説明

車輪用軸受装置

【課題】構成部品に付加価値を設け、強固な密封性を備えたシールを配設しなくても密封性の向上を図った車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】スリンガ14が内輪5の外嵌される円筒部14aと、径方向外方に延びる立板部14bとからなり、シール板15が、外方部材2の端部に内嵌される芯金17と、これに加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、立板部14bに摺接するサイドリップ18aを備えるシール部材18とからなり、このシール部材18が芯金17の端部に回り込んで接合され、外方部材2に圧着される弾性嵌合部18dを備えると共に、シール板15と立板部14bの外縁とが僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシール19が構成され、立板部14bの側面に磁気エンコーダ16が一体に加硫接着され、この外径部の角部に、外径側に傾斜する切り込み溝20が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車輪を懸架装置に対して回転自在に支承する車輪用軸受装置、特に、車輪の回転速度を検出する回転速度センサと対をなして回転速度検出装置を構成するパルサリングが内蔵された車輪用軸受装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪を懸架装置に対して回転自在に支承すると共に、アンチロックブレーキシステム(ABS)を制御するため、車輪の回転速度を検出する回転速度センサと対をなして回転速度検出装置を構成するパルサリングが内蔵された車輪用軸受装置として、従来から種々の構造のものが知られている。この従来の車輪用軸受装置の一例として、図8に示すものがある。
【0003】
この車輪用軸受装置は、図示しない懸架装置に支持固定され、固定部材となる外方部材51と、この外方部材51に複列のボール53、53を介して内挿された内方部材52とを有している。なお、以下の説明では、車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウター側(図8の左側)、中央寄り側をインナー側(図8の右側)という。
【0004】
外方部材51は、外周に懸架装置を構成するナックル(図示せず)に取り付けられるための車体取付フランジ51bを一体に有し、内周に複列の外側転走面51a、51aが一体に形成されている。
【0005】
内方部材52は、外周に前記した外方部材51の外側転走面51a、51aに対向する複列の内側転走面55a、56aが形成されている。これら複列の内側転走面55a、56aのうちアウター側の内側転走面55aはハブ輪55の外周に一体形成され、インナー側の内側転走面56aは内輪56の外周に形成されている。この内輪56は、ハブ輪55の内側転走面55aから軸方向に延びる円筒状の小径段部55bに圧入されている。そして、複列のボール53、53がこれら両転走面間にそれぞれ収容され、保持器57、57によって転動自在に保持されている。
【0006】
ハブ輪55は、外周に車輪(図示せず)を取り付けるための車輪取付フランジ54を一体に有し、小径段部55bの端部を径方向外方に塑性変形させて加締部58が形成されている。この加締部58によって内輪56が軸方向に固定されている。内方部材52は、このハブ輪55と内輪56を指す。そして、外方部材51の両端部にはシール59、60が装着され、さらに、外方部材51のインナー側の開口部を覆うキャップ61が装着されている。これらシール59、60およびキャップ61によって、軸受内部に封入されたグリースの外部への漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止している。
【0007】
外方部材51に装着されたキャップ61は、耐食性を有する鋼板をプレス加工によって形成された芯金62と、この芯金62に一体にモールド成形された有底のカップ状のキャップ本体63とからなる。このキャップ本体63は合成樹脂材から射出成形によって形成され、GF(グラス繊維)からなる繊維状強化材が充填されている。
【0008】
シール60のインナー側にはパルサリング64が配設されている。このパルサリング64は、強磁性体の鋼板からプレス加工によって断面が略L状に形成され、内輪56に圧入される円筒部65aと、この円筒部65aの端部から径方向内方に折り曲げられた立板部65bとからなる支持環65と、この支持環65に接合されたエンコーダ66を有している。
【0009】
エンコーダ66は、ゴム等のエラストマにフェライト等の磁性体粉が混入され、支持環65の立板部65bのインナー側の側面に加硫接着等によって一体に接合されている。このエンコーダ66は、周方向に交互に磁極N、Sが着磁されたゴム磁石からなり、車輪の回転速度検出用の磁気ロータリエンコーダを構成し、回転速度センサ(図示せず)に所定の軸方向すきま(エアギャップ)を介して対峙している。
【0010】
