説明

スメクティック液晶化合物

【課題】室温付近で高次のスメクティック相を示し、溶液プロセスにより室温で安定なスメクティック液晶性薄膜を形成できることに加え、優れた両極性の電荷輸送性を示す液晶性半導体並びにこれを用いた薄膜トランジスター等を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で示されるスメクティック液晶化合物


(式中、R1は炭素数1〜8の直鎖アルキル基を、R2は炭素数1〜8のアルキル基、あるいは、アルコキシ基を示す。式中、nは0〜3の整数である。)
上記スメクティック液晶を用いた両極性電荷輸送材料。上記スメクティック液晶化合物を含む薄膜層を備えた有機半導体薄膜。該有機半導体薄膜を用いた薄膜トランジスター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室温で安定な高次のスメクティック相を示し、スピンコート法などの溶液プロセスによる薄膜作製が可能であり、かつ高いキャリア移動度を示す液晶化合物、これを用いた両極性電荷輸送材料、有機半導体薄膜、更にこの有機半導体薄膜を用いた薄膜トランジスター等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、実用レベルに達した有機LEDを始めとして、薄膜トランジスター、太陽電池など有機半導体の光電子デバイスへの展開が盛んに検討されている。有機半導体のメリットとしては、一般に安価であり薄膜形成が容易であることが挙げられ、その柔軟性を利用して高分子基板上にデバイスを構築するプラスティックエレクトロニクスへの試みが為されている。
【0003】
特に、有機薄膜トランジスターは電子ペーパーなどのフレキシブルデバイス実現のためのキーとなるデバイスであり、高速のスイッチング特性を実現し、実用的なデバイスを低コストで作製するためには、高いキャリア移動度に加えて、欠陥密度の低い大面積均一薄膜が容易に作製できなくてはならない。現在、ペンタセンなどの縮合多環芳香族化合物を用いた薄膜トランジスターが検討されている。
【0004】
しかし、一般に、縮合多環芳香族化合物は溶媒に対する溶解性が低く、スピンコートなどの溶液プロセスによる製膜が困難で、高品位の薄膜形成には高コストの真空蒸着法を用いる必要があった。
【0005】
また、真空蒸着法により薄膜を作成した場合には、得られる薄膜はサブミクロンスケールの結晶粒からなる多結晶薄膜であるが、キャリア移動度などの電子物性は結晶粒の粒界の影響を強く受けるため、高品位の薄膜を得るためには、結晶成長条件の厳密な制御が必要とされる。
【0006】
また、大面積にわたって均一な薄膜を作製するのは真空プロセスでは容易ではなく、産業応用には必ずしも適しているとはいいがたい。低コストの溶液プロセスで容易に欠陥密度の低い大面積均一薄膜を作製できる有機半導体材料が望まれている。
【0007】
溶液プロセスによる有機薄膜トランジスター作製の例としては、たとえば、ペンタセンにトリアルキルシリルエチニル基を導入することにより有機溶媒に対する溶解性を付与した例が知られている(非特許文献1)。
しかし、溶液プロセスにより作製した薄膜トランジスターは通常、真空蒸着により作製した薄膜トランジスターに比べて移動度、オンオフ比ともに大きく劣り、その特性は十分なものとはいえない。
【0008】
液晶材料は一般に長鎖のアルキル基を持つため、有機溶媒に対する溶解性が高く、溶液プロセスによる製膜が可能である。それに加えて、液晶相においては、分子運動の自由度に基づく柔軟性や流動性を示すため、多結晶薄膜で問題になる結晶粒界の形成が抑制されるため、高いキャリア移動度を示す高品位の半導体薄膜を容易に作製できる潜在的な可能性を持つ。そのため、これまで液晶性を有する有機半導体の研究が、バルクの物性評価を中心になされており、液晶相の構造とキャリア移動度との相関関係、電荷輸送機構が検討されてきた。(非特許文献2)。
【0009】
そこで、ここ数年、液晶性半導体のこのような可能性に着目し、液晶性半導体を用いた薄膜トランジスターが検討されている。
しかし、それらは、(1)液晶性半導体の真空蒸着膜を用いた薄膜トランジスター(非特許文献3)、(2)液晶相で分子を配向させた後冷却して得られた結晶性の薄膜を用いて作製した薄膜トランジスター(非特許文献4)に関するものであり、前者においては、真空プロセスの高コスト、大面積薄膜作製の困難さは解決されていない。また、後者においては、結晶化に伴う構造欠陥の形成がデバイスの特性を低下させており、十分に良好なデバイス特性は得られていない。
