説明

アクチュエータ

【課題】吸引力ヒステリシスの発生を少ないアクチュエータの提供。
【解決手段】固定子側の摺動面に施したコーティング層内にグラファイト粒子を含ませることでアクチュエータに好適な摺動特性を実現できることを見いだした。すなわち、可動子とその可動子を往復動自在に支持する固定子とを有するアクチュエータにおいて、前記可動子の摺動面には無機化合物から形成されたコーティング層を有し、前記固定子の摺動面にはグラファイト粒子を含有するコーティング層を有することを特徴とする。特に、前記可動子の摺動面に形成された前記コーティング層は金属クロム、DLC及びグラファイト粒子からなる群から選択された1以上の無機化合物を含有させることで、可動子側の摺動面の硬度を高くすることが可能になり、摺動面の接触面積を長期間小さく保つことが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動特性に優れたコーティング層を摺動面に形成することで吸引力ヒステリシスを低減したアクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
従来技術として、アクチュエータの摺動部にリン化ニッケルからなるコーティング層を形成した技術が開示されている(特許文献1)。このコーティング層を形成したリニア式のアクチュエータの吸引力ヒステリシスは、可動子と固定子との間のギャップが充分に確保されている場合には小さいものであった。
【特許文献1】特開2004−153161号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、近年、部材の小型化の要求が大きくなっており、ギャップが小さく吸引力が大きいアクチュエータを実現しようとすると、吸引力ヒステリシスが大きくなるといった不都合があった。吸引力ヒステリシスの増大の原因を究明するために鋭意検討を行った結果、小型化したことにより可動子に加わるサイドフォースが相対的に大きくなったことが原因であることを突き止めた。
【0004】
本発明は上記実情に鑑みなされたものであり、可動子と固定子との間の摺動面に施すコーティング層を検討することで、サイドフォースに起因する吸引力ヒステリシスの発生を少なくすることができるアクチュエータを提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決する目的で本発明者らは鋭意検討を行った結果、コーティング層内にグラファイト粒子を含ませることでアクチュエータに好適な摺動特性を実現できることを見いだし、以下の発明に想到した。
【0006】
すなわち、本発明のアクチュエータは、可動子と、該可動子を往復動自在に支持する固定子と、を有するアクチュエータであって、前記可動子の摺動面には無機化合物から形成されたコーティング層を有し、前記固定子の摺動面にはグラファイト粒子を含有するコーティング層を有することを特徴とする。
【0007】
特に、前記可動子の摺動面に形成された前記コーティング層は金属クロム、DLC及びグラファイト粒子からなる群から選択された1以上の無機化合物を含有させることで、可動子側の摺動面の硬度を高くすることが可能になり、摺動面の接触面積を長期間小さく保つことが可能になる。
【0008】
また、前記固定子の摺動面に形成された前記コーティング層は前記グラファイト粒子と該グラファイト粒子を分散させるマトリクスとから構成されるものが好ましい。マトリクスは無電解めっきで形成されることが望ましい。例えば、NiP、NiWP、NiMoP、NiReP、NiB、NiWB、NiMoB、CoP、CoNiP、CoZnP、CoNiReP及びCoBからなる群から選択される無電解めっき材料が挙げられる。
【0009】
そして、コーティング層内に含有させる前記グラファイト粒子の平均粒径は5μm以下であることが望ましい。また、前記グラファイト粒子の前記コーティング層に対する含有率は該コーティング層の断面における面積率で10面積%以上、25面積%以下であることが望ましい。
【発明の効果】
【0010】
