説明

車両用操舵装置

【課題】後輪の回生ブレーキとして機能するモータを有する車両において、回生制動時の車両挙動の変化を抑制して運転者の操舵フィールを向上させる。
【解決手段】左右後輪4rl,4rrを駆動するモータ5l,5rを回生ブレーキとして用いる電動パワーステアリング装置21において、車両挙動に応じて補助反力トルクを制御する補助反力トルク設定部を備え、補助反力トルク設定部が、モータによる回生が行われた場合に補助反力トルクを増大させる構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両挙動に応じて操舵アシスト力を低減する補助反力トルクを制御する車両用操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車においては、適切な運転を可能とさせるべく、車両挙動や路面状態を操舵反力として運転者に伝達する必要がある。車両用操舵装置として電動パワーステアリングが搭載された自動車の場合、補助反力トルクが種々の制御パラメータ(ステアリングホイールの操舵角、ヨーレイト、車速等)に基づいて設定され、操舵方向への補助操舵トルクを減少させる制御が実施される。
【0003】
この種の車両用操舵装置として、横風などの外乱が加わった際に発生する車両挙動を抑制するように補助操舵トルクを発生するものが存在し、例えば、車両の操向車輪を手動により転舵するための手動操舵手段と、補助操舵トルクを操向車輪に加えるための電動機と、車両のヨーレイト等を検出する車両挙動検出手段の検出値に基づいて電動機の補助操舵トルクを制御する制御手段とを備え、制御手段が、車両挙動検出手段の検出値の単位時間当たりの変化率値を検出し、この変化率値を打ち消す向きに電動機が駆動されるように制御するようにしたものが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3110891号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、後輪を駆動するモータを回生ブレーキとして用いる車両の場合、回生制動時に車両挙動が変化し、運転者に違和感を与え、操舵フィールが低下することが考えられる。特に、ディスクブレーキ等の制動装置を作動させずに回生を行う車両では、そのような傾向が顕著である。しかしながら、そのような車両に上記従来の車両用操舵装置を適用した場合、回生制動による影響がヨーレイト等の車両挙動の変化として反映された後に制御を行うことになるため、回生制動時に車両挙動の変化を遅滞なく抑制することは困難であった。
【0006】
本発明は、このような従来技術の課題を鑑みて案出されたものであり、後輪の回生ブレーキとして機能するモータを有する車両において、回生制動時の車両挙動の変化を抑制して運転者の操舵フィールを向上させる車両用操舵装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するためになされた第1の発明は、後輪(4rl,4rr)を駆動するモータ(5l,5r)を回生ブレーキとして用いる車両(1)の操舵装置(21)であって、車両挙動に応じて操舵アシスト力を低減する補助反力トルクを制御する反力制御手段(42)を備え、前記反力制御手段は、前記モータによる回生が行われた場合、前記補助反力トルクを増大させる構成とする。
【0008】
また、第2の発明として、前記後輪を構成する左右輪が異なるモータによって駆動され、前記反力制御手段は、前記モータによる回生量の差に応じて前記補助反力トルクを制御する構成とすることができる。
【発明の効果】
【0009】
上記第1の発明によれば、後輪の回生ブレーキとして機能するモータを有する車両において、回生制動時に補助反力トルクを増大させる(すなわち、補助操舵力を減少させる)ことで、回生制動時の車両挙動の変化を抑制して運転者の操舵フィールを向上させることができるという優れた効果を奏する。また、上記第2の発明によれば、左右後輪における回生量の差に応じて補助反力トルクを制御することにより、車両挙動の変化をより効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施形態に係る電動パワーステアリング装置を備えた自動車の概略構成図
【図2】図1中のEPS・ECUの構成を示すブロック図
【図3】図2中の補助反力トルク設定部の概略構成を示すブロック図
【図4】図3中の補助反力トルクのベース値T1と車速Vおよびヨーレイトγとの対応を示すデータマップ
【図5】図4中の補助反力トルク補正部の概略構成を示すブロック図
【図6】図4中の補助反力トルクの補正値T2と車速Vおよび回生量Reg_Vとの対応を示すデータマップ