【0010】
ところで、液晶性を有する半導体は、液晶相においては流動性を持つため、通常、二枚の硝子板からなる液晶セルに封入して使用されてきた。また、多くの材料において、液晶相を示す温度領域は室温よりも高く、液晶相での高い電荷輸送性を利用するには、試料を加熱する必要があった。このような液晶材料を用いて、スピンコートやキャスト法により室温で薄膜を作製した場合、薄膜が結晶化し、高品質の均一な薄膜を得るのが困難であった。
【0011】
液晶性半導体を用いて薄膜電子デバイスを溶液プロセスで作製することを考えると、室温で液晶相を保持できる液晶性半導体が必要である。
【0012】
一般に、液晶相の温度領域を室温以下に拡大するには、分子間のパッキングを阻害して結晶化を抑制する必要がある。しかし、有機半導体の観点からは、分子間のパッキングを阻害することは、分子間の電荷移動速度を低下させ、キャリア移動度を下げることになるため、望ましくない(非特許文献5)。
【0013】
一方、近年、高次のスメクティック相で高いキャリア移動度を示す材料が報告されている(非特許文献6,7)。
【化2】

しかし、これらの物質は分子が対称構造を有するため、結晶化しやすく、室温付近で液晶相を保持できず結晶化し、効率的なキャリア輸送を維持できないという欠点を持つ。
【0014】
また、舟橋らによって、非対称構造を持つアルキルアルキニルオリゴチオフェン誘導体が室温を含む広い温度領域で高次のスメクティック相を示し、その相において分子性結晶に匹敵する高いキャリア移動度を示すことが明らかにされている(非特許文献8)。
【化3】

【0015】
しかしながら、これまでに知られている上記液晶材料等はバルクにおいては高いキャリア移動度を示すが、均質な薄膜を作製するのが困難であり、薄膜化した場合には高いキャリア移動度を保持できない。それに加えて、いずれの材料においても輸送されるのはホールのみである。また、液晶性半導体以外の多結晶半導体薄膜や有機アモルファス半導体においても、0.1 cm2/Vsを超える高い電子移動度を示す材料は非常に限られている。有機半導体による薄膜トランジスターを組み合わせてインバーター回路などのより高度な電子機能をもった論理回路を構築する場合に、高いホール移動度に加えて、電子移動度も高い材料が望ましい。また、電界発光素子においても、ホールと電子が再結合することによって発光するため、ホールと電子がともに効率的に輸送されることが望ましい。
【0016】
また、溶液プロセスにより高品位の薄膜が得られ、0.1cm2/Vsを超えるホール、電子移動度を有する有機半導体が実用的な意味で必要とされている。
【0017】
【非特許文献1】J. E. Anthony et al., J. Am. Chem. Soc., 127, 4986 (2005).
【非特許文献2】舟橋正浩、「機能材料」 2005年12月号 p.7
【非特許文献3】K. Oikawa, H. Monobe, J. Takahashi, K. Tsuchiya, B. Heinrich, D. Guillon, Y. Shimizu, Chem. Commun., 2005, 5337.K. Oikawa, H. Monobe, Y. Shimizu et al., submitted to Mol. Cryst. Liq. Cryst. (2005).
【非特許文献4】A. J. J. M. van Breemen, “Large Area Liquid Crystal Monodomain Field-Effect Transistors”, J. Am. Chem. Soc., 128, 2336 (2006).
【非特許文献5】M.Funahashi and J. Hanna, Mol.Cryst. Liq.Cryst., 410, 529 (2004).
【非特許文献6】K. Oikawa, H. Monobe, J. Takahashi, K. Tsuchiya, B. Heinrich, D. Guillon, Y. Shimizu, Chem. Commun., 2005, 5337.
【非特許文献7】A. J. J. M. van Breemen, “Large Area Liquid Crystal Monodomain Field-Effect Transistors”, J. Am. Chem. Soc., 128, 2336 (2006).
