説明

高分子電解質膜前駆体および高分子電解質膜の製造方法

【課題】耐ラジカル性を高めた高分子電解質膜を、製造工程を増やすことなく製造すること。
【解決手段】フッ素系高分子電解質膜の前駆体を乳化重合および凝析により製造する過程において、乳化剤、重合開始剤および凝析剤の少なくとも一つにCe、Tl、MnおよびYbからなる群から選択される金属を含む化合物を含有させる。これにより、製造工程を増やすことなく該金属を含む化合物を高分子電解質膜に均一に含ませることができ、該電解質膜の耐ラジカル性を高めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固体高分子型燃料電池の製造技術に関し、特に高分子電解質膜前駆体および高分子電解質膜の製造方法、ならびに該方法により得られる高分子電解質膜前駆体および高分子電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題や資源問題への対策の一つとして、燃料電池に対する関心が高まっている。燃料電池は、電気的に接続された2つの電極に燃料と酸化剤を供給し、電気化学的に燃料の酸化を起こさせることで化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換する装置である。電気化学的にエネルギーを取り出す燃料電池は、火力発電などとは異なってカルノーサイクルの制約を受けないため、高いエネルギー変換効率を示す。現在知られている燃料電池の種類としては、固体高分子型燃料電池(PEFC)、アルカリ電解質形燃料電池(AFC)およびリン酸型燃料電池(PAFC)などがある。これらの中でも、固体高分子型燃料電池は、作動温度が低く、出力密度が高く、かつ小型化が可能なため、車載用電源などとして有望視されている。
【0003】
一般に、固体高分子型燃料電池は膜電極接合体(MEA)が1対のセパレータで挟まれた構造を有する。膜電極接合体は、固体高分子電解質膜が触媒層とガス拡散層の二層構造を有する1対のガス拡散電極によって挟まれた構成を有する。固体高分子電解質膜としては、プロトン伝導性や化学的安定性などの特性に優れることから、従来、デュポン社より販売されているNafion(登録商標)のようなフッ素系高分子電解質膜が用いられてきた。しかしながら、燃料電池の運転中には過酸化水素の発生に起因してヒドロキシラジカルなどのラジカルが発生し、そのラジカルがフッ素系高分子電解質膜中のフッ素を溶出して、該高分子電解質膜を劣化させてしまうことが知られている。そのため、フッ素系高分子電解質膜の耐ラジカル性を改善することが求められている。
【0004】
このような課題に対し、例えば特許文献1〜3にはフッ素系高分子電解質膜をセリウム(Ce)などの金属塩溶液に浸漬することにより、電解質膜の陽イオン交換基(SO3H基)のプロトンの一部を金属イオンで置換して電解質膜のラジカルなどに対する耐久性を高めることができる旨が記載されている。また特許文献3には、フッ素系高分子電解質膜の前駆体にセリウム塩やマンガン塩を加えてから製膜することによっても電解質膜の耐久性を高めることができる旨が記載されている。さらに特許文献4には、燃料電池の酸素極(カソード)にセリウム含有酸化物を含ませることによりフッ素系高分子電解質膜の劣化を防ぐことができる旨が記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2006−338912号公報
【特許文献2】特開2006−302600号公報
【特許文献3】特開2007−095433号公報
【特許文献4】特開2004−327074号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1〜3に記載の方法では、セリウムなどの金属イオンをフッ素系高分子電解質膜に含ませるための工程が必要となるため、コスト低減のための工程簡素化に不利である。さらに、同方法では電解質膜の陽イオン交換基の一部を犠牲にして金属イオンを導入することになるため、その電解質膜が本来有するイオン伝導性を低下させてしまう。また特許文献4に記載の方法では、セリウム含有酸化物の粒を酸素極用触媒インクに添加することになるが、セリウム含有酸化物の粒が大きいため、ポリマーマトリックスに欠陥を作ることになる。また、仮にセリウム含有酸化物の粒をフッ素系高分子電解質膜に含ませた場合には、電解質膜の機械的疲労劣化の懸念がある。そのため、セリウムなどの金属イオンを均一に含ませた電解質膜を、製造工程を増やすことなく製造する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記問題を検討した結果、フッ素系高分子電解質膜の前駆体を製造する過程において、乳化剤、重合開始剤および凝析剤の少なくとも一つにCe、Tl、MnおよびYbからなる群から選択される金属を含む化合物を含有させることで、製造工程を増やすことなく該金属を含む化合物を高分子電解質膜に均一に含ませることができ、以って該電解質膜のラジカルに対する耐久性を高めることができることを見出した。
