説明

高スパッタ率を有する軟磁性膜作製用スパッタリングターゲット材

【課題】 垂直磁気記録媒体の軟磁性層として用いられる、アモルファス薄膜を作製するための、高PTF値を示すスパッタリングターゲット材とこれに使用する低飽和磁束密度原料粉末を提供する。
【解決手段】 Fe,Ni,Zrを含む軟磁性薄膜を製造するための、粉末を固化成形したスパッタリングターゲット材おいて、原料粉末としてat%で、Co:≦6%、Zr:1〜20%に、Hf:≦20%、Nb:≦20%、Ta:≦20%を含有し、残部がFe,Niおよび不可避的不純物からなり、かつ、下記式を満たす原料粉末およびこれを形成したことを特徴とするスパッタリングターゲット材。(ただし、Co、Hf,Nb,Taは0%を含む)
0.25≦[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)≦0.35 … (1)
Zr+Hf+Nb+Ta≦20% … (2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録媒体における軟磁性層膜として用いる(Co,Fe,Ni)(Zr,Hf,Nb,Ta,B)系合金薄膜を作製するための、高PTFスパッタリングターゲット材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気記録技術の進歩は著しく、ドライブの大容量化のために、磁気記録媒体の高記録密度化が進められており、従来普及していた面内磁気記録媒体より更に高記録密度が実現できる、垂直磁気記録方式が実用化されている。垂直磁気記録方式とは、磁気記録媒体の磁性膜中の媒体面に対して磁化容易軸が垂直方向に配向するように形成したものであり、高記録密度に適した方法である。そして、垂直磁気記録方式においては、記録感度を高めた磁気記録膜層と軟磁性膜層とを有する2層記録媒体が開発されている。この磁気記録膜層には一般的にCoCrPt−SiO2 系合金が用いられている。
【0003】
一方、軟磁性膜層には(Co,Fe,Ni)(Zr,Hf,Nb,Ta,B)系合金などが各種提案されている。この垂直磁気記録媒体の軟磁性膜層には高い飽和磁束密度、高い非晶質性が求められる。このような軟磁性層を成膜するためのスパッタリングターゲット材は高飽和磁束密度となってしまい、結果的にマグネトロンスパッタ時の成膜速度や成膜工程の安定性を左右する、PTF値が低くなってしまう課題がある。
【0004】
この課題に対し、例えば特開2007−59424号公報(特許文献1)に開示されているように、スパッタリングターゲット材中の結晶相のうちの少なくとも1種類の結晶相がFeNi系合金からなり、このFeNi系合金がFeの含有量が60at%以上80at%以下、Niの含有量が20at%以上40at%以下を含むことによりPTF改善を図っている。これは、上記範囲のFe,Ni量を含む合金の飽和磁束密度が低いため、この粉末を原料としたスパッタリングターゲット材のPTF値が改善されるものと考えられる。なお、PTF値とは、スパッタリング時にスパッタリングターゲット材の裏に配置された永久磁石からの磁束が、スパッタリングターゲット材の表面に漏洩する割合で、ASTM F1761−00に示されている。
【0005】
しかしながら、現在、主に垂直磁気記録媒体に使用される軟磁性合金は、アモルファス化を促進するためにZr,Hf,Nb,Taなどの元素が合計10%程度添加されている。したがって、この膜を作製するためのスパッタリングターゲット材もこれらの元素を含み、原料粉末の飽和磁束密度は、特許文献1のように単純にFeとNi量のみでは決まらず、Zr,Hf,Nb,Ta量にも左右されてしまうという問題がある。
【特許文献1】特開2007−59424号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進め、垂直磁気記録媒体の軟磁性層として用いられる、アモルファス薄膜を作製するためのスパッタリングターゲット材として、高PTFを実現するために、Fe,Ni量とZr,Hf,Nb,Ta量を詳細に検討した結果、特許文献1のようなFe,Ni量のみでなく、Zr,Hf,Nb,Ta量も考慮することで、より低い飽和磁束密度を有する粉末を見出し、これにより高いPTF値を有するスパッタリングターゲット材が得られることを見出し発明に至った。
【0007】
その発明の要旨とするところは、
(1)Fe、Ni、Zrを含む軟磁性薄膜を製造するための、粉末を固化成形したスパッタリングターゲット材おいて、原料粉末としてat%で、Co:≦6%、Zr:1〜20%に、Hf:≦20%、Nb:≦20%、Ta:≦20%を含有し、残部がFe,Niおよび不可避的不純物からなり、かつ、下記式を満たす原料粉末およびこれを成形したことを特徴とするスパッタリングターゲット材。(ただし、Co、Hf、Nb、Taは0%を含む)
