説明

ヒト血清培地を用いるヒト骨髄由来間葉系幹細胞培養法

【課題】ヒトに移植するための間葉系幹細胞を、ヒト骨髄液から安全且つ効率的に培養する方法を提供する。
【解決手段】ヒト骨髄液を採取し、骨髄由来の間葉系幹細胞を培養して、ヒトに移植するためのヒト間葉系幹細胞を調製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法:
(i) 採取した骨髄液の分量に対して、濃度5〜15U/mL程度のヘパリン/緩衝液を
80〜120%v/v添加する工程、
(ii) 工程(i)で得られたヘパリン/緩衝液を添加した骨髄液を、ヒト血清を10〜20
%v/v含むα-MEM培地で培養し、該培養中に少なくとも2回培地交換することにより培養液中に浮遊する血球成分を取り除く工程、および
(iii) 細胞解離剤を用いて間葉系幹細胞を主とする細胞群を培養容器から選択的に剥離
し、剥離された細胞群から間葉系幹細胞以外の接着細胞を分離し、別の容器で選択的に間葉系幹細胞を培養する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療、細胞治療等に用いるためのヒトの組織・細胞を効率的、かつ安全に大量に培養するための細胞培養法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトの細胞を清潔な細胞培養室などで培養し、これをヒトの体に移植することによってけがや病気を治す再生医療が研究開発されつつあり、実用化も始まっている。この場合、効率的にかつ安全に細胞を培養することが求められており、従来より培地にはウシ胎児血清が用いられてきた。ウシ胎児血清は種々の成長因子を含め、極めて豊富な栄養素を含むといわれているものの、異種動物の血清を用いる培養法では、種の違いに関しての安全性を保証することが難しいという側面がある。このような懸念にもかかわらず、他に適当な材料が見あたらないことから、実際にはウシ胎児血清がヒトの細胞培養に用いられてきた。
【0003】
しかしながら、数年前からBSE (Bovine Spongiform Encephalopathy) の発生に伴い
、ウシ胎児血清の安全性の確保が緊急の課題となり、ウシ胎児血清を用いない無血清培地の開発も進められているが、未だ細胞増殖率などの面で満足できる成果には至っていない。
【0004】
近年、ヒト血清を培地に添加する技術がいくつか特許出願されている。
【0005】
例えば再公表特許(A1):国際公開番号WO2002/024875(特許文献1)は、ヒト成熟肝細胞の培養液にヒト血清とともに増殖因子等を添加した培養液に関する発明であり、公開特許公報:特開2002-78484(特許文献2)は培養軟骨細胞の製造法においてヒト血清と共に軟骨形成性成長因子などの成長因子を添加する方法に関する発明であり、公開特許公報:特開2003-52360(特許文献3)は基底膜細胞外基質の存在下で間葉系幹細胞を培養するに際して2−10%のヒト血清を添加するという方法に関する発明であり、公開特許公報:特開2003-235548(特許文献4)はヒト細胞の培養用培地にヒト血清と増殖因子を含むこ
とを特長とする特許出願である。
【0006】
すなわち、従来技術においては、培地にヒト血清を用いるに際しては増殖因子を含むことを条件としているか、もしくは特殊な基質の存在下での培養を条件としている。これらの増殖因子は、細胞に対する作用機序がある程度明らかになっているものの、これ らの影響を受けた細胞がヒト体内で中・長期的にどのような挙動をするのか、未だ解明の途上にある。これらの細胞の移植対象がヒトであるだけに安全の上にも安全を期する必要がある。
【0007】
さらに公開特許公報:特表平11-506010(特許文献5)においては、骨粗しょう症患者
の治療薬試験法の一環としての細胞培養で、患者腸骨の生検切片を用いてこれを連続酵素処理して分離し、骨芽細胞前駆細胞を培養する際に、1〜12%の範囲のウシ胎児血清、ヒト血清、ウシ血清アルブミンまたはウルトロセルなどの添加血清を用いることを特長とする内容であり、本発明の目的及び内容とは明らかに異なる。
