡に、)3次元的な元素構成を高精度に分析可能な3DAPの主たる機能を付加することにより、解決可能であることを見出し、本発明をなすに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、このような解決策について示したものであり、その一観点によれば、本発明の試料ホルダは、被測定体を搭載する電子顕微鏡用の試料ホルダであって、前記被測定体に照射される電子線が通過可能な開口を有する筐体と、前記筐体の内部に設けられ、前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段とを有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明の他の観点によれば、本発明の元素分析装置は、被測定体の元素を分析する元素分析装置であって、前記被測定体を搭載する試料ホルダを設置する試料室を有する電子顕微鏡と、前記試料室に設置される試料ホルダとを備え、前記試料ホルダは、前記被測定体に照射される電子線が通過する開口を有する筐体と、前記筐体の内部にあって前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段とを有することを特徴とする。
【0014】
また、本発明の他の観点によれば、本発明の電子顕微鏡は、被測定体を設置する試料室を有し、前記被測定体に電子線を照射する電子顕微鏡であって、前記試料室内に設置された前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段を有することを特徴とする。
【0015】
また、本発明の他の観点によれば、本発明の元素分析方法は、被測定体を搭載する試料ホルダを設置する電子顕微鏡を使用して、前記被測定体の元素を分析する元素分析方法であって、前記試料ホルダの筐体に設けた開口から前記電子線を前記被測定体に照射し、前記電子顕微鏡により前記被測定体の表面を観察する工程と、前記筐体の内部にあって前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定可能な検出手段により、前記被測定体から電界離脱した元素の位置及び飛行時間を測定する工程とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、分析中の試料の移動が不要となり、試料の取り付け・取り外し等の作業が不要となる。その結果、移動中に試料(被測定体)が大気中で汚染される、或いは、移設作業の際に生じた振動により試料が変形する等の問題が解消され、試料の3次元的な元素構成を原子レベルで高精度に分析することを可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の実施形態に係る詳細を、図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0018】
図1は、本発明の実施例1に係る電子顕微鏡用の試料ホルダを示す概略構成図である。図1(a)は試料ホルダ10を上面から見た図であり、図1(b)は図1(a)の分割線X−X’に沿った断面図である。
【0019】
図1(b)に示されるように、試料ホルダ10には、3次元的な元素構成を高精度に分析可能な3DAPの主な機能が付加されている。例えば、試料ホルダ10の外筒である筐体16は、所定の強度を有する真鍮等の材料から形成され、その先端には位置決め用玉29が設けられている。なお、位置決め用玉29には高硬度なサファイア等からなる玉が使用される。
【0020】
筐体16の内部には、試料から切り出された針状構造体である探針11と探針11を支える支持部材21とが搭載されており、支持部材21は、支点17を支点として、(探針11と反対側の端が、)XY方向ピエゾ18とZ方向ピエゾ19からなる駆動部20により固定されている。
【0021】
ここで、座標軸X,Y,Z方向は、図1中に示すように互いに直行する方向である。図中、「○」の中に「・」が記載されたものは紙面の裏から表に向かう矢印であり、「○」の中に「×」が記載されたものは紙面の表から表に向かう矢印を意味するものとする。
【0022】
XY方向ピエゾ18は、支持部材21および探針11を上記X,Y座標軸に沿って移動させる機能を備えた駆動部であり、Z方向ピエゾ19は、支持部材21および探針11を上記Z座標軸に沿って移動させる機能を備えた駆動部である。なお、この駆動部20は、図示しない制御回路によって、例えば、本試料ホルダ10が搭載される電子顕微鏡の外部から制御される。
【0023】
これらの駆動部20は微小な変位量を制御することが必要となるため、これら(XY方向ピエゾ18およびZ方向ピエゾ19)の駆動源としては、インクジェットプリンタ等に使用されているピエゾアクチュエータ素子が好適である。更に、変位量を検出する機構として、公知のピエゾ抵抗素子を組み合わせて使用しても良い。
【0024】
