説明

エコーキャンセラ装置

【課題】ダブルトーク検出の判定精度を改善すると共に残留エコーを抑圧する。
【解決手段】適応FIRフィルタのフィルタ係数パワーのリーク積分を算出する手段と、適応FIRフィルタの遠端入力信号、適応FIRフィルタ後の残留エコー信号を用いて、適応FIRフィルタの係数を更新する手段を有する。このため、適応FIRフィルタのフィルタ係数の収束状態に対応したダブルトーク検出が可能となる。この結果、適応FIRフィルタ係数の収束が進んだ状態において、ダブルトーク検出の精度が向上する。また、エコー抑圧手段は、適応FIRフィルタのフィルタ係数より算出した音響空間のERLを推定した情報を用いることにより、近端入力信号の音声歪を回避し且つエコーを抑圧できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電話機や音声会議装置のような通話装置におけるエコーキャンセラ装置に関し、特に適応FIRフィルタのダブルトーク制御とエコー抑圧制御に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のこの種のエコーキャンセラ装置として、帯域分割されたエコーキャンセラにおいて、帯域分割内の正規化最小自乗平均(Normalized Least Mean Squares:NLMS)適応FIRフィルタ係数のピーク位置の検出を行い、ピーク位置と係数値の関係から、ダブルトークとシングルトークの判定を行なう技術(特許文献1)が提案されている。
【0003】
同様に、帯域分割によって帯域分割された音声信号において、受信信号レベルと、送信信号レベル、残差信号レベルの比較、及び他分割帯域におけるダブルトークを監視することで、ダブルトークの検出精度を向上させる技術(特許文献2)も提案されている。
【0004】
また、エコーの抑圧に関しては、遠端入力信号と近端入力信号の周波数を分析して、周波数帯域別にエコー信号を抑圧し、その後に周波数係数を合成して、エコー信号を抑圧した時間信号を出力する技術(特許文献3)や、遠端入力信号の短時間スペクトラムおよび近端入力信号の短時間スペクトラムからエコー成分の短時間スペクトラムを推定し、近端入力信号の短時間スペクトラムとエコー成分の短時間スペクトラムから算出した素エコー抑圧ゲイン係数を平準化し、平準化したゲイン係数を強調することによりエコーを抑圧する技術(特許文献4)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−134005
【特許文献2】特開平7−231281
【特許文献3】特開2006−33789
【特許文献4】特開2005−250266
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の何れの特許文献において、実際のエコー経路(音響空間など)のエコーリターンロス量(ERL:Echo Return Loss)の情報を使用してダブルトーク判定やエコーの抑圧を行なっていないという第1の問題点がある。受信信号と送信信号、残差信号のレベル比較において、ERLはダブルトークの検出精度を向上する有益な情報であり、例えば、エコーの戻り量が少ない条件化においては、この情報を用いることで送信マイク信号に含まれるエコー信号と送信音声(非エコー信号)の判別精度およびエコーの抑圧を向上させることができる。更に、適応FIRフィルタ係数より算出した音響空間のERLを推定(推定ERL)した情報を用いることにより、音響区間などのエコー経路変化に対する判別精度およびエコーの抑圧を向上させることができるのである。
【0007】
