説明

オイルシール部材及びその製造方法

【課題】オイルの内部侵入を効果的に抑制し得る焼結金属製のオイルシール部材を特段のコスト増を招くことなく量産可能とする。
【解決手段】可変バルブタイミング機構100を構成するロータ101とハウジング103の間に形成される油圧室106を液密的に区画する焼結金属製のオイルシール部材1である。オイルシール部材1は、軸受用の焼結金属材料で形成され、ロータ101の回転方向で対峙する互いに平行な一対の側面4,4と、両側面4,4の間を周回する複数面からなり、そのうちの一つがハウジング103の内径面と摺動する周回面とを備える。周回面は、凹凸状の上面2、ハウジング103と摺動する下面3、一対の端面5,5、及び一対の傾斜面6,6からなる。このオイルシール部材1は、一対の側面4,4及び周回面が、何れも成形面とされ、さらに詳しくは、成形金型摺動により形成された摺動痕Sを有する成形面とされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変バルブタイミング機構を構成するロータとハウジングとの間に形成される複数の油圧室を液密的に区画するオイルシール部材及びその製造方法に関し、特に、焼結金属製のオイルシール部材及びその製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
可変バルブタイミング機構とは、エンジンのカムシャフトに取り付けられて、吸排気バルブの開閉タイミングを可変とするものであり、例えば図14(a)〜(c)に示すように、カムシャフトSと一体に回転するロータ101と、図示外のエンジンのクランクシャフトと同期して回転し、ロータ101を回転自在に収容する筒状のハウジング103とを備える。同図に示す可変バルブタイミング機構100において、ロータ101は、外径側に突設されたベーン102を周方向の4箇所に有し、ハウジング103は、内径側に突設されたティース104を周方向の4箇所に有する。そして、ティース104とベーン102が周方向で交互に配置されることにより、各ベーン102(ティース104)の周方向両側に油圧室106が形成される。
【0003】
ベーン102の外径面およびティース104の内径面には軸方向に延びた溝部105が夫々形成されており、各溝部105にシール装置110が1つずつ取り付けられる。シール装置110は、ロータ101(ハウジング103)の軸方向に延びたオイルシール部材120と、オイルシール部材120と溝部105の間に圧縮(湾曲)状態で介設された附勢部材としての板バネ130とからなり、板バネ130の弾性復元力により、オイルシール部材120が相手側部材(ベーン102の溝部105に取り付けられるオイルシール部材120にあってはハウジング103であり、ティース104の溝部105に取り付けられるオイルシール部材120にあってはロータ101)に常時附勢されている。これにより、オイルシール部材120の下面123が相手側部材に押し当てられ、油圧室106が液密的に区画される(以上、例えば特許文献1を参照)。
【0004】
ここで、オイルシール部材120のうち、ロータ101のベーン102に取り付けられる一般的なものを図15(a)(b)に示す。このオイルシール部材120は、ベーン102の溝部105の溝底面と対向配置される上面122と、上面122の反対側でハウジング103の内径面と摺動する下面123と、ロータ102の回転方向で対峙し、上面122と下面123を繋ぐ互いに平行な一対の側面124,124とを備えた長尺の細板形状を呈し、長手方向[図15(a)中、紙面左右方向/ロータ102の軸方向]両端部に設けられた上下面間の厚みが相対的に大きい厚肉部と、長手方向中央部に設けられた上下面間の厚みが相対的に小さい薄肉部とを一体に有する。下面123は、短手方向[図15(b)中、紙面左右方向/ロータ102の回転方向]で湾曲した凸曲面状に形成されており、上面122は、その長手方向両端部に凸部122aが設けられることにより、長手方向で凹凸状に形成されている。
【0005】
上記のオイルシール部材は、成形性に優れ、低コストに量産可能な材料、例えば、樹脂やゴム等の弾性材料、あるいは焼結金属材料で形成される場合が多い。特に焼結金属は、寸法安定性に優れる他、多孔質体である関係上、摺動部の潤滑性を効果的に高めることができる。そのため、焼結金属製のオイルシール部材で油圧室を液密的に区画すれば、オイルシール部材と相手側部材の摺動状態を良好に保つことができるので、可変バルブタイミング機構の応答性を高め、かつその応答性を安定的に維持することができる。従って、近時においては、焼結金属製のオイルシール部材が重用される傾向にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−297812号公報
【特許文献2】特開平8−127808号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
焼結金属製のオイルシール部材は、従前、JIS Z2550の付表2に規定されている構造部品用の焼結金属材料で形成される場合が多かった。構造部品用の焼結金属材料で形成される金属焼結体は、機械的強度が重視される関係上、一般に高密度である。そのため、当該材料で形成されたオイルシール部材は、耐摩耗性に優れる反面、必要とされる摺動性を確保することができない場合があることが判明した。従って、このオイルシール部材を装着した可変バルブタイミング機構の作動時においては、ハウジングとオイルシール部材の摺動部、及びロータとオイルシール部材の摺動部での摩擦抵抗が大きくなり、エンジンの回転数変化に対するバルブタイミング機構の応答性が低下する、大きなロストルクが発生する、などといった問題が生じていた。
【0008】
そこで、本願発明者は、JIS Z2550の付表1に規定されている軸受用の焼結金属材料で形成したオイルシール部材の使用を試みた。軸受用の焼結金属材料で形成される金属焼結体は、機械的強度よりも油膜形成能力が重視される関係上、一般に低密度である。そのため、この材料で形成したオイルシール部材を用いれば、摺動部における潤滑性を高め、エンジンの回転数変化に対するバルブタイミング機構の応答性を改善することが、また、ロストルクを小さくすることができる。しかしながらその一方で、低密度であるが故に、油圧室内に介在する(油圧室に供給された)オイルや摺動部に介在するオイルが、表面開孔を介してオイルシール部材の内部に侵入し易くなる。この場合、油圧室内の油圧を適切に高めることが難しくなって、バルブタイミング機構の応答性が低下するおそれがある他、摺動部の潤滑性低下により、オイルシール部材及び/又はこれと摺動する相手側部材の摩耗が早期に進行し易くなる。
