説明

車両駆動装置

【課題】少なくとも1つの駆動力源1と、常時噛み合い式の変速機3と、駆動力源1から変速機3への動力伝達を遮断または許容するように切断または継合されるクラッチ2とを備えかつ人的操作に応答して変速機3のギヤ段変更を行う構成の車両駆動装置において、シフトチェンジする場合のクラッチ継合過程で、運転者に対して減速感の違和感を与える可能性を低くする。
【解決手段】クラッチ2を介さずに前輪6,6に正または負の駆動力を入力するためのモータ4と、モータ4の出力トルクを制御するためのECU100とを備える。ECU100は、シフトチェンジする場合でのクラッチ2の完全継合前に、当該クラッチ2の完全継合時における前輪6,6への出力トルクの変動量を推定し、この推定した出力トルクの変動分を相殺するようにモータ4の出力を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行用の駆動力を発生する少なくとも1つの駆動力源(例えばエンジンや電動機など)と、常時噛み合い式の変速機と、前記駆動力源から前記変速機への動力伝達を遮断または許容するように切断または継合されるクラッチとを備えかつ人的操作に応答して前記変速機のギヤ段変更を行う構成の車両駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、エンジンの駆動力および/またはモータの駆動力をマニュアルトランスミッションを介して駆動輪に伝達するように構成したハイブリッド車両が記載されている。
【0003】
前記マニュアルトランスミッションとは、一般的に、シンクロメッシュ機構付きの常時噛み合い式変速機のことであり、多数のギヤ段(ドライブギヤとドリブンギヤとの組み合わせ)を備える構成になっている。このマニュアルトランスミッションは、運転者のシフトチェンジ操作に応答して適宜のギヤ段を成立する構成である。
【0004】
一般的に、シフトチェンジ(シフトダウンまたはシフトアップ)では、クラッチを一旦切断する動作と、変速機のギヤ段を変更する動作と、クラッチを継合させる動作とを連続して行う。
【0005】
ここで、例えばアクセルオフに伴う車速の減速中にシフトダウンする場合では、ギヤ段変更が終わってクラッチを継合開始するときにエンジン回転数(クラッチ入力側回転数)が変速機の入力回転数(クラッチ出力側回転数)より低くなっているので、クラッチが継合されていくに従ってエンジン側の引き摺りトルク(駆動力源からクラッチ入力側の部材までのイナーシャトルク)が増大することになって、車輪への出力トルクが減少することになる。そのために、クラッチの継合過程で車速の減速度が大きくなって、運転者に引き込み感を与える傾向になる。
【0006】
一方、例えばアクセルオフに伴う車速の減速中にシフトアップする場合では、ギヤ段変更が終わってクラッチを継合開始するときにエンジン回転数(クラッチ入力側回転数)が変速機の入力回転数(クラッチ出力側回転数)より高くなっているので、クラッチが継合されていくに従ってエンジンで発生するトルクが変速機に伝達されることになって、車輪への出力トルクが増大することになる。そのために、クラッチの継合過程で車両の減速度が小さくなって、運転者に飛び出し感を与える傾向になる。
【0007】
例えば特許文献2には、エンジンが電動モータと発電機とに並列方式で結合され、さらにクラッチを介してギヤシフトトランスミッションに接続された構成のハイブリッドカーにおいて、シフトチェンジ時に、電動モータと発電機とを発電させるように制御してエンジン回転速度を下げたり、あるいは電動モータを運転してエンジン回転速度を上げたりすることにより、エンジンの出力軸回転速度とギヤシフトトランスミッションの入力軸回転速度とを同期させることが記載されている。前記ギヤシフトトランスミッションは、前記したマニュアルトランスミッションと同じものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−257117号公報
【特許文献2】特開2006−176098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1に係る従来例は、例えばアクセルオフに伴う車速減速中にシフトチェンジする場合のクラッチ継合過程において、車速の減速度が前記シフトチェンジ前に比べて変化するので、運転者に対して減速感の違和感を与えるおそれがある。ここに改良の余地がある。
【0010】
上記特許文献2に係る従来例では、シフトチェンジ時に電動モータや発電機を用いてエンジン回転速度を増減制御することが記載されているが、前記のように車速の減速中にシフトチェンジする場合のクラッチ継合過程において車輪への出力トルクが変動することに起因して、車速の減速度が変化する点については記載されていない。
【0011】
このような事情に鑑み、本発明は、走行用の駆動力を発生する少なくとも1つの駆動力源と、常時噛み合い式の変速機と、前記駆動力源から前記変速機への動力伝達を遮断または許容するように切断または継合されるクラッチとを備えかつ人的操作に応答して前記変速機のギヤ段変更を行う構成の車両駆動装置において、シフトチェンジする場合のクラッチ継合過程で、運転者に対して減速感の違和感を与える可能性を低くすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、車両の駆動力を発生する少なくとも1つの駆動力源と、常時噛み合い式の変速機と、前記駆動力源から前記変速機への動力伝達を遮断または許容するように切断または継合されるクラッチとを備えかつ人的操作に応答して前記変速機のギヤ段変更を行う構成の車両駆動装置であって、前記クラッチを介さずに車輪に正または負のトルクを入力するための電動機と、この電動機の出力を制御するための制御部とをさらに備え、シフトチェンジする場合でのクラッチの完全継合前に、当該クラッチの完全継合時における車輪への出力トルクの変動量を推定し、この推定した出力トルクの変動分を相殺するように前記電動機の出力を制御する、ことを特徴としている。
【0013】
なお、クラッチの完全継合前とは、ギヤ段変更後からクラッチが完全に継合する直前までの期間のことである。
【0014】
従来例でも説明したが、まず、例えばアクセルオフに伴う車速減速中にシフトダウンする場合において、ギヤ段変更が終わってクラッチが完全継合すると、駆動力源側の引き摺りトルク(駆動力源からクラッチ入力側の部材までのイナーシャトルク)によって車輪への出力トルクが減少するために、車速の減速度が大きくなる。そこで、本発明では、前記クラッチ継合過程において、前記車輪への出力トルクの減少分を相殺するように、電動機でもって正トルクを発生させる。これにより、前記出力トルクの減少を抑制または防止できるようになるので、運転者に車両の引き込み感を与える可能性が低下する。
