説明

車両の挙動制御装置および制御方法

【課題】ドライバの意思を的確に反映して制御開始または制御終了がなされることによって、ヨー運動の応答性および収束性を向上し、強アンダーステアや強オーバーステアに陥る頻度が減少する車両挙動制御装置および制御方法を提供すること。
【解決手段】車両の旋回挙動制御装置において、車輪速センサ39と、ハンドル角センサ45とからの信号に基づいて、車両の目標ヨー角速度を算出する目標ヨー角速度算出手段50を備え、目標ヨー角速度とヨー角速度センサ41からの実ヨー角速度との偏差を算出するヨー角速度偏差算出手段51と、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出するヨー角加速度偏差算出手段52と、ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差とに基づいてこれらの値が一定の範囲にあるときに前記車輪間の制動力制御を開始または終了することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、旋回時に、車両の旋回挙動を安定させる姿勢制御に好適な車両の挙動制御装置および制御方法に関し、特に、自動ブレーキによる挙動制御の開始時期または終了時期を適切に設定する発明である。
【背景技術】
【0002】
車両の旋回時に、所定の車輪間に制動力差を付与して車両の旋回運動を制御するようにした車両旋回制御装置は、例えば特許文献1(特開平10−273028号公報)および特許文献2(特許第3303435号公報)に示されている。
【0003】
この特許文献1には、車体速度と、ハンドル角から求めた前輪の操舵角とに基づいて目標ヨー角速度を求め、該目標ヨー角速度と実ヨー角速度との偏差と、ヨーモーメント制御の開始または終了条件を決定する基準値、つまり、閾値とを比較して、ヨー角速度偏差が閾値を超えたときにヨーモーメント制御を実行することが示されている。
【0004】
また、特許文献2の車両旋回制御装置は、車両の実旋回状態を取得する実旋回状態取得手段と、取得された実旋回状態量と目標旋回状態量とからの偏差が基準値より大きくなった場合、実旋回状態量が目標旋回状態量に追従するように駆動力と制動力との少なくとも一方の各車輪への配分を制御する配分制御手段とを備え、この配分制御手段に運転者が車両を十分制御できると感じる度合いである余裕度を、運転者による運転操作部材の操作状態に基づいて検出する余裕度検出手段と、前記基準値を余裕度が高い場合には低い場合より大きくなるように決定する制御開始基準値決定手段とを設ける構成が示されている。
【0005】
すなわち、旋回状態偏差量が基準値に達すると駆動、制動力配分制御が開始されるように制御されるとともに、運転者が車両を十分制御できると感じる余裕度の高さ、低さに応じて制御開始の基準値を変化させる技術が示されている。
また、この特許文献2には、その左右制動力配分制御において、制動力左右差ΔBが次の式(1)で演算されることが示され、そのΔBの絶対値が閾値Hを超えた場合に、制動力配分制御が実行される。また、この閾値Hが、車両の走行状態と運転者の余裕度に基づいて求められることが示されている。
ΔB=K(γref−γ) (1)
γref:目標ヨー角速度、γ:実ヨー角速度、K:制御ゲイン
閾値Hは、式(2)に示すように各成分基準値H1〜H5の関数の演算によって求められることが示されている。
H=(H1,H2,H3,H4,H5) (2)
H1:車速、H2:操舵角、H3:アクセル開度、H4:ブレーキ踏力、H5:操舵角速度の絶対値
【0006】
【特許文献1】特開平10−273028号公報
【特許文献2】特許第3303435号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、前記特許得文献1においては、制御開始条件を決定する基準値、つまり、閾値は一定値を用いており、ドライバの意思を反映したものとはなっていない。また特許文献2では、制御開始基準値である閾値Hを車両の走行状態および運転者の余裕度に基づいて求められることが示され、成分基準値H5では操舵角速度の絶対値が参照されて設定されるようになっている。
しかし、操舵角速度の絶対値だけに基づいての基準値であり、操舵方向を考慮していないため、ドライバの余裕度検出手段としては不十分である。つまり、目標ヨー角速度に対するヨー角速度偏差が増大する方向に操舵しているのか、ヨー角速度偏差が減少する方向に操舵しているのかが考慮されていない。ヨー角速度偏差が増大する方向に操舵されている場合には余裕がなく、ヨー角速度偏差が減少する方向に操舵している場合には余裕があると判定することが適切であるがこのような考慮がされていなくドライバの意思、余裕度の反映が十分とはいえない。
