説明

ダイヤモンド発光素子

【課題】 ダイヤモンドを用いた紫外発光、かつ大出力の発光素子を実現する。
【解決手段】 p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3の間に、ダイヤモンドより大きな原子間距離で結合する不純物元素を混入させたダイヤモンド層を挿入することにより、上記p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3と、上記不純物元素混入ダイヤモンド層5との両界面に歪発生させ、上記両界面近傍のp型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3の側で、光学遷移を間接遷移型から直接遷移型に変えると共に、正孔や電子を上記両界面近傍に局在さすことにより、高発光効率、高出力の紫外発光素子を実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は半導体の発光素子に関し、より詳しくはダイヤモンドの広いバンドギャップと高熱伝導率の特性を活かした紫外発光で高出力のダイヤモンド発光素子の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の発光ダイオードや半導体レーザのような発光素子は、ガリウム砒素(GaAs)を始めとする、光学遷移が直接遷移型の半導体をベースに開発が進められてきた。アルミニウムガリウム砒素(AlGaAs)を始めとする三元系や四元系の半導体は組成比を調整することにより比較的容易にGaAsなどとの格子定数の不整合を十分小さくできるため、良好な結晶性を維持したまま、ダブルヘテロ構造を形成することが可能で、発光ダイオードの開発後、比較的に短期間で半導体レーザも開発された。
【0003】
開発の初期段階では、半導体レーザの第一の用途が光ファイバ通信用光源であったため、光ファイバ材料中での吸収による光減衰の小さい近赤外域の半導体レーザの需要が大きく、上記領域で発振する半導体レーザの高性能化が進められた。更に、高性能のインジウム(In)系の三元系や四元系の化合物半導体の開発も精力的に行われてきた。
【0004】
これに対し、レーザプリンタや光ディスクなどの需要が高まってくると、光源には短波長化が求められるようになった。
【0005】
当時のレーザプリンタに用いられていた感光体は主にセレン(Se)であったが、Seは500nm以下の波長の光にしか感度がない。レーザプリンタのコンパクト化のためには半導体レーザの採用が不可欠で、半導体レーザの短波長化が試みられたが、GaAs系の延長では技術的に非常に難しいものだった。そこで、SeTe/Se二層感光体などのように、感光体の側で長波長感度を向上さすよう材料や構造を工夫することにより解決が図られてきた。
【0006】
一方、光ディスクへの適用では、半導体レーザの波長により、集束した最小スポット径が決まるため、高密度記録には半導体レーザの短波長化が不可欠である。このため、本格的に半導体レーザ波長の短波長化の研究がなされたが、GaAs系の延長では限界があり、近年、窒化ガリウム(GaN)系の青色発光半導体レーザの出現により、大幅な高密度化が可能になり、次世代の高密度DVDの実用化が始まったところである。
【0007】
しかし、更なる高密度化にはGaN系の延長では必ずしも容易ではなく、他の材料の探索もなされてきた。その候補として広いバンドギャップを有する材料のダイヤモンドも当然検討の対象に上ったが、間接遷移なので従来の常識からは効率的な発光は期待できず、あまり省みられずにきた。
【0008】
しかし、最近はダイヤモンドへの評価も見直され、励起子(エキシトン)を用いて高効率の発光が観測されたとの報告もなされているが、従来のGaAs系などと比べると発光効率は著しく低く、実用化には程遠い段階にある。
【0009】
【非特許文献1】佐々木昭夫著、「量子効果半導体」コロナ社出版、2000年3月10日発行、p.46−51
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のとおり、間接遷移型光学遷移のダイヤモンドで効率的な発光を実現することは至難のわざと言わざるを得ない。実用に耐えうるダイヤモンド発光素子を実現するには、根源的な問題を解決する全く別のアプローチ法が必要と考えられる。
【0011】
即ち、発光効率が著しく低いのは、まさにダイヤモンドが間接遷移であることに起因するのであるから、ダイヤモンドを何らかの方法で直接遷移型の光学遷移に変えてやれば実用的な発光素子が実現する可能性が十分にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記の諸般の事情に鑑みてなされたものである。即ち、従来のものとは全く異なる発想に基づき、間接遷移のダイヤモンドを何らかの方法で直接遷移型の光学遷移に変えてやろうというものである。本発明においては、ダイヤモンドを直接遷移に変える手段として結晶に応力による歪を導入する方法を採用した。
【0013】