ここで、支持環65の円筒部65aにヒダ状のフィン67が径方向外方に複数突設されている。これらのフィン67は、エンコーダ66と一体に加硫接着等によって支持環65に接合されている。これにより、車輪の回転に伴って内輪56と共にパルサリング64が回転すると、これらのフィン67が風車のように回転して周辺の空気を積極的に対流させて軸受を冷却すると共に、キャップ61内に浸入した雨水等を飛散させてシール60部に滞留するのを防止することができる。したがって、パルサリング64に付加価値を設け、強固な密封性を備えたシール60を配設しなくても密封性の向上を図ることができる車輪用軸受装置を提供することができる(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2009−133357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このような従来の車輪用軸受装置では、パルサリング64とインナー側のシール60が別体となっているため、部品点数が嵩んで組立作業が煩雑となり低コスト化を阻害する要因となるだけでなく、コンパクト化が阻害されていた。
【0013】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、構成部品に付加価値を設け、強固な密封性を備えたシールを配設しなくても密封性の向上を図ることができる車輪用軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
係る目的を達成すべく、本発明のうち請求項1に記載の発明は、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、この内方部材と前記外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールと、これらシールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とからなるパックシールで構成された車輪用軸受装置において、前記スリンガが鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、前記内方部材の外径に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とからなり、前記シール板が、前記外方部材の端部に内嵌される芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部の側面に所定の軸方向のシメシロを介して摺接するサイドリップを備えるシール部材とからなり、このシール部材が、縮径されて形成された前記芯金の端部外径に回り込んで接合され、前記外方部材に弾性変形して圧着される弾性嵌合部を備えると共に、前記シール板とスリンガの立板部の外縁とが僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシールが構成され、対向する当該シール板とスリンガのうちどちらか一方の角部に切り込み溝が周方向に複数形成されている。
【0015】
このように、パックシールを構成するスリンガが鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、内方部材の外径に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とからなり、シール板が、外方部材の端部に内嵌される芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、スリンガの立板部の側面に所定の軸方向のシメシロを介して摺接するサイドリップを備えるシール部材とからなり、このシール部材が、縮径されて形成された前記芯金の端部外径に回り込んで接合され、前記外方部材に弾性変形して圧着される弾性嵌合部を備えると共に、前記シール板とスリンガの立板部の外縁とが僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシールが構成され、対向する当該シール板とスリンガのうちどちらか一方の角部に切り込み溝が周方向に複数形成されているので、車輪の回転に伴って回転側部材と共にスリンガまたはシール板が回転すると、これらの切り込み溝により周辺の空気を積極的に径方向外方に対流させ、ラビリンスシール部から浸入しようとする雨水等を弾き飛ばすことができ、シールに付加価値を設け、強固な密封性を備えたシールを別途配設しなくても密封性の向上を図ることができる車輪用軸受装置を提供することができる。
【0016】
また、請求項2に記載の発明のように、前記スリンガの立板部の側面に磁気エンコーダが一体に加硫接着され、この磁気エンコーダが、エラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁されると共に、前記磁気エンコーダの外径部の角部に前記切り込み溝が形成されていても良い。
【0017】
また、請求項3に記載の発明のように、前記シール板の端面と前記磁気エンコーダの側面が略面一になるように設定されると共に、前記切り込み溝が外径側に傾斜して形成され、この傾斜角が45°以下に設定されていれば、切り込み溝により発生する空気の対流がインナー側に向き、泥水等の排出を助長する力となって耐泥水性を向上させることができる。
【0018】
好ましくは、請求項4に記載の発明のように、前記切り込み溝が前記磁気エンコーダの回転速度センサの検出範囲に掛からないように設定されていれば、磁気特性に悪影響を及ぼすことがなく、安定した速度検出ができる。
【0019】
また、請求項5に記載の発明のように、前記弾性嵌合部の内周面に、開口部に向かって漸次拡径する所定の傾斜角からなるテーパ面が形成され、このテーパ面の幅が前記切り込み溝の幅よりも大きくなるように設定されていれば、直接外側へと弾き飛ばされない泥水があった場合でも、このテーパ面に確実に衝突してスムーズに外側へと誘導することができ、耐泥水性の向上を一層図ることができる。
【0020】
