説明

ガス分光分析装置

【課題】赤外吸収分光とラマン散乱分光を同時に行うことが可能なガス分光分析装置を提供する.
【解決手段】フーリエ赤外分光装置1から出射する赤外光はレンズ2およびビームスプリッタ3を介して中空光ファイバ4に入射する.また,ラマン分光用の光源であるレーザー5から出射する光もレンズ6で集光されたのち,ビームスプリッタ3を介して中空光ファイバ4に入射する.中空光ファイバ4からの出射光はビームスプリッタ7で赤外光のみを取り出して,フーリエ赤外分光装置1に接続された赤外光検出器8で検出する.またラマン分光で使用する紫外,近赤外光はビームスプリッタで反射して,ラマン分光装置9によってラマン散乱スペクトルの測定がおこなわれる.被測定ガスはガス導入部10より中空光ファイバ4の中空コア部分へ,ポンプなどを用いて導入される.これにより被測定ガスの赤外吸収分光とラマン散乱分光分析が同時に可能となる.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ガス分光分析装置に関するものであり,特に中空光ファイバをもちいたガス分析用ラマン分光および赤外分光装置に関する.
【背景技術】
【0002】
環境観測や医療診断におけるガス分析法として,赤外光を光源とした赤外分光法は迅速で高感度にさまざまな種類のガスの分析が可能である.赤外分光法においてはガスに含まれる分子において,特定の波長の光のエネルギーが吸収されることを利用したものであり,高い感度を実現するためにはガスの中を光が通過する光路の長さをできるだけ大きくすることが重要である.そこで従来は,ガラスや金属材料で構成された容器の両端に反射鏡を配置し,光を複数回反射することにより,十分な光路長を得られるガスセルが主に利用されている.またラマン分光法は可視光や近赤外光を照射した際に,対象とする分子の種類によって光源とは異なる波長をもつラマン散乱光が発生することを利用したものである.ラマン分光分析装置には赤外分光装置と同様なガスセルが主に使用されている.
【特許文献1】特開2009−92511号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし,このセルにおいては,複数の鏡を精密に正しく配置する必要があるため,比較的高価な物となるうえ,セルの容量が大きいためにサンプルとするガスの量が多くなる傾向がある.また窒素や酸素などの無極性分子は赤外領域において吸収を示さないため,分析結果の校正に有効なこれらの基準ガスは赤外分光法では検出することができない.一方,ラマン分光法を用いれば,これらの無極性分子の測定も可能であるが,ラマン分光法において検出される散乱光はきわめて微弱なため,より長い光路が必要とされる.
【0004】
本発明は従来のガス分光分析装置がもつ上記の問題点を解決するために考案されたものであり,ラマン分光と赤外分光分析を同時に行うことが可能なガス分光分析装置を低コストで実現することを目的としている.
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために,中空光ファイバの空洞部にガスを流入させてその分析を行うガス分光分析装置であり,赤外吸収分光とラマン散乱分光を同時に行うことが可能なことを特徴とするガス分光分析装置を提供する.
【0006】
また,前記中空光ファイバが,ガラスもしくはプラスチックチューブの内面に金属薄膜が形成され,この金属薄膜の表面に中空光ファイバの損失を低減させるための誘電体薄膜が形成されたものであってもよい.
【0007】
また,前記誘電体薄膜が,赤外吸収分光に有効な赤外領域とラマン散乱分光に有効な可視から近赤外領域の両方で低損失性を示すような膜厚を有するものであってもよい.
【発明の効果】
【0008】
以下,図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する.図1は,本発明の実施の形態の一例を示すガス分光分析装置の構成図である.フーリエ赤外分光装置1から出射する赤外光はレンズ2およびビームスプリッタ3を介して中空光ファイバ4に入射する.また,ラマン分光用の光源であるレーザー5から出射する光もレンズ6で集光されたのち,ビームスプリッタ3を介して中空光ファイバ4に入射する.
【0009】
レーザー5から出射する光は線幅が狭くASE等によるバックグラウンドレベルが低い特性が必要である.例えば,波長785nm,線幅0.5cm-1,出力200mWの連続光を用いることができる.波長は近赤外域が好適に用いられるがこれに限らない.可視領域や紫外領域を使用することができる.また,線幅が充分に狭ければパルス光も用いることができる.この場合,熱的な作用が低減することにより,フーリエ赤外分光に対する雑音を与えずに高強度のレーザー光を使用できる.
【0010】
中空光ファイバ4からの出射光はビームスプリッタ7で赤外光のみを取り出して,フーリエ赤外分光装置1に接続された赤外光検出器8で検出する.またラマン分光用レーザー5から出射する光の励起により中空光ファイバ内で発生したストークス光は,ビームスプリッタ7で反射して,ラマン分光装置9に導かれ,ラマン散乱スペクトルの測定がおこなわれる.ここで,ビームスプリッタ3,7は、フーリエ赤外分光装置1から出射する赤外光を透過し,ラマン分光用のレーザー5から出射する光および前記ストークス光を反射するフィルタ特性を有することにより,フーリエ赤外分光用の赤外光がラマン分光装置9に入ることや,ラマン分光用レーザー光が赤外光検出器8に入ることを防ぎ,信号雑音比の高い測定が可能となる.ビームスプリッタ3,7としては,例えばカットオフ波長2ミクロンのロングパスフィルタが好適である.さらに,ラマン分光装置9とビームスプリッタ7の間にラマン分光用レーザー光を遮断するノッチフィルタを備えることにより,ラマン分光用レーザー光がラマン分光装置9に入ることを防ぐことができる.