【0008】
すなわち本発明は以下の発明を包含する。
(1) ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマー、乳化剤および重合開始剤を含む混合物を乳化重合させ、得られたポリマー分散液にさらに凝析剤を加えてポリマーを得ることを含む高分子電解質膜前駆体の製造方法であって、乳化剤、重合開始剤および凝析剤の少なくとも一つがCe、Tl、MnおよびYbからなる群から選択される金属を含む化合物を含有し、乳化剤、重合開始剤および凝析剤のそれぞれにおける該金属を含む化合物の含有率の合計が30モル%以上である、上記方法。
(2) ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーが-SO2X基(式中、XはF、Cl、BrおよびIから選択されるハロゲンである)を有する、(1)に記載の方法。
(3) ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーが、式:CF2=CF(OCF2CF(CF3))nOCF2CF2SO2F[式中、nは0または1である]で表される、(2)に記載の方法。
(4) さらに得られたポリマーをフッ素ガスで処理することを含む、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 当量重量が500〜1000g/eqであり、ASTM D1238に準拠して270℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローレートが1〜60g/10分である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法で得られる高分子電解質膜前駆体。
(6) (1)〜(4)のいずれかに記載の方法により得られる高分子電解質膜前駆体を製膜し、さらに得られた膜をイオン化させることを含む、高分子電解質膜の製造方法。
(7) フェントン試験(試験条件:Fe2+イオン濃度10ppm、過酸化水素水濃度1%、100℃、8時間)において溶出するフッ化物イオン濃度が1ppm以下である、(6)に記載の方法で得られる高分子電解質膜。
(8) (7)に記載の高分子電解質膜を含む、固体高分子型燃料電池。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、製造工程を増やすことなく、Ce、Tl、MnおよびYbからなる群から選択される金属を含む化合物を高分子電解質膜に均一に含ませることができる。そして、ラジカルに対する耐久性を高めた高分子電解質膜の前駆体および高分子電解質膜の製造方法、ならびに該方法により得られる高分子電解質膜前駆体および高分子電解質膜を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマー、乳化剤および重合開始剤を含む混合物を乳化重合させ、得られたポリマー分散液にさらに凝析剤を加えてポリマーを得ることを含む高分子電解質膜前駆体の製造方法に関するものである。
【0011】
ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーとは、モノマー分子に少なくとも1個のフッ素原子を有し、重合開始剤を加えるなどによりラジカル重合反応を起こすモノマーを意味する。ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーは、そのモノマー分子中にイオン交換基に変換可能である基を有する。そのような基としては、例えば-SO2X基(式中、XはF、Cl、BrおよびIから選択されるハロゲンまたはアルコキシル基である)が挙げられる。好ましくは、ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーはそのモノマー分子の中に、イオン交換基に変換可能である-SO2X基(式中、XはF、Cl、BrおよびIから選択されるハロゲンである)を有する。-SO2X基は好ましくは-SO2F基である。より好ましくは、ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーは式:CF2=CF(OCF2CF(CF3))nOCF2CF2SO2F[式中、nは0または1である]で表される化合物である。特に好ましくは、ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーは式:CF2=CFOCF2CF2SO2Fで表される化合物である。
