説明

電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡

【課題】
エネルギー損失量と測定位置情報の二軸で形成される電子エネルギー損失スペクトル像について、各測定位置間での電子エネルギー損失スペクトルの相違点を高効率かつ高精度に補正する透過型電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】
電子分光器を備えた電子顕微鏡の電子エネルギー損失スペクトル像の補正システムであって、基準スペクトル像に含まれる基準位置のスペクトル及び基準位置以外のスペクトルの相違点に基き、分析対象試料のエネルギー損失スペクトル像の各測定位置のスペクトルを補正することを特徴とする補正システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線の有するエネルギー量により電子線を分光する電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン半導体や磁気デバイス等の加工寸法が微細化し、高集積化するとともに、これまで以上にデバイス特性の劣化や信頼性の低下が重要な問題となっている。近年では、新規プロセスの開発や量産過程で、ナノメータ領域の半導体デバイスの不良を解析し、不良の原因を根本的に突き止め解決するために、(走査)透過型電子顕微鏡((Scanning)Transmission Electron Microscopy:(S)TEM)及び電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)を用いたスペクトル分析や、二次元元素分布分析が必須の分析手段となっている。
【0003】
電子エネルギー損失スペクトルは、試料を通過する際にエネルギーを損失しないゼロロススペクトル、価電子帯の電子を励起してエネルギーを損失することにより得られるプラズモンロススペクトル、内殻電子を励起してエネルギーを損失することにより得られる内殻電子励起損失スペクトルに大別できる。内殻電子励起損失(コアロス)スペクトルでは、吸収端近傍に微細構造が観察される。この構造は、吸収端微細構造(Energy Loss Near-Edge Structure:ELNES)と呼ばれ、試料の電子状態や化学結合状態を反映した情報を有している。また、エネルギー損失値(吸収端位置)は元素固有であるため、定性分析が可能である。また、ケミカルシフトと呼ばれるエネルギー損失値のシフトから注目元素の周辺の配位に関連する情報を得ることが出来るため、簡易的な状態分析が可能である。
【0004】
従来、試料上の複数箇所で電子エネルギー損失スペクトルを取得する場合は、小さく絞った電子線を走査コイルにより試料上を走査させる走査透過型電子顕微鏡と、電子線の有するエネルギー量により分光可能な電子分光器とを組み合わせることにより、試料を透過してきた電子線を分光させて、電子エネルギー損失スペクトルを連続的に取得していた。
【0005】
しかしながら、この手法の場合、装置周辺の外乱変化に伴う電子線の加速電圧のドリフトや磁場・電場変化により、電子エネルギー損失スペクトルの収差や原点位置が変化するため、各測定位置での電子エネルギー損失スペクトルの吸収端微細構造の形状やわずかなケミカルシフトを比較することは難しい。
【0006】
そこで、特開2000−113854号公報(特許文献1)では、短い時間での測定を複数のピクセルにより構成される二次元位置検出素子を用いて複数回行い、複数回行われた各測定における各ピクセルの検出値について、電子線のスペクトル強度が最大となるピクセルをそれぞれ検出し、各測定について電子線のスペクトル強度が最大となるピクセルをそれぞれ検出し、各測定について電子線のスペクトル強度が最大となるピクセル位置が一致するように二次元検出素子をシフトし、このときに位置が一致するピクセルを同じピクセルを同じエネルギー値についてのピクセルであると同定し、各測定における検出値を積算することにより長い時間での測定を可能にする試みが開示されている。
【0007】
また、特開2002−157973号公報(特許文献2)及び特開2003−151478号公報(特許文献3)では、電子線検出器でスペクトルのピークを検出し、そのピーク位置が電子線検出器上の基準位置からずれ量を検出し、電子線検出器上の電子線位置を制御する電子線位置制御装置を用いて、ずれ量を補正し、更にはスペクトルのピーク位置のずれ量の補正と、電子線検出器によるスペクトル測定とを制御しながら、電子エネルギー損失スペクトルを測定する試みが開示されている。
【0008】
しかし、上述の技術では、複数点の電子エネルギー損失スペクトルを同時に取得していないため、各場所で取得した電子エネルギー損失スペクトルを比較する場合、化学結合状態の違いを反映したケミカルシフトによるシフトかもしくは外乱によるシフトなのか判断が困難である。またずれ量の検出に用いられるスペクトルと、分析対象となるスペクトルが常に同時に取得出来るわけではなく、ピーク位置のずれ量の補正を完全に行うことは困難である。
