説明

配向性非晶質炭素膜およびその形成方法

【課題】新規の構造を有し、高い導電性を示す配向性の非晶質炭素膜およびその形成方法を提供する。
【解決手段】配向性非晶質炭素膜は、Cを主成分とし、Nを3〜20原子%、Hを0原子%を超え20原子%以下含み、かつ、Cの全体量を100原子%としたときにsp混成軌道をもつ炭素(Csp)が70原子%以上100原子%未満であって、グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って配向する。この膜は、Cspを含む炭素環式化合物ガスならびにCspと窒素および/または珪素とを含む含窒素複素環式化合物ガスから選ばれる一種以上の化合物ガスと窒素ガスとを含む反応ガスを1500V以上で放電させる直流プラズマCVD法により形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素を主成分とし導電性を示す非晶質炭素膜およびその形成方法、ならびに、非晶質炭素膜を備えた導電性部材に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素は、埋設量がほぼ無限であり、かつ無害であることから資源問題および環境問題の面からも極めて優れた材料である。炭素材料は、原子間の結合形態が多様で、ダイヤモンド、ダイヤモンドライクカーボン、グラファイト、フラーレン、カーボンナノチューブといった様々な結晶構造が知られている。中でも、非晶質構造を有するダイヤモンドライクカーボン(非晶質炭素)は、高い機械強度と優れた化学安定性を有することから、各産業分野への応用が期待されている。しかし、一般的な非晶質炭素膜の電気抵抗は、半導体から絶縁体の領域にある。非晶質炭素のさらなる用途拡大のために、非晶質炭素への導電性の付与が求められている。
【0003】
非晶質炭素に導電性を付与する方法として、非晶質炭素に金属を添加する方法が挙げられる。たとえば、特許文献1には、金属元素を含み、グラファイト構造のクラスターを非晶質構造中に内包する炭素膜が開示されている。クラスターは、添加金属の周辺部において形成される。しかしながら、添加した金属が腐食の原因となったり、他の金属と接触して用いられると凝着の原因となったり、などして非晶質炭素が本来有する化学的安定性が損なわれる場合がある。
【0004】
一方、特許文献2では、金属を添加することなく、非晶質炭素に導電性を付与している。特許文献2には、結晶内の一部にsp結合炭素を有するsp結合性結晶が膜の最下層(基材側)から最上層(表面側)まで膜厚方向に連続的に連なった構造をもち、sp結合性結晶以外の部分は非晶質である炭素膜が開示されている。特許文献2の記載によれば、sp結合性結晶の含有率を減らすことは、炭素膜の耐食性および耐摩耗性の点から重要である。そのため、sp結合性結晶が炭素膜の基材側から表面側まで連続的に存在することは、炭素膜の膜厚方向の導電率を高めることに効果的であり、結果として、sp結合性結晶の含有率を低減できるため望ましいとされている。また、引用文献2には、sp結合性結晶の含有率の増加は、炭素膜の硬度低下、耐摩耗性低下をもたらすとの記載もある。つまり、炭素膜の非晶質部分に、耐摩耗性や硬さを向上させるsp結合炭素を多く含有することが示唆されている。
【0005】
また、本発明者等は、sp混成軌道をもつ炭素を増加させることで非晶質炭素膜に導電性を付与できるとの知見に至り、特許文献3に記載の非晶質炭素を発明した。炭素原子には、化学結合における原子軌道の違いにより、sp混成軌道をもつ炭素(Csp)、上述のsp混成軌道をもつ炭素(Csp)、sp混成軌道をもつ炭素(Csp)の三種類がある。たとえば、Cspのみからなるダイヤモンドは、σ結合のみを形成し、σ電子の局在化により高い絶縁性を示す。一方、グラファイトは、Cspのみからなり、σ結合とπ結合とを形成し、π電子の非局在化により高い導電性を示す。特許文献3に記載の非晶質炭素膜は、全炭素に占めるCspの割合が多いためπ電子の非局在化が促進されるとともに、水素の含有量が低減されているためC−H結合(σ結合)による分子の終端化が抑制される。その結果、高い導電性を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−284915号公報
【特許文献2】特開2002−327271号公報
【特許文献3】特開2008− 4540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非晶質炭素膜は、さらなる導電性の向上により、以前に増して利用分野が拡大すると予測される。特許文献1および特許文献2に開示されている炭素膜は、非晶質炭素に導電性の微結晶が分散した構造をもつ。しかし、非晶質と結晶とが混在する構造では、導電性の向上に限界がある。
【0008】
本発明は、新規の構造を有し、高い導電性を示す配向性の非晶質炭素膜およびその形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者の鋭意研究の結果、特許文献3に記載の非晶質炭素膜において、非晶質構造を保ちつつグラファイトの(002)面を膜内で厚さ方向に配向させることで、主として厚さ方向への導電性が非常に高く緻密な非晶質炭素膜となることがわかった。そして本発明者は、この成果を発展させることで、以降に述べる種々の発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明の配向性非晶質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、窒素(N)を3〜20原子%、水素(H)を0原子%を超え20原子%以下含み、かつ、該炭素の全体量を100原子%としたときにsp混成軌道をもつ炭素量が70原子%以上100原子%未満であって、
グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って配向することを特徴とする。
【0011】
本発明の配向性非晶質炭素膜は、含有するCのうちの70原子%以上がsp混成軌道をもつ炭素(Csp)である。さらに、グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って配向する。つまり、非晶質炭素膜は、環構造が厚さ方向に連続的に広がるとともにその環構造が層状に重なった構造をとるため、厚さ方向において高い導電性を示す。また、本発明の配向性非晶質炭素膜は、NおよびHを含むため、配向していても完全な結晶構造(グラファイト構造)をとらず、長距離秩序性のない非晶質構造をとる。
