説明

X線光電子分光装置及び全反射X線光電子分光装置並びに角度分解X線光電子分光装置

【課題】本発明はX線光電子分光装置並びに全反射X線光電子分光装置に関し、試料表面を極めて平坦にすることにより、高精度の試料分析ができるようにしたX線光電子分光装置,全反射X線光電子分光装置を提供することを目的としている。
【解決手段】試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、エッチングした試料表面に全反射条件を満たす全反射臨界角以下の角度でX線を照射するX線照射手段と、X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なう解析手段と、を含んで構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線光電子分光装置及び全反射X線光電子分光装置並びに角度分解X線光電子分光装置に関し、更に詳しくは高精度でX線光電子分光を行なうことができるX線光電子分光装置及び全反射X線光電子分光装置並びに角度分解X線光電子分光装置に関する。本発明は、表面分析機器(XPS:X線光電子分光装置など)における高分子材料・遷移金属酸化物、半導体材料等の表面敏感測定用の試料表面平坦化、更にTRXPS:全反射X線光電子分光装置,ARXPS:角度分解X線光電子分光装置と組み合わせた深さ方向分析の測定分野に関するものである。特に、高分子材料、金属酸化物、シリコンウェハのような半導体材料(微量元素分析)に対して適用されることが期待されている。
【背景技術】
【0002】
試料分析の分野で、ウェハ等の試料表面及び該試料表面近傍の原子又は分子の構造を解析するためにX線光電子分光装置(XPS)が用いられる。該XPSは、超高真空中で試料にX線を照射し、該試料から放出される光電子のエネルギーをエネルギーアナライザで測定し、試料表面の元素及び化学結合状態を測定するものである。
【0003】
図9はX線光電子分光法の説明図である。試料1にX線42が所定の角度で入射されてくると、該試料3の表面からは光電子43が放出される。この光電子43をエネルギーアナライザで分析することにより、試料3の表面近辺δの深さの元素の構造を解析することが可能となる。
【0004】
光電子分光装置において、光電子の励起光束を測定試料の表面に対して励起光の波長と測定物質で決まる全反射の臨界角度以下で入射させて光電子を測定した場合、試料中への励起光の侵入深さが非常に浅くなり、通常の光電子分光装置による測定に比べて、更に表面の元素組成に対して数桁以上検出効率を増すことが可能である。図10は全反射臨界角以下でのX線入射を示す図である。X線42が入射角αで試料3に入射してきて、該試料3から光電子43が放出される。このような入射光の条件を用いる光電子分光装置は、全反射光電子分光装置(TRXPS)と呼ばれている。
【0005】
全反射光電子分光装置が正常に働くためには、試料の表面が極めて平坦であることが要求されている。
また、XPSの測定方法で、試料に斜めにX線を当て、深さ方向の情報を得るものとして、角度分解XPS測定法(ARXPS)がある。ここで、ARXPSでは、X線に対して試料を傾けて照射するものである。この方法によれば、試料の深さ方向の情報が得られる。従って、非破壊で試料の深さ方向の情報を得ることができる。
【0006】
従来のこの種の装置としては、100個以上の原子又は分子から構成されている粒子を減圧雰囲気中で被分析試料に照射することにより、エッチングの効率を下げず、被分析試料の結合状態や組成に変化を与えずに、被分析試料を削って深さ方向の正確な元素分析を行なうものが知られている(例えば特許文献1参照)。
【0007】
また、試料表面を原子レベルで超精密研磨が可能なようにした技術が知られている(例えば特許文献2参照)。
また、各種の不活性ガスや酸素、窒素などのイオンを高輝度に放射するエレクトロスプレイ型イオン源と、これを搭載した集束イオンビーム装置を実現し、上記イオン材料による集束イオンビームによって、半導体などの表面の微小領域に汚染を与えることなしに微細加工、分析或いは計測を行なう技術が知られている(例えば特許文献3参照)。
【0008】
また、エッチングを行なうことなく、全反射光電子分光法を用いた分析で、試料極表面とそれより深いところの元素分析を行うことができる試料分析方法が知られている(例えば特許文献4参照)。
【0009】
