説明

車両用ブレーキ装置

【課題】 液圧ポンプの吐出ポート側液圧に応じて変形許容室側へ弾性変形するシール部材の弾性変形が円滑に行われるようにして脈動低減効果を向上させる。
【解決手段】 液圧ポンプHP1のポンプハウジング10内に配置し固定したシリンダ部材20に形成した環状のシール溝22内に環状のシール部材24を収容する。シール部材24の一側には吐出ポート16側液圧を作用させる。シール部材24の他側には環状の変形許容室66を形成し、シリンダ部材20の外周に形成した軸方向溝68により吸入ポート14側液圧を変形許容室66に供給し、シール部材24の他側面、シール溝22の他側面及びポンプハウジング10の内周面がブレーキ液で潤滑されるようにし、シール部材24の変形許容室66側への弾性変形が円滑に行われるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ブレーキ装置に関し、特に、ブレーキ操作に応じた液圧を発生するマスターシリンダと、このマスターシリンダから供給される液圧により作動するホイールシリンダを含む車輪ブレーキ機構と、この車輪ブレーキ機構のホイールシリンダの液圧を少なくとも減圧及び再増圧するためにホイールシリンダとマスターシリンダとの間に介装された液圧制御弁と、この液圧制御弁から排出されるブレーキ液を一時的に溜めるリザーバと、このリザーバ内のブレーキ液をマスターシリンダと液圧制御弁との間に還流させるための液圧ポンプと、この液圧ポンプの吐出ポート側液圧が一側に作用された環状のシール部材と、このシール部材を収容すると共に液圧ポンプの吐出ポート側液圧に応じてシール部材の一部が弾性変形することを許容する変形許容室をシール部材の他側に形成する環状のシール溝を備えた車両用ブレーキ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のこの種の車両用ブレーキ装置は、下記特許文献1に記載されている。この特許文献1に記載された車両用ブレーキ装置においては、外周の環状のシール溝に環状のシール部材を収容させたプラグをハウジングのダンパー穴内に組み込んで液圧ポンプの吐出ポート側液圧を供給するダンパー室を形成し、液圧ポンプの吐出ポート側液圧の脈動を低減させるために、プラグのシール溝の反ダンパー室側側面にテーパ部を設けて環状の変形許容室を形成し、液圧ポンプの吐出ポート側液圧に応じてシール部材が変形許容室側へ弾性変形することで液圧ポンプの吐出ポート側液圧の脈動を低減するようにしている。
【0003】
【特許文献1】特開2000―177564号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、シール部材の反ダンパー室側が大気に晒されていて乾燥状態にあるため、シール部材が変形許容室側へ弾性変形する際、シール部材の表面と変形許容室を形成する壁面であるダンパー穴周面及びシール溝側面との間に比較的に大きい摩擦抵抗が発生するので、液圧ポンプの吐出ポート側液圧に応じてシール部材が弾性変形するがその変形量は少なく、液圧ポンプの吐出ポート側液圧の脈動低減効果が十分に得られない。
【0005】
そこで、本発明は、液圧ポンプの吐出ポート側液圧によるシール部材の弾性変形量を従来装置よりも多くし、液圧ポンプの吐出ポート側液圧の脈動低減効果を高めることを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、請求項1に記載したように、ブレーキ操作に応じた液圧を発生するマスターシリンダと、このマスターシリンダから供給される液圧により作動するホイールシリンダを含む車輪ブレーキ機構と、この車輪ブレーキ機構のホイールシリンダの液圧を少なくとも減圧及び再増圧するためにホイールシリンダとマスターシリンダとの間に介装された液圧制御弁と、この液圧制御弁から排出されるブレーキ液を一時的に溜めるリザーバと、このリザーバ内のブレーキ液をマスターシリンダと液圧制御弁との間に還流させるための液圧ポンプと、この液圧ポンプの吐出ポート側液圧が一側に作用された環状のシール部材と、このシール部材を収容すると共に液圧ポンプの吐出ポート側液圧に応じてシール部材の一部が弾性変形することを許容する変形許容室をシール部材の他側に形成する環状のシール溝を備えた車両用ブレーキ装置であって、液圧ポンプの吸入ポート側液圧が変形許容室に供給されていることを特徴とするものである。
