説明

高速断続切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】高速断続切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体表面に、Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層が被覆形成された表面被覆切削工具において、上記Al層は、下部領域、中間領域および上部領域の3領域から構成され、各領域について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、0〜90度の範囲内における(0001)面の法線の傾斜角度数分布を求めた場合、下部領域は、80〜90度の範囲内の度数合計が60%以上、また、中間領域は、70〜80度の範囲内の度数合計が60%以上、さらに、上部領域は、0〜10度の範囲内の度数合計が60%以上の割合を占める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの2層以上からなり、かつ3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム(以下、Alで示す)層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる被覆工具が良く知られている。
そして、上記の従来被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の構造についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1に示すように、工具基体表面に、Ti化合物層からなる下部層と、Al層からなる上部層を被覆した被覆切削工具において、該Al層について、測定角度45〜90度の範囲内で(0001)面の法線の傾斜角度数分布を測定した場合、83〜89度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、83〜90度の範囲内に存在する度数合計が、度数全体の45〜77%の割合を占めるような配向性を示すAl層を形成することにより、耐チッピング性を改善することが提案されている。
【0004】
また、特許文献2に示すように、工具基体の表面に、Ti化合物層からなる下部層と、Al層からなる上部層を被覆した被覆切削工具において、Al層を下位層と上位層からなる上下2層構造とし、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、下位層については測定角度45〜90度の範囲内で、また、上位層については測定角度0〜45度の範囲内で、(0001)面の法線の傾斜角度数分布を測定した場合、上位層は、0〜15度の範囲内に存在する度数合計が、度数全体の50%以上の割合を占め、また、下位層は、75〜90度の範囲内に存在する度数合計が、度数全体の50%以上の割合を占めるような配向性を示すAl層を形成することにより、高速重切削における耐チッピング性を改善することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許4747387号明細書
【特許文献2】特許4747324号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にある。また、工具寿命の延命化を図るという観点から、硬質被覆層の厚膜化も求められているが、例えば、硬質被覆層(例えば、上部層のAl層)の厚膜化を図った場合、上記従来の被覆工具においては、特にこれを厳しい切削条件の高速断続切削、すなわち、高熱発生を伴うとともに、切刃部にきわめて短いピッチで繰り返し断続的、衝撃的負荷が作用する高速断続切削で用いると、上部層のAl層は、高温強度、靭性、密着性が十分とはいえないため、切刃部にチッピングが発生しやすく、これが原因で、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、被覆工具の硬質被覆層の耐チッピング性向上をはかるべく、上部層を構成するAl結晶粒の結晶方位差に着目し、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0008】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、下部層として、3〜20μmの合計平均層厚を有するTiの炭化物(TiC)層、窒化物(TiN)層、炭窒化物(TiCN)層、炭酸化物TiCO)層および炭窒酸化(TiCNO)物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層を形成した後、上部層の酸化アルミニウム(Al)層を蒸着形成するにあたり、Al層の蒸着を、下部領域、中間領域および上部領域の3領域で条件を異ならせて蒸着すること、即ち、下部領域では基体表面の法線に対して(0001)面の法線がなす傾斜角が80〜90度の範囲内に存在する割合を高め、中間領域では上記70〜80度の範囲内に存在する割合を高め、、上部領域では上記0〜10度の範囲内に存在する割合を高めるような条件で蒸着することによって、上部層の各領域間における膜厚方向の結晶方位差が徐々に緩和された上部層を形成し得ることを見出したのである。
【0009】
そして、このような硬質被覆層を備えた被覆切削工具は、その上部層が下部層との密着性に優れるばかりか、結晶方位差に起因する上部層内部での脆化も抑制でき、さらに、厚膜化してもすぐれた高温強度、靭性を備えるものであることから、これを、例えば、鋼や鋳鉄などの、高熱発生を伴い、切刃に断続的、衝撃的負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合であっても、切刃部でのチッピングの発生を伴うことなく、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮することができるのである。
【0010】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの合計平均層厚を有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、2〜25μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態で六方晶の結晶構造を有する酸化アルミニウム層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
(c)上記酸化アルミニウム層は、それぞれ、平均領域厚さが0.5〜3μm、0.5〜3μmおよび1〜20μmの下部領域、中間領域および上部領域の3領域から構成され、