前記した装置で試料の表面及び内部を分析する場合、試料表面を平坦にする必要がある。この場合、Arイオンなどの希ガス単原子イオン照射による材料表面エッチング法や、シランガス、水素ガス等を用いたプラズマエッチング法や、炭酸ガス噴霧による材料表面浄化が行われている。
【特許文献1】特開平8−122283号公報(段落0015〜0018、図1)
【特許文献2】特開平8−120470号公報(段落0008〜0014、図1)
【特許文献3】特開平7−161322号公報(段落0022〜0027、図1、図4)
【特許文献4】特開2000−97889号公報(段落0011〜0021、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の技術では、エッチングされた表面の荒れ(凹凸)の発生、試料損傷(官能基の離脱)、エッチング時の汚れ等が発生する。
1.従来、一般に用いられているArイオンエッチング法は、表面汚染物の除去ができるが、試料表面の荒れの発生が著しく、この結果、TRXPS測定の特徴を示すバックグラウンド強度減少のスペクトル測定が困難である。
【0011】
2.非破壊で深さ方向分析に用いられている角度分解XPS(ARXPS)測定では、試料表面を覆っている汚染物が下層光電子強度を減少させるため、高感度でARXPS測定ができないという問題がある。
【0012】
3.試料損傷、表面荒れがArイオンエッチング法で生じるため、このArイオンエッチング法とTRXPS・ARXPS法を組み合わせて行なうことができないという問題がある。特にTRXPS法との組み合わせが困難で、このためTRXPS法の特徴である原子/分子レベルでの深さ方向分析ができない。
【0013】
4.通常使用されているArイオン照射法、化学エッチング法では、1)材料表面に荒れを発生、2)化学結合の切断、3)金属酸化物では還元反応の発生、4)表面構造の破壊の発生等がある。それぞれの発生の理由は以下の通りである。
【0014】
理由1):選択エッチング、照射イオンの試料表面衝突時に発生する熱、イオン打ち込み等により表面荒れが発生する。この結果、XPS測定に与える影響として、スペクトル強度の低減がある。
【0015】
理由2):結合の形成しているエネルギー以上のエネルギーを照射するため、結合が寸断される。
理由3):Arイオン(正イオン)による脱酸素が発生する(還元反応)。化学エッチング法では分解生成物が堆積する。
【0016】
理由4):照射イオンのエネルギーが高いため(100V以上)、照射イオンの打ち込みにより表面構造に乱れが発生し、構造破壊が生じる。
本発明は上記に記述した問題を解決するものである。特に、従来方法(理由4)に対し、問題点を解決し、従来方法では不可能であった表面荒れの抑制、結合状態の保持、金属酸化物に対する還元の抑制、表面構造の保持を目的とするものである。特に、XPSは化学結合状態分析、表面定量分析に適している。より正確な化学結合状態分析、定量分析、更に内部の状態分布を測定するには上記の問題点を解決しなければならない。
【0017】
更に、TRXPSは表面敏感で従来法に比べ2桁以上の検出限界が向上している。しかしながら、多くの材料に対しこの測定法を適応することは困難である(表面平坦化ができない)。
【0018】
本発明は、帯電液滴エッチング法を採用することにより、これら従来方法などの問題点を解決し、試料表面クリーニング、平坦化した試料を作製し、TRXPS測定を簡便にできる技術を提供するもので、更にXPS,TRXPS、ARXPSでの深さ方向分析を可能にすると共に、従来法ではできなかった深さ方向分解能を原子/分子レベルまで向上する技術である。特に、帯電液滴によるエッチングを繰り返しながら深さ方向分析を実施するTRXPS法は今までに存在しない技術である。
【0019】
本発明はこのような点に鑑みてなされたものであって、試料表面を極めて平坦にすることにより、高精度の試料分析ができるようにしたX線光電子分光装置,全反射X線光電子分光装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0020】
(1)請求項1記載の発明は、試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、エッチングした試料表面に所定の角度でX線を照射するX線照射手段と、X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なう解析手段と、を含んで構成されることを特徴とする。
【0021】