また、筐体(外筒)16の内部には、探針11から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段が設置されている。検出手段に含まれる主な機構としては、探針11から離脱した元素(離脱イオン)を検出する位置敏感型検出器15や離脱イオンの飛行時間を測定するタイマー27がある。
【0025】
具体的には、図1(b)に示すように、位置敏感型検出器15が探針11の先端方向、すなわち位置決め用玉29が設置されている側に搭載される。この位置敏感型検出器15は、2次元位置検出器13とマルチチャネルプレート14とを組み合わせたものであり、タイマ27とともに、探針11から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する。なお、タイマ27は電源23と位置敏感型検出器15と電気的な接続を有している。
【0026】
探針11と位置敏感型検出器15との間は、図1(b)に示すように、所定の距離、例えば、10mm程度の距離が必要である。
【0027】
電源23は、探針11に直流バイアス電圧を印加して、探針11の表面からイオンが離脱しやすくするとともに、探針11にパルス電圧を印加する。このパルス電圧の印加により、探針11の先端から元素がイオン化して離脱し、この離脱イオンが位置敏感型検出器15に到達する。
【0028】
なお、この電源23は必ずしも筐体の内部にある必要は無く、電源23の本体23−1を筐体16の外側に配置し、筐体16の内部まで配線23−2を引き込む構成としても良い。
【0029】
このような構成の試料ホルダ10に対して、図中、矢印の方向から電子線が試料11に向けて照射される。図中の矢印は電子線25を示したものである。試料ホルダ10の上部および下部には、この電子線25を通過させる開口28、28’が設けられている。
【0030】
なお、この試料ホルダ10が設置される電子顕微鏡内は、通常、真空に近い状態が保たれている。
【0031】
また、図中の探針11を囲む点線26は、従来の電子顕微鏡における試料が設置されていた場所である。試料ホルダ10の位置決め用玉29を電子顕微鏡内の壁(不図示)に当接させたときに、探針11が、この従来の試料設置場所26に正しく設置されるようにする。このとき、更に必要となる探針11の位置の微調整は、前述の駆動部20により行なう。
【0032】
図2は、本発明の実施例1に係る試料ホルダ10を搭載する電子顕微鏡30を示す概略断面図である。なお、ここでは、一般的な透過型電子顕微鏡の例を用いて説明する。図に示すように、装置の最上部には、電子ビーム(電子線)を発する電子銃31が配置され、電子ビームの進行方向に、電子ビームを段階的に加速する加速管32、電子ビームを集光するコンデンサレンズ33、試料をセットする試料室34等が設けられている。
【0033】
本発明の試料ホルダ10は、この試料室34内に設置される。電子顕微鏡30の試料室34を拡大した概略図が図3である。このように、試料室34は、対物レンズ35、36に挟まれた空間であり、サイド(図中の矢印方向)から試料ホルダ51が挿入される。
【0034】
なお、図3に示した試料ホルダ51は、メッシュ52上に試料を搭載する従来のメッシュ型試料ホルダである。電子顕微鏡30により測定を行なう際には、このメッシュ52の中央付近に試料(不図示)が載せられ、図のように、電子線55が照射される。
【0035】
このような試料ホルダは、試料を搭載した状態のままで、試料室34内への挿入や試料室34からの引き出しが可能なため、試料の交換が容易であるというメリットがある。
【0036】
図2に戻り、試料室34を透過した電子ビームの進行方向には、中間レンズ37、投影レンズ38、試料像の結像面としての蛍光板39が設けられている。
【0037】
ここで述べた電子顕微鏡30は次のように動作する。先ず、電子ビームは、電子銃31を出射した後に加速管32により段階的に加速される。そして、コンデンスレンズ33、一方の対物レンズ35により集光され、試料室34の試料に照射される。この電子ビームは試料を通過後、他方の対物レンズ36、中間レンズ37、投影レンズ38によって集光を繰り返し、蛍光板39に結像し、試料表面の拡大像が表示される。
【実施例2】
【0038】
次に、前述の試料ホルダ10の機構のうち、位置敏感型検出器15が分離して、電子顕微鏡30側に設置された例を示す。
【0039】
図4は、本発明の実施例2に係る試料ホルダの概略図である。図4に示すように、位置敏感型検出器15は、電子顕微鏡30の内壁(不図示)に固定された設置用部材58に取り付けられている。そして、位置敏感型検出器15以外の機構は、試料ホルダ40側に設置されている。試料ホルダ40は、図3に示した従来の試料ホルダ51と同様に、図中の矢印方向から挿入される。
【0040】
−元素分析方法の例−
実施例1および実施例2の試料ホルダ10(或いは試料ホルダ40)を使用する元素分析は次のような方法で行なう。なお、試料ホルダ40と試料ホルダ10とは同じ方法となるため、以下の説明は試料ホルダ10で代表して記載し、試料ホルダ40の記載は省略する。
