説明

転動装置

【課題】高温,高速,高荷重条件下で、しかも水が侵入しやすいような条件下で使用されても、白色組織剥離が生じにくく長寿命な転動装置を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体3と、内輪1及び外輪2の間に複数の転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆うシール等のような密封装置5,5と、を備えている。また、内輪1及び外輪2の間に形成され転動体3が配された空隙部内に、深溝玉軸受の潤滑を行うグリースGが封入されている。そして、このグリースGは、合成油とウレア化合物と有機ケイ素化合物とを含有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等のような転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の電装部品、自動車のエンジン補機(オルタネータ,中間プーリ,カーエアコンディショナ用電磁クラッチ等)、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ、コンプレッサ等に使用される転がり軸受は、高温,高速,高荷重条件下で使用されることが多い。そして、近年のコンパクト化,高性能化の要求により、これらの使用条件はますます厳しくなっている。
【0003】
このような厳しい使用条件により、転がり軸受に封入したグリースが分解して水素が発生する場合がある(特許文献1を参照)。この水素が内輪,外輪,転動体を構成する軸受鋼中に侵入して水素脆性を引き起こし、この水素脆性による白色組織への変化を伴った剥離(以降は白色組織剥離ということもある)に至ることがあるため、その防止が新たな重要課題となっている。
【0004】
また、前述のような転がり軸受は、自動車のエンジンの補助機械用として用いられるため、路面から跳ね上げられる水と接触しやすい。シールにより軸受内部への水の侵入が防止されるようになってはいるが、完全な侵入防止は困難である。さらに、エンジンが停止している際に転がり軸受の温度が低下して露点に達し、転がり軸受の周辺の空気中の水分が凝縮して水滴となり、転がり軸受に封入されたグリースに混入することがある。特許文献2に記載のように水が分解して水素が発生する場合があり、この水素が白色組織剥離を引き起こすので、自動車のエンジンの補助機械用として用いられる転がり軸受においては、グリースから生じた水素と相まって白色組織剥離がより発生しやすかった。
【0005】
白色組織剥離の対策としては、グリースによるものが多い。例えば、特許文献1には亜硝酸ナトリウム等の不働態酸化剤を配合したグリースを封入した転がり軸受が提案されており、特許文献3には有機アンチモン化合物や有機モリブデン化合物を配合したグリースを封入した転がり軸受が提案されている。これらの転がり軸受においては、前述した配合剤に由来する被膜が転がり接触部に形成されるため、軸受材料への水素の侵入が防止される。
【特許文献1】特許第2878749号公報
【特許文献2】特開平11−72120号公報
【特許文献3】特再平6−803565号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1,3に記載の転がり軸受は、配合剤に由来する被膜が形成されるまでに若干の時間を要するので、被膜が形成されるまでの間は水素の侵入を防止できないという問題点を有していた。また、振動や速度変動による転動体の滑りが生じると、転がり接触部で金属剥離が発生して配合剤に由来する被膜が破壊される場合があるため、そこから水素が侵入するおそれがあった。さらに、前述の配合剤は環境負荷物質であるため、その使用は望ましくなかった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、高温,高速,高荷重条件下で、しかも水が侵入しやすいような条件下で使用されても、白色組織剥離が生じにくく長寿命な転動装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転動装置は、外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、基油と増ちょう剤と添加剤とを含有するグリースで潤滑される転動装置において、前記基油を合成油、前記増ちょう剤をウレア化合物、前記添加剤を有機ケイ素化合物としたことを特徴とする。
【0008】
また、本発明に係る請求項2の転動装置は、請求項1に記載の転動装置において、自動車電装部品用又は自動車エンジン補機用の転がり軸受であることを特徴とする。
グリースに含有される有機ケイ素化合物により、内方部材の軌道面,外方部材の軌道面,及び転動体の転動面に、ケイ素を含有する被膜が形成され、この被膜により軸受材料への水素の侵入が防止される。よって、本発明の転動装置は、高温,高速,高荷重条件下で、しかも水が侵入しやすいような条件下で使用されても、白色組織剥離が生じにくく長寿命である。
【0009】
また、この被膜は極めて迅速に形成されるので、被膜が形成されていないために水素の侵入を防止できない期間が極めて短い。さらに、有機ケイ素化合物は、環境に対して低負荷な物質であるので、広範囲の用途に対して好適に使用することができる。
なお、本発明は種々の転動装置に適用することができる。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
【0010】