【0012】
乳化重合とは、ラジカル重合の一種であり、溶媒に不溶のモノマーと乳化剤(界面活性剤)を加えて撹拌して乳化系(エマルション)とし、そこに適切な重合開始剤(通常はラジカル発生剤)を加えて行う重合法である。この重合法によれば、反応生成物はポリマーの粒子が水相中に分散したラテックス(ポリマー分散液)となる。そして乳化重合により得られたラテックスに凝析剤を加えることによりポリマーが得られる。
【0013】
本発明で用いる乳化剤としては、乳化重合に乳化剤として通常用いられているものであれば特に限定されないが、本明細書において、界面活性能を有し不飽和結合を有しない有機化合物を意味する。本明細書において、上記界面活性能を有するとは、ミセル形成能力があることを意味する。上記不飽和結合は、通常、炭素−炭素二重結合である。上記界面活性能を有し不飽和結合を有しない有機化合物は、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤またはベタイン界面活性剤のいずれでもよいが、乳化力の点で、アニオン界面活性剤が好ましい。上記アニオン界面活性剤としては特に限定されず、例えば、X1CmF2mCOOH(X1はフッ素原子または水素原子を表し、mは6〜20の整数を表す)もしくはCpF2p+1O[CF(CF3)CF2O]qCF(CF3)COOH(pは1〜5の整数を表し、qは1〜5の整数を表す)で表される含フッ素カルボン酸、または、上記含フッ素カルボン酸の塩;CsF2s+1(CH2)tSO3H(sは、6〜20の整数を表し、tは、0〜4の整数を表す)で表される含フッ素スルホン酸、または、上記含フッ素スルホン酸の塩等の含フッ素乳化剤等が挙げられ、上記塩としては、例えば、アルカリ金属塩、アンモニウム塩、アミン塩、第4級アンモニウム塩等が挙げられる。上記アニオン界面活性剤としては、耐候性や耐水性の点で、好ましくはパーフルオロ飽和脂肪族カルボン酸アンモニウム[Rf-COONH4(ここで、RfはCuF2u+1を意味し、uは6〜12の整数を表す(本明細書において以下同様))]、例えばパーフルオロオクタン酸アンモニウム[C7F15COONH4]、パーフルオロノナン酸アンモニウム[C8F17COONH4]等が挙げられる。
【0014】
本発明で用いる重合開始剤としては、例えば過酸化物(例えば過硫酸(ペルオキソ二硫酸)カリウム(K2S2O8)、過硫酸(ペルオキソ二硫酸)ナトリウム、過硫酸(ペルオキソ二硫酸)アンモニウムなどの無機過酸化物やジアルキルペルオキサイドなどの有機過酸化物)が挙げられる。
【0015】
本発明で用いる凝析剤としては、例えば硝酸、塩酸、硫酸、リン酸等の無機酸類、ギ酸、酢酸等の有機酸類、硝酸カルシウム、硫酸アルミニウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、硫酸ナトリウム、塩化マグネシウム等の無機塩類、酢酸ナトリウム、酢酸カルシウム等の有機塩類が、それぞれ挙げられ、これらを単独または混合して用いることができる。
【0016】
本発明の方法において、乳化剤、重合開始剤および凝析剤の少なくとも一つは、セリウム(Ce)、タリウム(Tl)、マンガン(Mn)およびイッテルビウム(Yb)からなる群から選択される金属を含む化合物を含有する。乳化剤、重合開始剤および凝析剤の少なくとも一つに上記のような金属を含む化合物を含有させることで、乳化重合および凝析の他に特別な工程を経ることなく、得られる高分子電解質膜前駆体にそれらの金属化合物を微分散させることが可能となる。そして金属化合物を微分散させることで、その高分子電解質膜前駆体から製造される高分子電解質膜の耐ラジカル性が向上する。
【0017】