【0041】
最初に、探針11を所定の場所に正しく設置した後、試料ホルダ10の筐体16に設けた開口28、28’から、(当該試料ホルダ10が設置されている電子顕微鏡からの)電子線25を探針11に照射して、電子顕微鏡により探針11の表面を観察する。
【0042】
次に、試料ホルダ10に設けた3DAPの機能を使用して、探針11の元素構成について測定を行なう。なお、必要があれば、本測定の途中で、再度、電子顕微鏡による探針11表面の観察を行なう。
【0043】
このように、本実施例では、微細な表面状態の観察が可能な電子顕微鏡に、3次元的な元素構成を高精度に分析可能な3DAPの機能を付加したため、試料の移動中に試料(被測定体)が大気中で汚染される、或いは、移設作業の際に生じた振動により試料が変形する等の問題を生じることなく、試料の3次元的な元素構成を原子レベルで高精度に分析することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の活用例としては、例えば、ガリウム砒素(GaAs)等についての不純物濃度の組成分析が典型的であるが、その他、ハード・ディスク装置(HDD)等に使用されるGMR素子についての多層薄膜積層構造等の3次元構造解析にも利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】は、本発明の実施例1に係る電子顕微鏡用の試料ホルダを示す概略構成図である。
【図2】は、本発明の実施例1に係る試料ホルダを搭載する電子顕微鏡を示す概略断面図である。
【図3】は、電子顕微鏡の試料室34を拡大した概略図である。
【図4】は、本発明の実施例2に係る試料ホルダの概略図である。
【図5】は、一般的な3DAPを模式的に示した図である。
【符号の説明】
【0046】
1…試料
2、15…位置敏感型検出器
3…電源
5…離脱イオン
7、27…タイマー
10、40、51…試料ホルダ
11…探針
13…2次元位置検出器
14…マルチチャネルプレート
16…筐体
17…支点
18…XY方向ピエゾ
19…Z方向ピエゾ
20…駆動部
21…支持部材
23…電源
23−1…本体
23−2…配線
25、55…電子線
26…従来の試料設置場所
28、28’…開口
29…位置決め用玉
30…電子顕微鏡
31…電子銃
32…加速管
33…コンデンサレンズ
34…試料室
35、36…対物レンズ
37…中間レンズ
38…投影レンズ
39…蛍光板
52…メッシュ
58…設置用部材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定体を搭載する電子顕微鏡用の試料ホルダにおいて、
前記被測定体に照射される電子線が通過可能な開口を有する筐体と、
前記筐体の内部に設けられ、前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段とを有する
ことを特徴とする試料ホルダ。
【請求項2】
被測定体を移動する駆動部を更に有する
ことを特徴とする請求項1に記載の試料ホルダ。
【請求項3】
被測定体の元素を分析する元素分析装置において、
前記被測定体を搭載する試料ホルダを設置する試料室を有する電子顕微鏡と、前記試料室に設置される試料ホルダとを備え、
前記試料ホルダは、
前記被測定体に照射される電子線が通過する開口を有する筐体と、前記筐体の内部にあって前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段とを有する
ことを特徴とする元素分析装置。
【請求項4】
被測定体を設置する試料室を有し、前記被測定体に電子線を照射する電子顕微鏡において、
前記試料室内に設置された前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定する検出手段を有する
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項5】
被測定体を搭載する試料ホルダを設置する電子顕微鏡を使用して、前記被測定体の元素を分析する元素分析方法において、
前記試料ホルダの筐体に設けた開口から前記電子線を前記被測定体に照射し、前記電子顕微鏡により前記被測定体の表面を観察する工程と、
前記筐体の内部にあって前記被測定体から離脱した元素の位置および飛行時間を測定可能な検出手段により、前記被測定体から電界離脱した元素の位置及び飛行時間を測定する工程と
を備えることを特徴とする元素分析方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−255933(P2007−255933A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−77482(P2006−77482)
【出願日】平成18年3月20日(2006.3.20)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】