【0009】
また、特開平10−302700号公報(特許文献4)では、通常の透過型電子顕微鏡では、x軸,y軸双方の焦点位置を同一面上にして透過型電子顕微鏡像を得るのに対し、x軸とy軸での焦点位置を異ならせることにより、x軸の焦点位置はスペクトル面、一方のy軸の焦点位置は、像面とすることが開示されている。
【0010】
その結果、試料のy軸方向での電子エネルギー損失スペクトルを分離して観察することができる。すなわち、スペクトル像は、図2(a)で示される透過型電子顕微鏡像で観察される各積層膜に対応して、帯状に観察される。画像検出器により得られる画像は、図2(b)に示されるようにx軸はエネルギー損失量、y軸は試料の位置情報を有するスペクトル像として観察することができる。よって、試料の異なる位置の電子エネルギー損失スペクトルを同時に観察することが可能であり、異なる位置での電子エネルギー損失スペクトルの吸収端微細構造やわずかなケミカルシフトを詳細に比較することが出来る。
【0011】
上述のように特許文献4に開示されるx軸がエネルギー損失量、y軸が試料の位置情報を有するスペクトル像は、電子分光器等のレンズ作用を変更し、x軸とy軸の焦点位置を異ならせ、画像検出器により得られる二次元画像である。従って、一試料について、異なるy軸位置の複数点の電子エネルギー損失スペクトルを同時に観察することが可能である。
【0012】
【特許文献1】特開2000−113854号公報
【特許文献2】特開2002−157973号公報
【特許文献3】特開2003−151478号公報
【特許文献4】特開平10−302700号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
分析対象の複数点から得られる電子エネルギー損失スペクトルより、化学結合状態の違いによるスペクトル微細構造や、ケミカルシフトを議論するためには、y軸方向の各測定位置において、ゼロロススペクトル像や、同じ組成の試料より得られる電子エネルギー損失スペクトル像など、同じスペクトルとなるべきスペクトルの形状やスペクトル位置等が一致していることが前提となる。
【0014】
従って、分析対象の電子エネルギー損失スペクトル像を取得する前には、y軸方向の各測定位置で、ゼロロススペクトル像や、同じ組成の試料より得られる電子エネルギー損失スペクトル像より得られるスペクトルのスペクトル形状やスペクトル位置等が同じになるように、電子分光器内に設置された複数個のレンズを用いて調整する。しかし、y軸方向の各測定位置がそれぞれ異なる場合に、ゼロロススペクトルや、同じ組成の試料より得られる電子エネルギー損失スペクトルのスペクトル形状やスペクトル位置等を、複数個のレンズ調整により完全に一致させることは難しい。また、複数のレンズ調整による補正は複雑で、調整に時間を要する。
【0015】
そこで本発明の目的は、電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡において、分析対象の複数の測定位置より得られる電子エネルギー損失スペクトル像の各スペクトルを高効率かつ高精度で補正する方法、システム及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決する本発明は、電子分光器を備え、エネルギー損失量と位置情報の二軸で形成されるスペクトル像が取得可能な透過型電子顕微鏡において、エネルギー損失量と位置情報の二軸で形成される基準スペクトル像内の基準位置と基準位置以外の各測定位置でのスペクトルの相違点に基づき、分析対象となる試料の電子エネルギー損失スペクトル像における各測定位置のスペクトルを高効率かつ高精度で補正する。
【0017】
このスペクトル補正方法では、基準スペクトル像は、ゼロロススペクトル像もしくは、一種の組成よりなる参照試料より得られる電子エネルギー損失スペクトル像とすることが好ましい。
【0018】
また、他の本発明は、電子線を試料に放射する電子銃と、前記電子銃から放射された電子線を収束させる収束レンズ群と、試料を透過した該電子線を結像させる結像レンズ群と、結像させた画像を検出する画像検出器と、前記画像検出器により検出された画像を表示する画像表示装置と、前記試料の観察範囲を選択する視野制限スリットと、前記試料を透過した電子線の有するエネルギー量により該電子線を分光する電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡にある。該電子顕微鏡はスペクトル像内の各測定位置より得られるスペクトルを補正するスペクトル補正システムと補正後のスペクトルを記憶するデータ記憶装置を有する。スペクトル補正システムは、基準スペクトル像を用い、基準スペクトル像内の基準位置のスペクトルと基準位置以外の各測定位置より得られるスペクトルの相違点を算出し、前記相違点に基づき、分析対象試料の電子エネルギー損失スペクトル像を補正するシステムである。電子分光器は、エネルギー分散方向およびエネルギー分散方向と直交する方向とで収束位置を異ならせたスペクトル像を出力する電子分光器とする。