また、エコーキャンセラの起動直後、即ち、適応FIRフィルタの係数値がゼロ近傍の未収束状態において、ダブルトークの判定精度およびエコーの抑圧が保証されていないという第2の問題点がある。フィルタ係数が未収束な状態において、判定条件を厳しくした値を設定すると、誤判別する場合が考えられる。未収束状態においては、実際の音響エコー経路において安定動作を保証するERLを設定し、適応FIRフィルタ係数の収束に追従する推定ERLを再算出することで、起動直後の安定動作およびエコーの抑圧を保証することができるのである。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたもので、エコーキャンセラ装置の適応FIRフィルタ係数更新におけるダブルトーク判定精度とエコー抑圧の改善を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のエコーキャンセラ装置は、遠端話者の音声がスピーカから音響空間を通じてマイク入力に回り込むエコー信号を消去するためのエコーキャンセラ装置において、遠端入力信号を多数のタップに入力し、各入力信号にフィルタ係数を乗算したものを合成することにより擬似エコー信号を生成する適応FIRフィルタと、擬似エコー信号を逆位相に変換して近端入力信号と加算することでエコー信号の消去を図る加算器と、フィルタ係数を加算器からの残留エコー信号により、該残留エコー信号を0にすることを目指して逐次更新(適応動作)するフィルタ係数更新手段と、シングルトークの場合は適応動作を実行させ、ダブルトーク場合は適応動作を停止するように制御するダブルトーク制御手段と、ダブルトーク制御手段が適応動作をさせているときに逐次更新しているフィルタ係数の係数パワーリーク積分値、即ちエコー信号のエコーリターン量(推定エコー)を算出し、ダブルトーク制御手段へ出力するERL推定手段を備え、ダブルトーク制御手段は、推定エコーの電力と残留エコー信号の電力の比較を行ない、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい場合は、シングルトーク、この条件を外れる場合は、ダブルトークと判定することを特徴とする。
【0010】
また、ダブルトーク制御手段は、推定エコーの電力と近端入力信号の電力の比較を行ない、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい場合はシングルトーク、この条件を外れる場合はダブルトークと判定するようにしてもよい。
【0011】
より詳しくは、本発明のエコーキャンセラ装置は、遠端入力手段からの音声信号を近端空間に出力するスピーカ出力手段、近端話者の音声信号とスピーカ出力手段からの音声信号(エコー信号)を入力するマイク入力手段、遠端入力手段の音声信号を複数帯域分割する分析フィルタ手段、分析フィルタから出力される遠端入力信号、即ち、参照入力信号を用いて、擬似エコー信号を生成する適応FIRフィルタ手段、近端入力手段からの音声信号を帯域分割する分析フィルタ手段、分析フィルタから出力される近端入力信号と擬似エコー信号の逆位相信号を加算する加算手段、加算手段から出力される音声信号(残留エコー信号)と参照信号入力を用いて適応FIRフィルタ手段のフィルタ更新係数を生成するフィルタ係数更新手段、適応FIRフィルタ手段からフィルタの係数パワーリーク積分を算出するERL推定手段、ERL推定手段から出力されるフィルタの係数パワーリーク積分と参照入力信号、近端入力信号、残留エコー信号の電力リーク積分を用いて、適応FIRフィルタ係数更新手段を制御するダブルトーク制御手段、複数帯域に分割された残留エコー信号を帯域合成する合成フィルタ手段、合成フィルタ手段からの信号を出力する遠端出力手段を備える。
【0012】
遠端入力からの音声信号は、スピーカ出力手段より近端の音響空間に出力される。マイク入力手段は、スピーカ出力手段から音響空間を通じて回り込む音声信号(エコー信号)と、近端話者の音声信号(割込み信号)を入力する。適応FIRフィルタ手段およびフィルタ係数更新手段では、分析フィルタにおいて複数帯域に分割された参照入力信号、分析フィルタにおいて複数帯域に分割された近端入力信号および加算手段から出力される残留エコー信号から、適応FIRフィルタ係数の更新を行ない、近端入力信号に含まれるスピーカ出力手段より出力されたエコー信号を消去する擬似エコー信号を生成する。
【0013】
更に、加算手段において、擬似エコー信号を逆位相に変換し近端入力信号と加算してエコー信号成分を消去する。一連の適応動作を繰り返し行ない、加算手段から出力される残留エコー信号の除去を促進、音声信号のエコー成分のみを消去する。ここで、逐次更新される適応FIRフィルタ手段のフィルタの係数パワーリーク積分、即ち、音響空間を通じて回り込むエコー信号のエコーリターン量の指標を算出し、推定ERLと参照入力信号、またはマイク入力の信号パワーリーク積分値の比較から、マイク入力信号に含まれる遠端話者の音響エコー成分と近端話者の音声信号の判定を行なう。