【0007】
請求項1に記載の車両用ブレーキ装置において、請求項2に記載したように、シリンダとこのシリンダの軸方向に離間して設けられた吸入ポート及び吐出ポートとを有するポンプハウジング内に設置されたシリンダ部材の外周にシール溝が形成されており、変形許容室を形成するために前記シール溝の両側面のうちの前記吸入ポート側の側面が、該シール溝の深さの二分の一乃至は三分の一の位置から半径方向外側端にかけて、段差部又はテーパ部が形成されるように、切除されていることが好ましい。
【0008】
請求項2に記載の車両用ブレーキ装置において、請求項3に記載したように、シリンダ部材が前記シール溝の前記吸入ポート側に隣接する部分で前記シリンダに圧入されており、該部分には前記吸入ポートと前記変形許容室とを連通する溝が形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明は上述のように構成されているので、以下の効果を奏する。即ち、請求項1に記載の車両用ブレーキ装置においては、液圧ポンプの吸入ポート側液圧が変形許容室に供給されていることによりシール部材の表面及び変形許容室を形成する壁面がブレーキ液で潤滑されるので、シール部材が液圧ポンプの吐出ポート側液圧に応じて変形許容室側へ弾性変形する際にシール部材と変形許容室を形成する壁面との間の摩擦抵抗が従来装置に比べて大幅に小さくなる。従って、液圧ポンプの吐出ポート側液圧によるシール部材の弾性変形量が従来装置に比べて多くなり、液圧ポンプの吐出ポート側液圧の脈動低減効果が高まるものである。
【0010】
請求項2に記載の車両用ブレーキ装置においては、液圧ポンプの吐出ポート側液圧の脈動低減の効果的な容積の変形許容室を簡単に形成することができる。
【0011】
請求項3に記載の車両用ブレーキ装置においては、シリンダ部材を簡単かつ確実にポンプハウジングに固定することができると共に、吸入ポート側液圧を確実に変形許容室に供給することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。本実施形態における車両用ブレーキ装置は、図1に示されるように、ブレーキ操作部材であるブレーキペダルBPは周知のバキュームブースタVBを介して周知のタンデム型のマスターシリンダMCと作動的に連結されている。即ち、ブレーキペダルBPを操作すると、マスターシリンダMCの内部の前後二つの圧力発生室(図1で左右に分離した圧力発生室で、左方が前方、右方が後方である。)がそれぞれ大気圧リザーバRSから遮断されてこれらの圧力発生室にブレーキペダル操作力に応じた液圧が発生するように構成されている。
【0013】
マスターシリンダMCの前後2つの圧力室のうち、後方の圧力発生室は前右車輪ブレーキ機構FR及び後左車輪ブレーキ機構RL側の第1液圧系統H1に、また前方の圧力発生室は前左車輪ブレーキ機構FL及び後右車輪ブレーキ機構RR側の第2液圧系統H2にそれぞれ連通接続されている。尚、本実施形態では所謂X配管が構成されているが、前後配管としてもよい。
【0014】
第1液圧系統H1においては、マスターシリンダMCの圧力発生室は主液圧路MF並びにその分岐液圧路MFr及びMFlを介してそれぞれ前右車輪ブレーキ機構FRのホイールシリンダWfr及び後左車輪ブレーキ機構RLのホイールシリンダWrlに接続され、主液圧路MFには常開型の比例電磁弁SC1が介装されている。また、マスターシリンダMCの圧力発生室は補助液圧路MFcを介して後述の逆止弁CV5とCV6との間に接続され、補助液圧路MFcには常閉型の電磁弁SI1が介装されている。更に、比例電磁弁SC1に対して並列に、下流側(ホイールシリンダWfr及びWrl方向)へのブレーキ液の液流を許容し逆方向への液流を阻止する逆止弁CV11が介装されており、この逆止弁CV11により、比例電磁弁SC1が閉位置であっても、マスターシリンダMCが発生する液圧が比例電磁弁SC1の下流側の液圧より大となった場合にはマスターシリンダMCから比例電磁弁SC1の下流側へブレーキ液が供給され得る。比例電磁弁SC1は、そのマスタシリンダ側液圧路とホイールシリンダWfr及びwrl側液圧路との間の液圧差を、供給される電流値に応じた液圧差に制御するものである。
