説明

金属ガラス球体の製造方法、該方法により製造された金属ガラス球体をベアリングボールとして用いた軸受け、該金属ガラス球体をペン先に取り付けたことを特徴とするボールペン、および該金属ガラス球体を用いた装飾品

【課題】金属ガラス球体部の表面精度を高めて真球体である金属ガラス球体にすることのできる金属ガラス球体の製造方法を提供する。
【解決手段】ランナー27で数珠繋ぎ状態となった金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11をランナー27部分で切断して側部にランナー切断突起27aが残った金属ガラス球体部10aを形成し、研磨用保持板34に独立して設けられた複数の保持孔38に、金属ガラス球体部10aを研磨用保持板34に対して回転可能に、かつ金属ガラス球体部10aの一部が研磨用保持板34から露出するように収容し、この状態で研磨盤40、46を金属ガラス球体部10aの露出部に接触させつつ研磨用保持板34に対して研磨盤40、46を偏心させて相対回転させ、金属ガラス球体部10aの表面を研磨することにより、上記課題を解決した金属ガラス球体の製造方法を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造した金属ガラス球状部を研磨して真球状の金属ガラス球体を製造する方法、および該方法により製造された金属ガラス球体の用途発明に関する。
【背景技術】
【0002】
非結晶合金であるアモルファス金属や金属ガラス、ナノ結晶或いは準結晶合金(以下、「金属ガラス」という)は、一般の結晶金属材料に比べ、高強度、低ヤング率、高耐食性、優れた磁気特性などを持つことから、非常に有望な新材料であることが知られており、幅広い分野への応用が期待されている。
【0003】
特に、金属ガラスには粒界がないことから、研磨表面の精度を高くすることによって表面が非常になめらかな真球体の金属ガラスを製作することができる。また、金属ガラスは腐食し難い性質を有している。このため、金属ガラスで形成された真球体が実用化されれば、軸受け用のベアリングボールやボールペンのペン先に収容されるボールなどの用途に最適な球体になると考えられる。
【0004】
このように実用化が期待される金属ガラス球体100を形成するには、鋳造により金属ガラス球体部101を有する鋳造物102を製造した後、この金属ガラス球体部101を研磨機103で研磨し、表面精度を高めて真球体にする必要がある。
【0005】
金属ガラス球体部101を有する鋳造物102の鋳造には、図6に示すように、球状に形成された複数のキャビティ104、および金属ガラス溶湯105をキャビティ104に導くため、互いに隣接するキャビティ104同士を連通する湯道106が形成された割り金型107を使用し、湯道106を通して金属ガラス溶湯105をキャビティ104にダイキャスティングした後、冷却して金属ガラス球体部101を有する鋳造物102を作る事が試みられていた。
【0006】
このようにして鋳造された金属ガラス球体部101を有する鋳造物102は、図7に示すようなもので、キャビティ104の数と同じ数の球体(すなわち、金属ガラス球体部101)がランナー108によって数珠繋ぎ状で一体的に形成されている。そして、砥石などを用いてランナー108を切断し、鋳造物102から個々の金属ガラス球体部101を分離する。
【0007】
このとき、個々の金属ガラス球体部101には、図8に示すようなランナー108の未切除部分(以下、「ランナー切断突起」という)108aが残っているので、この金属ガラス球体部101を研磨機103で研磨する必要がある。従来、金属ガラスではない普通の鋼製ベアリングボール用球体Bの研磨には、例えば図9に示すような研磨機103が使用されていた。この研磨機103は、円盤状の上側加工盤109と、上側加工盤109よりも大径で、その中心軸110が上側加工盤109の中心軸111から偏心し、かつ、所定の間隔をあけて上側加工盤109と対向する位置に配設された円盤状の下側加工盤112とで構成されており、上側加工盤109の下面の収納凹部109a内に多数の鋼製ベアリングボール用球体Bを収容し、下側加工盤112に接触させつつ上・下側加工盤109・112を相対回転させて多数の鋼製ベアリングボール用球体Bを一度に研磨していた(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−28513号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に開示された研磨機103は、多数の鋼製ベアリングボール用球体Bを収納凹部109a内に収容して研磨を行うものであり、鋼製ベアリングボール用球体Bは互いに接触しながら研磨される。