説明

ビーム照射による軟質材料の構造解析方法及びそれに用いる軟質材料保持装置

【課題】ビーム照射を行う軟質材料の試料を測定装置に動かないように簡易に固定することができ、さらに試料に溶液を均一になるように流した状態を簡易に維持して計測を行うビーム照射による軟質材料の構造解析方法及び軟質材料保持装置を提供する。
【解決手段】軟質材料の皮膚1が溶液透過性を有する板状の試料収容部材22の試料収容孔23に挿入され、試料収容部材22が保持金具25の保持孔27aに保持され、保持金具25の両面に薄肉の被覆材38を被せられ、さらに一対のケース金具41,42が保持金具25に固定されることにより、皮膚1が試料収容孔23内に動かない状態で固定される。さらに、ペリスタポンプ装置55によって保持孔内に溶液を所定の割合で流通させることにより、試料収容部材22を溶液が流れて皮膚1を均一に溶液が流れる。X線回折装置によってビーム通過孔47を通して皮膚1にX線を照射して計測が行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース等の繊維構造、皮膚等の膜構造、食品等の三次元構造等の軟質材料の構造を、X線回折・散乱、赤外線吸収等のビーム照射による計測装置を用いた軟質材料の構造解析方法及びそれに用いる軟質材料保持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の軟質材料として、例えば動物の皮膚における皮膚角層中にある細胞間脂質は皮膚のバリアー機能において重要な働きをしており、その分子レベルでの機構を明らかにすることが従来から課題となっている。この場合、X線回折装置による構造解析が採用されるが、動物の皮膚から採取した皮膚角層を用いる実験において個体差を避けることができないという問題がある。例えば、溶液としてグリセロールを用いて皮膚角層に作用させることにより細胞間脂質の構造変化を観測しようとするとき、X線回折により観測される構造の差がグリセロールの寄与によるものなのかあるいは試料の個体差によるものなのかを区別することが個体による構造のバラツキが大きいために難しく、さらにグリセロールによる構造変化が大きくない場合にその構造変化を検出することはさらに難しくなる。このような困難な問題を解決するには、まず試料である皮膚角層を動かないように固定する必要があり、さらに皮膚角層にグリセロールを均一に浸透させるようにするために、グリセロールを流した状態にする必要がある。
【0003】
従来は、例えば特許文献1に示すようなガラスキャピラリを用いて試料を挿入する方法が用いられていた。しかし、ガラスキャピラリでは試料を固定して動かないようにすることが困難である。さらに、ガラスキャピラリ内に溶液を均一に供給することもできないので、試料に溶液を含ませないものと含ませたものを別個にキャピラリに挿入して、個々にデータ解析を行わなければならなかった。そのため、試料の個体差をなくした計測は無理であった。
【特許文献1】特開2002−277356号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記した問題を解決しようとするもので、ビーム照射を行う軟質材料の試料を測定装置に動かないように簡易に固定することができ、さらに試料に溶液を均一になるように流した状態を簡易に維持して計測を行うことが可能であるビーム照射による軟質材料の構造解析方法及びそれに用いる軟質材料保持装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために本発明の構成上の特徴は、試料収容孔を設けた溶液透過性を有する板状の試料収容部材の試料収容孔に軟質材料の試料を挿入し、保持孔を有すると共に、外周の2箇所に保持孔に繋がる溶液流通孔を有する板状の保持金具の保持孔に試料収容部材を挿入し、保持金具の両面に薄肉の被覆材を被せて試料収容孔を液密状態で被覆し、試料収容孔を囲んで配置されるビーム通過孔を設けた一対のケース金具で被覆材を介して保持金具を両面側から挟持して締付手段により保持金具に固定し、溶液流通手段によって溶液流通孔を通して試料収容孔内に溶液を流通させ、ビーム計測装置によってビーム通過孔を通して試料に計測用ビームを照射することにより計測を行うことにある。なお、ビーム計測装置としては、X線回折・散乱、中性子回折・散乱、赤外線吸収、紫外可視吸収スペクトル、円偏光二色性、ラマンスペクトル、電子スピン共鳴、核磁気共鳴、蛍光分光等によるものがある。また、軟質材料としては、繊維構造ではセルロース、ケラチン、コラーゲン、高分子、繊維等があり、膜状構造としては、皮膚、神経、腸壁等があり、三次元構造としてはデンプン,多糖、粉末、細胞、生体組織、食品等がある。