【0015】
一方、アクセルオフに伴う車速減速中にシフトアップする場合において、ギヤ段変更が終わってクラッチが完全継合すると、駆動力源側から前記変速機側へ駆動トルクが伝達されることによって車輪への出力トルクが増大するために、車速の減速度が小さくなる。そこで、本発明では、前記クラッチ継合過程において、前記車輪への出力トルクの増大分を相殺するように、電動機でもって負トルクを発生させる。これにより、前記出力トルクの増大を抑制または防止できるようになるので、運転者に車両の飛び出し感を与える可能性が低下する。
【0016】
好ましくは、前記制御部は、前記クラッチの完全継合前における駆動力源の出力回転数(クラッチ入力側回転数)と変速機の入力回転数(クラッチ出力側回転数)との差回転、ならびにクラッチ入力側のイナーシャに基づいて前記出力トルクの変動量を推定する、構成とすることができる。ここでは、前記車輪への出力トルクの変動量を推定する形態を特定している。
【0017】
好ましくは、前記制御部は、アクセルオフに伴う車速の減速中にシフトダウンする場合には、前記クラッチの完全継合時における車輪への出力トルクの減少量を推定し、前記電動機により前記減少分を相殺するような正トルクを出力させる、構成とすることができる。また、好ましくは、前記制御部は、アクセルオフに伴う車速の減速中にシフトアップする場合には、前記クラッチの完全継合時における車輪への出力トルクの増大量を推定し、前記電動機により前記増大分を相殺するような負トルクを出力させる、構成とすることができる。
【0018】
好ましくは、前記車両駆動装置において、前記変速機の出力は、デファレンシャルを介して車両の前輪に伝達される形態とされ、前記電動機の設置場所は、前記クラッチの出力側から変速機の入力側までの動力伝達経路と、前記駆動力源で発生する車両駆動力が伝達される前輪の車軸と、前記駆動力源で発生する車両駆動力が伝達されない後輪の車軸と、前記変速機の出力側からデファレンシャルの入力側までの動力伝達経路と、駆動力源の出力側からクラッチの入力側までの動力伝達経路との中からいずれか1ヶ所とされる。
【0019】
ここでは、車両が前輪駆動形式であることを明確にしたうえで、電動機の設置場所を明確にしている。
【発明の効果】
【0020】
本発明では、シフトチェンジ(シフトダウンまたはシフトアップ)する場合のクラッチ継合過程において、シフトチェンジ前における車速の減速度を維持することが可能になる。これにより、前記クラッチ継合過程において運転者に対して減速感の違和感を与える可能性を低くできる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る車両駆動装置の一実施形態を示す概略構成図である。
【図2】図1のクラッチの概略構成を示す図である。
【図3】図1の変速機の概略構成を示すスケルトン図である。
【図4】図3のシンクロメッシュ機構の上半分を示す断面図である。
【図5】図3のシンクロメッシュ機構の作動機構を示す平面図である。
【図6】図1のシフトレバーのシフトゲートを示す平面図である。
【図7】図1のECUへの入出力要素を示すブロック図である。
【図8】この実施形態の車両駆動装置によるアクセルオフ、シフトダウンに関するタイミングチャートである。
【図9】この実施形態の車両駆動装置によるアクセルオフ、シフトアップに関するタイミングチャートである。
【図10】本発明に係る車両駆動装置の他実施形態を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための最良の実施形態について添付図面を参照して詳細に説明する。
【0023】
図1から図9に本発明の一実施形態を示している。図1に示す車両駆動装置は、前輪駆動(FF)形式とされている。車両の左右の前輪6,6には、車両に搭載されるエンジン1で発生する駆動力やモータ4で発生する正または負のトルクを伝達することが可能になっている。
【0024】
エンジン1で発生する駆動力は、クラッチ2を介して変速機3に入力され、この変速機3およびデファレンシャル5を介して左右の前輪6,6に伝達される。また、モータ4で発生する正または負のトルクは、クラッチ2を切断している状態でも前輪6,6に伝達することが可能になっている。
【0025】
図示例では、前輪6,6が駆動輪となり、後輪7,7が従動輪となる。前記エンジン1やモータ4で発生する車両の駆動力は、エレクトロニックコントロールユニット(以下、ECUとする)100で制御される。このECU100が、請求項に記載の制御部に相当している。
【0026】
エンジン1の出力軸であるクランクシャフト1aは、クラッチ2のフライホイール21(図2参照)に連結されている。クランクシャフト1aの回転数(エンジン回転数Ne)はエンジン回転数センサ501によって検出される。
【0027】
エンジン1に吸入される空気量は、電子制御式のスロットルバルブ11により調整される。この電子制御式のスロットルバルブ11は、運転者によるアクセルペダル13の操作に応答したスロットル開度とされる他、アクセルペダル13の操作とは独立してスロットル開度を任意に制御することが可能になっている。
【0028】
運転者によるアクセルペダル13の踏み込み量(アクセル開度)はアクセル開度センサ505で検出される。運転者によりアクセルオフ、つまりアクセルペダル13の踏み込み量がゼロにされると、アクセル開度センサ505の出力がゼロとなるが、その際、一般的にはエンジンストールを防止するために、スロットルバルブ11の開度を全閉とせずにアイドル開度とする。
【0029】
このスロットルバルブ11はスロットルモータ12で作動され、スロットルモータ12はECU100により制御される。ECU100のスロットル制御動作としては、エンジン回転数センサ501で検出されるエンジン回転数Neやアクセル開度などのエンジン1の運転状態に応じた最適な吸入空気量(目標吸気量)が得られるスロットル開度(目標スロットル開度)とするように、スロットルモータ12を制御する。スロットルモータ12は、スロットル開度センサ502で検出される実スロットル開度を、目標スロットル開度に一致させるようにフィードバック制御される。エンジン1の水温(冷却水温)は水温センサ506で検出される。
【0030】
クラッチ2は、公知の乾式単板の摩擦クラッチであり、図2に示すように、フライホイール21、クラッチディスク22、プレッシャープレート23と、ダイヤフラムスプリング24、クラッチカバー25などを備えている。このクラッチ2は、運転者によるクラッチペダル14の踏み込み操作に応答してECU100およびクラッチ操作装置26を通じて切断または継合されるようになっている。