つまり、一の鋼製ベアリングボール用球体Bの表面は常に隣に配置された他の鋼製ベアリングボール用球体B、およびランナー切断突起108aによって傷つけられ、同時に一の鋼製ベアリングボール用球体B、およびランナー切断突起108aは隣に配置された他の鋼製ベアリングボール用球体Bを傷つける。このため、鋼製ベアリングボール用球体Bの表面は常に傷がつけられた状態となり、研磨工程を経ても高い表面精度を付与することができず、鋼製ベアリングボール用球体Bを真球体に形成することが困難であった。
【0009】
本発明は、このような従来技術の問題点に鑑みて開発されたものである。それゆえに本発明の主たる課題は、金属ガラス球体部10aの表面精度を高めて真球体である金属ガラス球体10にすることのできる、金属ガラス球体10の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載した発明は、「ランナー27で数珠繋ぎ状態となった金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11をランナー27部分で切断して側部にランナー切断突起27aが残った金属ガラス球体部10aを形成し、研磨用保持板34に独立して設けられた複数の保持孔38に、金属ガラス球体部10aを研磨用保持板34に対して回転可能に、かつ金属ガラス球体部10aの一部が研磨用保持板34から露出するように収容し、この状態で研磨盤40、46を金属ガラス球体部10aの露出部に接触させつつ研磨用保持板34に対して研磨盤40、46を偏心させて相対回転させ、金属ガラス球体部10aの表面を研磨して真球にすることを特徴とする金属ガラス球体10の製造方法」である。
【0011】
この発明によれば、ランナー切断突起27aが残った金属ガラス球体部10aを研磨用保持板34に独立して設けられた複数の保持孔38に収容して金属ガラス球体部10aの表面を研磨する。これにより、金属ガラス球体部10a同士を互いに接触させることなく研磨することができるので、研磨中に金属ガラス球体部10a同士が互いの表面に傷をつけるおそれがない。
【0012】
また、保持孔38は、金属ガラス球体部10aを研磨用保持板34に対して回転可能に、かつ金属ガラス球体部10aの一部が研磨用保持板34から露出するように収容しており、かつ、研磨盤40、46を金属ガラス球体部10aの露出部に接触させつつ研磨用保持板34に対して研磨盤40、46を偏心させて相対回転させることにより、研磨盤40、46と金属ガラス球体部10aとの接触位置が常に変化するので、研磨盤40、46は、金属ガラス球体部10aの全表面をまんべんなく研磨することができる。
【0013】
請求項2に記載した発明は、請求項1に記載の金属ガラス球体10の製造方法において、「金属ガラス球体部10aは研磨用保持板34の表裏両面から露出しており、研磨用保持板34を挟むように研磨用保持板34の表裏両面に沿って設けられた研磨盤40、46にて、金属ガラス球体部10aを研磨する」ことを特徴とする。
【0014】
この発明によれば、研磨用保持板34を挟むように研磨用保持板34の表裏両面に沿って設けられた研磨盤40、46にて金属ガラス球体部10aを研磨するので、金属ガラス球体部10aを効率よく研磨することができる。
【0015】
請求項3に記載した発明は、「請求項1または2に記載の金属ガラス球体10の製造方法により製造された金属ガラス球体10をベアリングボールとして用いた軸受け」である。
【0016】
本発明によれば、金属ガラス球体10をベアリングボールとして軸受けに適用することで、金属ガラス球体10の有する高強度、低ヤング率、高耐食性、および表面のなめらかさに起因して、高精度、高衝撃吸収性、超寿命性、および低騒音性を有する軸受けを形成することができる。
【0017】
請求項4に記載した発明は、「請求項1または2に記載の金属ガラス球体10の製造方法により製造された金属ガラス球体10をペン先に収容したことを特徴とするボールペン」である。
【0018】