なお、発明者の一人である大串は、舟岡宏幸、大串 始:骨の再生医学、リウマチ科、30:430−435,2003(非特許文献1)の論文にて本発明の基礎となる研究成果を発表している。同じくYonsei Medical Journal,vol.45,p61-67,2004 (非特許文献2)にもウシ胎児血清を用いた基礎的な研究成果を論文発表している。
【特許文献1】WO2002/024875
【特許文献2】特開2002-78484
【特許文献3】特開2003-52360
【特許文献4】特開2003-235548
【特許文献5】特表平11-506010
【非特許文献1】舟岡宏幸、大串 始:骨の再生医学、リウマチ科、30:430−435,2003
【非特許文献2】Yonsei Medical Journal,vol.45,p61-67,2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ヒトに移植するための間葉系幹細胞を、ヒト骨髄液から安全且つ効率的に培養する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
患者本人の骨髄細胞を採取・培養し、これを元の患者に移植する場合、異種の動物の血清を一切用いず、可能な限り患者本人の血清、すなわち自己血清を含む培地を用いることが理想的である。患者の症状により、培養に必要とする量の血清を採取できない場合は、患者の近親者などの健常人の血清を用いるということも、ウシ胎児血清を用いるよりは安全性が高い。また、骨髄由来の間葉系幹細胞を培養する場合、治療効果を上げるためには、目的とする組織(例えば骨組織)まで分化させることも重要であり、この細胞の分化を目的とする培養においても、ヒト血清、特に可能な限り自己血清を用いた培地を使用することの意義は大きい。
本発明者は、骨髄由来の間葉系幹細胞を培養するための最適条件を検討し、幹細胞の増殖速度、幹細胞以外の不要な細胞の除去、さらには幹細胞の活性(増殖能、分化誘導能、高い生存率など)において優れた培養方法を確立した。
即ち、本発明は、以下の方法に関する。
1. ヒト骨髄液を採取し、骨髄由来の間葉系幹細胞を培養して、ヒトに移植するためのヒト間葉系幹細胞を調製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法:
(i) 採取した骨髄液の分量に対して、濃度5〜15U/mL程度のヘパリン/緩衝液を
80〜120%v/v添加する工程、
(ii) 工程(i)で得られたヘパリン/緩衝液を添加した骨髄液を、ヒト血清を10〜20
%v/v含むα-MEM培地で培養し、該培養中に少なくとも2回培地交換することにより培養液中に浮遊する血球成分を取り除く工程、および
(iii) 細胞解離剤を用いて間葉系幹細胞を主とする細胞群を培養容器から選択的に剥離
し、剥離された細胞群から間葉系幹細胞以外の接着細胞を分離し、別の容器で選択的に間葉系幹細胞を培養する工程。
2. 工程(i)で得られたヘパリン/緩衝液を添加した骨髄液を回転数500〜1500
rpmの遠心分離(遠心重力で40〜390g)を行い、下層から赤血球層、有核細胞層及び血漿層の3層に分離し、血漿層を除いた赤血球層及び有核細胞層の混合物を、工程(ii)に供することを特徴とする項1に記載の方法。
3. ヘパリン/緩衝液が、ヘパリン/PBS(Phosphate buffered saline)液である項1または2に記載の方法。
4. α‐MEMが以下の成分を以下の濃度(mg/L)で含むものである項1〜3のいずれかに
記載の方法:
CaCl2 (anhyd.) : 160-240
KCL: 320-480
MgSO4(anhyd.):78.4-117.6
NaCl: 5440-8160
NaHCO3:1760-2640
NaH2PO4・H2O:112-168
D-Glucose:800-1200
Lipoic Acid:0.16-0.24
Sodium Pyruvate:88-132
L-Alanine:20-30
L-Arginine・HCl:101.6-152.4
L-Asparagine・H2O:40-60
L-Aspartic Acid:24-36
L-Cystine・2HCl:24.8-37.2
L-Cysteine・HCl・H2O:80-120
L-Glutamic Acid:60-90
L-Glutamine:233.6-350.4
Glycine:40-60