【0031】
クラッチペダル14の踏み込み操作状態は、クラッチアッパースイッチ510と、クラッチロアースイッチ511との出力に基づいてECU100が検知する。両スイッチ510,511は、共にノーマリーオフスイッチである。クラッチアッパースイッチ510は、クラッチペダル14がクラッチ2の切断開始位置から踏み込み停止位置までの範囲に位置するときにオンとなり、クラッチロアースイッチ511は、クラッチペダル14がクラッチ2の完全切断位置から踏み込み停止位置までの範囲に位置するときにオンとなる。
【0032】
そこで、ECU100は、クラッチアッパースイッチ510がオフでかつクラッチロアースイッチ511がオフである場合にクラッチペダル14が踏み込み操作されていない状態、また、クラッチアッパースイッチ510がオンでかつクラッチロアースイッチ511がオフである場合にクラッチペダル14が半クラッチ操作されている状態、さらにクラッチアッパースイッチ510がオンでかつクラッチロアースイッチ511がオンである場合にクラッチペダル14が完全切断操作されている状態であると、それぞれ判定する。
【0033】
クラッチ操作装置26は、レリーズベアリング261、レリーズフォーク262、油圧式のクラッチアクチュエータ263などを備えている。クラッチアクチュエータ263は例えば直動シリンダとされる。油圧制御回路264は、クラッチアクチュエータ263に対する作動油圧の供給量を制御するもので、この作動油圧の供給量はECU100により制御される。なお、クラッチアクチュエータ263は、電動式のアクチュエータとすることも可能である。
【0034】
このクラッチ操作装置26は、クラッチアクチュエータ263によりレリーズフォーク262を作動させてレリーズベアリング261を変速機3の入力軸31上で軸方向に移動させることにより、クラッチ2のプレッシャープレート23を軸方向に変位させて、当該プレッシャープレート23とフライホイール21とでクラッチディスク22を強く挟む状態(継合状態)または引き離す状態(切断状態)にしたり、クラッチディスク22を滑らせながら継合させる半継合状態(いわゆる半クラッチ)にしたりする。
【0035】
クラッチ2が継合すると、エンジン1で発生する駆動力が変速機3に伝達される。この駆動力伝達に伴ってエンジン1からクラッチ2を介して変速機3に伝達されるトルクは、「クラッチトルク」と呼ばれる。このクラッチトルクは、クラッチ2が切断されるとほぼ「0」であり、クラッチ2が徐々に継合されてクラッチディスク22の滑りが減少するにつれて増大し、最終的にクラッチ2が完全に継合されると、クランクシャフト1aの回転トルクに一致する。
【0036】
このクラッチ2の実際の継合、切断状態は、クラッチストロークセンサ512の出力に基づいてECU100が認識する。クラッチストロークセンサ512は、クラッチアクチュエータ263のピストンロッド263aのストローク量に対応する電気信号を検出してECU100に入力する。
【0037】
変速機3は、公知の常時噛み合い式の変速機であって、例えば前進6段、後進1段を選択可能に構成されている。この変速機3は、図3に示すように、主として、入力軸31、出力軸32、減速比の異なる6組の前進用ギヤ段331〜336、1組の後進用ギヤ段337、3つのシンクロメッシュ機構34A,34B,34Cなどを備えている。
【0038】
入力軸31は、エンジン1のクランクシャフト1aにクラッチ2を介して連結される。出力軸32は、ファイナルドライブギヤ35を介してデファレンシャル5のリングギヤ(ファイナルドリブンギヤともいう)51に噛み合わされる。
【0039】
入力軸31の回転数Ni(クラッチ2の出力側回転数)は、入力軸回転数センサ503によって検出される。また、出力軸32の回転数は、出力軸回転数センサ504によって検出される。入力軸回転数センサ503及び出力軸回転数センサ504の出力信号から得られる回転数の比(出力回転数/入力回転数)に基づいて、変速機3の現在のギヤ段(実シフトポジション)を判定することができる。これら入力軸回転数センサ503及び出力軸回転数センサ504の出力信号はECU100に入力される。
【0040】
前進用ギヤ段331〜336は、入力軸31側に外装されるドライブギヤ331a〜336aと、出力軸32側に外装されるドリブンギヤ331b〜336bとを組み合わせた構成とされている。ドライブギヤ331a〜336aとドリブンギヤ331b〜336bとは噛み合わされている。
【0041】
1速および2速のドライブギヤ331a,332aは、入力軸31に一体回転するように取り付けられているが、3速から6速のドライブギヤ333a〜336aは、入力軸31に軸受(例えばケージアンドローラ)を介して相対回転可能に取り付けられている。
【0042】
また、1速および2速のドリブンギヤ331b,332bは、出力軸32に軸受(例えばケージアンドローラ)を介して相対回転可能に取り付けられているが、3速から6速のドリブンギヤ333b〜336bは出力軸32に一体回転するように取り付けられている。後進用ギヤ段337は、リバースドライブギヤ337a、リバースドリブンギヤ337b、リバースアイドラギヤ337cなどを備えている。
【0043】
3つのシンクロメッシュ機構34A,34B,34Cは、それぞれ、1−2変速用シンクロメッシュ機構34A、3−4変速用シンクロメッシュ機構34B、5−6変速用シンクロメッシュ機構34Cであり、すべて共通の構成になっている。これらのシンクロメッシュ機構34A〜34Cは、公知の構成であるので、図4を参照して簡単に説明する。この図4では、1−2変速用シンクロメッシュ機構34Aを代表として記載している。
【0044】
1−2変速用シンクロメッシュ機構34Aは、スリーブ341、2つのシンクロナイザリング342,343、シフティングキー344、クラッチハブ345などを備えている。
【0045】
クラッチハブ345は、変速機3の出力軸32にスプライン(図示省略)により嵌合されており、出力軸32と一体に回転する。スリーブ341は、その内周スプラインによりクラッチハブ345の外周に嵌合している(図示省略)。スリーブ341は、後述する作動機構36のシフトフォーク361によってシフト方向(X方向またはY方向)に移動される。
【0046】
第1シンクロナイザリング342は、スリーブ341によって例えばX方向に押圧されることにより、この第1シンクロナイザリング342のコーン面が、出力軸32上で入力軸31と同期した回転数で空転している前進用1速ギヤ段331のドリブンギヤ331bのコーン面に当接する。
【0047】
