説明

転がり軸受

【課題】放電現象が起こらないように、内輪と外輪との間の体積抵抗率を適正値にし、白色組織変化剥離を防止して長寿命の転がり軸受を提供する。
【解決手段】内輪と外輪との間に保持器を介して複数の転動体を転動自在に保持され、かつ、前記内輪と前記外輪との間の体積固有抵抗率が体積抵抗率が5×10Ω・cm以下であることを特徴とする転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の電装部品、エンジン補機であるオルタネータやアイドラプーリ、ウォーターポンプ、カーエアコン用プーリ、カーエアコン用電磁クラッチ等の軸受、および車輪用軸受、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ、コンプレッサ用軸受、モータ軸受など、白色組織変化を伴った早期剥離(以下、「白色組織変化剥離」ともいう。)が発生しやすい箇所に使用することができ、剥離寿命の延長を図ることができる転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような部材は、雨水や路面から跳ね返る泥水に侵されることが多く、使用される転がり軸受の内部にも水分が浸入しやすい。また、上記のような部材はベルトによるプーリ駆動であるため、ベルトとプーリの間で静電気が発生しやすい。そのため、浸入した水分が静電気により電気分解を起して水素イオンが発生し、発生した水素イオンが起点となって内輪や外輪、転動体に白色組織変化剥離を起こす。
【0003】
このような白色組織変化剥離を防ぐために本出願人も、特許文献1において、導電性シールを装着して内輪と外輪との導通を図ることで、電気分解による水素の発生を抑制することを提案している。また、特許文献2において、導電性シールとともに導電性グリースを封入して導通を更に高めることも提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−218679号公報
【特許文献2】特開2006−161897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2をはじめとして従来の白色組織変化剥離を防止する方法は、導電性シールや導電性グリースにより、帯電した静電気を逃がすことに主眼が置かれている。しかしながら、本発明者らが白色組織変化剥離について更に検討したところ、放電現象(絶縁破壊)が関係していることを見出した。そこで本発明では、放電現象が起こらないように、内輪と外輪との間の体積抵抗率を適正値にし、白色組織変化剥離を防止して長寿命の転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記のように、白色組織変化剥離に放電現象(絶縁破壊)が関係していることを見出し、導電性シールを装着して外輪と内輪の間の体積固有抵抗率を油膜の体積固有抵抗率よりも低くすることにより、発生した電荷が軸受内部に放電するのを防止できることを知見した。また、油膜を薄くして内輪と外輪との間の体積固有抵抗率を低くすることにより同様の効果が得られることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0007】
即ち、本発明は下記の転がり軸受を提供する。
(1)内輪と外輪との間に保持器を介して複数の転動体を転動自在に保持され、かつ、
前記内輪と前記外輪との間の体積固有抵抗率が体積抵抗率が5×10Ω・cm以下であることを特徴とする転がり軸受。
(2)体積抵抗率が5×10Ω・cm以下である接触式の導電性シールを備えることを特徴とする上記(1)記載の転がり軸受。
(3)前記導電性シールのシールリップ部に導電性の潤滑剤が塗布されていることを特徴とする上記(2)記載の転がり軸受。
(4)前記導電性シールの硬さがHV=800以上であることを特徴とする上記(2)または(3)記載の転がり軸受。
(5)前記導電性シールの摩擦抵抗が0.2以下であることを特徴とする上記(2)〜(4)の何れか1項に記載の転がり軸受。
(6)運転隙間が負で、前記転動体の表面の中心線平均粗さが0.01〜0.06μmであることを特徴とする上記(1)〜(5)の何れか1項に記載の転がり軸受。
(7)導電性グリースが封止されていることを特徴とする上記(1)〜(6)の何れか1項に記載の転がり軸受。
【発明の効果】
【0008】
本発明の転がり軸受は、放電現象が起こらないように導電性シールの体積抵抗率を適正値にしたことにより、また運転隙間と転動体の表面粗さを特定したことにより、白色組織変化剥離を防止して長寿命となる。そのため、本発明の転がり軸受は、高温、高速、高荷重下で使用される用途に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係る転がり軸受の一実施形態(玉軸受)を示す断面図である。