【0009】
上記の各種問題は、例えば、特開平8−127808(特許文献2)に記載のように、金属焼結体の表面に適当な表面処理膜を形成することにより、あるいは金属焼結体の表面に研削や旋削に代表される機械加工等を施し、表面開孔を目潰しすることによって可及的に解消し得る。しかし、このような手段を採用すると、工程数が増す分、製造コストが増大し、オイルシール部材を焼結金属で形成することによるコストメリットが失われる。
【0010】
以上の実情に鑑み、本発明の目的は、オイルの内部侵入を効果的に抑制し得る焼結金属製のオイルシール部材を特段のコスト増を招くことなく量産可能とし、これにより、摺動特性が高く、応答性や耐久寿命に優れた可変バルブタイミング機構を低コストに提供可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために創案された本発明は、可変バルブタイミング機構を構成するロータとハウジングの間に形成される油圧室を液密的に区画する焼結金属製のオイルシール部材であって、軸受用の焼結金属材料で形成され、ロータの回転方向で対峙する一対の側面と、両側面の間を周回する複数面からなり、そのうちの一つがロータの外径面又はハウジングの内径面の何れか一方と摺動する摺動面を構成する周回面とを備え、一対の側面及び周回面が、何れも成形面であることを特徴とする。
【0012】
なお、本発明でいう「軸受用の焼結金属材料」とは、焼結金属製の軸受を得る際に好ましく用いられる材料をいい、例えばJIS Z2550の付表1に規定されているものが使用される。焼結金属材料は、金属粉を主原料とし、これに種々の特性を付与する添加剤やバインダーを適量添加した粉末材料である。また、ここでいう「周回面」とは、上述した図15(a)(b)を参照して言えば、上面122や下面123を含んで構成される面をいう。
【0013】
このように、本発明に係る焼結金属製のオイルシール部材は、一対の側面と、これら両側面の間を周回する複数面からなる周回面とが、何れも成形面とされる。これはすなわち、一対の側面及び周回面(外表面全域)が、当該オイルシール部材の製造過程で用いる成形金型で圧縮され、成形金型のキャビティに倣って変形することにより、いわゆる目潰し処理が実行された塑性加工面であることを意味する。そのため、当該オイルシール部材を構成する各面のうち、ロータ又はハウジングと摺動する摺動面やオイルに常時接触する面(側面)の表面開孔率を、特段の後加工等を施すことなく適当に小さくすることができる。これにより、オイルの内部侵入抑制効果が高く、しかも耐摩耗性に優れた焼結金属製のオイルシール部材を、特段のコスト増を招くことなく安価に量産することができる。上記のとおり、軸受用の焼結金属材料を用いて成形される金属焼結体は、構造部品用の焼結金属材料を用いて成形されるものよりも低密度となる関係上、摺動性を高め得る反面、オイルの内部侵入抑制や耐摩耗性向上を図ることが難しいというデメリットがあった。これに対し、上記本発明の構成により、軸受用の焼結金属材料を用いる場合のデメリットが解消されるので、軸受用の焼結金属材料を用いて製作したオイルシール部材が、可変バルブタイミング機構用のオイルシール部材として好適に使用可能となる。
【0014】
上記構成を有する本発明に係るオイルシール部材は、軸受用の焼結金属材料を圧縮成形して圧粉体を得る圧縮成形工程と、圧粉体を焼結して焼結体を得る焼結工程と、焼結体を圧縮して最終形状に仕上げるサイジング工程とを含む製造方法において、圧縮成形工程で用いる一対のパンチによる圧粉体の圧縮方向と、サイジング工程で用いる一対のパンチによる焼結体の圧縮方向とを異ならせることによって製造することができる。
【0015】
圧粉体の圧縮成形時や焼結体のサイジング時において、一対のパンチによって直接圧縮された面の表層部は、多孔質組織が密となり、目潰しされた状態にはなるものの、目潰しの程度(表面開孔率の低減効果)は、圧粉体や焼結体が成形金型と摺動するのに伴って目潰しされる場合の方が遥かに大きい。そのため、一対の側面及び周回面が、何れも成形金型との摺動により目潰しされていれば、表面開孔率が一層小さく、オイルの内部侵入抑制効果が一層高まったオイルシール部材を容易に得ることができる。
【0016】
なお、上記各面が、成形金型との摺動によって目潰しされているのか否かを判別するには、上記各面を構成する金属粉が摺動痕を有するか否かで判別することができる。摺動痕は、金属粉が塑性変形することによってできる痕であるのに対し、上記各面が旋削や研作等の機械加工によって形成される場合には、上記各面を構成する金属粉に、刃物や砥石と摺動することによって破断した痕が残るからである。参考までに、図21(a)に、研削加工が施された金属焼結体の表面拡大写真を示し、図21(b)に、旋削加工が施された金属焼結体の表面拡大写真を示す。
【0017】
固体潤滑剤を含む焼結金属材料を用いれば、離型性を向上して高精度の金属焼結体が得られることに加え、金属焼結体の摺動特性を高めることができる。ここで、金属粉及び固体潤滑剤を含む原料粉の圧粉体を焼結して金属焼結体を得る場合、加熱(焼結)温度や加熱時間を調整することにより、金属粉と固体潤滑剤の化合物を主体とした結晶構造を有するもの、あるいは、金属粉と固体潤滑剤の固溶体を主体とした結晶構造を有するもの、とすることができる。後者は、前者に比べて摺動特性に優れ、また、前者に比べて焼結温度が相対的に低く、焼結に伴う寸法変化量を小さくすることができる分、高精度の焼結体、ひいてはオイルシール部材を得る上で有利となる。従って、固体潤滑剤を含む焼結金属材料を用いてオイルシール部材を形成する場合、当該オイルシール部材は金属粉と固体潤滑剤の固溶体を主体とした結晶構造を有するものとするのが望ましい。
【0018】
上記構成において、一対の側面及び周回面の表面開孔率は、5%以上40%以下とするのが望ましい。このようにすれば、オイル侵入量を効果的に低減することができるので、オイルシール部材と相手側部材との摺動部、及び油圧室に適量のオイルを介在させることができるので、可変バルブタイミング機構の応答性及び耐久寿命の向上が図られる。