(2)請求項2記載の発明は、試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、エッチングした試料表面に全反射条件を満たす全反射臨界角以下の角度でX線を照射するX線照射手段と、X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の元素、化学結合の深さ方向分析を行なう解析手段と、を含んで構成されることを特徴とする。
【0022】
(3)請求項3記載の発明は、前記帯電液滴エッチング法は、帯電液滴クラスターイオンビームを用いて試料表面をエッチングするものであることを特徴とする。
(4)請求項4記載の発明は、前記帯電液滴エッチング法は、帯電液滴クラスターイオンビームを用いて試料表面をエッチングするものであることを特徴とする。
【0023】
(5)請求項5記載の発明は、試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、エッチングした試料表面に所定の角度でX線を照射するX線照射手段と、X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なう解析手段と、を含んで構成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
(1)請求項1記載の発明によれば、試料表面をエッチング手段により帯電液滴エッチング法を用いてエッチングすることにより試料表面を極めて平坦にすることができるので、解析手段により試料表面近傍の深さ方向分析を正確に行なうことができる。
【0025】
(2)請求項2記載の発明によれば、試料表面をエッチング手段により帯電液滴エッチング法を用いてエッチングすることにより、試料表面を極めて平坦にすることができ、この試料表面にX線照射手段により試料表面に全反射条件を満たす全反射臨界角以下の角度でX線を照射することで、試料表面近傍の深さ方向分析を極めて正確に行なうことができる。
【0026】
(3)請求項3記載の発明によれば、帯電液滴エッチング法として帯電液滴クラスターイオンビームを用いることにより、試料表面を極めて平坦にすることができる。
(4)請求項4記載の発明によれば、帯電液滴エッチング法として帯電液滴クラスターイオンビームを用いることにより、試料表面を極めて平坦にすることができる。
【0027】
(5)請求項5記載の発明によれば、試料表面をエッチング手段により帯電液滴エッチング法を用いてエッチングすることにより試料表面を極めて平坦にすることができるので、解析手段により試料表面近傍の深さ方向分析を正確に行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。本発明では、帯電液滴エッチング法をX線光電子分光法(XPS)、全反射XPS法(TRXPS法)に使用することにより、以下の事項が可能となる。ここで、帯電液滴とは、例えば水を微小なかたまりにし、その微小なかたまりを帯電させ、クラスターイオンとしたものである。より詳しくは、クラスターイオンは、原子又は分子が多数より集まって、ファン・デル・ワース力により結合してクラスターを構成し、これをイオン化して正の電荷をもたせたものである。本発明は、このようなクラスターイオンビームを試料表面に照射すると、試料表面を極めて平坦にエッチングすることができるという、本発明者が新たに見出した知見に基づくものである。
【0029】
1)TRXPS測定を実施する場合、X線の全反射条件を満たす平坦な試料表面が必要となる。平坦な試料表面を作製するには、研磨等を実施しなくてはならない。しかしながら、この処理を行なうと試料表面に汚染物が堆積し測定が困難となる。また、汚染物を除去するために一般に使用されているArイオン等の希ガスを高速(>100V)で試料面に照射し、スパッタエッチングを行えばArイオン照射による表面凹凸の発生、更には化学結合状態の損傷等が生じる。
【0030】
このような現象を抑制することができる処理方法を用いれば、安定してTRXPS測定の実施が可能になる。TRXPS測定を実施するためには、ナノレベルでの表面平滑化が必要である。このため、測定に適した試料作製は重要となっている。帯電液滴エッチング法は、ナノレベルで試料表面を平滑化することが可能となる。
【0031】
2)Layer−by−Layerレベル(分子レベルで一層ずつ)での原子/分子エッチングが可能である。TRXPS測定は、通常のXPS測定に比べて2桁以上表面敏感(検出限界が向上)である。そのため、表面微量元素測定が可能となっている。しかしながら、試料に汚染物が堆積していると、検出限界の向上が期待できなくなる。帯電液滴エッチング法は、原子/分子レベルでのエッチングが可能となっている。