【0014】
更に、推定エコーの電力と残留エコー信号の電力の比較を行ない、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい(シングルトーク)場合は残留エコーを抑圧し、この条件を外れる(ダブルトーク)場合は残留エコーの抑圧量を0dBとするように制御するエコー抑圧手段を付加してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の効果は、エコーキャンセラ装置の適応FIRフィルタのフィルタ係数の収束状態に対応したダブルトーク検出とエコーの抑圧が可能になるということである。適応FIRフィルタ係数の収束が進んだ状態において、ダブルトーク検出の検出精度が向上する、即ち、遠端話者の音声信号(シングルトーク)か、遠端話者の音声信号に近端話者の音声信号を含んだ音声信号(ダブルトーク)の検出精度を高める効果がある。その理由は、適応FIRフィルタの係数パワー値は、推定したエコー経路の電力(ERL:Echo Return Loss)と等価であり、エコー経路の電力のリーク積分を算出することで、エコー経路を特定できるためである。
【0016】
また、リーク積分の初期値をエコー経路の最悪条件を保証する値を設定することにより、エコーキャンセラ装置の起動時の初期状態(適応FIRフィルタ係数が収束していない状態)において、ダブルトーク検出とエコーの抑圧の条件を緩和することができるという第2の効果も得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のエコーキャンセラ装置の実施例1を表したブロック図
【図2】図1におけるERL推定手段109の詳細を示すブロック図
【図3】本発明の推定ERLの推移をグラフ表示した図
【図4】本発明のエコーキャンセラ装置の実施例2を表したブロック図
【図5】本発明のエコーキャンセラ装置の実施例3を表したブロック図
【図6】本発明のエコーキャンセラ装置の実施例4を表したブロック図
【図7】本発明のエコーキャンセラ装置の実施例5を表したブロック図
【発明を実施するための形態】
【0018】
音響ERL情報は、受信信号、送信信号、残留エコー信号のレベル比較において、判定精度を向上する有効な情報であり、未知の音響ERL情報を算出することでエコーと送信音声の判別精度を向上させることが可能となる。本発明は、この音響ERLをフィルタ係数の適応動作過程で推測し、収束状態に対応して、音響ERLの精度の改善を図ることにより、ダブルトーク検出の判定精度を改善する。次に、エコーキャンセラ起動直後のフィルタ係数が未収束な状態において、音響ERL情報を補正して算出する必要がある。即ち、未収束な状態においては、音響ERLの最悪となるようなマージンを含む条件を設定、収束が進行すると共に、真の音響ERLを近似する安定した動作を保証する。これにより、ダブルトーク検出の判定精度を改善する。以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。
【0019】
[構成の説明]
図1は、本発明のエコーキャンセラ装置の実施例1を表したブロック図である。このエコーキャンセラは、電話機や音声会議装置のような通話装置において用いられる。遠端入力手段101は、遠端話者の音声信号(遠端入力信号)を入力し、スピーカ出力手段102は遠端入力信号を近端の音響空間に出力する。近端話者はこれを聴き、また発声する。遠端入力信号の内の一部は、エコー信号となってスピーカ出力手段102から音響空間を通じてマイク入力手段103に回り込む。
【0020】
マイク入力手段103は、このエコー信号と、近端話者の音声信号(割込み信号)とから成るマイク入力信号を入力し、近端入力信号として出力する。遠端出力手段112は、理想的には割込み信号のみを遠端話者へ出力したいが、エコー信号が残存することが多い。
【0021】