また、本発明における前記内方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には内輪、同じくボールねじの場合にはねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には案内レール、同じく直動ベアリングの場合には軸をそれぞれ意味する。また、前記外方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には外輪、同じくボールねじの場合にはナット、同じくリニアガイド装置の場合にはスライダ、同じく直動ベアリングの場合には外筒をそれぞれ意味する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の転動装置は、高温,高速,高荷重条件下で、しかも水が侵入しやすいような条件下で使用されても、白色組織剥離が生じにくく長寿命である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係る転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。この深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(玉)3と、内輪1及び外輪2の間に複数の転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆うシール等のような密封装置5,5と、を備えている。なお、保持器4や密封装置5は備えていなくてもよい。
【0013】
内輪1及び外輪2の間に形成され転動体3が内設された空隙部内には、グリースGが配されている。このグリースGの基油は合成油、増ちょう剤はウレア化合物であり、添加剤として有機ケイ素化合物が配合されている。
グリースGに配合される有機ケイ素化合物の種類は、特に限定されるものではないが、ポリシロキサン(シリコーン油)が好ましい。そして、金属に対する吸着性を有する官能基を備える有機ケイ素化合物が特に好ましい。例えば、ポリシロキサンの側鎖又は末端に反応性の官能基を導入した反応性シリコーン油(例えば、アミノ変性,エポキシ変性,カルボキシル変性,アルコール変性,メタクリル変性,メルカプト変性,フェノール変性等の反応性シリコーン油)や、ポリシロキサンの側鎖又は末端に非反応性の官能基を導入した非反応性シリコーン油(例えば、ポリエーテル変性,メチルスチリル変性,アルキル変性,高級脂肪酸エステル変性,高級アルコキシ変性,フッ素変性等の非反応性シリコーン油)があげられる。
【0014】
また、1つの分子中にアルコキシ基の他にエポキシ基,スチリル基,メタクリロキシ基,アクリロキシ基,アミノ基,スルフィド基等の官能基を有するシランカップリング剤を用いることもできる。さらに、アルコキシシラン(例えばテトラアルコキシシラン,トリアルコキシシラン,ジアルコキシシラン)、クロロシラン(例えばトリクロロシラン,ジクロロシラン)、及びケイ素−窒素結合を有するシラザン等を用いることもできる。
なお、これらの有機ケイ素化合物は、単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0015】
グリースG中の有機ケイ素化合物の含有量は、グリースG全体の0.01質量%以上20質量%以下であることが好ましい。含有量が0.01質量%未満であると、白色組織剥離を抑制する効果が十分に得られにくい。一方、含有量が20質量%を超えると、グリースG中の基油の割合が相対的に少なくなるため、潤滑性が低下するおそれがある。このような問題がより生じにくくするためには、有機ケイ素化合物の含有量は0.1質量%以上10質量%以下であることがより好ましい。
なお、このグリースGには、グリースに一般的に使用される他種の添加剤を、有機ケイ素化合物とともに配合しても差し支えない。例えば、酸化防止剤,防錆剤,極圧剤等があげられる。
【0016】
基油の種類は、グリースの基油として一般的に使用される合成油であるならば、特に限定されるものではなく、脂肪族系炭化水素油,芳香族系炭化水素油,エステル系油,エーテル系油,フッ素油等を問題なく使用することができる。
脂肪族系炭化水素油としては、ノルマルパラフィン,イソパラフィン,ポリブテン,ポリイソブチレン,1−デセンオリゴマー,1−デセンとエチレンとのコオリゴマー等のポリα−オレフィン又はその水素化物などがあげられる。また、芳香族系炭化水素油としては、モノアルキルベンゼン,ジアルキルベンゼン,ポリアルキルベンゼン等のアルキルベンゼンや、モノアルキルナフタレン,ジアルキルナフタレン,ポリアルキルナフタレン等のアルキルナフタレンなどがあげられる。
【0017】
さらに、エステル系油としては、ジブチルセバケート,ジ(2−エチルヘキシル)セバケート,ジオクチルアジペート,ジイソデシルアジペート,ジトリデシルアジペート,ジトリデシルグルタレート,メチルアセチルリシノレート等のジエステル油、トリオクチルトリメリテート,トリデシルトリメリテート,テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、トリメチロールプロパンカプリレート,トリメチロールプロパンペラルゴネート,ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート,ペンタエリスリトールペラルゴネート等のポリオールエステル油、一塩基酸及び二塩基酸の混合脂肪酸と多価アルコールとのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油などがあげられる。
【0018】
さらに、エーテル系油としては、ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,ポリエチレングリコールモノエーテル,ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール、モノアルキルトリフェニルエーテル,アルキルジフェニルエーテル,ジアルキルジフェニルエーテル,テトラフェニルエーテル,ペンタフェニルエーテル,モノアルキルテトラフェニルエーテル,ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル油などがあげられる。
