説明

スパッタ成膜装置

【課題】不活性ガスとともに酸素ガスを用いたスパッタ法において、より安定した酸化の状態で酸化物の薄膜が形成できるようにする。
【解決手段】高周波電源121の出力の交流電圧の平均値VDCを検出するVDCモニタ122と、VDCモニタ122が検出したVDCにより反応性ガス導入部112より導入されるガスの流量を制御するマスフローコントローラ123を制御する制御部124とを備え、VDCモニタ122で検出されたVDCの値が、既定値V0となるように、制御部124がマスフローコントローラ123を制御し、反応性ガス導入部112より導入される酸素ガスの流量を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属酸化物の膜を形成するスパッタ成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来では、金属酸化物などの金属化合物を用いた電子デバイスである強誘電体メモリ,発光デバイス、光導波路などにおいては、用いられる金属化合物薄膜の酸素組成を高度に安定させることが重要となる。これらのことを実現する技術としてスパッタ法がある。スパッタ法は、様々な金属化合物薄膜の作製に適用できる汎用性の高い方法である。
【0003】
代表的なスパッタ法としては、マグネトロンスパッタ法、ECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタ法、ヘリコンプラズマスパッタ法、電子励起プラズマスパッタ法などがある。いずれも、真空チャンバ内でプラズマを生成し、ターゲットにプラズマ中のイオンを衝突させ、ターゲットから弾き出された原子を、膜の形成対象となる基板の上に付着させることで成膜を行う。多くの場合、アルゴンガスプラズマが用いられ、堆積する薄膜中の酸素含有量を制御するために酸素ガスをプラズマ中に導入する。
【0004】
例えば、スパッタ法を用いてLiNbO3の薄膜を形成する場合、LiNbO3からなるターゲットが用いられる(特許文献1参照)。このような酸化物ターゲットは、多くの場合、構成元素の酸化物粉末をすりつぶして混合し、アルコール系溶媒に溶解させた後、整形,乾燥,焼結の過程を経て形成される。ここで、上述したような酸化物ターゲットに高周波電源(RFパワー)を印加したときの、ターゲット電位の変化を図3に示す。図3に示すように、ターゲットに印加されるRFの交流成分の振幅電圧VPPに対し、交流電圧の平均値VDCが定義できる。
【0005】
次に、新品のLiNbO3ターゲットを使用してスパッタ成膜を行った場合のVDCの時間変化の一例を図4に示す。ここで、上記スパッタ成膜では、酸素ガス流量が2sccmに固定されている。スパッタ開始直後のターゲットのVDC値は、正かゼロ近辺にあるが、図4のA−B間の変化から分かるように、数分後には、VDC値が急速にマイナスの値へ変化する。
【0006】
図4のBの時点で一度成膜を中断すると、成膜対象の基板が配置されているチャンバ(処理室)内の残留酸素あるいは水分が、ターゲット表面に再付着するため、VDC値は図4のCへ戻る。この所定時間後、再び成膜を開始すると、VDC値は前と同様に減少する。再びDの時点で成膜を中断すると、VDCはEの状態へ戻る。しかしながらEの時点におけるVDCは、Aの時点の値より低くなる。
【0007】
図4に示すように、ターゲットの使用を始めた初期の段階では、VDC値の変動は激しい。しかしながら、通算で20時間以上スパッタを行った後では、スパッタ中の定常状態のVDC値は、FからGのラインに沿って連続的に低下し、−500V付近の定常状態に安定する。この安定した状態に至るまでの変化は、イオン衝撃によりターゲットの温度が上昇し、ターゲットの内部に含まれている水分や溶媒の残留物が抜けることにより生じる。
【0008】
このようにターゲットの電位の変化は、ターゲット表面の状態が変化していることを示しており、成膜の開始直後と終了前とでは、基板の上に堆積形成されている薄膜の組成や結晶性が異なっていることを示している。
図4のGの状態に到達した後は、成膜の開始直後の20秒程度の時間を除けば、VDC値はほぼ定常状態にあるが、さらに長時間にわたる使用により、VDC値はより小さくなる。
【0009】