第2シンクロナイザリング343は、スリーブ341によって例えばY方向に押圧されることにより、この第2シンクロナイザリング343のコーン面が、出力軸32上で入力軸31と同期した回転数で空転している前進用2速ギヤ段332のドリブンギヤ332bのコーン面に当接する。両シンクロナイザリング342,343の外周には、スリーブ341の内周スプラインに噛み合う外周スプラインが形成されている。シフティングキー344は、スリーブ341の内周スプラインに嵌合されており、例えばX方向への移動初期において、第1シンクロナイザリング342の端面をX方向に押圧する。
【0048】
この1−2変速用シンクロメッシュ機構34Aの動作は公知であるが、スリーブ341が図4に示す位置にあるときは変速機3がニュートラル状態となり、スリーブ341を図4のX方向に移動させて、第1シンクロナイザリング342の回転同期作用によってスリーブ341の内周スプラインを前進用1速ギヤ段331のドリブンギヤ331bに噛合させると、入力軸31から前進用1速ギヤ段331を経て出力軸32に動力が伝達される状態になる。
【0049】
この状態からスリーブ341を図4のY方向に移動させて、スリーブ341の内周スプラインを前進用1速ギヤ段331のドリブンギヤ331bから外して図4に示す位置に戻すと、前進用1速ギヤ段331が空転するニュートラル状態に戻される。
【0050】
このような変速機3の変速動作は、車両の運転席に設置されるシフトレバー15を運転者が手動操作することにより行われる。このシフトレバー15が操作されると、作動機構36を介して変速機3の各シンクロメッシュ機構34A〜34Cが作動される。
【0051】
作動機構36は、シフトレバー15で選択されるシフトポジションに対応して変速機3のギヤ段を成立させるもので、図4および図5に示すように、3つのシフトフォーク361、3つのシフトフォークシャフト362、1つのセレクトロッド363、1つのシフトロッド364、セレクトアクチュエータ365、シフトアクチュエータ366などを備えている。
【0052】
3つのシフトフォーク361は、3つのシンクロメッシュ機構34A〜34Cにおける各スリーブ341の外周溝に個別に係合される。3つのシフトフォークシャフト362は、それぞれ隣り合わせに平行に配置される。
【0053】
セレクトロッド363は、3つのシフトフォークシャフト362の自由端側において前記各シフトフォークシャフト362の長手方向に対して直交する方向に横切るように配置されており、前記各シャフト362のいずれか1つのヘッド367に選択的に動力伝達可能となるように係合される。このセレクトロッド363は、セレクトアクチュエータ365のピストンロッドに連結されていて、セレクトアクチュエータ365によりセレクトロッド363が長手方向(セレクト方向)に沿って押し引きされる。なお、セレクトアクチュエータ365やシフトアクチュエータ366は、油圧式や電動式のいずれであってもよい。
【0054】
シフトロッド364は、セレクトロッド363の長手方向に対して直交する方向に横切るように配置された状態でセレクトロッド363に係合されている。このシフトロッド364は、シフトアクチュエータ366のピストンロッドに連結されていて、シフトアクチュエータ366によりシフトロッド364が長手方向に押し引きされると、セレクトロッド363がその長手方向に対して直交する方向(シフト方向)に移動されるようになる。
【0055】
シフトレバー15は、図6に示すようなシフトゲート16に沿って動かされるようになっている。このシフトゲート16は、1−2速ゲート161、3−4速ゲート162、5−6速ゲート163、後進ゲート164、ニュートラルゲート165などを備えている。
【0056】
1−2速ゲート161、3−4速ゲート162、5−6速ゲート163ならびに後進ゲート164は、車両の前後方向に沿って形成されており、当該各ゲート161−164に沿ってシフトレバー15を動かす行為がシフト操作とされる。
【0057】
ニュートラルゲート165は、車両左右方向に沿って形成されており、このニュートラルゲート165に沿ってシフトレバー15を動かす行為がセレクト操作とされる。1−2速ゲート161において、前端が1速ポジションとなり、後端が2速ポジションとなる。3−4速ゲート162において、前端が3速ポジションとなり、後端が4速ポジションとなる。5−6速ゲート163において、前端が5速ポジションとなり、後端が6速ポジションとなる。
【0058】
そして、シフトレバー15がセレクト操作されると、セレクトロッド363が要求に応じた1つのシフトフォークシャフト362に動力伝達可能に係合される。続いて、シフトレバー15がシフト操作されると、シフトロッド364が突出方向または後退方向に移動されることになってセレクトロッド363を介してシフトフォークシャフト362がその長手方向にスライドされるようになるので、このシフトフォークシャフト362と一体に連結されるシフトフォーク361で3つのシンクロメッシュ機構34A〜34Cのいずれか1つのスリーブ341が図3および図4のX−Y方向にスライドされることになる。これにより、シフトレバー15で選択される要求シフトポジションに対応する変速機3のギヤ段(実シフトポジション)が成立されることになる。
【0059】
なお、セレクトロッド363の移動量(セレクトストローク)はセレクトストロークセンサ508によって検出され、シフトロッド364の移動量(シフトストローク)はシフトストロークセンサ509によって検出される。両センサ508,509の各出力信号がECU100に入力されると、ECU100は、前記入力に基づいてシフトレバー15で選択される要求シフトポジション(要求ギヤ段)を認識することができる。そして、ECU100は、シフトレバー15で要求されるシフトポジションを認識すると、この要求シフトポジションに応じた変速機3のギヤ段を成立させるように、セレクトアクチュエータ365やシフトアクチュエータ366を制御することにより、セレクトロッド363やシフトロッド364を作動させる。
【0060】
モータ4は、図1に示すように、変速機3の入力軸31に設置されている。このモータ4は、図示していないが、ロータと、ステータとを備えている。このロータは、変速機3の入力軸31の外周に一体的に固定され、また、前記ステータは、前記ロータの外径側に非接触で対向する状態で変速機3のハウジング内に一体的に固定される。これにより、モータ4の出力トルクは、変速機3の入力軸31に入力されるので、モータ4は、クラッチ2を介さずに前輪6,6に正のトルクまたは負のトルク(回転抵抗)を入力することが可能になっている。
【0061】