【0019】
基準スペクトル像としては、ゼロロススペクトル像や、一種の組成よりなる参照試料を用いて得られる電子エネルギー損失スペクトル像を使用できる。一種の組成よりなる参照試料としては、シリコンや、ニッケルなどの一元素よりなる試料のみならず、SiN,SiOなどの二元素以上よりなる組成の試料を用いることができる。基準スペクトル像内の基準位置を測定者が任意に設定することとしてもよい。前記透過型電子顕微鏡には、基準位置を任意に設定可能なスペクトル選択領域ツールを設けることができる。
【0020】
補正システムを使用するか否かは、測定者が適宜判断することができる。透過型電子顕微鏡に、前記スペクトル補正システムを用いた前記スペクトルの相違点の補正を開始するスペクトル相違点計算ボタンを設けてもよい。また、前記基準スペクトルの相違点の算出、電子エネルギー損失スペクトルの補正を別々に開始させるため、それぞれの計算ボタンを設けてもよい。
【0021】
本発明のエネルギー損失量と位置情報の二軸で形成されるスペクトル像の補正方法は、基準スペクトル像を取得し、分析対象の試料のスペクトル像を取得し、基準スペクトル像内の基準位置と基準位置以外の各測定位置におけるスペクトルの相違点に基づき、分析対象のスペクトル像の各測定位置より得られるスペクトルの補正を行うことにある。基準スペクトル像としては、分析対象の試料や任意の参照試料のゼロロススペクトル、一種の組成よりなる参照試料より得られる電子エネルギー損失スペクトル像等を使用する。
【0022】
また、本発明の透過型電子顕微鏡は、エネルギー損失量と位置情報の二軸で形成されるスペクトル像を取得可能な電子分光器を備え、上記補正方法を実行するためのスペクトル補正システムを有する。
【0023】
本発明は、ゼロロススペクトル像や一種の組成よりなる参照試料より得られる電子エネルギー損失スペクトル像などの基準スペクトル像と、分析対象の電子エネルギー損失スペクトル像とを取得し、基準スペクトル像内の任意の基準位置と他の測定位置のスペクトルの相違点に基づき、分析対象の電子エネルギー損失スペクトル像を補正することを特徴とする。電子エネルギー損失スペクトル像は、エネルギー損失量と位置情報の二つのパラメータよりなる二次元像である。上記本発明の電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡によれば、分析対象のスペクトル像内の各測定位置の相違点を、基準スペクトル像から得られる各測定位置でのスペクトルの相違点に基づき、効率よく高精度に補正可能である。また、上記の補正システムによれば、透過型電子顕微鏡で得られるスペクトル像内の各測定位置から得られるスペクトルの相違点の補正を高効率・高精度に行うことが出来る。
【発明の効果】
【0024】
本発明の透過型電子顕微鏡,スペクトル補正方法及びシステムによれば、エネルギー損失量と測定位置情報の二軸で形成される電子エネルギー損失スペクトル像を高効率かつ高精度に補正出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、上述の本発明の詳細を説明する。本発明では、まず、基準スペクトル像(ゼロロススペクトル像、一種の組成よりなる参照試料の電子エネルギー損失スペクトル像など)を取得する。複数の成分の層構造など、組成の異なる部分が存在する試料であっても、y軸上の異なる位置より得られるゼロロススペクトルは、本来エネルギー分散軸方向の所定のエネルギー位置、同様の半値幅となる。また、一種の組成よりなる参照試料の電子エネルギー損失スペクトルは、同じスペクトルを観察すれば、本来エネルギー分散軸方向の所定のエネルギー位置、同様のスペクトル形状となる。しかし、この段階の基準スペクトル像は位置ごとに異なる収差が適用されており、一種の組成の試料であっても位置ごとに異なるエネルギー損失量で表示されたり、異なるピーク半値幅で表示される。基準スペクトル像より、各位置情報に応じてどのように補正するかの補正情報を算出する。
【0026】
また、分析対象となる試料の電子エネルギー損失スペクトル像を取得する。取得した電子エネルギー損失スペクトル像は、精密なスペクトルの調整をせずに取得されているため、位置ごとに収差(歪や半値幅)の違いがあるスペクトル像となっている。この取得した電子エネルギー損失スペクトル像の収差を補正すべく、取得後に補正処理を行う。例えばゼロロススペクトルを基準スペクトルとして用い、ゼロロススペクトルのピーク位置、形状をもとに、スペクトル像全範囲を補正する。なお、測定前にゼロロススペクトルの調整を行えば、さらに電子顕微鏡の解析精度を向上させ得る。収差を補正するための基準スペクトルとしては、ゼロロススペクトルを使用する以外には、位置情報の異なる同じ化合物のスペクトルを用いることができる。
