説明

ダイヤモンド被覆切削工具

【課題】アルミニウム合金やグラファイト、CFRP材等の難削材の切削加工において、密着性にすぐれ、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するダイヤモンド被覆切削工具を提供する。
【解決手段】 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体表面に5〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆切削工具であって、上記工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側には、平均粒径5〜200nmのCo粒子が析出し、Co粒子の含有割合は0.1〜20原子%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、炭化タングステン(WC)基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体(以下、単に工具基体という)の表面に、ダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆切削工具に関し、特に、CFRP材、高Si含有アルミニウム合金、グラファイト等の難削材の切削加工において、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するダイヤモンド被覆切削工具(以下、ダイヤモンド被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、工具基体の表面に、ダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆工具が知られているが、従来のダイヤモンド被覆工具においては、ダイヤモンドを成膜した際に、成膜後の冷却過程で工具基体とダイヤモンド皮膜の熱膨張係数の差に起因して、ダイヤモンド皮膜に大きな圧縮残留応力が発生し、そのため工具基体に対するダイヤモンド皮膜の付着強度が十分でないという問題があった。
このような問題を解決するため、例えば、特許文献1に示されるように、ダイヤモンドの成膜に際し、超硬合金等の基体上へ、基体成分及び炭素成分を有する中間層を介してダイヤモンド皮膜を成膜することにより密着性を改善する技術が提案されているが、この成膜技術では、例えば、基体成分の一つであるCoをまず超硬基体上に蒸着し、その後ダイヤモンドの蒸着を行っているが、Coが超硬基体表面に存在するとダイヤモンドがグラファイト化しやすくなるため、密着性のすぐれたダイヤモンド被覆工具が得られないという問題があった。なお、特許文献1では、基体成分の一つであるWCを超硬基体上に蒸着し、その後ダイヤモンドを蒸着することも提案されているが、この場合にも、密着性のすぐれたダイヤモンド被覆工具が得られないという問題があった。
また、ダイヤモンド被膜の密着性改善を試みる他の技術として、例えば、特許文献2に示されるように、中間層として、SiCまたはSiNxを形成する技術、また、特許文献3に示されるように、中間層として金属Siを設ける技術が提案されているが、いずれの場合も、ダイヤモンド皮膜の密着性が十分でないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭61−106494号公報
【特許文献1】特開平4−333577号公報
【特許文献2】特開平5−125542号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の切削装置のFA化はめざましく、かつ切削加工の省力化に対する要求も強く、これに伴い、ダイヤモンド被覆工具による切削加工は高速化する傾向にあるが、上記の従来ダイヤモンド被覆工具においては、通常の被削材の連続切削や断続切削ではすぐれた切削性能を発揮するが、金属材料より比強度、比剛性の高いCFRPあるいは溶着性の高い高Si含有Al合金、グラファイト等の難削材の切削加工に用いた場合には、ダイヤモンド皮膜に作用する応力、歪等がダイヤモンド皮膜と工具基体との界面に作用し、ダイヤモンド皮膜の剥離を引き起こしやすく、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、CFRP、高Si含有Al合金、グラファイト等の難削材の切削に用いても、ダイヤモンド皮膜の剥離が発生しないダイヤモンド被覆工具を開発すべく鋭意研究を行った結果、
WC基超硬合金からなる工具基体表面にダイヤモンド皮膜を成膜するにあたり、まず、工具基体表面近傍のCo成分を酸処理で除去し、
この工具基体に対してダイヤモンド核生成を行い、
核生成終了後に工具基体の温度を高め、工具基体内部から表面側へのCoの拡散を促し、
引き続きダイヤモンドの成膜を続けることによって、