このモータ4の出力トルクは、モータ駆動回路41およびECU100でもって制御され、このモータ4の出力トルクが変速機3の入力軸31に入力される。例えばクラッチ2を切断している状態であっても、モータ4で正トルクを発生させると、前輪6,6に正の駆動力を入力することが可能になり、また、モータ4で負トルクを発生させると、前輪6,6に負のトルク(回転抵抗)を入力することが可能になる。
【0062】
デファレンシャル5は、図においてツーピニオンタイプを例示しているが、そのタイプは特に限定されない。
【0063】
ECU100は、下記する各種センサやスイッチなどからの出力信号に基づいて、エンジン1やモータ4により発生する走行用の駆動力を統合的に制御する。
【0064】
このECU100は、図7に符号を省略して示すように、CPU(中央処理装置)、ROM(プログラムメモリ)、RAM(データメモリ)、ならびにバックアップRAM(不揮発性メモリ)などを備える公知の構成とされる。ROMは、各種制御プログラムや、それら各種制御プログラムを実行する際に参照されるマップなどが記憶されている。CPUは、ROMに記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて演算処理を実行する。また、RAMは、CPUでの演算結果や各センサから入力されたデータ等を一時的に記憶するメモリであり、バックアップRAMは、エンジン1の停止時にその保存すべきデータなどを記憶する不揮発性のメモリである。
【0065】
ECU100の入力インターフェース105には、エンジン回転数センサ501、スロットル開度センサ502、入力軸回転数センサ503、出力軸回転数センサ504、アクセル開度センサ505、エンジン1の水温センサ506、ブレーキペダルセンサ507、セレクトストロークセンサ508、シフトストロークセンサ509、クラッチアッパースイッチ510、クラッチロアースイッチ511、クラッチストロークセンサ512などが接続されており、これらの各センサやスイッチからの信号がECU100に入力される。
【0066】
なお、ECU100は、出力軸回転数センサ504の出力信号に基づいて車速を算出する。
【0067】
ECU100の出力インターフェース106には、スロットルモータ12、燃料噴射装置16、点火装置17ならびに油圧制御回路264などが接続されている。ここでの入出力インターフェース105,106に対する接続対象としては、本発明の特徴に関連するもののみとし、本発明の特徴に直接的に関連しない要素についての記載や説明は割愛している。
【0068】
次に、図8および図9を参照して、この実施形態における車両の駆動制御動作を説明する。
【0069】
この実施形態では、アクセルオフに伴う車速の減速中にシフトチェンジ(シフトダウンまたはシフトアップ)する過程において、車速の減速度(減速勾配)を変化させないように工夫している。
【0070】
まず、図8を参照して、車速の減速中にシフトダウンするときの動作を説明する。
【0071】
ここでは、車両走行中にアクセルオフされることでエンジン1が被駆動状態になって車速が減速している際に、図8(b)に示すように時刻t1から時刻t2にかけてクラッチ2が切断され、図8(c)に示すように時刻t3から時刻t4にかけて変速機3のギヤ段が例えば2速から1速に変更され、図8(b)に示すように時刻t5から時刻t6にかけてクラッチ2が継合される状況とする。
【0072】
この時刻t1から時刻t6においてシフトダウンしない場合には、図8(a)の一点鎖線で示すように車速の減速度は略一定に保たれる。
【0073】
しかし、前記シフトダウン過程において下記する本発明のモータ制御を適用しない場合(この場合を比較例とする)では、図8(a)の実線で示すように、シフトダウンに伴う各動作に応じて車速の減速度が変化することになるので、運転者に対して減速感の違和感を与えることになる。以下で具体的に説明する。
【0074】
(1−1)時刻t1でクラッチ2の切断を開始してから時刻t2で切断が完了することによって、被駆動状態であるエンジン1を変速機3から切り離すと、エンジン1のフリクションなどによるエンジン1側の引き摺りトルク(エンジン1からクラッチ2の入力側の部材までのイナーシャトルク)が解放されるので、駆動輪である前輪6,6への出力トルクが増大する。これにより、クラッチ2の切断開始時刻t1からシフトダウンの開始時刻t3までの過程において、図8(a)の実線で示すように車速の減速度が小さくなり、車両の飛び出し感が発生する。
【0075】
(1−2)時刻t3で2速から1速への変更を開始して時刻t4で変更完了するまでの過程では、ギヤ段変更前に対して変速機3のギヤイナーシャが増大するので、図8(a)の実線で示すように車速の減速度が大きくなり、車両の引き込み感が発生する。
【0076】
(1−3)クラッチ2の継合を開始する時刻t5では、図8(f)に示すようにエンジン回転数Neが変速機3の入力軸回転数Niより低く(Ne<Ni)かつエンジン回転数Neと入力軸回転数Niとの差回転(|Ne−Ni|)が大きいので、時刻t5から時刻t6にかけてクラッチ2が継合されていくに従ってエンジン1側の引き摺りトルク(エンジン1からクラッチ2の入力側の部材までのイナーシャトルク)によって前輪6,6への出力トルクが減少するために、図8(a)の実線で示すように車速の減速度が大きくなり、車両の引き込み感が発生する。
【0077】
そこで、本発明の実施形態では、前記シフトダウン過程において当該シフトダウン前における車速の減速度(減速勾配)を維持するようにモータ4を制御するようにしている。
【0078】
(2−1)クラッチ2の切断開始時刻t1からシフトダウンの開始時刻t3までの過程では、前記(1−1)で説明したようにエンジン1の引き摺りトルクが減少することに伴い図8(d)の二点鎖線201で示すように車速の減速度が小さくなるので、前記エンジン1の引き摺りトルクの減少分を相殺するように、モータ4でもって図8(e)に示すような負トルク301を発生させて変速機3の入力軸31に入力する。これにより、エンジン1の引き摺りトルクの減少を抑制または防止できるので、図8(d)の実線で示すように車速の減速度を略一定に保つことができる。したがって、車両の飛び出し感を与える可能性が低下する。なお、モータ4は、時刻t1の直前までは非駆動状態で空転しているものとする。
【0079】
(2−2)2速から1速への変更開始時刻t3から変更完了時刻t4までの過程では、前記(1−2)で説明したように変速機3のギヤイナーシャが増大することに伴い図8(d)の二点鎖線202で示すように車速の減速度が大きくなるので、前記ギヤイナーシャの増大分を相殺するように、モータ4でもって図8(e)に示すような正トルク302を発生させて変速機3の入力軸31に入力する。これにより、図8(d)の実線で示すように車速の減速度を略一定に保つことができるので、運転者に車両の引き込み感を与える可能性が低下する。このギヤ段変更過程では、変速機3の1−2速シンクロメッシュ機構34Aの同期作用により変速機3の入力軸回転数Niが、図8(f)に示すように1速の同期回転数に向けて上昇する。