本発明によれば、従来のボールペンのペン先に収容されていたステンレスなどの球体に比べて金属ガラス球体10の表面はなめらかであるから、書き味がなめらかで、耐食性および耐摩耗性にすぐれたボールペンを形成することができる。
【0019】
請求項5に記載した発明は、「請求項1または2に記載の金属ガラス球体の製造方法により製造された金属ガラス球体を用いた装飾品」である。
【0020】
本発明によれば、従来の貴金属に比べて金属ガラス10の表面はなめらかであり、かつ、耐食性が高いことから、美しい光沢を長い期間持続することのできる装飾品を形成することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、研磨中に金属ガラス球体部同士が互いの表面に傷をつけるおそれがなく、かつ、研磨盤が金属ガラス球体部の全表面をまんべんなく研磨することができるので、金属ガラス球体部の表面精度を高めて真球体である金属ガラス球体を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を図示実施例に従って詳述する。本発明に係る金属ガラス球体10の製造方法は、金属ガラスを溶解して得られた金属ガラス溶湯12を金属ガラス球体成形用鋳型14に注入して鋳込む「鋳造工程」と、該鋳造工程により得られた金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11から個々の金属ガラス球体部10aを分離し、金属ガラス球体部10aを研磨機15で研磨して金属ガラス球体部10aを真球体である金属ガラス球体10に形成する「研磨工程」とで大略構成されている。なお、本明細書において「金属ガラス」とは、アモルファス金属、ナノ結晶或いは準結晶合金をも含む概念である。
【0023】
上述した鋳造工程で用いられる金属ガラス球体成形用鋳型14は、図1に示すように、円筒状の溶湯の注入口18[=湯口]を中心として、球状に形成された複数の空間であるキャビティ20と、注入口18とキャビティ20、あるいは隣りあうキャビティ20同士を連通する湯道22とで構成されている(このキャビティ20と湯道22とが接続されている部分を、以下「接続部24」という)。また、本実施例では、所定の間隔をあけて一直線上に複数のキャビティ20が配置されており、隣あう2つのキャビティ20を湯道22が連通するようにして一連のキャビティ群Gが形成されており、複数のキャビティ群Gが注入口18を中心として同一水平面上において放射状に4組形成されている。もちろん、金属ガラス球体成形用鋳型14に形成される1つのキャビティ群Gに含まれるキャビティ20の数、および注入口18を中心とするキャビティ群Gの数は本実施例に限られず、任意の数に設定することができる。
【0024】
また、金属ガラス球体成形用鋳型14には、熱伝導性に優れた金属材料、例えば銅が使用されており、金属ガラス溶湯12を冷却するための冷却水Cが通水される通水孔26がキャビティ群Gごとに設けられている(図1参照)。さらに、通水孔26は、通水孔26とキャビティ20のとの距離Lが接続部24において長く(L1)、キャビティ20の最大径部20aにおいて短く(L2)なるように形成されている。
【0025】
なお、「キャビティ20の最大径部20a」とは、金属ガラス溶湯12の流れ方向に直交するキャビティ20の断面において、その断面の径が最大となる(つまり、断面積が最大となる)部分をいい、「通水孔26からキャビティ20の最大径部20aまでの距離」とは、通水孔26の内面から、キャビティ20の最大径部20aに対応する金属ガラス球体成形用鋳型14の内面までの最短距離をいう。
【0026】
また、金属ガラス球体成形用鋳型14が冷却され、鋳込まれた金属ガラス溶湯12が臨界冷却速度以上の速度で均一に冷却できるようなものであれば、通水孔26に冷却水Cを通水する本実施例に記載の手段に限られず、他の手段を用いることができる。
【0027】
さらに、金属ガラス球体成形用鋳型14の適当な箇所には、金属ガラス溶湯12を注入する際、キャビティ20内に存在していた空気や、金属ガラス溶湯12から放散されるガスをキャビティ20から抜き出すためのガス抜き孔(図示せず)が設けられている。
【0028】
また、金属ガラス球体成形用鋳型14には、金属ガラスを溶解して金属ガラス溶湯12にする高周波コイル(図示せず)が注入口18に合わせて設けられている。もちろん、金属ガラスを溶解して金属ガラス溶湯12にすることのできるものであれば、高周波コイルの他に電気炉やバーナ炉などを使用してもよい。