以上の構成を有することから、固定子側の摺動面に形成したコーティング層にグラファイト粒子を含有させ、可動子側の摺動面に形成したコーティング層に無機化合物を含有させることで、摩擦係数を小さく且つ摺動に伴う摩耗が少なくできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のアクチュエータは可動子と固定子とを有する。固定子は可動子を往復動自在に支持する構成を持つ。可動子及び固定子は電磁石又は永久磁石にて構成され、磁力により駆動される。可動子及び固定子の間は可動子の往復動により摺動する摺動面をもち、双方の摺動面は、ともに後述する構成を持つコーティング層が形成されている。コーティング層は摺動面の全面に形成されていることが望ましいが、特に、部位を限定して形成することもできる。
【0012】
固定子の摺動面に形成されたコーティング層は、グラファイト粒子を含有する。グラファイト粒子は特に限定しないが、粒径が小さく、粒度分布が揃っているものが望ましい。例えば、粒径の下限としては特に限定しないが0.4μm以上が好ましく、0.3μm以上がより好ましく、0.1μm以上が更に好ましい。粒径の上限も特に限定しないが、10μm以下が好ましく、5μm以下がより好ましく、3μm以下が更に好ましい。粒径の上限及び下限は任意に組み合わせ可能である。この粒径はレーザ回折・散乱式粒度分布径にて測定した値である。測定前には超音波照射にて溶媒中に分散させている。溶媒としてはエタノールを用いる。
【0013】
ここで、粒度分布は3μm以下で、コーティング層内にて均一分散していることが望ましい。なお、グラファイト粒子がコーティング層内にて均一分散しているとは、JISB0601により測定したコーティング層の表面粗さ(Ra)が、1.5μm以下であると定義することができる。グラファイト粒子が凝縮していないため、表面粗さが小さくなるためである。
【0014】
コーティング層内で均一に分散させるために、グラファイト粒子は片状、針状などの鋭角を有する形状以外の形状、例えば球状などの形状が好ましい。また、天然に産出するグラファイトを粉砕して製造したものよりも人造のグラファイトが望ましい。
【0015】
グラファイト粒子は何らかのマトリクス(無電解めっきなど)中に分散されていることが望ましい。マトリクスとしては、NiP、NiWP、NiMoP、NiReP、NiB、NiWB、NiMoB、CoP、CoNiP、CoZnP、CoNiReP及びCoBからなる群から選択される無電解めっき材料から構成されることが例示される。その場合に、グラファイト粒子は、マトリクスを含むコーティング層に対して面積基準(断面写真における全体に対する黒鉛の面積率)で、10面積%〜25面積%程度含有させることが望ましい。
【0016】
無電解めっきからなるマトリクスを含むコーティング層の形成方法は特に限定されないが、グラファイト粒子とマトリクスを構成する元素に応じて選択されるイオンと還元剤とを含み、必要に応じて錯化剤や緩衝剤、安定剤などが添加された溶液中に上述した固定子を浸漬することで、その固定子の表面にコーティング層が形成できる。
【0017】
固定子の摺動面に形成するコーティング層の厚みの下限としては特に限定しないが、3μm以上が好ましく、4μm以上がより好ましく、5μm以上が更に好ましい。コーティング層の厚みの上限も特に限定しないが、20μm以下が好ましく、15μm以下がより好ましく、10μm以下が更に好ましい。厚みの上限及び下限は任意に組み合わせ可能である。
【0018】
可動子の摺動面には無機化合物から構成されるコーティング層が形成される。無機化合物としては硬度の高いものが望ましく、例えば、金属クロム、DLC及びグラファイト粒子からなる群から選択された1以上の無機化合物を含有することが望ましい。金属クロムは一般的なめっき(硬質クロムめっき)として製膜可能である。DLCもCVD、PVDなどの一般的な方法にて製膜可能である。グラファイト粒子もそのまま又は無電解めっきからなるマトリクス中に分散させることで製膜可能である。グラファイト粒子及び無電解めっきの組成、形成方法は固定子のコーティング層にて説明したものと同様のものを採用することが望ましい。
【0019】
