説明

デュアルクラッチ式自動変速機の制御装置

【課題】常に適切なタイミングでシフトアップを実行することにより良好な加速感を実現した上で、エンジンの吹け上がりに起因するトルク制限域への突入を未然に防止でき、もってこれに起因する減速感を伴うショックを未然に防止できるデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を提供する。
【解決手段】アクセル開度が大の車両加速時において、高ギヤ側の次変速段へのプリセレクト後に変速線に基づきシフトアップを可決したとき(ポイントa)、シフトアップに際したクラッチ切換の所要時間として予測時間Tを設定し、その予測時間T後のエンジン回転速度Neがエンジンのトルク制限域の下限よりも低回転側に設定された上限回転閾値Ne0に達しない間は次変速段へのシフトアップを禁止し(期間b)、予測時間T後のエンジン回転速度Neが上限回転閾値Ne0に達するときには次変速段へのシフトアップを許可する(ポイントc)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置に係り、詳しくはシフトアップ時のエンジンの吹け上がりを防止する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば広く普及しているトルクコンバータに遊星歯車機構を組合せた自動変速機では、多板クラッチの係合制御により遊星歯車機構の作動状態を切り換えて自動変速を行っている。この種の自動変速機が車両加速に伴ってシフトアップ方向に変速するときには、アクセル操作によりエンジン回転速度が上昇中であることから、クラッチ係合タイミングの僅かなずれ或いはクラッチ作動油圧の低下などが生じていると、エンジンが吹け上がった状態でクラッチが係合されることによりショックを発生する場合があった。
【0003】
このような不具合の対策として、例えば特許文献1に記載された技術では、車両加速によりシフトアップする際にクラッチの入出力軸回転数比に基づきエンジンの吹け上がりを判定し、吹け上がりが発生していると判定するとクラッチ作動油圧を補正する対策を講じている。
ところで、上記トルクコンバータ式の自動変速機とは別に、近年では所謂デュアルクラッチ式自動変速機が実用化されている。このデュアルクラッチ式自動変速機は、複数の奇数変速段からなる第1歯車機構及び複数の偶数変速段からなる第2歯車機構をそれぞれ第1及び第2クラッチを介してエンジン側と連結して構成されている。
【0004】
例えば、第1クラッチの接続により第1歯車機構の何れかの奇数変速段を介してエンジンの駆動力を駆動輪側に伝達しているときには、車両の加減速状況などから何れかの偶数変速段を次変速段として予測し、第2クラッチの切断により動力伝達を中止している第2歯車機構を次変速段に切り換えるプリセレクトを実行している。
そして、変速タイミングに至った時点でプリセレクトされた次変速段への変速(シフトアップまたはシフトダウン)の可決判定を行うと、両クラッチの断接状態を逆転させるクラッチ切換を行って次変速段への変速を完了している。
【0005】
上記変速の可決判定は、アクセル開度及び車速から目標変速段を求めるための所定のシフトマップに基づき、以下の手順により実行される。
例えば図8は車両加速時にシフトアップを可決判定したときの従来技術の制御装置による変速状況を示すタイムチャートである。次変速段へのプリセレクトの完了後に、車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度Neがシフトマップ上の次変速段への変速タイミングと対応するシフトアップ線に達すると、プリセレクトされた次変速段へのシフトアップの可決判定を下す(図8のポイントe)。そして、この次変速段を目標変速段に設定した上で、上記のようにクラッチ切換を行って次変速段へのシフトアップを完了している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平7−37217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、エンジンのトルク特性は、使用回転域(アイドル回転から許容回転までの全回転域)の上限付近でトルク低下を生じる傾向があり、例えばディーゼルエンジンでは過回転防止のために使用回転域の上限付近で燃料噴射量を絞ることにより急激にトルク低下する(以下、このような現象が発生する領域をトルク制限域と称する)。そして、上記したシフトアップ線は、エンジン回転速度Neが上昇する過程でトルクの良好な回転域を車両加速のために有効利用すべく、エンジンの使用回転域内のかなり高回転側に設定されているため、トルク制限域の下限との間に大きな余裕はない。