【非特許文献8】M. Funahashi and J. Hanna, Adv. Mater., 17, 594 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、良好な両極性の電荷輸送特性を示すと共に低コストの溶液プロセスにより製膜が可能であり、かつ溶液プロセスを用いて作製した有機半導体薄膜は、電界発光素子、薄膜トランジスター、インバーター回路などの論理素子に応用可能な新規スメクティック液晶化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、電界発光素子や薄膜トランジスターに有用なスメクティック液晶化合物を鋭意検討した結果、非対称構造を有するフェニルオリゴチオフェン誘導体が室温付近で高次の液晶相を示し、溶液プロセスにより高品位の薄膜を作製でき、かつ、高いホール、および電子輸送性を同時に有することを知見し、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉下記一般式(1)で示されるスメクティック液晶化合物。
【化1】

(式中、R1は炭素数1〜8の直鎖アルキル基を、R2は炭素数1〜8のアルキル基、またはアルコキシ基を示す。式中、nは0〜3の整数である。)
〈2〉上記〈1〉に記載のスメクティック液晶を用いた両極性電荷輸送材料。
〈3〉基板と上記〈1〉に記載のスメクティック液晶化合物を含む薄膜層を備えた有機半導体薄膜。
〈4〉基板が熱酸化膜を有するシリコンである上記〈3〉に記載の有機半導体薄膜。
〈5〉基板上に上記〈1〉に記載のスメクティック液晶化合物を含む溶液を塗布する工程と、塗布した液晶化合物をアニールする工程を備えた上記〈3〉又は〈4〉に記載の有機半導体薄膜の製造方法。
〈6〉上記〈3〉又は〈4〉に記載の有機半導体薄膜を用いた薄膜トランジスター。
〈7〉半導体薄膜がp型半導体である上記〈6〉に記載の薄膜トランジスター。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る前記一般式(I)で示されるスメクティック液晶化合物は室温を含む広い温度領域で高次の液晶相を示すため、室温において、スピンコートなどの溶液プロセスによって高品位の液晶性の薄膜を作製することが可能である。液晶相は結晶相と異なり分子運動の自由度、柔軟性を有するため、多結晶薄膜に比べて構造欠陥が生成しにくく、より高品位の半導体薄膜を低コストで作成することができる。
また、本発明に係る前記一般式(I)で示される液晶材料は高次のスメクティック相において液晶分子が位置の長距離秩序を持ち、密にパッキングしているため、分子間の電荷移動が速く、その結果高いホール、および電子移動度を示す。本発明の液晶物質はこのような特性により、薄膜トランジスターや電界発光素子に応用できる。
すなわち、有機薄膜トランジスターにおいては、真空蒸着膜においても、溶液プロセスによって作製した膜においても、熱アニール処理による分子配向構造の再構成による構造欠陥の低減が不可欠であるが、本発明に関わるスメクティック液晶化合物は室温では液晶としての分子運動はほぼ凍結されているものの、150℃以上ではアルキル基の熱運動や分子軸周りの回転運動がある程度可能である。そのため、通常の分子性結晶と比較して、熱アニールによる分子配向の再構成が顕著であり、製膜後の薄膜を熱アニールすることにより、分子レベルで平滑な高品位の薄膜を作製できる。こうして得られた薄膜を用いて簡単なプロセスにより薄膜トランジスターを作製できる。得られた薄膜トランジスターは薄膜の低い欠陥密度を反映して、高いキャリア移動度、高いon/off比を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明に係るスメクティック液晶化合物は、下記一般式(I)で表される。
【化4】

(式中、R1は炭素数1〜8の直鎖アルキル基を、R2は炭素数1〜8のアルキル基またはアルコキシ基を示す。式中、nは0〜3の整数である)
【0022】
上記一般式(I)において、R1は炭素数1〜8の直鎖アルキル基を示す。具体的には、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられるが、プロピル基が好ましい。
上記一般式(I)において、R2は炭素数1〜8の直鎖アルキル基、あるいはアルコキシ基を示す。具体的には、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられるが、プロピル基が好ましい。