【0027】
電子エネルギー損失スペクトルの補正は、分析対象試料の電子エネルギー損失スペクトル像の取得前,取得後のいずれに行ってもよい。また、測定者が任意のタイミングを指定できるよう、電子顕微鏡にはスペクトルの補正開始ボタンを設けることが好ましい。
【0028】
また、基準スペクトル像より補正情報を算出するための基準位置は、測定者が任意に選択できる。電子顕微鏡画像や電子エネルギー損失スペクトル像などを見ながら、操作者が基準スペクトル像内の任意の領域を基準位置として指定することができるよう、電子顕微鏡にスペクトル領域選択ツールを設けることが好ましい。
【0029】
本発明によれば、事前にスペクトル補正システムに記憶された補正情報を用いて電子エネルギー損失スペクトル像を補正することが可能であり、さらに測定効率を向上させることができる。なお、経時的要因、測定条件の変化等が想定されるため、電子エネルギー損失スペクトル像の測定ごとに基準スペクトル像を測定することが高精度の測定にはより望ましい。
【0030】
基準スペクトルを像より算出された補正情報を使用して分析対象試料の電子エネルギー損失スペクトル像を補正するため、測定前の精密な調整をせず、基準スペクトル像、対象試料の電子エネルギー損失スペクトル像を取得することができる。このような電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法によれば、測定前の精密なゼロロススペクトルの調整や、レンズ調整が不要となるため、測定が容易であり、また時間がかからない。
【実施例】
【0031】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符合を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0032】
図1は、本発明による一実施の形態である電子分光器を付随した透過型電子顕微鏡の一例を示す概略構成図である。
【0033】
本実施の形態の電子分光器付き透過型電子顕微鏡は、透過型電子顕微鏡1,電子分光器8,画像表示装置14,中央制御装置16,スペクトル補正システム15などから構成される。透過型電子顕微鏡1には、電子線3を放出する電子源2,収束レンズ4,対物レンズ6,結像レンズ系7,蛍光板9などが設けられ、収束レンズ4と対物レンズ6との間に試料5が配置される。電子分光器8には、磁場セクタ10,多重極子レンズ11,12,画像検出器13などが設けられている。
【0034】
なお、透過型電子顕微鏡1の構成,電子分光器8の構成については、これに限定されるものではない。例えば、電子分光器8が、透過型電子顕微鏡1内に配置されていてもよい。
【0035】
この電子分光器付き透過型電子顕微鏡において、電子源2より放出された電子線3は、収束レンズ4を通過し、試料5に照射される。試料5を透過した電子線3は、対物レンズ6、複数個からなる結像レンズ系7を通過し、蛍光板9を開けている場合は、そのまま電子分光器8に進入する。進入した電子線3は、電子分光器内8の電子エネルギー損失スペクトルや透過型電子顕微鏡像のフォーカス,拡大・縮小,収差低減等に用いられる多重極子レンズ11,12や、電子線3の有するエネルギー量により分光可能な磁場セクタ10を通過した後、透過型電子顕微鏡像,二次元元素分布像,スペクトル像等として、画像検出器13により撮影された後、画像表示装置14に表示される。また、磁場セクタ10や多重極子レンズ11,12は、中央制御装置16において制御される。また、中央制御装置16では、透過型電子顕微鏡像,二次元元素分布像,スペクトル像等の取得モードの切り替えを制御することが出来る。さらには、x軸及びy軸の焦点位置の変更、すなわち透過型電子顕微鏡像とスペクトル像の取得モードの切り替えも制御することが出来る。
【0036】
スペクトル像を取得する場合は、スペクトルを取得したい場所を制限するためにx軸方向すなわちエネルギー分散方向に短く、y軸方向すなわち試料測定位置方向には長い視野制限スリット17が挿入される。図1のスリット17では、図1の紙面に対し法線方向がy軸、紙面に対し左右方向がx軸である。また、図1のようにスリット17を透過した電子線をy軸と垂直方向にエネルギー分散した場合、画像検出器13では、図1の紙面に対し法線方向がy軸、紙面に対し上下方向がエネルギー分散軸となる。
【0037】