【0008】
また、制御開始時期を単に閾値を小さくすると、ドライバが予期しない、または期待しない時期に車両挙動制御装置が介入するおそれがあるため、ドライバの操作状況に適合しないおそれもある。
また、閾値が過大の場合、適切な時期に車両の挙動制御が開始されないことによって、強アンダーステアや強オーバーステアに陥る頻度が増大する問題もある。
【0009】
そこで、本発明は、このような背景に鑑みてなされたものであり、ドライバの意思を的確に反映して制御開始または制御終了がなされることによって、ヨー運動の応答性および収束性を向上し、強アンダーステアや強オーバーステアに陥る頻度が減少する車両挙動制御装置および制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するため、第1発明は、車両の旋回時に所定の車輪間に制動力差を付与して車両のヨー運動を制御する車両の挙動制御装置において、車輪速度を検出する車輪速検出手段と、操舵角度を検出する操舵角検出手段からの信号に基づいて、車両の目標ヨー角速度を算出する目標ヨー角速度算出手段を備え、前記目標ヨー角速度と実ヨー角速度との偏差を算出するヨー角速度偏差算出手段と、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出するヨー角加速度偏差算出手段と、前記ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差とに基づいてこれら値が一定の閾値を超えたときに前記車輪間の制動力制御を開始する制御開始判定手段とを備えたことを特徴とする。
【0011】
かかる発明によれば、前記目標ヨー角速度とヨー角度検出手段からの実ヨー角速度との偏差を算出するヨー角速度偏差算出手段と、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出するヨー角加速度偏差算出手段と、前記ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差との値がともに一定の閾値を超えたときに前記車輪間の制動力制御を開始する制御開始判定手段とを備えているため、ヨー角速度偏差が閾値を越えたか否かによる判定のみではなく、ヨー角加速度偏差の値も判断要素に加えてヨー角速度偏差の変化方向が増大する方向か、減少する方向かを判断することによってドライバの意思を反映した車両挙動制御の開始が可能になる。
【0012】
また、好ましくは、前記制御開始判定手段は前記ヨー角加速度偏差算出手段によるヨー角加速度偏差に基づいてヨー角速度偏差の絶対値が増大する方向にあると判断したときにはヨー角速度偏差閾値を基準閾値よりその絶対値が小さい閾値によって判定するとよい。
【0013】
かかる発明によれば、図3に示す本発明の制御ON−OFF閾値の特性を示す2次元マップにおいて、横軸にヨー角速度偏差Δγを縦軸にヨー角加速度偏差Δγaを取ると、ヨー角速度偏差Δγの絶対値|Δγ|が増大する方向にあると判断する領域は、(a)、(b)、(c)のある第1象限と、(g)、(h)、(i)のある第3象限の領域である。
【0014】
そして、この第1象限の(b)で示す領域では、ヨー角速度偏差閾値を基準閾値γsより小さい閾値γs1に設定して判定する。同様に第3象限の(h)で示す領域では、基準閾値|−γs|より小さい閾値|−γs1|に閾値を設定して判定する。
【0015】
このように設定することで、第1象限の(b)ではΔγ<γsで基準閾値γsに達していないが、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが正でアンダーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが正でヨー角速度偏差Δγが増大傾向であるため、さらにヨー角速度偏差Δγが増大することが予測されるので早い時期から車両挙動制御を開始することで、強アンダーステアに陥ることを防止する。
なお、ここで言う車両挙動制御とは、車輪間に制動力差を付与してヨー角速度偏差Δγをゼロに近づける制御のことをいう。
【0016】
同様のことが、第3象限の(h)の部分においてもいえ、|Δγ|<|−γs|で基準閾値γsに達していないが、左操舵の場合この第3象限ではヨー角速度偏差Δγが負でオーバーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが負でヨー角速度偏差Δγが減少する、すなわち|Δγ|が増大傾向であるため、さらにヨー角速度偏差|Δγ|が増大することが予測されるので早い時期から車両挙動制御を開始することで、強オーバーステアに陥ることを防止する。