【0015】
更に、本実施形態においては、分岐液圧路MFr及びMFlにそれぞれ、常開型の電磁弁NOfr及びNOrlが介装されている。また、これらと並列にそれぞれ逆止弁CV1及びCV2が介装されている。逆止弁CV1及びCV2は、マスターシリンダMC方向へのブレーキ液の液流を許容しホイールシリンダWfr及びWrl方向へのブレーキ液の液流を阻止するもので、これらの逆止弁CV1及びCV2並びに開位置の比例電磁弁SC1を介してホイールシリンダWfr及びWrl内のブレーキ液がマスターシリンダMCひいては大気圧リザーバRSに戻されるように構成されている。而して、ブレーキペダルBPが開放されたときに、ホイールシリンダWfr及びWrl内の液圧はマスターシリンダMC側の液圧低下に迅速に追従し得る。また、ホイールシリンダWfr及びWrlに連通接続される排出側の分岐液圧路RFr及びRFlに、常閉型の電磁弁NCfr及びNCrlが介装されており、分岐液圧路RFr及びRFlが合流した排出液圧路RFはリザーバRS1に接続されている。このリザーバRS1は、マスターシリンダMCの大気圧リザーバRSとは別に設けられるもので、アキュームレータということもでき、ピストンとスプリングを備え、種々の制御に必要な容量のブレーキ液を一時的に溜め得るように構成されている。
【0016】
第1液圧系統H1に介装された液圧ポンプHP1は、その吸入ポートが電磁弁SI1を介してマスターシリンダMCと比例電磁弁SC1との間の連通路に接続され、液圧ポンプHP1の吐出ポートは逆止弁CV7を介して比例電磁弁SC1と電磁弁NOfr及びNOrlとの間の連通路に接続されている。尚、液圧ポンプHP1の吸入ポートには逆止弁CV5及びCV6を介してリザーバRS1が接続されている。液圧ポンプHP1は、液圧ポンプHP2と共に一つの電動機Mによって駆動され、吸入ポートからブレーキ液を吸入し昇圧して吐出ポートから出力するように構成されている。電動機Mは、電子制御装置ECU1によって駆動制御される。
【0017】
マスターシリンダMCは、補助液圧路MFc及びこれに介装された電磁弁SI1を介して、液圧ポンプHP1の吸入ポート側の逆止弁CV5と逆止弁CV6との間に連通接続されている。逆止弁CV5はリザーバRS1へのブレーキ液の液流を阻止し、逆方向への液流を許容するものである。そして、電磁弁SI1は、図1に示す常態の閉位置でマスターシリンダMCと液圧ポンプHP1の吸入ポートとの連通が遮断され、開位置でマスターシリンダMCと液圧ポンプHP1の吸入ポートが連通するように切り換えられる。
【0018】
上記比例電磁弁SC1、電磁弁SI1、電磁弁NOfr及びNOrl、並びに電磁弁NCfr及びNCrlは電子制御装置ECU1によって駆動制御され、ホイールシリンダWfr及びWrl内の液圧が調整される。
【0019】
液圧系統H2においても同様に、常開型の比例電磁弁SC2をはじめ、常閉型の電磁弁SI2、リザーバRS2、常開型の電磁弁NOfl及びNOrr、常閉型の電磁弁NCfl及びNCrr、逆止弁CV3,CV4,CV8乃至CV10、並びに逆止弁CV12が配設されている。液圧ポンプHP2は、電動機Mによって液圧ポンプHP1と共に駆動される。上記比例電磁弁SC2、電磁弁SI2、電磁弁NOfl及びNOrr、並びに電磁弁NCfl及びNCrrは電子制御装置ECU1によって駆動制御され、ホイールシリンダWfl及びWrr内の液圧が調整される。
【0020】
尚、電磁弁NOfr及びNCfrの一対、電磁弁NOrl及びNCrlの一対、電磁弁NOfl及びNCflの一対、電磁弁NOrr及びNCrrの一対がそれぞれ請求項1の液圧制御弁に該当する。