(d)上記酸化アルミニウム層のそれぞれの領域について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成した場合、
上記下部領域は、80〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、該下部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占め、
上記中間領域は、70〜80度の範囲内に存在する度数の合計が、該中間領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占め、
上記上部領域は、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、該上部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めることを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0011】
つぎに、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について、より具体的に説明する。
【0012】
下部層(Ti化合物層):
Ti化合物層は、自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体と上部層であるAl23層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速断続切削で熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0013】
上部層(Al層):
上部層を構成するAl層は、一般的に、すぐれた高温硬さと耐熱性を有し、硬質被覆層の耐摩耗性向上に寄与するが、その平均層厚が2μm未満では、硬質被覆層に十分な耐摩耗性を発揮せしめることができない。一方、この発明によれば、工具寿命の延命化のため、その平均層厚25μmまでの厚膜化は可能であるが、平均層厚が25μmを越えて厚くなりすぎると、チッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を2〜25μmと定めた。
【0014】
膜厚方向の結晶方位差が徐々に緩和される下部領域、中間領域および上部領域の3領域からなる本発明のAl層は、例えば、以下に示す三段階の蒸着方法によって成膜することができる。
即ち、Ti化合物層からなる下部層を通常の化学蒸着法で形成した後、該下部層の上に、例えば、通常の化学蒸着装置を用いて、
≪下部領域の成膜≫
反応ガス組成(容量%):AlCl 5〜8%、CO 3〜8%、HCl 6〜10%、TiCl 0.1〜0.6%、残りH
反応雰囲気温度:750〜900℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で、膜厚が0.5〜3μmになるまで下部領域を成膜し、
≪中間領域の成膜≫
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜5%、CO 3〜8%、HCl 2〜5%、TiCl 0.4〜1.0%、HS 0.05〜0.10%、残りH
反応雰囲気温度:750〜900℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で、膜厚が0.5〜3μmになるまで中間領域を成膜し、
≪上部領域の成膜≫
反応ガス組成(容量%):AlCl 2〜5%、CO 3〜8%、HCl 6〜10%、HS 0.25〜0.6%、残りH
反応雰囲気温度:960〜1020℃、
反応雰囲気圧力:3〜10kPa、
の条件で、膜厚が1〜20μmになるまで上部領域を成膜する。
上記の三段階で、Alを成膜することによって、膜厚方向の結晶方位差が徐々に緩和される下部領域、中間領域および上部領域の3領域からなる本発明のAl層を形成することができる。
【0015】
そして、この上部層は、上部層の下部領域が、下部層との密着性に優れ、また、上部層はすぐれた高温強度と靭性を備え、さらに、中間領域は、下部領域と上部領域の急激な結晶方位差の変化を緩和し、下部領域と上部領域間の急激な結晶方位差によるAl層内部の脆化を抑制することから、本発明の上部層を備えた被覆工具は、高速断続切削加工においてすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する。
【0016】
上記で成膜した上部層のAl層について、層厚方向に形成された下部領域、中間領域および上部領域の3領域のそれぞれの結晶配向性を調べるため、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成したところ、
(イ)下部領域においては、80〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、該下部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占め、
(ロ)中間領域においては、70〜80度の範囲内に存在する度数の合計が、該中間領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占め、
(ハ)上部領域においては、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、該上部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めた。
つまり、上部層の各領域間において膜厚方向の結晶方位差が徐々に緩和されていることが分かる。
【0017】
図1に、(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した傾斜角度数分布グラフの一例を示す。
図1(a)は下部領域、(b)は中間領域、(c)は上部領域について測定した傾斜角度数分布グラフである。
【0018】
上記上部層のAl層において、その下部領域、中間領域、上部領域のそれぞれの膜厚が、0.5μm、0.5μm、1μm未満では、上部層の厚膜化による工具寿命の長寿命化を期待することができず、一方、上記各領域の膜厚が、それぞれ、3μm、3μm、20μmを超えると、切れ刃部にチッピングが発生しやすくなることから、上部層の下部領域の膜厚は0.5〜3μm、中間領域の膜厚は0.5〜3μm、また、上部領域の膜厚は1〜20μmと、それぞれ定めた。
【0019】