【0017】
また、好ましくは、前記制御開始判定手段は前記ヨー角加速度偏差算出手段によるヨー角加速度偏差に基づいてヨー角速度偏差の絶対値が減少する方向にあると判断したときにはヨー角速度偏差閾値を基準閾値よりその絶対値が大きい閾値によって判定するとよい。
【0018】
かかる発明によれば、図3において、ヨー角速度偏差Δγの絶対値|Δγ|が減少する方向にあると判断する領域は、(d)、(e)、(f)のある第2象限と、(j)、(k)、(l)のある第4象限の領域である。
そして、この第2象限の(e)では、ヨー角速度偏差閾値を基準閾値|−γs|より大きい|−γs2|に設定して判定する。また、同様に第4象限の(k)では、基準閾値γsより大きいγs2に閾値を設定して判定する。
【0019】
このように設定することで、第4象限の(k)ではΔγ>γsで基準閾値γsより大であるが、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが正でアンダーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが負でヨー角速度偏差が減少傾向であるため、車両挙動制御の介入を行わない。
すなわち、車両挙動制御を介入させることでかえって反転方向に振られて収束性が悪化することを回避するためである。
【0020】
同様のことが、第2象限の(e)の部分においてもいえ、|Δγ|>|−γs|で基準閾値γsより大であるが、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが負でオーバーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが正でヨー角速度偏差Δγが増大する、すなわち|Δγ|が減少傾向であるため車両挙動制御の介入を行わない。
【0021】
さらに、好ましくは、前記制御開始判定手段はヨー角速度偏差とヨー角加速度偏差とからなる閾値2次元マップを有し、該閾値2次元マップに前記制御開始の閾値が設定されているとよい。
かかる発明によれば、ヨー角速度偏差とヨー角加速度偏差との2次元マップによって制御開始条件が設定されることで、閾値の設定が容易になるとともに、変更が容易に行なえる。
【0022】
次に、第2の発明は、車両の旋回時に所定の車輪間に制動力差を付与して車両のヨー運動を制御する車両の挙動制御方法において、車輪速検出手段からの車輪速度と操舵角検出手段からの操舵角度の信号に基づいて車両の目標ヨー角速度を算出し、前記目標ヨー角速度と実ヨー角速度との偏差を算出し、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出し、前記ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差とがともに一定の閾値を超えたときに前記車輪間の制動力制御を開始することを特徴とする。
【0023】
かかる方法発明によれば、前記目標ヨー角速度と実ヨー角速度との偏差を算出し、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出し、前記ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差とがともに一定の範囲にあるときに前記車輪間の制動力制御を開始する。すなわちヨー角速度偏差が閾値を越えたか否かによる判定のみではなく、ヨー角加速度偏差の値も判断要素に加えてヨー角速度偏差の変化方向が増大する方向か、減少する方向かを判断することによってドライバの意思を反映した車両挙動制御の開始が可能になる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ドライバの意思を的確に反映して制御開始または制御終了がなされることによって、ヨー運動の応答性および収束性を向上し、強アンダーステアや強オーバーステアに陥る頻度が減少する。以上の機能を有する車両挙動制御装置および制御方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施の形態を例示的に詳しく説明する。但しこの実施の形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【0026】
まず、図1を参照して、本発明が適用される車両のブレーキシステムについて概略構成を説明する。
車両1は、トラックやバス、さらにはトラクター等の大型車両である。操舵輪となる前輪3R、3Lおよび駆動輪となる後輪5R、5Lが設けられている。
ブレーキシステムは、空気圧力を利用してハイドロリックブレーキを作動させるエアオーバハイドロリックブレーキから構成されている。