L-Histidine HCl・H2O:33.6-50.4
L-Isoleucine:41.6-62.4
L-Leucine:41.6-62.4
L-Lysine・HCl:58.4-87.6
L-Methionine:12-18
L-Phenylalanine:25.6-38.4
L-Proline:32-48
L-Serine:20-30
L-Threonine:38.4-57.6
L-Tryprophan:8-12
L-Tyrosine(disodium salt):41.6-62.4
L-Valine:36.8-55.2
L-Ascorbic Acid:40-60
Biotin:0.08-0.12
D-Ca Pantothenate:0.8-1.2
Choline Chloride:0.8-1.2
Folic Acid:0.8-1.2
i-Inositol:1.6-2.4
Niacinamide:0.8-1.2
Pyridoxal HCl:0.8-1.2
Riboflavin:0.08-0.12
Thiamine HCl:0.8-1.2
Vitamin B12:1.12-1.68
Adenosine:8-12
Cytidine:8-12
Guanosine:8-12
Uridine:8-12
2′Deoxyadenosine:8-12
2′Deoxycytidine HCl:8.8-13.2
2′Deoxyguanosine:8-12
Thymidine:8-12
5. 工程(iii)において、0.05%トリプシン/0.53mM EDTA溶液、もしくは同
様の作用を持つプロテアーゼなどの酵素を細胞解離剤として用いて、1〜10分間培養容器で反応させることにより培養容器に接着した間葉系幹細胞を選択的に剥離することを特徴とする、項1〜4のいずれかに記載の方法。
6. 工程(iii)で剥離後に分離精製された間葉系幹細胞の細胞濃度を1×104〜1×106 cells/mLに調整し、これを足場材に播種し、8〜12mMのβ‐Glycerophosphate、 16〜24μg/mLのVitamin C及び80〜120nMのデキサメサゾンを添加し
た、ヒト血清含有α‐MEM培地で7日〜28日間培養し、骨芽細胞もしくはこの前駆細胞
に分化させることを特徴とする項1〜5のいずれかに記載の方法。
7. 継代培養した細胞をトリプシンもしくは同様の作用を持つプロテアーゼ等の細胞解離剤で処理を行い、細胞濃度を1×106〜1×108 cells/mLに調整し、これをセラ
ミックス、ポリマーなどの足場材に播種し、1〜24時間培養することを特長とする項1〜6のいずれかに記載の方法。
8. 足場材が多孔質の水酸アパタイト、多孔質の三燐酸カルシウム等の燐酸カルシウム系セラミックス及び多孔体の炭酸カルシウム、表面多孔体構造を持つアルミナのいずれかである項6または7に記載の方法。
9. 足場材が生体用金属材料、もしくはチタンを主成分とする生体用金属の表面に、生体活性ガラス、あるいは水酸アパタイトなどの燐酸カルシウムを主成分とする無機材料をコーティングした材料を用いることを特徴とする項6または7に記載の方法。
10. ヒト血清として、骨髄液と同一のヒトの血清、すなわち自己血清を用いることを特徴とする項1〜9のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、自己の細胞培養を行うに際して、胎児ウシ血清に代えて自己血清を用いた培地を用いても、細胞生存率90%以上を得ることが可能となり、安全かつ効率的に行うことができるようになり、種の異なる血清を用いることの懸念やウシ由来の感染症の懸念が完全に払拭され、再生医療の安全性の確保、患者の安心感の保持など、著しい効果を発揮している。
【0011】
また、図5に示すように、この方法で培養した細胞は、培養環境以外の環境で生存する生存率が、少なくとも24時間で90%以上あり、培養環境以外で長期の保存、あるいは運搬することが可能となった。
【0012】
