説明

高融点の金属の炭化物層を析出するための方法

本発明は、少なくとも一種類の高融点の金属(3)の炭化物から成る層を少なくとも1つの対象物(8)に高率電子ビーム蒸着によって真空チャンバ(1)内で析出するための方法に関する。本発明によれば、真空チャンバ(1)内に反応性ガスの流入によって炭素含有の雰囲気を発生させ;高融点の金属(3)を電子ビーム(5)によって蒸発させ;析出をプラズマによって助成し、この場合、該プラズマを拡散アーク放電によって、蒸発させたい高融点の金属(3)の表面に発生させ;被覆率が、少なくとも20nm/sであり、析出の間の対象物温度を50℃〜500℃の間に保持することが提案される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高融点の金属、たとえばチタン、タングステン、ジルコニウムまたは主に高融点の元素から成る合金の炭化物から成る硬質物質層を析出するための方法に関する。本発明の意味での高融点とは、1400℃以上の融点を備えた元素である。このような硬質物質層を備えた対象物は、有利には、摩擦および/または圧力によって摩耗を受ける切断工具またはプレスエレメントに使用されるかまたは防食性の特性を実現したい場合に使用される。高融点の金属の炭化物から成る硬質物質層に課せられる主要求は、高い硬さおよび耐摩滅性ならびに各基体に対する良好な固着である。
【0002】
たとえば炭化チタン層または炭化タングステン層をプラズマ溶射法によって対象物に被着することが知られている(A.Haefer著 「Oberflaechen− und Duennschicht−Technologie, Teil 1 Beschichtungen von Oberflaechen」 Springer出版 1987年 第291頁以下参照)。しかし、この方法によって製造された層は、大きな粗さ、高い多孔性および制限された摩耗防護しか有していない。
【0003】
2004年3月30日のインタネットページ「http://www.balzer−technik.ch/TechnischeHinweise/oberflaechenbehandlung.htm」には、炭化チタンまたは炭窒化チタンをCVD(化学的気相成長)法によって析出する方法が開示されている。層の析出は1000℃の温度で行われる。これによって、被覆したいボディの材料が制限される。さらに、この方法は僅かな析出率しか保証しない。
【0004】
たとえば炭窒化チタンを析出するための別の可能性はアーク蒸発である(METAPLAS IONON社のUebersichtsinformation Nr.4 01/2003参照)。しかし、この方法でも、小さな被覆面に対する僅かな析出率しか得ることができない。同刊行物には、炭化タングステンをPVD(物理的気相成長)マグネトロンスパッタリング技術によって非晶質の炭素マトリックスに堆積させ、いわゆる「W−C:H層」を形成する方法が開示されている。マグネトロンスパッタリングによって、良好な摩耗特性を備えた硬質物質層が析出可能となるものの、ここでも、最大約10nm/sを備えた析出率は経済的な観点から満足のいくものではない。
【0005】
したがって、本発明の技術的な問題は、高融点の金属の炭化物から成る硬質物質層を少なくとも20nm/sの析出率で析出することができる方法を提供することである。析出された層が、高い硬さ、耐摩耗性および耐摩滅性を有していることが望ましい。
【0006】
この技術的な問題の解決手段は、請求項1の特徴を備えた対象によって得られる。本発明の別の有利な実施態様は従属請求項から得られる。
【0007】
本発明によれば、真空チャンバ内に反応性ガスの流入によって炭素含有の雰囲気を発生させ;高融点の金属を電子ビームによって蒸発させ;析出をプラズマによって助成し、この場合、該プラズマを拡散アーク放電によって、蒸発させたい高融点の金属の表面に発生させ;被覆率が、少なくとも20nm/sであり、析出の間の対象物温度を50℃〜500℃の間に保持することによって、少なくとも一種類の高融点の金属の炭化物から成る層が、少なくとも1つの対象物に高率電子ビーム蒸着によって真空チャンバ内で析出される。
【0008】
高融点の金属として、たとえばタングステン、ジルコニウムまたは有利にはチタンが使用されてよい。これらの元素は、良好な摩耗特性を備えた硬質物質層を形成するために適している。しかし、本発明の意味での高融点の金属とは、前述した金属の1つが割合的に勝っている合金も意味している。
【0009】
