説明

電動パワーステアリング装置

【課題】操舵系にアシスト力を付与するモータについて、実際のモータの抵抗と算出されるモータの抵抗とが乖離することを抑制することのできる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】この電動パワーステアリング装置は、抵抗マップによりモータ抵抗Rmを算出する。モータ電流とモータ電圧とに基づいて推定誘起電圧を算出する。そして、推定誘起電圧が、電流の大きさに応じて設定される判定値以下の旨判定されるとき、モータ抵抗(推定モータ抵抗Rma)を算出し、この推定モータ抵抗Rmaに基づいて抵抗マップを更新する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載の電動パワーステアリング装置では、下記式(A)を用いてモータ回転角速度ωを算出する。Vmはモータの端子間電圧、Rはモータの抵抗、Imはモータの電流、Keは誘起電圧係数(V・s/rad)を示す。モータの抵抗は、実測により予め記憶されたものが用いられる。
【0003】

ω=(Vm−R×Im)/Ke …(A)

【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−66999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、実際のモータの抵抗は、モータの周囲温度の影響を受けて変化する。また、個々のモータにおいても、モータの抵抗が異なる。さらに、モータの長年の使用によっても抵抗が変化する。
【0006】
しかし、特許文献1の電動パワーステアリング装置では、この点について考慮されていないため、実測により予め記憶されたモータの抵抗と実際の抵抗とが大きく乖離することがある。この場合、モータの抵抗に基づいて算出したモータ回転角速度と実際のモータ回転角速度とが大きく乖離する。
【0007】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたものでありその目的は、操舵系にアシスト力を付与するモータについて、実際のモータの抵抗と算出されるモータの抵抗とが乖離することを抑制することのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)請求項1に記載の発明は、操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置において、前記モータの電流と前記モータの電圧とに基づいて前記モータの誘起電圧を推定誘起電圧として算出し、前記推定誘起電圧が前記モータの電流の大きさに応じて設定される判定値以下のとき、前記モータの抵抗を更新することを要旨とする。
【0009】
モータが動作しているときはモータの抵抗を精確に算出することができない。一方、モータの回転速度が0付近にあるとき、そのときの電流および電圧に基づいて、実際のモータの抵抗を算出することができる。すなわち、実際のモータの抵抗を算出するためには、モータの回転が0付近にあるか否か、言い換えれば、モータの状態が、抵抗の算出可能状態(以下、「抵抗算出可能状態」)にあるか否かを判定する必要がある。
【0010】
モータの回転が止まっているとき、モータの誘起電圧が「0」となる。そこで、本発明では、モータの誘起電圧に基づいて抵抗算出可能状態を推定する。すなわち、推定誘起電圧が判定値以下にあるときを抵抗算出可能状態にあるとする。
【0011】
しかし、推定誘起電圧は実際の誘起電圧との差である最大演算誤差がモータの電流に依存して変化する。このため、モータの電流の大きさに関係なく判定値を一定にした場合には、抵抗算出可能状態を精確に判定することができない。
【0012】
そこで、この発明では、判定値を、モータの電流の大きさに応じた値とする。これにより、抵抗算出可能状態を精確に判定することができる。そして、抵抗算出可能状態の判定を行なった上でモータの抵抗を更新するため、モータの抵抗と実際の抵抗との乖離が大きくなることを抑制することができる。
【0013】
(2)請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、前記推定誘起電圧の時間変化量である誘起電圧変化量を算出し、前記推定誘起電圧が前記判定値以下、かつ前記誘起電圧変化量が電圧基準値未満のとき、前記モータの抵抗を更新することを要旨とする。
【0014】
推定誘起電圧が判定値以下であっても抵抗算出可能状態にない場合もある。これに対して、上記発明では、誘起電圧変化量が電圧基準値未満であることも、抵抗算出可能状態を判定するための条件とするため、抵抗算出可能状態をより精確に判定することができる。
【0015】
(3)請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、前記モータの抵抗の時間変化量を抵抗変化量として算出し、前記推定誘起電圧が前記判定値以下、かつ前記抵抗変化量が抵抗基準値未満のとき、前記モータの抵抗を更新することを要旨とする。
【0016】
推定誘起電圧が判定値以下であっても抵抗算出可能状態にない場合もある。これに対して、上記発明では、モータの抵抗の抵抗変化量が小さいことも、抵抗算出可能状態を判定する条件とするため、抵抗算出可能状態をより精確に判定することができる。
【0017】
(4)請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記推定誘起電圧を外乱要素とみなす外乱オブザーバを用いて前記推定誘起電圧を算出することを要旨とする。
【0018】
モータの誘起電圧はモータの電圧に含まれているため、誘起電圧そのものを検出することは難しい。そこで、上記発明では、誘起電圧を外乱要素とみなし、外乱オブザーバとして演算することにより、推定誘起電圧を算出する。これにより、直接物理量として検出することのできない誘起電圧を算出することができる。
【0019】
(5)請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の電動パワーステアリング装置において、前記判定値は、前記外乱オブザーバの最大演算誤差を含むことを要旨とする。
外乱オブザーバにより算出された推定誘起電圧は演算誤差を含む。すなわち、外乱オブザーバにより算出する推定誘起電圧は、演算毎に、演算誤差の最大値から最小値までの範囲でばらつく。外乱オブザーバによりモータの推定誘起電圧を算出する場合、モータの電流が大きいときとモータの電流が小さいときとを比べると、前者の場合は後者の場合よりも、推定誘起電圧の最大演算誤差が大きい。この結果、モータの運転状態が同じにあっても、判定結果が異なる。
【0020】
そこで、上記発明では、外乱オブザーバの最大演算誤差を加えた値を判定値とする。これにより、モータの運転状態が同じにあっても、外乱オブザーバの演算誤差により判定結果が異なってしまうことを抑制することができる。
【0021】
(6)請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記推定誘起電圧が前記判定値未満のとき、この推定誘起電圧に基づいて前記判定値を小さくすることを要旨とする。