【0032】
従って、表面汚染物をLayer−by−LayerでエッチングすることによりTRXPS測定時の検出限界向上が期待できる。更に、従来不可能とされてきたTRXPS測定での深さ方向分析を可能とする(深さ方向分解能の向上)。またXPSの測定方法である角度分解XPS測定(ARXPS)でも帯電液滴エッチング法により試料表面をエッチングすることで(表面汚染物をLayer−by−Layerレベルでエッチング)、表面近傍の深さ方向分析を高感度で測定可能となる。
【0033】
3)試料損傷が無い表面状態形成
TRXPS・ARXPSで最表面近傍を測定する時、上述のように表面汚染物の存在が問題となる(光電子強度の低減が生じる)。このため、試料表面損傷なく汚染物を除去するかがTRXPS・ARXPS測定精度を向上する上で重要となる。帯電液滴エッチング法は、エッチングを実施しても表面化学結合状態の損傷がない(金属酸化物の還元、有機化合物の損傷なとがない)。従って試料損傷がなく、表面汚染物を除去した試料を加工・作製することで材料本来の表面近傍の深さ方向分析を高感度で測定することができる。
【0034】
4)その場分析
XPSのような表面分析装置では、試料処理・加工は超高真空中で実施しなくてはならない(処理・加工後大気中に曝すと汚染物が堆積する)。また、より平滑化処理・加工するため、帯電液滴クラスターイオンビームは試料面に対して高角度(90°近辺)で照射しなくてはならない。
【0035】
図1は本発明の一実施の形態を示す構成図である。図において、4は真空チャンバー(予備排気室)、3は該真空チャンバー4内に配置された試料、2は試料3を交換/移動させるための試料交換棒である。9は試料3の表面を削るためのクラスターイオンのスキャンを行なうラスター機構である。1Bは真空チャンバー4内を高真空に引くための真空排気系で、ロータリーポンプ20aと、ターボ分子ポンプ20bと、真空計20c、20dから構成されている。この構成は、帯電液滴エッチング銃6を差動排気系7を介して真空に引く真空排気系1Aについても同じで、ロータリーポンプ20a、ターボ分子ポンプ20bと、真空計20c、20dから構成されている。
【0036】
5は大気圧下に置かれ帯電液滴を発生するエレクトロスプレー部、11はエレクトロスプレー部5で生成された帯電液滴を通過させるためのオリフィス、12はオリフィスを通過した帯電液滴のクラスターサイズを選択するイオンガイド、8はイオン集束レンズ系である。これらエレクトロスプレー部5とオリフィス11とイオンガイド12とイオン集束レンズ系で帯電液滴エッチング銃6を形成している。10は真空チャンバー4内でエッチングされた試料3にX線を照射することにより、試料3の表面分析を行なう表面分析チャンバーである。
【0037】
真空チャンバー4内で超平坦化された試料3は、仕切弁42を介して真空チャンバー4と接続された表面分析チャンバー10に試料交換棒2を用いて移送される。図2は表面分析チャンバー内の本発明の分析装置部の構成例を示す図である。図において、3は試料であり、該試料3は3次元試料移動機構により任意の位置に移動することができるようになっている。即ち、試料移動機構はX軸用、Y軸用、Z軸用、T軸用の移動調整つまみを持っている。33は試料移動機構により試料ステージ34を任意の位置に移動させるためのステージ軸である。
【0038】
32はX線を放出するX線管である。該X線管32から出射されたX線は分光結晶30により分光され、分光されたX線が試料3に所定の入射角で入射するようになっている。試料3から放出された光電子は、静電レンズ31で集束されて、エネルギーアナライザ(図示せず)に入力され、所定の元素分析が行なわれる。このように構成された装置を用いて本発明の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0039】
エレクトロスプレー部5においては、数kVの高圧を印加した金属キャピラリーに水を送液し、この水を静電場噴霧させることで、帯電した微細液滴(クラスターイオン)を発生させる。発生したクラスターイオンはイオンガイド12で質量選別され、加速される。加速後のクラスターイオンはイオン集束レンズ系8により試料3に向けて集束し衝撃させる。ラスター機構9は、クラスターイオンを偏向する例えば静電偏向器を備え、試料上でクラスターイオンをラスター走査させるものであり、走査範囲の大きさ、走査密度、走査速度等を調整することができる。このシステムを搭載することによりクラスターイオンの試料衝突によるエッチングエリヤの均一性を持たせることができる。