該金属を含む化合物は、それ自体が乳化剤、重合開始剤あるいは凝析剤として機能する化合物である。乳化剤に含まれる該金属を含む化合物としては、例えば(Rf-COO)3Ce、(Rf-COO)3Tl、(Rf-COO)2Mn、(Rf-COO)3Ybが挙げられる。重合開始剤に含まれる該金属を含む化合物としては、例えばCe2(S2O8)3、Tl2(S2O8)3、MnS2O8、Yb2(S2O8)3が挙げられる。凝析剤に含まれる該金属を含む化合物としては、例えばCe(NO3)3、Tl(NO3)3、Mn(NO3)2、Yb(NO3)3が挙げられる。乳化剤、重合開始剤あるいは凝析剤に含有される該金属を含む化合物としては、上記の中でもセリウムを含むものが好ましい。特に、乳化剤に含まれる該金属を含む化合物としては(Rf-COO)3Ce(中でも(C7F15COO)3Ce)が、重合開始剤に含まれる該金属を含む化合物としてはCe2(S2O8)3が、凝析剤に含まれる該金属を含む化合物としてはCe(NO3)3が好ましい。
【0018】
上記の金属を含む化合物の含有量は、乳化剤、重合開始剤および凝析剤のそれぞれにおける該金属を含む化合物の含有率の合計が30モル%以上である。例えば、乳化剤の30モル%が該金属を含む化合物である場合は、重合開始剤および凝析剤は該金属を含む化合物を含んでいなくてもよい。また、例えば、乳化剤の20モル%が該金属を含む化合物であり、重合開始剤の10モル%が該金属を含む化合物である場合、凝析剤は該金属を含む化合物を含んでいなくてもよい。さらに、乳化剤、重合開始剤および凝析剤のそれぞれの10モル%が該金属を含む化合物であってもよい。乳化剤、重合開始剤および凝析剤のそれぞれの該金属を含む化合物の含有率は、その合計が30モル%以上となれば任意の値でよい。また、上記の金属を含む化合物の含有量の上限はなく、乳化剤、重合開始剤および凝析剤のいずれか1つ以上における上記含有量が100モル%であってもよい。
【0019】
本発明の高分子電解質膜前駆体の製造方法においては、ラテックスに凝析剤を加えることにより得られたポリマーをさらにフッ素ガスで処理し、-COOH基などのラジカル劣化しやすい構造を除去するとより好ましい。例えばポリマーに含まれる-COOH基は、フッ素ガスで処理することによりフッ素に置換されるため、該高分子電解質膜前駆体から製造される高分子電解質膜の耐ラジカル性がさらに向上する。なお、このフッ素ガス処理は製膜前の高分子電解質膜前駆体に対して行うのみならず、製膜済の高分子電解質膜に対して行ってもよい。
【0020】
本発明の方法により得られる高分子電解質膜前駆体の重合度の指標としてメルトフローレート(MFR)を用いることができる。メルトフローレートの測定はASTM D1238に準拠して行うことができる。本発明の方法により得られる高分子電解質膜前駆体は270℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローレートが0.1〜100g/10分程度であると好ましく、1〜60g/10分程度、特に1〜30g/10分程度であるとより好ましい。また、本発明の方法により得られる高分子電解質膜前駆体の当量重量(EW:Equivalent Weight)は、400〜1200g/eq程度であると好ましく、500〜1000g/eq程度、あるいは600〜900g/eq程度、特に700〜800g/eq程度であるとより好ましい。ここで当量重量とは、電解質のイオン交換基1当量あたりの電解質の乾燥質量のことである。当量重量が大きすぎるとイオン交換基の密度が低くなりイオン伝導度も低下し、一方当量重量が小さすぎると強度の低下が起きやすくなるが、上記のような範囲であればそのような問題が発生することがない。
【0021】
本発明の方法により得られる高分子電解質膜前駆体は、特に固体高分子型燃料電池に用いられる高分子電解質膜を製造するために用いることができる。また、本発明の方法により得られる高分子電解質膜前駆体は、固体高分子型燃料電池に用いられる触媒層を形成するためにも用いることができる。触媒層は、例えば白金触媒または白金合金触媒微粒子を担持させた導電性のカーボンブラック粉末と高分子電解質膜前駆体とを混合し均一な分散液を得て、該分散液を高分子電解質膜の両面に塗布して乾燥させた後に両面を2枚のカーボンクロスまたはカーボンペーパーで密着させるか、あるいは該分散液を2枚のカーボンクロスまたはカーボンペーパー上に塗布して乾燥させた後に分散液が塗布された面が高分子電解質膜と密着するように高分子電解質膜の両面から挟みこむことなどにより形成することができる。
【0022】
また本発明は、上記の方法に従って得られる高分子電解質膜前駆体を製膜し、さらに得られた膜をイオン化させることを含む、高分子電解質膜の製造方法に関する。
【0023】