また、上記下部領域において、80〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、該下部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%未満では、下部層との十分な密着性を確保することができず、また、中間領域において、70〜80度の範囲内に存在する度数の合計が、該中間領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%未満では、下部領域と上部領域間の結晶方位差の緩和を十分に図ることができないため、下部領域と上部領域間の密着性の向上、層内脆化の緩和を図ることができず、さらに、上部領域において、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、該上部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%未満では、Al層の具備する耐摩耗性を十分に発揮することができない。
したがって、本発明では、Al層からなる上部層の下部領域は、80〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、該下部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を、また、中間領域は、70〜80度の範囲内に存在する度数の合計が、該中間領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を、さらに、上部領域は、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、該上部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めるように、上部層各領域におけるAl結晶粒の配向割合を定めた。
【発明の効果】
【0020】
硬質被覆層として、Ti化合物層からなる下部層とAl層からな上部層を蒸着形成したこの発明の被覆工具は、上部層のAl層が、下部領域、中間領域、上部領域の3領域から形成され、各領域におけるAl結晶粒の配向性を徐々に変化させ、下部領域では、下部層との密着性が高められ、上部領域では、すぐれた高温強度、高温硬さ、靭性を具備し、さらに、中間領域において、下部領域と上部領域間の結晶方位差変化が緩和され、もって、層内密着性を高められるとともに、層内脆化を抑制されることにより、高熱発生を伴うとともに、切刃部に断続的、衝撃的負荷が作用する高速断続切削に用いた場合でも、チッピング等の異常損傷を発生することなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明被覆工具1の硬質被覆層の上部層を構成するAl層の(0001)面の法線についての傾斜角度数分布グラフであり、(a)は下部領域、(b)は中間領域、(c)は上部領域について測定された傾斜角度数分布グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0023】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0024】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
【0025】
つぎに、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、硬質被覆層の下部層として、表3に示される条件で、かつ、表5に示される組み合わせ及び目標層厚でTi化合物層を蒸着形成し、
ついで、上部層としてのAl層を、表4に示される条件にて、かつ、表6に示される目標層厚で蒸着形成することにより、
本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0026】
また、比較の目的で、硬質被覆層の下部層として、表3に示される条件で、かつ、表5に示される組み合わせ及び目標層厚で、本発明被覆工具1〜13と同じTi化合物層を蒸着形成し、
ついで、上部層としてのAl層を、表4に示される条件にて、かつ、表7に示される目標層厚で蒸着形成することにより、
比較例被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0027】
ついで、上記の本発明被覆工具と比較例被覆工具の硬質被覆層の上部層を構成するAl層について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用いて、傾斜角度数分布グラフをそれぞれ作成した。
まず、傾斜角度数分布グラフは、上部層のAl層の縦断面(下部領域、中間領域、上部領域のいずれかの縦断面)を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記縦断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、工具基体の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより作成した。
また、上記測定は、Al層の下部領域、中間領域、上部領域のそれぞれの領域について行った。
なお、比較例被覆工具については、Al層は単一の領域であって、上記各領域が形成されていないことから、Al層の層厚を、層厚方向に8等分し、それぞれ工具基体の側から、第1領域、第2領域、第3領域、第4領域、第5領域、第6領域、第7領域、第8領域とし、第1領域が本発明の下部領域に対応する領域、第2領域が本発明の中間領域に対応する領域、第3〜第8領域が本発明の上部領域に対応する領域であるとして、各領域における傾斜角度数分布グラフをそれぞれ作成した。
【0028】
表6、表7に、上記で求めた傾斜角度数分布グラフにおいて、度数全体に占める80〜90度(下部領域)、70〜80度(中間領域)および0〜10度(上部領域)の範囲内の傾斜角区分に存在する度数割合を示す。
図1(a)〜(c)に、一例として、本発明被覆工具1について作成した傾斜角度数分布グラフを示す。
【0029】
表6、表7にそれぞれ示される通り、本発明被覆工具のAl層は、下部領域では80〜90度の度数割合が高いことを、また、中間領域においては、70〜80度の度数割合が高いことを、さらに、上部領域においては、0〜10度の度数割合が高いことを示している。
これに対して、比較例被覆工具においては、各領域の度数割合が60%以下であり、また領域間で傾斜構造とはなっていないことを示した。
【0030】
なお、本発明被覆工具1〜13の下部層の層厚、上部層の各領域の膜厚、さらには、比較例被覆工具1〜13の下部層、上部層の層厚を、走査型電子顕微鏡を用いて測定(同じく縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】