【0019】
上記以外の合成油としては、トリクレジルフォスフェート,シリコーン油,パーフルオロアルキルエーテル油などがあげられる。
これらの基油は、単独で用いてもよいし、2種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。 なお、低温流動性不足による低温起動時の異音発生を抑制するためには、40℃における動粘度が10〜400mm2 /sである基油が好ましく、20〜250mm2 /sである基油がより好ましい。
増ちょう剤の種類は、グリースの増ちょう剤として一般的に使用されるウレア化合物であれば特に限定されるものではなく、ジウレア,トリウレア,テトラウレア,ポリウレア等を問題なく使用することができる。
【0020】
〔実施例〕
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
〔剥離試験について〕
図1の深溝玉軸受とほぼ同様の構成の転がり軸受において、グリース中の有機ケイ素化合物の含有量を種々変更したものを用意し、エンジンのオルタネータに組み込んで、室温下、プーリ荷重1560Nという条件で回転試験を行った。回転試験は、所定時間毎に軸受の回転速度を2400min-1と13300min-1とに繰り返し切替えるという急加減速試験とした。1種の深溝玉軸受につき10個ずつ回転試験を行って、500時間以内に外輪の軌道面に剥離が生じて振動が発生した深溝玉軸受の割合(以降は剥離発生確率と記す)を調査した。
【0021】
使用したグリースの基油は、40℃における動粘度が47mm2 /sである炭化水素油であり、増ちょう剤はジウレア化合物であり、有機ケイ素化合物は片末端をアルコール変性した反応性シリコーン油(信越化学工業株式会社製の信越シリコーンX−22−170B)である。
結果を図2のグラフに示す。図2のグラフから分かるように、有機ケイ素化合物の含有量が0.01質量%以上であると剥離発生確率が低く、0.1質量%以上であると剥離発生確率は0%であった。なお、有機ケイ素化合物の含有量が0質量%の場合の剥離発生確率は70%であった。
【0022】
〔高速四球式摩擦摩耗試験について〕
図3に示すような高速四球式摩擦摩耗試験機を用い、ASTM D 2266に規定された方法により試験を行った。高速四球式摩擦摩耗試験機のボールポット20の中央部に設けられた凹部21に、3個の鋼球22を相互に接するように正三角形状に配置して、固定具23により固定し、その中心に形成された凹部に1個の鋼球24を載置した。グリースをすべての鋼球22,24に塗布した後、75℃の雰囲気温度下、チャック25により鋼球24を1200min-1の回転速度で回転させた。その際には、ボールポット20に螺合されたロックナット26によって、鋼球24に196Nの垂直荷重を負荷した。そして、回転5分後の摩擦係数を測定した。なお、鋼球22,24は、直径1/2インチの鋼球(材質はSUJ2)である。また、グリースは、剥離試験に用いたものと同様のものを用いた。
【0023】
結果を図2のグラフに示す。なお、図2のグラフに示した摩擦係数は、有機ケイ素化合物の含有量が0質量%であるグリースの摩擦係数を1とした場合の相対値で示してある。図2のグラフから分かるように、有機ケイ素化合物の含有量が0.01質量%以上20質量%以下であると摩擦係数が低く、0.1質量%以上10質量%以下であると摩擦係数がさらに低かった。
【0024】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては転動装置の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。さらに、本発明は、転がり軸受に限らず、他の種類の様々な転動装置に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の転動装置は、高温,高速,高荷重条件下で、しかも水が侵入しやすいような条件下での使用に好適である。例えば、本発明の転動装置は、自動車の電装部品、自動車のエンジン補機(オルタネータ,中間プーリ,カーエアコンディショナ用電磁クラッチ等)、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ、コンプレッサ等に使用される転動装置として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。
【図2】有機ケイ素化合物の含有量と剥離発生確率及び摩擦係数との相関を示すグラフである。
【図3】高速四球式摩擦摩耗試験機の断面図である。
【符号の説明】
【0027】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
G グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、基油と増ちょう剤と添加剤とを含有するグリースで潤滑される転動装置において、
前記基油を合成油、前記増ちょう剤をウレア化合物、前記添加剤を有機ケイ素化合物としたことを特徴とする転動装置。
【請求項2】
自動車電装部品用又は自動車エンジン補機用の転がり軸受であることを特徴とする請求項1に記載の転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−89533(P2006−89533A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−273856(P2004−273856)
【出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】