このエコーキャンセラの残余の手段104〜111が、遠端入力信号と近端入力信号に基づいて擬似エコー信号を生成し、一連の適応動作を繰り返すことによって残留エコー信号の除去を促進する。基本的には、適応FIRフィルタ105が遠端入力信号から擬似エコー信号を生成し、加算器107は擬似エコー信号を逆位相に変換して近端入力信号と加算することでエコー信号の消去を図る。消去し切れなかったエコー信号が残留エコー信号である。
【0022】
適応FIRフィルタ105は、周知の有限長インパルス応答フィルタであって、遠端入力信号を多数のタップに入力し、各入力信号にフィルタ係数を乗算したものを合成することにより擬似エコー信号を生成する。
【0023】
フィルタ係数更新手段108は適応FIRフィルタ105におけるフィルタ係数を加算器107から出力される音声信号(残留エコー信号)により更新する。この適応動作は、残留エコー信号を0にすることを目指して繰り返される。
【0024】
ダブルトーク制御手段110は、推定エコーの電力と残留エコー信号の電力の比較を行なう。その結果、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい(シングルトーク)の場合は、フィルタ係数更新手段108をイネーブルしてフィルタ係数更新手段108の適応動作を実行する。一方、この条件を外れる(ダブルトーク)場合は、フィルタ係数更新手段108をデゼーブルしてフィルタ係数更新手段108の適応動作を停止するように制御する。
【0025】
ERL(Echo Return Loss)推定手段109は、ダブルトーク制御手段110がフィルタ係数更新手段108をイネーブルしているときに、フィルタ係数更新手段108が逐次更新して出力しているフィルタ係数の係数パワーリーク積分値、即ち、音響空間を通じて回り込む音声信号のエコーリターン量(推定エコー)を算出し、推定ERL値としてダブルトーク制御手段110へ出力する。これにより、ダブルトーク制御の精度を高めることができる。
【0026】
分析フィルタ104は遠端話者の音声信号を複数の周波数帯域に分割し、分析フィルタ106はマイク入力信号を複数の周波数帯域に分割し、周波数帯域単位で適応FIRフィルタ105〜ダブルトーク制御手段110における処理を行うことにより、最適なエコー消去を図っている。合成フィルタ111は周波数帯域単位での処理結果を合成して遠端出力手段112へ出力する。
【0027】
図2は、ERL推定手段109の詳細を示すブロック図である。ERL推定手段109は、係数パワー総和算出手段201,リーク積分手段202,平方根算出手段203,乗算器204,初期値設定手段205および係数重み付け手段206で構成されている。
【0028】
係数パワー総和算出手段201は、フィルタ係数更新手段108が出力しているフィルタ係数の係数パワー総和を算出する。リーク積分手段202は、ダブルトーク制御手段110がフィルタ係数更新手段108をイネーブルしているときに、係数パワーのリーク積分値を算出する。平方根算出手段203はリーク積分の平方根を算出し、乗算器204は平方根算出手段203の出力に、係数重み付け手段206から出力された重み付け係数を乗算することにより、近端の音響空間で回り込む音声信号の推定ERL値を算出する。なお、初期値設定手段205はリーク積分手段202に初期値を設定し、係数重み付け手段206は推定ERL値に応じた係数M(ERL)を出力する。
【0029】
いま、nを帯域分割数、mを適応フィルタ係数のタップ数とし、遠端入力信号をX、分析フィルタ104で帯域分割された遠端入力信号をXn、近端入力信をY、分析フィルタ106で帯域分割されたをYn、適応FIRフィルタ105のフィルタ係数を/(バー)Hnとすると、適応FIRフィルタ105の出力YHnは、

【0030】
となる。加算器107の出力(残留エコー信号)Enは、

【0031】
となり、フィルタ係数更新手段108の出力は、

【0032】

【0033】

【0034】
上式において、P(Xn2)はリーク積分、α、β(0≦α≦1、0≦β≦1)は係数である。リーク積分手段202の出力は次式で与えられる。

【0035】
また、初期値設定手段205は、上式左辺の初期値に、所定の値(ERL_MAX)を実際のエコー経路の最悪条件を保証するものとして設定する。
【0036】