【0023】
nは0〜3の整数であり、好ましくは1である。
【0024】
本発明に係る一般式(I)で示されるスメクティック液晶化合物は、種々の方法によって合成することができる。たとえば、下記合成反応式に示されるように、ターチオフェン誘導体1をTHF中、N-ブロモコハク酸イミドで処理して得られたブロモターチオフェン誘導体2とアルキルフェニルホウ酸エステル5とを好ましくはPd(PPh3)4触媒、および、Na2CO3存在下、ジメトキシエタン中で還流することにより得られる反応混合物を冷却後水を加えて沈殿物をろ過別し、得られた沈殿をシリカゲル(展開溶媒は加熱したシクロヘキサン)のカラムクロマトグラフィーで精製し、n-ヘキサンより再結晶することにより目的とするフェニルターチオフェン誘導体4(I)が得られる。
なお、原料であるターチオフェン誘導体は公知物質であり、たとえばM. Funahashi et al., Adv. Mater., 17, 594 (2005).に記載された方法で合成でき、また、アルキルフェニルホウ酸エステル5も、市販のアルキルブロモベンゼン4により、既知の方法で合成できる(たとえば、日本化学会編第4版実験科学講座有機合成VI p.80)。
【0025】
【化5】

【0026】
本発明に係る前記液晶化合物は、210℃以下で高次のスメクティック相を示し、−50℃まで冷却しても結晶化せず、室温付近で安定な液晶性の薄膜を作製できる。さらに、液晶相において、分子性結晶に匹敵する高いホール、および、電子移動度を示す。
【0027】
すなわち、本発明で提供される液晶化合物は、液晶相において偏光顕微鏡観察下で高次のスメクティック相特有のモザイク組織を示す。また、液晶相においては、高次のスメクティック相特有のX線回折パターンを示す。非対称な分子構造により結晶化が阻害される一方で、平面性の良好なフェニルオリゴチオフェン部位が密にパッキングするため、室温を含む広い温度範囲で安定に高次のスメクティック相を保持できる。この性質のため、本液晶材料を液晶セル中に注入して試料を作成する、あるいは、溶液中からキャスト法で薄膜を作製しても、室温付近で安定な液晶性半導体薄膜を作製できる。この性質は、実用的な光・電子デバイスを室温付近で駆動する上で必要不可欠である。
【0028】
また、π電子共役系が大で分子間のπ軌道の重なりの大きいオリゴチオフェン骨格を持ち、それらが密にパッキングするため、分子間の電荷移動が円滑に進行し、電子伝導性が促進され、有機半導体としての電荷輸送性を示す。具体的には、Time-of-Flight法により液晶相でのキャリア移動度を測定すると、正キャリア、負キャリアともに、分子性結晶に匹敵する0.1cm2/Vsを超える高いキャリア移動度を示す。
このような性質を備えた本液晶化合物は、溶液プロセスで作製する薄膜トランジスターや電界発光素子に応用可能である。
【0029】
以下、本発明に係る薄膜トランジスターの代表的な作製形態について説明する。
まず、前記一般式(1)で示されるこのスメクティック液晶化合物をクロロベンゼンなどの有機溶媒に溶解し、この溶液をたとえば熱酸化膜(SiO2)つきシリコン基板にスピンコートして製膜することにより厚さが20から100 nmの有機半導体薄膜を得ることができる。
偏光顕微鏡観察によれば、得られた有機半導体薄膜は数百μm程度のサイズのドメインからなる薄膜であることが確認されている。このドメインサイズは、通常のペンタセンなどの分子性結晶の蒸着膜(通常、数μm)に比べて大きく、本発明に関わるトランジスターのチャンネル長よりも大きい。
【0030】
また、原子間力顕微鏡(AFM)による観察では、各ドメインの表面は数十nm程度の凹凸がある。この薄膜を120℃で10分アニールすると、ドメインサイズは大きくは変化しないものの、表面のモルフォロジーが大きく変化する。AFM観察によると、各ドメインは分子レベルで平坦であった。この結果は、得られた薄膜を熱アニールした際に、液晶分子の熱運動により液晶分子の再配列が起こり、構造欠陥が大きく低減され、高品質の薄膜が得られた事を示している。ペンタセンなどの分子性結晶の真空蒸着膜においては、リジッドな結晶構造を反映して、熱アニールによる分子配列の再構成には通常、200℃以上で数時間加熱することが必要である。また、これらの薄膜には、通常、表面に数nmから数十nm程度の凹凸があり、電荷輸送や電荷注入を阻害する。
【0031】