【0029】
本実施例に係る金属ガラス球体成形用鋳型14によれば、図2に示すように、ランナー27によって数珠繋ぎ状となった金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11が形成される。
【0030】
研磨機15は、上述した鋳造工程により得られた金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11から、砥石などでランナー27を切断することにより分離され、ランナー27の未切除部分(以下、「ランナー切断突起」という)27aが残っている個々の金属ガラス球体部10aの表面を研磨するものであり、図3に示すように、金属ガラス球体部10aを保持する保持装置28と、保持装置28によって保持された金属ガラス球体部10aを図中上方から研磨する上側研磨装置30と、金属ガラス球体部10aを図中下方から研磨する下側研磨装置32とで大略構成されている。
【0031】
保持装置28は、金属ガラスよりも柔らかい素材で形成された円盤状の研磨用保持板34と、研磨用保持板34の中心から突設された円柱状の保持板回転軸36とを有しており、研磨用保持板34は、保持板回転軸36を中心として、図示しない駆動装置によって回転するようになっている。また、研磨用保持板34には、金属ガラス球体部10aが嵌め込まれる保持孔38が複数設けられており、金属ガラス球体部10aは、この保持孔38に嵌り込まれて研磨用保持板34に保持される。
【0032】
保持孔38についてさらに説明すると、図4に示すように、保持孔38の上端面の直径W1は、保持孔38に嵌め込まれる金属ガラス球体部10aの直径Dよりも大きく、保持孔38の下端面の直径W2は、該直径Dよりも小さく形成されている。これにより、金属ガラス球体部10aを保持孔38に対して容易に嵌め込むことができるとともに、金属ガラス球体部10aが保持孔によって回転可能に保持され、さらに保持孔38の下端面から金属ガラス球体部10aの下部を少し露出させた状態で金属ガラス球体部10aを保持することができるので、金属ガラス球体部10aが保持孔38から抜け落ちることはない。また、研磨用保持板34の厚さW4は直径Dよりも小さく形成されているので、金属ガラス球体部10aの下部だけでなく、上部も研磨用保持板34から露出するようになっている。なお、本実施例によれば、保持孔38の内面はその断面が曲線状(つまり、椀状)に形成されているが、保持孔38の内面をその断面が直線上(つまり、円錘状)に形成してもよい。また、金属ガラス球体部10aの上部または下部だけを研磨用保持板34から露出するようにしてもよい。この場合、後述する研磨装置30、32は、金属ガラス球体部10aが露出している側だけに設ければよい。
【0033】
上側研磨装置30は(図3参照)、研磨用保持板34に保持された金属ガラス球体部10aの表面を図中上側から研磨する装置であり、円盤状の上側研磨盤40と、上側研磨盤40の中心から図中上向きに突設された円柱状の上側研磨盤回転軸42とで構成されている。また、上側研磨盤40の図中下面、つまり金属ガラス球体部10aと接する面には、円盤状の砥石44が取り付けられている。さらに、上側研磨盤40は、上側研磨盤回転軸42を中心として図示しない駆動装置によって回転するようになっている。また、上側研磨盤40の位置は、図示しない他の駆動装置によって上下できるようになっている。これにより、上側研磨装置30は、上側研磨盤40および砥石44を回転させながら砥石44の下端面で金属ガラス球体部10aを押圧して金属ガラス球体部10aの表面を研磨することができる。
【0034】
下側研磨装置32は、研磨用保持板34に保持された金属ガラス球体部10aの表面を図中下側から研磨する装置であり、円盤状の下側研磨盤46と、下側研磨盤46の中心から図中下向きに突設された円柱状の下側研磨盤回転軸48とで構成されている。また、下側研磨盤46の図中上面、つまり金属ガラス球体部10aと接する面には、円盤状の砥石50が取り付けられている。さらに、下側研磨盤46は、下側研磨盤回転軸48を中心として図示しない駆動装置によって回転するようになっている。また、下側研磨盤46の位置は、図示しない他の駆動装置によって上下できるようになっている。これにより、下側研磨装置32は、下側研磨盤46および砥石50を回転させながら砥石50の上端面で金属ガラス球体部10aを押圧して金属ガラス球体部10aの表面を研磨することができる。