係数重み付け手段206は、重み係数M(ERL)を乗算器204へ出力する。重み係数M(ERL)は、ERLマージン、つまり残留エコー信号との比較値を同一に維持できる推定ERL値ERLの変動幅を与える。乗算器204の出力、即ち推定ERL値ERLは、次式のようになる。

【0037】
推定ERL値ERLはダブルトーク制御手段110に提供され、ダブルトーク制御手段110では、推定ERL値ERL(実際には帯域分割されたERLn)と帯域分割された遠端入力信号Xnを乗算して推定エコー信号(ERLn・Xn)を求め、推定エコー信号と残留エコー信号Enとを比較してダブルトーク制御情報を生成する。
【0038】
[動作の説明]
先ず、ERL推定手段109の初期値設定手段205はリーク積分手段202に初期値を設定する。初期値は、エコー経路の最悪条件を保証すると思える所定値とされる。これは、エコーキャンセラの起動時(適応FIRフィルタ105のフィルタ係数の値が0近傍の値で収束していない状態)において、シングルトーク検出の制限条件を緩和するためである。また、係数重み付け手段206は係数M(ERL)として1を乗算器204に設定する。これは、初期状態ではERLマージンを低く抑えて早急な収束を図るためである。
【0039】
ダブルトーク制御手段110は、推定エコーの電力と残留エコー信号の電力を比較している。その結果、前者が後者より大きい場合はシングルトークと判定され、他の場合はダブルトークと判定される。前述のように、リーク積分手段202に設定される初期値はシングルトーク検出の制限条件を緩和する値であるから、当然にシングルトークと判定される。
【0040】
シングルトークの場合、ダブルトーク制御手段110はフィルタ係数更新手段108の適応動作を開始させる。フィルタ係数更新手段108はフィルタ係数を残留エコー信号により更新して適応FIRフィルタ105へ出力する。適応FIRフィルタ105は各入力信号にフィルタ係数を乗算したものを合成することにより擬似エコー信号を生成する。加算器107は擬似エコー信号を逆位相に変換して近端入力信号と加算することでエコー信号の消去を図る。残留エコー信号はダブルトーク制御手段110とフィルタ係数更新手段108へフィードバックされる。
【0041】
一方、ダブルトーク制御手段110はERL推定手段109も動作させ、リーク積分手段202はリーク積分を実行する。リーク積分の対象は、フィルタ係数更新手段108が出力しているフィルタ係数の係数パワー総和である。最早、初期値を使用することはない。ERL推定手段109が出力する推定ERL値はダブルトーク制御手段110へ提供され、シングルトークとダブルトークの判定のために使用される。
【0042】
以上の処理がダブルトークと判定されるまで逐次繰り返される。ERL推定手段109は逐次更新されるフィルタ係数により推定ERL値ERLを出力するので、推定ERL値ERLは初期値から真のERL値へ向けて収束していく。この様子を図3にグラフ表示する。初期値から真のERL値へ到るまでの過渡状態では、ERL推定手段109は粗い精度の推定であるが、収束状態に近づくにつれて、高い精度の推定となっていく。
【0043】
図3は、適応FIRフィルタの係数パワーリーク積分を算出する手段109の時間推移を示すグラフである。エコーキャンセラ起動直後の適応FIRフィルタが初期状態(係数の値が零近傍の初期値)において、推定ERLには音響エコー経路の最悪条件を保証する値を設定し、適応フィルタ係数の更新に同期して、係数パワー総和のリーク積分を更新することで、収束状態に推移するに従い、推定ERLは音響エコー経路の実際のERL(真のERL)に近似する。
【0044】
ERL推定手段109の重み付け手段206は、ERL推定手段109が推定出力している推定ERL値に応じて、重み係数M(ERL)を初期値の1から次第に離れる値とする。これによりERLマージンを設定する。
【0045】
[他の実施例]
図4は、本発明のエコーキャンセラの実施例2を表したブロック図である。実施例1では、推定エコーの電力と、残留エコー信号の電力の比較を行なうことによって、シングルトークとダブルトークの判定を行なっているが、この実施例2では、推定エコーの電力と、周波数分割された近端入力信号の電力を比較することによって、シングルトークとダブルトークの判定を行なう点が異なる。前者が大きい場合がシングルトーク、その他の場合がダブルトークである。これ以外は動作も含めて実施例1と同様である。