可動子の摺動面に形成するコーティング層の厚みの下限としては特に限定しないが、15μm以上が好ましく、20μm以上がより好ましく、25μm以上が更に好ましい。コーティング層の厚みの上限も特に限定しないが、80μm以下が好ましく、70μm以下がより好ましく、60μm以下が更に好ましい。厚みの上限及び下限は任意に組み合わせ可能である。可動子の摺動面は固定子の摺動面よりも過酷な環境にさらされることが予想されるので(可動子の摺動面は限られた部分で固定子の摺動面に当接することが予想できる)、固定子の摺動面に形成したコーティング層よりも厚くすることが望ましい。
【実施例】
【0020】
本発明のアクチュエータについて、以下、実施例に基づいて更に詳細に説明を行う。本実施例のアクチュエータはリニア式のアクチュエータ(ソレノイド)である。このソレノイドはバルブ2の流路を切り替えるものである。筒状の固定子6、7の内部に永久磁石からなる可動子4が配設されている。固定子6、7及び可動子4は磁気回路を構成する。固定子6、7の周辺部にはコイル9が設けられており、コイル9が固定子6、7を励磁することによって内部の可動子4が固定子6、7内を往復動する。可動子4及び固定子7の摺動面に後述するコーティング層を形成した。
【0021】
(コーティング層の形成)
実施例:固定子7の摺動面にマトリクスとしてのNi-Pにグラファイト粒子を分散したコーティング層を形成し、その後、熱処理を行った。熱処理条件は300℃、1時間とした。熱処理条件としては200℃〜350℃が好ましい。350℃を超えると膜が割れるおそれがある。グラファイト粒子は平均粒径3μmであった。グラファイト粒子については後に詳述する。コーティング層の厚みは5μm、表面粗さはJISB0601により測定した結果、0.921μmであった。そして、コーティング層表面におけるグラファイトの面積存在率(黒鉛面積率)は11%であった。
【0022】
可動子4の摺動面に表1に示す種類の無機化合物からなるコーティング層を形成した。硬質クロムは電気めっきにて40μmの厚みに形成した後、研磨によって表1に示す厚み及び表面粗さとした。DLCはプラズマCVDにて形成した。Ni−P及びグラファイト粒子入りNi-Pはグラファイト粒子を混合するか否かが異なる他は固定子7と同様に無電解めっきにて形成した。可動子4表面のコーティング層の厚み、表面粗さを表1に示す。
【0023】
比較例1〜3:固定子7の摺動面にNi−Pよりなるコーティング層を形成した。厚みは実施例と同じく5μm、表面粗さは0.738μmであり実施例よりも小さかった。
【0024】
比較例4及び5:固定子7の摺動面に窒化ホウ素粒子(平均粒径3μm:比較例4)又はポリテトラフッ化エチレン(PTFE)粒子(平均粒径0.3μm:比較例5)を分散したNi−Pよりなるコーティング層を形成した。厚みは5μm、表面粗さ及び窒化ホウ素(PTFE)面積率は表1に示す通りであった。
【0025】
(ヒステリシスの測定)
本実施例及び比較例の各アクチュエータについて、1000回往復摺動させた後(耐久後)のヒステリシスを測定した。ヒステリシスの測定は、摺動面にATFを塗布した後、可動子4が往復動する際に発生する力(吸引力(N))の差の絶対値を示した。各アクチュエータを1000回往復摺動させる条件は電流1Aを印加してアクチュエータを1000回往復摺動させた。
【0026】
【表1】

【0027】
表1より明らかなように、各実施例のソレノイドは耐久後のヒステリシスの値が小さく、優れた性能を示すことが判った。特に、実施例1及び2のソレノイドのヒステリシスが小さいことから、可動子4側の摺動面に形成するコーティング層としては硬質クロム及びDLC(特に硬質クロム)が好ましいことが判った。
【0028】
比較例1〜3のソレノイドは耐久後のヒステリシスの値が大きく耐久性が充分でなかった。また、比較例4のソレノイドにおいては、硬質なBN粒子が表面に露出していることが観察されたため、潤滑性が良好でないと判断された。また、比較例5においては、PTFEが柔らかいため耐久性が充分ないことを確認している。
【0029】
従って、固定子側のコーティング層は、可動子側のコーティング層に拘わらずグラファイト粒子を含有するNi−Pにて形成することが好ましいことが判った。
【0030】
(グラファイト粒子)