【0006】
本発明においては、軟質材料の試料が溶液透過性を有する板状の試料収容部材の試料収容孔に挿入され、試料収容部材が保持金具の保持孔に保持され、保持金具の両面に薄肉の被覆材を被せられ、さらに一対のケース金具が被覆材を介して保持金具を両面側から挟持して締付手段によって締め付けて保持金具に固定されることにより、試料が試料収容孔内に動かない状態で固定される。さらに、溶液流通手段によって溶液流通孔を通して保持孔内に溶液を所定の割合で流通させることにより、溶液透過性を有する試料収容部材を溶液が流れてその試料収容孔に収容された軟質試料を均一に溶液が流れる。この状態で、ビーム計測装置によってビーム通過孔を通して試料に計測用ビームを照射することにより安定した状態で計測を行うことができる。その結果、本発明においては、溶液を流しながら皮膚の細胞間脂質の構造変化のような微細な変化を観測するときでも、観測される構造の差が溶液の寄与によるものなのかあるいは個体差によるものなのかを区別することができる。
【0007】
また、本発明において、試料収容部材としてろ紙を用いることができる。これにより、試料収容孔においてろ紙のけばが生じ、このけばによって軟質試料が動かないように確実に支持される。
【0008】
また、本発明において、試料収容孔内に溶液を導入しない状態と導入した状態でのビーム計測装置による計測結果の差分を得ることができる。これにより、溶液による構造変化が大きくない場合でも、溶液を流通させない状態と流通させた状態での計測結果の差分をとることにより、構造変化を詳しく分析することができる。
【0009】
また、本発明の他の特徴は、軟質材料の構造解析に用いる軟質材料保持装置として、軟質材料の試料が挿入される試料収容孔を設けた溶液透過性を有する板状の試料収容部材と、試料収容部材が収容される保持孔を有すると共に、外周の2箇所に保持孔に繋がる溶液流通孔を有する板状の保持金具と、保持金具の両面側に密着して配置されて試料収容孔を液密状態で被覆する一対の薄肉の被覆材と、保持金具を両面側に被覆材を介して配置されて試料収容孔を囲んで配置されるビーム通過孔を設け、保持金具を挟持して締付手段により保持金具に締付け固定される一対のケース金具と、溶液流通孔を通して試料収容孔内に溶液を流通させる溶液流通手段とを設けたことにある。この軟質材料保持装置により、試料が試料収容孔内に動かない状態で確実に固定され、さらに、溶液流通手段によって試料収容孔に収容された軟質試料に均一に溶液が供給される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、軟質材料の試料が、溶液透過性を有する板状の試料収容部材の試料収容孔に挿入され、保持金具と被覆材と一対のケース金具によって試料収容孔内に動かない固定された状態で、試料に溶液を流しながら微細な構造変化を観測するときでも、観測される構造の差が溶液の寄与によるものなのかあるいは個体差によるものなのかを区別することができる。また、試料収容部材としてはろ紙を用いることが好ましく、ろ紙のけばによって試料が動かないように簡易かつ確実に支持される。また、本発明において、試料収容孔内を溶液を流通させない状態と流通させた状態でのビーム計測装置による計測結果の差分を得ることができる。これにより、溶液による構造変化が大きくない場合でも、溶液を流通させない状態と流通させた状態での計測結果の差分をとることにより、構造変化を詳しく分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明する。図1,図2は、実施例であるX線回折装置を使用した軟質材料である皮膚の構造解析に使用する軟質材料保持装置を平面図及び一部破断正面図により示したものであり、図3は、軟質材料保持装置の装置本体を拡大一部破断正面図により示したものである。軟質材料保持装置10は、ケース部11と、それに取り付けられた装置本体21と、溶液流通手段であるぺリスタポンプ装置55とを設けている。
【0012】