【0040】
クラスターイオンを凹凸のある試料に衝突させると、イオンは試料表面の凸の部分をエッチングして、試料表面は極めて高い平坦度を持ったものとなる。そして、試料表面の均一性を持たせることが可能となる。即ち、本発明によればクラスターイオンのサイズ(イオンガイド動作によりクラスター分子サイズを選別する)を選別し、エッチング領域の大きさを選別することにより、単位面積あたりのイオンドーズ量の選別が行なわれることになり、エッチング速度の調整を可能とすることができる。この結果、試料表面からの処理加工深さの調整を行なうことができる。
【0041】
図1において、帯電液滴エッチング銃6に差動排気系7を用いることにより、超高真空システムへの装着を可能にしている。その理由は、超高真空を必要とするXPSやTRXPS装置に装着可能にするためである。つまり、処理・加工した試料を大気に曝すことなく表面分析チャンバー10に導入することができるようにするためである。この時、表面分析チャンバー10へのエッチングされた試料3の導入は、以下のように行われる。
【0042】
試料3の帯電液滴エッチングを行ない、試料表面を超平坦にした後、真空チャンバー4を真空に維持したまま仕切弁42を開ける。エッチングされた試料3を試料交換棒2によって保持する。試料交換棒2を操作することにより試料3を仕切弁42を介して表面分析チャンバー10内の試料ステージ34へ移送し載置する。載置後、試料交換棒2のみを真空チャンバー4へ待避させ、仕切弁42を閉じる。
【0043】
表面分析チャンバー10では、搬送されてきた試料に対して、図2に示す構成の装置で光電子を発生させ、静電レンズ31でこの光電子を集束し、エネルギーアナライザに導入することで、試料表面乃至は深さ方向の分析を行なう。
【0044】
このように、本発明によれば、試料表面を帯電液滴エッチング法によりエッチングすることにより、試料表面を極めて平坦にすることができるので、試料表面近傍の深さ方向分析を正確に行なうことができる(XPS)。
【0045】
特に、エッチングした試料表面に全反射条件を満たす全反射臨界角以下の角度でX線を照射し、X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なうことができる(TRXPS)。
【0046】
図3は本発明による測定の流れを示す図である。(a)は帯電液滴エッチングを実施し、TRXPS測定を可能とする試料加工を行なった後、X線を試料表面に入射させ、該試料3から放出される光電子を集束して試料の表面分析を行なう。このようにして測定した後、試料3を図1の試料交換棒2に戻し、試料位置に試料をセットした後、帯電液滴エッチング銃本体5からエッチングを実施する。
【0047】
その後、エッチングされた試料3を表面分析チャンバー10に移動させ、図3の(b)に示すように再び測定を行なう。(b)と(a)を比較すると明らかなように、エッチングをする度に試料表面は削られていく。ここで、TRXPSの分析深さは光電子の平均自由行程(電子が衝突するまでに進む距離)であるため、1〜2ナノの深さ方向分解能でプロファイル測定ができる。
【0048】
この操作をARXPSに適用することで、従来のARXPSより深さ方向分解能の向上したプロファイル測定が可能となる。帯電液滴エッチング銃6は真空チャンバー4の上部に装着されているが、試料3の面に対して45°以上の角度でクラスターイオンを照射する。図4は試料へのクラスターイオンの照射の様子を示す図である。試料3に対してクラスターイオンkが入射角度θで入射している。イオン照射後の表面荒れを抑え、表面クリーニング、均一エッチングを可能とするには、図4の入射角度θを高角度にしなくてはならない。本発明に必要なイオン入射角度は60°以上が望ましい。
【0049】
図5はSEMによる観察結果を示す図である。この図は、InP(111)試料を本発明方法でエッチングした時のSEM観察結果を示す図である。aはエッチング前を、bはArイオン照射でエッチングした時を、cは本発明方法でエッチングした時をそれぞれ示す。イオン照射による表面荒れは多くの材料表面で発生するが、特にInP表面での荒れは著しい。このため、一般にイオン照射による表面荒れ確認にInPが広く用いられている。
【0050】