【0033】
【表3】



【0034】
【表4】



【0035】
【表5】



【0036】
【表6】



【0037】
【表7】



【0038】
つぎに、上記の各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具1〜13および比較例被覆工具1〜13について、
被削材:JIS・S30Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:360m/min、
切り込み:1.3mm、
送り:0.2mm/rev、
切削時間:5分、
の条件(切削条件A)での炭素鋼の湿式高速断続切削試験(通常の切削速度は、200m/min)、
被削材:JIS・SCM415の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:350m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.32mm/rev、
切削時間:5分、
の条件(切削条件B)での合金鋼の湿式高速断続高送り切削試験(通常の切削速度は、200m/min)、
被削材:JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:400m/min、
切り込み:2.4mm、
送り:0.32mm/rev、
切削時間:5分、
の条件(切削条件C)でのダクタイル鋳鉄の乾式高速断続高送り切削試験(通常の切削速度は、180m/min)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
この測定結果を表7に示した。
【0039】
【表8】



【0040】
表6〜8に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、上部層のAl層が、下部領域、中間領域、上部領域の3領域から形成され、各領域におけるAl結晶粒の配向性を徐々に変化させ、下部領域では、下部層との密着性を高め、上部領域では、すぐれた高温強度、高温硬さ、靭性を具備し、さらに、中間領域において、下部領域と上部領域間の結晶方位差変化を緩和し、もって、層内密着性を高めるとともに、層内脆化を抑制したことにより、高熱発生を伴うとともに、切刃部に断続的、衝撃的負荷が作用する高速断続切削に用いた場合でも、チッピング等の異常損傷を発生することなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
これに対して、比較例被覆工具1〜13については、いずれも、高速断続切削加工では硬質被覆層にチッピングが発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削は勿論のこと、特に高熱発生を伴い、切刃部に断続的、衝撃的負荷が作用する高速断続切削に用いた場合でも、すぐれた耐チッピング性を示し、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。






【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの合計平均層厚を有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、2〜25μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態で六方晶の結晶構造を有する酸化アルミニウム層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
(c)上記酸化アルミニウム層は、それぞれ、平均領域厚さが0.5〜3μm、0.5〜3μmおよび1〜20μmの下部領域、中間領域および上部領域の3領域から構成され、
(d)上記酸化アルミニウム層のそれぞれの領域について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成した場合、
上記下部領域は、80〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、該下部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占め、
上記中間領域は、70〜80度の範囲内に存在する度数の合計が、該中間領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占め、
上記上部領域は、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、該上部領域について作成した傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めることを特徴とする表面被覆切削工具。
























【図1】
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【公開番号】特開2013−111722(P2013−111722A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261779(P2011−261779)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】