高分子電解質膜前駆体の製膜方法は特に限定されず、押出製膜法、ホットプレス法、溶液キャスト法などの一般的な方法が採用できる。なかでも押出製膜法が最も優れている。なお、従来のように高分子電解質膜前駆体を形成してから金属化合物を添加した場合は、添加した金属化合物の粒子が障害となって、製膜時に薄膜化することが難しいという問題があった。この問題は、特にホットプレス法において顕著であった。しかし、本発明の方法によれば、上述のように添加した金属化合物は高分子電解質膜前駆体に微分散されるため、そのような問題が生じることがない。そのため、本発明の方法により得られる高分子電解質膜前駆体はホットプレス法によっても製膜が可能である。
【0024】
また高分子電解質膜前駆体の製膜は、上記の方法に加えて、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)や高分子量ポリエチレン樹脂などからなる多孔体に高分子電解質膜前駆体を含浸させることによって行ってもよい。ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)や高分子量ポリエチレン樹脂などからなる多孔体としては、例えばそれらの材料からなる薄膜を1軸方向あるいは2軸方向に延伸することにより多孔質化した多孔質膜が挙げられる。
【0025】
上記のようにして製膜した高分子電解質膜前駆体は、さらにイオン化させることで、高分子電解質膜となる。本明細書において「イオン化させる」とは、対象となるポリマーにイオン交換基を付与することを意味する。具体的には、例えば-SO2F基を有するポリマーであれば、硝酸水溶液などに浸漬させることで、-SO2F基をイオン交換基である-SO3Hに変換することを意味する。
【0026】
本発明により得られる高分子電解質膜は、セリウム(Ce)、タリウム(Tl)、マンガン(Mn)およびイッテルビウム(Yb)からなる群から選択される金属を含む化合物を微分散させた構造を有する。また、本発明により得られる高分子電解質膜は、フェントン試験によりそのラジカル耐性について特徴づけることができる。
【0027】
フェントン試験とは、電解質膜のラジカル耐性を調べるために広く用いられている試験方法であって、過酸化水素と2価の鉄イオンを含む水溶液を加えた試験溶液中に被試験体となる電解質膜を一定時間浸漬した後、試験溶液中に含まれるフッ化物イオン濃度や硫酸イオン濃度などを測定して電解質膜のラジカル耐性を評価するという試験である。これは、過酸化水素が金属イオンと反応して酸化力の極めて強いラジカル性化学種へと変化する、以下の式(I)で表されるようなフェントン反応を利用したものである。
Fe2+ + H2O2→ Fe3+ + OH- + ・OH …(I)
【0028】
本発明により得られる高分子電解質膜は、フェントン試験(試験条件:Fe2+イオン濃度10ppm、過酸化水素水濃度1%、100℃、8時間)において溶出するフッ化物イオン濃度が1ppm以下であるという特徴を有する。より好ましくは、本発明により得られる高分子電解質膜は、同条件のフェントン試験において溶出するフッ化物イオン濃度が0.5ppm以下、特に好ましくは0.3ppm以下である。
【0029】
本発明により得られる高分子電解質膜は、固体高分子型燃料電池用の電解質膜として好適に用いることができる。また、本発明により得られる高分子電解質膜は、アノード側に燃料ガスではなくメタノールを供給する直接メタノール燃料電池にも使用できる。
【0030】
また本発明は、上記のようにして得られた高分子電解質膜を含む固体高分子型燃料電池に関する。本発明の固体高分子型燃料電池は、ラジカルなどに対する耐性が向上した高分子電解質膜を含むことにより、長期間運転した場合であっても電池性能の低下が少ないという特徴を有する。
【0031】
燃料電池の運転中にはカソードあるいはアノードにおいて過酸化水素(H2O2)が発生することが知られている。その生成のメカニズムについては必ずしも完全に理解されているわけではないが、考えられるメカニズムは以下のようなものである。例えば、カソードでは、酸素の不完全還元反応により次に示した式(II)によって過酸化水素が生じると考えられる。
O2 + 2H++ 2e- → 2H2O2 …(II)
【0032】
また、アノードでは、供給燃料中に含まれている酸素、もしくはカソードで電解質にとけ込みアノードに拡散してきた酸素が反応に関与すると考えられ、その反応式は上記の式(II)と同一か、あるいは次に示した式(III)で表されると考えられる。
2M-H + O2- → 2M + H2O2 …(III)
(式中、Mはアノードに用いられている触媒金属を示し、M-Hはその触媒金属に水素が吸着した状態を示す。)
【0033】
これらの電極上で発生した過酸化水素は、拡散するなどして電極から離れ、電解質中に移動する。そして過酸化水素は以下の式(IV)または式(V)のいずれかの反応によりラジカル化すると考えられている。