このため、例えば車両の積載重量が少ない条件でアクセル全開により急加速が行われると、シフトアップに際したクラッチ切換を完了(図8のポイントg)する以前に、エンジンの吹け上がりによりエンジン回転速度Neがトルク制限域に突入(図8のポイントf)することがある。この場合には、トルク低下により減速感を伴うショックが発生すると共に、クラッチ切換完了後のトルク増加により加速感を伴うショックが発生するという問題が生じる。
【0008】
このようなトルク制限に起因するショックは、上記特許文献1の技術が想定する単なるエンジンの吹け上がりによるショックよりも遥かに顕著なものであり、車両の乗り心地を大きく損ねる要因となり、且つ、クラッチの作動油圧を補正する特許文献1の技術の対策では解決できないことが明らかである。なお、言うまでもないが、その対策としてシフトアップ線を低回転側に変更すれば、早めのシフトアップによりトルクの良好な回転域を有効利用できずに運転者が意図する加速感が得られなくなる。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、常に適切なタイミングでシフトアップを実行することにより良好な加速感を実現した上で、エンジンの吹け上がりに起因するトルク制限域への突入を未然に防止でき、もってこれに起因するショックを未然に防止することができるデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、請求項1の発明は、複数の変速段からなる一対の歯車機構をそれぞれクラッチを介してエンジン側と接続し、一方のクラッチを接続して対応する一方の歯車機構の変速段を介した動力伝達中に他方の歯車機構を予め次変速段に切り換えるプリセレクトを実行し、プリセレクト後にエンジンの回転速度が予め設定された変速線を横切ったときに次変速段への変速を可決し、変速可決に基づき変速実行手段により両クラッチの断接状態を逆転させて次変速段への切換を完了するデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置において、アクセル開度を予め設定されたアクセル開度閾値以上とした車両加速時において、次変速段として高ギヤ側の変速段がプリセレクトされた後に変速線に基づき次変速段へのシフトアップが可決されたとき、車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度の予め設定された予測時間後の値を逐次予測する回転上昇予測手段と、回転上昇予測手段により予測される予測時間後のエンジン回転速度が予め設定された上限回転閾値に達しない間は、変速実行手段に対して次変速段へのシフトアップを禁止し、予測時間後のエンジン回転速度が上限回転閾値に達すると、変速実行手段に対して次変速段へのシフトアップを許可するシフトアップ禁止・許可手段とを備えたものである。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1において、予測時間として、少なくとも変速実行手段による次変速段へのシフトアップに際したクラッチ切換の所要時間が設定され、上限回転閾値として、少なくともエンジンが回転上昇によりトルク低下し始めるトルク制限域の下限よりも低回転側の値が設定されたものである。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように請求項1の発明のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、アクセル開度閾値以上のアクセル開度による車両加速時において、次変速段として高ギヤ側の変速段がプリセレクトされた後に変速線に基づき次変速段へのシフトアップが可決されると、予測時間後のエンジン回転速度を逐次予測し、予測した予測時間後のエンジン回転速度が上限回転閾値に達しない間は次変速段へのシフトアップを禁止し、予測時間後のエンジン回転速度が上限回転閾値に達すると次変速段へのシフトアップを許可するようにした。
次変速段へのシフトアップが完了するまでは現変速段で車両が加速し続けてエンジン回転速度も上昇し、加速が急なときには次変速段へのシフトアップに際したクラッチ切換の完了以前にエンジン回転速度がエンジンのトルク制限域、即ちエンジンが回転上昇によりトルク低下し始める領域に突入する場合がある。そして、このときにはトルク低下したまま次変速段へのシフトアップが行われて減速感を伴うショックを発生してしまい、その対策として、より早期に次変速段にシフトアップすべく変速線を設定変更すると、低ギヤである現変速段による加速が短くなるため運転者が意図する加速感が得られない。