【0080】
ここで、前記した変速機3のギヤイナーシャの増大分を相殺するために必要なモータ4の出力トルクTは、次式で推定(算出)することができる。この推定時期は、運転者がシフトレバー15でシフトポジションを変更操作した時期とされる。このシフトポジションの変更時期つまり変更要求時期は、セレクトストロークセンサ508およびシフトストロークセンサ509からの各出力信号に基づいてECU100により認識することができる。
【0081】
T=〔(a−b)/t〕・c
上記式において、aはギヤ段変更前の変速機3の入力軸回転数Ni、bはギヤ段変更後の変速機3の入力軸回転数Ni、tはギヤ段変更に要する時間、cは目標ギヤ段のイナーシャである。なお、イナーシャcは、予めECU100に固定値として記憶される。ギヤ段変更に要する時間tは、予め規定される経験値(ギヤ段変更毎の作動時間の平均値にマージンを加えた値)とされる。
【0082】
(2−3)クラッチ2の継合開始時刻t5からクラッチ2の完全継合時刻t6までの過程では、前記(1−3)で説明したように前輪6,6への出力トルクが減少することに伴い図8(d)の二点鎖線203で示すように車速の減速度が大きくなるので、前記出力トルクの減少分を相殺するように、モータ4でもって図8(e)に示すような正トルク303を発生させて変速機3の入力軸31に入力する。この入力トルクによって前輪6,6への出力トルクの減少を抑制または防止できるようになるので、図8(d)の実線で示すように車速の減速度を略一定に保つことができる。したがって、運転者に車両の引き込み感を与える可能性が低下する。なお、クラッチ2が完全に継合する時刻t6で、図8(f)に示すようにエンジン回転数Neが入力軸回転数Niと同期する。
【0083】
ここで、前記した出力トルクの減少分を相殺するために必要なモータ4の出力トルクTは、次式で推定(算出)することができる。この推定時期は、クラッチ2の継合開始前とされる。このクラッチ2の継合開始前とは、例えば時刻t4からt5の間とされる。
【0084】
T=〔(|Ne−Ni|)/t〕・I
上記式において、tはクラッチ2を切断状態から完全に継合するのに要するストローク時間、Iはエンジン1からクラッチ2の入力側の部材(フライホイール21、プレッシャープレート23、ダイヤフラムスプリング24、クラッチカバー25など)までのイナーシャである。なお、イナーシャIは、予めECU100に固定値として記憶される。前記ストローク時間tは、予め規定される経験値(クラッチ継合に要する時間の平均値にマージンを加えた値)とされる。
【0085】
次に、図9を参照して、車速の減速中にシフトアップするときの動作を説明する。
【0086】
ここでは、車両走行中にアクセルオフされることでエンジン1が被駆動状態になって車速が減速している際に、図9(b)に示すように時刻t11から時刻t12にかけてクラッチ2が切断され、図9(c)に示すように時刻t13から時刻t14にかけて変速機3のギヤ段が例えば2速から3速に変更され、図9(b)に示すように時刻t15から時刻t16にかけてクラッチ2が継合される状況とする。
【0087】
この時刻t11から時刻t16においてシフトアップしない場合には、図9(a)の一点鎖線で示すように車速の減速度は略一定に保たれる。
【0088】
しかし、前記シフトアップ過程において下記する本発明のモータ制御を適用しない場合(この場合を比較例とする)では、図9(a)の実線で示すように、シフトアップに伴う各動作に応じて車速の減速度が変化することになるので、運転者に対して減速感の違和感を与えることになる。以下で具体的に説明する。
【0089】
(3−1)時刻t11でクラッチ2の切断を開始してから時刻t12で切断が完了することによって、被駆動状態であるエンジン1を変速機3から切り離すと、エンジン1のフリクションなどによるエンジン1側の引き摺りトルク(エンジン1からクラッチ2の入力側の部材までのイナーシャトルク)が解放されるので、駆動輪である前輪6,6への出力トルクが増大する。これにより、クラッチ2の切断開始時刻t11からシフトアップの開始時刻t13までの過程において、図9(a)の実線で示すように車速の減速度が小さくなり、車両の飛び出し感が発生する。
【0090】
(3−2)時刻t13で2速から3速への変更を開始して時刻t14で変更完了するまでの過程では、ギヤ段変更前に対して変速機3のギヤイナーシャが減少するので、図9(a)の実線で示すように車速の減速度が小さくなり、車両の飛び出し感が発生する。
【0091】
(3−3)クラッチ2の継合を開始する時刻t15では、図9(f)に示すようにエンジン回転数Neが変速機3の入力軸回転数Niより高い(Ne>Ni)ので、時刻t15から時刻t16にかけてクラッチ2が継合されていくに従ってエンジン1で発生するトルクが変速機3に伝達されることになる。これにより、駆動輪である前輪6,6への出力トルクが増大するので、図9(a)の実線で示すように車速の減速度が小さくなり、車両の飛び出し感が発生する。
【0092】
そこで、本発明の実施形態では、前記シフトアップ過程において当該シフトアップ前における車速の減速度(減速勾配)を維持するようにモータ4を制御するようにしている。
【0093】
(4−1)クラッチ2の切断開始時刻t11からシフトアップの開始時刻t13までの過程では、前記(3−1)で説明したようにエンジン1の引き摺りトルクが減少することに伴い図9(d)の二点鎖線211で示すように車速の減速度が小さくなるので、前記エンジン1の引き摺りトルクの減少分を相殺するように、モータ4でもって図9(e)に示すような負トルク311を発生させて変速機3の入力軸31に入力する。これにより、エンジン1の引き摺りトルクの減少を抑制または防止できるので、図9(d)の実線で示すように車速の減速度を略一定に保つことができる。したがって、車両の飛び出し感を与える可能性が低下する。なお、モータ4は、時刻t11の直前までは非駆動状態で空転しているものとする。
【0094】
(4−2)2速から3速への変更開始時刻t13から変更完了時刻t14までの過程では、前記(3−2)で説明したように変速機3のギヤイナーシャが減少することに伴い図9(d)の二点鎖線212で示すように車速の減速度が小さくなるので、前記ギヤイナーシャの減少分を相殺するように、モータ4でもって図9(e)に示すような負トルク312を発生させて変速機3の入力軸31に入力する。これにより、図9(d)の実線で示すように車速の減速度を略一定に保つことができるので、運転者に車両の飛び出し感を与える可能性が低下する。このギヤ段変更過程では、変速機3の3−4速用シンクロメッシュ機構34Bの同期作用により変速機3の入力軸回転数Niが、図9(f)に示すように3速の同期回転数に向けて下降する。