また、請求項6に記載の発明のように、前記シール板の芯金が鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、前記外方部材に金属嵌合される円筒部と、この円筒部から径方向内方に延びる内径部とを備えると共に、前記弾性嵌合部の端部内径に前記切り込み溝が形成されていても良い。
【0021】
また、請求項7に記載の発明のように、前記シール板の端面と前記スリンガの立板部の側面が略面一になるように設定されると共に、前記切り込み溝が内径側に傾斜して形成され、この傾斜角が45°以下に設定されていれば、切り込み溝により発生する空気の対流がインナー側に向き、泥水等の排出を助長する力となって耐泥水性を向上させることができる。
【0022】
好ましくは、請求項8に記載の発明のように、前記切り込み溝の幅が前記立板部の板厚より小さくなるように設定されていれば、切り込み溝により弾き飛ばした泥水を、ラビリンスシールを通じてシールの内部に引き込まれるのを防止してスムーズに外側へと誘導することができ、耐泥水性の向上を図ることができる。
【0023】
また、請求項9に記載の発明のように、前記シールが前記サイドリップを径方向に一対備えていれば、密封性を維持しつつシールトルクを軽減させることができる。
【0024】
また、請求項10に記載の発明のように、前記内方部材が、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入され、前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなり、この内輪の外径に前記スリンガが圧入されていても良い。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る車輪用軸受装置は、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、この内方部材と前記外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールと、これらシールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とからなるパックシールで構成された車輪用軸受装置において、前記スリンガが鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、前記内方部材の外径に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とからなり、前記シール板が、前記外方部材の端部に内嵌される芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部の側面に所定の軸方向のシメシロを介して摺接するサイドリップを備えるシール部材とからなり、このシール部材が、縮径されて形成された前記芯金の端部外径に回り込んで接合され、前記外方部材に弾性変形して圧着される弾性嵌合部を備えると共に、前記シール板とスリンガの立板部の外縁とが僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシールが構成され、対向する当該シール板とスリンガのうちどちらか一方の角部に切り込み溝が周方向に複数形成されているので、車輪の回転に伴って回転側部材と共にスリンガまたはシール板が回転すると、これらの切り込み溝により周辺の空気を積極的に径方向外方に対流させ、ラビリンスシール部から浸入しようとする雨水等を弾き飛ばすことができ、シールに付加価値を設け、強固な密封性を備えたシールを別途配設しなくても密封性の向上を図ることができる車輪用軸受装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る車輪用軸受装置の一実施形態を示す縦断面図である。
【図2】図1のシール部を示す要部拡大図である。
【図3】図2のIII矢視図である。
【図4】図2のシールの変形例を示す断面図である。
【図5】図4のシールの変形例を示す断面図である。
【図6】図4のシールの他の変形例を示す断面図である。
【図7】図6のVII矢視図である。
【図8】従来の車輪用軸受装置を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
外周に車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入され、前記複列の外側転走面に対向する他方の内側転走面が形成された内輪からなる内方部材と、この内方部材と前記外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールと、これらシールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とからなるパックシールで構成された車輪用軸受装置において、前記スリンガが鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、前記内輪の外径に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とからなり、前記シール板が、前記外方部材の端部に内嵌される芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部の側面に所定の軸方向のシメシロを介して摺接するサイドリップを備えるシール部材とからなり、このシール部材が、縮径されて形成された前記芯金の端部外径に回り込んで接合され、前記外方部材に弾性変形して圧着される弾性嵌合部を備えると共に、前記シール板とスリンガの立板部の外縁とが僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシールが構成され、前記スリンガの立板部の側面に磁気エンコーダが一体に加硫接着され、この磁気エンコーダが、エラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁され、この磁気エンコーダの外径部の角部に、外径側に45°以下に傾斜して切り込み溝が形成されている。