【0012】
本発明では、予測時間後のエンジン回転速度が上限回転閾値に達するか否かに応じて次変速段へのシフトアップを禁止・許可しているため、可能な限り次変速段へのシフトアップを遅延させて現変速段による車両加速を継続することにより良好な加速感を実現できると共に、トルク制限域へのエンジン回転速度の突入を確実に防止してこれに起因するショックを未然に防止することができる。
請求項2の発明のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置によれば、請求項1に加えて、次変速段へのシフトアップに際して少なくともクラッチ切換の所要時間として予測時間を設定し、その予測時間後のエンジン回転速度がエンジンのトルク制限域の下限よりも低回転側に設定された上限回転閾値に達するか否かに応じてシフトアップを禁止・許可しているため、次変速段へのシフトアップを一層適切なタイミングで行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を示す全体構成図である。
【図2】ECUが実行するシフトアップ制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図3】ECUが実行するシフトアップ可決判定ルーチンを示すフローチャートである。
【図4】シフトアップ線及び上限回転閾値が設定されたシフトマップを示す図である。
【図5】ECUが実行するシフトアップ許可判定ルーチンを示すフローチャートである。
【図6】ECUが実行するアクセル開度判定ルーチンを示すフローチャートである。
【図7】車両加速時にシフトアップを可決判定したときの実施形態の制御装置による変速状況を示すタイムチャートである。
【図8】車両加速時にシフトアップを可決判定したときの従来技術の制御装置による変速状況を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体化したデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置の一実施形態を説明する。
図1は本実施形態のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置を示す全体構成図である。車両には走行用動力源としてディーゼルエンジン(以下、エンジンという)1が搭載されている。エンジン1は、加圧ポンプによりコモンレールに蓄圧した高圧燃料を各気筒の燃料噴射弁に供給し、各燃料噴射弁の開弁に伴って筒内に噴射する所謂コモンレール式機関として構成されている。
【0015】
エンジン1の出力軸1aは車両後方(図の右方)に突出し、自動変速機(以下、単に変速機という)2の入力軸2aに接続されている。変速機2は前進12段(1速段〜12速段)及び後退1段を備えており、エンジン1の動力は入力軸2aを介して変速機2に入力された後に、変速段に応じて変速されて出力軸2bから図示しない駆動輪側に伝達されるようになっている。
言うまでもないが、変速機2の変速段は上記に限ることなく任意に変更可能である。
【0016】
変速機2は、所謂デュアルクラッチ式変速機として構成されている。当該デュアルクラッチ式変速機の詳細は、例えば特開2009−035168号公報などに記載されているため、本実施形態では概略説明にとどめる。このため、図1では変速機2を実際の機構とは異なる模式的な表現で示しており、以下の説明でも変速機2の構成及び作動状態を概念的に述べる。
周知のようにデュアルクラッチ式変速機は、奇数変速段と偶数変速段とを相互に独立した動力伝達系として設け、何れか一方で動力伝達しているときに他方を次に予測される次変速段に予め切り換えておくことで、動力伝達を中断することなく次変速段への切換を完了するシステムである。
【0017】
即ち、図1に示すように、変速機2の入力軸2aにはクラッチC1を介して奇数変速段(1,3,5,7,9,11速段)からなる歯車機構G1が接続されると共に、同じくクラッチC2を介して偶数変速段(2,4,6,8,10,12速段)からなる歯車機構G2が接続され、これらの歯車機構G1,G2の出力側は上記した共通の出力軸2bに連結されている。
これにより変速機2は、相互に独立したクラッチC1及び歯車機構G1からなる動力伝達系とクラッチC2及び歯車機構G2からなる動力伝達系とを備えている。
【0018】
ここで、変速機2内のスペース効率化のために両クラッチC1,C2は、奇数変速段側のクラッチC1を内周側とし、偶数変速段側のクラッチC2を外周側とした内外2重に配設されている。そこで、以下の説明では、奇数変速段側のクラッチC1をインナクラッチと称し、偶数変速段側のクラッチC2をアウタクラッチと称する。