【図7】図2中の補助反力トルク設定部による補助反力トルク補正値の設定手順を示すフロー図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。説明にあたり、4本の車輪やそれらに対応して配置された部材については、それぞれ数字の符号に前後左右を示す添字を付し、例えば、車輪4fl(左前)、車輪4fr(右前)、車輪4rl(左後)、車輪4rr(右後)と記す。また、総称する場合には、例えば、車輪4と記す。
【0012】
図1に示すように、自動車(車両)1は、タイヤ3fl,3frが装着された左右前輪4fl,4frと、タイヤ3rl,3rrが装着された左右後輪4rl,4rrとを備えており、これら前輪4fl,4frおよび後輪4rl,4rrが、いずれも図示しない左右のフロントサスペンションおよびリヤサスペンションによってそれぞれ車体2に懸架されている。自動車1は、4輪駆動方式を採用しており、前輪4fl,4frが図示しないエンジンによって駆動されるとともに、後輪4rl,4rrがギヤ機構6l,6rを介して左右の後輪駆動モータ5l,5rによって駆動される。
【0013】
また、自動車1は、ステアリングホイール11の操舵によって前輪4fl,4frを直接転舵する前輪操舵装置12を備えている。前輪操舵装置12は、ステアリングホイール11にステアリングシャフト14を介して一体的に回転可能に連結されたピニオン15と、このピニオン15に噛合して車幅方向に往復動可能に設けられたラック軸16とから構成されるラック・アンド・ピニオン機構を備えている。ラック軸16の両端はタイロッド17を介して前輪4fl,4frのナックル18l,18rに連結されており、ステアリングホイール11の回転操作に応じて前輪4fl,4frが転舵される。また、前輪操舵装置12は、電動パワーステアリング装置(Electric Power Steering:以下、EPSという。)21を備えており、運転者の手動操舵力を軽減すべくアシストモータ22が発生するアシストトルクをステアリング系に付与する。
【0014】
ピニオン15の近傍には、ピニオン15に作用する手動操舵トルクTを検出する操舵トルクセンサ31と、ステアリングホイール11の回転角から操舵角速度ωを検出する操舵角速度センサ32とが設けられている。また、車体の適所には、車速を検出する車速センサ33と、車体に発生するヨーレイトγを検出するヨーレイトセンサ34とが設けられている。
【0015】
さらに、自動車1には、各種システムを統括制御するメインECU37と、メインECU37からの制御指令に基づきEPS21を制御するEPS・ECU38と、メインECU37からの制御指令に基づき後輪駆動モータ5l,5rの駆動および回生動作を制御するパワーコントロールユニット(Power Control Unit:以下、PCUという。)39とを備えている。各ECU37,38およびPCU39は、CPUやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、車両用ローカルエリアネットワークCAN(Controller Area Network)などの通信回線を介して互いに接続され、互いに制御量や制御状態を監視することができる。
【0016】
メインECU37には、各センサ31〜34からの検出結果が入力され、これらの入力に基づきEPS・ECU38またはPCU39に対する各種制御指令が出力される。PCU39には、後輪駆動モータ5l,5rに電力を供給するニッケル水素バッテリ40が接続されている。後輪駆動モータ5l,5rは、自動車1の運動エネルギにより回転駆動されて発電を行う回生ブレーキ機能を有しており、発電された電気エネルギがバッテリ40に充電される。発電時の回転抵抗は、自動車1の制動力として利用される。
【0017】
また、PCU39は、バッテリ40に充電される回生量(電力量)を検出し、検出した回生量の情報を、メインECU37を介してEPS・ECU38に出力する。後述するように、EPS・ECU38では、得られた回生量の情報に基づき補助反力トルクを制御する。なお、PCU39がエンジン回転数やバッテリ残量等の車両状況に基づき後輪駆動モータ5l,5rに対する目標回生量を算出し、この目標回生量を上記回生量の情報の代わりにEPS・ECU38に出力する構成も可能である。
【0018】