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明に係る車輪用軸受装置の一実施形態を示す縦断面図、図2は、図1のシール部を示す要部拡大図、図3は、図2のIII矢視図、図4は、図2のシールの変形例を示す断面図、図5は、図4のシールの変形例を示す断面図、図6は、図4のシールの他の変形例を示す断面図、図7は、図6のVII矢視図である。なお、以下の説明では、車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウター側(図1の左側)、中央寄り側をインナー側(図1の右側)という。
【0029】
この車輪用軸受装置は第3世代と呼称される従動輪用であって、内方部材1と外方部材2、および両部材1、2間に転動自在に収容された複列の転動体(ボール)3、3とを備えている。内方部材1は、ハブ輪4と、このハブ輪4に所定のシメシロを介して圧入された内輪5とからなる。
【0030】
ハブ輪4は、アウター側の端部に車輪(図示せず)を取り付けるための車輪取付フランジ6を一体に有し、外周に一方(アウター側)の内側転走面4aと、この内側転走面4aから軸方向に延びる小径段部4bが形成されている。車輪取付フランジ6にはハブボルト7が周方向等配に植設されている。
【0031】
内輪5は、外周に他方(インナー側)の内側転走面5aが形成され、ハブ輪4の小径段部4bに圧入されると共に、この小径段部4bの端部を塑性変形させて形成した加締部8によって軸方向に固定されている。
【0032】
ハブ輪4はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、内側転走面4aをはじめ、車輪取付フランジ6のインナー側の基部6aから小径段部4bに亙って高周波焼入れによって表面硬さを58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。なお、加締部8は鍛造加工後の表面硬さの生のままとされている。これにより、車輪取付フランジ6に負荷される回転曲げ荷重に対して充分な機械的強度を有し、内輪5の嵌合部となる小径段部4bの耐フレッティング性が向上すると共に、加締加工時に微小なクラック等の発生がなく加締部8の塑性加工をスムーズに行うことができる。なお、内輪5および転動体3はSUJ2等の高炭素クロム鋼で形成され、ズブ焼入れによって芯部まで58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。
【0033】
外方部材2は、外周にナックル(図示せず)に取り付けられるための車体取付フランジ2bを一体に有し、内周に複列の外側転走面2a、2aが形成されている。すなわち、ハブ輪4の内側転走面4aに対向するアウター側の外側転走面2aと、内輪5の内側転走面5aに対向するインナー側の外側転走面2aが一体に形成されている。これら両転走面間に複列の転動体3、3が収容され、保持器9、9によって転動自在に保持されている。
【0034】
外方部材2はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、少なくとも複列の外側転走面2a、2aが高周波焼入れによって表面硬さを58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。そして、外方部材2と内方部材1との間に形成される環状空間の開口部にはシール10、11が装着され、軸受内部に封入されたグリースの外部への漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止している。
【0035】
アウター側のシール10は、外方部材2のアウター側端部の内周に所定のシメシロを介して圧入された芯金12と、この芯金12に加硫接着によって一体に接合されたシール部材13とからなる一体型のシールで構成されている。芯金12は、オーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)や冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)からプレス加工にて断面略L字状に形成されている。
【0036】
一方、シール部材13はNBR(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して形成され、断面が円弧状に形成された基部6aに所定の軸方向シメシロをもって摺接するサイドリップ13aとダストリップ13bおよび軸受内方側に傾斜して形成され、基部6aに所定の径方向シメシロを介して摺接するグリースリップ13cとを有している。
【0037】
なお、シール部材13の材質としては、NBR以外にも、例えば、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)等をはじめ、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等を例示することができる。