ケース部11は、長方形の金属板を組み合わせて形成されたもので、長方形の平坦な基板部12と、その両短辺12aと一方の長辺12bにおいて同一方向に垂直に固定された一対の側板部13と横板部14とを設けている。基板部12は、中央に板を貫通したX線が透過する透過孔12dを有している。両側板部13には、長手方向中央の基板部12側に貫通ねじ孔13aを設けており、貫通ねじ孔13aにはそれぞれ調整ねじ15が螺合されている。調整ねじ15は、先端側で基板部12上に載置された一対の位置決め片16を押して、位置決め片16に挟まれた装置本体21を位置決めするようになっている。また、基板部12の他方の長辺12cにおいて両端側の2箇所には、それぞれブロック状の連結部17が基板部12の中央に向けて互いに90°の中心角をなすように配置されて基板部12に固定されている。各連結部17には、基板部12の中央に向けて水平に延びた貫通孔である連結小孔17aが設けられている。横板部14の外面中央には取付棒18が固定されて垂直に延びており、取付棒18の先端には長方形の取付板19が取付棒18に対して垂直に固定されている。取付板19の四隅には、取付孔19aが設けられている。
【0013】
装置本体21は、中央に軟質試料が挿入される試料収容孔23を設けた溶液透過性を有する板状の試料収容部材22と、試料収容部材22が収容される保持孔27aを中央に有すると共に、外周の2箇所に保持孔27aに繋がる溶液流通孔29,36を有する板状の保持金具25と、保持金具25の両面側に密着して配置されて試料収容孔23を液密状態で被覆する一対の薄肉の被覆材38と、保持金具25を両面側に被覆材38を介して配置される一対のケース金具41,42とを設けている。
【0014】
試料収容部材22は、溶液透過性を有するろ紙製の円板状であって中央に軟質材料である皮膚が挿入される円形の小孔である試料収容孔23を設けている。なお、ろ紙の他に溶液透過性を有する多孔性の無機材料、羊毛,ラシャのような厚手の布、不織布等を用いることも可能である。保持金具25は、中央の薄板製の中央金具部26と、中央金具26を取り囲む環状の外環状金具部31とにより構成されている。中央金具部26は、扁平な円形の中央部27と、中央部27の外周縁に沿って中央部27の両面側に突出した環状のリング部28を一体で設けている。中央部27の中心には試料収容部材22が挿入される保持孔27aを設けている。さらに、中央金具部26の外周側の90°離れた2箇所に保持孔27aに繋がる一対の溶液流通孔29が形成されている。
【0015】
外環状金具部31は、互いに分離可能な上下一対の円環形状の上下部32,33を設けている。上下部32,33は、内周面と互いの対向面の境界において全周に沿って断面長方形に切り欠かれた環状の凹部34,35を設けている。また、上下部32,33の外周側の90°離れた2箇所において上記一対の溶液流通孔29に繋がる一対の溶液流通孔36が上下部32,33にまたがって形成されている。さらに、外環状金具部31は、外周近傍の周方向に等間隔な8箇所に板を貫通する取付孔37を設けている。中央金具部26の外周側が上下部32,33で挟まれ、リング部28が凹部34,35に挟まれて、外環状金具部31と中央金具部26が一体にされる。薄肉の被覆材38は、保持金具25の中央部27の両面側にそれぞれ密着して配置されて保持孔27aを液密状態で被覆するものであり、フレキシブルで絶縁性と耐蝕性を有する例えばポリイミド膜が用いられる。
【0016】
上下一対ケース金具41,42は、保持金具25に対する重ね面において、中央部に円形に突出した中央凸部43,44を設けている。中央凸部43,44は、外径が上記上下部32,33の内径よりわずかに小さくなっており、上下部32,33の中央空間に挿入可能にされている。中央凸部43,44の平坦面の外周近傍位置には、環状の凹部43a,44aが同軸状に設けられており、凹部43a,44aにはOリング45,46が装着されている。上側のケース金具42は、中央に中央凸部43側で小径になるように円錐状に傾斜したX線が入射するビーム通過孔47を設けている。ビーム通過孔47の中央凸部43側の開口径は上記試料収容孔23の径より大きくなっている。また、下側のケース金具43は、中央にストレートな円形の貫通孔であるX線が透過するビーム通過孔48を設けている。ビーム通過孔48の径は、ビーム通過孔47の小径部分と略同一である。ケース金具41,42は、上記外環状金具部31の取付孔37に対応する周方向に等間隔な8箇所に板を貫通する取付孔49を設けている。
【0017】
装置本体21は、試料収容部材22の試料収容孔23に軟質試料である皮膚1を挿入し、保持金具25の中央金具部26の保持孔29に試料収容部材22を挿入し、中央金具部26の両面に外環状金具部31を挟む。保持金具25の中央部27両面にポリイミド膜である被覆材38を被せて、被覆材38を介して保持金具25の両面側に凹部43a,44aにOリング45,46を装着した上下のケース金具41,42を中央凸部43,44側を合わせて挟み付ける。そして、ケース金具41,42の取付孔49と外環状金具部31の取付孔37を通して、ボルト及びナット51で締め付けて固定させる。これにより、皮膚1は、試料収容部材22としてろ紙を用いたことにより、ろ紙のけばによって動かないように簡易かつ確実に支持される。