各実施例に用いたグラファイト粒子について検討した。グラファイト粒子は人造グラファイトを用いた。グラファイト粒子1gをエタノール1L中に分散させて粒度分布を測定した(レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置:LMS−30、株式会社セイヒン企業製)。分散は超音波洗浄機中にて5分間超音波を照射することで行った。結果を図2に示す。平均粒径は3μmであった。また、表面の観察の結果、粒子の分散は良好(均一分散)であることが判った(図4)。
【0031】
比較のために他のグラファイト粒子(天然グラファイトを粉砕して調製したもの)を検討した。このグラファイト粒子はコーティング層内に含有させた場合に表面が粗く、アクチュエータに適用することができなかった。実施例で用いたグラファイト粒子と同様にして粒度分布を測定した。結果を図3に示す。平均粒径は5μmであった。また、コーティング層の表面を観察した写真から均一分散の状態ではないことが判った(図5)。
【0032】
すなわち、比較のために評価したグラファイト粒子は、実施例にて用いたグラファイト粒子よりも平均粒径が大きく分散が良好でなかった。従って、用いるグラファイト粒子としては平均粒径が3μm程度が好ましいことが判った。また、均一に分散するものが望ましいことが判った。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例にて用いたアクチュエータ(ソレノイド)の断面概略図である。
【図2】実施例にて用いたグラファイト粒子の粒度分布を示した図である。
【図3】実施例にて用いた以外のグラファイト粒子の粒度分布を示した図である。
【図4】実施例にて用いたグラファイト粒子を含むコーティング層のSEM写真である。
【図5】実施例にて用いた以外のグラファイト粒子を含むコーティング層のSEM写真である。
【符号の説明】
【0034】
1…スリーブ 2…バルブ 3…スプリング 4…可動子 5…ケース 6…固定子(ヨークF/R) 7…固定子(R/R) 8…ダイヤフラム 9…コイル 10…コネクタ 11…ボビン 12…ターミナル 13…バルブストッパ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可動子と、該可動子を往復動自在に支持する固定子と、を有するアクチュエータであって、
前記可動子の摺動面には無機化合物から形成されたコーティング層を有し、
前記固定子の摺動面にはグラファイト粒子を含有するコーティング層を有することを特徴とするアクチュエータ。
【請求項2】
前記可動子の摺動面に形成された前記コーティング層は金属クロム、DLC及びグラファイト粒子からなる群から選択された1以上の無機化合物を含有する請求項1に記載のアクチュエータ。
【請求項3】
前記固定子の摺動面に形成された前記コーティング層は前記グラファイト粒子と該グラファイト粒子を分散させるマトリクスとから構成される請求項1又は2に記載のアクチュエータ。
【請求項4】
前記マトリクスは無電解めっきで形成される請求項3に記載のアクチュエータ。
【請求項5】
前記マトリクスはNiP、NiWP、NiMoP、NiReP、NiB、NiWB、NiMoB、CoP、CoNiP、CoZnP、CoNiReP及びCoBからなる群から選択される無電解めっき材料から構成される請求項4に記載のアクチュエータ。
【請求項6】
前記グラファイト粒子の平均粒径が5μm以下である請求項1〜5のいずれかに記載のアクチュエータ。
【請求項7】
前記グラファイト粒子の前記コーティング層に対する含有率は該コーティング層の断面における面積率で10面積%以上、25面積%以下である請求項1〜6のいずれかに記載のアクチュエータ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−280061(P2006−280061A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−93278(P2005−93278)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】