【0012】
また、高い配向性を有する非晶質炭素膜は緻密であるため、膜密度が高く硬い膜である。そのため、本発明の配向性非晶質炭素膜は、機械的特性はもちろん、耐食性、耐薬品性、酸素バリア性などの面でも信頼性が高い。
【0013】
本発明の配向性非晶質炭素膜の形成方法は、直流プラズマCVD法により、基材の表面に上記本発明の配向性非晶質炭素膜を形成する方法であって、
前記基材を反応容器内に配置し、該反応容器内に、sp混成軌道をもつ炭素を含む炭素環式化合物ガスならびにsp混成軌道をもつ炭素と窒素および/または珪素とを含む含窒素複素環式化合物ガスから選ばれる一種以上の化合物ガスと窒素ガスとを含む反応ガスを導入して1500V以上で放電することを特徴とする。
【0014】
上記の配向性非晶質炭素膜は、特定の組み合わせの反応ガスを用い、高電圧を印加して行う直流プラズマCVD法により容易に形成できる。その理由は、以下のように考えられる。
【0015】
一般に、炭化水素に電子が衝突すると、C−H結合が切断されてイオン化する。メタンなどのようにCspからなるガスを用いた場合、C−H結合が切断されても4配位の立体形状を維持したまま膜中に取り込まれやすい。したがって、強い配向は起こり難く、特定の配向をもつ非晶質炭素膜を形成することはできないと考えられる。一方、ベンゼン、ピリジンなどのように環構造をもつ化合物ガスに1500V以上の高電圧を印加すると、イオン化する際に平面内で強い分極作用が生じ、平面内でプラス電荷とマイナス電荷が生じると考えられる。強く分極したイオンは、高い負電圧により陰極側(基材側)へ引き寄せられ、環構造を維持したまま堆積すると推察される。図1は、上記化合物ガスとしてピリジンを用いた場合の、配向性非晶質炭素膜の形成メカニズムを説明する模式図である。化合物ガスのなかでも特にピリジンは、初期からNが負電荷を帯びており、残りのCが陽電荷を帯びているため、高電圧を印加するとさらに大きく分極する。そのため、化合物ガスとして環構造にNを含む化合物を用いると、非晶質炭素膜は、より配向を起こしやすいと推察される。さらに、上記の化合物ガスとともに窒素ガスを用いることで、化合物ガスが有するC−H結合のHがNに置換される。その結果、配向性非晶質炭素の水素含有量が低下するとともに、化合物ガスの分極が促進されると推測される。
【0016】
なお、本明細書において「厚さ方向」とは、基材の表面に形成された膜であれば、基材の表面と垂直な方向である。つまり、成膜中の炭素等の堆積方向とも言える。また、「厚さ方向に沿って配向する」とは、配向性非晶質炭素膜のグラファイトの(002)面がその厚さ方向に対して平行であることはもちろん、厚さ方向から僅かに傾いた場合も含む。
【0017】
また、本発明の配向性非晶質炭素膜は、導電性に優れることから、導電性部材として好適である。すなわち、本発明の導電性部材は、基材と、該基材の少なくとも一部に形成された上記本発明の配向性非晶質炭素膜と、からなることを特徴とする。本発明の導電性部材は、上記本発明の配向性非晶質炭素膜を備える。配向性非晶質炭素膜は、高配向であることから、高い導電性を示すとともに高密度で緻密な膜である。また、非晶質炭素が本来有する耐摩耗性、固体潤滑性、耐食性などをもつ。このため、本発明の導電性部材は、接触することで電気的に導通する部材、さらには、過酷な腐食環境下で使用されるとともに高い導電性が要求される燃料電池用セパレータなどの部材に好適である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の配向性非晶質炭素膜は、高配向であることから、高い導電性を示すとともに高密度で緻密な膜である。また、本発明の形成方法により、本発明の配向性非晶質炭素膜を容易に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の配向性非晶質炭素膜の形成メカニズムを説明する模式図である。
【図2】非晶質炭素膜の13C NMRスペクトルの一例である。
【図3】本発明の配向性非晶質炭素膜の配向性を確認するための面内X線回折(散乱)測定法を説明する模式図である。
【図4】直流プラズマCVD成膜装置の概略図である。
【図5】体積抵抗率の測定に用いられる試験片の作製手順を説明する模式図である。
【図6】導電部材とカーボンペーパーとの接触抵抗を測定するための装置構成を模式的に示す断面図である。
【図7A】本発明の配向性非晶質炭素膜のX線回折結果を示した図であって、面外回折測定法を用いたX線回折パターンを示す。
【図7B】本発明の配向性非晶質炭素膜のX線回折結果を示した図であって、面内回折測定法を用いたX線回折パターンを示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の配向性非晶質炭素膜およびその形成方法を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「x〜y」は、下限xおよび上限yをその範囲に含む。また、その数値範囲内において、本明細書に記載した数値を任意に組み合わせることで数値範囲を構成し得る。
【0021】
〈配向性非晶質炭素膜〉
本発明の配向性非晶質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、窒素(N)を3〜20at%、水素(H)を0at%を超え20at%以下含み、かつ、該炭素の全体量を100at%としたときにsp混成軌道をもつ炭素量(Csp量)が70at%以上100at%未満である。
【0022】
本明細書では、Csp、Cspの定量法として、多くの有機材料や無機材料などの構造規定において最も定量性の高い核磁気共鳴法(NMR)を採用する。Csp量、Csp量の測定には、固体NMRで定量性のあるマジックアングルスピニングを行う高出力デカップリング法(HD−MAS)を用いた。図2に、非晶質炭素膜の13C NMRスペクトルの一例を示す。図2に示すように、130ppm付近、30ppm付近に、それぞれCsp、Cspに起因するピークが見られる。それぞれのピークとベースラインとにより囲まれる部分の面積比から、全炭素におけるCsp、Cspの含有割合を算出した。
【0023】