【0019】
オイルシール部材の摺動面は、ロータの外径面やハウジングの内径面等、ロータの回転方向で湾曲した曲面状をなす面と摺動(摺動自在に接触)する面であり、その接触態様によって油圧室の密封性、ひいては可変バルブタイミング機構の応答性等が大きく左右される。そのため、オイルシール部材の摺動面は、ロータの回転方向で湾曲した曲面状に形成し、ロータの外径面又はハウジングの内径面との間で良好な摺動接触状態が維持できるようにするのが望ましい。また、オイルシール部材の周回面のうち、摺動面とロータの半径方向で対峙する面は、ロータの軸方向に延びた板バネ等の附勢部材が取り付けられる面となることから、ロータの軸方向で凹凸状をなすものとするのが望ましい。本発明は、このような形状を有するオイルシール部材にも好ましく適用し得る。
【0020】
ここで、上記形状を有する焼結金属製のオイルシール部材は、従前、次のようにして製作されていた。なお、以下では、図15に示す、摺動面を構成する下面123が凸曲面状をなすオイルシール部材120を製作すると仮定して説明を進める。
【0021】
まず、図16(a)〜(c)に示す圧縮成形工程において、ダイ141と下パンチ143とで画成したキャビティに原料粉150’を充填した後[図16(a)]、上パンチ142を降下させて原料粉150’を圧縮し、圧粉体150を成形する[図16(b)]。下パンチ143には、図17に示すように、オイルシール部材120のうち、摺動面を構成する下面123形状に対応した凹曲面部143aが設けられており、圧粉体150が圧縮成形されるのと同時に、圧粉体150の下面は凸曲面状に成形(粗成形)される。そして、圧粉体150の成形後、上パンチ142及び下パンチ143を上昇させて圧粉体150をダイ141から排出し、圧粉体150を水平方向に払い出す[図16(c)]。なお、圧粉体150の下面を凸曲面状に成形するには、上記以外にも、図18に示すように、内径面に凹曲面部141aが設けられたダイ141を用いる、あるいは図19に示すように、加圧面142aが凹曲面状をなす上パンチ142を用いることが考えられる。しかしながら、凸曲面状の下面をダイ141で型成形すると、ダイ141の凹曲面部141aと圧粉体150の下面とが離型方向で係合するため、圧粉体150をダイ141から排出することができなくなる。また、凸曲面状の下面を上パンチ142で型成形すると、図20(a)に示すように、凹凸状をなす上面を下パンチ142で型成形することとなるが、この場合、圧粉体150がダイ141から排出された段階で圧粉体150と下パンチ143とが払い出し方向で係合する[図20(b)参照]ため、圧粉体150の払い出しに手間を要し、生産性が低下する。
【0022】
これらの実情に鑑み、従来は、図16に示すように、圧縮成形型を構成する下パンチ143で圧粉体150の下面を凸曲面状に成形すると共に、圧縮成形型を構成する上パンチ142で圧粉体150の上面を凹凸状に成形していた。ところが、このようにすると、圧粉体150の長手方向端部と長手方向中央部との間で大きな密度差が生じる。圧粉体150にこのような密度差が存在すると、焼結工程に圧粉体150を移送する際に割れや欠けが生じ易くなる他、焼結時の変形量が圧粉体150の長手方向でばらつくため、所定形状のオイルシール部材120を得ることが難しくなる。このような問題は、上面の凹凸間の段差が小さい圧粉体150圧粉体150を成形することで可及的に解消し得る。しかし、オイルシール部材120の上面122の凸部間には、板バネ130(図14参照)が取り付け固定されることから、凸部122aの高さを小さくすると板バネ130の取り付け性が低下する。
【0023】
以上で示した各種問題点に鑑み、上記形状を有するオイルシール部材を製作するに際しては、摺動面を、焼結後のサイジングによりロータの回転方向で湾曲した曲面状に成形する。より詳しくは、圧縮成形工程で用いるダイにより圧粉体の周回面を成形し(圧縮成形工程では、一対のパンチにより圧粉体の両側面を圧縮し、ダイにより圧粉体の周回面を成形する。図6を参照。)、サイジング工程で用いるダイにより焼結体の両側面を成形する。そして、サイジング工程で用いるパンチにより、摺動面をロータの回転方向で湾曲した曲面状に成形する(図8参照)。このようにすれば、圧粉体の離型性を損なうことなく、均一密度の圧粉体を得ることができる。
【0024】
ロータの回転方向で湾曲した曲面状の摺動面は、凸曲面状を呈するもの、あるいは、凹曲面状を呈するもの、の何れかとすることができる。凸曲面状の摺動面を得る場合、サイジング時の圧縮率の差により、摺動面のうちロータの回転方向両端部の表面開孔率が、摺動面の頂点(ロータの回転方向中央部)における表面開孔率よりも小さくなる。一方、凹曲面状の摺動面を得る場合、サイジング時の圧縮率の差により、摺動面の頂点における表面開孔率が、摺動面のうち、ロータの回転方向両端部における表面開孔率よりも小さくなる。
【0025】
以上で示した本発明に係るオイルシール部材と、当該オイルシール部材の取り付け溝を有し、カムシャフトに取り付けられるロータ及びロータを回転可能に収容するハウジングとで可変バルブタイミング機構を構成することができる。
【発明の効果】
【0026】
以上に示すように、本発明によれば、オイルの内部侵入を効果的に抑制し得る焼結金属製のオイルシール部材を特段のコスト増を招くことなく量産することができる。これにより、摺動特性が高く、応答性や耐久寿命に優れた可変バルブタイミング機構を低コストに提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】(a)図は、本発明の一実施形態に係るオイルシール部材の平面図、(b)図は同側面図、(c)図は同正面図である。
【図2】オイルシール部材とハウジングの摺動部付近を拡大して示す断面図である。
【図3】オイルシール部材の表層部を概念的に示す拡大図である。
【図4】オイルシール部材の製造工程を模式的に示す図である。
【図5】(a)図は、図1に示すオイルシール部材に加工される圧粉体の平面図、(b)図は同側面図、(c)図は同正面図である。
【図6】図5に示す圧粉体の圧縮成形工程を模式的に示すものであり、(a)図は圧縮成形金型の断面図、(b)図は(a)図中のY−Y線矢視断面図、(c)図は(a)図中のX1−X1線矢視断面図、(d)図は(a)図中のX2−X2線矢視断面図である。