【0046】
図5は、本発明のエコーキャンセラの実施例3を表したブロック図である。実施例1では、推定エコーの電力と、残留エコー信号の電力を比較することによって、シングルトークとダブルトークの判定を行なっているが、この実施例3では、図5に示すように、遠端入力信号の電力が所定の大きさ以上であることをシングルトーク判定の条件に付け加える。これ以外は動作も含めて実施例1と同様である。
【0047】
また、実施例2では、推定エコーの電力と、周波数分割された近端入力信号の電力を比較することによって、シングルトークとダブルトークの判定を行なっているが、図6に示すように、遠端入力信号の電力が所定の大きさ以上であることをシングルトーク判定の条件に付け加えた実施例4も考えられる。
【0048】
以上の実施例1〜4は、適応FIRフィルタ係数更新におけるダブルトーク判定精度の改善を図ることを目的として、ダブルトーク制御手段110が適応動作の実行と停止を制御している。このダブルトーク制御手段110と同様な動作を行うことにより、残留エコーを抑圧するようにした実施例5を図7に示す。実施例5は、図1に示した実施例1における加算器107の出力と合成フィルタ111の入力の間にエコー抑圧手段113を付加している。なお、図4〜図6に示した実施例2〜実施例4に対しても、図7と同様な構成を採用した実施例6〜実施例8を容易に実現することができる。
【0049】
エコー抑圧手段113は、推定エコーの電力と残留エコー信号の電力の比較を行なう。その結果、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい(シングルトーク)場合は残留エコーを抑圧する。一方、この条件を外れる(ダブルトーク)場合は、残留エコーの抑圧量を0dBとするように制御する。エコーと送信音声の判別精度の向上に有効な情報である推定エコーを残留エコーの抑圧のためにも使用する狙いである。これにより、残留エコーを抑圧すると共に、近端入力音声の歪を回避することができる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の活用例として、本発明のエコーキャンセラ装置は、ハンズフリーによる音声通話を目的とした音声会議装置、TV会議装置、携帯電話などのTV電話の音声入出力部分に適用が可能である。
【符号の説明】
【0051】
101 遠端入力手段
102 スピーカ出力手段
103 マイク入力手段
104 分析フィルタ
105 適応FIRフィルタ
106 分析フィルタ
107 加算器
108 フィルタ係数更新手段
109 ERL推定手段
110 ダブルトーク制御手段
111 合成フィルタ
112 遠端出力手段
113 エコー抑圧手段
201 係数パワー総和算出手段
202 リーク積分手段
203 平方根手段
204 乗算器
205 初期値設定手段
206 係数重み付け手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遠端話者の音声(遠端入力信号)がスピーカから音響空間を通じてマイク入力に回り込むエコー信号を消去するためのエコーキャンセラ装置において、
遠端入力信号を多数のタップに入力し、各入力信号にフィルタ係数を乗算したものを合成することにより擬似エコー信号を生成する適応FIRフィルタと、
前記擬似エコー信号を逆位相に変換して近端入力信号と加算することでエコー信号の消去を図る加算器と、
前記フィルタ係数を前記加算器からの残留エコー信号により、該残留エコー信号を0にすることを目指して逐次更新(適応動作)するフィルタ係数更新手段と、
シングルトークの場合は前記適応動作を実行させ、ダブルトーク場合は前記適応動作を停止するように制御するダブルトーク制御手段と、
前記ダブルトーク制御手段が適応動作をさせているときに逐次更新している前記フィルタ係数の係数パワーリーク積分値、即ちエコー信号のエコーリターン量(推定エコー)を算出し、前記ダブルトーク制御手段へ出力するERL推定手段を備え、