インナクラッチC1及びアウタクラッチC2にはそれぞれ油圧シリンダ3が接続され、両油圧シリンダ3は電磁弁4が介装された油路5を介して油圧供給源6に接続されている。電磁弁4の開弁時には油圧供給源6から油路5を介して油圧シリンダ3に作動油が供給され、油圧シリンダ3が作動して対応するクラッチC1,C2が接続状態から切断状態に切り換えられる。一方、電磁弁4が閉弁すると、作動油の供給中止により油圧シリンダ3が作動しなくなることから、クラッチC1,C2は図示しないプレッシャスプリングにより切断状態から接続状態に切り換えられる。
【0019】
なお、クラッチC1,C2の駆動方式はこれに限ることはなく、例えば油圧駆動に代えてエア駆動を採用してもよい。
また、変速機2の奇数変速段の歯車機構G1及び偶数変速段の歯車機構G2にはそれぞれギヤシフトユニット7が設けられている。図示はしないがギヤシフトユニット7は、歯車機構G1,G2内の各変速段に対応するシフトフォークを作動させる複数の油圧シリンダ、及び各油圧シリンダを作動させる複数の電磁弁を内蔵している。ギヤシフトユニット7は油路8を介して上記した油圧供給源6と接続されており、各電磁弁の開閉に応じて油圧供給源6からの作動油が対応する油圧シリンダに供給され、その油圧シリンダが作動してシフトフォークを切換操作すると、切換操作に応じて対応する歯車機構G1,G2の変速段が切り換えられる。
【0020】
本実施形態のトラックは2速発進を前提としているため、車両の加減速時には2速段以上で各変速段がシフトアップ側或いはシフトダウン側に順次切り換えられる。
この変速時において、基本的にインナクラッチC1及びアウタクラッチC2の断接状態は常に逆方向に切り換えられる。このため、一方のクラッチC1,C2の接続により対応する歯車機構G1,G2の何れかの変速段が達成されて動力伝達されているときには、他方のクラッチC1,C2が切断されることで対応する歯車機構G1,G2では何れの変速段も動力伝達していない状態にある。よって、他方の歯車機構G1,G2では次変速段(現在の変速段に隣接する高ギヤ側または低ギヤ側の変速段)への事前の切換が可能となり(以下、この操作をプリセレクトと称する)、その後に変速タイミングに至ると、インナクラッチC1及びアウタクラッチC2の断接状態を逆転させることにより動力伝達を中断することなく変速が完了する。
【0021】
車室内には、図示しない入出力装置、制御プログラムや制御マップ等の記憶に供される記憶装置(ROM,RAMなど)、中央処理装置(CPU)、タイマカウンタなどを備えたECU(制御ユニット)21が設置されており、エンジン1、変速機2、インナクラッチC1及びアウタクラッチC2の総合的な制御を行う。
ECU21の入力側には、エンジン1の回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサ22、インナクラッチC1及びアウタクラッチC2の出力側の回転速度Ncl, Nc2を検出するクラッチ回転速度センサ23、運転席に設けられたチェンジレバー9の切換位置を検出するレバー位置センサ24、歯車機構G1,G2の変速段を検出するギヤ位置センサ25、アクセルペダル26の開度Accを検出するアクセルセンサ27、及び変速機2の出力軸2bに設けられて車速Vを検出する車速センサ28などのセンサ類が接続されている。
【0022】
また、ECU21の出力側には、上記したクラッチC1,C2の電磁弁4、ギヤシフトユニット7の各電磁弁などが接続されると共に、図示はしないが、コモンレール蓄圧用の加圧ポンプや各気筒の燃料噴射弁などが接続されている。
なお、このように単一のECU21で総合的に制御することなく、例えばECU21とは別にエンジン制御専用のECUを備えるようにしてもよい。
【0023】
そして、例えばECU21は、エンジン回転速度センサ22により検出されたエンジン回転速度Ne及びアクセルセンサ27により検出されたアクセル開度Accに基づき、図示しないマップから加圧ポンプにより蓄圧されるコモンレールのレール圧や各気筒への燃料噴射量を算出すると共に、エンジン回転速度Ne及び燃料噴射量Qに基づき図示しないマップから燃料噴射時期を算出する。そして、これらの算出値に基づき加圧ポンプを駆動制御すると共に、各気筒の燃料噴射弁を駆動制御しながらエンジン1を運転させる。
【0024】
また、ECU21は、例えばレバー位置センサ24によりチェンジレバー9のDレンジ(ドライブレンジ)への切換が検出されているときには自動変速モードを選択し、アクセル開度Acc及び車速センサ28により検出された車速Vに基づき、シフトマップ(例えば後述する図4に示すマップ)から決定した目標変速段を達成すべく変速制御を実行すると共に、目標変速段への変速に先だって車両の加減速などから予測した次変速段へのプリセレクトを行う。