【図7】圧粉体の離型の様子を模式的に示す断面図である。
【図8】(a)図は圧粉体の下面の拡大写真であり、(b)図は圧粉体の側面の拡大写真である。
【図9】焼結体のサイジング工程を模式的に示す断面図である。
【図10】焼結体のサイジング工程を模式的に示す断面図である。
【図11】(a)図はオイルシール部材の下面の拡大写真であり、(b)図はオイルシール部材の側面の拡大写真である。
【図12】(a)図は、本発明の他の実施形態に係るオイルシール部材の平面図、(b)図は同側面図、(c)図は同正面図である。
【図13】図12に示すオイルシール部材に加工される焼結体のサイジング工程を模式的に示す断面図である。
【図14】(a)図は、公知の可変バルブタイミング機構の軸直交断面図、(b)図は(a)図中のX−X線矢視断面図、(c)図は(a)図中のY−Y線矢視断面図である。
【図15】(a)図は、図14(b)に示すオイルシール部材の拡大側面図、(b)図は同正面図である。
【図16】(a)〜(c)図は、従来のオイルシール部材の製造工程のうち、圧縮成形工程を段階的に示す概略断面図である。
【図17】図16(b)を他方向から見たときの断面図である。
【図18】他の圧縮成形金型の断面図である。
【図19】他の圧縮成形金型の断面図である。
【図20】(a)(b)図共に、図19に示す圧縮成形金型を他方向から見たときの断面図である。
【図21】(a)図は、研削加工が施された金属焼結体の表面拡大写真であり、(b)図は、旋削加工が施された金属焼結体の表面拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0029】
図1(a)〜(c)に、本発明の一実施形態に係るオイルシール部材1の平面図、側面図及び正面図を夫々示す。同図に示すオイルシール部材1は、図14に示す可変バルブタイミング機構100を構成するロータ101とハウジング103のうち、ロータ101のベーン102に設けた軸方向に延びる溝部105に取り付けられ、ハウジング103の内径面との摺動接触を伴ってロータ101とハウジング103の間に形成される油圧室106を液密的に区画するものである。
【0030】
オイルシール部材1は、図15に示すオイルシール部材120と同様の形状を有する。すなわち、オイルシール部材1は、ロータ101の軸方向(以下、これを「長手方向」ともいう)に延びた細板形状を呈し、ロータ101の回転方向(以下、これを「短手方向」ともいう)で対峙する互いに平行な一対の側面4,4と、両側面4,4間を周回する複数面からなる周回面とからなる。周回面は、ハウジング103の内径面との摺動面を構成する下面3、下面3とロータ101の半径方向で対峙する(下面3の反対側に設けられて、溝部105の溝底面と対向する)上面2、下面3の長手方向両側で上面2と下面3を繋ぐ互いに平行な一対の端面5,5、及び上面2と各端面5の境界部に設けられた一対の傾斜面6,6で構成される。
【0031】
このオイルシール部材1は、長手方向両端部に設けられた上下面間の離間距離(肉厚)が相対的に大きい一対の厚肉部A,Aと、長手方向中央部に設けられた上下面間の離間距離が相対的に小さい薄肉部Bとを一体に有し、一対の厚肉部A,A間に附勢部材としての板バネ130(図14参照)が湾曲状態で固定されるようになっている。厚肉部Aの肉厚d1と、薄肉部Bの肉厚d2との比(=d2/d1)は、0.4以上0.7未満の範囲内、より好ましくは0.5以上0.6未満の範囲内に設定される(理由は後述する)。また、オイルシール部材1の全長寸法Lは15〜30mm程度とされ、この全長寸法Lと厚肉部Aの肉厚d1の比(=L/d1)は、5〜10の範囲内、より好ましくは6〜8の範囲内とされる。
【0032】
上面2の長手方向両端部には、厚肉部A,Aを構成する凸部2a,2aが設けられている。すなわち、上面2は、長手方向両端部を高位面、長手方向中央部を低位面とした、長手方向で凹凸状をなす。
【0033】
摺動面を構成する下面3は、図1(c)に示すように、短手方向で円弧状に湾曲した凸曲面状、より詳しくは、短手方向中央部を頂点とした(短手方向中央部が上面2との離間距離を拡大させる方向に膨出した)凸曲面状に形成されている。この下面3は、図2にも示すように、ハウジング103の内径面と摺動自在に接触し、油圧室106からのオイル漏れ(周方向で隣り合う油圧室106,106間でのオイルの行き来)を可及的に防止するためのシール面としても機能する。そのため、オイル漏れを防止し、油圧室106の圧力を適切に高める観点から言えば、下面3の曲率とハウジング103の内径面の曲率とを完全に一致させ、両面を面接触させるのが理想的であるが、両面の曲率を完全に一致させることは極めて困難である。
【0034】
そこで、図2に示すように、オイルシール部材1の下面3の曲率を、ハウジング103の内径面の曲率よりも僅かに大きくし、両面を面接触に近い線接触状態で接触可能としてある。これにより、オイルシール部材1をロータ101の溝部106に取り付けると、下面3の短手方向中央部3aがハウジング103の内径面と線接触し、両者の接触部Pの周方向両側で、下面3(の短手方向両端部3b)とハウジング103の内径面とが径方向隙間Qを介して対向する。下面3の曲率とハウジング103の内径面の曲率を上記のように設定したことにより、径方向隙間Qは、接触部Pに向けて隙間幅を漸次縮小させた楔形状を呈する。
【0035】
オイルシール部材1は、焼結金属製とされ、特に、固体潤滑剤Nを含む軸受用の焼結金属材料(金属粉Mを主原料とし、これに少なくとも固体潤滑剤Nを添加した原料粉末)を圧粉・焼結することにより上記の形状に成形される。また、このオイルシール部材1は、図3に示すように、金属粉Mと固体潤滑剤Nの固溶体(金属粉Mと固体潤滑剤Nとが化合物化することなく、原形をある程度保った状態で結合したもの)を主体とした結晶構造を有する。
【0036】
軸受用の焼結金属材料としては、JIS Z2550の付表1に規定されているものが使用され、その中でも、純鉄系(P1011Z,P1012Z,P1013Z)、鉄−銅系(P2011Z,P2012Z,P2013Z)、及び鉄−炭素−黒鉛系(P1053Z,P1054Z)が好ましく使用可能である。また、固体潤滑剤Nとしては、黒鉛、二硫化モリブデン、窒化ホウ素、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレン等が使用可能であるが、上記のとおり、オイルシール部材1が金属粉Mと固体潤滑剤Nの固溶体を主体とした結晶構造を有する関係上、特に黒鉛が好適に使用される。なお、原料粉には、固体潤滑剤N以外の充填材、例えば、耐摩耗性や耐熱性の向上効果があるガラス繊維、ピッチ系炭素繊維、PAN系炭素繊維、アラミド繊維、アルミナ繊維、などを含めることも可能である。