【0035】
なお、砥石44、50の材質および粗度は、要求される金属ガラス球体部10aの表面の精度および金属ガラスの組成などに応じて最適なものが使用される。また、適当な支持シート上にバインダを介して所定の番手のダイヤモンド研磨砥粒を塗布したダイヤモンドシート(図示せず)を砥石44、50の代わりに使用することもできる。さらに、本実施例では、上側研磨盤40および下側研磨盤46に砥石44、50を取り付けているが、上側研磨盤40自身または下側研磨盤46自身の少なくとも一方を砥石44、50で一体的に形成してもよい。
【0036】
また、本実施例では、研磨機15の上側(図3の上方向)から見て、保持装置28は反時計回り、上側研磨装置30および下側研磨装置32は時計回りに回転するようになっており、研磨用保持板34に対して上側研磨盤40および下側研磨盤46が相対回転する。なお、研磨用保持板34を固定し、上側研磨盤40および下側研磨盤46を回転するようにしてもよい。
【0037】
高周波コイルで溶解した金属ガラス溶湯12を注入口18に注入すると(図1参照)、金属ガラス溶湯12は注入口18から湯道22およびキャビティ20を通流し、注入口18から最も離間したキャビティ20に充填される。この間、金属ガラス球体成形用鋳型14の温度は、金属ガラス溶湯12が液状を保つことのできる範囲内に調整されている。
【0038】
ここで、図5に示すように、金属ガラス溶湯12がキャビティ20に充填され始めてから充満されるまでの間において、当該キャビティ20における金属ガラス溶湯12の流速は、流路の断面積が最も小さい接続部24において最も速く、流路の断面積が最も大きいキャビティ20の最大径部20aに近づくにつれて遅くなり、キャビティ20の最大径部20aを通過すると流速は再び速くなる。このため、金属ガラス溶湯12の有する熱は、金属ガラス溶湯12の流速が遅いキャビティ20の最大径部20aにおいて金属ガラス球体成形用鋳造14に移動し難く、金属ガラス溶湯12の流速が速い接続部24において移動し易い。つまり、キャビティ20の内部を流れる金属ガラス溶湯12の流速の差に起因する金属ガラス溶湯の冷却速度差(金属ガラス溶湯12の流速が遅いほど、冷却速度が遅い)が生じる。
【0039】
この点、本実施例では、冷却水Cが通流する通水孔26とキャビティ20の内壁面との距離Lを接続部24において長く(L1)、逆にキャビティ20の最大径部20aにおいて短く(L2)なるように形成されているので、接続部24において金属ガラス溶湯12が有する熱を冷却水Cが吸収する効率に比べ、キャビティ20の最大径部20aにおいて金属ガラス溶湯12が有する熱を冷却水Cが吸収する効率が高い。つまり、通水孔26とキャビティ20内壁面との距離Lの差に起因する冷却速度差(距離Lが短いほど、熱吸収効率が高い)が生じる。このため、上述した「流速の差に起因する冷却速度差」と、「距離Lの差に起因する冷却速度差」とが相殺しあうので、キャビティ20の内部における金属ガラス溶湯12から冷却水Cに吸収される熱量が均一化される。したがって、本実施例に係る金属ガラス球体成形用鋳型14によれば、キャビティ20に充填された金属ガラス溶湯12を均一な冷却速度で冷却することができるので、全体として均質な非結晶質を有する金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11を製作することができる。
【0040】
なお、本発明に適用される金属ガラスは、
(1)元素の周期律表において隣接した族番号に属する3成分以上の多成分系からなる単相の固溶体を生成する事、
(2)構成元素の少なくとも2成分の原子寸法の比が3%以上である事、
(3)構成元素の混合熱が正の値、零あるいは僅かに負の値を持ち、原子間の結合性が互いに反発し合う状態にある事、というような「金属ガラス生成3条件」を満足させるものであればどのようなものであってもよい。
【0041】
また、注入時の金属ガラス溶湯12の温度は、その合金等の融点+100〜300℃であることが好適である。また、必要があれば、注湯時において金属ガラス溶湯12を最大数百トン程度まで加圧して金属ガラス溶湯12の射出速度を高めてもよい。もちろん、単に金属ガラス溶湯12の自重により注入してもよいが、この場合、キャビティ20が形成される位置よりも高い位置に注入口18を設ける必要がある。なお、金属ガラス溶湯12の射出速度は、0.1〜1m/秒であることが好ましい。