上記のようにして算出された配向性非晶質炭素膜のCsp量は、全炭素量を100at%とした場合の70at%以上100at%未満である。Csp量が70at%以上であれば、π電子の非局在化が促進され高い導電性を示す。ただし、Csp量が100at%であると、導電性は有するものの非晶質炭素は粉末状となり、配向性非晶質炭素膜が得られ難い。配向性非晶質炭素膜のCsp量は、80at%以上、90at%以上、92at%以上さらには94at%以上、また、99.5at%以下さらには99at%以下であるのが好ましい。なお、配向性非晶質炭素膜を構成する炭素は、CspとCspとの二種類であると考えられる。したがって、配向性非晶質炭素膜のCsp量は、全炭素量を100at%とした場合の30at%以下(0at%を除く)となる。
【0024】
配向性非晶質炭素膜は、窒素(N)を3〜20at%含む。後述の成膜方法により生成された窒素を3at%以上含む非晶質炭素膜は、グラファイトの(002)面が厚さ方向に配向する。また、窒素原子は、配向性非晶質炭素膜中でn型ドナーとして働き、ドナー準位に束縛されていた電子を効果的に伝導帯へと励起するため、配向性非晶質炭素膜の導電性がさらに高くなる。N含有量は、5at%以上さらには7at%以上が好ましい。ただし、N含有量が多いと、C≡N結合の形成により分子の終端化が促進されるため、N含有量は20at%以下に抑える。配向性非晶質炭素膜のN含有量は、11at%以上さらには11.5at%以上、また、17at%以下、15at%以下さらには13.5at%以下であるのが好ましい。
【0025】
配向性非晶質炭素膜の水素(H)の含有量は、0at%を超え20at%以下である。H含有量を低減することで、C−H結合(σ結合)による分子の終端化が抑制されるためπ電子が増加し、高い導電性を示す。したがって、配向性非晶質炭素膜のH含有量が少なくなる程、導電性の向上効果が高くなるため、H含有量は、19at%以下さらには18at%以下であるのが好ましい。また、H含有量は、少ないほど導電性が高いが、敢えて規定するならば5at%以上、8at%以上、10at%以上さらには12at%以上であってもよい。
【0026】
配向性非晶質炭素膜は、さらに珪素を含んでもよい。配向性非晶質炭素膜において、1at%以下の珪素(Si)は、配向性非晶質炭素膜の配向性および導電性にほとんど影響が無く、配向性非晶質炭素膜の密度が高まるとともに配向性非晶質炭素膜と基材との密着性を向上させる。配向性非晶質炭素膜のSi含有量は、0.5at%以上さらには0.75at%以上、また、1at%未満であるのが好ましい。
【0027】
上述のように、本発明の配向性非晶質炭素膜は、水素、窒素、必要に応じて珪素を含み、残部は炭素と不可避不純物と、からなり、他の元素を実質的に含まないことが望まれる。ただし、配向性非晶質炭素膜全体を100at%としたときに、さらに、酸素(O)を3at%以下含んでもよい。配向性非晶質炭素膜の形成時に混入する酸素ガスなどに起因する酸素の含有量を3at%以下とすれば、酸化珪素などの酸化物の形成を抑制できるため、酸素の含有は許容される。O含有量は、2at%以下さらには1at%以下であるのが好ましい。
【0028】
そして、配向性非晶質炭素膜は、グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って配向する。グラファイトの(002)面が配向性非晶質炭素膜の厚さ方向に沿って配向していることは、以下に説明するX線回折測定により確認できる。
【0029】
X線回折法は、測定する格子面の方向の幾何学的な配置によって、面外回折測定(Out−of−Plane測定)と面内回折測定(In−Plane測定)という二つの測定手法に大別される。面外回折測定法は、入射角固定の2θスキャンであって、観察される結晶面は試料の表面に対して平行な結晶面である。一方、面内回折測定法は、入射X線を精密に制御して試料の表面すれすれに入射して行われる。図3を用いて説明すると、入射角αは、通常0.5°以下であり、入射X線エネルギー12keVに対しては0.1°以下である。面内回折X線を検出する検出器は、面外回折X線を測定するθ−2θ法のように試料の表面に対して起き上がるのではなく、試料の表面を這う様にして回折X線の強度を測定する。つまり、測定中に、試料表面の照射部に対する見込み角α’を一定とする。面内回折に寄与する結晶面(回折面)は、試料表面に対し直交している面である。
【0030】
グラファイトの(002)面が膜厚方向に沿って配向している場合には、面内回折の回折スペクトルにおいて(002)面に相当するピークが顕著に表れる。たとえば、2θ=17°付近のピークが、2θ=29°付近のピークよりも強く表れる(図7B参照)。2θ=17°付近のピークはグラファイトの(002)面、2θ=29°付近のピークはグラファイトの(100)面、に相当する。配向性を数値により具体的に表すのであれば、配向指数を用いることができる。本明細書では、配向指数として、以下に説明する配向指数D、配向指数rおよびr’を用いる。
【0031】
D=(I002/I100)/(I002’/I100’)
ここで、I002、I100、I002’およびI100’は、それぞれ、非晶質炭素膜をX線回折測定して得られるピーク強度である。I002は(002)面からの面内回折ピーク強度、I100は(001)面からの面内回折ピーク強度、I002’は(002)面からの面外回折ピーク強度、I100’は(100)面からの面外回折ピーク強度、である。いずれも、(002)面または(100)面の回折ピークが見られる角度(2θ)付近での最大強度である。配向性非晶質炭素膜の配向指数Dは、9以上、10以上、20以上、30以上、50以上さらには500以上であるのが好ましい。配向指数Dの上限値に特に規定はないが、1000以下さらには800以下が好ましい。
【0032】
さらに精密に配向指数を規定するのであれば、2Hグラファイト(六方晶系グラファイト)の粉末X線回折シミュレーションを、(002)面配向状態から無配向状態を経て(100)面配向状態に至るまでの構造パラメータに対して行い、回折パターン(つまりピーク強度)と構造パラメータとの関係を求め、両者の関係から上記の「I002/I100」に対する配向指数rおよび「I002’/I100’」に対する配向指数r’を算出してもよい。なお、粉末X線回折シミュレーションは、一般的なリートベルト解析ソフトウェアを用いればよい。この際、構造パラメータのうち、配向指数に相当するのは選択配向パラメータであって、無配向状態で1である。配向指数の算出方法については実施例の欄で詳説するが、配向性非晶質炭素膜の配向指数は、面内回折の配向指数rは0.9〜1.6さらには1〜1.5が好ましく、面外回折の配向指数r’は2以上、3.5以上さらには4.5以上であるのが好ましい。配向指数r’の上限値に特に規定はないが、10以下さらには7以下が好ましい。
【0033】