実際に、図4に示すGからHの間でも緩やかな減少が見られ、Hの状態を起点とした80時間後には、図5のグラフに示すように、最終的に−550V程度に安定するまで変化が継続する。この現象は、金属原子に比べて酸素原子の方がスパッタ速度が大きいために、ターゲット表面近傍の組成が次第に金属過多の状態になっていくことで説明できる。
【0010】
なお、出願人は、本明細書に記載した先行技術文献情報で特定される先行技術文献以外には、本発明に関連する先行技術文献を出願時までに発見するには至らなかった。
【特許文献1】特開2003−313094号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところが、従来のスパッタ装置においては、通常、成膜中に酸素ガス圧は固定して運用されていた。しかしながら、基板上に形成される薄膜の組成は、ターゲットの状態を反映する。図4,5に示した結果によれば、ターゲットの使用開始から20時間後までは、初期に成膜したものは酸素含有量が多く、時間の経過とともに減少していくことになる。
【0012】
このような経時変化は、酸化物ターゲットに共通して見られるが、形成する膜の再現性ある組成制御や成膜速度を実現する上での障害となっていた。特に、三元系酸化物や四元系酸化物の薄膜形成おいては、わずかな酸素量の違いも薄膜の配向性,組成,抵抗率などの物性値に著しい影響を与え、上述した変化は大きな問題となる。スパッタ法による膜の形成では、酸化状態を精密に制御することが薄膜の特性を安定させる上で重要であるが、従来の技術では上記制御が困難であった。
【0013】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、不活性ガスとともに酸素ガスを用いたスパッタ法において、より安定した酸化の状態で酸化物の薄膜が形成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係るスパッタ成膜装置は、例えば、電子サイクロトロン共鳴により不活性ガスのプラズマを生成した状態で酸素ガスを供給し、酸化物ターゲットに高周波電源を印加して酸化物ターゲットの原子をスパッタし、基板の上に酸化物の薄膜を形成するスパッタ成膜装置であって、プラズマが生成された状態で、酸化物ターゲットに印加されている電位の平均値を検出するモニタと、モニタが検出した電位の平均値に対応して酸素ガスの供給量を制御する制御手段とを備えるようにしたものである。
この装置によれば、制御手段の制御によりターゲット電位の平均値に応じて酸素ガス流量を変化させることで、ターゲット電位の平均値を一定の状態にする。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、酸化物ターゲットに印加されている電位の平均値を検出し、検出した電位の平均値に対応して酸素ガスの供給量を制御するようにしたので、ターゲット電位の平均値に応じて酸素ガス流量を変化させることで、ターゲット電位の平均値を一定の状態にすることができ、より安定した酸化の状態で酸化物の薄膜が形成できるようになるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の形態におけるスパッタ成膜装置の構成例を示す模式的な断面図である。以下では、電子サイクロトロン共鳴(ECR)によりプラズマを生成する装置を例に説明する。図1に示す装置について説明すると、まず、処理室101とこれに連通するプラズマ生成室102とを備えている。処理室101は、図示していない真空排気装置に連通し、真空排気装置によりプラズマ生成室102とともに内部が真空排気される。
【0017】
処理室101には、膜形成対象の基板Wが固定される基板ホルダ104が設けられている。基板ホルダ104は、図示しない回転機構により所望の角度に傾斜し、かつ回転可能とされている。基板ホルダ104を傾斜して回転させることで、堆積させる材料による膜の面内均一性と段差被覆性とを向上させることが可能となる。
【0018】
また、処理室101内のプラズマ生成室102からのプラズマが導入される開口領域において、開口領域を取り巻くようにリング状のターゲット105が備えられている。ターゲット105は、LiNbO3から構成されたものである。なお、ターゲット105は、上面から見た状態で、円形状だけでなく、多角形状態であっても良い。
【0019】
ターゲット105は、絶縁体からなる容器105a内に載置され、内側の面が処理室101内に露出している。また、ターゲット105には、高周波電源121が接続され、例えば、13.56MHzの高周波(RFバイアス)が印加可能とされている。