試料5から分析対象のスペクトル像を取得する前に、基準スペクトル像であるゼロロススペクトル像もしくは同一試料より得られた電子エネルギー損失スペクトル像から、基準位置のスペクトルと基準位置以外の各測定位置より得られるスペクトルとの相違点がスペクトル補正システム15により算出され記憶される。その後、試料5内の分析対象のスペクトル像が、画像検出器13により取得され、スペクトル補正システム15に記憶された相違点に基づいて分析対象から得られたスペクトル像が補正された後、データ記憶装置18に記憶される。
【0038】
図3は、スペクトル補正システム15を用いて、スペクトル像から得られた各測定位置のスペクトルの相違点を補正する手順を示したフローチャートである。基準スペクトル像として各測定位置のスペクトルの補正には、試料を通過する際にエネルギーを損失しないゼロロススペクトル像や、位置方向に組成が明確で均一であるシリコン基板のような参照試料の電子エネルギー損失スペクトル像を用いて行う。
【0039】
まず、電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡により取得される電子分光器8のエネルギー損失量と位置情報の軸が直交する二軸で形成されるスペクトル像において、スペクトル補正に用いられる基準スペクトル像を画像検出器13により取得し、スペクトル補正システム15に記憶する(S101−S102)。このステップにおいて取得される基準スペクトル像は、試料を通過する際にエネルギーを損失しないで得られるゼロロススペクトル像でも試料が無い箇所をそのまま通過して得られるゼロロススペクトル像のどちらでもよい。また、位置方向の領域に一種の組成で構成される参照試料から得られる電子エネルギー損失スペクトル像でも良い。
【0040】
本ステップで取得する基準スペクトル像は、ゼロロススペクトル像もしくは電子エネルギー損失スペクトル像のどちらか一方で良く、両者を取得する必要は無い。
【0041】
次に、記憶された基準スペクトル像の位置方向の基準位置におけるスペクトルを抽出する。また、基準位置以外の各測定位置のスペクトルについても基準位置のスペクトルと同様に抽出する(S103,104)。
【0042】
各測定位置のスペクトルを抽出後、基準位置のスペクトルとスペクトル形状,スペクトル位置等を比較し、基準位置のスペクトルとの相違点を算出し、スペクトル補正システム15に記憶する(S105)。
【0043】
このステップにおいて、基準位置の設定は任意であり、どの場所を基準位置に設定しても構わない。また、基準スペクトル像内の基準位置から抽出されたスペクトル以外の、すでに取得済みの基準スペクトルに対して、各測定位置のスペクトルの相違点を算出し、記憶してもよい。
【0044】
基準スペクトル像を取得後、分析対象箇所に試料5を移動後、測定したいエネルギー領域のスペクトル像を画像検出器13により取得する。その後、取得したスペクトル像より各測定位置のスペクトルを抽出する(S106,107)。
【0045】
分析対象より得られた各測定位置のスペクトルについて、スペクトル補正システム15に記憶された各測定位置の相違点に基づいて補正され、分析対象より得られた各測定位置の補正後のスペクトルをデータ記憶装置18に記憶する(S108,109)。
【0046】
上記のスペクトル像の補正手順を示したフローチャートでは、基準スペクトル像の基準位置と基準位置以外の各測定位置との相違点を算出し、記憶させた後、分析対象のスペクトル像を取得し、各測定位置の相違点に基づいて補正したが、基準スペクトル像を取得した後、すぐに分析対象のスペクトル像を取得し、その後相違点の算出,分析対象のスペクトル像の補正といった手順でも問題はない。
【0047】
なお、本スペクトル補正手順における基準スペクトル像の取得は、所望の分析対象のスペクトル像を取得する直前が望ましいが、基準スペクトル像に大きな変動が無い場合は、測定毎,試料毎に毎回取得する必要は無い。
【0048】
次に操作者が行う操作及び電子分光器を備えた電子顕微鏡の操作指示画面について説明する。図4は、画像表示装置14内の表示内容の一例を示した図である。選択ボタン群21中には、スペクトル取り込み開始ボタン27,スペクトル取り込み終了ボタン、スペクトルの取り込み時間の変更ボタン,スペクトル相違点計算ボタン22,スペクトル補正ボタン23等が含まれている。例えば、選択ボタン群21中のスペクトル開始ボタン27を選択すると、画像検出器13により取得されたゼロロススペクトル像24が画像表示装置14内に表示される。この場合、ゼロロススペクトル像だけでなく電子エネルギー損失スペクトル像の場合もある。
【0049】
選択ボタン群21中のスペクトル相違点計算ボタン22を選択すると、ゼロロススペクトル像24中にスペクトル選択領域ツール25が表示されると同時にスペクトル選択領域ツール25により抽出されたスペクトル29,パラメータ入力図28が表示される。このスペクトル選択領域ツール25は、位置方向に自由に動かすことが可能で、また抽出領域の幅も可変できるため、任意の基準位置のスペクトルを設定することが出来る。