上記のピーク強度は、X線回折スペクトルからバックグラウンドを除去した値を求める必要がある。バックグラウンドの除去は、市販のソフトを用いてもよいし、実施例の欄で詳説する方法を用いてもよい。
【0034】
なお、本発明の配向性非晶質炭素膜は、炭素を主成分とする非晶質の炭素膜である。炭素の他、窒素および水素を所定の量含むことで、結晶性が低下するためである。配向性非晶質炭素膜が非晶質であることは、配向性非晶質炭素膜を粉末状にしてX線回折測定を行うことで確認できる。X線回折測定によれば、結晶の存在を示す先鋭な回折ピークは検出されず、グラファイトの(002)面に相当する回折ピークは、ブロードなハローパターンとなる。
このとき、ブラッグの式から算出された(002)面の平均面間隔が0.34〜0.50nmであるのが好ましい。(002)面の平均面間隔が0.50nm以下であれば、面間隔が狭くなることにより、面間でのπ電子の相互作用が増大するとともに、導電性が向上する。なお、グラファイトの(002)面の平均面間隔は、0.34nmである。
【0035】
なお、本明細書で「導電性をもつ」とは、10Ω・cm以下の体積抵抗率を示すことを意味する。本発明の非晶質炭素膜の導電性は、特に限定されるものではないが、体積抵抗率が10Ω・cm以下、10Ω・cm以下、5×10−1Ω・cm以下、10−1Ω・cm以下さらには10−2Ω・cm以下であるのが好ましい。ただし、本明細書において配向性非晶質炭素膜の体積抵抗率は、四探針法により膜表面に対して測定した値とする。配向性非晶質炭素膜は、グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って配向している。したがって、配向性非晶質炭素膜の厚さ方向に電流を流して測定した場合の電気抵抗は、さらに低くなると推測される。たとえば、高配向熱分解グラファイト(HOPG)の体積抵抗率が、層間では約10−1Ω・cm、層方向では約10−3Ω・cmである。
【0036】
〈配向性非晶質炭素膜の形成方法〉
以上説明した本発明の配向性非晶質炭素膜は、直流プラズマCVD法により成膜することができる。直流方式を採用することで、配向性の高い非晶質炭素膜を形成することができる。また、直流プラズマCVD法であれば、反応ガス濃度を高くして、成膜圧力を100Pa以上としても、安定した放電が得られるという利点がある。
【0037】
直流プラズマCVD法により本発明の非晶質炭素膜を形成する場合、まず、真空容器内に基材を配置して、反応ガス(必要に応じてキャリアガス)を導入する。次いで、放電によりプラズマを生成させて、プラズマ化された炭素などを基材に堆積させればよい。ただし、上記の配向性非晶質炭素膜のように、全炭素に占めるCspの割合が多く、特定の配向を有する非晶質炭素膜を成膜するためには、後に詳説する特定の反応ガスを選択して用いる必要がある。
【0038】
本発明の配向性非晶質炭素膜の形成方法は、基材を反応容器内に配置し、該反応容器内に特定の反応ガスを導入して高電圧で放電させて行う。なお、この方法は、後述する導電性部材の製造方法としても把握することができる。
【0039】
基材には、金属、半導体、セラミックス、樹脂などから選ばれる材料を用いればよい。たとえば、鉄またはステンレス鋼、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄などの鉄系合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金、チタンまたはチタン合金、銅または銅合金などの金属製基材、珪素などの半金属製基材、超鋼、シリカ、アルミナ、炭化珪素などのセラミックス製基材、ポリイミド、ポリアミド、ポリエチレンテレフタラート等の樹脂製基材などが挙げられる。なお、直流プラズマCVD法では、基材自体が電極(負極)となる。そのため基材は、導電性をもつ材料からなる必要がある。しかし、上記のうち導電性をもたない材料からなる基材であっても、少なくとも配向性非晶質炭素膜を成膜する表面に、導電性材料からなる皮膜を形成するなどして、導電性をもたせることで成膜が可能である。
【0040】
また、基材と配向性非晶質炭素膜との密着性を向上させるという観点から、基材の表面に、予めイオン衝撃法による凹凸形成処理を施しておくとよい。具体的には、まず、反応容器内に基材を設置し、反応容器内のガスを排気して所定のガス圧とする。次に、凹凸形成用ガスの希ガスを反応容器内に導入する。次に、グロー放電またはイオンビームによりイオン衝撃を行い、基材の表面に凹凸を形成する。また、基材の表面に、均一で微細な凹凸を形成するため、凹凸形成処理の前に、窒化処理を施してもよい。窒化処理の方法としては、たとえば、ガス窒化法、塩浴窒化法、イオン窒化法がある。
【0041】
反応ガスには、以下に詳説する化合物ガスと、窒素ガスと、を含む反応ガスを用いる。窒素ガスは、市販の高純度窒素ガス、高品質窒素ガスなど(たとえば純度99%以上)を用いればよい。
【0042】
化合物ガスには、sp混成軌道をもつ炭素を含む炭素環式化合物ガスならびにsp混成軌道をもつ炭素と窒素および/または珪素とを含む含窒素複素環式化合物ガスから選ばれる一種以上を用いる。なお、「炭素環式化合物」とは、環を形成する原子がすべて炭素原子である環式化合物である。また、これに対して「複素環式化合物」とは、2種またはそれ以上の原子から環が構成されている環式化合物である。Cspを含む炭素環式化合物、言い換えれば、炭素−炭素二重結合をもつ炭素環式化合物としては、ベンゼン、トルエン、キシレンおよびナフタレン等の芳香族炭化水素化合物の他、シクロヘキセン等が挙げられる。また、Cspとともに窒素を含む炭素環式化合物を使用してもよく、アニリン、アゾベンゼン等のNを含む芳香族化合物が挙げられる。複素環式化合物としては、たとえば、炭素と窒素とから環が構成されているピリジン、ピラジン、ピロール、イミダゾールおよびピラゾール等の含窒素複素環式化合物が挙げられる。配向性非晶質炭素膜の膜組成に応じて、これらの炭素環式化合物ガスおよび複素環式化合物ガスのうちいずれか一種を単独で、あるいは二種以上を混合して用いればよい。特にピリジンは、配向性の観点から化合物ガスとして望ましい。
【0043】
珪素を含む配向性非晶質炭素膜を形成する場合には、化合物ガスとして、CspとSiとを含むフェニルシラン、フェニルメチルシラン等の炭素環式化合物ガス、CspとSiとを含む含珪素複素環式化合物ガス、も使用可能である。また、反応ガスは、さらに、飽和有機珪素化合物ガスを含んでもよい。具体的には、Si(CH〔TMS〕、Si(CHH、Si(CH、Si(CH)H、SiH、SiCl、SiHなどが挙げられる。特に、TMSは空気中で化学的に安定であり、取り扱いが容易であり好適である。