図2に示すように、EPS・ECU38において、補助操舵トルク設定部41には、操舵トルクセンサ31、操舵角速度センサ32、及び車速センサ33からの各検出信号(すなわち、操舵トルクT、操舵角速度ω、及び車速Vの情報)が入力する。補助操舵トルク設定部41は、それらの入力された情報から所定のデータマップや演算式等を用いて通常のアシスト制御を行うための補助操舵トルク目標値T0を設定する。また、補助反力トルク設定部42(反力制御手段)には、車速センサ33及びヨーレイトセンサ34からの検出信号(すなわち、車速V及びヨーレイトγの情報)ならびにPCU39からの左右後輪回生量Reg_Vl,Reg_Vrの情報が入力する。補助反力トルク設定部42は、それらの入力された情報から所定のデータマップや演算式等を用いて補助反力トルク目標値TAを設定する。この補助反力トルク目標値TAは、操舵アシスト力を低減する操舵抵抗成分であり、加算器43において補助操舵トルク目標値T0に加算され、目標電流設定部44に出力される。
【0019】
目標電流設定部44は、加算器43の出力(補助操舵トルク目標値T0および補助反力トルク目標値TA)に基づきアシストモータ22に対する目標電流Itを設定し、これを出力電流制御部45に出力する。出力電流制御部45は、目標電流Itに基づいて駆動回路46を制御し、アシストモータ22を駆動する。また、出力電流制御部45は、アシストモータ22の実電流Iaと目標電流Itとの間でフィードバック制御を行う。
【0020】
図3に示すように、補助反力トルク設定部42において、補助反力トルク演算部51は、車速Vおよびヨーレイトγに基づいて補助反力トルクのベース値T1を算出する。
【0021】
ここで、補助反力トルク演算部51は、例えば、図4に示すように、ヨーレイトγに対して車速Vごとに異なる特性に設定されたデータマップから補助反力トルクのベース値T1を求めることができる。このデータマップでは、車速Vが大きくなるにつれて、同じヨーレイトγでもより大きなベース値T1が発生するように設定されている。また、車速Vが0の場合、ベース値T1はヨーレイトγに関わらず0に設定される。
【0022】
また、補助反力トルク設定部42において、補助反力トルク補正部52は補助反力トルクの補正値T2を設定する。より詳細には、図5に示すように、補助反力トルク補正部52において、回生量演算部61が、左後輪回生量Reg_Vlと右後輪回生量Reg_Vrとの差である回生量差Reg_Vdを算出し、これを補正値設定部62に出力する。補正値設定部62は、回生量差Reg_Vdおよび車速Vに基づいて補助反力トルクの補正値T2を設定する。
【0023】
ここで、補正値設定部62は、例えば、図6に示すように、回生量差Reg_Vdに対して車速Vごとに異なる特性に設定されたデータマップから補助反力トルクの補正値T2を求めることができる。このデータマップでは、車速Vが大きくなるにつれて、同じヨーレイトγでもより大きな補正値T2が発生するように設定されている。また、補正値T2は、回生量差Reg_Vdが0の場合に0に設定されるが、少なくとも回生量差Reg_Vdが0でない場合(すなわち、回生が行われた場合)には補助反力トルクを増大させるように設定されている。
【0024】
なお、図示しないブレーキペダルの非操作時には、後輪駆動モータ5l,5rによる回生制動により後輪4rl,4rrのみが制動されるため、ブレーキペダルの操作時(前後輪に対してディスクブレーキ等の制動装置が作動している状態)に比べて車両挙動の変化が大きくなり得る。したがって、補正値設定部62は、自動車1の減速時(例えば、図示しないアクセルペダルの踏み込み量やスロットル開度がゼロとなった或いは減少した場合)に、ブレーキペダルの操作信号(図5参照)からブレーキペダルが操作されていないと判断した場合にのみ、補助反力トルクの補正値T2を設定する(すなわち、補助反力トルクを増大させる)構成とすることができる。
【0025】
補助反力トルク演算部51が設定した補助反力トルクのベース値T1と、補助反力トルク補正部52が設定した補助反力トルクの補正値T2とは、図3に示すように、加算器63において加算された後、リミッタ64に入力される。リミッタ64は、ベース値T1と補正値T2との和として求められる補助反力トルク目標値TAを、予め設定された最大値(Tmax)および最小値(−Tmax)に基づき適正範囲内に制限するリミッタ処理を行ない、この処理後の補助反力トルク目標値TAを出力する。
【0026】
次に、図7を参照して、補助反力トルク設定部42による補助反力トルクの補正値T2の設定手順を示す。まず、補助反力トルク演算部51は、入力された車速Vおよびヨーレイトγに基づいて、図4に示したデータマップから補助反力トルクのベース値T1を求める(S101)。
【0027】
次に、補助反力トルク補正部52において、回生量演算部61は、入力された左後輪回生量Reg_Vlと右後輪回生量Reg_Vrとの差から回生量差Reg_Vdを算出する(S102)。続いて、補正値設定部62は、回生量差Reg_Vdおよび車速Vに基づき、図6に示したデータマップから補助反力トルクの補正値T2を求める(S103)。
【0028】