さらに、骨髄由来の間葉系幹細胞を体外において安全かつ効率的に骨組織に分化させる培養方法が確立され、人工骨や人工関節などを足場材として用いる方法が開発され、これらインプラントと周囲骨とのより早期な密着が可能となり、治療成績の向上に大きく貢献している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、ヒト血清としては、特に限定されないが、骨髄液を患者から採取し、当該患者に移植する場合には、自己血清を使用するのが望ましい。患者の疾患の重篤度、全身の状態などにより自己血清を使用できないか、必要な量の自己血清を得ることができない場合には、近親者などの健常人由来のウイルス感染を否定出来る安全性の高いヒト血清を用いるのが望ましい。
また、本発明の方法で培養した間葉系幹細胞は、骨組織の修復・再生を行う場合には、移植前に得られた間葉系幹細胞を骨組織或いは骨組織を誘導できる細胞(例えば骨芽細胞またはその前駆体)に分化させるのが望ましい。或いは、本発明の方法で得られた間葉系幹細胞は、移植の対象(例えば筋肉、臓器等)によっては幹部に直接移植し、移植部位で周囲の細胞と同様に分化させることも可能である。
ヒト血清(好ましくは自己血清)の調製は、例えば(患者)血液250〜400mlについて、3000rpm(遠心重力1580g)の条件にて遠心分離を行うことにより行うことができる。該ヒト血清は、α‐MEM溶液に、好ましくは10〜20%v/v添加され
る。α‐MEM溶液は、次の濃度範囲(mg/L)を持つものが好ましい。
【0014】
α‐MEM溶液の成分と濃度(mg/L)
CaCl2 (anhyd.) : 160-240
KCL: 320-480
MgSO4(anhyd.):78.4-117.6
NaCl: 5440-8160
NaHCO3:1760-2640
NaH2PO4・H2O:112-168
D-Glucose:800-1200
Lipoic Acid:0.16-0.24
Sodium Pyruvate:88-132
L-Alanine:20-30
L-Arginine・HCl:101.6-152.4
L-Asparagine・H2O:40-60
L-Aspartic Acid:24-36
L-Cystine・2HCl:24.8-37.2
L-Cysteine・HCl・H2O:80-120
L-Glutamic Acid:60-90
L-Glutamine:233.6-350.4
Glycine:40-60
L-Histidine HCl・H2O:33.6-50.4
L-Isoleucine:41.6-62.4
L-Leucine:41.6-62.4
L-Lysine・HCl:58.4-87.6
L-Methionine:12-18
L-Phenylalanine:25.6-38.4
L-Proline:32-48
L-Serine:20-30
L-Threonine:38.4-57.6
L-Tryprophan:8-12
L-Tyrosine(disodium salt):41.6-62.4
L-Valine:36.8-55.2
L-Ascorbic Acid:40-60
Biotin:0.08-0.12
D-Ca Pantothenate:0.8-1.2
Choline Chloride:0.8-1.2
Folic Acid:0.8-1.2
i-Inositol:1.6-2.4
Niacinamide:0.8-1.2
Pyridoxal HCl:0.8-1.2
Riboflavin:0.08-0.12
Thiamine HCl:0.8-1.2
Vitamin B12:1.12-1.68
Adenosine:8-12
Cytidine:8-12
Guanosine:8-12
Uridine:8-12
2′Deoxyadenosine:8-12
2′Deoxycytidine HCl:8.8-13.2
2′Deoxyguanosine:8-12
Thymidine:8-12
本発明の特に好ましい実施形態では、α‐MEM溶液500mLに、自己血清88mLを加え
、15%v/v自己血清濃度を有する細胞培地とする。なお、この自己血清濃度は、細胞培養を安全かつ効果的、効率的に行うためには10%以上、20%以下、望ましい濃度と
しては15%である。
【0015】
なお、α‐MEM溶液の成分系と実質的に同等な培養液であれば、その培養液も本発明の
構成要素となり得る。