【0044】
反応ガスは、上記の化合物ガスと窒素ガスとをともに用いさえすれば、その流量比に特に限定はない。ただし、窒素ガスの流量を、化合物ガスの流量以上とすることで、高配向性で窒素含有量の高い配向性非晶質炭素膜が、容易に得られる。
【0045】
また、反応ガスとともに、キャリアガスを導入してもよい。キャリアガスを使用する場合には、反応ガスおよびキャリアガスにより薄膜形成雰囲気が形成される。キャリアガスとしては、アルゴンガス、ヘリウムガス等を用いればよい。なお、従来の非晶質炭素膜の成膜では、キャリアガスとして水素ガスを用いることもある。しかし、水素含有量が20at%以下である配向性非晶質炭素膜を形成する場合には、水素ガスを使用せずに成膜を行うのがよい。キャリアガスの流量は、反応ガスの流量以下とするとよい。反応ガスおよびキャリアガスの望ましい流量を具体的に規定するのであれば、キャリアガスを0〜1200sccm(standard cc/min)、反応ガスを1〜2500sccm(化合物ガス:1〜1500sccm、窒素ガス:1〜1600sccm)とすると好適である。
【0046】
薄膜形成雰囲気の圧力は、0.1Pa以上1300Pa以下とするとよい。1Pa以上500Pa以下さらには3Pa以上100Pa以下とすると好適である。成膜圧力を高くすると、反応ガスの濃度が高くなる。よって、成膜速度が大きく、実用的な速さで厚膜を形成することができる。
【0047】
非晶質炭素膜の成膜中の基材の表面温度(成膜温度)に特に限定はないが、300℃以上、325℃以上さらには340℃以上が望ましい。成膜温度が高いほど、配向性非晶質炭素膜に含まれる水素の含有量が低減され、導電性が向上する。特に、成膜温度を500℃以上さらには550℃以上とすることで、体積抵抗および接触抵抗がともに低い高導電性の非晶質炭素膜が得られる。しかしながら、成膜温度が高すぎると、基材が劣化したり、配向性非晶質炭素膜の配向性が低下して緻密な膜が得られなかったりするため望ましくない。また、基材の種類によっては、基材の成分と炭素との反応物が、基材と非晶質炭素膜との界面に生成されることがある。たとえば、チタン製の基材であれば、界面にTiCが生成される。TiCは腐食されやすいため、得られる導電性部材の耐食性が低下することがある。したがって、成膜温度は、700℃以下さらには650℃以下が望ましい。なお、成膜温度は、熱電対、赤外線放射温度計などを用い、成膜中の基材の表面温度を測定すればよい。
【0048】
また、放電の際の電圧(放電電圧)を1500V以上とすることで、高配向の配向性非晶質炭素膜が形成される。放電電圧が1500V以上であれば、直流プラズマCVD法における標準的な成膜温度(300〜700℃)で配向性非晶質炭素膜を容易に形成できる。好ましい放電電圧は1750V以上、さらに好ましくは1900V以上である。放電電圧が高いほど、配向性は高くなり、緻密な膜が効率よく形成されるが、5000V以下が実用的である。ただし、放電電圧が2000V未満、1750V未満、1900V未満さらには1500V未満であっても、基材を加熱するなどして成膜温度を高くすることで、配向性の高い非晶質炭素膜の形成が可能である。
【0049】
〈配向性非晶質炭素膜を備えた導電性部材〉
本発明の配向性非晶質炭素膜は、各種導性電部材に好適である。導電性部材は、基材と、該基材の少なくとも一部に形成された上記本発明の配向性非晶質炭素膜と、からなる。
【0050】
基材については、〈配向性非晶質炭素膜の形成方法〉の欄で既に述べた通りである。配向性非晶質炭素膜は、導電性の低い基材の表面に形成することで配向性非晶質炭素膜が形成された部分に高い導電性をもたせる、あるいは、導電性を有する基材の表面に形成することにより基材が有する導電性を阻害することなく基材に耐食性、耐摩耗性、固体潤滑性などを付与する、ことなどが可能である。たとえば、導電性部材は、配向性非晶質炭素膜が有する導電性と耐食性とを活かしメッキ用電極、電池電極、プラグ電極などの各種電極材料、導電性と摺動性とを活かしスイッチ接点、キー接点、摺動接点などの接点部材、などに用いることができる。特に配向性が高い配向性非晶質炭素膜を備える導電性部材であれば、導電性に優れ緻密であることから、高い耐食性と導電性とを要求される燃料電池用セパレータとして有用である。
【0051】
なお、本明細書において、配向性非晶質炭素膜の緻密さは、膜の密度で評価する。密度の測定は、一般的に行われている測定方法を用いて行えばよく、具体的な手順については実施例の欄で詳説する。本発明の配向性非晶質炭素膜の密度は、1.6g/cm以上、1.8g/cm以上さらには2.0g/cm以上である。膜密度の上限を規定するのであれば、3g/cm以下さらには2.4g/cm以下であるのが好ましい。
【0052】
また、導電性部材における配向性非晶質炭素膜の膜厚に特に限定はなく、用途に応じて適宜選択すればよい。敢えて規定するのであれば、配向性非晶質炭素膜の膜厚は、1nm以上さらには10nm以上とするのが好ましい。しかしながら、本発明の配向性非晶質炭素膜は緻密であることから、厚くなる程、剥離や亀裂の発生が生じることがあるため、膜厚を20μm以下さらには10μm以下とするのが好ましい。
【0053】
以上、本発明の配向性非晶質炭素膜およびその形成方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0054】
以下に、本発明の配向性非晶質炭素膜およびその形成方法の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。はじめに、導電性部材の作製に用いた直流プラズマCVD成膜装置(「PCVD成膜装置」と略記)と配向性非晶質炭素膜の成膜手順を、図4を用いて説明する。
【0055】
〔PCVD成膜装置〕
図4に示すように、PCVD成膜装置9は、円筒形状の本体部をもつステンレス鋼製のチャンバー90と、基台91と、ガス導入管92およびガス導出管93と、高電圧電源装置99と、を備える。ガス導入管92は、バルブ(図略)を介して各種ガスボンベ(図略)に接続される。ガス導出管93は、バルブ(図略)を介してロータリーポンプ(図略)および拡散ポンプ(図略)に接続される。
【0056】
チャンバー90内には、基材100を保持する基台91および円筒形状の陽極板94が配設されている。基台91は、チャンバー90の中央部に設置されている。陽極板94は、チャンバー90の内壁に沿って、チャンバー90と同軸的に配置されている。基台91および陽極板94はともにステンレス鋼製で、高電圧電源装置99にそれぞれ接続されている。