0.25≦[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)≦0.35 … (1)
Zr+Hf+Nb+Ta≦20% … (2)
(2)B:≦10%、Al:≦5%、Cr:≦5%(いずれも0%を含む)含むことを特徴とする、前記(1)に記載の原料粉末およびこれを成形したスパッタリングターゲット材にある。
【発明の効果】
【0008】
以上述べたように、本発明により、垂直磁気記録媒体の軟磁性層として用いられる、アモルファス薄膜を作製するための、高PTF値を示すスパッタリングターゲット材とこれに使用する低飽和磁束密度原料粉末を提供できる優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明に係る各組成の条件と作用は以下の通りです。
Co:≦6%、Zr:1〜20%
Co:≦6%とした理由は、Coを6%超えて添加すると、飽和磁束密度が大幅に上昇してしまうことから6%を上限とした。好ましくは、Co:3%とする。また、Zrは、本発明における原料粉末中で、Fe,Niと網状の金属間化合物を生成し、飽和磁束密度を低下させる。しかし、1%未満ではこの効果が十分に得られない。また、垂直磁気記録媒体として用いられている軟磁性膜合金における磁気特性を保持する最大値であることから、その上限を20%とした。したがって、その範囲を1〜20%とした。
【0010】
Hf:≦20%、Nb:≦20%、Ta:≦20%
Hf:≦20%、Nb:≦20%、Ta:≦20%とした理由は、垂直磁気記録媒体として用いられている軟磁性膜合金における磁気特性を保持する最大値であることから、その上限を20%とした。
【0011】
0.25≦[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)≦0.35
この条件は本発明において最も重要な条件であるが、[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)が0.25未満、または0.35を超えると、十分に低い飽和磁束密度を有する粉末が得られない。したがって、その範囲を0.25〜0.35とした。好ましくは、0.28≦[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)≦0.32とする。
【0012】
特許文献1によると、Ni%/(Fe%+Ni%)が0.3前後においてPTF値が改善されると考えられるが、これはFe−30%Ni合金が低飽和磁束密度であるという特性に由来している。一方、Fe−Ni系合金にZr,Hf,Nb,Taを添加すると、Fe,Niと反応し金属間化合物を生成し、合金全体としては金属間化合物と、Fe−Ni系磁性相からなる。この金属間化合物のFe/Ni濃度比が粉末全体のFe/Ni濃度比と一致しないため、逆に、残されたFe−Niからなる磁性相のFe/Ni濃度比も粉末全体のFe/Ni濃度比からズレを生じる。このズレに関して、発明者らは、後の実施例に示すとおり、粉末全体のZr+Hf+Nb+Ta量によって補正が可能であることを見出した。
【0013】
上記補正における係数は本条件における−0.011であるが、後に示す実施例から最小二乗法により導出されたものである。したがって、この補正をかけた、[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)が0.25以上、0.35以下であれば、十分に低い飽和磁束密度を示す粉末が得られる。また、Zr+Hf+Nb+Ta≦20%とした理由は、垂直磁気記録媒体として用いられている軟磁性膜合金にける磁気特性を保持する最大値であることから、その上限を20%とした。好ましくは、15%とする。
【0014】
B:≦10%、Al:≦5%、Cr:≦5%(いずれも0%を含む)
B:≦10%、Al:≦5%、Cr:≦5%とした理由は、垂直磁気記録媒体として用いられている軟磁性膜合金における磁気特性を保持する最大値であることから、その上限をBは10%、Al,Crは5%とした。
【実施例】
【0015】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1に示す組成を有する供試粉末をガスアトマイズ法にて作製し、500μm以下に分級した後、アルゴン雰囲気下において1000℃で2時間の熱処理を行い、飽和磁束密度を測定した。また、この粉末を樹脂埋めし、EDXにてFe−Ni磁性相を微小領域分析した。1000℃での熱処理は、実際のスパッタリングターゲット材の作製工程における固化成形温度を模擬したものである。なお、表1は、ガスアトマイズ粉末の成分(at%)、EDXによるFe−Ni磁性相の成分および飽和磁束密度(T)である。