上記の「「非特許文献1」佐々木昭夫著、「量子効果半導体」コロナ社出版、2000年3月10日発行、p.46−51」にも記載されているとおり、一般に結晶に歪が生じると、バンドギャップ幅が変化する。即ち、引っ張り歪が生じると、バンドギャップは狭まり、圧縮歪が生じると、バンドギャップは広がる。これに伴い、運動量空間においてバンドギャップが最小になる位置も変化しうる。ダイヤモンドに引っ張り歪を加えてゆくと、Γ点でのバンドギャップは減少して行くので、伝導帯31の底、及び価電子帯32の頂上の間のバンドギャップがΓ点において最小になるようにすることは可能である。
【0014】
ダイヤモンド中の炭素(C)の位置に取って代わるよう、ダイヤモンドと異なる原子間距離で結合する置換型不純物元素Aを導入すると、ダイヤモンド結晶には局所的な歪が生じる。置換型不純物元素Aと炭素(C)の原子間距離がダイヤモンドの原子間距離より小さいと周囲のダイヤモンド結晶には引っ張り歪が生じ、置換型不純物元素Aと炭素(C)の原子間距離がダイヤモンドの原子間距離より大きいと圧縮歪が発生する。上記の歪は置換型不純物元素Aの量が多くなるとほぼ比例して大きくなる。
【0015】
ここで、ダイヤモンド層と上記置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5とが接合している界面を考える。ダイヤモンドの原子間距離は物質の中で最も小さい部類に属するので、ここでは置換型不純物Aと炭素(C)の原子間距離がダイヤモンドの原子間距離より大きい場合を想定して議論を進める。
【0016】
上記置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5に接するダイヤモンド側の界面には引っ張り歪が発生してバンドギャップが狭まり、一方、上記ダイヤモンドに接する置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5の側の界面には圧縮歪が発生してバンドギャップが広がる。これらの歪は界面から離れると緩和されてバンドベンディングは小さくなる。従って発光は上記両層の界面近傍の非常に狭い領域で発生すると考えられる。
【0017】
但し、直接遷移になる前に結晶構造が崩壊したのでは意味がない。しかし、置換型不純物元素Aを含む非常に薄いダイヤモンド層であれば、結晶性が損なわれる前の臨界膜厚の範囲で局所的にかなり大きな歪を発生させることができる。従って、置換型不純物元素Aの量を加減することにより、ダイヤモンドの歪量を適正化し、直接遷移に変えることは十分に可能である。
【発明の効果】
【0018】
ダイヤモンドに、炭素(C)と異なる原子間距離で結合する不純物元素Aを混入させた不純物元素混入ダイヤモンド層5と、p型、n型、i型などのダイヤモンド層との各界面には、格子定数の不整合による歪が生じ、上記歪の量を適正化することによりダイヤモンド層を直接遷移型に変えることは十分に可能である。不純物元素混入ダイヤモンド層5や、必要に応じて真性ダイヤモンド層(i型ダイヤモンド層4)を上記不純物元素混入ダイヤモンド層5の間に挿入した層の両側に、p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3を設けて順方向に電流注入すると、上記各層の界面には非常に高濃度の自由正孔や自由電子が蓄積され、従来の直接遷移型の発光素子以上に高い発光効率の発光素子が実現することは理論的に十分可能と考えられる。
【0019】
このようにして、バンドギャップの大きなダイヤモンドを用いて、ダイヤモンド層の間に、置換型不純物元素を混入させたダイヤモンド層を挿入することにより、上記の各層の界面近傍に歪を発生させ、間接遷移のダイヤモンドを直接遷移に変換させて、実用的な高効率紫外発光を実現させることができる。
【0020】
ダイヤモンドのバンドギャップは5.47eVなので、上記バンドギャップに近いエネルギーを持った紫外発光が実現できると考えられる。更には、ダイヤモンドは熱伝導率が物質中で最も高いのでそれ自体が高効率のヒートシンクになり、超高出力化も期待できる。更に、共振器構造を導入すれば紫外発光半導体レーザも実現可能である。紫外発光ダイヤモンド半導体レーザは、光ディスクの超高密度化、超高速書き込みだけでなく、超高性能加工機を始め、様々な用途が考えられ、画期的産業効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
ダイヤモンド単結晶基板1上に、p型ダイヤモンド層2、ダイヤモンドより大きな原子間距離で結合する元素Aを含む置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5、及びn型ダイヤモンド層3を順次製膜する。各層の界面の内、少なくともダイヤモンド層の側では歪により直接遷移に変換される。更に歪によるバンドベンディングで、順方向電圧を印加したときに、各界面近傍の非常に狭い領域に、高濃度の正孔と電子が閉じ込められるため、非常に高い発光効率の紫外発光素子が実現できる。