例えば車両加速時には、現変速段に隣接する高ギヤ側の変速段を次変速段として予測し、動力伝達を中断している歯車機構G1,G2の所定の電磁弁を開閉して油圧シリンダを作動させることで次変速段をプリセレクトする。その後、車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度Neが上記シフトマップ上の次変速段への変速タイミングと対応するシフトアップ線(変速線)に到達すると、プリセレクトされた次変速段へのシフトアップの可決判定を下す。そして、この可決判定を受けて目標変速段を現変速段から次変速段に変更した上で、油圧シリンダ3により目標変速段を有する側の歯車機構G1,G2のクラッチC1,C2を接続すると共に、他方の歯車機構G1,G2のクラッチC1,C2を切断することにより目標変速段を達成させる(変速実行手段)。
【0025】
ところが、[発明が解決しようとする課題]でも述べたように、車両の積載重量が少ない条件でアクセル全開により急加速が行われると、次変速段へのシフトアップのためのクラッチ切換が完了する以前に、上昇中のエンジン回転速度Neがエンジン1のトルク制限域に突入する場合がある。このため、トルク低下による減速感を伴うショック、及び加速感を伴うショックが発生し、その対策としてシフトアップ線を低回転側に変更すれば運転者が意図する加速感が得られないという問題が生じる。
このような問題点を鑑みて本実施形態では、車両加速時においてシフトアップ線に基づき次変速段へのシフトアップを可決したときに、エンジン1の吹け上がり状況に応じて次変速段へのシフトアップのタイミング(より詳しくはクラッチ切換のタイミング)を可変させており、これによりエンジン1の吹け上がりを防止して上記相反する問題の解決を図っている。そこで、以下にECU21により実行される対策について詳述する。
【0026】
図2はECU21が実行するシフトアップ制御ルーチンを示すフローチャートであり、図示しないプリセレクト制御ルーチンによる次変速段へのプリセレクトに応じて実行される。即ち、プリセレクト制御ルーチンでは車両の加減速状況などに基づき次変速段を予測し、予測した次変速段へのプリセレクトを逐次実行している。そして、シフトアップ側のプリセレクトが行われたときには図2のシフトアップ制御ルーチンが実行され、上記したようにエンジン回転速度Neがシフトアップ線に達したことを条件としてシフトアップの可決判定を下し、次変速段へのシフトアップを実行する。
なお、シフトダウン側のプリセレクトの場合には、図示しないシフトダウン制御ルーチンに従ってシフトダウンの可決判定に基づきシフトダウンを実行する。しかし、シフトダウン制御ルーチンの制御内容は従来技術と相違ないため説明は省略し、以下、プリセレクト制御ルーチンによりシフトアップ側のプリセレクトが行われたものとして、図2のシフトアップ制御ルーチンを詳述する。
【0027】
シフトアップ制御ルーチンが開始されると、ECU21はステップS2で現在自動変速モードか否かを判定する。チェンジレバー9がDレンジ以外に切り換えられて手動変速モードが選択されているときには、No(否定)の判定を下して一旦ルーチンを終了する。
運転者が変速段を切り換える手動変速モードではエンジン1の吹け上がりを防止する必要がなく、また、手動変速モードで運転者の意志と関係なくシフトアップのタイミングを可変させると逆に違和感を与えることから、Dレンジの検出により自動変速モードと判定したときに限定する趣旨である。
【0028】
ステップS2の判定がYes(肯定)のときには、ステップS4に移行してシフトアップの可決判定を実行する。図3はシフトアップ可決判定ルーチンを示すフローチャートであり、このときECU21は図3のステップS22に移行し、シフトアップ可決条件が成立したか否かを判定する。シフトアップ可決条件は、以下の要件1)〜3)が全て満足したときに成立したものと見なす。
1)エンジン回転速度Neがシフトアップ線に到達したこと。
2)現在の変速段が最高変速段以外であること。
3)シフトアップを禁止する要件が成立していないこと。
要件1)は、シフトアップの可決判定の本来の目的であり、車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度Ne(変速比を介して車速Vと相関する)がシフトマップ上の次変速段への車速Vに応じた変速タイミングと対応するシフトアップ線に到達したことを確認する趣旨である。
【0029】