骨髄液を採取後、骨髄液に対して約80%以上、約120%以下の量のヘパリン緩衝液、好ましくはヘパリン燐酸緩衝液(ヘパリン/PBS液)を通常5〜15U/mL程度、好ましくは10U/mL程度加え、保存あるいは運搬の用に供する。このヘパリン添加骨髄液を約500rpm(遠心重力40g)以上約1500rpm(遠心重力390g)以下、望ましくは約1000rpm(遠心重力140g)で1〜20分間遠心分離を行う。遠心分離後、下から赤血球、有核細胞層、及び血漿の3層に分離していることを確認後、血漿を取り除く。赤血球、有核細胞層の2層の合計で2〜3mL当たり30mL程度の自己血清培地で培養し、ほぼ2日おきに血清培地(好ましくは自己血清を添加したα−MEM培地)の交換を行う。
なお、遠心分離しないで骨髄そのものを培養することによっても、効率は落ちるが接着系の間葉系幹細胞の培養は可能である。さらにヘパリン/緩衝液を調整するのにPBSを通常
用いるが、PBSに限らず生理的食塩水を用いても良く、さらにMEMを含む種々の培養液に5〜15U/mlのヘパリンを添加しても良い。
この血清培地交換の際に、浮遊している血球成分を取り除く。この培地交換を繰り返し行うことにより、血球成分が逐次除去され、少なくとも2回、好ましくは少なくとも3回または少なくとも4回の培地交換により完全に血球成分が除去され、培養皿の底面に骨髄由来の間葉系幹細胞を中心とする接着細胞(すなわち間葉系細胞)のみが選択的に増殖する。
上記の操作により、培養容器の底面では接着細胞のみが選択的に増殖するが、接着細胞の中には、間葉系幹細胞以外の細胞が時として現れることがある。間葉系幹細胞以外の接着細胞は、間葉系幹細胞とは外観が全く異なっているため、容易に区別可能である。さらにこの細胞は、細胞表面抗原解析によりCD34,45,陽性であることを確認しており、このことから血球系由来の細胞であることを確認している。間葉系幹細胞とそれ以外の接着細胞を効率的に分離する方法として、細胞解離剤による剥離効果の差、すなわち培養容器底面への細胞接着力の差を利用し、0.05%トリプシン/0.53mM EDTA溶液、もしくは同様の効果を有するプロテアーゼを、1〜10分間、平均的には3分間培養容器で反応させることにより、間葉系幹細胞が剥離し、それ以外の接着細胞は底面に付着・残留させることができる(図2b)。剥離した間葉系幹細胞を主集団とする細胞群は、別の培養容器で培養する。これを1から2度繰り返すことにより、間葉系幹細胞を高純度で分離精製し、増殖させることができる(図2a)。
【0016】
トリプシンあるいは同様の作用を持つプロテアーゼ等の細胞解離剤を用いて接着細胞を底面から全て剥離し、細胞相互の凝着も解かれた浮遊状態で細胞分離器(セルソーター)を用いて間葉系幹細胞以外の細胞を分離し、別の培養容器にて間葉系幹細胞を再び培養することによって、間葉系幹細胞を主集団とする細胞群の培養を行うことも可能である。
【0017】
骨髄由来の間葉系幹細胞をさらに骨組織に分化させる場合、培養皿底面に付着した幹細胞に対して、トリプシン、あるいは同等の作用を持つプロテアーゼなどを用いて底面から分離し、細胞相互の凝着も解かれた浮遊状態で操作を行う。
【0018】
骨組織に分化させる場合、その足場材として多孔性の水酸アパタイト、多孔性の燐酸三カルシウムを用いてこれらのセラミックスの細孔内、あるいは細孔の表面近傍に骨組織を分化させ、患者の骨欠損部への移植に用いる。さらに、人工関節とそれを支える周囲骨との生着を早める目的で、人工関節の骨接触部に間葉系幹細胞を播種し、骨組織に分化させてからこれを移植する。人工関節への応用例として、アルミナセラミックス製の人工足関節の骨組織との接触部表面に、図3に示すような直径0.8mmの多数のアルミナ製のビ
ーズ球を焼き付けることによりポーラス構造を成している足場材の表面に間葉系幹細胞を播種し、骨組織に分化させて、その後移植する方法で良好な治療成績を得ている。
【0019】
これらの足場材に播種する幹細胞は、細胞濃度を1×104〜1×106 cells/mLに
調整し、一様に播種する。その後、次の培地を用いて培養する。すなわち自己血清培地中の濃度を、β‐Glycerophosphateが約8〜12mM、望ましくは約10mM, Vitamin Cが約16〜24μg/mL、望ましくは約20μg/mL及びデキサメサゾンが約80〜120nM、望ましくは約100nMとなるように添加・調整した自己血清培地にて,定
期的に培地交換を行い、骨組織への分化の進行を定期的に観察・検査しつつ、7日以上28日未満の間培養し、所定の骨細胞への分化が確認された段階で、患者本人に移植する。また、細胞の濃度を1×106〜1×108 cells/mLの比較的高濃度に調整し、これを