【図2】前記実施形態の導電性シールと内輪、外輪との取り付け状態を拡大して示す部分縦断面図である。
【図3】実施例において剥離試験及び体積固有抵抗率の測定に使用した装置の構成を示す図である。
【図4】実施例で得られた体積固有抵抗率と剥離寿命との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る転がり軸受の好適な実施の形態例を図面に基づいて説明する。尚、図1、図2には本実施形態の転がり軸受が示されており、図1は玉軸受1の断面図、図2は導電性シール15の取付け部分の拡大図である。
【0011】
図1に示すように、玉軸受1は、内輪11と外輪12との間に保持器13を介して複数の転動体である玉14を略等間隔で回動自在に保持する構成となっている。そして、内輪11と外輪12とにわたって導電性シール15が設けられている。また、内輪11、外輪12、玉14、保持器13および導電性シール15とで形成される空所Sには、潤滑剤が封入されている。
【0012】
導電性シール15は、玉軸受1の内輪11と外輪12とを同電位とするためのシールであり、図2に詳細を示すように、導電性ゴム組成物19で補強部材としての芯金16を被覆して環状に形成されている。導電性シール15の外周部は、断面略団扇形状に形成され、わずかに内側(玉14側)に向いており、導電性シール15を外輪12に固定する際の外周固定部15Aとなっている。また、導電性シール15の内周部の内側には、内周部の先端から外周部に向かって広くなる傾斜部が形成されており、この傾斜部は内輪11の、次に述べるテーパ部11Aと摺接する内周摺接部15Bとなっている。
【0013】
これに対して、外輪12の内周外側面部には窪み状の外輪板溝12Aが形成されている。そして、この外輪板溝12Aには、導電性ゴム組成物19の弾性を利用して前記固定部15Aを嵌め込むことで、導電性シール15が外輪12に固定されるようになっている。また、内輪11の外周外側面部には、前記空所Sから外側に向かって傾斜するテーパ部11Aが形成されている。そして、このテーパ部11Aには、前述のように摺接部15Bが摺接・係合されており、これにより、外輪12と内輪11とが、常時、電気的に通電されている。
【0014】
導電性ゴム組成物19は、任意のゴム材に、導電性材料として導電性粒子や導電性繊維をそれぞれ単独で、あるいは混合して配合したものである。ゴム材料としては、本実施形態では二トリルゴムを使用するが、一般的にシール材料として用いられるアクリルゴム、フッ素ゴム、シリコンゴムを使用してもよく、適宜その材料が選択可能である。
【0015】
導電性粒子としては、カーボンブラックやグラファイト、インジウム/スズ酸化物、アンチモン/スズ酸化物等の導電性金属酸化物を使用することができ、それらの材料が適宜選択可能である。
【0016】
導電性繊維としては、ステンレス繊維、炭素繊維(カーボンファイバー、カーボンチュウブ)、あるいはチタン酸カリウムにメッキした導電性繊維(例えば大塚化学社製)等を使用することができる。また、導電性繊維の太さや長さは任意のものを選択可能できる。例えば、導電性繊維として、太さが10μm、長さ200〜300μmのステンレス繊維を使用できる。
【0017】
ゴム材料に混入される導電性材料の量は、導電性シール15のゴム弾性を維持しつつ、体積固有抵抗率を5×10Ω・cm以下にできれば制限はない。尚、体積固有抵抗率は、1×10Ω・cm以下が好ましい。
【0018】
また、導電性シール15は、導電性材料を配合していない上記のゴム材料で芯金16を被覆し、更に導電性材料からなる被膜で覆う構成としてもよい。導電性材料からなる被膜は、上記の導電性粒子や導電性繊維をバインダー樹脂に分散させた塗液を所定厚で塗布し、乾燥させることにより形成することができる。
【0019】
導電性被膜としては、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜や金属膜、DLCに金属元素を内添した複合被膜、あるいはこれらを積層した積層被膜を形成することもできる。これらの被膜は、導電性粒子や導電性繊維をバインダー樹脂で結着させた被膜に比べて高導電性の被膜となり、導電性シール15には特に好適である。
【0020】
上記の導電性シール15の内周摺接部15B(シールリップ部)に導電性材料、例えば導電性グリースを塗布することにより、導電性を維持することが可能になる。尚、導電性グリースとしては公知のもので構わないが、例えば下記に示す組成とすることができる。
【0021】