【0021】
電子制御装置ECU1は、図示されていない前右車輪速センサ、前左車輪速センサ、後右車輪速センサ、後左車輪速センサの出力信号や、ブレーキペダルBPが操作されているか否かを検出するブレーキペダルスイッチ(図示されず)の出力信号等を入力され、車両の制動中に車輪の制動スリップ量が過剰とならないようにホイールシリンダの液圧を調整するアンチロック制御や、車両の発進時や加速時に駆動車輪の駆動スリップ量が過剰とならないようにホイールシリンダに液圧を供給し調整するトラクション制御等を行うものである。
【0022】
上記の構成になる車両用ブレーキ装置において、通常時は、各電磁弁は図1に示す常態位置にあり、電動機Mは停止している。この常態でブレーキペダルBPが操作されると、バキュームブースタVBが作動してマスターシリンダMCを作動させる。マスターシリンダMCは、その内部の前後二つの液圧発生室にブレーキペダル操作力に応じた液圧を発生し、液圧系統H1及びH2に出力する。マスターシリンダMCから液圧系統H1に出力された液圧は、比例電磁弁SC1及び電磁弁NOfrを介して車輪ブレーキ機構FRのホイールシリンダWfrに供給されると共に、比例電磁弁SC1及び電磁弁NOrlを介して車輪ブレーキ機構RLのホイールシリンダWrlに供給される。これと同時に、マスターシリンダMCから液圧系統H2に出力された液圧は、比例電磁弁SC2及び電磁弁NOflを介して車輪ブレーキ機構FLのホイールシリンダWflに供給されると共に、比例電磁弁SC2及び電磁弁NOrrを介して車輪ブレーキ機構RRのホイールシリンダWrrに供給される。従って、車輪ブレーキ機構FR,FL,RR,RLが作動して車両の前右車輪,前左車輪,後右車輪,後左車輪にそれぞれブレーキトルクが加えられ、車両が制動される。
【0023】
操作されていたブレーキペダルBPが解放されると、バキュームブースタVBが常態へと復帰し、これによりマスターシリンダMCが常態へと復帰し、マスターシリンダの内部の前後二つの圧力発生室から液圧系統H1及びH2に出力される液圧が大気圧まで低下する。従って、ホイールシリンダWfr,Wrl,Wfl,Wrrの液圧も大気圧まで低下し、車輪ブレーキ機構FR,FL,RR,RLが常態へと復帰し、車両の制動が終了する。
【0024】
次にアンチロック制御について説明する。車両の制動時において、電子制御装置ECU1は、各車輪速センサの出力信号に基づいて、各車輪について制動スリップ量が過剰になりそうであるか否かを判別し、例えば前右車輪に制動スリップ量が過剰になりそうになったときには電磁弁NOfrを常態の開位置から閉位置へと切り換えると共に電磁弁NCfrを常態の閉位置から開位置へと切り換え、同時に電動機Mを始動する。これにより、ホイールシリンダWfrのブレーキ液が電磁弁NCfrを介してリザーバRS1へと排出されてホイールシリンダWfrの液圧が減圧され、前右車輪ブレーキ機構FRが前右車輪に加えるブレーキトルクが減少されるので、前右車輪の制動スリップ量が減少する。ホイールシリンダWfrから電磁弁NCfrを介してリザーバRS1へと排出されされたブレーキ液は、電動機Mにより液圧ポンプHP1が駆動されることで比例電磁弁SC1と電磁弁NOfr及びNOrlとの間の連通路に戻され、更に比例電磁弁SC1を介してマスターシリンダMCの後方圧力発生室へ戻される。
【0025】
上述の如くして前右車輪の制動スリップ量が十分に減少すると、電子制御装置ECU1が電磁弁NCfrを開位置から閉位置に切り換えると共に電磁弁NOfrを閉位置から開位置に切り換える。これにより、マスターシリンダMCからホイールシリンダWfrにブレーキ液が供給されてホイールシリンダWfrの液圧が再増圧され、前右車輪ブレーキ機構FRが前右車輪に加えるブレーキトルクが増加するので、前右車輪の制動スリップ量が増大する。前右車輪の制動スリップ量が過剰な制動スリップ量に近づくと、電子制御装置ECU1は電磁弁NOfrを開位置から閉位置に切り換えるので、ホイールシリンダWfrの液圧は保持される。