【実施例】
【0022】
発明の実施形態を実施例などに基づき図面を参照しながら説明する。実験による検証によらなくとも理論的に確実と考えられる事柄については、既存の教科書に類する書籍などを参照に補遺しながら説明する。
【0023】
図1に本発明に基づくダイヤモンド発光素子の構造を示す。
まず、高圧合成の人工ダイヤモンド単結晶基板1の上にp型ダイヤモンド層2、置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5、及びn型ダイヤモンド層3を順に形成する。p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3には金属電極8を設け、外部から電流注入ができるようにする。
【0024】
まずダイヤモンド層の製膜方法について説明する。
ダイヤモンド各層のホモエピタキシャル成長には図2に示すマイクロ波プラズマCVD(μ波p−CVD)装置を使用した。まず、5mm角の高圧合成人工ダイヤモンド単結晶基板1を基板ホルダ11にセットする。次に、チャンバ15内をロータリポンプ、及び油拡散ポンプにより到達真空度10−6Torr程度にまで真空排気し、チャンバ15内のガスを除去する。このとき、ダイヤモンド単結晶基板1をヒータにより過熱して850℃に保持する。
【0025】
次に、真空排気系をロータリポンプとメカニカルブースタポンプに切り替え、原料ガス導入口14より原料ガスを噴射し、マイクロ波導波管13よりマイクロ波12を導入して、原料ガスのプラズマを発生させる。このようにして原料ガス中の炭素(C)や不純物元素Aを含むダイヤモンド層などをダイヤモンド単結晶基板1の上に、順次製膜してゆく。
【0026】
ここで重要なことは、ダイヤモンド層の製膜に先立って、水素プラズマのみによる基板前処理を行うことである。即ち、水素(H)ガスだけ80SCCMをチャンバ15に導入し、600Wのマイクロ波12の電力を投入して30分間、水素プラズマのみによるダイヤモンド単結晶基板1の前処理を行うと、後のダイヤモンド各層がグラファイトを含まず、かつ欠陥の少ない高品質膜が再現性よく製膜できることを実験により確認している。
【0027】
ダイヤモンド単結晶基板1の前処理の後、本発明のダイヤモンド発光素子を構成する各ダイヤモンド層を順次製膜してゆく。
【0028】
まず、p型ダイヤモンド層2の形成には、原料ガスにメタン(CH)ガスとジボラン(B)ガスを用いた。流量0.4SCCMの100%濃度のメタン(CH)ガスに、水素(H)希釈0.01%濃度のジボラン(B)ガスを20SCCM加え、更に、希釈用水素(H)ガスを80SCCM加えた混合ガスを、チャンバ15上部の原料ガス導入口14から、ダイヤモンド基板近傍を通ってチャンバ15下部に達するように流した。ガス圧は30Torrに保持して、マイクロ波導波管13より600Wのマイクロ波12を投入し、ダイヤモンド単結晶基板1の近傍にプラズマを発生させた。4時間のμ波p−CVDにより1μm程度のp型ダイヤモンド層2が製膜できた。
【0029】
上記p型ダイヤモンド層2の上に、後に詳述する三種類の構造の置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5を形成した。ここで、3mm角の開口部を有する白金のシートをp型ダイヤモンド層2に密着させた状態のまま、開口部にのみ置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5やn型ダイヤモンド層3を順次製膜していった。
【0030】
上記置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5の上に、上記p型ダイヤモンド層2を形成したときと同じ方法にて、n型ダイヤモンド層3を製膜した。製膜条件は、原料ガスとしてメタン(CH)ガス0.4SCCMに、水素(H)希釈0.2%濃度のホスフィン(PH)ガス20SCCMを加え、更に水素(H)ガス80SCCMで希釈した混合ガスを用いて、基板温度850℃、ガス圧30Torr、マイクロ波12の電力を600Wに設定して製膜した。4時間のμ波p−CVD製膜で1μm程度のn型ダイヤモンド層3が形成できた。
【0031】
ここで、純ホスフィン(PH)ガスの流量を、p型ダイヤモンド層2の場合の純ジボラン(B)ガス流量より大幅に増大させたのは、n型ダイヤモンドのドナー準位が深く、常温での活性化率が低いのを補償するためである。長年の懸案であったn型ダイヤモンドは、最近になってようやく価電子制御が可能な製膜技術が開発されたが、それでもドナー準位はアクセプタ準位より深いので、このような配慮が必要になる。
【0032】
次に、金属電極8の形成方法について説明する。
上記置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5やn型ダイヤモンド層3の製膜の際に、マスクとして使用した白金シートを除去して、通常のフォトリソグラフィーの手法で、露光、現像などを行って、n型ダイヤモンド層3の中央の2.5mm角の領域と、p型ダイヤモンド層2上の置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5から0.1mm離れた外側の領域のレジストが除去されたパターンを形成する。