【0095】
ここで、前記した変速機3のギヤイナーシャの減少分を相殺するために必要なモータ4の出力トルクTは、次式で推定(算出)することができる。この推定時期は、運転者がシフトレバー15でシフトポジションを変更操作した時期とされる。このシフトポジションの変更時期つまり変更要求時期は、セレクトストロークセンサ508およびシフトストロークセンサ509からの各出力信号に基づいてECU100により認識することができる。
【0096】
T=〔(a−b)/t〕・c
上記式において、aはギヤ段変更前の変速機3の入力軸回転数Ni、bはギヤ段変更後の変速機3の入力軸回転数Ni、tはギヤ段変更に要する時間、cは目標ギヤ段のイナーシャである。なお、イナーシャcは、予めECU100に固定値として記憶される。ギヤ段変更に要する時間tは、予め規定される経験値(ギヤ段変更毎の作動時間の平均値にマージンを加えた値)とされる。
【0097】
(4−3)クラッチ2の継合開始時刻t15からクラッチ2の完全継合時刻t16までの過程では、前記(3−3)で説明したように前輪6,6への出力トルクが増大することに伴い図9(d)の二点鎖線213で示すように車速の減速度が小さくなるので、前記出力トルクの増大分を相殺するように、モータ4でもって図9(e)に示すような負トルク313を発生させて変速機3の入力軸31に入力する。この入力トルクによって前輪6,6への出力トルクの増大を抑制または防止できるようになるので、図9(d)の実線で示すように車速の減速度を略一定に保つことができる。したがって、運転者に車両の飛び出し感を与える可能性が低下する。なお、クラッチ2が完全に継合する時刻t16で、図9(f)に示すようにエンジン回転数Neが入力軸回転数Niと同期する。
【0098】
ここで、前記した出力トルクの増大分を相殺するために必要なモータ4の出力トルクTは、次式で推定(算出)することができる。この推定時期は、クラッチ2の継合開始前とされる。このクラッチ2の継合開始前とは、例えば時刻t14からt15の間とされる。
【0099】
T=〔(|Ne−Ni|)/t〕・I
上記式において、tはクラッチ2を切断状態から完全に継合するのに要するストローク時間、Iはエンジン1からクラッチ2の入力側の部材(フライホイール21、プレッシャープレート23、ダイヤフラムスプリング24、クラッチカバー25など)までのイナーシャである。なお、イナーシャIは、予めECU100に固定値として記憶される。前記ストローク時間tは、予め規定される経験値(クラッチ継合に要する時間の平均値にマージンを加えた値)とされる。
【0100】
以上説明したように、本発明の特徴を適用した実施形態では、アクセルオフに伴う車速減速中にシフトダウンまたはシフトアップする過程(クラッチ2を切断する過程と、クラッチ2を切断した状態で変速機3のギヤ段を変更する過程と、クラッチ2を継合する過程とを含む)において、前記シフトダウンまたはシフトアップの直前における車速の減速度を維持することが可能になる。そのため、前記シフトダウン過程またはシフトアップ過程において運転者に対して減速感の違和感を与える可能性が低くなる。
【0101】
ところで、この実施形態のように、モータ4を変速機3の入力軸31に設置している場合には、モータ4を回転数センサとして利用することが可能になる。そのように利用する場合には、クラッチ2の継合時におけるクラッチ2の入力側回転数と出力側回転数との回転差や、変速機3のギヤ段変更時のシンクロメッシュ機構34A〜34Cの同期動作を把握することが可能になる。そのため、モータ4を回転数センサとして利用した場合には、前記した制御をさらに緻密に行うことが可能になる。
【0102】
なお、本発明は、上記実施形態のみに限定されるものではなく、特許請求の範囲内および当該範囲と均等の範囲で包含されるすべての変形や応用が可能である。以下で例を挙げる。
【0103】
(1)上記実施形態では、モータ4を変速機3の入力軸31に設置した例を挙げているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えばモータ4の設置場所としては、例えば図10に示すように、変速機3の出力側からデファレンシャル5の入力側までの動力伝達経路51と、駆動輪となる前輪6,6の車軸52と、従動輪となる後輪7,7の車軸53と、エンジン1の出力側からクラッチ2の入力側までの動力伝達経路54との中からいずれか1ヶ所とすることが可能である。
【0104】
例えば後輪7,7の車軸53にモータ4を設置する場合には、後輪7,7を駆動輪とすることが可能になるので、車両を4輪駆動車両とすることが可能になる他、他の設置場所に比べて設置スペースが広いので、車両への搭載性が優れる。
【0105】
(2)上記実施形態では、前輪駆動(FF)形式の車両駆動装置に本発明を適用した例を挙げているが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば後輪駆動(FR)形式の車両駆動装置や、その他の形式の車両駆動装置に適用できる。また、変速機3は、前進6段変速とする場合を例に挙げているが、本発明はこれに限定されることなく、変速段数は任意である。
【0106】
例えば後輪駆動(FR)形式の車両駆動装置の場合、モータの設置場所としては、変速機3の入力軸31と、エンジン1等の駆動力源で発生する駆動力が伝達される後輪の車軸と、エンジン1等の駆動力源で発生する駆動力が伝達されない前輪の車軸と、変速機3の出力側からデファレンシャルの入力側までの動力伝達経路と、エンジン1の出力側からクラッチ2の入力側までの動力伝達経路との中からいずれか1ヶ所とすることが可能である。
【0107】
(3)上記実施形態では、請求項に記載の駆動力源として1つのエンジン1をクラッチ2より動力伝達方向上流側に設けた例を挙げているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、前記駆動力源としてエンジン1および電動機(例えばモータ、モータジェネレータ等)をクラッチ2より動力伝達方向上流側に並列あるいは直列に設置する構成とすることが可能である。
【0108】
この場合、駆動力源としてのエンジン1と前記電動機は、いずれか一方のみを駆動する状態、両方同時に駆動する状態とすることが可能になる。
【0109】