セラミックス、ポリマーなどの足場材に播種し、1〜24時間の短期間培養することによって足場材に高密度で付着せしめた後、直接骨に移植することにより、間葉系幹細胞が移植された部位で骨組織に分化する。この方法は、比較的大量に間葉系幹細胞が得られる場合に、移植までの培養時間が短くてすむという利点がある。
【0020】
虚血性の心筋の回復や拡張型心筋症の治療、もしくは慢性末梢性動脈閉塞性疾患(糖尿病性壊死、動脈硬化性閉塞症、バージャー病など)において、間葉系幹細胞そのものを患部に注入する場合は、間葉系幹細胞のまま用いる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことはいうまでもない。
実施例1:間葉系幹細胞の培養
骨欠損部を有する患者から血液250〜400mlを採血し、3000rpmの条件にて10分間遠心分離を行い、血清を得た。該自己血清は、前記の特定組成を有するα‐MEM
溶液500mLに、自己血清88mLを加え、15%v/v自己血清濃度を有する細胞培地を得た。
次に、前記患者から骨髄液を採取後、10U/mLのヘパリン燐酸緩衝液を骨髄液と等量(100%に相当)加えた。このヘパリン添加骨髄液を1000rpmで10分間遠心分離を行った。遠心分離後、下から赤血球、有核細胞層、及び血漿の3層に分離していることを確認後、血漿を取り除いた。赤血球、有核細胞層の2層の合計で2〜3mL当たり30mLの自己血清培地で培養し、ほぼ2日おきに自己血清を添加したα−MEM培地の交換を行い、血清培地交換の際に、浮遊している血球成分を取り除いた。この培地交換を4回行った。培地交換を4回行った時点で、完全に血球成分が除去された。
【0022】
培養皿の底面に接着した細胞を0.05%トリプシン/0.53mM EDTA溶液で3分間処理することにより間葉系幹細胞を剥離し、これを別の容器に移して、前記自己血清含有α−MEM培地を用いてさらに培養した。0.05%トリプシン/0.53mM EDTA溶液を用いる細胞剥離処理を2回繰り返し、間葉系幹細胞を分離精製した。
ヒト骨髄由来の細胞を自己血清含有α−MEM培地で培養した場合の細胞写真(図1‐a、b)とウシ胎児血清含有α−MEM培地で培養した場合の写真細胞(図1‐c、d)を比較したところ、自己血清含有α−MEM培地での培養が、活性(増殖速度、分化誘導能、生存度など)及び増殖された細胞の数において明らかに優れていることが確認された。
【0023】
また、表1に示すように、実際の症例13例において自己血清とウシ胎児血清の培養細胞数を培養日数で除して細胞増殖度を求め比較したところ、13例中11例で自己血清の使用の方が細胞の増殖が同等以上の成績を示した。
【0024】
【表1】

【0025】
図2aは、トリプシン処理を行うことにより間葉系幹細胞の選択的な付着細胞剥離を行い、この剥離した細胞を別容器にて培養した細胞、すなわち間葉系幹細胞の形態を表し、図2bはトリプシン処理を行って間葉系幹細胞を剥離後に培養容器の底面になお残留・付着した状態の接着細胞を示す。
【0026】
さらに、自己血清を用いて培養した間葉系幹細胞の表面抗原の解析を行い、図4に示すようにこれらの細胞は血球系マーカーであるCD34及びCD45が陰性、間葉系細胞も含まれるマーカーであるCD44及びCD90が陽性であり、培養した細胞が非血球系で間葉系幹細胞系であることが示された。
【0027】
さらに、図5に示すように、この方法で培養した細胞は、培養環境以外の環境で生存する生存率が、少なくとも24時間で90%以上あり、培養環境以外で長期の保存、あるいは運搬することが可能となった。
実施例2:骨組織への分化誘導
実施例1で得られた間葉系幹細胞から1×104〜1×106 cells/mLの培養液を調整
し、これを図3に示す直径0.8mmのアルミナビーズを多数コートすることにより作られた
多孔構造を有するアルミナセラミックスからなる足場材料に播種し、β‐Glycerophosphate(10mM)、 Vitamin C(20μg/mL)及びデキサメサゾン(100nM)を添加した自己血清α−MEM培地で7〜28日間培養した。
【0028】