【0026】
上述の如くしてホイールシリンダWfrの液圧が保持されている状態で前右車輪の制動スリップ量が増大し、再び過剰なスリップ量になりそうになると、電子制御装置ECU1は、電磁弁NOfrを開位置から閉位置に切り換えると共に電磁弁NCfrを閉位置から開位置に切り換える。これにより、ホイールシリンダWfrのブレーキ液が電磁弁NCfrを介してリザーバRS1へと排出されてホイールシリンダWfrの液圧が減圧され、前右車輪ブレーキ機構FRが前右車輪に加えるブレーキトルクが減少されるので、前右車輪の制動スリップ量が減少する。
【0027】
上述のように、電子制御装置ECU1により、車両制動中の前右車輪の制動スリップ量に応じて電磁弁NOfr及びNCfrが二つの位置の間で切り換えられると共に電動機Mで液圧ポンプHP1を作動させることにより、ホイールシリンダWfrの液圧が減圧、再増圧、保持の間で切り換えられて調整されることで、車両制動中の前右車輪の制動スリップ量が過剰となることが回避される。
【0028】
車両制動中の前左車輪の制動スリップ量が過剰となることは、電子制御装置ECU1により、車両制動中の前左車輪の制動スリップ量に応じて電磁弁NOfl及びNCflが二つの位置の間で切り換えられると共に電動機Mで液圧ポンプHP2を作動させることにより、ホイールシリンダWflの液圧が減圧、再増圧、保持の間で切り換えられて調整されることで回避される。
【0029】
車両制動中の後右車輪の制動スリップ量が過剰となることは、電子制御装置ECU1により、車両制動中の後右車輪の制動スリップ量に応じて電磁弁NOrr及びNCrrが二つの位置の間で切り換えられると共に電動機Mで液圧ポンプHP2を作動させることにより、ホイールシリンダWrrの液圧が減圧、再増圧、保持の間で切り換えられて調整されることで回避される。そして、車両制動中の後左車輪の制動スリップ量が過剰となることは、電子制御装置ECU1により、車両制動中の後左車輪の制動スリップ量に応じて電磁弁NOrl及びNCrlが二つの位置の間で切り換えられると共に電動機Mで液圧ポンプHP1を作動させることにより、ホイールシリンダWrlの液圧が減圧、再増圧、保持の間で切り換えられて調整されることで回避される。
【0030】
次に、車両の発進時や加速時の駆動輪における駆動スリップ量が過剰となることを回避するトラクション制御について説明する。図1に示す車両用ブレーキ装置は、前輪駆動車に適用されているものである。車両の発進時や加速時においては、一般的に、ブレーキペダルBPは操作されておらず、各電磁弁は図1に示す常態位置にあり、電動機Mは停止している。例えば、車両の前右車輪の駆動スリップ量が過剰になりそうになると、電子制御装置ECU1は、比例電磁弁SC1を全開位置から全閉位置に切り換えると共に電磁弁SI1を閉位置から開位置に切り換え、電動機Mを始動させて液圧ポンプHP1及びHP2を駆動する。これにより、液圧ポンプHP1は、大気圧リザーバRS内のブレーキ液をマスターシリンダMCと電磁弁SI1を介して吸入ポートから吸入し昇圧して吐出ポートから吐出する。液圧ポンプHP1が吐出するブレーキ液は電磁弁NOfrを介してホイールシリンダWfrに供給されるので、ホイールシリンダWfrの液圧が上昇し、車輪ブレーキ機構FRが作動して前右車輪にブレーキトルクを加え、前右車輪の車輪速の上昇が抑制されて前右車輪の駆動スリップ量の増加が抑制される。そして、電子制御装置ECU1により比例電磁弁SC1が開位置にされると共に比例電磁弁SC1の開度が調整されることによりホイールシリンダWfrの液圧が調整され、前右車輪の駆動スリップ量が適切な駆動スリップ量となるように調整される。
【0031】