要件2)は、現変速段が最高変速段でありシフトアップの余地がない状況を除外する趣旨である。また、要件3)は、変速制御の上でシフトアップが禁止されている状況を除外する趣旨である。シフトアップ禁止とは、例えばシフトマップから求めた目標変速段をファジィ推論で補正する処理を行った場合、或いは故障診断のバックアップ処置のためにギヤ段保持やシフトダウンの指示があった場合が挙げられ、このような状況が除外される。
そして、要件1)に係る判定内容自体は従来技術のものと相違ないが、本発明の特徴部分であるエンジン1の吹け上がり状況に応じて次変速段へのシフトアップのタイミングを可変させる余地を残すために、従来技術に比較してシフトアップ線を低回転側に設定している。以下、図4のシフトマップに基づき本実施形態のシフトアップ線の設定状態を従来技術と比較しながら説明する。
【0030】
まず、図4では従来技術のシフトアップ線を実線で示しており、アクセル開度Accがアクセル開度閾値Acc0以上の領域では、エンジン1の高回転域を使用した迅速な車両加速のためにアクセル開度閾値Acc0未満の領域に比較してシフトアップ線がより高車速(高回転)側に設定されている。この従来技術に対して本実施形態のシフトアップ線は、アクセル開度閾値Acc0未満の領域では同一に設定される一方、アクセル開度閾値Acc0以上の領域では破線で示すように所定回転速度幅だけ低車速側に設定されている。
また、アクセル開度Accがアクセル開度閾値Acc0以上の領域では、従来技術のシフトアップ線と一致するように上限回転閾値Ne0が設定されている。従来技術においてシフトアップ線は車両加速時にエンジン回転速度Neがエンジン1のトルク制限域の下限に達することがないように、トルク制限域の下限よりも低回転側に設定されているため、上限回転閾値Ne0もトルク制限域の下限よりも低回転側に位置していることになる。そして、以下に述べるように、この上限回転閾値Ne0とシフトアップ線との間の判定領域E内でエンジン1の吹け上がり状況が判定される。
【0031】
以上のように設定されたシフトアップ線に基づき、上記要件1)が判定される。そして、シフトアップ可決条件が成立せずに図3のステップS22の判定がNoの間はステップS24でシフトアップを否決し続け、シフトアップ可決条件の成立によりステップS22の判定がYesになると、ステップS26に移行してシフトアップを可決する。
その後、ECU21は図2のステップS6に移行してシフトアップの許可判定を実行する。図5はシフトアップ許可判定ルーチンを示すフローチャートであり、このときECU21は図5のステップS32に移行し、まずアクセル開度判定を実行する。
図6はアクセル開度判定ルーチンを示すフローチャートであり、このときECU21は図6のステップS42に移行する。ステップS42ではアクセル開度Accがアクセル開度閾値Acc0以上の状態が所定時間継続したか否かを判定する。ステップS42の判定がNoのときにはステップS44でアクセル開度フラグFをリセット(=0)し、ステップS42の判定がYesのときにはステップS46でアクセル開度フラグFをセット(=1)する。
【0032】
その後、ECU21は図5のステップS34に移行し、シフトアップ遅延条件が成立したか否かを判定する。シフトアップ遅延条件は、以下の要件4)〜6)が全て満足したときに成立したものと見なす。
4)アクセル開度フラグFがセットされていること。
5)予測時間T経過後のエンジン回転速度Neが上限回転閾値Ne0未満(Ne<Ne0)であること。
6)現変速段が目標変速段であること。
【0033】
この時点で既にシフトアップ可決条件が成立していることから、要件4)は、図4に示すシフトマップにおいて現在の運転ポイントP0(○印で示す)が判定領域E内にあることを確認する趣旨である。要件5)は、エンジン回転速度Neの上昇率に基づき予測した予測時間T経過後の運転ポイント(●印で示す)がP1で示すように判定領域E内にある(判定領域E外のP1’を除外する)ことを確認する趣旨である(回転上昇予測手段)。予測時間Tとしては、少なくとも以下に述べる目標変速段の変更からクラッチの切換完了までの所要時間が設定されている。また、要件6)は、目標変速段としてプリセレクト前の現変速段が設定されている(次変速段への切換前である)ことを確認する趣旨である。
シフトアップ遅延条件が成立してステップS34でYesの判定を下したときには、ステップS36でシフトアップを禁止した後にルーチンを終了する。ステップS32,34を実行する毎に要件4)〜6)が逐次判定され、何れかの要件が満足されなくなってシフトアップ遅延条件の不成立によりステップS34の判定がNoになると、ステップS38に移行してシフトアップを許可する(シフトアップ禁止・許可手段)。