【0011】
レンズ2はフーリエ赤外分光装置1から出射する赤外光の広い帯域において高い透過性を有し,例えばセレン化亜鉛,ゲルマニウム,シリコン,硫化亜鉛,フッ化カルシウムなどを用いることができる.また,レンズ2の代わりに金,銀,アルミニウム等による放物面鏡を用いることによりレンズの材料特性による測定誤差を低減することができる.
【0012】
被測定ガスはガス導入部10より中空光ファイバ4の中空コア部分へ,ポンプなどを用いて導入される.ガス導入部10には可視から赤外の広い領域を透過する光学窓が取り付けられており,ガス導入のために十分な圧力を得ることができる.前記光学窓としては例えば,硫化亜鉛,フッ化カルシウムなどを用いることができる.ファイバ出射端は開放として,被測定ガスを流入,回収しながら分光分析を行うことも可能であり,ファイバ出射端を前記光学窓により封止し,被測定ガスを流入,加圧することにより,より高い感度の測定が可能である.また,ガス導入後にファイバの両端を封止した状態で分析を行うことも可能である.さらに,ファイバ出射端に反射鏡を取り付けることにより,ファイバ入射端側に赤外検出器8およびラマン分光装置9を配置することも可能である.
【0013】
図1において,ラマン分光用のレーザー5とレンズ6の配置を,ラマン分光装置9の配置と置き換え,中空光ファイバ中で,ラマン分光用レーザー光の伝搬方向とフーリエ赤外分光用の赤外光の伝搬方向が相反する方向となるようにすることにより,ビームスプリッタ3,7により分離されずに透過または反射された前記ラマン分光用レーザー光と前記フーリエ赤外分光用の赤外光の一部がそれぞれ赤外検出器8とラマン分光装置9に入ることを防ぐことが可能であり,測定の信号雑音比を向上させることができる.
【0014】
図2は中空光ファイバ4の断面図である.ガラスもしくはポリカーボネートやアクリル等のプラスチックで構成された母材チューブ11の内面に金属膜12が形成され,さらにその表面に誘電体膜13が形成されている.ファイバに入射した光は,ファイバ内面での反射を繰り返しながら中空コア14を伝搬するが,金属膜12は可視から赤外の広い波長域で高い反射率を示すため,光は効率よくファイバ中を伝搬する.
【0015】
金属膜12の材質としては,金,銀,銅,アルミニウム,ニッケルなどが適しており,これらの材料はメッキ法や化学気相成長法によって形成することが可能である.また,誘電体膜13は光の干渉効果により特定の領域における反射率を高めるためのものである.また,ラマン分光時の光ノイズ発生を低減するために,可視から近赤外領域の光を照射した際に,誘電体材料から発生するラマン散乱や蛍光が弱いことが重要である.通常の誘電体材料のほかに赤外領域で透明度が高い環状オレフィンポリマーやフッ素樹脂などの高分子材料も好適である.これらの高分子材料は,あらかじめ金属膜を形成した母材チューブ内に,溶剤に希釈した樹脂溶液を流入させ,乾燥・固着させることにより一様な薄膜を形成することができる.
【0016】
また,中空光ファイバは十分な可撓性を得るために,ファイバの直径は3ミリメートル以下であることが好ましい.中空光ファイバの長さは,短すぎると被測定ガスと光との相互作用長が短くなり感度が低下する.また長すぎると,ファイバの損失により感度が低下する.したがって,ファイバ長さは,1mから3m程度が望ましい.
【0017】
図3は,赤外波長域で測定した中空光ファイバの損失スペクトルの一例である.このファイバでは,ガス分光に有効な波長2−10ミクロン程度で低損失性が得られるように内装する誘電体薄膜の厚さを設計した.誘電体薄膜としては屈折率1.52程度のポリマーを利用し,その膜厚は0.25ミクロン程度とした.短波長域ではポリマー膜の干渉による損失ピークが多数現われているが,2ミクロン以上の長波長域では,ほぼ平坦なスペクトルが得られ,このファイバの赤外領域における伝送損失はポリマー膜を形成していないファイバと比較して,はるかに小さいものとなる.これはポリマー薄膜が増反射コーティングとして機能しているためである.
【0018】
図4は,図3で示したものと同じファイバの可視から近赤外領域における損失スペクトルである.複数の干渉ピークが現われているが,このファイバは波長0.78ミクロンのレーザダイオードを光源として,0.8−0.95ミクロン付近に存在するラマン散乱線の測定が行えるように設計したものであり,ポリマー薄膜の干渉ピークの谷の位置が上記波長と合致し,伝送損失が低減されている.中空光ファイバに内装するポリマー膜厚を厚さ0.10ミクロンから0.50ミクロンの範囲で5%程度の高精度で形成することにより,図4に示すような干渉ピークの位置を微調整することが可能である.干渉ピークの谷の位置で決まる低損失領域をラマン散乱分光を行う対象波長領域に合致するように微調整しても,赤外波長域における伝送損失にはほとんど影響しないため,可視から近赤外領域を使用するラマン散乱分光と,赤外の長波長領域を利用する赤外吸収分光の両方において,その励起光と検出信号光を効率よく伝送することが可能となる.
【0019】
赤外分光測定に必要な,広範囲かつ平坦な低損失性が赤外波長領域で得られ,かつ,ラマン散乱分光においては,可視−近赤外領域のある波長域で低損失性が得られることが重要であり,この条件をみたすためには,ファイバ内の誘電体膜における光の干渉により,ファイバの損失スペクトル上に複数現れる損失増大ピークのうち,最も長波長に現れるピークと,その次に波長が長いピークに挟まれた低損失領域が,ラマン散乱分光に使用する波長域の中心に位置するように誘電体層の厚さを設定することが望ましい.ラマン分光に使用する中心波長をλ,内装する誘電体の屈折率をnとすれば,厚さdは次の式で与えられる.
【0020】
【数1】