【0016】
【表1】

表1に示すように、No.1〜10は本発明例であり、No.11〜16は比較例である。
【0017】
表1のように、粉末全体のNi/(Fe+Ni)とFe−Ni磁性相のNi/(Fe+Ni)にはズレが生じていることが分かる。このズレは粉末全体のZr+Hf+Nb+Ta量と相関がある。この関係を最小二乗法をもとに数式で表すと次式になる。
[粉末全体のNi/(Fe+Ni)]−[Fe−Ni磁性相のNi/(Fe+Ni)]=0.011×(Zr+Hf+Nb+Ta) ただし、原点を固定
この右辺の係数である0.011が請求項1における条件式の係数である。(左辺は、粉末全体のNi/(Fe+Ni)とFe−Ni磁性相のNi/(Fe+Ni)のズレである。)
比較例No.11は、[粉末全体のNi/(Fe+Ni)]−0.011×(Zr+Hf+Nb+Ta)の値が0.25未満のために、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末が得られない。比較例No.12は、[粉末全体のNi/(Fe+Ni)]−0.011×(Zr+Hf+Nb+Ta)の値が0.35を超えるために、比較例No.11と同様に、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末が得られない。
【0018】
比較例No.13は、Zr含有量が0のために、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末が得られない。比較例No.14は、Co含有量が6%を超えるために、比較例No.13と同様に、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末が得られない。比較例No.15は、比較例No.11と同様に、[粉末全体のNi/(Fe+Ni)]−0.011×(Zr+Hf+Nb+Ta)の値が0.25未満のために、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末が得られない。
【0019】
比較例No.16は、[粉末全体のNi/(Fe+Ni)]−0.011×(Zr+Hf+Nb+Ta)の値が0.35を超えるために、比較例No.12と同様に、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末が得られない。これに対し、本発明例No.1〜10は、いずれの条件をも満足していることから、十分に低い飽和磁束密度(T)を有する粉末を得ることができることが分かる。
【0020】
以上のように、(Zr+Hf+Nb+Ta)量によって起こる最適Fe−Ni磁性相のFe/Ni比の粉末全体のFe/Ni比からの変化を明らかにし、最適な原料粉末の組成域でアトマイズすることにより、Fe,Ni,Zrを含む軟磁性アトマイズ粉末は、Fe,NiとZrを含む化合物を生成し、この化合物の組成のFe/Ni比が粉末全体のFe/Ni比よりズレることにより、逆に磁性相のFe/Ni比がズレることを見出して、これを補正した原料粉末組成が最適であることが分かる。この結果、高PTFターゲット材の提供を可能とした。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe、Ni、Zrを含む軟磁性薄膜を製造するための、粉末を固化成形したスパッタリングターゲット材おいて、原料粉末としてat%で、Co:≦6%、Zr:1〜20%に、Hf:≦20%、Nb:≦20%、Ta:≦20%を含有し、残部がFe,Niおよび不可避的不純物からなり、かつ、下記式を満たす原料粉末およびこれを成形したことを特徴とするスパッタリングターゲット材。(ただし、Co、Hf、Nb、Taは0%を含む)
0.25≦[Ni%/(Fe%+Ni%)]−0.011×(Zr%+Hf%+Nb%+Ta%)≦0.35 … (1)
Zr+Hf+Nb+Ta≦20% … (2)
【請求項2】
B:≦10%、Al:≦5%、Cr:≦5%(いずれも0%を含む)を含むことを特徴とする、請求項1に記載の原料粉末およびこれを成形したスパッタリングターゲット材。

【公開番号】特開2010−285659(P2010−285659A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140692(P2009−140692)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】