【0057】
(実施例1)
上記のPCVD成膜装置を用いて、基材(冷間圧延鋼板:SPCC)の表面に配向性の非晶質炭素膜を形成し、導電性部材#01を作製した。
【0058】
はじめに、基材(50mm×80mm×厚さ1.5mm)を、基台91に載置した。次に、チャンバー90を密閉し、ガス導出管93に接続されたロータリーポンプおよび拡散ポンプにより、チャンバー90内のガスを排気した。約1×10−3Paまで排気後、ガス導入管92からアルゴンガスを120sccm導入し、ガス圧を11Paとした。
【0059】
基台91(陰極)と陽極板94との間に200Vの直流電圧を印加すると、放電が開始した。放電に伴うイオン衝撃により、基材表面の温度を所定の温度まで昇温させた。なお、基材の表面温度の測定は、赤外線放射温度計により行った。
【0060】
次に、ガス導入管92から、アルゴンガスに加え、反応ガスとして10.7sccmのピリジンガスおよび120sccmの窒素ガスを導入した。このときのガス圧は、11Paであった。基台91(陰極)と陽極板94との間に3000Vの直流電圧を印加(電流:0.4A)すると、基台91および基材の周囲で放電95が開始した。このときの基材の表面温度は、400℃であった。
【0061】
放電開始から所定の時間の経過後、放電を停止させた。成膜時間は、膜厚に応じて制御した。こうして、基材の表面に厚さ1μm程度の非晶質炭素膜をもつ導電性部材#01を得た。
【0062】
(実施例2)
反応ガスを導入後の直流電圧を2000V(電流:0.35A)とした他は、実施例1と同様にして、導電性部材#02を作製した。なお、成膜中の基材の表面温度は、350℃であった。
【0063】
(実施例3)
反応ガスとしてピリジンガスおよび窒素ガスに加えてテトラメチルシラン(TMS)を用い、反応ガスを導入後の直流電圧を3000V(電流:0.35A)とし、実施例1と同様にして、導電性部材#03を作製した。なお、成膜中の基材の表面温度は、400℃であった。
【0064】
(実施例4)
上記のPCVD成膜装置を用いて、基材(冷間圧延鋼板:SPCC)の表面に配向性の非晶質炭素膜を形成し、導電性部材#04を作製した。
【0065】
はじめに、基材(50mm×80mm×厚さ1.5mm)を、基台91に載置した。次に、チャンバー90を密閉し、ガス導出管93に接続されたロータリーポンプおよび拡散ポンプにより、チャンバー90内のガスを排気した。約1×10−3Paまで排気後、ガス導入管92からアルゴンガスを120sccm導入し、ガス圧を11Paとした。
【0066】
基台91(陰極)と陽極板94との間に200Vの直流電圧を印加すると、放電が開始した。放電に伴うイオン衝撃により、基材表面の温度を所定の温度まで昇温させた。なお、基材の表面温度の測定は、赤外線放射温度計により行った。
【0067】
次に、アルゴンガスの流入を停止し、ガス導入管92から、反応ガスとして35sccmのピリジンガスおよび60sccmの窒素ガスを導入した。このときのガス圧は、11Paであった。基台91(陰極)と陽極板94との間に3000Vの直流電圧を印加(電流:0.4A)すると、基台91および基材の周囲で放電95が開始した。このときの基材の表面温度は、560℃であった。
【0068】
放電開始から所定の時間の経過後、放電を停止させた。成膜時間は、膜厚に応じて制御した。こうして、基材の表面に厚さ1μm程度の非晶質炭素膜をもつ導電性部材#04を作製した。
【0069】
(参考例1)
反応ガスを導入後の直流電圧を1000V(電流:0.2A)とした他は、実施例1と同様にして、導電性部材#R1を作製した。なお、成膜中の基材の表面温度は、280℃であった。
【0070】
(比較例1)
市販のアークイオンプレーティング(AIP)装置を用い、基材の表面に厚さ1μmの非晶質炭素膜を形成し、比較部材#C1を作製した。成膜条件は、表1に示すようにした。
【0071】
(比較例2)
市販の高周波スパッタリング装置を用い、基材の表面に厚さ3μmの非晶質炭素膜を形成し、比較部材#C2を作製した。成膜条件は、表1に示すようにした。
【0072】
(比較例3)
市販の高周波プラズマCVD装置を用い、基材の表面に厚さ2μmの非晶質炭素膜を形成し、比較部材#C3を作製した。成膜条件は、表1に示すようにした。
【0073】
【表1】

【0074】
〔評価〕
導電性部材#01〜#04、#R1および比較部材#C1〜#C3を試料として用い、非晶質炭素膜の膜組成、膜密度、導電性および配向性を評価した。以下に、評価方法を説明するとともに、その結果を示す。
【0075】
〔膜組成および膜密度〕
各試料の非晶質炭素膜の膜組成の測定結果を表2に示す。非晶質炭素膜中のC、NおよびSi含有量は、電子プローブ微小部分析法(EPMA)、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)、ラザフォード後方散乱法(RBS)により定量した。また、H含有量は、弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量した。ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、膜からはじき出される水素を半導体検出器により検出し、膜中の水素濃度を測定する方法である。また、Csp量およびCsp量は、既に詳説したNMRスペクトルにより定量した。
【0076】
また、各部材の非晶質炭素膜の密度を測定した。密度の測定には、X線反射率法、弾性反跳粒子検出法(ERDA)およびラザフォード後方散乱分光法(RBS)を用いた。X線の反射率スペクトルにおける振動振幅およびERDA−RBSからの組成情報から、密度を算出した。結果を表2に示す。
【0077】
【表2】

【0078】
〔導電性〕
各部材の導電性を評価するために、体積抵抗と接触抵抗を測定した。
【0079】
一般的に、基材の表面に成膜された薄膜の電気抵抗の測定には、二端子法、四探針法、四端子法といった方法が用いられている。二端子法では、2点間の電圧降下を測定するが、電極−薄膜間の接触抵抗も含まれるため、薄膜の体積抵抗率が正確に測定できない。このため、接触抵抗の影響を受けない四探針法(JIS K 7194、JIS R 1637)や四端子法(ISO 3915)が提唱されている。そのため、各導電性部材が有する非晶質炭素膜の抵抗測定には、四探針法を用いた。また、基材の体積抵抗率は、非晶質炭素膜よりも低い。そのため、このままの状態で抵抗測定を行うと、基材側にも電流が流れ、非晶質炭素膜の体積抵抗が低く測定される。そこで、非晶質炭素膜そのものの体積抵抗率を測定するために、各導電性部材に対して以下の処理を行った(図5)。