更に、導電性シール15は、硬さがHV=800以上、特にHV=1000以上であることが好ましく、摩擦抵抗が0.2以下、特に0.15以下であることが好ましい。硬さがHV=800未満では内輪11との摺接により摩耗しやすくなり、十分なシール性を長期にわたり維持するのが難しくなるとともに、油膜を介して内輪と外輪との間で放電が起こるようになる。また、摩擦抵抗が0.2を超えると発熱により、潤滑剤が劣化するおそれがある。
【0022】
尚、DLC膜や金属膜、複合被膜、積層被膜を形成した場合は、通常の方法では硬さを測定することができないため、押し込み深さを少なくとも膜厚以内となるように微小硬度計による測定を行い、得られた荷重−除荷曲線から硬さを求める。また、積層被膜については、各層毎に同様の測定を行い、総合的な硬さを求める。
【0023】
潤滑剤は、潤滑油であっても、グリースであってもよい。以下に、グリースについて説明する。
【0024】
グリースを形成する基油は特に限定されず、通常潤滑油の基油として使用されている油はすべて使用することができる。好ましくは、低温流動性不足による低温起動時の異音発生や、高温で油膜が形成され難いために起こる焼付きを避けるために40℃における動粘度が、好ましくは10〜400mm/sec、より好ましくは20〜250mm/sec、さらに好ましくは40〜150mm/secである基油が望ましい。
【0025】
具体例としては、鉱油系、合成油系または天然油系の潤滑油などが挙げられる。鉱油系の潤滑油としては、鉱油を減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて精製したものを用いることができる。合成油系の潤滑油としては、炭化水素系油、芳香族系油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。
【0026】
炭化水素系油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンコオリゴマーなどのポリ−α−オレフィン、またはこれらの水素化物などが挙げられる。
【0027】
芳香族系油としては、モノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン、などのアルキルベンゼン、あるいは、モノアルキルアフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレンなどのアルキルナフタレンなどが挙げられる。
【0028】
エステル系油としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレート、などのジエステル油、あるいは、トリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテートなどの芳香族エステル油、さらには、トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート、などのポリオールエステル油、さらにはまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油などが挙げられる。
【0029】
前記エーテル系油としては、ポリエチレングリーコール、ポリプロピレングリーコール、ポリエチレングリーコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル、などのポリグリコール、あるいは、モノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテルなどのフェニルエーテル油などが挙げられる。
【0030】
その他の合成潤滑基油としては、トリクレジルフォスフェート、シリコーン油、パーフルオロアルキルエーテルなどが挙げられる。
【0031】
天然油系の潤滑基油としては、牛脂、豚脂、大豆油、菜種油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油、などの油脂系油、またはこれらの水素化物が挙げられる。
【0032】
これらの基油は、単独または混合物として用いることができ、前述した好ましい動粘度に調整される。
【0033】
グリースを形成する増ちょう剤は、ゲル構造を形成し、前記基油をゲル構造中に保持する能力があれば、特に制約はない。例えば、Li、Na等からなる金属石鹸、Li、Na、Ba、Ca等から選択される複合金属石鹸類、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物等の非石鹸類を適宜選択して使用できる。但し、グリースの耐熱性を考慮すると、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物、または、これらの混合物が好ましい。
【0034】
このウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物としては、具体的には、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ポリウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物またはこれらの混合物が挙げられ、これらの中でも、ジウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物またはこれらの混合物がより好ましい。耐熱性、音響性を考慮すると、さらに好ましくは、ジウレア化合物を配合することが望ましい。
【0035】
グリースは、導電性を更に向上させるために導電性とすることが好ましい。導電性にするには、導電性物質を配合することが好ましく、グラファイト、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、フラーレンなどを配合することができる。中でも、カーボンブラックは市場からも入手しやすく、安価であることから好ましい。尚、導電性物質の配合量は、グリースに導電性を付与できれば制限がなく、潤滑性能等を考慮して適宜設定するが、グリース全量の0.1〜10質量%とすること適当である。配合量が0.1質量%未満では十分な導電性を有することができず、10質量%より多くなるとグリースが硬化し、焼付き寿命が低下するおそれがあるため好ましくない。導電性を確実にし、さらに焼付き寿命の低下を考慮するなら、グリース全量に対して0.5〜5質量%が望ましい。また、導電性物質を配合した後のグリースちょう度が、NLGINo.1〜No.3であることが、より望ましい。
【0036】
グリースには、その他にも目的に応じて種々の添加剤を添加することができる。例えば、摩耗防止剤、極圧剤、油性剤のうち少なくとも一つを加えると、軸受損傷を抑え、安定した導電性寿命をグリースに付与することができ、剥離寿命を延長することができる。導電性の経時的な低下をさらに長期にわたって抑えるためには、摩耗防止剤と油性剤とを併用することが好ましい。特に、摩耗防止剤として亜リン酸エステル、油性剤としてカルボン酸無水物を用いた場合は、導電性の経時的な低下を抑える効果が特に優れている。また、自動車電装品のように高温で使用され、水の浸入のおそれがある場合は、酸化防止剤や防錆剤を加えることで、グリースの劣化を抑制することが可能である。尚、これら添加剤の添加量は、グリース全量の0.1〜10質量%が適当である。添加量が0.1質量%未満では目的とする効果が発現せず、10質量%を超えても効果の更なる向上は見込めず、むしろ他成分の配合量が少なくなり、潤滑性能等に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0037】
また、グリースの調製方法には特に制約はない。しかし、一般的には、基油中で増ちょう剤を反応させて得られる。導電性物質は、得られたグリースに所定量を配合することが好ましい。ただし、ニーダやロールミル等で導電性物質を添加した後、十分攪拌し、均一分散させる必要がある。この処理を行うときは、加熱するものも有効である。摩耗防止剤等の他の添加剤は、導電性物質と同時に添加することが工程上好ましい。
【0038】
本発明において、導電性シール15の体積固有抵抗率を5×10Ω・cm以下とするのは、潤滑剤の油膜の体積固有抵抗率が15×10Ω・cm程度であり、導電性シール15の体積固有抵抗率をそれよりも小さくすることにより、放電による油膜の絶縁破壊がなくなり、潤滑剤自体の劣化や、内輪11や外輪12の軌道面に白色組織変化剥離が発生するのを防止することができることによる。
【0039】
また、油膜を薄くして内輪11と外輪12との間の体積固有抵抗率を、5×10Ω・cm以下にしてもよく、そのためには運転隙間を負にし、玉14の粗さを小さく、具体的には中心線平均粗さを0.01〜0.06μmRa、好ましくは0.015〜0.04μmRaにする。
【0040】
更に、運転隙間及び表面粗さの特定と、上記の導電性シール15とを組み合わせることにより、白色組織変化剥離をより確実に防止することができる。
【0041】
尚、本発明に係る転がり軸受は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、適宜な変形、改良等が可能である。例えば、転がり軸受として玉軸受の他にもころ軸受等を用いてもよい。また、導電性シール15を、導電性組成物19で芯金16を被覆して構成しているが、芯金16を設けなくてもよい。
【実施例】
【0042】
以下に、実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【0043】
(試験1:実施例1〜12、比較例1〜4)