【0042】
また、金属ガラス溶湯12に圧力を加える加圧注入方式の場合、流入速度を速くすることができるので、連続して形成されるキャビティ20の数をより多くすることができる。
【0043】
本実施例に係る金属ガラス球体成形用鋳型14で製造された鋳造物11は、複数の金属ガラス球体部10aがランナー27によって数珠繋ぎにされており、図示しない砥石でランナー27を切断して個々の金属ガラス球体部10aに分離する。ここで、分離された金属ガラス球体部10aには、冷却時にひずみが生じているだけでなく、ランナー切断突起27aが残っており、真球体からはほど遠い状態となっている。このため、真球体の金属ガラス球体10を形成するためには、分離された金属ガラス球体部10aを研磨機15で研磨する必要がある。
【0044】
金属ガラス球体部10aを研磨機15で研磨するために金属ガラス球体部10aを研磨用保持板34に設けられた保持孔38に嵌め込む(図4参照)。このとき金属ガラス球体部10aの向きは、金属ガラス球体部10aに残存しているランナー切断突起27aが研磨用保持板34の上端面および下端面から突出した状態でセットするのが好ましい。なぜならば、保持孔38の上端面の直径W1は、保持孔38に嵌め込まれる金属ガラス球体部10aの直径Dよりも大きく形成されているものの、一方のランナー切断突起27aの端部から他方のランナー切断突起27aの端部までの距離W3は直径Dよりも長い。このため、ランナー切断突起27aが金属ガラス球体部10aの図中横方向から突出した状態で保持孔38にセットすることは困難であり、たとえセットすることができたとしても、ランナー切断突起27aが研磨用保持板34を損傷させる原因となるからである。
【0045】
全ての保持孔38に金属ガラス球体部10aを嵌め込んだ後、駆動装置を用いて保持板回転軸36および研磨用保持板34を回転させる(図3参照)。この研磨用保持板34の回転速度は特に限定されるものではないが、極端な高速回転にしない方がよい。回転速度が速すぎると、遠心力により金属ガラス球体部10aが保持孔38から飛び出すおそれがあるからである。
【0046】
研磨用保持板34の回転が安定したら、上側研磨装置30および下側研磨装置32により金属ガラス球体部10aの表面研磨を行う。まず、下側研磨盤46の砥石50と金属ガラス球体部10aとが離間した状態で下側研磨盤46および下側研磨盤回転軸48を駆動装置により回転させる。そして、下側研磨盤46の回転が安定した後、下側研磨盤46の位置を砥石50が金属ガラス球体部10aを押圧する位置まで図中上方向に移動する。
【0047】
このとき、金属ガラス球体部10aは下側研磨盤46によって軽く持ち上げられた状態になっており、金属ガラス球体部10aと下側研磨盤46との接触位置には、金属ガラス球体部10a自身の重量だけが作用している。したがって、この状態において、金属ガラス球体部10aの表面研磨はほとんど行われない。
【0048】
次に、上側研磨盤40の砥石44と金属ガラス球体部10aとが離間した状態で上側研磨盤40および上側研磨盤回転軸42を駆動装置により回転させる。そして、上側研磨盤40の回転が安定した後、上側研磨盤40の位置を金属ガラス球体部10aに向けて図中下方向に移動する。上側研磨盤40の砥石44の下面と金属ガラス球体部10aとが接触した後、上側研磨盤40の駆動装置は、上側研磨盤40を金属ガラス球体部10aに向けて所定の圧力で押圧する。このとき、下側研磨盤46は金属ガラス球体部10aを介して上側研磨盤40から図中下向きの押圧力を受けるので、下側研磨盤46が当該押圧力に抗して所定の位置を維持できるように、駆動装置によって下側研磨盤46を図中上方向に付勢しておくべきことはいうまでもない。
【0049】
上側研磨盤40および下側研磨盤46で挟み込んだ金属ガラス球体部10aを上側研磨盤40および下側研磨盤46にそれぞれ取り付けられた砥石44、50によって押圧することにより、金属ガラス球体部10aが保持孔38の中で回転し、残存していたランナー切断突起27aが研磨除去される。さらに上側研磨盤40の下端面と下側研磨盤46の上端面との間隔が予め設定した長さになるまで金属ガラス球体部10aの表面を研磨する。研磨が終了すると、上側研磨盤40および下側研磨盤46を初期待機位置に戻し、金属ガラス球体10の製造が完了する。
【0050】