【0038】
ここで、インナー側のシール11は、図2に拡大して示すように、互いに対向配置されたスリンガ14と環状のシール板15とからなる、所謂パックシールで構成されている。スリンガ14は、強磁性体の鋼板、例えば、フェライト系のステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、内輪5の外径に圧入される円筒部14aと、この円筒部14aから径方向外方に延びる立板部14bとからなる。
【0039】
また、立板部14bのインナー側の側面には、ゴム等のエラストマにフェライト等の磁性体粉が混入された磁気エンコーダ16が一体に加硫接着されている。この磁気エンコーダ16は、周方向に交互に磁極N、Sが着磁され、車輪の回転速度検出用のロータリエンコーダを構成している。
【0040】
一方、シール板15は、外方部材2の端部に内嵌される芯金17と、この芯金17に加硫接着により一体に接合されたシール部材18とからなる。芯金17は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、外方部材2に金属嵌合される円筒部17aと、この円筒部17aから径方向内方に延びる内径部17bとを備えている。
【0041】
シール部材18はNBR等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延びるサイドリップ18aと、この内径側で、二股状に形成されたグリースリップ18bとダストリップ18cを有している。サイドリップ18aはスリンガ14の立板部14bのアウター側の側面に所定の軸方向のシメシロを介して摺接すると共に、グリースリップ18bとダストリップ18cは円筒部14aに所定の径方向のシメシロを介して摺接している。
【0042】
また、シール部材18は芯金17の表面を被覆するように接合されているが、特に、外径が縮径されて形成された円筒部17aの端部に回り込んで接合され、弾性嵌合部18dが形成されている。この弾性嵌合部18dはシール部材18が外方部材2に弾性変形して圧着され、嵌合部の気密性を高めている。そして、この弾性嵌合部18dと磁気エンコーダ16の外縁とは僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシール19が構成されている。なお、シール部材18の材質としては、例示したNBR以外にも、例えば、耐熱性に優れたHNBR、EPDM等をはじめ、耐熱性、耐薬品性に優れたACM、FKM、あるいはシリコンゴム等を例示することができる。
【0043】
ここで、本実施形態では、磁気エンコーダ16の外径部の角部に切り込み溝20が周方向に複数形成されている(図3参照)。これにより、車輪の回転に伴って内輪5と共にスリンガ14が回転すると、これらの切り込み溝20により周辺の空気を積極的に径方向外方に対流させ、ラビリンスシール19部から浸入しようとする雨水等を弾き飛ばすことができ、シール11に付加価値を設け、強固な密封性を備えたシールを別途配設しなくても密封性の向上を図ることができる車輪用軸受装置を提供することができる。なお、切り込み溝20は、磁気特性に悪影響を及ぼすことがないよう、回転速度センサ21の検出範囲Sに掛からないことが好ましい。
【0044】
図4に示すシール22は前述したシール11の変形例である。なお、前述した実施形態と同一部品同一部位あるいは同様の機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0045】
このシール22は、互いに対向配置されたスリンガ14と環状のシール板23とからなるパックシールで構成されている。そして、前述した実施形態と同様、スリンガ14の立板部14bのインナー側の側面には、ゴム等のエラストマにフェライト等の磁性体粉が混入された磁気エンコーダ24が一体に加硫接着されている。この磁気エンコーダ24は、周方向に交互に磁極N、Sが着磁されている。
【0046】
シール板23は、外方部材2の端部に内嵌される芯金17と、この芯金17に加硫接着により一体に接合されたシール部材18’とからなる。このシール部材18’はNBR等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延びるサイドリップ18aと、この内径側で、二股状に形成されたグリースリップ18bとダストリップ18cを有している。そして、シール部材18’が芯金17の円筒部17aの端部に回り込んで接合され、弾性嵌合部18eが形成され、弾性嵌合部18eと磁気エンコーダ24の外縁とは僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシール19が構成されている。
【0047】
ここで、本実施形態では、シール板23の端面と磁気エンコーダ24の側面が略面一になるように設定されると共に、磁気エンコーダ24の外径部の角部に切り込み溝25が周方向に複数形成されている。そして、この切り込み溝25の傾斜角θ1が45°以下、好ましくは、10°<θ1<45°の範囲に設定されている。これにより、切り込み溝25により発生する空気の対流がインナー側に向き、泥水等の排出を助長する力となって耐泥水性を向上させることができる。ここで言う略面一とは、例えば、設計の狙い値であって実質的に段差がない状態、すなわち、加工誤差等によって生じる段差は当然許容されるべきものである。
【0048】