図5に示すように従来法のArイオン照射ではInP表面に著しい荒れが発生していることが分かる。これはイオン照射時に発生する熱の影響である。このような荒れが生じるとTRXPSを実施してもX線の全反射条件を満たすことができなくなる。この結果に対して、帯電液滴クラスターイオンを用いてエッチングしたInP表面ではエッチングによる荒れが発生していないことが分かる。図5は本発明の一実施例におけるディスプレイ上に表示した表示画面中のメイン画面の一例を中間調の写真で示す図である。
【0051】
これはクラスターイオンが試料(InP等)に照射した際、個々のイオンのエネルギーが低いため照射時にほとんど熱が発生しないためである。このため、cに示すようにエッチング時の荒れがほとんどない。このように、本発明方法では、材料表面の荒れ(表面凹凸)を著しく抑制することができ、この結果、TRXPS測定で必要な汚染物の無い試料面を得ることができる。
【0052】
図6はXPS測定結果を示す図である。図に示す例は、Siウェハ(フッ酸洗浄後、自然酸化膜除去後)を本発明方法でエッチングした後XPS(光電子分光装置)で測定した結果を示している。縦軸は強度、横軸は結合エネルギーである。f1は洗浄直後の結果を、f2は本発明方法でエッチングした後のスペクトルである。
【0053】
図6に示すようにスペクトルの違いは全く観測されていない。通常のArイオン照射では、Siウェハ表面の構造破壊が発生し、表面構造を非晶質へと変化させる。この場合、XPS測定で得られるスペクトルはブロードになる。しかしながら、図6に示すように、帯電液滴エッチング法ではこのような変化は発生していない。また、化学エッチングのように生成物の堆積もない。結果として、帯電液滴クラスターイオンエッチングした表面は十分にエッチングを行なってもXPS又はTRXPS測定で問題となる表面構造破壊(化学結合状態変化)が発生しない。
【0054】
図5,図6の結果はTRXPS測定、ARXPS測定などXPS測定に必要な試料表面処理(加工)を行なうことができることを示している。このように処理した試料を用いてTRXPS測定(又はARXPS測定)を実施することで原子/分子レベルでの深さ方向分析が可能となる。
【0055】
図7は帯電液滴クラスターイオンでエッチングし、その後TRXPS測定を行ない(エッチングと測定を繰り返して測定)深さ方向分析を実施した後得られた深さ方向濃度分布(プロファイル)を示している。縦軸は元素組成比を、横軸は試料の深さを示している。図では、A元素とB元素についてのプロファイルを示している。(a)は本発明によるエッチング処理しない時のプロファイルを、(b)は帯電液滴クラスターエッチングを実施した時のプロファイルをそれぞれ示している。
【0056】
図に示すように、帯電液滴クラスターイオンビームを用いてエッチングを行なうことにより、プロファイルの分解能Dが向上する。この時の分解能Dは、光電子の平均自由行程長に匹敵するものである。即ち、原子・分子レベルの分解能のプロファイル測定が可能となる。(a)に示す場合には、深さ方向分解能Dが大きいのに比べて、本発明を用いた(b)に示す場合は、深さ方向分解能Dが小さくなっていることがわかる。
【0057】
以上、説明したように、本発明は試料表面の平滑に、かつ試料損傷なく、原子/分子レベルでエッチング可能な帯電液滴クラスターイオンで試料処理(加工)することにより、従来限られた試料でしか測定できなかったTRXPS測定分野を新たに開くことが可能となる。また、TRXPSとこの処理(加工)技術を用いることにより、従来TRXPS法ではできなかった深さ方向分析も可能となり、更に得られる深さ方向プロファイルの分解のは著しく向上することを示している。
【0058】
図8は本実施の形態の動作の流れを示す図である。本実施の形態では、エッチング部50で試料をエッチングしたものを高真空状態を保持しつつエネルギーアナライザ部(TRXPS装置本体)60に搬送してエネルギー分析を行なう。次に、同じ試料をエッチング部50に戻して再度エッチングする。エッチングしたものをまたエネルギーアナライザ部60に搬送してエネルギー分析を行なう。以上の操作を繰り返すことによ、試料3の表面は削られていき、その表面に入射X線を当てることにより、図に示すような元素組成比が得られる。本発明の場合は、深さ方向分解能は原子・分子レベルと同程度になる。
【0059】
なお、上記実施の形態では、真空チャンバー4と表面分析チャンバー10との間に仕切弁42を配置し、エッチング部50でエッチングした試料をこの仕切弁42を介して高真空状態を保持しつつエネルギーアナライザ部(TRXPS装置本体)60に搬送してエネルギー分析を行なうようにしたが、仕切弁42により真空チャンバー4と表面分析チャンバー10を接続しなくとも良い。その場合には、エッチング部50でエッチングした試料を真空保持可能な試料コンテナに収容し、その試料コンテナを操作者が表面分析チャンバー10に移送搬入して分析を行うようにすれば良い。