こうして得られた薄膜上に、長さ5 mm、幅0.2 mmの金電極を20〜50μmの間隔で真空蒸着し、ソース電極、および、ドレイン電極とすることにより本発明の薄膜トランジスターが得られる。
【0032】
このトランジスターは、大気中では、p型の動作を示し、その電界効果移動度は0.05 cm2/Vs、オンオフ比は106であった。この値は、真空蒸着法により作製した分子性結晶の多結晶薄膜を用いたトランジスターには劣るものの、溶液プロセスによって作製したトランジスターとしては、非常に良好な特性であった。本材料は室温において、バルクにおいてはホールのみならず、電子の輸送が確認されている。したがって、本材料を用いて作製したトランジスターは酸素や水分の影響を排除できれば両極性の動作を示す。この性質を利用することにより、インバーター回路などのCMOS素子を作製できる。
【実施例】
【0033】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0034】
参考例1
[アルキルフェニルホウ酸エステル5(R=C5H11)の合成]
金属マグネシウム1.22 g(0.051mol)にTHF 50mlを加え、攪拌する。ヨウ素を50mg加えた後、4-ブロモペンチルベンゼン4 10.8 g(0.048 mol)のTHF溶液(10ml)を徐々に滴下する。まもなく反応が始まる。反応溶液が穏やかに還流する程度の速度で4のTHF溶液を滴下する。滴下終了後、1時間還流する。その後、−78℃に冷却し、トリメチルホウ酸5.9 g(0.057mol)のTHF溶液10mlを滴下する。その後温度を室温まで昇温し、3時間攪拌する。その後、2,2-ジメチルプロパン-1,3−ジオール5.4 g(0.052 mol)を加え1時間攪拌する。水を加えて反応を停止し、分液漏斗で水相を除去する。硫酸ナトリウムで乾燥後、溶媒を留去し残渣をヘキサンから再結晶する。収量8.1g(0.031mol収率65%)
【0035】
実施例1
[5-プロピル-5”-(4-ペンチルフェニル)-2,2’:5’,2”-ターチオフェン誘導体3(一般式(1)において、R1=C3H7,R2=C5H11n=1)の合成]
5-プロピル-5”-ブロモ-2,2’:5’,2”-ターチオフェン2 0.51 g(1.38 mmol)と4-ペンチルフェニルホウ酸エステル50.48g(1.85mmol)、テトラキストリフェニルホスフィンパラジウム(0) 0.037g(0.03mmol)をジメトキシエタン50mlに溶かし、10wt%炭酸ナトリウム水溶液50mlを加えて1時間還流する。室温に冷却後、水を加えて生じた沈殿を濾別し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:シクロヘキサン)で精製し、n-ヘキサンから再結晶する。収量0.47 g(1.08mmol収率78 %)
【0036】
実施例2 [液晶相の同定、ガラス化温度の測定]
実施例1で得た液晶化合物3の液晶相の同定を以下のようにして行った。
実施例1で得た液晶化合物を200℃に融解し、厚さ10μmの二枚のITO電極ガラス基板からなる液晶セルに毛管現象を利用して浸透させた。この液晶セルをホットステージの上に置いて温度を調節しながら偏光顕微鏡により光学組織を観察した。205℃ではネマティック相特有のシュリーレン組織が見られたが、200℃以下では高次のスメクティック相特有のモザイク組織が見られた。室温以下まで冷却してもこの光学組織に変化はなく、室温を含む広い範囲で高次のスメクティック相が保持されていることが示された。また、スメクティック相においては、電場を印加しても光学組織に変化は見られず、分子配向状態は電場によっては乱されないことがわかった。
また、実施例1で得た液晶化合物3の相転移温度を示差型走査熱分析(DSC)によって測定した(図1)。210℃の等方性液体相からネマティック相への転移を示すピークに加えて、200℃付近にネマティック相から高次のスメクティック相への転移を示す強いピークが見られる。スメクティック相に転移した後、−50℃まで冷却しても結晶化を示すピークは見られず、子の物質が室温付近で高次のスメクティック相を保持していることがわかる。
実施例1で得た液晶化合物のX線回折を測定した(図2)。高次の液晶相においては、層状構造を反映した低角度側のシャープなピークに加えて、層内の長距離秩序を示唆する高角度側のピークが見られた。高角度側に3本の回折ピークが見られたことから、この相は層内にrectangularの長距離秩序を持つスメクティックH、あるいはI相と考えられる。