また、車両の前左車輪の駆動スリップ量が過剰になりそうになると、電子制御装置ECU1は、比例電磁弁SC2を全開位置から全閉位置に切り換えると共に電磁弁SI2を閉位置から開位置に切り換え、電動機Mを始動させて液圧ポンプHP1及びHP2を駆動する。これにより、液圧ポンプHP2は、大気圧リザーバRS内のブレーキ液をマスターシリンダMCと電磁弁SI2を介して吸入ポートから吸入し昇圧して吐出ポートから吐出する。液圧ポンプHP2が吐出するブレーキ液は電磁弁NOflを介してホイールシリンダWflに供給されるので、ホイールシリンダWflの液圧が上昇し、車輪ブレーキ機構FLが作動して前左車輪にブレーキトルクを加え、前左車輪の車輪速の上昇が抑制されて前左車輪の駆動スリップ量の増加が抑制される。そして、電子制御装置ECU1により比例電磁弁SC2が開位置にされると共に比例電磁弁SC2の開度が調整されることによりホイールシリンダWflの液圧が調整され、前左車輪の駆動スリップ量が適切な駆動スリップ量となるように調整される。
【0032】
図2は、図1に示す液圧ポンプHP1の詳細構造を示す断面図である。図3は図2の要部の拡大図である。図1に示す液圧ポンプHP2の構成は液圧ポンプHP1と同じであるため、液圧ポンプHP1についてのみ説明する。図2において、ポンプハウジング10は、段付シリンダ12と、この段付シリンダ12の軸方向に間隔をあけて設けられていて段付シリンダ12に開口する吸入ポート14及び吐出ポート16を有している。段付シリンダ12の左端開口を閉鎖するためのプラグ18は、ポンプハウジング10にカシメを施すことによってポンプハウジング10に液密に固定されている。
【0033】
段付シリンダ12内にてプラグ18の右側に位置するシリンダ部材20は、外周に形成された環状のシール溝22の右側に隣接するフランジ部20aが段付シリンダ12に対して圧入されることによってポンプハウジング10に固定されている。シール溝22に収容された環状のシール部材24は、シリンダ部材20の外周とポンプハウジング10との間をシールする。シリンダ部材20には、右端が開放し且つ左端が閉じたシリンダ26と、このシリンダ26をプラグ18とシリンダ部材20との間の吐出室28に連通する段付貫通孔30が形成されている。段付貫通孔30の中間部は弁座30aに形成されてており、この弁座30aに圧縮コイルスプリング32の付勢力で着座する球状の弁体34が段付貫通孔30の左方部内に配設されている。これら弁座30a、圧縮コイルスプリング32及び弁体34によって図1に示す逆止弁CV7が構成されている。吐出室28は吐出ポート16と常時連通する。
【0034】
段付シリンダ12の右方部分に設置されたピストン36は、右方の第1部材38と左方の第2部材40とから構成されている。第1部材38の右端部は段付シリンダ12の右端部に摺動自在に嵌合されている。第1部材38の右端部の外周に形成された環状のシール溝に収容された環状のシール部材42は、ポンプハウジング10とピストン36の外周との間をシールする。第1部材38に形成された環状の摺動リング溝44には外周にて段付シリンダ12に液密に且つ摺動自在に係合された摺動リング46の内周部が収容されており、これによって摺動リング46の右側に供給室48が形成されている。
【0035】
第1部材38に形成された通路50は、摺動リング溝44の底部と供給室48を常時連通すると共に、供給室48と第2部材40に形成された貫通孔52の右端とを常時連通する。摺動リング溝44の軸方向寸法は摺動リング46の内周部の軸方向寸法よりも少し大きく、また摺動リング溝44の底面の直径は摺動リング46の内周の直径よりも小さい。これにより、図2に示すように摺動リング46の内周部の右端が摺動リング溝44の右側面に当接した状態では、摺動リング溝44の底面と摺動リング46の内周との間に形成される環状の通路と、摺動リング溝44の左側面と摺動リング46の左端との間に形成される環状の通路とを介して、シリンダ部材20の右端部の外周の環状の吸入室54とピストン36の通路50とが連通する。吸入室54は吸入ポート14と常時連通する。
【0036】