【0080】
図5において、試料10は、基材100と、基材100の表面に成膜された非晶質炭素膜101と、からなる。はじめに、ガラス板200の表面と試料10の非晶質炭素膜101の表面とを接着剤201で接着し、接合体20を作製した。接着剤201が十分に乾燥した後、接合体20をエッチング溶液Sに浸漬し、基材100をエッチングして、ガラス板200の表面に非晶質炭素膜101が固定された試験片20’を得た。ここで、ガラス板200および用いた接着剤201からなる接着層201’の体積抵抗率は1014Ω・cm程度で、絶縁性を示した。したがって、試験片20’を用いて抵抗測定を行えば、非晶質炭素膜の正確な体積抵抗率が得られる。試験片20’は、純水で洗浄後、非晶質炭素膜101の表面をXPS分析に供し、鉄などの基材成分が残留していないこと、炭素の構造変化が起きていないこと、を確認した。また、走査電子顕微鏡により、非晶質炭素膜101にクラックが存在しないことを確認した。得られた試験片20’を用い、100mA〜0.1μAの電流を印加して、非晶質炭素膜101の体積抵抗率を四探針法により測定した。測定結果を表3に示す。
【0081】
なお、接着剤201にはα―シアノアクリレート系接着剤、エッチング溶液Sには塩化第2鉄溶液を用いた。また、四探針プローブPを具備する抵抗測定装置(三菱化学株式会社製ロレスタ−GP)を使用した。
【0082】
また、各試料と、燃料電池用セパレータにおいてガス拡散層を構成するカーボンペーパーと、の接触抵抗を測定した。接触抵抗の測定は、図6に示すように、試料10の非晶質炭素膜上にカーボンペーパー31を載置し、2枚の銅板32により挟持した。銅板32は、試料10およびカーボンペーパー31に接触する接触面が金めっきされたものを用いた。このとき、試料10の非晶質炭素膜とカーボンペーパー31とが接触する接触面の面積は、2cm×2cmであった。2枚の銅板32には、ロードセルにより1.47MPaの荷重が、接触面に対して垂直に負荷された。この状態で、2枚の銅板32の間に低電流DC電源により1Aの直流電流を流した。荷重負荷の開始から60秒後における試料10とカーボンペーパー31との電位差を測定して電気抵抗値を算出し、これを接触抵抗値とした。測定結果を表3に示す。
【0083】
なお、比較部材#C1〜C3は、非晶質炭素膜の抵抗が高いため、表3における抵抗率は、基材に成膜されたままの状態の非晶質炭素膜を定電圧印加法(JIS K 6911)で測定した値である。
【0084】
【表3】

【0085】
〔配向性〕
各試料に対してX線回折測定を行い、配向指数を求めた。
【0086】
X線回折測定は、SPring−8(BL16XUおよびBL46XU)にて行った。入射X線エネルギー:12keV(波長λ:1.033Å)、入射角度:約0.1°(非晶質炭素膜でX線が全反射して基材の回折X線が検出されない条件とした)、走査範囲:2θで3°〜95°(1ステップを1°とした)、の条件で、基材に対して面外方向および面内方向の二種類の測定を行った。図7Aおよび図7Bに、導電性部材#01に対してX線回折測定を行った結果を示した。図7Aは面外方向の測定結果、図7Bは面内方向の測定結果である。2θ=17°付近および29°付近にピークがあり、2Hグラファイトを想定すると、(002)面および(100)面、にそれぞれ相当する。したがって、図7Bを見るだけで、グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って選択的に配向していることは明確である。しかし、(002)面と(100)面のピーク強度をより定量的に比較するために、それぞれのピーク強度を以下のように算出した。
【0087】
X線回折により得られたスペクトルからバックグラウンドを除去し、2θ=17°付近と29°付近のピーク強度を算出した。各ピークの最強ピーク強度を、そのピークの強度とした。以下に、バックグラウンドの除去方法を説明する。
【0088】
バックグラウンド(BG)を、次の式より導入した。
BG=a+(bx+cx+d)/(ex+fx+g)
ここで、a〜gは任意の定数、xはq値(単位:nm−1,d値の逆数であって、d値は、2dsinθ=nλの回折条件(Braggの法則)を満たす値)である。次の三つの条件を同時に満たすa〜gを、マイクロソフト社製エクセル(登録商標)のソルバー機能を用いて算出した。
【0089】
I.BG>0
II.(sig.−BG)>0 ここでsig.は生データ。
III.q値が、x<2かつx>9.5の範囲において、(sig.−BG)が最小となる。
【0090】
上記の手法により得られたピーク強度から、配向指数Dを算出した。結果を表4に示した。
【0091】
さらに精密に配向指数を規定するために、リートベルト解析用ソフトウェアである多目的パターンフィッティングシステム「RIETAN−FP」(F. Izumi and K. Momma, “Three-dimensional visualization in powder diffraction,” Solid State Phenom., 130, 15-20 (2007))を用いて、2Hグラファイトの粉末X線回折シミュレーションを行った。この解析において、構造パラメータとして選択配向パラメータ「rl値」を規定する。rl値は、配向状態を指標する値であって、文献(W. A. Dollase, J. Appl. Crystallogr., 19, 267(1986))で述べられている。rl値を0.5から5まで変化させたときの(002)面と(100)面のピーク強度比(I/I)を求め、rl値とI/Iとの関係を最小二乗法で累乗式に近似した。なお、rl値は、約1の時に無配向状態にあり、無配向状態を基準にrl値が大きいとa面(つまり(100)面)配向性が強く、rl値が小さいとc面(つまり(001)面)配向性が強い。
【0092】
rl=2.073×(I/I−0.222
ここで、面内回折について、rlは配向指数rであって、r=1:無配向状態、r<1:c面配向、r>1:a面配向、I:I002、I:I100、である。面外回折について、rlは配向指数r’であって、r’=1:無配向状態、r’<1:c面配向、r’>1:a面配向、I:I002’、I:I100’、である。配向指数rおよびr’を、表4に示した。
【0093】
【表4】

【0094】
〔評価結果について〕