【0050】
上述した各機能のボタンは、画像表示装置14内において、適宜移動,配置することが出来る。また、各機能のボタンは、ツールバーとしてもよい。また、画像表示装置14内に表示されたスペクトル像24,スペクトル29,パラメータ入力図28等においても、自由に配置することができる。
【0051】
また、パラメータ入力図28内には、基準となるスペクトル位置の設定確認,別の標準スペクトルの入力,各測定位置の抽出スペクトルの領域、更にはスペクトルの相違点を算出する領域を設定することが出来る。また、各測定位置のスペクトルの相違点を算出するために設定される領域は、スペクトル29に表示される相違点計算領域ツール26を用いて、設定することも可能である。
【0052】
全ての設定が終了後、パラメータ入力図28内の設定確認ボタンを選択すると、基準位置のスペクトルと比較して、各測定位置のスペクトルの相違点を自動的に算出し、算出された相違点がスペクトル補正システム15に記憶される。
【0053】
ここで、基準位置のスペクトルと各測定位置との相違点の算出方法について、スペクトル位置,スペクトル半値幅,スペクトル形状を例として示す。
【0054】
スペクトル選択領域ツール25により設定された基準位置より得られたゼロロススペクトルと各測定位置ゼロロススペクトルのスペクトル位置の相違点算出は、一番簡易的な方法として、各スペクトルの最大ピーク強度及びその最大ピークのエネルギー値を算出することが出来る。そして、基準位置より得られたゼロロススペクトル各測定位置から得られたゼロロススペクトルの最大ピークにおけるエネルギー値の差をスペクトル位置の相違点として算出する。
【0055】
次に、基準位置と各測定位置との半値幅の相違点の算出は、以下の通りである。1)基準位置のゼロロススペクトルにおいて、最大ピーク強度の半値(半分の強度)を算出する。2)最大ピーク強度の半値近傍のエネルギー値について、最大ピークのエネルギー値の左右両側より算出する。3)最大ピークのエネルギー値より右側より得られたエネルギー値から左側より得られたエネルギー値を減算することにより、半値幅を算出する。4)上記手法を用いて、各測定位置においても半値幅を算出する。5)基準位置と各測定位置との半値幅の相違点を順次算出していく。本手順は、ゼロロススペクトルにおける半値幅の相違点の算出方法を示した一例であり、特に算出方法については、これに限るものではない。
【0056】
スペクトル形状の相違点の算出については、以下の通りである。1)基準位置のゼロロススペクトルの最大ピーク強度を求める。2)最大ピーク強度を数等分し、等分された各強度近傍におけるエネルギー値を最大ピークの左右両側で算出する。3)各強度において、最大ピークのエネルギー値の右側から得られたエネルギー値と最大ピークのエネルギー値の差及び最大ピークのエネルギー値と最大ピークの左側から得られたエネルギー値との差を算出する。6)基準位置のゼロロススペクトルと同様に各測定位置のゼロロススペクトルにおいても算出し、基準位置との相違点を順次算出する。
【0057】
上記スペクトルの形状の相違点算出手順において、最大ピーク強度を数等分したが、等分する数値は大きい程、スペクトル形状の相違点は高精度に算出することが可能である。また、本手順は、ゼロロススペクトルにおけるスペクトル形状の相違点の算出方法を示した一例であり、特にこれに限るものではない。
【0058】
上述のスペクトルの各相違点に関する算出方法は、簡易的ではあるが、画像内における一画素以下のスペクトルの相違点を算出することが困難である。そこで、更に詳細なスペクトルの相違点を算出する場合は、カーブフィッティング法を用いてもよい。このカーブフィッティング法に用いられる関数としては、ガウス関数,ローレンツ関数、更には非対称性を考慮した擬フォークト関数等が挙げられるが、これに限るものではない。
【0059】
上記の通り、基準位置と各測定位置でのスペクトルの相違点を算出後、次に分析対象に試料5を移動した後、スペクトル取り込み開始ボタン27を選択すると、測定したいエネルギー領域のスペクトル像を取得し、画像表示装置14に表示される。表示後、選択ボタン群21内のスペクトル補正ボタン23を選択すると、スペクトル補正システム15に記憶されているスペクトルの相違点に基づいてスペクトル補正を実施し、データ記憶装置18に記憶される。補正後のスペクトル像もしくはスペクトルは、画像表示装置14上にすぐに表示してもよいし、必要が無ければ表示しなくてもよい。前述の通り、基準位置と各測定位置の相違点を算出前に分析対象箇所に試料5を移動し、測定したいエネルギー領域のスペクトル像を取得してもよい。
【0060】
次に、上述したスペクトル像のスペクトル補正の具体例を示す。本具体例では、電子分光器8を付随した透過型電子顕微鏡1を用いて実施し、本発明のスペクトル補正システム15を用いて、スペクトルのスペクトル位置を補正した。