すなわち、各車輪3R、3L、5R、5Lにそれぞれ設けられたホイールシリンダ7は制動圧、つまり油圧の供給を受けて作動されるようになっている。各ホイールシリンダ7には油圧配管9がそれぞれ接続されており、これら油圧配管9には空気圧力を油圧に変換するエアオーバハイドロリックブースタ11がそれぞれ接続されている。各エアオーバハイドロリックブースタ11からは空圧管路13がそれぞれ延びており、各空圧管路13はダブルチェックバルブ15の出口ポートにそれぞれ接続されている。また、各空圧管路13には、圧力制御弁17が介装されている。
【0027】
各ダブルチェックバルブ15の一方の入口ポートには供給管路19がそれぞれ接続されており、これら供給管路19にはそれぞれリレーバルブ21が接続されている。すなわち、前輪3R、3Lの2つの供給管路19は、一方のリレーバルブ21にそれぞれ接続されており、また、後輪5R、5Lの2つの供給管路19は、他方のリレーバルブ21にそれぞれ接続されている。
更に、各リレーバルブ21からは給気管路23がそれぞれ延びており、これら給気管路23は対応した空気タンク25にそれぞれ接続されている。つまり、ダブルチェックバルブ15の一方の入口ポートからリレーバルブ21を介して空気タンク25に至る空圧ラインは左右輪共用されている。なお、これら空気タンク25にはコンプレッサから空気が供給されるようになっており、また、このコンプレッサはエンジンにより駆動される。
【0028】
更に、各リレーバルブ21の入力ポートには信号圧管路27がそれぞれ接続されており、これら信号圧管路27は、デュアル型のブレーキバルブ29を介して対応する空気タンク25に接続されている。それ故、ブレーキバルブ29から信号圧管路27を介してリレーバルブ21に至る信号圧ラインもまた、前輪側及び後輪側のそれぞれにて左右輪共用されている。
【0029】
一方、各ダブルチェックバルブ15の他方の入口ポートには、給気管路31がそれぞれ接続されており、これら給気管路31は2個の給気弁33に2本ずつ接続されている。
つまり、前輪側の左右輪に対応する2つの給気管路31は一方の給気弁33にそれぞれ接続されており、後輪側の左右輪に対応する2つの給気管路31は他方の給気弁33にそれぞれ接続されている。つまり、各給気管路23はその下流側の部位が分岐され、対応する側のリレーバルブ21及び給気弁33にそれぞれ接続されている。従って、ダブルチェックバルブ15の他方の入口ポートから給気弁33を介して空気タンク25に至る給気ラインもまた前輪側及び後輪側のそれぞれにて左右輪共用されている。
【0030】
車両1のブレーキシステムには、上述した空圧ライン、信号圧ライン及び油圧ラインからサービスブレーキ回路が形成されており、そして、給気及び空圧ライン及び油圧ラインから自動ブレーキ回路が形成されている。
サービスブレーキ回路では、公知のように、運転者がブレーキペダル35を踏み込むと、その踏力及び踏み込み量に応じた信号圧が、各リレーバルブ21の入力ポートに供給される。リレーバルブ21はその信号圧により開弁されると同時に、信号圧の大きさに応じて開度が制御され、これにより空気タンク25から給気管路23、供給管路19及び空圧管路13を介してエアオーバハイドロリックブースタ11に流体圧、即ち、空圧が供給される。
そして、エアオーバハイドロリックブースタ11にて空圧が油圧に変換され、ここで立ち上げられた油圧によりホイールシリンダ7がホイールブレーキを作動させることで、各前輪3R、3L、各後輪5R、5Lに制動力が発生される。
【0031】
なお、ドライバがブレーキペダル35の踏力を弱めたり、踏み込み量を減らすと、ブレーキバルブ29を介してリレーバルブ21に供給される信号圧はその分だけ減少され、ブレーキペダル35の踏み込みを完全にリリースすると、信号圧の供給は完全に停止される。
従って、このような信号圧の減少又は停止に伴い、リレーバルブ21を介してエアオーバハイドロリックブースタ11に供給される空圧も減少又は停止される。
【0032】
これに対して、自動ブレーキ回路では、ドライバのブレーキ操作とは独立して制動力を発生させることができる。即ち、各給気弁33は2つの電磁弁を内蔵するバルブユニットからなり、これら2つの電磁弁は、共に2位置の電磁方向切換弁からなっている。そして、各電磁弁のソレノイドは制御手段37にそれぞれ接続されている。
【0033】
なお、図1には作図の都合上、制御手段37と給気弁33との結線は1本の信号線だけで示されている。より詳しくは、各給気弁33は入口ポート、2つの出口ポート及び排気ポートを有しており、その入口ポートには前述した給気管路23が接続されており、また、各給気弁33の2つの出口ポートは、その一方は前後の左側車輪3L、5Lに対応する供給管路19が、他方には前後の右側車輪3R、5Rに対応する供給管路19がそれぞれ接続されている。