【0037】
オイルシール部材1の両側面4,4及び周回面(外表面全域)は成形面とされ、特に本実施形態では、外表面全域が、図3に模式的に示すように、オイルシール部材1の成形金型と摺動するのに伴って形成された摺動痕Sを有する成形面とされる(図3は、オイルシール部材1の下面3の一部を模式的に示している)。すなわち、オイルシール部材1は、その外表面全域が、所定形状の金属焼結体を得る上での必須工程である圧縮成形工程やサイジング工程で用いる成形金型と摺動することにより、いわゆる目潰し処理(封孔処理)が実行された塑性加工面とされる。これにより、オイルシール部材1の各面の表面開孔率は5〜40%とされる。オイルシール部材1の下面3は、ハウジング103の内径面との間に接触部P及び径方向隙間Qを形成し、最も高い油圧がかかる面である関係上、その表面開孔率は外表面のうちで最も小さく設定されており、例えば5〜30%の範囲内とされる。但し、下面2のうち、短手方向両端部3b,3bの表面開孔率は、短手方向中央部3aの表面開孔率よりも小さくなっている。これは、後述するように、平坦面状をなす焼結体20の下面23を、サイジングによって凸曲面状に成形(圧縮成形)するためである。また、互いに平行な平坦面状に形成され、油圧室106に面する一対の側面4,4の表面開孔率は、例えば20〜40%の範囲内とされる。
【0038】
以上の構成を有するオイルシール部材1は、図4に示すように、固体潤滑剤Nを含む焼結金属材料(原料粉)を圧縮成形して圧粉体10を得る圧縮成形工程と、圧粉体10を焼結して焼結体20を得る焼結工程と、焼結体20を圧縮して最終形状に仕上げるサイジング工程とを順に経て製造される。
【0039】
圧縮成形工程では、完成品としてのオイルシール部材1に近似した形状の圧粉体10が成形される。詳しくは、図5(a)〜(c)に示すように、互いに平行な一対の側面14,14と、両側面14,14の間を周回する複数面からなる周回面とを備え、周回面が、長手方向で凹凸状をなす上面12、上面12の反対側に設けられた下面13、下面13の長手方向両側で上面12と下面13を繋ぐ互いに平行な一対の端面15,15、及び上面12と各端面15の境界部に設けられた傾斜面16,16で構成された圧粉体10が成形される。但し、図5(c)に示すように、圧粉体10の下面13は、短手方向に湾曲した凸曲面状ではなく、その全域が上面12と平行な平坦面に形成される。
【0040】
このような圧粉体10は、図6(a)に示すように、ダイ31、上パンチ32及び下パンチ33を備えた第1成形金型30を用いて圧縮成形される。詳しくは、ダイ31の成形孔31aと、ダイ31の内周に配置された下パンチ33の加圧面33aとで画成されるキャビティに上記の原料粉を充填した後、上パンチ32を降下させることで原料粉を圧縮し、圧粉体10を成形する。この第1成形金型30では、上パンチ32の加圧面32aと下パンチ33の加圧面33aとにより、圧粉体10の両側面14,14が成形され[図6(a)を参照]、ダイ31の成形孔31aで、圧粉体10の周回面(上面12、下面13、端面15及び傾斜面16)が成形される[図6(b)を参照]。ダイ31の成形孔31aを構成する内壁面は、圧縮方向(上下パンチ32,33の移動方向)と平行な平坦面とされる。従って、圧粉体10のうち、ダイ31の成形孔31aで成形される周回面は、圧粉体10の圧縮方向と平行な平坦面に成形される。
【0041】
上パンチ32が下降限まで到達し、圧粉体10の成形が完了すると、図7に示すように、上パンチ32及び下パンチ33を圧粉体10と共に上昇させてダイ31の成形孔31aから圧粉体10を排出し、その後、圧粉体10を水平方向に払い出す。払い出された圧粉体10は、次工程である焼結工程に移送される。なお、上記のとおり、ダイ31の成形孔31aを構成する内壁面が圧縮方向と平行な平坦面とされていることから、ダイ31の成形孔31aから圧粉体10を排出する過程でダイ31と圧粉体10とが抜き方向で係合することはない。また、下パンチ33の加圧面33aは、凹凸のない平坦な側面14を成形する面であることから、圧粉体10の払い出しに際して、下パンチ33と圧粉体10とが払い出し方向で係合することはない。そのため、圧粉体10の排出に際して、圧粉体10形状に崩れが生じるような事態が防止される。また、圧粉体10は、固体潤滑剤Nが添加された原料粉を圧縮することによって成形されているため、ダイ31の成形孔31aからスムーズに排出される。
【0042】
圧粉体10の外表面は、上パンチ32の下降移動(上パンチ32と下パンチ33の相対的な接近移動)が進展するのに伴って、上パンチ32の加圧面32a、下パンチ33の加圧面33a及びダイ31の成形孔31aで成形され、その中でも圧粉体10の周回面は、ダイ31の成形孔31aの内壁面との摺動を伴って成形される。そのため、圧粉体10の周回面を構成する金属粉Mや固体潤滑剤Nには、ダイ31の成形孔31aの内壁面との摺動に伴う摺動痕S(図3を参照)が形成され、圧粉体10の周回面の表面開孔が目潰しされた状態となる。圧粉体10のうち、上下パンチ32,33によって成形される両側面14,14も、加圧面32a,33aからの圧縮力を受けることによって目潰しされた状態となるが、目潰し量は、上下パンチ32,33で加圧されることによって成形される両側面14,14よりも、ダイ31の成形孔31aとの摺動を伴って成形される周回面の方が多くなる。従って、圧粉体10のうち、上面12、下面13、端面15及び傾斜面16の表面開孔率は、側面14の表面開孔率よりも小さくなる。この様子を、図8(a)(b)に示す。図8(a)は、圧粉体10のうちダイ31の成形孔31aで成形された下面13の拡大写真を示し、図8(b)は、圧粉体10のうちパンチの加圧面で成形された側面14の拡大写真を示している。
【0043】