【0061】
スペクトル像取得時の透過型電子顕微鏡1の加速電圧を197kV、電子線3の取り込み角を4.4mrad、エネルギー分散を0.05eV/画素とした。スペクトル像の取得に用いた画像検出器13は、1024画素×1024画素の二次元検出器である。また、透過型電子顕微鏡における表示上の観察倍率は、10000倍とした。
【0062】
上述における透過型電子顕微鏡の観察倍率の場合、画像検出器13により得られたスペクトル像の画像分解能は、0.2nm/画素であった。
【0063】
そこで、まず電子線3の通路外に試料5を移動し、電子分光器8内に設けられた多重極子レンズ11,12により、画像検出器13により検出し、画像表示装置14に表示されるゼロロススペクトル像を参考にしながら、多重極子レンズ11,12が最適条件となるように調整した。その後、スペクトル取り込み開始ボタン27を選択し、画像検出13により基準ゼロロススペクトル像24を取得した。ゼロロススペクトル像24の位置方向の長さは、600画素である。そこで、基準位置をゼロロススペクトル像24の位置方向における中心(300画素)とし、基準位置のゼロロススペクトル29を抽出した。また、各測定位置でのゼロロススペクトル29についても抽出した。抽出したスペクトルの位置は、基準位置より50画素と100画素分上部(画像分解能より計算される実際の距離は、10nm及び20nm)である。
【0064】
次に、スペクトル相違点計算ボタン22を選択し、基準位置と各測定場所とのスペクトルの相違点を算出した。本実施例において、基準位置のゼロロススペクトルと各測定位置のゼロロススペクトルとの相違点の算出には、カーブフィッティング法を用いた。用いた関数は、擬フォークト関数である。カーブフィッティング法により、基準位置のゼロロススペクトルと各測定位置のゼロロススペクトルの相違点を算出した結果、基準位置より50画素と100画素分上部で測定されたゼロロススペクトルは、スペクトルの形状、スペクトルの半値幅はずれていないものの、スペクトルの位置がずれていた。基準位置でのスペクトルとのスペクトル位置の相違点は、それぞれ0.5eV及び−0.3eVであった。
【0065】
次に、所望の分析箇所に試料5を移動後、スペクトル取り込み開始ボタン27を選択し、電子エネルギー損失スペクトル像を取得した。分析に用いた試料の模式図を図5に示す。試料5は、基板41の上に多層膜を積層させたものを分析した。基板41はシリコンであり、基板上の多層膜42は、順に酸化シリコン(10nm),窒化シリコン(10nm),酸化シリコン(10nm)である。また、測定した電子エネルギー損失スペクトル像は、シリコンのL殻吸収端近傍である。
【0066】
電子エネルギー損失スペクトル像の取得において、基板41が電子エネルギー損失スペクトル像の位置方向の中心すなわち基準位置となるように取得した結果、基準位置より50画素上部は酸化シリコン部、また100画素上部は窒化シリコン部からの電子エネルギー損失スペクトルを取得した。
【0067】
そこで、スペクトル補正ボタン23を選択し、各測定位置のスペクトルの相違点を補正した。また、基準位置と同じ箇所から得られた電子エネルギー損失スペクトルは、シリコンより得られたので、シリコンから得られた電子エネルギー損失スペクトルの立ち上がり位置を光電子分光法により得られたピーク位置で絶対値を補正し、各場所のケミカルシフト量を算出した結果、各測定位置から得られた立ち上がり位置は、光電子分光法により得られた結果と一致した。
【0068】
本実施例においては、電子分光器内の多重極子レンズ11,12を最適条件に調整後、スペクトル像を取得したが、調整しない場合においても、同様のスペクトル補正をすることは可能である。
【0069】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】電子分光器付き透過型電子顕微鏡の一例を示す概略構成図。
【図2】透過型電子顕微鏡像ならびにスペクトル像。
【図3】電子分光器付き透過型電子顕微鏡において、スペクトル像の各測定位置の相違点の補正手順を示したフローチャート。
【図4】電子分光器付き透過型電子顕微鏡において、画像表示装置内の一例を示した図。
【図5】分析に用いた試料の概略図。
【符号の説明】
【0071】
1 透過型電子顕微鏡
2 電子源
3 電子線
4 収束レンズ
5 試料
6 対物レンズ
7 結像レンズ系
8 電子分光器
9 蛍光板
10 磁場セクタ
11,12 多重極子レンズ
13 画像検出器
14 画像表示装置
15 スペクトル補正システム
16 中央制御装置
17 視野制限スリット
18 データ記憶装置
21 選択ボタン群
22 スペクトル相違点計算ボタン
23 スペクトル補正ボタン
24 スペクトル像
25 スペクトル選択領域ツール
26 相違点計算領域ツール
27 スペクトル取り込み開始ボタン
28 パラメータ入力図