【0034】
その後、ECU21は図2のステップS8に移行し、シフトアップの許可を受けて目標変速段を現変速段からシフトマップにより求めた次変速段(即ち、既にプリセレクトされて可決済みの変速段)に変更する。続くステップS10では、変更後の目標変速段に基づき両クラッチC1,C2の断接状態を逆転させるクラッチ切換を行なう。その後にステップS12でエンジン制御によりエンジントルクを立ち上げながら、ステップS14で次変速段に対応する側のクラッチC1,C2を、半クラッチ状態を経てエンジン回転速度Neとクラッチ回転速度Ncl,Nc2とが同期する状態にした後、ルーチンを終了する。
以上のECU21の処理により、車両加速時における次変速段へのシフトアップは以下の手順を経て実行される。
図7は車両加速時にシフトアップを可決判定したときの変速状況を示すタイムチャートである。
【0035】
次変速段へのプリセレクトの完了後に、車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度Neがシフトマップ上の次変速段への変速タイミングと対応するシフトアップ線に達すると、プリセレクトされた次変速段へのシフトアップの可決判定が下される(図7のポイントa)。この時点でシフトマップ上のマップ指示変速段は現変速段からプリセレクトされた高ギヤ側の次変速段に切り換えられ、従来技術では、マップ指示変速段に追従して目標変速段も直ちに次変速段に切り換えられることによりシフトアップが開始される。
これに対して本実施形態ではシフトアップの可決判定が下されても、シフトアップ遅延条件が成立している限りシフトアップが禁止され(図7の期間b)、目標変速段は変更されることなく現変速段に維持される。エンジン回転速度Neは次第に上昇して上限回転閾値Ne0に接近し、その上昇率に基づき予測時間T経過後のエンジン回転速度Neが上限回転閾値Ne0に達すると予測されると、上記要件5)に基づきシフトアップ遅延条件が不成立になることでシフトアップが許可され、目標変速段がマップ指示変速段である次変速段に切り換えられてシフトアップが開始される(図7のポイントc)。
【0036】
シフトアップを開始した後もアクセル操作が継続されている限り、エンジン回転速度Neは上昇し続けて予測時間T経過後に上限回転閾値Ne0に到達する(図7のポイントd)。この時点ではクラッチC1,C2の切換が完了しており、それまで動力伝達していた現変速段側のクラッチC1,C2が完全に切断されると共に、次変速段側のクラッチC1,C2が所謂プリチャージにより半クラッチ直前まで制御されている。
このときエンジン制御は一時的に中断されるが、その直後に再開されてエンジントルクが立ち上げられ、これと並行して次変速段側のクラッチC1,C2が、半クラッチを経てエンジン回転速度Neとクラッチ回転速度Ncl,Nc2とを同期させた状態となることにより、次変速段を介した動力伝達が開始される。
【0037】
このようにエンジン回転速度Neが上限回転閾値Ne0に到達した時点ではクラッチ切換が完了しており、現変速段から高ギヤ側の次変速段への切換に伴ってエンジン回転速度Neは上限回転閾値Ne0近傍をピークとして低下し始める。このためエンジン1の吹け上がりにより、上限回転閾値Ne0(従来技術のシフトアップ線に相当)よりも高回転側に存在するトルク制限域にエンジン回転速度Neが突入する事態が回避される。結果としてトルク低下に起因して発生するショックを抑制できる。また、エンジン1の吹け上がり防止は過回転の抑制につながるため、燃費向上や騒音低減にも貢献することができる。
【0038】
そして、予測時間T経過後のエンジン回転速度Neに基づきシフトアップの許可タイミングを決定することで、常にエンジン回転速度Neが上限回転閾値Ne0近傍に到達した時点でクラッチ切換が完了する。このため、上記のようにエンジン回転速度Neがエンジン1のトルク制限域に突入する事態を防止できるだけでなく、可能な限り次変速段へのシフトアップを遅延して現変速段による車両加速を継続でき、もって運転者が要求する良好な加速感を実現して車両のドライバビリティを向上することができる。
加えて、以上のシフトアップ遅延条件に基づくシフトアップの禁止・許可は自動変速モードでのみ実行しているため、手動変速モードによる車両加速時には通常通り運転者の意図するタイミングでシフトアップすることができる。
【0039】
一方、車両の加速当初より運転者に急加速の意志がなくアクセル開度Accが小の場合には、アクセル開度フラグFに関する要件4)が満たされないことから加速当初よりシフトアップ遅延条件が成立しない。よって、このときにはシフトアップ可決条件の成立後に直ちにシフトアップが許可され、通常通りシフトアップ線に従ってシフトアップが行われる。