H2O2 → 2・OH …(IV)
H2O2 → ・H + ・OOH …(V)
ラジカル化する原因は必ずしも明らかでないが、重金属イオンとの接触が触媒作用を有していると考えられている。このほか、熱、光などでもラジカル化すると考えられる。このようにして生成したラジカルは非常に活性が高く、燃料電池が固体高分子型燃料電池の場合は高分子電解質膜を攻撃して劣化させてしまう。
【0034】
しかしながら、高分子電解質膜がCe、Tl、MnおよびYbからなる群から選択される金属を含む化合物を含有する場合、ラジカルによる高分子電解質膜の劣化が抑制される。そのメカニズムについては明らかとなっていないが、おそらくそれらの金属あるいは金属イオンが過酸化水素または過酸化水素から生じたラジカルを水と酸素に分解する反応を加速し、ラジカルが高分子電解質膜を攻撃するのを防いでいるためであろうと考えられる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
なお、実施例及び比較例について行った物性の測定方法は、下記のとおりである。
【0036】
[ポリマー組成(相当EW (g/eq)]
ポリマーをホットプレスにて100μm厚みの膜状試料とし、5cm×5cmに切り、9mol/L NaOH水溶液200ml中、80℃で2時間処理した。さらにこれをpH=7となるまで水洗し、1mol/L HNO3水溶液中、60℃で1時間処理した後、再度pH=7となるまで水洗した。これを80℃で2時間乾燥して重量測定し、100mlの飽和NaCl水溶液に2時間浸漬し、このNaCl水溶液を0.05mol/L NaOH水溶液で比色滴定した(比色液:フェノールフタレイン)。NaOH滴定量と乾燥膜重量からEWを算出した。
【0037】
[FT-IRによるCOOH基の確認]
膜厚100μmの試料のFT-IRにおける1800cm-1付近の吸光度から確認した。
[メルトフローレート(MFR)]
ASTM D1238に準拠して270℃、荷重2.16kgで測定した。
【0038】
[膜のイオン伝導度]
1cm×4cmの試料を一対の白金電極で挟み、開放系セルに装着した。測定セルを、温度60℃、相対湿度90%に調節した恒温恒湿器内、または温度40℃の水中に設置し、交流インピーダンス法により膜のイオン伝導度を測定した。
【0039】
高分子電解質膜前駆体の調製
(実施例1)
乳化重合は公知技術に準じて実施した。公知の乳化重合技術としては、例えば特開2002-88103号公報に記載のものが挙げられる。
【0040】
2Lのオートクレーブに、45g(0.16mol)のCF2=CFOCF2CF2SO2Fモノマー液、脱イオン水1300ml、15mmolの乳化剤(6mmolの(C7F15COO)3Ceおよび9mmolのC7F15COONH4)、4mlのフッ素系溶剤(ガルデンDO2、ソルベイ・ソレクシス社製)を入れ、700rpmに攪拌および回転しながら75℃まで加熱した。さらに、0.5mmolの重合開始剤(0.5mol/Lの過硫酸アンモニウム(NH4)2S2O3水溶液1ml)をオートクレーブに加え、テトラフルオロエチレン(TFE)ガスを1.1MPaの圧力になるまで圧入した。重合中、テトラフルオロエチレンガス20gを追加供給するごとにモノマー液7.5g追加し、計400gのTFEガスを追加して反応を終了した。生成したポリマーは約170〜200g程度であった。
【0041】
上記重合で得られたラテックスを室温で攪拌し、ここに0.1molの凝析剤(1mol/LのHNO3水溶液100ml)をゆっくり滴下してポリマーを凝析させた。得られた固液混合物を遠心分離し、固形分をアセトンで洗浄し、さらにフッ素系溶媒で洗浄した。120℃で8時間乾燥して、ポリマーを得た。さらに得られたポリマーをフッ素ガス雰囲気下に220℃で5時間暴露して分子中に含まれる-COOH基などを除去し、電解質膜前駆体を得た。
【0042】
(実施例2)
乳化剤として25mmolのC7F15COONH4、および重合開始剤として0.2mmolのCe2(S2O8)3水溶液を用いた以外は実施例1と同様にして電解質膜前駆体を得た。
【0043】
(実施例3)
乳化剤として25mmolのC7F15COONH4、および凝析剤として0.5mol/LのCe(NO3)3水溶液100mlを用いた以外は実施例1と同様にして電解質膜前駆体を得た。
【0044】
(比較例1)
乳化剤として25molのC7F15COONH4を用いた以外は実施例1と同様にして電解質膜前駆体を得た。
【0045】
高分子電解質膜の調製および試験