工具基体とダイヤモンド皮膜との界面のダイヤモンド皮膜側には、図1に示すように、拡散したCoによるCo微粒子が析出形成され、このCo微粒子は、難削材の切削加工に際し、ダイヤモンド皮膜に作用する応力やひずみを緩和する作用があるため、ダイヤモンド皮膜と工具基体間での密着性が向上し、その結果、ダイヤモンド皮膜の剥離が防止され、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮するようになることを見出したのである。
【0006】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体表面に5〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆切削工具であって、上記工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側の基体表面から400nmの範囲には、平均粒径5〜200nmのCo粒子が析出していることを特徴とするダイヤモンド被覆切削工具。
(2) 上記工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側に析出しているCo粒子の含有割合は、基体表面から400nmの範囲において0.1〜20原子%である前記(1)に記載のダイヤモンド被覆切削工具。」
を特徴とするものである。
【0007】
以下、本発明について説明する。
本発明では、工具基体は、WCを硬質成分とするWC基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットから構成するが、上記各成分を所望配合組成となるように配合した原料粉末を、成形、焼結することにより、本発明の工具基体を製造する。
また、Co粒子が析出している範囲は、基体表面から400nmの範囲が望ましく、この範囲を越えたところにCo粒子が析出していても、ダイヤモンド膜の応力やひずみを緩和する効果がなく、かえって耐摩耗性などに悪影響を及ぼす可能性がある。
【0008】
本発明では、まず、WC基超硬合金からなる工具基体表面を、例えば、硫酸、過酸化水素および水からなる混合溶液にて短時間エッチングする酸処理を行うことによって、工具基体表面に存在するCoを除去する。
その後、微粒(粒径5〜100nm)のダイヤモンド粒子を分散させたアルコール中に浸漬し、超音波を付与することで、種ダイヤモンドを工具基体表面に付着させる。
次いで、上記酸処理をした工具基体を、例えば、熱フィラメントCVD方式のダイヤモンド成膜炉に装入し、工具基体温度を700℃に維持した状態で、水素とメタン(濃度0.5〜5%程度)の混合ガス400Paの気流中で、フィラメント温度を約2200℃として、約30分間、初期のダイヤモンド核生成処理を行う。
ダイヤモンドの核生成終了後、フィラメント温度を約2350℃に高めて、それにより工具基体の温度を約1050℃にまで昇温し、約20〜60分間成膜を行う。
そして、工具基体温度およびフィラメント温度を高めた成膜処理時に、工具基体が高温に維持されていることから、工具基体内部から工具基体表面への超硬合金成分であるCoの拡散が促され、図1に示すように、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面には微粒のCo粒子の析出物が生成する。
工具基体とダイヤモンド皮膜の界面でかつダイヤモンド皮膜側に生成するCo粒子は、難削材の切削加工時に、ダイヤモンド皮膜に作用する応力やひずみを緩和させる作用を有し、しかも、Co粒子は、ダイヤモンド皮膜の表面に形成されるものでないから、ダイヤモンドの成膜時に、グラファイト化を起こす危険性はない。
ついで、フィラメント温度を約2200℃に下げることにより、工具基体温度を約650〜800℃の範囲に下げ、所望の膜厚になるまでダイヤモンドの成膜を継続することによって、本発明のダイヤモンド被覆工具を作製する。
なお、成膜するダイヤモンド皮膜の膜厚が、5μm未満では、長期の使用に亘ってすぐれた摩耗性を発揮し、長寿命化を図ることができなくなり、一方、膜厚が30μmを超えると、成膜の際にエッジ部での鋭利さを保つことが出来なくなり、切れ味が低下することから、本発明では、ダイヤモンド皮膜の膜厚を5〜30μmと定めた。
【0009】
上記本発明のダイヤモンド被覆工具において、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面でかつダイヤモンド皮膜側に生成するCo粒子の大きさは、その平均粒径が5nm未満ではダイヤモンド皮膜に生じる応力・ひずみの緩和効果が小さく、また、平均粒径が200nmを超えるようになると、ダイヤモンド皮膜の強度を低下させ、かえって、膜を剥離させる原因となることから、Co粒子の平均粒径は5〜200nmと定めた。
なお、上記Co粒子の平均粒径は、ダイヤモンド被覆工具の縦断面を透過型電子顕微鏡にて観察・測定することにより、求めることができる。
【0010】
また、この発明では、ダイヤモンド皮膜の膜厚を5〜30μmと定めているが、膜厚がこの範囲から外れた場合には、長期の使用に亘ってすぐれた耐剥離性を発揮することができなくなり、長寿命化を図ることができなくなるという理由から、本発明では、ダイヤモンド皮膜の膜厚を5〜30μmと定めた。