【0033】
ここで、レジスト塗布の際に、置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5とn型ダイヤモンド層3の側壁も確実にレジストで覆われた状態にしておく。
【0034】
次に、金属電極8用の材料を真空蒸着、もしくはスパッタリングにより、パターン形成されたレジストで覆われたダイヤモンド発光素子上の全面に堆積させ、金属の層を形成する。
【0035】
最後に、レジストを全て除去する。このとき、2.5mm角の中央のレジスト開口部を除くn型ダイヤモンド層3の外周部の金属層や、置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5とn型ダイヤモンド層3の側壁の金属層などはレジスト除去の際、リフトオフで除去される。こうして、金属電極8を有するダイヤモンド発光素子が完成する。
【0036】
ここで、本発明の主要部である置換型不純物元素混入ダイヤモンド層5の構造について、考案した三つの例について述べる。
【実施例1】
【0037】
図3に第一の実施例のバンド図を示す。
p型ダイヤモンド層2の上に、伝導型制御のための価電子制御不純物は含まずに、炭素(C)に対する置換型不純物元素Aを一定の組成比xで含むC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5を形成する。次に、上記C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の上にn型ダイヤモンド層3を形成する。ここで、上記不純物元素混入ダイヤモンド層5の厚さ、及び組成比xは、ダイヤモンドの結晶性が保たれる範囲に設定し、かつ上記組成比xは、p型ダイヤモンド層2やn型ダイヤモンド層3がC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5との界面近傍で、間接遷移から直接遷移に変化させられる値よりも大きな値に設定する。
【0038】
上記構造により、p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3と、置換型不純物元素Aを含む不純物元素混入ダイヤモンド層5との界面では、格子定数の不整合により歪が生じる。ここで、ダイヤモンドの原子間距離は物質の中で最も小さい部類に属するので、上記C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の平均原子間距離がダイヤモンドの原子間距離より大きいとして議論を進める。このとき上記両界面のp型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3の側には引っ張り歪が生じ、上記C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の側の両界面には圧縮歪が生じる。引っ張り歪が発生するとバンドギャップは狭まり、圧縮歪が発生するとバンドギャップは広がる。上記の現象は、この分野の教科書ともいえる上記の「「非特許文献1」佐々木昭夫著、「量子効果半導体」コロナ社出版、2000年3月10日発行、p.46−51」に詳細に記述されている。
【0039】
ダイヤモンドのバンドギャップは物質の中で非常に大きい部類に属するので、上記C−x不純物元素混入ダイヤモンド層5のバンドギャップがダイヤモンドのバンドギャップより小さいとして議論を進める。上記p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3と、C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5との両界面では、p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3の側の界面ではバンドギャップが狭くなる方向に、C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の側の両界面ではバンドギャップは大きくなる方向に、バンドベンディングが発生し、図3(a)に示すようなバンド構造になる。
【0040】
一方、光学的バンド間遷移に関しては、間接遷移から直接遷移に変えるには、一般にかなり大きな応力が必要とされている。しかし、上記C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5のように非常に薄く、結晶性が壊れる寸前の応力まで容易に加えられる場合には、結晶性を保ったまま、間接遷移から直接遷移に光学遷移型を変換させることは十分に可能である。
【0041】