【0018】
さらに、連結部17の連結小孔17aに溶液流通手段であるぺリスタポンプ装置55の溶液供給排出パイプ56を液密状態で挿嵌させることにより、装置本体21が得られる。なお、ぺリスタポンプ装置55の代わりに一対の注射器を用いることも可能である。この装置本体21をケース部11の基板部12に載置させ、連結部17に位置合わせすると共に調整ねじ15で基板部12上に載置された一対の位置決め片16を押して位置合わせを行って締め付けて固定する。装置本体21が固定されたケース部11について、取付板19によってX線回折装置の規定の試料取付部Bにボルト19bによって固定される。
【0019】
この状態で、ぺリスタポンプ装置55によって溶液流通孔29,36を通して保持孔27a内に溶液を所定の割合で流通させることにより、溶液透過性を有する試料収容部材22を溶液が流れてその試料収容孔23に収容された軟質試料である皮膚1を均一に溶液が流れる。そのため、試料収容孔23内において溶液に溶けている化学物質の濃度が一定に保たれ、皮膚1からの脂質の抽出が一定条件で行われる。このように、皮膚1が保持金具25と被覆材38と一対のケース金具41,42によって試料収容孔23内に動かないように固定され、試料収容孔23内に溶液を流した状態で、X線回折装置によってビーム通過孔47を通して皮膚1にX線を照射することにより、安定した計測条件で計測を行うことができる。その結果、本実施例においては、グリセロールのような溶液を流しながら皮膚1の細胞間脂質の構造変化のような微細な変化を観測するときでも、観測される構造の差がグリセロールの寄与によるものなのかあるいは皮膚1の個体差によるものなのかを区別することができる。
【0020】
つぎに、上記実施例の具体例1,2について説明する。X線回折で,X線の波長は0.1nm、カメラ長は400mmであり、散乱ベクトルS=(2/λ)sinθで0〜3nm−1の範囲で観測が行われた。ただし、2θは散乱角である。試料は、へアレスマウス角層を用い、装置本体21内に試料を閉じ込め、試料の周りを溶液で満たし、溶液を注入してから、X線回折像の時間変化を2〜3時間にわたって300秒毎に露光時間30秒で観測した。観測したSの範囲で、各層中の細胞間脂質のラメラ構造による回折像と炭化水素鎖の充填の格子定数による回折像を同時に求めることができた。
【0021】
具体例1.クロロホルム・メタノール(2:1)に脂質の抽出による構造変化
図4−1,図4−2は、皮膚にクロロホルム・メタノールを作用したときの小角回折像,広角回折像の時間変化を示すグラフである。なお、図において時間経過は上の曲線から下の曲線へ変化している。また、図5−1,図5−2は、皮膚にクロロホルム・メタノールを作用したときの広角回折2.44nm−1,2.70nm−1の積分強度の時間変化を示すグラフである。
【0022】
図4−1及び図4−2に示すように、散乱ベクトルSが0〜0.40nm−1の小角回折像及び散乱ベクトルSが2.0〜3.0nm−1の広角回折像共に、時間と共に減少している。広角回折像の格子定数(散乱ベクトルSの逆数)0.41nmの積分強度の時間変化は図5−1に示すように変化している。また、広角回折像の格子定数0.37nmの積分強度の時間変化は図5−2に示すように変化している。図5−1,2より、いずれも約2000秒の緩和時間で減衰していることがわかる。これは皮膚からの脂質の抽出に要する時間を与えていることになる。図4−2の回折像からわかるように、0.41nmも0.37nmのいずれの回折ピーク幅がほとんど変化しないことから、0.41nmのドメインも0.37nmのドメインも時間と共にドメイン内の構造を大きく変えること無しにドメインの領域が収縮していると考えることができる。炭化水素鎖の充填構造には六方晶と斜方晶があり、六方晶の格子定数は0.41nmであり、斜方晶の格子定数は0.41nmと0.37nmであり、格子定数0.41nmでは2つの構造の回折ピークが重畳しており、両者を区別することができない。図4−1の0.12〜0.24nm−1の範囲の小角回折強度がほぼ一様に減衰していることから、両炭化水素鎖の充填構造で脂質がほぼ同じように抽出されていると考えることができる。
【0023】
具体例2.各層中の水分量とグリセロール溶液の効果