【0022】
推定誘起電圧の最大演算誤差を加味して判定値が設定されている場合、判定値に含まれる最大演算誤差の相当分に起因して、抵抗算出可能状態か否かの判定精度が低下するおそれがある。上記発明では、推定誘起電圧が判定値未満のとき、推定誘起電圧に基づいてモータの電流に対する判定値を小さくしている。このため、判定値未満の推定誘起電圧が算出される毎に判定値に含まれる最大演算誤差の相当分を小さくすることができる。これにより、抵抗算出可能状態か否かの判定精度が低下することを抑制することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、操舵系にアシスト力を付与するモータについて、実際のモータの抵抗と算出されるモータの抵抗とが乖離することを抑制することのできる電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態の電動パワーステアリング装置について、その全体構造を模式的に示す模式図。
【図2】同実施形態の電子制御装置により実行される「抵抗マップ更新処理」について、その手順を示すフローチャート。
【図3】同実施形態の電子制御装置により実行される「誘起電圧推定処理」について、その手順を示すフローチャート。
【図4】同実施形態の電子制御装置により実行される「モータ抵抗演算処理」について、その手順を示すフローチャート。
【図5】同実施形態の電子制御装置により実行される「抵抗算出可否判定処理」について、その手順を示すフローチャート。
【図6】同実施形態の電子制御装置により実行される抵抗算出可否判定処理で用いられる判定値とモータ電流との関係を示す判定マップ。
【図7】同実施形態の電子制御装置により実行される「更新処理」について、その手順を示すフローチャート。
【図8】同実施形態の電子制御装置で用いられる抵抗マップについて、モータ電流とモータ抵抗との関係を示す抵抗マップ。
【図9】本発明の第2実施形態の電動パワーステアリング装置について、電子制御装置により実行される「抵抗算出可否判定処理」の手順を示すフローチャート。
【図10】本発明の第3実施形態の電動パワーステアリング装置について、電子制御装置により実行される「抵抗マップ更新処理」の手順の一部を示すフローチャート。
【図11】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、電子制御装置により実行される「判定マップ更新処理」の手順を示すフローチャート。
【図12】同実施形態の電子制御装置により実行される抵抗算出可否判定処理で用いられるモータ電流と判定値との関係を示す判定マップ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(第1実施形態)
図1〜図8を参照して、本発明の第1実施形態について説明する。
電動パワーステアリング装置1は、ステアリングホイール2の回転を転舵輪3に伝達する操舵角伝達機構10と、ステアリングホイール2の操作を補助するための力(以下、「アシスト力」)を操舵角伝達機構10に付与するEPSアクチュエータ20と、EPSアクチュエータ20を制御する電子制御装置30とを備える。さらに、電動パワーステアリング装置1には、これら装置の動作状態を検出する複数のセンサが設けられている。
【0026】
操舵角伝達機構10は、ステアリングホイール2とともに回転するステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11の回転をラック軸13に伝達するラックアンドピニオン機構12と、タイロッド14を操作するラック軸13と、ナックルを操作するタイロッド14とを備える。
【0027】
EPSアクチュエータ20は、ステアリングシャフト11にトルクを付与するモータ21と、モータ21の回転を減速する減速機構22とを備える。モータ21としては、ブラシ付きのモータ21が採用されている。このモータ21の回転は減速機構22により減速されてステアリングシャフト11に伝達される。このときにモータ21からステアリングシャフト11に付与されるトルクがアシスト力として作用する。
【0028】
操舵角伝達機構10は次のように動作する。すなわち、ステアリングホイール2が操作されたとき、アシスト力がステアリングシャフト11に付与されて、同シャフト11が回転する。ステアリングシャフト11の回転は、ラックアンドピニオン機構12によりラック軸13の直線運動に変換される。ラック軸13の直線運動は、同ラック軸13の両端に連結されたタイロッド14を介してナックルに伝達される。そして、ナックルの動作にともない転舵輪3の舵角が変更される。
【0029】
ステアリングホイール2の操舵角は、ステアリングホイール2が中立位置にあるときを基準として定められる。すなわち、ステアリングホイール2が中立位置にあるときの操舵角を「0」として、ステアリングホイール2が中立位置から右方向または左方向に回転したとき、中立位置からの回転角度に応じて操舵角が増加する。
【0030】
電動パワーステアリング装置1には、ステアリングホイール2のトルクを検出するトルクセンサ31および車速を検出する車速センサ32が設けられている。これらのセンサはそれぞれ次のように監視対象の状態の変化に応じた信号を出力する。
【0031】
トルクセンサ31は、ステアリングホイール2の操作によりステアリングシャフト11に付与されたトルクの大きさに応じた信号(以下、「出力信号SA」)を電子制御装置30に出力する。車速センサ32は、転舵輪3の回転角速度に応じた信号(以下、「出力信号SB」)を電子制御装置30に出力する。車速センサ32は各後輪に対応して設けられている。
【0032】
電子制御装置30は、各センサの出力に基づいて以下の各演算値を算出する。
トルクセンサ31の出力信号SAに基づいて、ステアリングホイール2の操作にともないステアリングシャフト11に入力されたトルクの大きさに相当する演算値(以下、「操舵トルクτ」)を算出する。車速センサ32の出力信号SBに基づいて、すなわち各後輪に対応して出力される出力信号SBに基づいて、車両の走行速度に相当する演算値(以下「車速V」)を算出する。
【0033】
また、電子制御装置30は、車速Vおよび操舵トルクτの補正値(以下、「補正操舵トルクτa」)に基づいてアシスト力を調整するためのパワーアシスト制御と、車速Vおよび補正操舵トルクτaおよびモータ21の回転角速度(以下、「モータ回転角速度ωm」)に基づいて上記補正操舵トルクτaを算出する操舵トルクシフト制御とを行う。
【0034】
ステアリングホイール2の操舵状態は、「回転状態」と「中立状態」と「保舵状態」との3つに分類される。「回転状態」は、ステアリングホイール2が回転している最中の状態を示す。「中立状態」は、ステアリングホイール2が中立位置にある状態を示す。「保舵状態」は、ステアリングホイール2が中立位置から右方向または左方向に回転した位置にあり、かつその位置に保持されている状態を示す。
【0035】
ところで、ブラシ付きモータ21の場合、モータ回転角速度ωmを出力するセンサがないため、操舵トルクシフト制御で用いられる上記モータ回転角速度ωmは、モータ方程式としての下記の式(1)に基づいて算出される。
【0036】