【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態を示すガス分光分析装置の構成図である.
【図2】本発明のガス分光分析装置の構成部品である中空光ファイバの断面図である.
【図3】本発明のガス分光分析装置の構成部品である中空光ファイバの赤外波長域における損失スペクトルの一例である.
【図4】本発明のガス分光分析装置の構成部品である中空光ファイバの可視から近赤外領域における損失スペクトルの一例である.
【符号の説明】
【0022】
1 フーリエ赤外分光装置
2 レンズ
3 ビームスプリッタ
4 中空光ファイバ
5 ラマン分光用レーザー
6 レンズ
7 ビームスプリッタ
8 赤外光検出器

9 ラマン分光装置
10 ガス導入部

11 母材チューブ
12 金属膜
13 誘電体膜
14 中空コア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空光ファイバの空洞部にガスを流入させてその分析を行うガス分光分析装置であり,赤外吸収分光とラマン散乱分光を同時に行うことが可能なことを特徴とするガス分光分析装置.
【請求項2】
前記中空光ファイバが,ガラスもしくはプラスチックチューブの内面に金属薄膜が形成され,この金属薄膜の表面に中空光ファイバの損失を低減させるための誘電体薄膜が形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載のガス分光分析装置.
【請求項3】
前記誘電体薄膜が,赤外吸収分光に有効な赤外領域とラマン散乱分光に有効な可視から近赤外領域の両方で低損失性を示すような膜厚を有することを特徴とする請求項2に記載のガス分光分析装置.

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−75513(P2011−75513A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−229929(P2009−229929)
【出願日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【出願人】(597178113)
【Fターム(参考)】