図6−1,6−2,6−3は、それぞれ水分量10重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの小角回折像の時間変化、小角回折像の差分の時間、広角回折(2.44nm−1)の時間変化を示すグラフである。また、図7−1,7−2,7−3は、それぞれ水分量30重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの小角回折像の時間変化、小角回折像の差分の時間、広角回折(2.44nm−1)の時間変化を示すグラフである。なお、図6−1,2において時間経過は下の曲線から上の曲線へ、図7−1,2においては時間経過は上の曲線から下の曲線へ変化している。
【0024】
濃度10%のグリセロール溶液を水分量10重量%と30重量%の角層に作用させ、細胞間脂質の構造変化の観測を行った。角層中の水分量は約20重量%のときほぼ自然の状態に近く、それより水分量が少なくても多くても細胞間脂質の作る構造が不安定になることが知られている。ここでは、保湿作用があるといわれているグリセロールをその前後の水分量の角層に与えたときの構造変化を観測することにより、グリセロールの効果を検討した。グリセロール溶液を入れてからの水分量10重量%の場合の小角領域の回折像の変化は、図6−1に示すように大きくないが、図6−2の初期回折像との差分の変化から小角回折像の強度が増大していることがわかる。一方、グリセロール溶液を入れてからの水分量30重量%の場合の小角領域の回折像の変化は、図7−1に示すように大きくないが、図7−2の初期回折像との差分の変化から小角回折像の強度は減少あるいはほぼ不変であることがわかる。また、広角回折像も同様な変化であった。
【0025】
さらに、格子定数0.41nmの広角回折像の積分強度の時間変化については、図6−3に示すように水分量10重量%の場合は積分強度が時間と共に増大するのに対して、図7−3に示すように水分量30重量%の場合は積分強度は時間と共に減少するかあるいはほとんど変化しないことがわかる。このことから、水分量の少ない角層にグリセロールを作用させると細胞間脂質の構造が安定して水分量20重量%の場合の状態に近づこうとし、水分量の多い角層にグリセロールを作用させたときは、細胞間脂質の構造はあまり変化せず水分量20重量%の場合の状態を保ち続けると考えられる。従って、これらの構造変化の実験から、グリセロールは分子レベルで角層中の水分保持において重要な働きをしていることがわかった。
【0026】
以上の具体例1,2では典型的な測定例を示したが、本発明の利用により、各種の溶液を入れて角層のX線回折実験を行うことにより高感度で化粧品材料や経皮吸収促進剤の効果を分子レベルで検討することが可能である。なお、上記実施例においては、X線回折装置により皮膚の構造を解析したものであるが、これに限らず、赤外線吸収等のビーム計測装置を用いてセルロース等の繊維構造、皮膚等の膜構造、食品等の三次元構造等の軟質材料の構造を解析する場合に本発明を適用することもできる。その他、上記実施例に示したものは一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更して実施することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、軟質材料の試料が、溶液透過性を有する板状の試料収容部材の試料収容孔に挿入され、保持金具と被覆材と一対のケース金具によって試料収容孔内に動かない固定された状態で、試料に溶液を流しながら微細な構造変化を観測するときでも、観測される構造の差が溶液の寄与によるものなのかあるいは個体差によるものなのかを区別することができるので、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の一実施例である皮膚の構造解析に使用する軟質材料保持装置を示す平面図である。
【図2】軟質材料保持装置を示す図1のII−II線方向の一部破断正面図である。
【図3】軟質材料保持装置の装置本体を拡大して示す一部破断正面図である。
【図4−1】皮膚にクロロホルム・メタノールを作用したときの小角回折像の時間変化を示すグラフである。
【図4−2】皮膚にクロロホルム・メタノールを作用したときの広角回折像の時間変化を示すグラフである。
【図5−1】皮膚にクロロホルム・メタノールを作用したときの広角回折2.44nm−1の積分強度の時間変化を示すグラフである。
【図5−2】皮膚にクロロホルム・メタノールを作用したときの広角回折2.70nm−1の積分強度の時間変化を示すグラフである。
【図6−1】水分量10重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの小角回折像の時間変化を示すグラフである。