ピストン36の第1部材38の左端部と第2部材40はシリンダ部材20のシリンダ26に摺動自在に嵌合されており、これによってシリンダ26内にポンプ室56が形成されている。このポンプ室56内には、ピストン36を右方へ押動するための圧縮コイルスプリング58と、ピストン36の第2部材40に組付けられた球状の弁体60及びこの弁体60を貫通孔52の左端に隣接するように形成された弁座62に着座させるための圧縮コイルスプリング64が設置されている。弁体60、圧縮コイルスプリング64及び弁座62は図1に示す逆止弁CV6を構成する。
【0037】
シール部材24の左側には吐出ポート16側の液圧が常時作用する。シール溝22の右側面は、図3に明示されるように、シール溝の深さの三分の一の位置から半径方向外方に位置する外径側部が内径側部に対して右方に偏倚した段差部22aが形成されるように切除されて変形許容室66が形成されている。シリンダ部材20のフランジ部20aには吸入室54と変形許容室66とを常時連通する軸方向溝68が形成されている。この軸方向溝68は周方向に間隔を空けて複数形成されている。而して、変形許容室66には吸入ポート14側の液圧が常時供給される。尚、段差部22aの半径方向寸法は、シ−ル溝22の深さの二分の一乃至は三分の一とする。
【0038】
ピストン36の右端面は図1に示す電動機Mにより駆動される偏心カム70と係合され、この偏心カム70により左方へ押動され、圧縮コイルスプリング58により右方へ押動される。図2はピストン36が上死点に位置する状態を示しており、偏心カムの回転によりピストン36の右方向摺動が許容されることに応じてピストン36が圧縮コイルスプリング58により右方向へ押動される。即ち、ピストン36が下死点に向かって摺動する。ピストン36が図2の位置から右方へ押動されると、摺動リング溝44の左側面がポンプハウジング10との間の摺動抵抗により静止している摺動リング46の内周部の左端に接触して吸入室54と通路50との連通が遮断される。ピストン36が下死点に向かって引き続き押動される吸入行程においては、摺動リング46がピストン36と一体的に右方へ摺動することにより供給室48の容積が減少すると共に、ピストン36の摺動によりポンプ室56の容積が増加するため、供給室48内のブレーキ液が通路50と貫通孔52を通り且つ逆止弁CV6を開かせてポンプ室56へと流動する。
【0039】
ピストン36の摺動が下死点に到達した後、ピストン36が上死点に向かって摺動される吐出行程においては、ピストン36の摺動に応じてポンプ室56の容積が減少するため、ポンプ室56内のブレーキ液が昇圧されて逆止弁CV7を開かせて吐出室28へと流動する。また、ピストン36の摺動リング溝44の左側面がポンプハウジング10との間の摺動抵抗により静止している摺動リング46の内周部から離脱して摺動リング46の左端と摺動リング溝44の左側面との間に通路ができ、吸入室54と通路50とが再び連通する。そして、ピストン36が引き続き上死点に向かって摺動することに応じて摺動リング46がピストン36と一体的に摺動して供給室48の容積が増加するので、吸入室54内のブレーキ液が通路50を通って供給室48内に吸入される。
【0040】
このようにピストン36が上死点から下死点に向かう吸入行程と下死点から上死点に向かう吐出行程とを繰り返すことによりブレーキ液が吸入ポート14から吐出ポート16へと圧送される。その際、吐出ポート16側の液圧に脈動が発生するが、吐出ポート16側の液圧が上昇する際にはシール部材24の一部が吐出ポート16側の液圧と吸入ポート14側の液圧との液圧差により変形許容室66内へと弾性変形し、この変形許容室66内へと弾性変形したシール部材24の一部が吐出ポート側の液圧が下降する際に変形許容室66外へと復元する。これにより吐出ポート側の液圧の脈動が低減されるものである。本実施形態においては、本発明に従って、吸入ポート14側の液圧が変形許容室66に供給され、変形許容室66を形成するシール部材24の表面、シール溝22の側面及び段付シリンダ12の内周面がブレーキ液で潤滑された状態にあるため、シール部材24の変形許容室66側への弾性変形及びその復元は円滑に行われ、従って良好な脈動低減効果が得られるものである。
【0041】