【0060】
また、帯電液滴エッチング銃を表面分析チャンバー10内に設置することも可能である。図11はそのような実施の形態の例を示すものである。図11においてエネルギーアナライザ部60と帯電液滴エッチング銃6は、試料の同一部位について分析とエッチングが行えるよう、チャンバー10に傾斜して取り付けられている。そして、帯電液滴エッチング銃6の先端部には、差動排気用の複数の絞り43とその間の空間を真空排気する差動排気用真空ポンプ44とからなる差動排気機構が設けられ、これにより、表面分析チャンバー内の高真空が維持されるように構成されている。
【0061】
本実施の形態では、帯電液滴エッチング銃からのクラスターイオンによって試料3をエッチングした後、試料を移動させること無く、エネルギーアナライザ部60を用いて分析を行うことができる。
【0062】
以上、説明したように、本発明によれば、試料表面を極めて平坦にすることにより、高精度の試料分析ができるようにしたX線光電子分光装置,全反射X線光電子分光装置並びに角度分解X線光電子分光装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の一実施の形態を示す構成図である。
【図2】本発明の分析装置部の構成例を示す図である。
【図3】本発明による測定の流れを示す図である。
【図4】試料へのクラスターイオンの照射の様子を示す図である。
【図5】SEMによる観察結果を示す図である。
【図6】XPS測定結果を示す図である。
【図7】本発明によるイオンエッチングをしない場合とした場合の測定結果を示す図である。
【図8】本発明の動作の流れを示す図である。
【図9】X線光電子分光法の説明図である。
【図10】全反射臨界角以下でのX線入射を示す図である。
【図11】本発明の別の実施の形態を示す構成図である。
【符号の説明】
【0064】
1A、1B 真空排気系
2 試料交換棒
3 試料
4 真空チャンバー
5 エレクトロスプレー部
6 帯電液滴エッチング銃
7 差動排気系
8 イオン集束レンズ系
9 ラスター機構
10 表面分析チャンバー
11 オリフィス
12 イオンガイド
20a、20b ロータリーポンプ
20c、20d 真空計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、
エッチングした試料表面に所定の角度でX線を照射するX線照射手段と、
X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なう解析手段と、
を含んで構成されることを特徴とするX線光電子分光装置。
【請求項2】
試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、
エッチングした試料表面に全反射条件を満たす全反射臨界角以下の角度でX線を照射するX線照射手段と、
X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なう解析手段と、
を含んで構成されることを特徴とする全反射X線光電子分光装置。
【請求項3】
前記帯電液滴エッチング法は、帯電液滴クラスターイオンビームを用いて試料表面をエッチングするものであることを特徴とする請求項1記載のX線光電子分光装置。
【請求項4】
前記帯電液滴エッチング法は、帯電液滴クラスターイオンビームを用いて試料表面をエッチングするものであることを特徴とする請求項2記載の全反射X線光電子分光装置。
【請求項5】
試料表面上を帯電液滴エッチング法を用いてエッチングするエッチング手段と、
エッチングした試料表面に所定の角度でX線を照射するX線照射手段と、
X線を照射した試料表面から放出される光電子を解析することにより試料の表面近傍の深さ方向分析を行なう解析手段と、
を含んで構成されることを特徴とする角度分解X線光電子分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−48584(P2010−48584A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−210973(P2008−210973)
【出願日】平成20年8月19日(2008.8.19)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】