【0037】
実施例3 [電荷輸送特性]
実施例1で得た液晶化合物3の電荷輸送特性(キャリア移動特性)をTime-of-Flight法により測定した。本法においては、光伝導性を示すサンドイッチ型の試料に直流電圧を印加し、パルスレーザーを照射することにより、試料の片側に光キャリアを発生させ、そのキャリアが試料中を走行する際に外部回路に誘起される変位電流(過渡光電流)の時間変化を測定する。光キャリアの走行により一定の電流が生じ、キャリアが対向電極に到達すると電流は0に減衰する。過渡光電流の減衰が始まる時間がキャリアは試料を走行するのに要した時間(トランジットタイム)に対応する。試料の厚さをd(cm)、印加電圧をV(volt)、トランジットタイムをtTとすると、移動度μ(cm2/Vs)は、
【数1】

で表される。照射側電極を正にバイアスした場合には正キャリアの、負にバイアスした場合には負キャリアの移動度が求められる。
実施例1において作製した液晶セルをホットステージ上で温度を一定に保ちつつ、試料に電圧を印加しながら、パルスレーザー(Nd:YAGレーザー、THG:波長356 nm、パルス幅 1 ns)を照射し、その際に誘起される変位電流をデジタルオシロスコープによって測定する。図3に照射側電極を負にバイアスした場合の高次のスメクティック相での典型的な過渡光電流測定の測定結果を示す。本試料は良好な光伝導性を示すため、十分な強さの電流信号を得ることができた。電圧を変化させるとそれに対応して、減衰の始まる時間(トランジットタイムタイム)が変化しており、得られた過渡光電流がキャリアの走行に対応していることがわかる。室温において、正キャリアの移動度は0.05cm2/Vs、負キャリアの移動度は0.2cm2/Vsであった。この値は一般に電界発光素子に用いられる電荷輸送材料よりも3桁以上高く、薄膜トランジスターに用いられる芳香族化合物の多結晶薄膜に匹敵する値である。特に、電子の移動度は非常に高く、液晶性半導体の電子移動度としては最高の値である。また、芳香族化合物の多結晶薄膜を含めても電子輸送性(n-型伝導)を示す材料は非常に限られている。
【0038】
実施例4 [スメクティック液晶化合物の薄膜作成法]
実施例1で合成したスメクティック液晶化合物をクロロベンゼンに溶解し、ガラス基板上にスピンコートすることによりスメクティック状態の薄膜を作成することができた。10wt%のトルエン溶液を100rpmの回転速度で30秒回転させて製膜し、真空オーブン中で3時間乾燥させることにより、厚さ50nmの薄膜を得ることができた。
【0039】
実施例5
実施例1と同様にして表1に示す化合物を合成した。得られた液晶化合物の相系列、相転移温度を表1に記す。
【0040】
【表1】

*Iso:等方性液体、N:ネマティック相、SmA:スメクティックA相、SmG:スメクティックG相、SmH:スメクティックH相
【0041】
[薄膜トランジスターの作製]
本発明で提供する代表的な薄膜トランジスターは、図4に示すように、熱酸化膜付きシリコン基板の熱酸化膜上に液晶性半導体層を積層し、液晶性半導体層上に、金からなるソース電極、および、ドレイン電極を蒸着したものである。
【0042】
実施例6 [液晶性半導体薄膜の作製]
スメクティック液晶化合物(一般式(1)において、R1=C3H7,R2=C5H11,n=1)をクロロベンゼンに溶解し濃度は0.6 wt%の溶液を調製した。この溶液を熱酸化膜(SiO2、厚さ300 nm)つきシリコン基板上にスピンコート(回転速度:1500 rpm、回転時間:25秒)した。なお、酸化膜表面はあらかじめ、Hexamethyldisilazaneによって処理しておいた。その後、室温で5時間乾燥した。得られた薄膜の偏光顕微鏡写真を図5に示す。膜は数百μm程度の大きさのドメインからなっており、本発明で作製するトランジスターのチャンネル幅よりも十分に大きくなっていることがわかる。図6(a)に、得られた薄膜のAFM図を示す。ドメインの表面には数十nm程度の凸凹が存在することがわかる。
【0043】
実施例7 [液晶性半導体薄膜のアニールと構造の評価]
得られた薄膜を真空オーブン中120℃で10分間熱アニールする。その後、室温まで冷却する。図6(b)にアニール後のAFM図を示す。ドメイン表面が分子レベルで平坦になっていることがわかる。通常の分子性結晶の蒸着膜においては、熱アニールにより結晶粒のサイズの拡大は見られるものの、表面モルフォロジーが分子レベルで平坦になることはなく、液晶材料の分子運動の効果がドメイン内の分子配向の再配列に大きな影響を与えていることがわかる。