上記構造のダイヤモンド発光素子に、金属電極8を介して、p型ダイヤモンド層2に正の電圧を、n型ダイヤモンド層3に負の電圧を印加して、順方向電流を流すとする。図3(b)では、ダイヤモンドのバンドギャップの3/8のVの順方向電圧を印加した場合を示している。薄いC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5は、p型やn型などの伝導型を制御をする価電子制御不純物を含まないため、伝導帯31や価電子帯32のバンドは急峻に傾く。
【0042】
p型ダイヤモンド層2やn型ダイヤモンド層3では、自由キャリア(正孔、及び電子)はフェルミ分布関数と状態密度分布関数との積で決まるエネルギー分布を持っているため、多少の障壁があってもある程度は乗り越えることができる。このため正電圧印加によりp型ダイヤモンド層2からC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5に注入される正孔の内、かなりの割合の正孔は、p型ダイヤモンド層2とC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の界面の障壁を乗り越えられず、界面近傍に蓄積されるか、もしくは一部は界面準位にトラップされる。残りの正孔は上記界面を通過するが、その内、殆どの正孔は、C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5とn型ダイヤモンド層3との界面の障壁を乗り越えられず、上記界面近傍に蓄積されるか、もしくは一部は界面準位にトラップされる。
【0043】
一方、負電圧印加によりn型ダイヤモンド層3からC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5に注入される電子の内、かなりの割合の電子は、n型ダイヤモンド層3とC−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の界面の障壁を乗り越えられず、界面近傍に蓄積されるか、もしくは一部は界面準位にトラップされる。残りの電子は上記界面を通過するが、その内、殆どの電子は、C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5とp型ダイヤモンド層2との界面の障壁を乗り越えられず、上記界面近傍に蓄積されるか、もしくは一部は界面準位にトラップされる。
【0044】
ここで、p型ダイヤモンド層2、もしくはn型ダイヤモンド層3から注入された正孔、もしくは電子が、最初の界面障壁乗り越えることができず、多くが上記界面に蓄積されると、バンドプロファイルに影響を与え、後から来る正孔や電子は最初の障壁を通過しやすくなる。このようにして、p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3と、C1−不純物元素混入ダイヤモンド層5との界面障壁に蓄積される正孔や電子の量はほぼ同等になる。
【0045】
このように、上記両界面では極めて多数の正孔と電子が局在した状態となっている。しかも、上記両界面において、少なくともp型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3の側の界面近傍では歪により直接遷移に変えられているので、非常に高効率の発光が実現できることになる。
【0046】
なお、上記不純物元素混入ダイヤモンド層5の不純物元素組成比xは、C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5と、上記p型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3との両界面で、ダイヤモンドが間接遷移から直接遷移に変化する値よりも大きな値で、かつ、できるだけ小さい値の方が、短波長の発光が実現できる。
【0047】
上記の置換型元素Aの一例としては、同じダイヤモンド構造のシリコン(Si)が考えられる。この場合には、メタン(CH)ガスにシラン(SiH)ガスを、結晶性が損なわれない範囲で少量添加して製膜する。シリコン(Si)を炭素(C)の位置に完全に置換させるため、熱処理を行うことが望ましい。
【実施例2】
【0048】
次に、別の実施例について図4に示すバンド図で説明する。
ここでは、不純物元素混入ダイヤモンド層5を、複数層を設ける。図4(a)では二層設けた場合を示しているが、更に大きな層数でも構わない。即ち、p型ダイヤモンド層2の上に、第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aを形成する。次に、上記第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aの上に価電子制御のための不純物を含まない真性ダイヤモンド層(i型ダイヤモンド層4)を設け、更にその上に第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bを設ける。最後に、n型ダイヤモンド層3を形成する。
【0049】