研磨機15では、金属ガラス球体部10aを研磨機15の保持孔38に嵌め込んだ状態で研磨するが、研磨用保持板34の材質は、金属ガラスよりも柔らかいことから、研磨中に金属ガラス球体部10a同士が接触し、互いの表面に傷をつけるおそれがなく、かつ、ランナー切断突起27aが残った金属ガラス球体部10aを研磨用保持板34に独立して設けられた複数の保持孔38に収容して金属ガラス球体部10aの表面を研磨する。これにより、金属ガラス球体部10a同士を互いに接触させることなく研磨することができ、かつ、研磨用保持板34の材質は、金属ガラスよりも柔らかいことから、研磨中の金属ガラス球体部10aの表面に傷がつくおそれがない。
【0051】
また、金属ガラス球体部10aは、研磨用保持板34に対して回転可能に、かつ金属ガラス球体部10aの一部が研磨用保持板34の上下表面から露出するように保持孔38に収容されている。そして、上側研磨盤40および下側研磨盤46を金属ガラス球体部10aの上下の露出部に接触させつつ、研磨用保持板34に対して上側研磨盤40および下側研磨盤46を偏心させて相対回転させることにより、上側研磨盤40および下側研磨盤46と金属ガラス球体部10aとの接触位置が常に変化するので、上側研磨盤40および下側研磨盤46は、金属ガラス球体部10aの全表面をまんべんなく研磨することができる。
【0052】
さらに、上側研磨盤40および下側研磨盤46は、研磨用保持板34を上下から挟むようにして金属ガラス球体部10aを研磨するので、金属ガラス球体部10aを効率よく研磨することができる。
【0053】
したがって、本発明に係る製造方法によれば、鋳造工程において、キャビティ20内における金属ガラス溶湯12を臨界冷却速度以上の均一な冷却速度で冷却し、均質な非結晶質組織を備える金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11を製造することができる。さらに、研磨工程において、研磨中に金属ガラス球体部10a同士が互いの表面に傷をつけるおそれがなく、かつ、上側研磨盤40および下側研磨盤46が金属ガラス球体部10aの全表面をまんべんなく研磨することができるので、金属ガラス球体部10aの表面精度を高めて真球体である金属ガラス球体10を製造することができる。
【0054】
このようにして形成された金属ガラス球体10は、高硬度、低ヤング率および高耐腐食性を有している。例えば、Fe基の金属ガラスで試作された金属ガラス球体10のビッカース硬さは900kgf/mm程度であり、インストロン装置を用いて測定したところ引張強度は1100〜1200MPa、そしてヤング率は200GPa程度であった。また、Zr基の金属ガラスで試作された金属ガラス球体10のビッカース硬さは1100kgf/mm程度であり、引張強度は1700MPa程度、そしてヤング率は90GPa程度であった。
【0055】
また、金属ガラスは非結晶質であることから、金属ガラス球体10の表面には粒界が存在せず、表面の平滑度を結晶質金属の球体とは比較にならない程度(試作球体では6nm)まで高くすることができる。さらに、金属ガラスには粒界が存在しないので、粒界の角部などを基点として粒子の小片が剥がれ落ちる「チッピング」が発生することもない。また、粒界が存在しないことにより、金属ガラスには腐食が発生し難い。
【0056】
このため、金属ガラス球体10をベアリングボールとして軸受けに適用することで、金属ガラス球体10の有する高強度、低ヤング率、高耐食性、および表面のなめらかさに起因して、高精度、高衝撃吸収性、超寿命性、および低騒音性を有する軸受けを形成することができる。
【0057】
また、金属ガラス球体10をボールペンのペン先に収容することで、従来のボールペンのペン先に収容されていたステンレスなどの球体に比べて金属ガラス球体10の表面はなめらかであるから、書き味がなめらかで、耐食性および耐摩耗性にすぐれたボールペンを形成することができる。
【0058】
さらに、金属ガラス球体10を装飾品に用いることにより、従来の貴金属に比べて金属ガラス10の表面はなめらかであり、かつ、耐食性が高いことから、美しい光沢を長い期間持続することのできる装飾品を形成することができる。
【0059】
なお、本実施例では、金属ガラス球体成形用鋳型14に球状の空間であるキャビティ20を形成することで、金属ガラス球体10を製造するようにしているが、本件発明に係る製造方法で製造する金属ガラスは球状に限られず、円柱状の金属ガラスを鋳造し、これを切断して研磨により球状、円柱状、円錐状の金属ガラスを形成してもよい。