面内回折の強度比から算出した配向指数rは、1.1〜1.5の範囲にあり、いずれの試料のr値も1に近い値であった。一方、面外回折の強度比から算出した配向指数r’については、試料#R1はNを含む非晶質炭素膜を備えるが、配向指数r’はほぼ無配向状態を示す1.4であった。また、試料#01〜#04の配向指数r’は、2.2〜5程度、つまり2以上であった。r’≧2では、表面に対して平行な面にa面が優先的に配向しており、表面に対して平行なc面が少ない状態を示す。つまりこれは、基材の表面に対して直交した方向には、c面が配向している状態を示す。さらに、#01〜#04では、配向指数Dも9以上の高い値を示した。よって、試料#01〜#04は、(002)面が膜の厚さ方向に高配向している配向性非晶質炭素膜を備えると言える。
【0095】
試料#01〜#04は、体積抵抗率が10−1Ωcmのオーダーあるいはそれ以下で非常に低く、高い導電性を示した。また、接触抵抗も非常に低かった。これら試料#01〜#04は、窒素を8〜13at%、水素を10〜17at%含み、Cspの割合が95at%以上の非晶質炭素膜を有する導電性部材であった。また、試料#01〜#04の非晶質炭素膜は、配向指数r’が2以上、Dが9以上で、非常に配向性が高かった。また、試料#01〜#04の非晶質炭素膜は、膜密度が2g/cm程度であり、AIP法で作製された#C1およびスパッタリングで作製された#C2に匹敵するほど緻密であった。
【0096】
なお、試料#01〜#04の体積抵抗率は、上記の四探針法を用いて非晶質炭素膜の表面に対して測定を行った。試料#01〜#04はグラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って高配向しているため、膜厚方向に電流を流して測定した抵抗率は、さらに低いと予測される。
【0097】
そして、試料#01〜#04の非晶質炭素膜は、放電電圧:2000V以上、成膜温度:350℃以上、の成膜条件により形成された。しかし、放電電圧:1000V、成膜温度:280℃、で形成された非晶質炭素膜を備える試料#R1は、導電性の面でも配向性の面でも、試料#01〜#04に劣った。これは、放電電圧も成膜温度も共に低かったため、反応ガスとしてピリジンガスと窒素ガスとを共用しても、ピリジンに結合する水素原子と窒素原子との置換が良好に行われなかったためであると考えられる。したがって、試料#R1の作製方法において成膜温度を上昇させることで、水素含有量が減少して分極状態も良好となり、十分な導電性および配向性をしめす非晶質炭素膜が得られる可能性もある。
【0098】
特に高い温度(560℃)で成膜した非晶質炭素膜を備える試料#04は、体積抵抗および接触抵抗ともに低い値を示し、優れた導電性を示した。また、試料#04の非晶質炭素膜は、配向指数r’の値も大きく、(002)面が厚さ方向に沿って高配向していることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素(C)を主成分とし、窒素(N)を3〜20原子%、水素(H)を0原子%を超え20原子%以下含み、かつ、該炭素の全体量を100原子%としたときにsp混成軌道をもつ炭素量が70原子%以上100原子%未満であって、
グラファイトの(002)面が厚さ方向に沿って配向することを特徴とする配向性非晶質炭素膜。
【請求項2】
さらに、珪素(Si)を0原子%を超え1原子%以下含む請求項1記載の配向性非晶質炭素膜。
【請求項3】
2Hグラファイトの粉末X線回折シミュレーションを、(002)面配向状態から無配向状態を経て(100)面配向状態に至るまでの選択配向パラメータrlに対して行い、回折パターンとrl値との関係を求め、
X線回折法により測定された面内回折のグラファイトの(002)面の強度をI002、面内回折のグラファイトの(100)面の強度をI100、面外回折のグラファイトの(002)面の強度をI002’、面外回折のグラファイトの(100)面の強度をI100’、としたときに、
前記粉末X線回折シミュレーションから求めた回折パターンとrl値との関係から算出される「I002/I100」に対する配向指数rが0.9〜1.6、かつ、「I002’/I100’」に対する配向指数r’が2以上である請求項1または2記載の配向性非晶質炭素膜。
【請求項4】
X線回折法により測定された面内回折のグラファイトの(002)面の強度をI002、面内回折のグラファイトの(100)面の強度をI100、面外回折のグラファイトの(002)面の強度をI002’、面外回折のグラファイトの(100)面の強度をI100’、としたときに、(I002/I100)/(I002’/I100’)で求められる配向指数が9以上である請求項1または2記載の配向性非晶質炭素膜。
【請求項5】
体積抵抗率が10−1Ω・cm以下である請求項1〜4のいずれかに記載の配向性非晶質炭素膜。
【請求項6】
直流プラズマCVD法により、基材の表面に請求項1〜5のいずれかに記載の配向性非晶質炭素膜を形成する方法であって、
前記基材を反応容器内に配置し、該反応容器内に、sp混成軌道をもつ炭素を含む炭素環式化合物ガスならびにsp混成軌道をもつ炭素と窒素および/または珪素とを含む含窒素複素環式化合物ガスから選ばれる一種以上の化合物ガスと窒素ガスとを含む反応ガスを導入して1500V以上で放電することを特徴とする配向性非晶質炭素膜の形成方法。
【請求項7】
前記含窒素複素環式化合物は、ピリジン、ピラジンおよびピロールから選ばれる一種以上である請求項6記載の配向性非晶質炭素膜の形成方法。
【請求項8】
基材と、該基材の少なくとも一部に形成された請求項1〜5のいずれかに記載の配向性非晶質炭素膜と、からなることを特徴とする配向性非晶質炭素膜を備えた導電性部材。
【請求項9】
金属製の基材と、該基材の少なくとも電極に対向する表面を覆う非晶質炭素膜と、からなる燃料電池用セパレータであって、
前記非晶質炭素膜は、請求項1〜5のいずれかに記載の配向性非晶質炭素膜であることを特徴とする燃料電池用セパレータ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7A】
image rotate

【図7B】
image rotate


【公開番号】特開2011−148686(P2011−148686A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288530(P2010−288530)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】