さらに、シール部材18’の弾性嵌合部18eの内周面に、開口部に向かって漸次拡径する傾斜角θ2からなるテーパ面26が形成され、このテーパ面26の軸方向幅W1が切り込み溝25の軸方向幅W2よりも大きく(W1>W2)なるように設定されている。これにより、直接外側へと弾き飛ばされない泥水があった場合でも、このテーパ面26に確実に衝突してスムーズに外側へと誘導することができ、耐泥水性の向上を一層図ることができる。このテーパ面26の傾斜角θ2は0<θ2<10°の範囲に設定されている。なお、傾斜角θ2が10°以上になると、外部から泥水等がラビリンスシール19部に返って浸入し易くなるため好ましくない。
【0049】
図5にシール22の変形例を示す。なお、前述した実施形態と同一部品同一部位あるいは同様の機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0050】
このシール27は、互いに対向配置されたスリンガ14と環状のシール板28とからなるパックシールで構成されている。そして、前述した実施形態と同様、スリンガ14の立板部14bのインナー側の側面には、ゴム等のエラストマにフェライト等の磁性体粉が混入された磁気エンコーダ24が一体に加硫接着されている。
【0051】
シール板28は、外方部材2の端部に内嵌される芯金17と、この芯金17に加硫接着により一体に接合されたシール部材29とからなる。このシール部材29はNBR等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延びる一対のサイドリップ29a、29bと、この内径側で、軸受内方側に傾斜して延びるグリースリップ29cを有している。そして、シール部材29が芯金17の円筒部17aの端部に回り込んで接合され、弾性嵌合部18eが形成され、弾性嵌合部18eと磁気エンコーダ24の外縁とは僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシール19が構成されている。
【0052】
本実施形態では、前述した実施形態と同様、シール板28の端面と磁気エンコーダ24の側面が略面一になるように設定され、磁気エンコーダ24の外径部の角部に切り込み溝25が周方向に複数形成されているので耐泥水性を向上させることができると共に、ダストシールの代わりにサイドリップを一対設けたので、密封性を維持しつつシールトルクを軽減させることができる。
【0053】
図6にシール22の変形例を示す。なお、前述した実施形態と同一部品同一部位あるいは同様の機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0054】
このシール30は、互いに対向配置されたスリンガ31と環状のシール板32とからなるパックシールで構成されている。スリンガ31はオーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、固定側部材となる内輪(図示せず)の外径に圧入される円筒部31aと、この円筒部31aから径方向外方に延びる立板部31bとからなる。なお、円筒部31aの端部は尖塔状に形成され、後述するダストリップ34cが組立時に角部に接触して損傷するのを防止している。
【0055】
一方、シール板32は、回転側部材となる外方部材(図示せず)の端部に内嵌される芯金33と、この芯金33に加硫接着により一体に接合されたシール部材34とからなる。芯金33は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、外方部材に金属嵌合される円筒部33aと、この円筒部33aから径方向内方に延びる内径部33bとを備えている。
【0056】
シール部材34は、前述した実施形態と同様、芯金33の円筒部33aの端部に回り込んで接合され、弾性嵌合部34dが形成されている。そして、弾性嵌合部34dとスリンガ31の立板部31bの外縁とは僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシール35が構成されている。
【0057】
ここで、本実施形態では、シール板32の端面とスリンガ31の立板部31bの側面が略面一になるように設定されると共に、弾性嵌合部34dの端部内径の角部に切り込み溝36が周方向に複数形成されている(図7参照)。そして、この切り込み溝36の傾斜角θ3が45°以下、好ましくは、10°<θ3<45°の範囲に設定されている。これにより、切り込み溝36により発生する空気の対流がインナー側に向き、泥水等の排出を助長する力となって耐泥水性を向上させることができる。
【0058】
さらに、切り込み溝36の軸方向幅W3が立板部31bの板厚W4より小さく(W3<W4)なるように設定されている。これにより、切り込み溝36により弾き飛ばした泥水を、ラビリンスシール35を通じてシール30の内部に引き込まれるのを防止してスムーズに外側へと誘導することができ、耐泥水性の向上を図ることができる。
【0059】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る車輪用軸受装置は、パックシールを備えた第1乃至第3世代構造の車輪用軸受装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0061】
1 内方部材
2 外方部材
2a 外側転走面
2b 車体取付フランジ
3 転動体
4 ハブ輪
4a、5a 内側転走面
4b 小径段部
5 内輪
6 車輪取付フランジ
6a 車輪取付フランジのインナー側の基部
7 ハブボルト
8 加締部
9 保持器
10 アウター側のシール
11、22、27、30 インナー側のシール
12、17、33 芯金
13、18、18’、29、34 シール部材