ωm=(Vm−Im×Rm)/Ke …(1)

・「Vm」は、モータ電圧Vmを示す。
・「Im」は、モータ電流Imを示す。
・「Rm」は、モータ抵抗Rmを示す。
・「Ke」は、モータ21の逆起電力定数Keを示す。
【0037】
逆起電力定数Keとしてはモータ21に固有の逆起電力定数Keに相当する値が用いられる。逆起電力定数Keの値は、予め設定され、電子制御装置30の記憶部に記憶されている。モータ抵抗Rmは、モータ回転角速度ωmの演算の都度、抵抗マップに基づいて求められる。また、モータ電圧Vmは、モータ21の端子間電圧として検出される。また、モータ電流Imは、モータ21への供給電流として検出される。
【0038】
抵抗マップは、モータ電流Imとモータ抵抗Rmとの関係を示したものである。モータ抵抗Rmは、モータ電流Imに依存して変化するため、抵抗マップを用いてモータ抵抗Rmが求められる。抵抗マップは、モータ電流Imとモータ抵抗Rmとの関係を予め計測し、電子制御装置30の記憶部に記憶されている。
【0039】
上記抵抗マップは周期的に更新される。抵抗マップを更新する理由は次の通りである。
抵抗マップは、典型的なモータについて、モータ電流とモータ抵抗との関係を計測することにより作成されている。しかし、個々のモータ21の特性にばらつきがある。このため、特定のモータ21のモータ電流とモータ抵抗との関係は、記憶部に記憶されている抵抗マップとずれがある。このずれが大きいとき、上記抵抗マップを用いて算出されたモータ抵抗Rmは、実際のモータ抵抗の値から大きく乖離する。また、モータ抵抗は、長年の使用あるいは周囲温度等によっても、変化する。このため、仮に、実際のモータ21の特性が、典型的なモータと同じであったとしても、長年の使用により、実際のモータ21のモータ抵抗と、上記抵抗マップを用いて算出されたモータ抵抗Rmとが乖離することがある。したがって、抵抗マップにより求められるモータ抵抗Rmを実際のモータ抵抗と近い値にするためには、このような乖離を小さくするべく、抵抗マップを更新することが好ましい。
【0040】
抵抗マップの更新は、モータ21の抵抗算出可能状態のときに抵抗マップに基づいて算出されたモータ抵抗(以下、「推定モータ抵抗Rma」)と、上記抵抗マップに基づいて求められるモータ抵抗Rmとの間に大きな差があるときに行なわれる。なお、抵抗算出可能状態とは、電流および電圧に基づいてモータの抵抗を算出することができるモータの状態を示す。具体的には、誘起電圧が「0」付近にあるとき、すなわちモータの回転速度が0付近にあり回転速度の変動の小さい状態のとき、次に示す式(2)によりモータ21の抵抗を算出することができるため、この状態が抵抗算出可能状態に対応する。
【0041】
実際のモータ抵抗は、モータ21が抵抗算出可能状態にあるときのモータ電圧Vmとモータ電流Imとに基づいて式(2)により算出される(以下、式(2)により算出される実際のモータ抵抗を「実モータ抵抗Rx」とする)。下記式(2)は、上記式(1)にω=「0」を代入して求められる式である。この式(2)は、モータ21の回転速度が「0」付近にあるとき、すなわちモータ21のモータ回転角速度ωmが「0」とみなすことができるとき、成立する。
【0042】

Rx=Vm/Im …(2)

モータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かについては、外乱オブザーバにより算出される誘起電圧(以下、「推定誘起電圧EXa」)に基づいて、判定される。具体的には、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA以下のとき、かつ、推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXの絶対値が、電圧基準値VTB未満のとき、モータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定する。この判定は、モータ回転角速度ωmが略「0」となるとき、誘起電圧EXが略「0」になること、および推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXが略「0」になることに基づいている。
【0043】
判定値VTAは、モータ21が抵抗算出可能状態にあるとみなすことのできる最も大きい推定誘起電圧EXaの絶対値を示す。電圧基準値VTBは、モータ21が抵抗算出可能状態にあるとみなすことのできる最も大きい推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXの絶対値を示す。
【0044】
ところで、誘起電圧EXは、モータ21の端子間電圧に対して逆起電圧として生じるものであるため、独立して、誘起電圧EXを検出することはできない。そこで、誘起電圧EXをモータ21の制御における外乱とみなし、外乱オブザーバを用いて誘起電圧EXを算出する。
【0045】
誘起電圧EXを算出するための連続時間型最小次元オブザーバは、式(3)および式(4)により表される。

dξ/dt=(Gob/L)・{Vm+(Gob−Rm)・Im−ξ} …(3)