【0011】
また、この発明では、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側に析出しているCo粒子の含有割合を0.1〜20原子%としているが、Co粒子の含有割合が0.1〜20原子%の範囲を外れると、Co粒子の析出がダイヤモンド膜の応力やひずみを緩和する効果が見られなくなることから、Co粒子の含有割合を0.1〜20原子%と定めた。
Co粒子の含有割合は、ダイヤモンド皮膜断面の工具基体表面直上を透過型電子顕微鏡で観察し、例えば、任意の400×400nmの領域をエネルギー分散型X線分析(EDX)により測定することにより求めることができる。
【発明の効果】
【0012】
この発明のダイヤモンド被覆工具は、ダイヤモンド皮膜と工具基体の界面部かつダイヤモンド皮膜側に、平均粒径5〜200nmのCo粒子が析出しており、また、析出しているCo粒子の含有割合は、基体表面から400nmの範囲において0.1〜20原子%であって、切削加工時にダイヤモンド皮膜に作用する応力・ひずみが、上記Co粒子の存在によって緩和され、ダイヤモンド皮膜が工具基体から剥離するのが抑制されることから、これを、金属材料より比強度、比剛性の高いCFRPあるいは溶着性の高い高Si含有Al合金、グラファイト等の難削材の切削加工で用いた場合でも、ダイヤモンド皮膜の剥離が防止されるとともに長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮し、工具の長寿命化が図られるのである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側の基体から400nmの範囲に、微粒のCo粒子の析出物が生成している本発明のダイヤモンド被覆工具の概略断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
つぎに、この発明のダイヤモンド被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、以下ではダイヤモンド被覆ドリルについて説明するが、ドリルに何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0015】
まず、表1に示す、いずれも1〜3μmの範囲内の所定の平均粒径を有する原料粉末を用意し、同じく表1に示す配合組成となるように配合した混合粉末を調製し、これをボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形して、直径が10mm,8mmの丸棒圧粉体とし、これらの丸棒圧粉体を焼結して焼結体を製造し、さらに、研削加工にて溝形成部の外径を8mm、6mmの寸法に加工し、その際に、外周マージン部および切れ刃エッジ部に対しては、粒度#600のSiC砥粒を用いたエアーブラスト処理および粒度#1200のダイヤモンド砥石を用いた30μm以上の仕上研削加工処理を行い、外径8mmの工具基体1〜5および外径6mmの工具基体6〜10を製造した。
【0016】
ついで、上記工具基体1〜10に、硫酸、過酸化水素および水を1:1:1の割合で混合した溶液にて、室温で30秒間エッチングする酸処理を施し、ついで、平均粒径30〜60nmのダイヤモンド粒子を分散させたIPA(イソプロピルアルコール)溶液で超音波洗浄を行うことにより、工具基体1〜10の表面からのCo成分の除去および種ダイヤモンドの付着処理を行った。
【0017】
ついで、上記工具基体1〜10を、熱フィラメントCVD方式のダイヤモンド成膜炉に装入し、表2に示す条件で、ダイヤモンド核生成、Co粒子析出物の生成を行うと同時に、所定膜厚のダイヤモンド皮膜の成膜を行うことにより、表3に示す本発明のダイヤモンド被覆工具1〜10(以下、本発明1〜10という)を作製した。
【0018】
比較のため、上記工具基体1〜10に対して、表4に示す条件でダイヤモンドの成膜を行い、表5に示される比較例のダイヤモンド被覆工具1〜10(比較例1〜10という)を作製した。
なお、比較例1および比較例6については、工具基体の酸処理を行っておらず、したがって、工具基体表面に存在するCoは除去されていない。
【0019】
上記本発明1〜10、比較例1〜10について、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部の縦断面を透過型電子顕微鏡にて観察し、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部であってかつダイヤモンド皮膜側の基体から400nmの範囲に析出しているCo粒子の粒径を10箇所で測定し、その平均値を算出することによりCo粒子の平均粒径を求めた。
また、同じく上記本発明1〜10、比較例1〜10について、ダイヤモンド皮膜断面の工具基体表面直上を透過型電子顕微鏡で観察し、任意の400×400nmの領域をエネルギー分散型X線分析(EDX)により測定し、析出しているCo粒子の含有割合を求めた。
表3、表5に、これらの測定値を示す。
【0020】
【表1】