実施例1〜3および比較例1で得られた電解質膜前駆体を230℃、0.5MPaの圧力で4分間熱圧し、膜厚50μm、7cm2の薄膜を得た。これを1mol/LのNaOH水溶液60%とDMSO40%の混合液中、80℃で3時間処理した。膜の付着水がpH=7になるまで水洗後、1mo1/LのHNO3水溶液中に室温で30分浸漬してイオン交換基を付与し(イオン化)、高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜について、膜のイオン伝導度を交流インピーダンス法にて飽和含水状態で測定した。
【0046】
次に得られた高分子電解質膜を5cm角に切り出し、Fe2+イオンを10ppm含む1%過酸化水素水60ml中に100℃で8時間浸漬してフッ化物イオン(F-)を溶出させた(フェントン試験)。この液中に溶出したフッ化物イオンをイオンメーターで測定し、耐ラジカル性の指標とした。また、前出のイオン交換基が付与された膜のイオン伝導度を交流インピーダンス法にて飽和含水状態で測定した。これらの結果を表1にまとめた。
【0047】
【表1】

【0048】
乳化剤の一部をCe含有化合物で置き換えた実施例1、重合開始剤をCe含有化合物で置き換えた実施例2、および凝析剤をCe含有化合物で置き換えた実施例3で得られた前駆体から調製した高分子電解質膜は、比較例1でCe含有化合物を用いずに得られた前駆体から調製した高分子電解質膜と同程度のイオン伝導度を示した。また、実施例1〜3で得られた前駆体から調製した高分子電解質膜は、比較例1で得られた前駆体から調製した高分子電解質膜と比較して、フェントン試験において低いフッ化物イオン溶出濃度を示した。これは実施例1〜3で得られた前駆体から調製した高分子電解質膜が、比較例1で得られた前駆体から調製したものと比べて高い耐ラジカル性能を有することを示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマー、乳化剤および重合開始剤を含む混合物を乳化重合させ、得られたポリマー分散液にさらに凝析剤を加えてポリマーを得ることを含む高分子電解質膜前駆体の製造方法であって、
乳化剤、重合開始剤および凝析剤の少なくとも一つがCe、Tl、MnおよびYbからなる群から選択される金属を含む化合物を含有し、乳化剤、重合開始剤および凝析剤のそれぞれにおける該金属を含む化合物の含有率の合計が30モル%以上である、上記方法。
【請求項2】
ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーが-SO2X基(式中、XはF、Cl、BrおよびIから選択されるハロゲンである)を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ラジカル重合反応性を有する含フッ素モノマーが、式:CF2=CF(OCF2CF(CF3))nOCF2CF2SO2F[式中、nは0または1である]で表される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
さらに得られたポリマーをフッ素ガスで処理することを含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
当量重量が500〜1000g/eqであり、ASTM D1238に準拠して270℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローレートが1〜60g/10分である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法で得られる高分子電解質膜前駆体。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法により得られる高分子電解質膜前駆体を製膜し、さらに得られた膜をイオン化させることを含む、高分子電解質膜の製造方法。
【請求項7】
フェントン試験(試験条件:Fe2+イオン濃度10ppm、過酸化水素水濃度1%、100℃、8時間)において溶出するフッ化物イオン濃度が1ppm以下である、請求項6に記載の方法で得られる高分子電解質膜。
【請求項8】
請求項7に記載の高分子電解質膜を含む、固体高分子型燃料電池。

【公開番号】特開2010−138252(P2010−138252A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−314817(P2008−314817)
【出願日】平成20年12月10日(2008.12.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】