本発明による方法の主要なステップは、拡散アーク放電によるプラズマの発生である。この場合、蒸発材料の表面に衝突する高エネルギの電子ビームが迅速にかつ高周波で周期的に逸らされ、これによって、蒸発させたい材料の表面の少なくとも一部が、いわば均一に加熱され、最終的に蒸発させられる。同時に、たとえば坩堝内に位置する蒸発させたい材料は、電流強のアーク放電の陰極として接続される。主として、蒸発材料の、電子ビームによって加熱される表面の領域で燃焼する、いわゆる「拡散アーク」が形成される。極端に高い電流密度を備えたルートを形成する通常のアーク放電に比べて、拡散アーク放電は、蒸発物における拡散的なかつ面状の拡がりを有している。この拡がりは、蒸発物の、いわば均一に加熱された表面にほぼ相当している。これによって、発生させられた金属蒸気の主要な割合がイオン化され、したがって、全体的に高いイオン化度が達成される。このことは、高い硬さを備えた密な層の形成に寄与する。さらに、拡散アーク放電の使用は、この拡散アーク放電がスパッタを放出せず、したがって、大きな面にわたるプラズマ活性化された蒸着のために特に適しているという利点を有している。
【0010】
1つの実施態様では、アセチレン(C)が反応性ガスとして真空チャンバ内に流入させられ、したがって、炭素含有の雰囲気を真空チャンバ内に発生させる。両炭素原子の間の三重結合によって、このガスは特に高い反応性を有している。しかし、炭素含有の雰囲気を真空チャンバ内に発生させるためには、たとえばメタンまたはブタンが真空チャンバ内に流入させられてもよい。
【0011】
反応性ガスを真空チャンバ内に流入させ、これによって、化学量論的な層を析出しても有利である。なぜならば、この層が高い硬さ値を有しているからである。このためには、真空チャンバ内の1×10−3mbar〜5×10−2mbarの反応性ガス圧が適している。
【0012】
本発明により析出される炭化物層の硬さは、付加的な反応性ガスとして、窒素含有のまたは/かつ酸素含有のガスが真空チャンバ内に流入させられることによって高めることもできる。イオン化された蒸気ガス粒子もしくは反応性ガス粒子を対象物の表面に向かって加速させる、50V〜300Vの範囲内の負のバイアス電圧を、被覆したい対象物に印加することも、層特性、たとえば層の耐摩耗性、硬さおよび密度に有利に影響を与える。この負のバイアス電圧は、たとえば蒸発物が位置する坩堝または陽極に対して切り換えられてよい。バイアス電圧として、直流電圧もしくは中間周波にまたは高周波にパルス化された電圧が、被覆したい対象物に印加されてよい。パルスバイアスの使用は、特に劣導電性の炭化物層の析出時のプロセスガイドの安定性に対して特に有利に影響を与える。
【0013】
最小量のプラズマ活性化を実現するためには、蒸発材料の表面に対する拡散アーク放電の少なくとも100Aのアーク電流が形成されなければならない。たとえばマグネトロンスパッタリングによる炭化物硬質物質層の析出時には、約10nm/sの最大の析出率が獲得可能であるのに対して、本発明による方法によって、数百nm/sの析出率が可能となる。極めて良好な層特性は、50nm/s〜250nm/sの範囲内の析出率でかつ10nm〜10μm、有利には1μm〜5μmの層厚さで得られる。
【0014】
別の実施態様では、炭化物硬質物質層と、被覆したい対象物との間に少なくとも1つの下側層が被着される。これによって、生ぜしめられる機械的な応力が補償され、したがって、硬質物質層のより良好な固着が実現される。
【0015】
以下に、本発明を有利な実施例につき詳しく説明する。図1には、本発明による方法を実施することができる装置が概略的に示してある。真空チャンバ1内には、蒸発坩堝2が配置されている。この蒸発坩堝2内では、蒸発材料3としてチタンが蒸発させられるようになっている。真空チャンバには、高出力軸方向電子ビーム銃4が接続されている。この高出力軸方向電子ビーム銃4は電子ビーム5を発生させる。この電子ビーム5は電磁式の変向装置(図示せず)によって、蒸発坩堝2内に位置する蒸発材料3の表面に逸らされ、したがって、蒸発材料3を加熱し、最終的に蒸発させる。蒸発坩堝2の上方には、電極6が配置されている。この電極6は蒸気室を取り囲んでいて、蒸発坩堝2に対して正の電圧に調整され得る。電極6の上方で搬送装置7において運動させられる鋼製の対象物8は、蒸発させられた材料で被覆される。
【0016】
電子ビーム銃4によって、約50kwの出力を備えた高エネルギの電子ビーム5が迅速に高周波でかつ周期的に逸らされ、これによって、蒸発材料3の表面の少なくとも一部が、いわば均一に加熱され、蒸発させられる。電極6と蒸発坩堝2との間で給電装置9によって印加された約30Vの直流電圧は、約300Aの電流を備えた、いわゆる「拡散アーク放電」の形成を生ぜしめる。この拡散アーク放電は、主として、電子ビーム5によって蒸発材料3の、いわば均一に加熱された表面を燃焼する。これによって、蒸気の高いイオン化度が得られる。給電装置10によって対象物8に印加される−100Vのバイアス電圧は、対象物8の表面への、イオン化された蒸気粒子の加速を生ぜしめる。
【0017】