【0021】
【表2】

【0022】
【表3】

【0023】
【表4】

【0024】
【表5】

【0025】
つぎに、上記本発明1〜5および比較例1〜5については、次の条件Aでグラファイト板の乾式穴あけ切削加工試験を行った。
《切削条件A》
被削材:厚さ10mmのグラファイト板、
切削速度:150 m/min.、
送り:0.2 mm/rev.、
穴深さ:10 mm(貫通穴)、
また、上記本発明6〜10および比較例6〜10については、次の条件Bで高Si含有アルミニウム板の乾式穴あけ切削加工試験を行った。
《切削条件B》
被削材:厚さ50mmの20%Si含有アルミニウム合金板、
切削速度:350 m/min.、
送り:0.2 mm/rev.、
穴深さ:25 mm、
エアブロー
いずれの穴あけ切削加工試験でも、切削不能になるまでの穴あけ加工数を測定した。
これらの測定結果を表6に示す。
【0026】
【表6】

【0027】
表3、5、6に示される結果から、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側には、平均粒径5〜200nmのCo粒子が析出しており、また、Co粒子の含有割合が0.1〜20原子%である本発明1〜10では、Co粒子の存在によりダイヤモンド皮膜に作用する切削加工時の応力・ひずみが緩和され、工具基体との密着性にすぐれるため、ダイヤモンド皮膜の剥離が防止されるとともに長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
これに対して、比較例1、6は、工具基体表面にCo成分が存在し、成膜時にダイヤモンドがグラファイト化するため、密着性が劣っており、また、比較例2〜5、7〜10は、工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側にCo粒子の存在が僅かである、全く存在しない、あるいは、過剰に存在するため、いずれの場合も、ダイヤモンド皮膜と工具基体間での密着性に劣り、特に、ダイヤモンド皮膜の剥離により短時間で使用寿命に至ることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0028】
この発明のダイヤモンド被覆工具は、金属材料より比強度、比剛性の高いCFRPあるいは溶着性の高いAl合金、グラファイト等の難削材の切削においても、ダイヤモンド皮膜の剥離が生じることなく長期の使用に亘って、すぐれた耐剥離性と耐摩耗性を発揮するものであり、ドリルに限らず、インサート、フライス工具、エンドミル、カッター等の各種切削工具として幅広く利用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体表面に5〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆切削工具であって、上記工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側の基体から400nmの範囲には、平均粒径5〜200nmのCo粒子が析出していることを特徴とするダイヤモンド被覆切削工具。
【請求項2】
上記工具基体とダイヤモンド皮膜の界面部のダイヤモンド皮膜側に析出しているCo粒子の含有割合は、基体表面から400nmの範囲において、0.1〜20原子%である請求項1に記載のダイヤモンド被覆切削工具。

【図1】
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【公開番号】特開2011−200987(P2011−200987A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−71904(P2010−71904)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】