【0034】
なお、前述した2つの電磁弁は、左右の出口ポートに対して何れか一方が対応している。各給気弁33は、2つの電磁弁が共に非作動位置にあるとき、その入口ポートを閉止させて給気管路23からの空圧の流入を遮断し、同時に2つの出口ポートと排気ポートとの間を連通させ、各給気管路23内をそれぞれ大気に開放させている。
【0035】
各給気弁33の前記2つの電磁弁が制御手段37からの作動信号に応じてそれぞれの位置を切換えられると、各給気弁33はその入口ポートと2つの出口ポートとの間を連通させ、排気ポートを閉止させる。これにより、空気タンク25から給気管路23及び空圧管路13を介して空圧がエアオーバハイドロリックブースタ11に供給され、サービスブレーキ回路と同様にホイールブレーキが作動される。
【0036】
なお、このとき制御手段37が各給気弁33の2つの電磁弁のうち、左右何れか一方の車輪に対応する電磁弁のみを作動させることで、その一方の車輪に対応して給気管路23からの空圧を出力することができる。つまり、各給気弁33からは4輪それぞれに対応するエアオーバハイドロリックブースタ11に対して独立に空圧を供給可能である。
従って、自動ブレーキ回路では、ドライバのブレーキ操作とは別に、つまり、ブレーキペダル35を介してブレーキバルブ29が作動されなくても、各車輪3L、3R、5L、5Rに個別に制動力を発生させることができる。
【0037】
また、圧力制御弁17は、入口ポートと、エアオーバハイドロリックブースタ11へ供給する出口ポートと、大気への排出を行う排気ポートの3つのポートとを有し、入口ポートを開閉する電磁開閉弁、および出口ポートと排気ポートとの連通を開閉する電磁開閉弁を備えている。
そして、制御手段37からの信号によって、圧力制御弁17の前記2つの電磁開閉弁の作動が制御されてエアオーバハイドロリックブースタ11に供給される圧縮空気の圧力が制御される。
以上のように、自動ブレーキ回路の作動によって、各車輪3R、3L、5R、5Lのホイールシリンダ7への制動圧力の制御が制御手段37によって制御できる。
【0038】
次に、この自動制動を行う制御手段37について説明する。
制御手段37には、主に各車輪3R、3L、5R、5Lの回転速度を車輪速センサ39と、車体の実ヨー角速度を検出するヨー角速度センサ41と、ドライバの運転操作に基づくステアリングホイール43の回転角度を検出するハンドル角センサ45とからの信号が入力されている。
そして、旋回中の車両1に対して、車両1を安定化させるために、前記圧力制御弁17、給気弁33の切換作動を制御することで、各ホイールシリンダ7に供給される制動圧力を制御し、結果として各車輪3R、3L、5R、5Lに発生する制動力を制御するようにしている。
【0039】
車体挙動制御によるヨー制御とは、旋回時に例えば前後の対角車輪(右旋回時においては、左前輪3Lと右後輪5R、左旋回時おいては、右前輪3Rと左後輪5L)の間に制動力差を付与することで、車両1の旋回方向への回頭モーメントまたは旋回逆方向への復元モーメントを発生させて、これにより、車両1の実際のヨー運動を目標とするヨー運動に一致させようとするものである。なお、制御対象車輪は、前後の対角車輪に限らず左右前輪3L、3Rであってもよいし、左右後輪5R、5Lであってもよい。
【0040】
図2に示す制御フローチャートによって、制御手段37による車両挙動制御の全体の流れを説明する。
まず、ステップS1によって制御を開始すると、ステップS2で種々の演算処理が行なわれ、各車輪の車輪速センサ39からの信号によって、車体の走行状態、例えば、車体速度V、加速度α、各車輪のスリップ率等が算出される。また、ハンドル角センサ45からの信号に基づいて操舵角θ、操舵角速度θvが算出され、さらにヨー角速度センサ41からの信号に基づいて、実ヨー角速度γが算出される。
【0041】
次のステップS3で、目標ヨー角速度算出手段50によって目標ヨー角速度が算出される。この目標ヨー角速度γtは式(3)に基づいて算出される。
γt=V/(1+A・V)・(δ/L) (3)
なお、Aはスタビリティファクタ、Lはホイールベース、δは前輪の実舵角(θ(操舵角)/ρ(ステアリングギャ比))である。
【0042】
次にステップS4に進み、ヨー角速度センサ41からの信号に基づく実ヨー角速度γfと前記目標ヨー角速度との偏差であるヨー角速度偏差Δγ=γt−γfをヨー角速度偏差算出手段51によって算出する。
そして、ステップS5に進み、ヨー角速度偏差Δγの時間微分のヨー角加速度偏差Δγaをヨー角加速度偏差算出手段52によって算出する。このヨー角加速度偏差Δγaを新たに定義し、ヨー角速度偏差Δγの変化を予測する。