加えて、図1のスパッタ成膜装置は、高周波電源121の出力の交流電圧の平均値VDCを検出するVDCモニタ122と、VDCモニタ122が検出したVDCにより反応性ガス導入部112より導入される酸素ガスの流量を制御するマスフローコントローラ123を制御する制御部124とを備える。
【0020】
プラズマ生成室102は、真空導波管106に連通し、真空導波管106は、石英窓107を介して導波管108に接続されている。導波管108は、図示していないマイクロ波発生部に連通している。また、プラズマ生成室102の周囲及びプラズマ生成室102の上部には、磁気コイル(磁場形成手段)110が備えられている。これら、マイクロ波発生部、導波管108,石英窓107,真空導波管106により、マイクロ波供給手段が構成されている。なお、導波管108の途中にモード変換器を設けるようにしてもよい。
【0021】
図1のスパッタ成膜装置の動作例について説明すると、まず、処理室101及びプラズマ生成室102内を真空排気した後、不活性ガス導入部111より不活性ガスであるアルゴンガスを導入し、また、反応性ガス導入部112より反応性ガスを導入し、プラズマ生成室102内を例えば10-5〜10-4Pa程度の圧力にする。この状態で、磁気コイル110よりプラズマ生成室102内に0.0875Tの磁場を発生させた後、導波管108,石英窓107を介してプラズマ生成室102内に2.45GHzのマイクロ波を導入し、電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマを発生させる。
【0022】
ECRプラズマは、磁気コイル110からの発散磁場により、基板ホルダ104の方向にプラズマ流を形成する。生成されたECRプラズマのうち、電子は磁気コイル110で形成される発散磁場によりターゲット105の中を貫通して基板Wの側に引き出され、基板Wの表面に照射される。このとき同時に、ECRプラズマ中のプラスイオンが、電子による負電荷を中和するように、すなわち、電界を弱めるように基板W側に引き出され、成膜している層の表面に照射される。このように各粒子が照射される間に、プラスイオンの一部は電子と結合して中性粒子となる。
【0023】
図1に示す装置では、また、プラズマ生成室102の出口に配置されたプラズマ生成室102に、高周波電源121より高周波電力(例えば500W)を供給する。このことにより、ターゲット105にAr粒子が衝突してスパッタリング現象が起こり、ターゲット105を構成している粒子がプラズマ生成室102より飛び出す。
【0024】
プラズマ生成室102より飛び出した粒子は、プラズマ生成室102より放出されたプラズマ、及び、反応性ガス導入部112より導入されてプラズマにより活性化された酸素ガスと共に基板W表面に到達する。これらのことにより、基板Wの上にターゲット105を構成している酸化物の膜が形成された状態とすることができる。
【0025】
ここで、図1に示す装置では、VDCモニタ122で検出されたVDCの値が、既定値V0となるように、制御部124がマスフローコントローラ123を制御し、反応性ガス導入部112より導入される酸素ガスの流量を制御する。
既定値V0は、例えば、LiNbO3から構成されたターゲット105を用いた酸素ガスによる反応性スパッタで形成される膜が、酸素ガスの供給流量をF0とすることで得られる、所望とする酸素組成のニオブ酸リチウムの膜となるときの値である。
【0026】
例えば、VDC>V0になれば、制御部124はマスフローコントローラ123を制御し、反応性ガス導入部112より導入される酸素ガスの流量をF0より減らす。このことにより、VDC値をV0へ戻すことができる。一方、VDC<V0、になれば、制御部124はマスフローコントローラ123を制御し、F0より酸素流量を増やす。このことにより、VDC値をV0へ戻すことができる。
このように、VDC値を参照してマスフローコントローラ123へフィードバックをかけることにより、成膜の最初から最後まで酸素組成が一定に保たれ、また形成された各膜の間で比較しても酸素組成が一定の成膜状態が実現できる。
【0027】