図4(b)では、ダイヤモンドのバンドギャップの1/2のVの順方向電圧を印加した場合のバンド図を示している。図4(b)のバンド図からも判るとおり、実施例1の場合と同じ、p型ダイヤモンド層2と第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aの界面、及び第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bとn型ダイヤモンド層3の界面以外にも、第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aとi型ダイヤモンド層4の界面、及びi型ダイヤモンド層4と第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bの界面の、少なくともp型ダイヤモンド層2、n型ダイヤモンド層3、及びi型ダイヤモンド層4の側の各界面では、直接遷移による正孔と電子の再結合による発光34が起こる。このため、更なる発光効率の向上が期待できる。
【0050】
なお、上記全ての界面で同一波長の光が発生するように、第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aと第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bの不純物元素の組成比xは同じにする必要がある。
【0051】
このようにして、発光層4の層数を更に増やしてゆくと、発光効率の更なる向上も期待できる。
【実施例3】
【0052】
上記の実施例1、及び実施例2では、p型ダイヤモンド層2、n型ダイヤモンド層3、及びi型ダイヤモンド層4と、C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5等との界面近傍の、少なくともp型ダイヤモンド層2、n型ダイヤモンド層3、及びi型ダイヤモンド層4の側の各界面では、直接遷移に変えられている上に、正孔や電子が著しく高濃度で蓄積されているため、上記構造でもレーザ発振が発生する可能性はある。
【0053】
しかし、コヒーレンシー(可干渉性)を確実にするには、キャリア閉じ込め効果のほかに、光閉じ込め効果も必要になってくる。このためには、外部共振器構造を導入するのが確実であるが、例えば、図5のような構造でも上記光閉じ込め効果がある程度期待できる。
【0054】
実施例3において、第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5a、及び第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bの不純物元素Aの組成比xを、少なくともp型ダイヤモンド層2、及びn型ダイヤモンド層3が直接遷移に変わりうる範囲で実施例2の場合よりも大きくする。また、i型ダイヤモンドの代わりにC1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層6を用い、その不純物元素Aの組成比xは、第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5a、及び第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bよりも小さくする。こうすることにより、図5(a)に示すようなバンド図になり、p型ダイヤモンド層2やn型ダイヤモンド層3からC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5へ入る正孔や電子に対する障壁が低くなり、上記正孔や電子がC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5の内部に入りやすくなる。
【0055】
p型ダイヤモンド層2と第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aとの界面、及び第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bとn型ダイヤモンド層3との界面等の近傍での正孔と電子の再結合に比べると小さいが、第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5a、及び第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bに接するC1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層6の側の両界面でも直接遷移による正孔と電子の再結合による発光34が起こりうる。ここで、C1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層6の側の両界面で起こる発光は、他の界面で起こる発光よりも短波長である。
【0056】