また、上記のように、圧粉体10の両側面14,14を上パンチ32及び下パンチ33で成形することにより、図6(a)、(c)及び(d)に示す何れの圧縮方向断面においても、圧粉体10の圧縮方向の肉厚が一定になる。そのため、圧粉体10の圧縮率が全域で均一となり、均一密度の圧粉体10が得られる。これにより、圧粉体10の各部で密度差が存在することに起因した各種不具合(例えば、圧粉体10を焼結工程に移送する際に圧粉体10が損傷等するような事態)が生じるのを可及的に防止することができる。
【0044】
また、圧粉体10の一対の側面14,14を上パンチ32及び下パンチ33で成形すれば、上面12の段差を大きくした圧粉体10を成形することができる。これにより、オイルシール部材1の厚肉部Aと薄肉部Bの肉厚差を大きくすることができ、オイルシール部材1に対する板バネ130の取り付け性が向上する。
【0045】
ここで、上述したように、従来のオイルシール部材の製造方法(図16等を参照)を用いて、長手方向端部と長手方向中央部とで上下面間の厚みが異なる圧粉体10を成形すると、圧粉体10の厚肉部と薄肉部とで圧縮率が大きく異なることとなる。本願発明者が検証したところ、下記の表1に示すように、オイルシール部材1の厚肉部Aを構成する上下面間の離間距離(厚肉部Aの肉厚)d1と、薄肉部Bを構成する上下面間の離間距離(薄肉部Bの肉厚)d2との比(=d2/d1)が0.7未満の場合には、厚肉部Aの圧縮率が不十分となって厚肉部Aの強度確保ができなくなり、圧粉体10を成形すること自体が困難となることが判明した。また、上記の比d2/d1を0.7以上0.75未満とすれば、従来方法でも成形可能とはなるものの、圧粉体10の厚肉部の強度が不十分となって割れや欠けが生じ易くなる。
【0046】
【表1】

【0047】
これに対し、上記した本発明に係る製造方法によれば、長手方向における圧粉体10密度を均一化することができるので、表1に示すように、比d2/d1を0.7未満、さらには0.6未満とした場合でも、オイルシール部材1の厚肉部Aに必要とされる強度を確保することができる。但し、厚肉部Aと薄肉部Bの肉厚差が大きくなる(比d2/d1が0.4未満となる)と、圧粉体10の成形金型を製作すること自体が困難となるため、実質的に成形不可である。また、比d2/d1が0.5未満となる場合には、凸部に割れや欠けが生じ易くなる。従って、比d2/d1の下限値は、0.4以上、好ましくは0.5以上とするのが望ましい。以上のことから、オイルシール部材1の厚肉部Aの肉厚d1と、薄肉部Bの肉厚d2との比d2/d1は、0.4以上0.7未満とするのが望ましい。これにより、圧粉体10の成形性、強度、附勢部材としての板バネ130の取り付け性に優れたオイルシール部材1を得ることができる。
【0048】
焼結工程では、圧粉体10を所定温度で所定時間加熱することにより、圧粉体10を構成している金属粉M同士、さらには金属粉Mと固体潤滑剤Nとを結合(焼結結合)させ、焼結体20を得る。焼結体20は、圧粉体10とほぼ同一形状であるため、詳細な説明は省略する。
【0049】
焼結体20としては、圧粉体10の加熱温度や加熱時間を調整することにより、(1)金属粉Mと固体潤滑剤Nの化合物を主体とした結晶構造を有するもの、あるいは、(2)金属粉Mと固体潤滑剤Nの固溶体を主体とした結晶構造を有するもの、とすることができるが、本発明では、(2)金属粉Mと固体潤滑剤Nの固溶体を主体とした結晶構造を有する焼結体20を得る。固体潤滑剤Nが、ある程度原形を留めたまま残存するため、摺動特性に優れた最終製品(オイルシール部材1)を得る上で有利となるからである。また一般に、上記(2)の構成を得るのに必要とされる加熱温度は、上記(1)の構成を得るのに必要とされる加熱温度よりも低く、また、上記(2)の構成を得るのに必要とされる加熱時間は、上記(1)の構成を得るのに必要とされる加熱時間よりも短い。従って、上記(2)の構成を得るようにすれば、焼結に伴う寸法変化量(変形量)を小さくすることができるので、高精度の焼結体20、ひいてはオイルシール部材1を得る上で有利となる。しかも、上述のとおり、加熱される圧粉体10は、その全域の密度が均一に形成されたものであることから、焼結に伴う寸法変化量が圧粉体10(焼結体20)の各部でばらつき難く、焼結体20、ひいてはオイルシール部材1の一層の高精度化が達成される。
【0050】
焼結工程で得られた焼結体20は、サイジング工程に移送される。サイジング工程では、図9に示すダイ41、上パンチ42及び下パンチ43を備えた第2成形金型40を用い、圧縮成形工程における圧粉体10の圧縮方向とは異なる方向で焼結体20を圧縮することにより、焼結体20が最終形状(完成品としてのオイルシール部材1の形状)に仕上げられる。
【0051】
サイジング工程では、ダイ41の成形孔41aの内周に配した焼結体20の上面22及び下面23(図9中、点線で示す)が、上パンチ42の加圧面42a及び下パンチ43の加圧面43aでそれぞれ圧縮される。下パンチ43の加圧面43aは、オイルシール部材1の下面3の形状が反転した形状、すなわち、短手方向中央部が上パンチ42から離反する方向に膨出した凹曲面状に形成されている。従って、下パンチ43の加圧面43aで焼結体20の下面23を圧縮すると、焼結体20の下面23が、凸曲面状に成形される。これと同時に、焼結体20のその他の面が、最終形状に仕上げられる。
【0052】
ところで、上記のように、サイジングによって焼結体20の下面23を凸曲面状に成形すると、サイジングによる下面23の変形量が上面22の変形量に比べて大きくなるため、ダイ41の成形孔41aから排出された焼結体20に生じるスプリングバックにより、焼結体20(オイルシール部材1)の長手方向で大きな反りが生じ易くなる。オイルシール部材1の下面3は、ハウジング103の内径面との摺動接触を伴って油圧室106を液密的に区画するシール面としても機能する面であることから、その母線が、極力ストレートな直線状となるように形成する必要がある。
【0053】
そこで、サイジングを実行する第2成形金型40のうち、焼結体20の下面23を凸曲面状に成形する下パンチ43の加圧面43aを、図10に誇張して示すように、長手方向中央部が上パンチ42に接近する方向に膨出した円弧面状に形成した。このようにすれば、スプリングバックにより焼結体20に生じる反りが相殺されるので、第2成形金型40から排出された焼結体20の下面23(オイルシール部材1の下面3)の母線を長手方向でストレートな直線状とすることができる。これにより、良好なシール性能が確保される。
【0054】