【0043】
次にステップS6に進み、制御開始判定手段38によって車両挙動制御を作動する領域か否かを判定する。この判定は図3に示すヨー角速度偏差Δγを横軸にとり、ヨー角加速度偏差Δγaを縦軸にとり、車両挙動制御ON、OFF領域が設定された2次元の閾値マップに基づいて判定される。
すなわち、制御開始判定手段38では2次元の閾値マップによって、OFFからONへの制御開始の制御のみではなく、ONからOFFへの終了制御も行う。
【0044】
この閾値マップにおいて制御ON領域は図3の斜線で示した領域であり、この領域に前記ステップS5で算出したヨー角加速度偏差ΔγaおよびステップS4で算出したヨー角速度偏差Δγの値が位置するか否かによって判定する。
ON領域の場合にはステップS7に進み車両挙動制御がONされて、車輪間に制動力差を付与してヨー角速度偏差Δγをゼロに近づけるように制御される。一方、ON領域にない場合は、すなわちOFF領域の場合にはステップS8で制御終了処理をしてステップS9で終了する。また、ステップS7で車両挙動制御が開始されると、ステップS2にリターンして繰り返される制御が続けられ、ステップS6において2次元マップで制御OFFとなったらステップS8で制御終了処理を行いその後ステップS9で終了する。
【0045】
図3に示す閾値マップにおいて、ON領域の閾値は横軸の基準ヨー角速度偏差Δγの閾値はγsを中心に、第1象限、第3象限の領域では、基準閾値|γs|より小さい|γs1|に設定され、第2象限、第4象限の領域では、基準閾値|γs|より大きい|γs2|に設定されている。
また、その|γs1|と|γs2|との間は、|γs|を通るように傾斜直線によってつながって設定されている。この傾斜直線の傾斜については予め実験によって設定される。
【0046】
このように閾値ラインを設定することで、第1象限の(b)ではΔγ<γsで基準閾値γsに達していないが、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが正でアンダーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが正でヨー角速度偏差Δγが増大傾向であるため、さらにヨー角速度偏差Δγが増大することが予測されるので早い時期から車両挙動制御を開始することで、強アンダーステアに陥ることが防止される。
【0047】
同様のことが、第3象限の(h)の部分においてもいえ、|Δγ|<|−γs|で基準閾値γsに達していないが、この第3象限では、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが負でオーバーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが負でヨー角速度偏差Δγが減少する、すなわち|Δγ|が増大傾向であるため、さらにヨー角速度偏差|Δγ|が増大することが予測されるので早い時期から車両挙動制御を開始することで、強オーバーステアに陥ることを防止する。
【0048】
また、第4象限の(k)ではΔγ>γsで基準閾値γsより大であるが、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが正でアンダーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが負でヨー角速度偏差が減少傾向であるため、車両挙動制御の介入を行わない。
【0049】
同様のことが、第2象限の(e)の部分においてもいえ、|Δγ|>|−γs|で基準閾値γsより大であるが、左操舵の場合、ヨー角速度偏差Δγが負でオーバーステア状態であり、さらにヨー角加速度偏差Δγaが正でヨー角速度偏差Δγが増大する、すなわち|Δγ|が減少傾向であるため、車両挙動制御の介入を行わない。
【0050】
車両挙動制御装置を装着していない車両が雪上路等の低摩擦路面上で、左車線へレーンチェンジしたときの車両の挙動状況を図4に示し、そのデータ中のヨー角速度偏差Δγとヨー角加速度偏差Δγaの時間履歴状況を抜粋し詳細にしたものを図5に示す。
図5は横軸が時間で、縦軸にはそれぞれヨー角速度偏差Δγとヨー角加速度偏差Δγaを示し、そしてヨー角速度偏差Δγの基準閾値γsを閾値ラインとして示す。
図5の車両挙動特性図から次のことがいえる。
【0051】
【表1】

【0052】
前記表1より、t1、t3、t5のタイミングでは、Δγaの正、負によって今後のΔγの動きを予測し車両挙動制御をOFFからONにして旋回の安定性を得ることが望ましく、さらに、t2、t4、t6のタイミングで車両挙動制御をONからOFFとすることがヨー運動の応答性、収束性には望ましいことが分かる。