試験軸受として、JIS呼び番号6203深溝玉軸受を用意した。尚、封入グリースは導電性グリースとした。また、芯金をニトリルゴムで被覆したシールを用意し、実施例1〜12及び比較例1〜3については更に金属元素の内添量を変えたDLC被膜を形成した。そして、各シールについて、DLC被膜の硬さを測定した。測定にはエリオニクス社製微小硬度計を用い、押し込み荷重を50mNとして測定したヤング率を用いた。比較例4ではDLC被膜を形成せず、ニトリルゴム被覆のみのシールとした。更に、各シールについて、往復動試験機を用いて摩擦係数を測定した。結果を表1に示す。
【0044】
また、試験軸受にシールを装着し、図3に示す試験装置を用いて剥離に至るまでの時間(剥離寿命)を測定した。図示される試験装置において、テーブル状の基台101の上方には回転軸102が水平方向に配置されており、下方には駆動軸103が、回転軸102と平行に設けられている。駆動軸103はモータ104の出力軸であり、モータ104により回転駆動される。駆動軸103の先端部(図の左端部)には駆動プーリ105が、回転軸102の一端部(同左端部)には従動プーリ106が固定しており、従動プーリ106と駆動プーリ105とに無端ベルト107が掛け渡されている。
【0045】
基台101の上面には、L字形のアーム108の基端部が支持固定しており、アーム108は、基台101に対して結合される支柱部109と、この支柱部109の上端部から水平方向に延びた水平支持部110とからなる。水平支持部110の上面にはケーシング111が固定されている。このケーシング111は、十分な厚さ寸法を有する第一支持壁112と、第一支持壁112に比較して薄肉の第二支持壁113とを有しており、第一支持壁112の円孔114の内側には、サポート軸受115の外輪116が内嵌固定される。また、サポート軸受115の内輪117は回転軸102の他端部に外嵌固定される。尚、サポート軸受115の転動体にはセラミック球を用いた。一方、第二支持壁113の外側(図の左側面)には、その一部のみが外方(図の左方)に突出した突出部118が形成され、この突出部118に、第二ハウジング119の円周方向一部を、複数本のボルトにより結合固定している。そして、第二ハウジング119の内側には、寿命試験を行なうべき試験軸受120の外輪121が内嵌固定される。そして、この試験軸受120の内輪122を回転軸102の中間部に外嵌固定することにより、この回転軸102の中間部を第二ハウジング119に回転自在に支持する。また、第二ハウジング119の上面には、振動ピックアップ127を設けて試験軸受120の振動を検出自在としている。
【0046】
また、従動プーリ106から回転軸102の一端部にFなるラジアル荷重が付与された場合には、試験軸受120には(a+b)・FP /aなるラジアル荷重FfPが加わる。尚、aは前記サポート軸受115と試験軸受120との中心間距離(ピッチ)、bは従動プーリ106と試験軸受120との中心間距離である。
【0047】
上述のように構成される試験装置によれば、試験軸受120の寿命試験を、エンジン用補機等に組み込まれて実際に運転される状態に合致させて行なえる。即ち、第二ハウジング119が回転軸102に設けた試験軸受120の支持剛性が低いため、無端ベルト107の張力Tに基づいて従動プーリ106に加えられるラジアル荷重により、回転軸102に曲げ応力が加わる。そして、この曲げ応力と無端ベルト107から加えられるラジアル荷重Fとが合わさって試験軸受120に、実際の使用状態に則した複雑な力が加わる。そして、この力によって、早期剥離等の損傷が発生する。
【0048】
本実施例では、試験軸受120を、(負荷荷重/動定格荷重)=0.1、試験温度80℃にて、所定時間毎に9000min−1と18000min−1とを切り替えて回転させ、所定時間毎に試験軸受120を分解して剥離発生の有無を評価した。回転は最長2000時間行った。結果を表1に、2000時間回転後も剥離が認められない場合を1とする寿命比として示す。
【0049】
また、上記の測定装置では、回転軸102にスリップリング130を介装し、スリップリング130と試験軸受120の外輪121との間にLCRメータ135が挿入されており、体積固有抵抗率を測定するように構成されている。尚、符号132は、水平支持部110とケーシング111とを絶縁するための絶縁シートである。得られる測定値は、測定装置自体、並びに試験軸受120の外輪121と内輪122との間の体積固有抵抗率の合計であるため、測定装置、試験軸受120の外輪110及び内輪122の各体積固有抵抗率を測定しておき、シールを装着した状態での測定値から差し引くことでシール単体の体積固有抵抗率を求めることができる。結果を表1に示す。
【0050】
尚、上記の被膜硬さ、摩擦係数、体積固有抵抗率及び寿命比は、n=10の平均値である。