【0060】
また、本実施例では、鋳造により金属ガラス球体部10aを有する鋳造物11を製作しているが、金属ガラス溶湯12を全体として均一な速度で冷却し、均質な非結晶質組織を有する金属ガラス球体部10aを形成することができるのであれば、誘導加熱を利用した浮遊溶解方法や鍛造方法などを用いてもよい。
【0061】
また、本実施例では、金属ガラスの例としてFe基の金属ガラスとZr基の金属ガラスとを挙げているが、Ti基など他の種類の金属ガラスを用いてもよい。さらに、本件発明では金属ガラスだけでなく、アモルファス金属、ナノ結晶或いは準結晶合金も用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明にかかる製造方法において用いられる金属ガラス球体成形用鋳型を示す断面図である。
【図2】図1に示す金属ガラス球体成形用鋳型を用いて鋳造された金属ガラス球体部を有する鋳造物を示す斜視図である。
【図3】本発明にかかる製造方法において用いられる研磨機を示す図である。
【図4】図3に示す研磨機の研磨用保持板に形成された保持孔付近を拡大した図である。
【図5】図1に示す金属ガラス球体成形用鋳型に形成されたキャビティに金属ガラス溶湯を充填する際の金属ガラス溶湯の流れ、および通水孔とキャビティとの位置関係を示す図である。
【図6】従来技術の鋳造工程において用いられる割り金型を示す断面図である。
【図7】図6に示す割り金型を用いて鋳造された金属ガラス球体部を有する鋳造物を示す図である。
【図8】図7に示す金属ガラス球体部を個別に切り離した状態を示す図である。
【図9】従来技術の研磨工程において用いられる研磨機を示す図である。
【符号の説明】
【0063】
10…金属ガラス球体
10a…金属ガラス球体部
11…鋳造物
12…金属ガラス溶湯
14…金属ガラス球体成形用鋳型
15…研磨機
18…注入口
20…キャビティ
22…湯道
24…接続部
26…通水孔
27…ランナー
28…保持装置
30…上側研磨装置
32…下側研磨装置
34…研磨用保持板
36…保持板回転軸
38…保持孔
40…上側研磨盤
42…上側研磨盤回転軸
44…砥石
46…下側研磨盤
48…下側研磨盤回転軸
50…砥石

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ランナーで数珠繋ぎ状態となった金属ガラス球体部を有する鋳造物を前記ランナー部分で切断して側部にランナー切断突起が残った金属ガラス球体部を形成し、
研磨用保持板に独立して設けられた複数の保持孔に、前記金属ガラス球体部を前記研磨用保持板に対して回転可能に、かつ前記金属ガラス球体部の一部が前記研磨用保持板から露出するように収容し、
この状態で研磨盤を前記金属ガラス球体部の露出部に接触させつつ前記研磨用保持板に対して前記研磨盤を偏心させて相対回転させ、前記金属ガラス球体部の表面を研磨して真球にすることを特徴とする金属ガラス球体の製造方法。
【請求項2】
前記金属ガラス球体部は前記研磨用保持板の表裏両面から露出しており、前記研磨用保持板を挟むように前記研磨用保持板の表裏両面に沿って設けられた研磨盤にて、前記金属ガラス球体部を研磨することを特徴とする請求項1に記載の金属ガラス球体の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属ガラス球体の製造方法により製造された金属ガラス球体をベアリングボールとして用いた軸受け。
【請求項4】
請求項1または2に記載の金属ガラス球体の製造方法により製造された金属ガラス球体をペン先に収容したことを特徴とするボールペン。
【請求項5】
請求項1または2に記載の金属ガラス球体の製造方法により製造された金属ガラス球体を用いた装飾品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−246637(P2008−246637A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92317(P2007−92317)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(592200338)日本素材株式会社 (29)
【出願人】(505461094)株式会社BMG (13)
【Fターム(参考)】