EXa=ξ−Gob・Im …(4)

・「ξ」は、中間変数を示す。
・「Gob」は、オブザーバゲイン(固定値)を示す。
・「EXa」は、推定誘起電圧を示す。
・「L」は、インダクタンスを示す。
【0046】
上記式(3)と式(4)とにより次式(5)が導かれる。

dEXa/dt=
(Gob/L){Vm−(Rm+L・d/dt)Im−EXa} …(5)

ここで、ε=Vm−(Rm+L・d/dt)・Imとおき、式(5)を解くと次式が与えられる。
【0047】

EXa={a/((dt)+a)}・ε …(6)

・「a」はGob/Lを示す。
・「(dt)」は微分演算子(d/dt)を示す。
【0048】
これらの式により、誘起電圧EXを、モータ電圧Vmと、モータ電流Imと、モータ抵抗Rmとに基づいて算出することができる。しかし、これら方程式は連続時間型のモデルであるため、同モデルを周期的に演算処理する電子制御装置30に適用することができない。そこで、上記モデルを実際のモデルに沿った離散系に変換する。
【0049】
離散系の場合、中間変数は次式(7)のように与えられる。

dξ/dt={ξ(n)−ξ(n−1)}/Ts …(7)

・「Ts」は、推定誘起電圧EXaの演算の演算周期
・ξ(n)は、n周期目演算時の中間変数の値
・ξ(n−1)は、n−1周期目演算時の中間変数の値
式(7)を上記式(3)と式(4)に代入すれば式(8)と式(9)が導かれる。
【0050】

ξ(n)=(1−Gob・Ts/L)・ξ(n−1)+
(Gob・Ts/L)・{Vm(n)+(Gob−Rm)・Im(n)} …(8)

EXa(n)=ξ(n−1)−Gob・Im(n) …(9)