【0051】
【表1】

【0052】
実施例1〜12に示すように、シールの体積固有抵抗率が5×10Ω・cm以下であれば、長寿命になることがわかる。特に、シールの体積固有抵抗率が1×10Ω・cm以下が好ましい。但し、実施例11、12に示すようにシールの硬さが低くなると、摩耗が大きくなり寿命を低下させる要因になる。
【0053】
これに対し、比較例1〜4に示すように、シールの硬さが実施例と同程度であっても、体積固有抵抗率が5×10Ω・cmを越えると剥離しやすくなって寿命が短くなる。
【0054】
上記の結果を基に、体積固有抵抗率と寿命比との関係を図4にグラフ化して示す。
【0055】
(試験2:実施例13〜26、比較例5〜7)
試験軸受として、JIS呼び番号6203深溝玉軸受を用意し、表2に示すように、運転隙間及び玉表面の中心線平均粗さを調整した。また、封入グリースには、導電性グリースと、非導電性のグリースを用意した。また、シールには、芯金を導電性ニトリルゴム組成物で被覆した接触式導電性シールと、芯金をニトリルゴム組成物で被覆した非導電性の接触式ゴムシールを用意した。
【0056】
そして、表2に示すように、運転隙間、中心線平均粗さ、シール及び封入グリースを組み合わせて試験軸受とした。この試験軸受について、図3に示す試験装置を用い、試験軸受120を、(負荷荷重/動定格荷重)=0.1、試験温度80℃にて、所定時間毎に9000min−1と18000min−1とを切り替えて回転させ、所定時間毎に試験軸受120を分解して剥離発生の有無を評価した。回転は最長2000時間行った。結果を表2に、2000時間回転後も剥離が認められない場合を1とする寿命比として示す。また、同様にして体積固有抵抗率を測定した。尚、各値はn=10の平均値である。結果を表2に併記する。
【0057】
【表2】

【0058】
実施例13〜22に示すように、運転隙間が負で、玉の中心線平均粗さが0.01〜0.06μmとし、導電性シール及び導電性グリースを用いることにより、外輪と内輪との間の体積固有抵抗率を5×10Ω・cm以下にすることができ長寿命になっている。また、実施例23、24のように、玉表面が粗くなると寿命が若干低下するようなる。更に、実施例25のように導電性シールを備えない場合や、実施例26のように導電性グリースを封入しない場合にも寿命が若干低下する。
【0059】
これに対し比較例5のように、玉の表面粗さが本発明の範囲外になると体積固有抵抗率が大きくなり、寿命が短くなる。また、比較例6、7のように運転隙間が正の場合も体積固有抵抗率が大きくなり、寿命が短くなる。
【符号の説明】
【0060】
1 転がり軸受
11 内輪
12 外輪
13 保持器
14 転動体
15 導電性シール
15A 外周固定部
15B 内周摺接部
16 芯金
19 導電性組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪との間に保持器を介して複数の転動体を転動自在に保持され、かつ、
前記内輪と前記外輪との間の体積固有抵抗率が体積抵抗率が5×10Ω・cm以下であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
体積抵抗率が5×10Ω・cm以下である接触式の導電性シールを備えることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記導電性シールのシールリップ部に導電性の潤滑剤が塗布されていることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記導電性シールの硬さがHV=800以上であることを特徴とする請求項2または3記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記導電性シールの摩擦抵抗が0.2以下であることを特徴とする請求項2〜4の何れか1項に記載の転がり軸受。
【請求項6】
運転隙間が負で、前記転動体の表面の中心線平均粗さが0.01〜0.06μmであることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の転がり軸受。
【請求項7】
導電性グリースが封止されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−97827(P2012−97827A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−246217(P2010−246217)
【出願日】平成22年11月2日(2010.11.2)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】