13a、18a、29a、29b、34a サイドリップ
13b、18c、34c ダストリップ
13c、18b、29c、34b グリースリップ
14、31 スリンガ
14a、17a、31a、33a 円筒部
14b、31b 立板部
15、23、28、32 シール板
16、24 磁気エンコーダ
17b、33b 内径部
18d、18e、34d 弾性嵌合部
19、35 ラビリンスシール
20、25、36 切り込み溝
21 回転速度センサ
26 テーパ面
51 外方部材
51a 外側転走面
51b 車体取付フランジ
52 内方部材
53 ボール
54 車輪取付フランジ
55 ハブ輪
55a、56a 内側転走面
55b 小径段部
56 内輪
57 保持器
58 加締部
59 アウター側のシール
60 インナー側のシール
61 キャップ
62 芯金
63 キャップ本体
64 パルサリング
65 支持環
65a 円筒部
65b 立板部
66 エンコーダ
67 フィン
S 検出範囲
W1 テーパ面の軸方向幅
W2、W3 切り込み溝の軸方向幅
W4 立板部の板厚
θ1、θ3 切り込み溝の傾斜角
θ2 テーパ面の傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールと、
これらシールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とからなるパックシールで構成された車輪用軸受装置において、
前記スリンガが鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、前記内方部材の外径に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とからなり、前記シール板が、前記外方部材の端部に内嵌される芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部の側面に所定の軸方向のシメシロを介して摺接するサイドリップを備えるシール部材とからなり、
このシール部材が、縮径されて形成された前記芯金の端部外径に回り込んで接合され、前記外方部材に弾性変形して圧着される弾性嵌合部を備えると共に、
前記シール板とスリンガの立板部の外縁とが僅かな径方向すきまを介して対向し、ラビリンスシールが構成され、対向する当該シール板とスリンガのうちどちらか一方の角部に切り込み溝が周方向に複数形成されていることを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記スリンガの立板部の側面に磁気エンコーダが一体に加硫接着され、この磁気エンコーダが、エラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁されると共に、前記磁気エンコーダの外径部の角部に前記切り込み溝が形成されている請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記シール板の端面と前記磁気エンコーダの側面が略面一になるように設定されると共に、前記切り込み溝が外径側に傾斜して形成され、この傾斜角が45°以下に設定されている請求項1または2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項4】
前記切り込み溝が前記磁気エンコーダの回転速度センサの検出範囲に掛からないように設定されている請求項2または3に記載の車輪用軸受装置。
【請求項5】
前記弾性嵌合部の内周面に、開口部に向かって漸次拡径する所定の傾斜角からなるテーパ面が形成され、このテーパ面の幅が前記切り込み溝の幅よりも大きくなるように設定されている請求項3または4に記載の車輪用軸受装置。
【請求項6】
前記シール板の芯金が鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、前記外方部材に金属嵌合される円筒部と、この円筒部から径方向内方に延びる内径部とを備えると共に、前記弾性嵌合部の端部内径に前記切り込み溝が形成されている請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項7】
前記シール板の端面と前記スリンガの立板部の側面が略面一になるように設定されると共に、前記切り込み溝が内径側に傾斜して形成され、この傾斜角が45°以下に設定されている請求項1または6に記載の車輪用軸受装置。
【請求項8】
前記切り込み溝の幅が前記立板部の板厚より小さくなるように設定されている請求項7に記載の車輪用軸受装置。
【請求項9】
前記シールが前記サイドリップを径方向に一対備えている請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項10】
前記内方部材が、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入され、前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなり、この内輪の外径に前記スリンガが圧入されている請求項1に記載の車輪用軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−44420(P2013−44420A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184477(P2011−184477)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】