前記ダブルトーク制御手段は、前記推定エコーの電力と前記残留エコー信号の電力の比較を行ない、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい場合はシングルトーク、この条件を外れる場合はダブルトークと判定することを特徴とするエコーキャンセラ装置。
【請求項2】
遠端話者の音声がスピーカから音響空間を通じてマイク入力に回り込むエコー信号を消去するためのエコーキャンセラ装置において、
遠端入力信号を多数のタップに入力し、各入力信号にフィルタ係数を乗算したものを合成することにより擬似エコー信号を生成する適応FIRフィルタと、
前記擬似エコー信号を逆位相に変換して近端入力信号と加算することでエコー信号の消去を図る加算器と、
前記フィルタ係数を前記加算器からの残留エコー信号により、該残留エコー信号を0にすることを目指して逐次更新(適応動作)するフィルタ係数更新手段と、
シングルトークの場合は前記適応動作を実行させ、ダブルトーク場合は前記適応動作を停止するように制御するダブルトーク制御手段と、
前記ダブルトーク制御手段が適応動作をさせているときに逐次更新している前記フィルタ係数の係数パワーリーク積分値、即ちエコー信号のエコーリターン量(推定エコー)を算出し、推定ERL値として前記ダブルトーク制御手段へ出力するERL推定手段を備え、
前記ダブルトーク制御手段は、前記推定エコーの電力と前記近端入力信号の電力の比較を行ない、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい場合はシングルトーク、この条件を外れる場合はダブルトークと判定することを特徴とするエコーキャンセラ装置。
【請求項3】
前記ERL推定手段は、
前記フィルタ係数更新手段が出力しているフィルタ係数の係数パワー総和を算出する係数パワー総和算出手段と、
前記ダブルトーク制御手段が前記適応動作を行わせているときに前記係数パワー総和のリーク積分値を算出するリーク積分手段と、
前記リーク積分値の平方根を算出する平方根算出手段と、
前記平方根算出手段の出力に重み付け係数を乗算する乗算器で構成されることを特徴とする請求項1または請求項2記載のエコーキャンセラ装置。
【請求項4】
前記リーク積分値の初期値として、前記音響空間の最悪条件を保証することを想定した所定の値を前記リーク積分手段に設定する初期値設定手段を設けたことを特徴とする請求項3記載のエコーキャンセラ装置。
【請求項5】
前記推定ERL値に応じた前記重み付け係数を前記乗算器に出力する係数重み付け手段を設けたことを特徴とする請求項3または請求項4記載のエコーキャンセラ装置。
【請求項6】
前記ダブルトーク制御手段は、前記遠端入力信号のパワーのリーク積分を算出し、有音閾値と比較する手段を付加し、前記シングルトークと前記ダブルトーク判定の付加条件とすることを特徴とする請求項1〜請求項5記載のエコーキャンセラ装置。
【請求項7】
前記遠端入力信号を複数周波数帯域に分割する分析フィルタと、前記近端入力信号を複数周波数帯域に分割する分析フィルタを設け、
前記適応FIRフィルタ,前記加算器,前記フィルタ係数更新手段,前記ダブルトーク制御手段および前記ERL推定手段は、それぞれの処理を周波数帯域単位に行うことを特徴とする請求項1〜請求項6記載のエコーキャンセラ装置。
【請求項8】
前記推定エコーの電力と前記残留エコー信号の電力の比較を行ない、推定エコーの電力が残留エコー信号の電力より大きい(シングルトーク)場合は残留エコーを抑圧し、この条件を外れる(ダブルトーク)場合は残留エコーの抑圧量を0dBとするように制御するエコー抑圧手段を付加したことを特徴とする請求項1〜7に記載のエコーキャンセラ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−284465(P2009−284465A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−53504(P2009−53504)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【出願人】(303013763)NECエンジニアリング株式会社 (651)
【Fターム(参考)】