チタン蒸発の間の真空チャンバ1内へのガス流入システム11によるアセチレンガスの流入によって、3μmの厚さの化学量論的なTiC層が対象物8に約100nm/sの一定の被覆率で析出される。この場合、対象物8は200℃の温度に保持される。試験してみて、このように製造されたTiC層が、33GPaの高い硬さと、高い耐摩耗性とを有していることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明による方法を実施することができる装置を概略的に示す図である。
【符号の説明】
【0019】
1 真空チャンバ、 2 蒸発坩堝、 3 蒸発材料、 4 高出力軸方向電子ビーム銃、 5 電子ビーム、 6 電極、 7 搬送装置、 8 対象物、 9 給電装置、 10 給電装置、 11 ガス流入システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種類の高融点の金属(3)の炭化物から成る層を少なくとも1つの対象物(8)に高率電子ビーム蒸着によって真空チャンバ(1)内で析出するための方法において、真空チャンバ(1)内に反応性ガスの流入によって炭素含有の雰囲気を発生させ;高融点の金属(3)を電子ビーム(5)によって蒸発させ;析出をプラズマによって助成し、この場合、該プラズマを拡散アーク放電によって、蒸発させたい高融点の金属(3)の表面に発生させ;被覆率が、少なくとも20nm/sであり、析出の間の対象物温度を50℃〜500℃の間に保持することを特徴とする、少なくとも一種類の高融点の金属の炭化物から成る層を少なくとも1つの対象物に高率電子ビーム蒸着によって真空チャンバ内で析出するための方法。
【請求項2】
高融点の金属(3)として、タングステン、ジルコニウムまたは有利にはチタンを使用する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
炭素含有の雰囲気を、真空チャンバ内へのアセチレン、メタンまたはブタンの流入によって発生させる、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
反応性ガスを真空チャンバ(1)内に流入させ、これによって、化学量論的な炭化物層を対象物(8)に析出する、請求項1から3までのいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
付加的な反応性ガスとして、窒素含有のまたは/かつ酸素含有のガスを流入させる、請求項1から4までのいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
対象物(8)に50V〜300Vの負のバイアス電圧を印加する、請求項1から5までのいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
バイアス電圧を、直流電圧として印加するかまたは中間周波にまたは高周波にパルス化された電圧として印加する、請求項6記載の方法。
【請求項8】
真空チャンバ(1)内に1×10−3mbar〜5×10−2mbarの反応性ガス圧を発生させる、請求項1から7までのいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
プラズマ活性化時に少なくとも100Aのアーク電流を形成する、請求項1から8までのいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
被覆率を50nm/s〜250nm/sの範囲内で形成する、請求項1から9までのいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
10nm〜10μm、有利には1μm〜5μmの層厚さを析出する、請求項1から10までのいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2007−533853(P2007−533853A)
【公表日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−508741(P2007−508741)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【国際出願番号】PCT/EP2005/001851
【国際公開番号】WO2005/109466
【国際公開日】平成17年11月17日(2005.11.17)
【出願人】(594102418)フラウンホーファー−ゲゼルシャフト ツル フェルデルング デル アンゲヴァンテン フォルシュング エー ファウ (63)
【氏名又は名称原語表記】Fraunhofer−Gesellschaft zur Foerderung der angewandten Forschung e.V.
【住所又は居所原語表記】Hansastrasse 27c, D−80686 Muenchen, Germany
【Fターム(参考)】