また、加速途中に運転者に急加速の意志がなくなってアクセルが緩められた場合には、シフトアップ遅延条件が成立しなくなった時点で直ちにシフトアップが許可されてシフトアップが行われる。従って、これらの急加速が要求されない状況では、シフトアップを遅延することなく速やかに実行することにより過回転を抑制した適切な回転域でエンジン1を運転することができる。
【0040】
以上で実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、コモンレール式ディーゼルエンジン1に適用されるデュアルクラッチ式自動変速機2の制御装置に具体化したが、エンジン1の形式はこれに限ることはない。例えばコントロールラックの作動に応じて各気筒への燃料噴射を制御する従来形式のディーゼル機関としてもよいし、ガソリンエンジンとしてもよく、何れの場合でも上記実施形態と同様の対策を講じることにより、車両加速時にエンジン回転速度Neがトルク制限域に突入したときの弊害を未然に防止することができる。
また、上記実施形態では、予測時間TとしてクラッチC1,C2の切換完了に要する所要時間を設定し、上限回転閾値Ne0として従来技術のシフトアップ線と一致するエンジン回転速度Neを設定したが、各値はこれに限ることはない。例えば予測時間Tとして、クラッチ切換の所要時間とは全く関係のない値を設定してもよいし、上限回転閾値Ne0としては、少なくともエンジン1のトルク制限域の下限よりも低回転側の値を設定すればよい。
【符号の説明】
【0041】
1 エンジン
21 ECU
(変速実行手段、回転上昇予測手段、シフトアップ禁止・許可手段)
Acc0 アクセル開度閾値
Ne0 上限回転閾値
T 予測時間
G1,G2 歯車機構
C1 インナクラッチ
C2 アウタクラッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の変速段からなる一対の歯車機構をそれぞれクラッチを介してエンジン側と接続し、一方のクラッチを接続して対応する一方の歯車機構の変速段を介した動力伝達中に他方の歯車機構を予め次変速段に切り換えるプリセレクトを実行し、該プリセレクト後にエンジンの回転速度が予め設定された変速線を横切ったときに次変速段への変速を可決し、該変速可決に基づき変速実行手段により上記両クラッチの断接状態を逆転させて上記次変速段への切換を完了するデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置において、
アクセル開度を予め設定されたアクセル開度閾値以上とした車両加速時において、上記次変速段として高ギヤ側の変速段がプリセレクトされた後に上記変速線に基づき次変速段へのシフトアップが可決されたとき、上記車両加速に伴って上昇中のエンジン回転速度の予め設定された予測時間後の値を逐次予測する回転上昇予測手段と、
上記回転上昇予測手段により予測される予測時間後のエンジン回転速度が予め設定された上限回転閾値に達しない間は、上記変速実行手段に対して次変速段へのシフトアップを禁止し、上記予測時間後のエンジン回転速度が上記上限回転閾値に達するときには、上記変速実行手段に対して次変速段へのシフトアップを許可するシフトアップ禁止・許可手段と
を備えたことを特徴とするデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置。
【請求項2】
上記予測時間として、少なくとも上記変速実行手段による次変速段へのシフトアップに際したクラッチ切換の所要時間が設定され、上記上限回転閾値として、少なくとも上記エンジンが回転上昇によりトルク低下し始めるトルク制限域の下限よりも低回転側の値が設定されることを特徴とする請求項1記載のデュアルクラッチ式自動変速機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−92902(P2012−92902A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−240739(P2010−240739)
【出願日】平成22年10月27日(2010.10.27)
【出願人】(598051819)ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト (1,147)
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
【住所又は居所原語表記】Mercedesstrasse 137,70327 Stuttgart,Deutschland
【Fターム(参考)】