・Vm(n)は、n周期目演算時のモータ電圧Vm
・Im(n)は、n周期目演算時のモータ電流Im
以上のようにして、外乱オブザーバにより推定誘起電圧EXaを算出する。そして、この推定誘起電圧EXaに基づいてモータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かを判定し、そして、モータ21が抵抗算出可能状態にあるときには、抵抗マップを更新する。
【0051】
図2を参照して、抵抗マップを更新するための処理である抵抗マップ更新処理の手順について説明する。なお、同処理は電子制御装置30により所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
【0052】
ステップS110では、モータ電流Imおよびモータ電圧Vmがともに「0」よりも大きいか否かを判定する。具体的には、モータ電流Imが電流閾値ITSより大きく、かつモータ電圧Vmが電圧閾値VTSより大きいとき、次のステップに移行する。一方、これ以外のときは、すなわちモータ電流Imが電流閾値ITS以下であるか、モータ電圧Vmが電圧閾値VTS以下であるとき、抵抗マップ更新処理を終了する。
【0053】
なお、電流閾値ITSは、モータ21への供給電流が「0」とみなすことができる値の最大値を示す。電圧閾値VTSは、モータ電圧Vmが「0」とみなすことができる値の最大値を示す。この処理により、推定誘起電圧EXaの演算値および実モータ抵抗Rxの演算値が「0」にならないように、あるいは演算値が発散することがないようになる。
【0054】
ステップS120では、誘起電圧推定処理を実行する。ステップS130では、モータ抵抗演算処理を実行する。ステップS140では、抵抗算出可否判定処理を実行する。ステップS150では、更新処理を実行する。
【0055】
図3を参照して、誘起電圧推定処理の手順について説明する。
ステップS210では、式(8)に基づいて、中間変数ξ(n)を算出する。ステップS220では、式(9)に基づいて、推定誘起電圧EXaを算出する。
【0056】
図4を参照して、モータ抵抗演算処理の手順について説明する。
ステップS310では、演算処理時のモータ電流Imおよび記憶部に記憶されている同演算処理時直前の数回分のモータ電流Imの平均値を算出し、平均モータ電流Iaveを算出する。
【0057】
ステップS320では、演算処理時のモータ電圧Vmと、記憶部に記憶されている同演算処理時よりも前の数回分のモータ電圧Vmとの平均を算出し、平均モータ電圧Vaveを算出する。
【0058】
ステップS330では、上記演算により算出した平均モータ電流Iaveと平均モータ電圧Vaveとにより、演算処理時における平均モータ抵抗Raveを算出し、平均モータ抵抗Raveを演算毎に電子制御装置30の記憶部に記憶する。
【0059】
以上のようにして、モータ電流Imの平均値と、モータ電圧Vmの平均値と、実モータ抵抗Rxの平均値とが算出される。このようにモータ電流Imおよびモータ電圧Vmおよび実モータ抵抗Rxについて平均値を算出することにより、各値に含まれるノイズ成分が小さくなるため、安定した結果が得られる。
【0060】
図5を参照して、抵抗算出可否判定処理の手順について説明する。
ステップS410では、判定値VTAの大きさを設定する。これは次の理由による。すなわち、誘起電圧EXは、モータ電流Imの大きさに依存する。このため、判定値VTAを一定値とすると、モータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かを精確に判定することができない。そこで、判定値VTAは、当該判定時のモータ電流Imの大きさに応じた値に設定される。モータ電流Imと判定値VTAとの関係は予め設定され、この関係を示す判定マップは電子制御装置30の記憶部に記憶されている。
【0061】
ステップS420では、推定誘起電圧EXaの絶対値が、上記判定値VTA以下か否かを判定する。この判定が肯定されるとき、次のステップに移行する。一方、推定誘起電圧EXaの絶対値が上記判定値VTA以上であるときは、ステップS460においてモータ21が抵抗算出可能状態にない旨判定する。
【0062】
ステップS430では、演算時の推定誘起電圧EXaを微分し、単位時間当たりの変化量すなわち微分値ΔEXを算出する。例えば、演算時の推定誘起電圧EXaとこの演算直前の推定誘起電圧EXaとの差を演算周期により除算して得た値を微分値ΔEXとする。
【0063】
ステップS440では、推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXの絶対値が、上記電圧基準値VTB未満か否かを判定する。この判定が肯定されるとき、ステップS450においてモータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定される。一方、推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXの絶対値が上記電圧基準値VTB以上であるときは、ステップS460においてモータ21が抵抗算出可能状態にない旨判定する。
【0064】
図6を参照して、上記判定マップの内容について説明する。
判定値VTAは、モータ電流Imの大きさと、外乱オブザーバによる推定誘起電圧EXaの最大演算誤差とを考慮して設定されている。具体的には、判定マップは、モータ電流Imが大きくなるにつれて大きな値をとる関数式として与えられる。
【0065】
判定値VTAの値を設定するときに誘起電圧EXの最大演算誤差を考慮する理由を次に説明する。
モータ21の抵抗算出可能状態は、モータ回転角速度ωmが所定値以下にあるものとして、精確に判定されることが好ましい。モータ回転角速度ωmが「0」のとき、誘起電圧EXは「0」となる。そこで、推定誘起電圧EXaの絶対値が「0」付近かつ「0」よりも大きい基準値(図6の破線参照)以下のとき、モータ回転角速度ωmが所定値以下にあるとみなすことができる。しかし、推定誘起電圧EXaを外乱オブザーバにより算出すると、推定誘起電圧EXaには演算誤差が含まれる。演算誤差は、インダクタンスLの変動や実モータ抵抗Rxの変動に基づいて発生する。このため、仮に実際の誘起電圧EXが同じ値に維持されているときでも、外乱オブザーバによる演算によれば、演算毎に、推定誘起電圧EXaは異なる値になる。このように、推定誘起電圧EXaには演算誤差が含まれるため、実際の誘起電圧EXが同じ大きさであっても、演算の都度、推定誘起電圧EXaおよび判定結果が異なる。
【0066】
そこで、このような演算誤差による判定結果のばらつきを抑制するべく、基準値に対してモータ電流Imに応じた最大演算誤差を上乗せしている。なお、最大演算誤差は、実際の誘起電圧EXが一定値をとるようにモータ21を制御した状況下において、誘起電圧推定処理に基づいて算出される推定誘起電圧EXaの最小値と最大値との差を示す。
【0067】
推定誘起電圧EXaの最大演算誤差はモータ電流Imに依存する。すなわち、モータ回転角速度ωmが同じ値であっても、モータ電流Imの大きさが異なるとき推定誘起電圧EXaの最大演算誤差の大きさが異なる。具体的には、モータ電流Imが大きいほど推定誘起電圧EXaの最大演算誤差が大きくなる。このため、判定値VTAはモータ電流Imが大きくなるにつれて大きくなる。なお、モータ電流Imが「0」のとき、最大演算誤差は「0」に設定されている。
【0068】
図7を参照して、更新処理の手順について説明する。更新処理では、モータ21が抵抗算出可能状態にあるとき、抵抗マップを更新する処理をする。
ステップS510では、モータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かを判定する。モータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定されているときは、次のステップに移行する。モータ21が抵抗算出可能状態にない旨判定されているとき、更新処理は終了する。
【0069】
ステップS520では、演算処理時におけるモータ電流Imに基づいて抵抗マップによりモータ抵抗Rm(以下、「マップモータ抵抗Rmb」)を求める。一方、電子制御装置30の記憶部に記憶されている平均モータ抵抗Raveを読み込む。この平均モータ抵抗Raveは、モータ21が抵抗算出可能状態にあるときのモータ抵抗Rm(以下、「推定モータ抵抗Rma」)として読み込まれる。そして、マップモータ抵抗Rmbと推定モータ抵抗Rmaとの差を算出し、この値を抵抗偏差ΔRとして記憶する。