このサイジング工程においても、上パンチ42の下降移動が進展するのに伴い、焼結体20の各面は、上パンチ42の加圧面42a、下パンチ43の加圧面43a及びダイ41の成形孔41aで成形され、その中でも焼結体20の両側面24,24は、ダイ41の成形孔41aの内壁面との摺動を伴って成形(整形)される。そのため、焼結体20の両側面24,24を構成する金属粉Mや固体潤滑剤Nには、ダイ41の成形孔41aの内壁面との摺動に伴う摺動痕が新たに形成されるようにして目潰し処理が実行され、表面開孔率が一層小さくなる。上記したように、目潰し量は、加圧されることによって成形される面よりも、ダイの成形孔の内壁面との摺動を伴って成形される面の方が、摺動痕が形成される分多くなる。従って、当該サイジング工程における表面開孔率の低減効果は、ダイ41の成形孔41aの内壁面で成形される焼結体20の両側面24,24の方が、上下パンチ42,43の加圧面42a,43aで成形される焼結体20の周回面よりも大きくなる。
【0055】
そして、本発明では、圧縮成形工程で用いる上下パンチ32,33による圧粉体10の圧縮方向と、サイジング工程で用いる上下パンチ42,43による焼結体20の圧縮方向とを異ならせたことから、オイルシール部材1の外表面全域には、成形金型(ダイ)との摺動に伴う摺動痕が満遍なく形成され、外表面全域は、表面開孔率が十分に小さくなった成形面(塑性加工面)となる。この様子を、図11(a)(b)に示す。なお、図11(a)は、下パンチ43の加圧面43aで成形されたオイルシール部材1の下面3を示し、図11(b)は、ダイ41の成形孔41aで成形されたオイルシール部材1の側面4を示している。
【0056】
但し、サイジング工程で焼結体20の下面23を凸曲面状に成形するようにした関係上、サイジングによる焼結体20各面の変形量(圧縮率)は、下面23が最も大きくなる。これにより、第2成形金型40から排出されることにより完成したオイルシール部材1の表面開孔率は、下面2が最も小さくなる。特に、下面2の短手方向両端部は、サイジングによる変形量が短手方向中央部に比べて大きい分、オイルシール部材1のうちで表面開孔率が最も小さい部分となる。
【0057】
なお、図示は省略するが、焼結体20のサイジングは、焼結体20の上下を反転させた状態、すなわち、焼結体20の下面23を上パンチ42の加圧面42aで圧縮するようにして行うこともできる。この場合、ダイ41の成形孔41aから排出された焼結体20の上面22と下パンチ42の加圧面42aとが払い出し方向(水平方向)で係合することとなるが、サイジング後の焼結体20は高強度となっているため、エアー噴射等を実行することにより、下パンチ42の加圧面42aとの係合状態を容易に解消することができる。
【0058】
以上で説明したように、本発明に係る焼結金属製のオイルシール部材1は、互いに平行な一対の側面4,4と、これら両側面4,4の間を周回する複数面からなる周回面とが、何れも成形面とされる。これはすなわち、両側面4,4及び周回面(外表面全域)が、当該オイルシール部材1の製造過程で用いる成形金型で圧縮され、キャビティに押し当てられる(キャビティに倣って変形する)ことにより、いわゆる目潰し処理が実行された塑性加工面であることを意味する。そのため、当該オイルシール部材1を構成する各面のうち、ハウジング103と摺動する摺動面となる下面3や、オイルに常時接触する両側面4,4の表面開孔率を、特段の後加工(後処理)等を施すことなく適当に小さくすることができる。さらに本発明では、オイルシール部材1の両側面4,4及び周回面が、何れも、焼結金属製のオイルシール部材1を成形するための成形金型(圧縮成形工程で用いるダイ31及びサイジング工程で用いるダイ41)との摺動により目潰しされていることから、オイルシール部材1の外表面全域の表面開孔率を一層小さくすることができる。従って、オイルの内部侵入抑制効果が高く、しかも耐摩耗性に優れた焼結金属製のオイルシール部材1を、特段のコスト増を招くことなく安価に量産することができる。軸受用の焼結金属材料を用いて得られる金属焼結体は、構造部品用の焼結金属材料を用いて得られるものよりも低密度となる関係上、摺動性を高め得る反面、オイルの内部侵入抑制や耐摩耗性向上を図ることが難しいというデメリットがあった。これに対し、上記本発明の構成により、軸受用の焼結金属材料を用いる場合のデメリットが改善されるので、軸受用の焼結金属材料を用いて製作したオイルシール部材1が、可変バルブタイミング機構用のオイルシール部材として好適に使用可能となる。
【0059】
また、本実施形態では、オイルシール部材1の下面3をサイジングによって凸曲面状に成形したので、オイルシール部材1を構成する各面のうちで下面3の表面開孔率が最も小さくなっている。オイルシール部材1の下面3は、ハウジング102の内径面と摺動する摺動面を構成し、また、オイルシール部材1のうちで最も高い油圧が作用する面であるが、下面3の表面開孔率が小さくなっていれば、オイルが下面3を介してオイルシール部材1の内部に侵入し難くなり、オイルシール部材1の下面3とハウジング102の内径面との摺動部に安定的に油膜を形成することができる。従って、ロータ101の回転の応答性向上が図られる。
【0060】
以上では、ロータ101の外径面に設けた溝部105に取り付けられ、ハウジング103の内径面との摺動を伴って油圧室106を液密的に区画するオイルシール部材1に本発明を適用する場合について説明を行ったが、本発明は、ハウジング103の内径面に設けた溝部105に取り付けられ、下面3が、ロータ101の外径面との摺動を伴って油圧室106を液密的に区画するオイルシール部材にも好ましく適用することができる。この場合、オイルシール部材1の下面3は、上述した実施形態と同様に、短手方向中央部を上面2から離反する方向に膨出させた凸曲面状に成形しても良いし、これとは逆に、図12(a)〜(c)に示すように、短手方向中央部を上面2に接近する方向に膨出させた凹曲面状に成形しても良い。
【0061】
図12に示すオイルシール部材1は、下面3の湾曲態様、及び下面3の短手方向における表面開孔率の大小関係が、図1に示すオイルシール部材1と構成を異にする。すなわち、図12に示すオイルシール部材1は、図13に示すような第2成形金型40を用いて焼結体20にサイジングを施すことにより、最終形状に仕上げられたものである。
【0062】