このため、車両挙動制御の開始条件の閾値をヨー角度偏差Δγとヨー角加速度偏差Δγaの2次元マップによって規定し、前記図3に示すように、第1、第3象限の制御ON領域を拡大し、第2、第4象限の制御ON領域を縮小している。
【0053】
ヨー角度偏差Δγのみで規定する場合と比較してヨー角加速度偏差Δγaを参照することによって制御開始のOFFからON、または制御終了のONからOFFのタイミングが適正化されて、ドライバの意思を忠実に反映した特性を得ることができる。
また、このように2次元マップによって、閾値を設定することで、閾値特性の変更対応が容易となる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、ドライバの意思を的確に反映して制御開始または制御終了がなされることによって、ヨー運動の応答性および収束性を向上し、強アンダーステアや強オーバーステアに陥る頻度が減少する。以上の機能は車両挙動制御装置への適用に際して有益である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の車両挙動制御装置の全体構成を説明する構成ブロック図である。
【図2】制御手段による制御フローチャートである。
【図3】本発明の閾値2次元マップである。
【図4】車両挙動制御手段を備えない車両のレーンチェンジ時の挙動を示す図である。
【図5】図4の挙動を示す図の一部の拡大図である。
【符号の説明】
【0056】
1 車両
3R、3L、5R、5L 車輪
7 ホイールシリンダ
37 制御手段
38 制御開始判定手段
39 車輪速センサ
41 ヨー角速度センサ
43 ハンドル角センサ
50 目標ヨー角速度算出手段
51 ヨー角速度偏差算出手段
52 ヨー角加速度偏差算出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の旋回時に所定の車輪間に制動力差を付与して車両のヨー運動を制御する車両の挙動制御装置において、
車輪速度を検出する車輪速検出手段と、操舵角度を検出する操舵角検出手段からの信号に基づいて、車両の目標ヨー角速度を算出する目標ヨー角速度算出手段を備え、
前記目標ヨー角速度と実ヨー角速度との偏差を算出するヨー角速度偏差算出手段と、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出するヨー角加速度偏差算出手段と、前記ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差とに基づいてこれらの値が一定の閾値を超えたときに前記車輪間の制動力制御を開始する制御開始判定手段とを備えたことを特徴とする車両の挙動制御装置。
【請求項2】
前記制御開始判定手段は前記ヨー角加速度偏差算出手段によるヨー角加速度偏差に基づいてヨー角速度偏差の絶対値が増大する方向にあると判断したときにはヨー角速度偏差閾値を基準閾値よりその絶対値が小さい閾値によって判定することを特徴とする請求項1記載の車両の挙動制御装置。
【請求項3】
前記制御開始判定手段は前記ヨー角加速度偏差算出手段によるヨー角加速度偏差に基づいてヨー角速度偏差の絶対値が減少する方向にあると判断したときにはヨー角速度偏差閾値を基準閾値よりその絶対値が大きい閾値によって判定することを特徴とする請求項1記載の車両の挙動制御装置。
【請求項4】
前記制御開始判定手段はヨー角速度偏差とヨー角加速度偏差とからなる閾値2次元マップを有し、該閾値2次元マップに前記制御開始の閾値が設定されることを特徴とする請求項1記載の車両挙動制御装置。
【請求項5】
車両の旋回時に所定の車輪間に制動力差を付与して車両のヨー運動を制御する車両の挙動制御方法において、
車輪速検出手段からの車輪速度と操舵角検出手段からの操舵角度の信号に基づいて車両の目標ヨー角速度を算出し、前記目標ヨー角速度と実ヨー角速度との偏差を算出し、該偏差の時間的微分値であるヨー角加速度偏差を算出し、前記ヨー角速度偏差と前記ヨー角加速度偏差とがともに一定の閾値を超えたときに前記車輪間の制動力制御を開始することを特徴とする車両の挙動制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−149197(P2009−149197A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−328645(P2007−328645)
【出願日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【出願人】(303002158)三菱ふそうトラック・バス株式会社 (1,037)
【Fターム(参考)】