【0070】
ステップS530では、抵抗偏差ΔRの絶対値が偏差基準値RTXより大きいか否かが判定される。この判定が肯定されるとき、次のステップに移行する。一方、抵抗偏差ΔRの絶対値が偏差基準値RTX以下のとき、更新処理が終了する。すなわち、抵抗マップは現状のまま維持される。なお、偏差基準値RTXは、マップモータ抵抗Rmbと推定モータ抵抗Rmaとの乖離の許容範囲を示す。
【0071】
ステップS540では、ステップS530にて肯定判定されたとき抵抗マップを補正する。具体的には、抵抗マップとして、モータ電流Imに対するモータ抵抗Rmを示す関数「Rm=f(Im)」が与えられているときは、関数「Rm=f(Im)」に対して抵抗偏差ΔRを加算し、新たな関数「Rm=f(Im)+ΔR」が作られる。
【0072】
ステップS550では、新たに作られた関数「Rm=f(Im)+ΔR」を、次回演算以降に使用する抵抗マップとして記憶する。すなわち、電子制御装置30の記憶部に記憶されている抵抗マップを新たに算出した抵抗マップに更新する。
【0073】
図8を参照して、抵抗マップの一例について説明する。
抵抗マップとして、関数「Rm=f(Im)」が与えられている。関数「Rm=f(Im)」は次のように設定されている。モータ電流Imが「0」のとき、モータ抵抗Rmは最大値Rmqとなる。モータ電流Imが「0」から所定値に至るまではモータ電流Imは大きくなるにつれてモータ抵抗Rmが所定割合で小さくなる。そして、モータ電流Imが所定値からさらに増大するにつれてモータ抵抗Rmの減少割合が小さくなり、モータ抵抗Rmが所定値Rmpに近づく。
【0074】
本実施形態によれば以下の作用効果を奏することができる。
(1)本実施形態では、推定誘起電圧EXaの絶対値が電流の大きさに応じて設定される判定値VTA以下のとき、モータ電流Imとモータ電圧Vmとに基づいて推定モータ抵抗Rmaを推定し、推定モータ抵抗Rmaに基づいて抵抗マップを更新する。
【0075】
この構成によれば、モータ21の抵抗算出可能状態を精確に判定することができるため、抵抗マップに基づいて求められるモータ抵抗Rmと実際のモータ抵抗との乖離が大きくなることを抑制することができる。
【0076】
(2)本実施形態では、推定誘起電圧EXaの時間変化量である微分値ΔEX(誘起電圧変化量)を算出する。そして、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA未満、かつ微分値ΔEXの絶対値が電圧基準値VTB未満のとき、モータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定する。
【0077】
推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA以下であってもモータ21が抵抗算出可能状態にない場合もある。上記構成によれば、推定誘起電圧EXaの絶対値が小さいことに加えて、推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXの絶対値が電圧基準値VTB未満であることも、モータ21の抵抗算出可能状態を判定する条件とするため、モータ21の抵抗算出可能状態をより精確に判定することができる。
【0078】
(3)本実施形態では、推定誘起電圧EXaは、この推定誘起電圧EXaを外乱要素とみなす外乱オブザーバを用いて算出されている。これにより、直接物理量として検出することが困難である誘起電圧EXを算出することができる。
【0079】
(4)本実施形態では、判定値VTAは、外乱オブザーバの最大演算誤差を加えた値とする。これにより、判定値VTAに最大演算誤差よりも大きな値を加えた場合と比較して、モータ21の状態が抵抗算出可能状態のときに抵抗算出可能状態と判定してしまうことを抑制することができる。
【0080】
(第2実施形態)
図9を参照して、本発明の第2実施形態について説明する。
本実施形態の抵抗算出可否判定処理は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えたものとなっている。すなわち、第1実施形態のステップS440では、モータ21が抵抗算出可否にあるか否かを判定するための判定条件のうちの第2条件として、推定誘起電圧EXaの微分値ΔEXの絶対値が電圧基準値VTB未満にあるか否かを条件としている。これに対して、本実施形態では、第2条件として、推定モータ抵抗Rmaの抵抗変動量Rmsが抵抗基準値RTA未満にあるか否かを条件としている。
【0081】
以下、この変更にともない生じる第1実施形態の構成からの変更について説明する。なお、第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明の一部または全部を省略する。
【0082】
抵抗算出可否判定処理のステップS610およびS620の処理は、第1実施形態のステップS410およびS420の処理と同様である。すなわち、これらの手順により、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA以下か否かを判定する。
【0083】
ステップS630では、電子制御装置30の記憶部に記憶されている前回演算時の前回実モータ抵抗Rx(n−1)と、演算時の今回実モータ抵抗Rx(n)との差である抵抗変化量ΔRxsを算出する。なお、実モータ抵抗Rx(n−1)と実モータ抵抗Rx(n)とは、それぞれn−1周期目の平均モータ抵抗Raveとn周期目の平均モータ抵抗Raveとに対応する。
【0084】
そして抵抗変化量ΔRxsの絶対値が抵抗基準値RTA未満か否かを判定する。この判定が肯定されるとき、ステップS640においてモータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定される。一方、抵抗変化量ΔRxsの絶対値が抵抗基準値RTA以上にあるときは、ステップS650においてモータ21が抵抗算出可能状態にない旨判定する。
【0085】
なお、実モータ抵抗Rxの抵抗変化量ΔRxsは、モータ21が抵抗算出可能状態にあるとき、小さい値をとる。このため、第1実施形態におけるモータ21の抵抗算出可能状態を判定するための条件のうちの第2条件、すなわちステップS440の条件に代えることができる。
【0086】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)および(3)および(4)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
【0087】
(5)本実施形態では、推定誘起電圧EXaを算出するときの実モータ抵抗Rxと当該算出よりも前に算出された実モータ抵抗Rxとの差を、抵抗変化量ΔRxsとして算出する。そして、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA未満、かつ抵抗変化量ΔRxsの絶対値が抵抗基準値RTA未満のとき、モータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定する。
【0088】
上記構成によれば、推定誘起電圧EXaが小さいことに加えて、抵抗変化量ΔRxsの絶対値が抵抗基準値RTA未満であることも、モータ21の抵抗算出可能状態を判定する条件とするため、モータ21の抵抗算出可能状態をより精確に判定することができる。この結果、モータ21が抵抗算出可能状態にないときに抵抗マップが更新されてしまう頻度を少なくすることができる。
【0089】
(第3実施形態)
図10〜図12を参照して、本発明の第3実施形態について説明する。
本実施形態は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えたものとなっている。すなわち、第1実施形態の抵抗マップ更新処理(図2)において、推定誘起電圧EXaに基づいて判定値VTAの更新を行う判定マップ更新処理を追加している。
【0090】
以下、この変更にともない生じる第1実施形態の構成からの変更について説明する。なお、第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明の一部または全部を省略する。
【0091】
図10を参照して、抵抗マップ更新処理の手順について説明する。
抵抗マップ更新処理においては、図2のステップS150の処理を実行した後、ステップS160に移行する。ステップS160では、図11の判定マップ更新処理を実行し、抵抗マップ更新処理を一旦終了する。