ダイヤモンドは物質中で最高クラスの屈折率を有しているので、不純物元素を混入させたとき、殆どの場合、不純物元素混入ダイヤモンド層の屈折率は、ダイヤモンドの屈折率より小さくなり、不純物元素の組成比xが大きいほど、屈折率は小さくなる。従って、不純物元素の組成比が小さいC1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層6の中への光閉じ込めも可能になり、レーザ発振する可能性は十分にあると考えられる。
【0057】
但し、p型ダイヤモンド層2と第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5aとの界面、及び第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層5bとn型ダイヤモンド層3との界面での正孔と電子の再結合により発生する長波長光を、C1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層6内で発生するレーザ光と分離する必要がある。しかし、紫外発光の半導体レーザが実現する可能性は十分にあると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
ダイヤモンドのバンドギャップは5.47eVなので、上記バンドギャップに近いエネルギーを持った紫外発光が期待できる。更に、共振器構造を導入すれば紫外発光半導体レーザも実現可能である。紫外発光半導体レーザは、光ディスクの超高密度化を始め、多くの用途が考えられ、産業界からの要望は極めて強い。
【0059】
更に、ダイヤモンドは熱伝導率が物質中で最も高いのでそれ自体が高効率のヒートシンクになり、超高出力化も期待できる。これは光ディスクの超高速書き込みだけでなく、超高性能加工機を始め様々な適用先が考えられ、画期的産業効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明に係わるダイヤモンド発光素子の構造を概略的に示した図面である。
【図2】本発明に係わるダイヤモンド発光素子の製造装置の概略図である。
【図3】本発明に係わるダイヤモンド発光素子の第一の実施例のバンド図である。 (a)電圧印加なし (b)順方向電圧印加時
【図4】本発明に係わるダイヤモンド発光素子の第二の実施例のバンド図である。 (a)電圧印加なし (b)順方向電圧印加時
【図5】本発明に係わるダイヤモンド発光素子の第三の実施例のバンド図である。 (a)電圧印加なし (b)順方向電圧印加時
【符号の説明】
【0061】
1 ダイヤモンド単結晶基板
2 p型ダイヤモンド層
3 n型ダイヤモンド層
4 i型ダイヤモンド層
5 C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層
5a 第一C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層
5b 第二C1−x不純物元素混入ダイヤモンド層
6 C1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層
7 電源
8 金属電極
11 基板ホルダ
12 マイクロ波
13 マイクロ波導波管
14 原料ガス導入口
15 チャンバ
16 基板ホルダ支持棒
17 石英管
18 冷却水
19 水冷ジャケット
20 プランジャー
21 ビューポート
31 伝導帯
32 価電子帯
33 フェルミレベル
34 発光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド単結晶基板上にエピタキシャル成長により複数のダイヤモンドを母材とする層が形成された発光素子において、p型ダイヤモンド層、及びn型ダイヤモンド層の間に、ダイヤモンドと異なる原子間距離で結合する元素Aを含む不純物元素混入ダイヤモンド層が1層以上形成されていることを特徴とするダイヤモンド発光素子。
【請求項2】
上記「請求項1」において、炭素(C)と不純物元素AとからなるC1−x不純物元素混入ダイヤモンド層に接する、p型ダイヤモンド層、n型ダイヤモンド層、i型ダイヤモンド層が含まれる場合はi型ダイヤモンド層、及びC1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層が含まれる場合はC1−x低不純物元素組成比ダイヤモンド層の、それぞれの側の界面近傍において、結晶性を保持したまま歪により光学遷移型が間接遷移から直接遷移に変化させられ、上記各界面近傍で発光が発生するような、組成比xの不純物元素を混入させることを特徴とするダイヤモンド発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−33076(P2009−33076A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−217631(P2007−217631)
【出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(594138532)
【Fターム(参考)】