【0044】
実施例8 [薄膜トランジスターの作製と評価]
熱アニール処理した薄膜にシャドウマスクを介して金電極を蒸着する。蒸着速度は1 A/s、電極の厚さは60 nmとした。図4に、電極のマスクパターンとデバイスの構成を示す。トランジスター特性はKethley digital source meterを用いて行った。図7(a)に大気中でトランジスターを駆動した場合のoutput特性を、図7(b)にtransfer特性を示す。ゲート電極に負電圧が印加された場合にソースドレイン電流が流れることから、本トランジスターがp型の特性を示していることがわかる。
【数2】

数式(1)より、キャリア移動度を求めるところ、0.05 cm2/Vsであった。オンオフ比は106に達した。この結果は、分子性結晶の真空蒸着膜を利用した薄膜トランジスターには劣るものの、溶液プロセスによって作製したトランジスターとしては非常に優れたものである。
なお、同様な手法により、n型動作をするトランジスターも作製することができた。
【産業上の利用の可能性】
【0045】
本発明に係る液晶化合物は、良好な両極性の電荷輸送特性を示す。特に、電子の移動度は0.1cm2/Vsを超える。それに加えて、低コストの溶液プロセスにより製膜が可能であり、溶液プロセスを用いて作製した薄膜は、電界発光素子、薄膜トランジスター、および、それを用いたインバーター回路などの論理素子に応用可能である。
また、本発明の薄膜トランジスターは溶液プロセスにより作製できるため、デバイスの低コスト化、大面積化に有効である。本発明による薄膜トランジスターは液晶ディスプレーなどの表示素子の駆動素子として使用可能であるが、特に、このトランジスターは液晶材料を使用しているため、分子性結晶を用いた薄膜トランジスターに比べて柔軟性に富むため、電子ペーパーやフレキシブルディスプレーの駆動素子として使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例1で得たスメクティック液晶のDSC曲線。
【図2】実施例1で得たスメクティック液晶のX線回折パターン。
【図3】実施例1で得たスメクティック液晶の電荷移動度を、対向電極基板対の試料構成にしてTOF法によって測定したグラフ。
【図4】本発明のトランジスターの説明図。
【図5】実施例6で作製した薄膜の偏光顕微鏡写真。
【図6】実施例6、7で作製した薄膜のAFM図。(a)アニール前 (b)アニール後。
【図7】実施例8で作製したトランジスターの大気中での特性図。(a)output特性、(b) transfer特性。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示されるスメクティック液晶化合物。
【化1】


(式中、R1は炭素数1〜8の直鎖アルキル基を、R2は炭素数1〜8のアルキル基、またはアルコキシ基を示す。式中、nは0〜3の整数である。)
【請求項2】
請求項1に記載のスメクティック液晶を用いた両極性電荷輸送材料。
【請求項3】
基板と請求項1に記載のスメクティック液晶化合物を含む薄膜層を備えた有機半導体薄膜。
【請求項4】
基板が熱酸化膜を有するシリコンである請求項3に記載の有機半導体薄膜。
【請求項5】
基板上に請求項1に記載のスメクティック液晶化合物を含む溶液を塗布する工程と、塗布した液晶化合物をアニールする工程を備えた請求項3又は4に記載の有機半導体薄膜の製造方法。
【請求項6】
請求項3または4に記載の有機半導体薄膜を用いた薄膜トランジスター。
【請求項7】
半導体薄膜がp型半導体である請求項6に記載の薄膜トランジスター。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図7】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−13539(P2008−13539A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−306942(P2006−306942)
【出願日】平成18年11月13日(2006.11.13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】