この培養により、所定の骨細胞への分化が確認され、患者本人の骨欠損部に移植するための移植材料が得られることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、細胞・組織工学の再生医療への応用に大きく貢献し、細胞・組織工学を実用化、産業化する上でも重要な意味・役割を有する発明である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1aはヒト骨髄由来の幹細胞を自己血清培地で培養し、9日後の細胞の形態の100倍拡大像を示し、図1bは同じく40倍拡大像、図1c は同種のヒト細胞を、ウシ胎児血清を加えた培地で培養した9日後の細胞の形態の100倍拡大像を表し、図1dは同じく40倍拡大像を示す。ヒト骨髄由来間葉系幹細胞は、自己血清培地で培養した方が、ウシ胎児血清培地で培養するよりも活性度が高いことが伺える。
【図2】図2aは分離されたヒト間葉系幹細胞、図2b はトリプシン処理によりヒト間葉系幹細胞を剥離した後に残留した接着細胞を示す。
【図3】図3は、アルミナセラミックス表面に、直径0.8mmのアルミナビーズを多数コートすることにより作られた多孔構造を示す。人工関節の骨組織と接する面のこのような多孔構造に間葉系幹細胞を播種し、培養することによって骨組織を形成する。
【図4】図4は、自己血清で培養されたヒト間葉系細胞の細胞表面抗原パターン(FACS分析)で、図4aは血球系のマーカーであるCD34のパターン,図4bは同じく血球系マーカーのCD45のパターン,図4cは間葉系細胞も含まれるマーカーであるCD44のパターンであり、図4dは同じくCD90のパターンである。これによって、自己血清を用いて培養した細胞は、非血球系で、間葉系幹細胞である可能性を示唆している。
【図5】図5は、自己血清で培養されたヒト間葉系細胞の炭酸ガスインキュベーター外での24時間の細胞生存率。 培養細胞は、生理的食塩水、燐酸緩衝液を含む生理的食塩水(PBS) 及び培養液中で保存され、いずれも90%以上の細胞生存率を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト骨髄液を採取し、骨髄由来の間葉系幹細胞を培養して、ヒトに移植するためのヒト間葉系幹細胞を調製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法:
(i) 採取した骨髄液の分量に対して、濃度5〜15U/mL程度のヘパリン/緩衝液を
80〜120%v/v添加する工程、
(ii) 工程(i)で得られたヘパリン/緩衝液を添加した骨髄液を、ヒト血清を10〜20
%v/v含むα-MEM培地で培養し、該培養中に少なくとも2回培地交換することにより培養液中に浮遊する血球成分を取り除く工程、および
(iii) 細胞解離剤を用いて間葉系幹細胞を主とする細胞群を培養容器から選択的に剥離
し、剥離された細胞群から間葉系幹細胞以外の接着細胞を分離し、別の容器で選択的に間葉系幹細胞を培養する工程。
【請求項2】
工程(i)で得られたヘパリン/緩衝液を添加した骨髄液を回転数500〜1500rpm
の遠心分離(遠心重力で40〜390g)を行い、下層から赤血球層、有核細胞層及び血漿層の3層に分離し、血漿層を除いた赤血球層及び有核細胞層の混合物を、工程(ii)に供することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ヘパリン/緩衝液が、ヘパリン/PBS(Phosphate buffered saline)液である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
α‐MEMが以下の成分を以下の濃度(mg/L)で含むものである請求項1〜3のいずれかに記
載の方法:
CaCl2 (anhyd.) : 160-240
KCL: 320-480
MgSO4(anhyd.):78.4-117.6
NaCl: 5440-8160
NaHCO3:1760-2640
NaH2PO4・H2O:112-168
D-Glucose:800-1200
Lipoic Acid:0.16-0.24
Sodium Pyruvate:88-132
L-Alanine:20-30
L-Arginine・HCl:101.6-152.4