(4)上記実施形態では、クラッチペダル14の踏み込み操作を検出するためにクラッチアッパースイッチ510およびクラッチロアースイッチ511を用いた例を挙げているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば前記各スイッチ510,511の代わりに、クラッチペダル14の踏み込みストロークセンサ(符号省略)を用いることが可能である。
【0110】
この踏み込みストロークセンサとは、クラッチペダル14の踏み込みストロークに対応する信号をECU100に出力するものである。この場合、ECU100は、前記踏み込みストロークセンサからの出力に基づいて、クラッチペダル14の踏み込み方向においてクラッチ2の完全切断位置と、完全継合位置と、半継合範囲(前記切断位置から継合位置までの範囲)とを推定する処理を行うことにより、クラッチペダル14の踏み込み操作位置を認識することが可能になる。
【0111】
(5)上記実施形態に示すクラッチ操作装置26では、レリーズフォーク262およびクラッチアクチュエータ263を用いた例を挙げているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えばレリーズフォーク262およびクラッチアクチュエータ263の代わりに、公知のコンセントリックスレーブシリンダを用いることが可能である。
【0112】
このコンセントリックスレーブシリンダは、レリーズフォーク262を用いずにレリーズベアリング261を油圧でスライドさせる構成である。
【0113】
(6)上記実施形態に示すクラッチ2は、クラッチペダル14の人的な踏み込み操作に応答して作動するタイプを例に挙げているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えばクラッチ2は、クラッチペダル14を無くした自動クラッチとすることが可能である。
【0114】
この自動クラッチとは、公知であるが、例えばシフトチェンジが必要な場合に、上記実施形態に示すクラッチアクチュエータ263や前記(6)で説明したコンセントリックスレーブシリンダの動作をECU100および油圧制御回路264でもって制御することにより、クラッチ2の切断、継合動作を行うようにしたものである。
【0115】
(7)上記実施形態では、シフトレバー15とセレクトロッド363およびシフトロッド364とを機械的に切り離してセレクトロッド363およびシフトロッド364をセレクトアクチュエータ365およびシフトアクチュエータ366で作動させるようにした例を挙げているが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0116】
例えばシフトレバー15とセレクトロッド363やシフトロッド364とを機械式動力伝達機構を介して連結することにより、シフトレバー15のセレクト操作やシフト操作とセレクトロッド363やシフトロッド364の動作とを連係させる構成とすることが可能である。
【符号の説明】
【0117】
1 エンジン
2 クラッチ
3 変速機
331〜336 前進1〜6速のギヤ段
34A〜34C シンクロメッシュ機構
4 モータ
6 前輪
7 後輪
13 アクセルペダル
14 クラッチペダル
15 シフトレバー
100 ECU
501 エンジン回転数センサ
502 スロットル開度センサ
503 入力軸回転数センサ
504 出力軸回転数センサ
505 アクセル開度センサ
508 セレクトストロークセンサ
509 シフトストロークセンサ
510 クラッチアッパースイッチ
511 クラッチロアースイッチ
512 クラッチストロークセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動力を発生する少なくとも1つの駆動力源と、常時噛み合い式の変速機と、前記駆動力源から前記変速機への動力伝達を遮断または許容するように切断または継合されるクラッチとを備えかつ人的操作に応答して前記変速機のギヤ段変更を行う構成の車両駆動装置であって、
前記クラッチを介さずに車輪に正または負のトルクを入力するための電動機と、この電動機の出力を制御するための制御部とをさらに備え、
前記制御部は、シフトチェンジする場合でのクラッチの完全継合前に、当該クラッチの完全継合時における車輪への出力トルクの変動量を推定し、この推定した出力トルクの変動分を相殺するように前記電動機の出力を制御する、ことを特徴とする車両駆動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両駆動装置において、
前記制御部は、前記クラッチの完全継合前における駆動力源の出力回転数(クラッチ入力側回転数)と変速機の入力回転数(クラッチ出力側回転数)との差回転、ならびに駆動力源からクラッチ入力側の部材までのイナーシャに基づいて前記出力トルクの変動量を推定する、ことを特徴とする車両駆動装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両駆動装置において、
前記制御部は、アクセルオフに伴う車速の減速中にシフトダウンする場合には、前記クラッチの完全継合時における車輪への出力トルクの減少量を推定し、前記電動機により前記減少分を相殺するような正トルクを出力させる、ことを特徴とする車両駆動装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の車両駆動装置において、
前記制御部は、アクセルオフに伴う車速の減速中にシフトアップする場合には、前記クラッチの完全継合時における車輪への出力トルクの増大量を推定し、前記電動機により前記増大分を相殺するような負トルクを出力させる、ことを特徴とする車両駆動装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の車両駆動装置において、
前記変速機の出力は、デファレンシャルを介して車両の前輪に伝達される形態とされ、
前記電動機の設置場所は、前記クラッチの出力側から変速機の入力側までの動力伝達経路と、前記駆動力源で発生する車両駆動力が伝達される前輪の車軸と、前記駆動力源で発生する車両駆動力が伝達されない後輪の車軸と、前記変速機の出力側からデファレンシャルの入力側までの動力伝達経路と、駆動力源の出力側からクラッチの入力側までの動力伝達経路との中からいずれか1ヶ所とされる、ことを特徴とする車両駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−189913(P2011−189913A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60036(P2010−60036)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】