図4に示したように、酸素ガス圧を固定してスパッタ成膜を続けると、ターゲットの酸化状態が時間的に変化する問題が明らかになったが、ターゲットの酸化状態は、酸素流量を変えることによって制御可能である。図5に示した総スパッタ時間が47時間でスパッタ平衡時のVDC値が−540Vに達した状態において、プラズマ中に導入される酸素ガス流量を変えたときのVDC値を図2に示す。酸素流量を0.5sccmから3sccmまで変化させることにより、VDC値を−580Vから−510Vまで容易に変えられることが分かる。
【0028】
図2に示す結果は、酸素分子がプラズマ中で励起されて生成した酸素原子及び酸素イオンがターゲット表面を覆う度合いを、酸素ガス流量で制御できるからである。酸素ガス流量を増やすとターゲット表面がより酸化された状態になり、VDC値が上昇する。一方、酸素流量を減らすと、ターゲット表面がより還元された状態になり、VDC値が低下する。従って、VDC値に応じて酸素流量を変化させることにより、ターゲット表面の酸化状態を制御することが可能となる。
【0029】
以上に説明したように、図1に示すスパッタ成膜装置によれば、高周波電源121よりターゲット105に供給されている高周波電源のVDC値を、ターゲット105の表面における酸化状態を反映する指標として捉え、経時とともに変化するVDC値に応じて酸素流量を変化させるようにした。このような制御により、ターゲット105表面の酸化状態を常に一定に保つことが可能となり、得られる薄膜の酸素含有量を一定に保つことが可能となる。
【0030】
なお、上述では、LiNbO3から構成されたターゲットを用い、LiNbO3の薄膜を形成する場合について説明したが、これに限るものではなく、他の酸化物から構成されたターゲットを用い、上記酸化物の薄膜を形成する場合にも適用可能である。
また、上述では、図1に示すように、ECRスパッタ装置を例に説明したが、これに限るものではない。本発明は、マグネトロンスパッタ、ヘリコンプラズマスパッタ、電子励起プラズマスパッタなど他の形態のスパッタ装置であっても、適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施の形態におけるスパッタ成膜装置の構成例を示す模式的な断面図である。
【図2】総スパッタ時間が47時間でスパッタ平衡時のVDC値が−540Vに達した状態において、プラズマ中に導入される酸素ガス流量を変えたときのVDC値の変化を示す特性図である。
【図3】酸化物ターゲットに高周波電源(RFパワー)を印加したときの、ターゲット電位の変化を示す特性図である。
【図4】新品のLiNbO3ターゲットを使用してスパッタ成膜を行った場合のVDCの時間変化の一例を示す特性図である。
【図5】図4中のHの状態を起点とした80時間後からの、VDCの時間変化を示す特性図である。
【符号の説明】
【0032】
101…処理室、102…プラズマ生成室、104…基板ホルダ、105…ターゲット、105a…容器、106…真空導波管、107…石英窓、108…導波管、110…磁気コイル(磁場形成手段)、111…不活性ガス導入部、112…反応性ガス導入部、121…高周波電源、122…VDCモニタ、123…マスフローコントローラ、124…制御部、W…基板。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガスのプラズマを生成した状態で酸素ガスを供給し、酸化物ターゲットに高周波電源を印加して前記酸化物ターゲットの原子をスパッタし、基板の上に前記酸化物の薄膜を形成するスパッタ成膜装置であって、
前記プラズマが生成された状態で、前記酸化物ターゲットに印加されている電位の平均値を検出するモニタと、
前記モニタが検出した電位の平均値に対応して前記酸素ガスの供給量を制御する制御手段と
を備えることを特徴とするスパッタ成膜装置。
【請求項2】
請求項1記載のスパッタ成膜装置において、
前記プラズマは、電子サイクロトロン共鳴により生成される
ことを特徴とするスパッタ成膜装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−45611(P2006−45611A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−227646(P2004−227646)
【出願日】平成16年8月4日(2004.8.4)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】