29 スペクトル
41 基板
42 多層膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子分光器を備えた透過型電子顕微鏡の電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法であって、
エネルギー損失量の軸と位置情報の軸で形成される二次元の基準スペクトル像を取得し、
前記基準スペクトル像内の基準位置のスペクトルと、基準位置と位置情報の異なる測定位置のスペクトルを比較し、前記スペクトル間の相違点に基づき補正情報を算出し、
分析対象の試料の電子エネルギー損失スペクトル像を取得し、
前記分析対象の試料の電子エネルギー損失スペクトル像の各位置情報ごとのスペクトルを前記各位置情報ごとに算出された補正情報に応じて補正することを特徴とする電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法において、
前記基準スペクトル像は、ゼロロススペクトル像、または一種の組成よりなる参照試料より得られた電子エネルギー損失スペクトル像の少なくともいずれかであることを特徴とする電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法。
【請求項3】
請求項1に記載の電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法において、
前記算出された補正情報を記憶装置に記憶させ、
前記記憶された補正情報に応じて電子エネルギー損失スペクトル像の各位置情報ごとのスペクトルを補正することを特徴とする電子エネルギー損失スペクトル像の補正方法。
【請求項4】
少なくとも試料上の二領域の電子エネルギー損失スペクトルをそれぞれ補正する方法であって、
前記二の領域のそれぞれのゼロロススペクトル、または、前記二の領域で同じ組成を有する参照試料の電子エネルギー損失スペクトルを基準スペクトルとして取得し、
前記取得された二の基準スペクトルを比較して各領域のスペクトルを補正する補正情報を算出し、
分析対象試料について、前記二の領域のうちの少なくともいずれかの領域の電子エネルギー損失スペクトルを取得し、
前記各領域の補正情報に基き前記分析対象試料の電子エネルギー損失スペクトルを補正することを特徴とする電子エネルギー損失スペクトル補正方法。
【請求項5】
電子線を放射する電子銃と、前記電子銃から放射された電子線を収束させる収束レンズ群と、試料を透過した電子線を結像させる結像レンズ群と、結像させた画像を検出する画像検出器と、前記画像検出器により検出された画像を表示する画像表示装置と、前記試料の観察範囲を選択する視野制限スリットと、前記試料を透過した電子線を該電子線の有するエネルギー量により分光する電子分光器と、を備えた透過型電子顕微鏡において、
該電子分光器は、エネルギー分散方向およびエネルギー分散方向と直交する方向とで収束位置を異ならせたスペクトル像を出力する電子分光器であり、
前記透過型電子顕微鏡は、スペクトル補正システムと、補正されたスペクトルを記憶するデータ記憶装置とを有し、
前記スペクトル補正システムは、前記透過型電子顕微鏡で取得した基準スペクトル像内の基準位置のスペクトルと基準位置以外の各測定位置より得られるスペクトルの相違点を算出し、前記算出された相違点に基き前記透過型電子顕微鏡で取得した分析対象試料のスペクトル像の各測定位置より得られるスペクトルを補正することを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項5に記載の透過型電子顕微鏡において、
前記基準スペクトル像は、ゼロロススペクトル像または一種の組成よりなる参照試料より得られた電子エネルギー損失スペクトル像であることを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項5に記載された透過型電子顕微鏡であって、
前記透過型電子顕微鏡は、前記スペクトル補正システムによる分析対象試料のスペクトルの補正を開始するスペクトル相違点計算ボタンを有することを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項5に記載された透過型電子顕微鏡であって、
前記基準スペクトル像内の基準位置を任意に設定可能なスペクトル領域選択ツールを有することを特徴とする透過型電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−244001(P2009−244001A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89193(P2008−89193)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】