【図6−2】水分量10重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの小角回折像の差分の時間変化を示すグラフである。
【図6−3】水分量10重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの広角回折(2.44nm−1)の時間変化を示すグラフである。
【図7−1】水分量30重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの小角回折像の時間変化を示すグラフである。
【図7−2】水分量30重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの小角回折像の差分の時間変化を示すグラフである。
【図7−3】水分量30重量%の角層にグリセロール溶液を作用したときの広角回折(2.44nm−1)の時間変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0029】
10…軟質材料保持装置、11…ケース部、12…基板部、17…連結部、21…装置本体、22…試料収容部材、23…試料収容孔、25…保持金具、26…中央金具部、27a…保持孔、29…溶液流通孔、31…外環状金具部、32,33…上下部、36…溶液流通孔、38…被覆材、41,42…ケース金具、43,44…中央凸部、47,48…ビーム通過孔、55…ぺリスタポンプ装置、56…溶液供給排出パイプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料収容孔を設けた溶液透過性を有する板状の試料収容部材の該試料収容孔に軟質材料の試料を挿入し、保持孔を有すると共に、外周の2箇所に該保持孔に繋がる溶液流通孔を有する板状の保持金具の該保持孔に前記試料収容部材を挿入し、該保持金具の両面に薄肉の被覆材を被せて前記試料収容孔を液密状態で被覆し、前記試料収容孔を囲んで配置されるビーム通過孔を設けた一対のケース金具で該被覆材を介して該保持金具を両面側から挟持して締付手段により保持金具に固定し、溶液流通手段によって前記溶液流通孔を通して前記試料収容孔内に溶液を流通させ、ビーム計測装置によって前記ビーム通過孔を通して前記試料に計測用ビームを照射することにより計測を行うことを特徴とするビーム照射による軟質材料の構造解析方法。
【請求項2】
前記試料収容部材としてろ紙を用いたことを特徴とする請求項1に記載のビーム照射による軟質材料の構造解析方法。
【請求項3】
前記試料収容孔内に溶液を導入しない状態と導入した状態での前記ビーム計測装置による計測結果の差分を得ることを特徴とする請求項1又は2に記載のビーム照射による軟質材料の構造解析方法。
【請求項4】
軟質材料の試料が挿入される試料収容孔を設けた溶液透過性を有する板状の試料収容部材と、該試料収容部材が収容される保持孔を有すると共に、外周の2箇所に該保持孔に繋がる溶液流通孔を有する板状の保持金具と、該保持金具の両面側に密着して配置されて前記試料収容孔を液密状態で被覆する一対の薄肉の被覆材と、前記保持金具を両面側に該被覆材を介して配置されて前記試料収容孔を囲んで配置されるビーム通過孔を設け、該保持金具を挟持して締付手段により該保持金具に締付け固定される一対のケース金具と、前記溶液流通孔を通して前記試料収容孔内に溶液を流通させる溶液流通手段とを設けたことを特徴とするビーム照射による軟質材料の構造解析に用いる軟質材料保持装置。
【請求項5】
前記試料収容部材としてろ紙を用いたことを特徴とする請求項4に記載のビーム照射による軟質材料の構造解析に用いる軟質材料保持装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4−1】
image rotate

【図4−2】
image rotate

【図5−1】
image rotate

【図5−2】
image rotate

【図6−1】
image rotate

【図6−2】
image rotate

【図6−3】
image rotate

【図7−1】
image rotate

【図7−2】
image rotate

【図7−3】
image rotate


【公開番号】特開2008−64463(P2008−64463A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−239164(P2006−239164)
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【出願人】(805000018)財団法人名古屋産業科学研究所 (55)
【Fターム(参考)】