図4は、液圧ポンプの図2及び図3に示す実施形態とは別の実施形態の要部の拡大図である。本実施形態においては、シール溝22の右側面の、シール溝22の深さの三分の一の位置から半径方向外方に位置する外径側部は、テーパ部22bが形成されるように切除されることで変形許容室66が形成されている。この変形許容室66にはシリンダ部材20に形成された溝68を通して吸入ポート14側の液圧が供給されるものである。従って、本実施形態においても、変形許容室66を形成する面がブレーキ液により潤滑されるので、吐出ポート16側液圧の脈動に応じてシール部材24が円滑に弾性変形を繰り返すことで良好な脈動低減効果が得られるものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の実施形態の概略構成を示す図である。
【図2】図1に示すポンプの実施形態の詳細構成を示す断面図である。
【図3】図2の要部の拡大図である。
【図4】図2の実施形態とは別の実施形態の要部の拡大図である。
【符号の説明】
【0043】
BP・・・ブレーキペダル(ブレーキ操作部材)
MC・・・マスターシリンダ
FR、FL、RL、RR・・・車輪ブレーキ機構
Wfr、Wfl、Wrl、Wrr・・・ホイールシリンダ
NOfr、NCfr・・・電磁弁(液圧制御弁)
RS1、RS2・・・リザーバ
HP1、HP2・・・液圧ポンプ
14・・・吸入ポート
16・・・吐出ポート
20・・・ポンプハウジング
22・・・シール溝
24・・・シール部材
66・・・変形許容室


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキ操作に応じた液圧を発生するマスターシリンダと、該マスターシリンダから供給される液圧により作動するホイールシリンダを含む車輪ブレーキ機構と、該車輪ブレーキ機構の前記ホイールシリンダの液圧を少なくとも減圧及び再増圧するために前記ホイールシリンダと前記マスターシリンダとの間に介装された液圧制御弁と、該液圧制御弁から排出されるブレーキ液を一時的に溜めるリザーバと、該リザーバ内のブレーキ液を前記マスターシリンダと前記液圧制御弁との間に還流させるための液圧ポンプと、該液圧ポンプの吐出ポート側液圧が一側に作用された環状のシール部材と、該シール部材を収容すると共に前記液圧ポンプの前記吐出ポート側液圧に応じてシール部材の一部が弾性変形することを許容する変形許容室を前記シール部材の他側に形成する環状のシール溝を備えた車両用ブレーキ装置であって、前記液圧ポンプの吸入ポート側液圧が前記変形許容室に供給されていることを特徴とする車両用ブレーキ装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用ブレーキ装置であって、シリンダと該シリンダの軸方向に離間して設けられた吸入ポート及び吐出ポートとを有するポンプハウジング内に設置されたシリンダ部材の外周に前記シール溝が形成されており、前記変形許容室を形成するために前記シール溝の両側面のうちの前記吸入ポート側の側面が、該シール溝の深さの二分の一乃至は三分の一の位置から半径方向外側端にかけて、段差部又はテーパ部が形成されるように、切除されていることを特徴とする車両用ブレーキ装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両用ブレーキ装置であって、前記シリンダ部材が前記シール溝の前記吸入ポート側に隣接する部分で前記シリンダに圧入されており、該部分には前記吸入ポートと前記変形許容室とを連通する溝が形成されていることを特徴とする車両用ブレーキ装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−112332(P2007−112332A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−307004(P2005−307004)
【出願日】平成17年10月21日(2005.10.21)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】