【0092】
図11を参照して、判定マップ更新処理の手順について説明する。
電子制御装置30は、判定マップ更新処理として以下の各処理を行う。
ステップS710では、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA未満か否かを判定する。具体的には、誘起電圧推定処理のステップS220(図3参照)において算出した推定誘起電圧EXaの絶対値が抵抗算出可否判定処理のステップS410(図5参照)において設定した判定値VTA未満か否かを判定する。推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA未満の旨判定したとき、ステップS720に移行する。一方、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA以上の旨判定したとき、判定値VTAの更新を行わずに本処理を一旦終了する。
【0093】
ステップS720では、推定誘起電圧EXaを算出したときのモータ電流Imに基づいて下限判定値VTXを算出する。モータ電流Imと下限判定値VTXとの関係を示す判定マップ(図12の二点鎖線参照)は、電子制御装置30の記憶部に記憶されている。
【0094】
ステップS730では、推定誘起電圧EXaの絶対値が下限判定値VTXよりも大きいか否かを判定する。推定誘起電圧EXaの絶対値が下限判定値VTXよりも大きい旨判定したとき、ステップS740において、推定誘起電圧EXaの絶対値に基づいて判定値VTAを更新する。具体的には、電子制御装置30の記憶部に記憶されているモータ電流Imと判定値VTAとの関係を示す判定マップを更新する。一方、推定誘起電圧EXaの絶対値が下限判定値VTX以下の旨判定したとき、判定値VTAの更新を行わずに本処理を一旦終了する。
【0095】
図12を参照して、上記判定マップの更新について説明する。
電子制御装置30は次の手順で判定マップを更新する。
図3の誘起電圧推定処理により算出した推定誘起電圧EXaの絶対値と、推定誘起電圧EXaを算出したときのモータ電流Imとに基づいて判定マップ上に点Pをプロットする。そして点Pが判定値VTA未満かつ下限判定値VTXよりも大きいとき、更新前の関数式(図12の一点鎖線)を、点Pおよび関数式のモータ電流Im軸の切片Xが通過する関数式(図12の実線)に更新する。このため、更新前の関数式の傾きよりも更新後の関数式の傾きが小さくなる。
【0096】
電子制御装置30は、更新後の関数式を記憶部に記憶する。また、次にモータ21の運転を開始したとき、抵抗算出可否判定処理のステップS410(図5参照)において記憶部に記憶されている更新後の関数式に基づいて判定値VTAを設定する。
【0097】
関数式を更新する理由を以下に示す。
初期設定の関数式において判定値VTAには最大演算誤差の相当分が含まれているため、実際のモータ21の状態が抵抗算出可能状態でないときにもモータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定される頻度が高くなる。この場合、判定結果は実際のモータ21の状態を正確に反映していないため、モータ21の状態判定に関する精度が低下する。なお、判定値VTAに含まれる最大演算誤差の相当分は、モータ21の寸法公差を考慮して設定されている。
【0098】
そこで、電子制御装置30は上記判定の精度の低下を抑制するため、判定値VTAを初期値から変化させることにより、判定値VTAをそれぞれのモータ21に適した大きさに収束させる。すなわち、算出した推定誘起電圧EXaに基づいて関数式を更新することにより、判定値VTAをモータ21に適した大きさに変更する。
【0099】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(4)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(6)本実施形態では、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA未満のとき、推定誘起電圧EXaの絶対値に基づいてモータ電流Imに対する判定値VTAを小さくしている。このため、判定値VTA未満の推定誘起電圧EXaが算出される毎に判定値VTAを小さくすることができる。すなわち、判定値VTA未満の推定誘起電圧EXaが算出される毎に判定値VTAに含まれる最大演算誤差の相当分が小さくなる。これにより、モータ21の抵抗算出可能状態についての判定精度が向上する。
【0100】
(7)本実施形態では、モータ21の運転が停止した後、かつ次の運転が開始されたとき、抵抗算出可否判定処理のステップS410(図5参照)において電子制御装置30の記憶部に記憶されている更新後の関数式に基づいて判定値VTAを設定する。この構成によれば、次にモータ21の運転を開始したときに更新後の関数式を用いることができる。
【0101】
(8)本実施形態では、推定誘起電圧EXaの絶対値が下限判定値VTX以下のとき、関数式の更新を行わない。この構成によれば、誘起電圧EXよりも過度に小さい推定誘起電圧EXaに基づいて関数式が更新される頻度が少なくなる。
【0102】
(その他の実施形態)
本発明の実施態様は上記実施形態にて例示した態様に限られるものではなく、これを例えば以下に示すように変更して実施することもできる。また以下の各変形例は、上記実施形態についてのみ適用されるものではなく、異なる変形例同士を互いに組み合わせて実施することもできる。
【0103】
・上記第3実施形態では、判定マップ更新処理において、更新前の関数式を、プロットした点を通過する関数式に更新しているが、更新前の関数式の傾きよりも小さくかつプロットした点を通過する関数式の傾きよりも大きな傾きの関数式に更新することもできる。
【0104】
・上記第3実施形態では、次にモータ21の運転を開始したときに、前回の運転時に更新した関数式を用いて判定値VTAを設定しているが、モータ21の運転が開始される毎に関数式を初期設定に戻すこともできる。
【0105】
・上記第3実施形態では、判定マップ更新処理においてステップS720およびS730の処理を実行しているが、判定マップ更新処理からステップS720およびステップS730の処理を省略することもできる。
【0106】
・上記第3実施形態では、下限判定値VTXをモータ電流Imが大きくなるにつれて大きくなる関数式(図12の二点鎖線)としているが、下限判定値VTXを一定値とすることもできる。この場合、下限判定値VTXを基準値(図12の破線参照)にすることもできる。
【0107】
・上記第1実施形態では、抵抗可否判定処理において、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA以下のとき、抵抗算出可能状態の旨判定しているが、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTA未満のとき、抵抗算出可能状態の旨判定することもできる。すなわち、第1実施形態では推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTAと同じときを抵抗算出可能状態に含めているが、推定誘起電圧EXaの絶対値が判定値VTAと同じときを抵抗算出可能状態に含めない判定方法とすることもできる。
【0108】
・上記各実施形態では、推定モータ抵抗Rmaを算出するとき、演算時と演算前との数回分の推定モータ抵抗Rmaの平均値として推定モータ抵抗Rmaを算出しているが、このような平均化処理を省略することもできる。
【0109】
・上記各実施形態では、上記外乱オブザーバを用いて誘起電圧EXを算出するが、外乱オブザーバは上記モデルに限定されず、誘起電圧EXを算出する式も上記式(8)および式(9)に限定されない。すなわち、誘起電圧EXを外乱要素としてみなしてモータ方程式をモデル化して導かれる外乱オブザーバであれば、誘起電圧EXを算出する算出方法としてその外乱オブザーバを採用することができる。
【0110】
・上記各実施形態では、外乱オブザーバを用いて推定誘起電圧EXaを算出しているが、外乱オブザーバ以外の方法により推定誘起電圧EXaを算出することもできる。例えば、モータ21の電圧方程式においてモータ21のインダクタンスLにかかる項を無視した下記式(10)により推定誘起電圧EXaを算出することもできる。
【0111】