なお、上記回生量差Reg_Vdの代わりに、左後輪回生量Reg_Vlと右後輪回生量Reg_Vrとの和である総回生量Reg_Vtを用いて補助反力トルクの補正値T2を求めることも可能である。その場合には、差動装置を介して後輪4rl,4rrを1つの後輪駆動モータにより駆動する構成も可能である。
【0029】
その後、加算器63において、ベース値T1および補正値T2が加算されて補助反力トルク目標値TAが算出される(S104)。そして、リミッタ64において、補助反力トルク目標値TAが、予め設定された最大値(Tmax)と比較され(S105)、最大値を越えている場合(YES)、TA=Tmaxとして設定される(S106)。さらに、リミッタ64において、補助反力トルク目標値TAが、予め設定された最小値(−Tmax)と比較され(S107)、最小値に満たない場合(YES)、TA=−Tmaxとして出力される(S108)。なお、補助反力トルク目標値TAが、最大値(Tmax)と最小値(−Tmax)との間の適正範囲にある場合には、そのままの値が出力される。
【0030】
上記電動パワーステアリング装置21においては、後輪駆動モータ5l,5rによる回生が行われた場合に、補助反力トルク設定部42が補助反力トルク目標値TAを増大させる(すなわち、補正値T2を増大させる)構成とした。これにより、回生制動時に補助反力トルクを増大させる(すなわち、補助操舵力を減少させる)ことで、回生制動時の車両挙動の変化を抑制して運転者の操舵フィールを向上させることができる。
【0031】
特に、補助反力トルク設定部42が、後輪駆動モータ5l,5rによる回生量差に応じて補正値T2を設定する構成としたため、電動パワーステアリング装置21は車両挙動の変化をより効果的に抑制することが可能である。
【0032】
また、補助反力トルク設定部42は、自動車のヨーレイトγおよび車速Vに応じて補助反力トルクのベース値T1を算出し、回生制動時に補正値T2によりベース値T1を補正する構成とした。これにより、回生制動が行われる際に、ヨーレイトγや車速Vに応じて付与される補助反力トルクのベース値T1を補正するという簡易な処理を実行することにより、補助反力トルクを適切に制御することが可能となる。
【0033】
なお、本実施形態では、回生制動時の回生量に応じて求めた補助反力トルクの補正値T2を補助反力トルクのベース値T1に加算する構成としたが、少なくとも補助反力トルク演算部51から出力された補助反力トルクのベース値T1を増大させる限りにおいて、種々の補正方法を採用することができる。例えば、回生量に応じて算出した補正係数を補助反力トルクのベース値T1に乗算する構成でもよい。
【0034】
本発明を特定の実施形態に基づいて詳細に説明したが、上記実施形態はあくまでも例示であって本発明はこれらの実施形態によって限定されるものではない。例えば、補助操舵トルク目標値や補助反力トルクのベース値の設定については、上述したものに限らず種々の方法を採用することができる。また、回生ブレーキとして機能するモータは、必ずしも後輪を駆動するものでなくてもよい。
【符号の説明】
【0035】
1 自動車
5 後輪駆動モータ
11 ステアリングホイール
12 前輪操舵装置
21 電動パワーステアリング装置
22 アシストモータ
31 操舵トルクセンサ
32 操舵角速度センサ
33 車速センサ
34 ヨーレイトセンサ
37 メインECU
38 EPS・ECU
39 PCU
40 バッテリ
41 補助操舵トルク設定部
42 補助反力トルク設定部
51 補助反力トルク演算部
52 補助反力トルク補正部
61 回生量演算部
62 補正値設定部
64 リミッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
後輪の回生ブレーキとして機能するモータを有する車両の操舵装置であって、
車両挙動に応じて操舵アシスト力を低減する補助反力トルクを制御する反力制御手段を備え、
前記反力制御手段は、前記モータによる回生が行われた場合、前記補助反力トルクを増大させることを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項2】
前記後輪を構成する左右輪が異なるモータによって駆動され、
前記反力制御手段は、前記各モータによる回生量の差に応じて前記補助反力トルクを制御することを特徴とする、請求項1に記載の車両用操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−241278(P2010−241278A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−92603(P2009−92603)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】