詳述すると、図12に示すオイルシール部材1を成形する第2成形金型40は、図13に示すように、下パンチ43の加圧面43aが、短手方向中央部を上パンチ42に接近する方向(上方)に膨出させた凸曲面状に形成されている。この場合、焼結体20の平坦な下面23が下パンチ43の加圧面43aで圧縮(加圧)されることにより、焼結体20の下面23が凹曲面状に成形される。このとき、下面23のうち、短手方向中央部の圧縮量が短手方向両端部の圧縮量よりも大きくなるため、凹曲面状に成形された焼結体20の下面23(オイルシール部材1の下面3)の表面開孔率は、短手方向両端部よりも短手方向中央部で小さくなる。従って、このオイルシール部材1の下面3の短手方向中央部とロータ101の外径面との間にオイルを留めることができ、潤滑性が高められる。またこの場合、オイルシール部材1の下面3は、短手方向両端部よりも短手方向中央部が相対的に高密度となることから、オイルシール部材1の下面3のうち、ロータ101の外径面と主に摺動接触する短手方向中央部の強度が高まり、耐摩耗性が向上する。
【0063】
以上で示した可変バルブタイミング機構100は、図14を参照して説明したように、ロータ101の各ベーン102の外径面の円周方向中央部に設けた溝部105、及びハウジング103の各ティース104の内径面の円周方向中央部に設けた溝部105にオイルシール部材を取り付けたものであるが、オイルシール部材取り付け用の溝部105が、ベーン102の外径面やティース104の内径面の円周方向中央部から周方向にオフセット位置に設けられた可変バルブタイミング機構100にも、本発明に係るオイルシール部材1は好ましく用いることができる。
【0064】
また、以上で示した可変バルブタイミング機構100は、ベーン102の外径面、及びティース104の内径面に溝部105を設けたものであるが、ベーン102の外径面と対向するハウジング103の内径面、及びティース104の内径面と対向するロータ101の外径面に溝部105が設けられ、この溝部105にオイルシール部材1が取り付けられるように構成された可変バルブタイミング機構100にも、本発明に係るオイルシール部材1は好ましく用いることができる。
【符号の説明】
【0065】
1 オイルシール部材
2 上面
2a 凸部
3 下面(摺動面)
4 側面
5 端面
10 圧粉体
20 焼結体
30 第1成形金型
40 第2成形金型
100 可変バルブタイミング機構
101 ロータ
103 ハウジング
106 油圧室
130 板バネ(附勢部材)
A 厚肉部
B 薄肉部
M 金属粉
N 固体潤滑剤
P 接触部
Q 半径方向隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可変バルブタイミング機構を構成するロータとハウジングの間に形成される油圧室を液密的に区画する焼結金属製のオイルシール部材であって、
軸受用の焼結金属材料で形成され、
ロータの回転方向で対峙する一対の側面と、両側面の間を周回する複数面からなり、そのうちの一つがロータの外径面又はハウジングの内径面の何れか一方と摺動する摺動面を構成する周回面とを備え、一対の側面及び周回面が、何れも成形面であることを特徴とするオイルシール部材。
【請求項2】
一対の側面及び周回面が、何れも成形金型との摺動により目潰しされている請求項1記載のオイルシール部材。
【請求項3】
前記焼結金属材料は、固体潤滑剤を含むものであり、
金属粉と固体潤滑剤の固溶体を主体とした結晶構造を有する請求項1又は2記載のオイルシール部材。
【請求項4】
一対の側面及び周回面の表面開孔率が、5%以上40%以下である請求項1〜3の何れか一項に記載のオイルシール部材。
【請求項5】
摺動面が、ロータの回転方向で湾曲した曲面状をなし、周回面のうち、摺動面とロータの半径方向で対峙する面が、ロータの軸方向で凹凸状をなす請求項1〜4の何れか一項に記載のオイルシール部材。
【請求項6】
摺動面が凸曲面状をなす請求項5記載のオイルシール部材。
【請求項7】
摺動面のうち、ロータの回転方向両端部における表面開孔率が、摺動面の頂点における表面開孔率よりも小さい請求項6記載のオイルシール部材。
【請求項8】
摺動面が凹曲面状をなす請求項5記載のオイルシール部材。
【請求項9】
摺動面の頂点における表面開孔率が、摺動面のうち、ロータの回転方向両端部における表面開孔率よりも小さい請求項8記載のオイルシール部材。
【請求項10】
請求項1〜9の何れか一項に記載のオイルシール部材と、オイルシール部材の取り付け溝を有し、カムシャフトに取り付けられるロータ及びロータを回転可能に収容するハウジングとを備えた可変バルブタイミング機構。
【請求項11】
可変バルブタイミング機構を構成するロータとハウジングの間に形成される油圧室を液密的に区画する焼結金属製のオイルシール部材であって、ロータの回転方向で対峙する一対の側面と、両側面の間を周回する複数面からなり、そのうちの一つがロータの外径面又はハウジングの内径面の何れか一方と摺動する摺動面を構成する周回面とを備えるものの製造方法において、
軸受用の焼結金属材料を圧縮成形して圧粉体を得る圧縮成形工程と、圧粉体を焼結して焼結体を得る焼結工程と、焼結体を圧縮して最終形状に仕上げるサイジング工程とを有し、
圧縮成形工程で用いる一対のパンチによる圧粉体の圧縮方向と、サイジング工程で用いる一対のパンチによる焼結体の圧縮方向とを異ならせることを特徴とするオイルシール部材の製造方法。
【請求項12】
オイルシール部材は、摺動面がロータの回転方向で湾曲した曲面状をなし、かつ周回面のうち、摺動面とロータの半径方向で対峙する面が、ロータの軸方向で凹凸状をなすものであり、
圧縮成形工程で用いるダイにより圧粉体の周回面を成形し、サイジング工程で用いるダイにより焼結体の両側面を成形する請求項11記載のオイルシール部材の製造方法。
【請求項13】
サイジング工程で用いるパンチにより、摺動面をロータの回転方向で湾曲した曲面状に成形する請求項12記載のオイルシール部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2012−241729(P2012−241729A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109308(P2011−109308)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】