EXa=Vm−Rm×Im …(10)

なお、この場合も推定誘起電圧EXaの最大演算誤差はモータ電流Imに応じて変化するため、最大演算誤差とモータ電流Imとの関係に応じた判定マップが用いられる。
【0112】
・上記各実施形態では、判定値VTAは、基準値(図6、図12の破線参照)に推定誘起電圧EXaの最大演算誤差を足した関数式として与えられている。これに対して、基準値にモータ電流Imに応じて変化する補正値を足した関数式として与えることもできる。補正値として、モータ電流Imに対して最大演算誤差よりも小さい傾きで変化する値を採用することもできる。また、補正値として、モータ電流Imに対して最大演算誤差よりも大きい傾きで変化する値を採用することもできる。
【0113】
・上記各実施形態では、判定値VTAの関数式においてモータ電流Imが大きくなるにつれて最大演算誤差を大きくしているが、モータ電流Imに対する最大演算誤差の大きさを段階的に大きくすることもできる。
【0114】
・上記各実施形態では、抵抗算出可否判定処理について、モータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かを判定する判定条件として、第1条件の成立と第2条件の成立とを要件としているが、第1条件だけでもモータ21が抵抗算出可能状態にあることを判定することができるため、第2条件を省略することもできる。
【0115】
・上記各実施形態では、回転角速度ωmおよび推定誘起電圧EXaをモータ抵抗Rmを用いて算出しているが、回転角速度ωmおよび推定誘起電圧EXaの少なくとも一方を実モータ抵抗Rxを用いて算出することもできる(変形例XA)。
【0116】
・上記変形例XAにおいて、抵抗マップに代えて実モータ抵抗Rxを電子制御装置30の記憶部に記憶することもできる。この場合、更新処理において抵抗マップの補正および更新に代えて、実モータ抵抗Rxを更新する。
【0117】
・上記各実施形態では、抵抗マップに基づいて求められるモータ抵抗Rmは、モータ回転角速度ωmの算出のために用いられるが、モータ抵抗Rmをモータ回転角速度ωmの算出以外のために用いてもよい。
【0118】
・上記各実施形態では、EPSアクチュエータ20のモータ21としてのブラシ付きモータを備える電動パワーステアリング装置1に抵抗マップ更新処理を適用しているが、ブラシレスモータを備える電動パワーステアリング装置1にも抵抗マップ更新処理を適用することができる。
【0119】
・上記各実施形態では、コラム型の電動パワーステアリング装置1に本発明を適用したが、ピニオン型およびラックアシスト型の電動パワーステアリング装置1に対して本発明を適用することもできる。この場合にも、上記各実施形態に準じた構成を採用することにより、同実施形態の効果に準じた効果が得られる。
【符号の説明】
【0120】
1…電動パワーステアリング装置、2…ステアリングホイール、3…転舵輪、10…操舵角伝達機構(操舵系)、11…ステアリングシャフト、12…ラックアンドピニオン機構、13…ラック軸、14…タイロッド、20…EPSアクチュエータ、21…モータ、22…減速機構、30…電子制御装置、31…トルクセンサ、32…車速センサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置において、
前記モータの電流と前記モータの電圧とに基づいて前記モータの誘起電圧を推定誘起電圧として算出し、
前記推定誘起電圧が前記モータの電流の大きさに応じて設定される判定値以下のとき、前記モータの抵抗を更新する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記推定誘起電圧の時間変化量である誘起電圧変化量を算出し、
前記推定誘起電圧が前記判定値以下、かつ前記誘起電圧変化量が電圧基準値未満のとき、前記モータの抵抗を更新する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記モータの抵抗の時間変化量を抵抗変化量として算出し、
前記推定誘起電圧が前記判定値以下、かつ前記抵抗変化量が抵抗基準値未満のとき、前記モータの抵抗を更新する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記推定誘起電圧を外乱要素とみなす外乱オブザーバを用いて前記推定誘起電圧を算出する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
請求項4に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記判定値は、前記外乱オブザーバの最大演算誤差を含む
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記推定誘起電圧が前記判定値未満のとき、この推定誘起電圧に基づいて前記判定値を小さくする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−183991(P2012−183991A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227069(P2011−227069)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】