L-Asparagine・H2O:40-60
L-Aspartic Acid:24-36
L-Cystine・2HCl:24.8-37.2
L-Cysteine・HCl・H2O:80-120
L-Glutamic Acid:60-90
L-Glutamine:233.6-350.4
Glycine:40-60
L-Histidine HCl・H2O:33.6-50.4
L-Isoleucine:41.6-62.4
L-Leucine:41.6-62.4
L-Lysine・HCl:58.4-87.6
L-Methionine:12-18
L-Phenylalanine:25.6-38.4
L-Proline:32-48
L-Serine:20-30
L-Threonine:38.4-57.6
L-Tryprophan:8-12
L-Tyrosine(disodium salt):41.6-62.4
L-Valine:36.8-55.2
L-Ascorbic Acid:40-60
Biotin:0.08-0.12
D-Ca Pantothenate:0.8-1.2
Choline Chloride:0.8-1.2
Folic Acid:0.8-1.2
i-Inositol:1.6-2.4
Niacinamide:0.8-1.2
Pyridoxal HCl:0.8-1.2
Riboflavin:0.08-0.12
Thiamine HCl:0.8-1.2
Vitamin B12:1.12-1.68
Adenosine:8-12
Cytidine:8-12
Guanosine:8-12
Uridine:8-12
2′Deoxyadenosine:8-12
2′Deoxycytidine HCl:8.8-13.2
2′Deoxyguanosine:8-12
Thymidine:8-12
【請求項5】
工程(iii)において、0.05%トリプシン/0.53mM EDTA溶液、もしくは同様の作
用を持つプロテアーゼなどの酵素を細胞解離剤として用いて、1〜10分間培養容器で反応させることにより培養容器に接着した間葉系幹細胞を選択的に剥離することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
工程(iii)で剥離後に分離精製された間葉系幹細胞の細胞濃度を1×104〜1×106 cells/mLに調整し、これを足場材に播種し、8〜12mMのβ‐Glycerophosphate、
16〜24μg/mLのVitamin C及び80〜120nMのデキサメサゾンを添加した、
ヒト血清含有α‐MEM培地で7日〜28日間培養し、骨芽細胞もしくはこの前駆細胞に分
化させることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
継代培養した細胞をトリプシンもしくは同様の作用を持つプロテアーゼ等の細胞解離剤で処理を行い、細胞濃度を1×106〜1×108 cells/mLに調整し、これをセラミック
ス、ポリマーなどの足場材に播種し、1〜24時間培養することを特長とする請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
足場材が多孔質の水酸アパタイト、多孔質の三燐酸カルシウム等の燐酸カルシウム系セラミックス及び多孔体の炭酸カルシウム、表面多孔体構造を持つアルミナのいずれかである請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
足場材が生体用金属材料、もしくはチタンを主成分とする生体用金属の表面に、生体活性ガラス、あるいは水酸アパタイトなどの燐酸カルシウムを主成分とする無機材料をコーティングした材料を用いることを特徴とする請求項6または7に記載の方法。
【請求項10】
ヒト血清として、骨髄液と同一のヒトの血清、すなわち自己血清を用いることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−55106(P2006−55106A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−241741(P2004−241741)
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】