説明

ピストンリング

【課題】ピストンリングへのアルミニウム凝着現象を効果的に防止しうるピストンリングを提供すること。
【解決手段】ピストンリング本体と、該ピストンリング本体の上面または下面のどちらか一方、または該ピストンリングの上面と下面の両方に形成される表面皮膜とからなるピストンリングにおいて、前記表面皮膜を耐熱樹脂と略球状の銅系粉末とから構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内燃機関に使用されるピストンリングに関し、特に、ピストンリングへのアルミニウム凝着(溶着)現象を効果的に防止しうるピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に往復動のピストンには、ピストンリングとして圧力リングとオイルリングとが装着される。この圧力リングは、高圧の燃焼ガスが燃焼室側からクランク室側へ流出する現象(ブローバイ)の防止機能を持たせている。一方、オイルリングは、シリンダ内壁の余分な潤滑油がクランク室側から燃焼室側へ侵入して消費される現象(オイルアップ)の抑制機能を主に有する。そして、従来の標準的なピストンリングの組合せとしては、トップリングおよびセカンドリングからなる2本の圧力リングと1本のオイルリングとの計3本のピストンリングの組合せが知られている。
【0003】
近年、内燃機関の軽量化と高出力化に伴い、ピストンリングに要求される品質が益々高まってきている。従来、内燃機関用ピストンリングにはその耐久性を改善する手段として摺動面に窒化処理やイオンプレーティング処理あるいは硬質クロムめっき処理等の耐摩耗表面処理が施されている。
【0004】
これらの表面処理のうちで特に窒化処理は優れた耐摩耗性を示すことから苛酷な運転条件の下で使用されるピストンリングの表面処理として注目され広く利用に供されている。
【0005】
しかしながら、窒化処理層を形成したピストンリングは耐摩耗性には優れているものの、アルミ合金製ピストンに装着した場合、ピストンのリング溝摩耗が増大する傾向があった。また、ピストンのリング溝摩耗に起因して、図1(a)〜(c)に示すように、ピストンリング1の下面3にアルミ合金製ピストン10の溝下面11のアルミニウムが凝着するアルミ凝着が生ずる(図1(c))。
【0006】
図2(a)〜(c)にピストンのリング溝の上面2および下面3の表面状態の変化の様子を現わす触針式表面粗さ試験機によるチャートを示す。図2に示すように、ピストンのリング溝の上面2および下面3の表面状態は、正常状態(図2(a))から、ピストン溝荒れ状態(図2(b))、アルミ凝着状態(図2(c))へと変化する。
【0007】
なお、図2(a)〜(c)いずれにおいても、横軸はピストンの位置を示しており、縦軸はピストン溝のうねりを示している。図中の(F)はフロント方向、(AT)はアンチスラスト方向、(R)はリア方向、(T)はスラスト方向を示している。
【0008】
また、図3(a)〜(c)は、アルミ凝着メカニズムを示し、ピストンリング1の下面3とアルミ合金製ピストン10の溝下面11とが、双方の表面にそれぞれ形成された酸化膜8(0.2μm以下)を介して接触し(図3(a))、次いで、接触部分の酸化膜8の応力が局部的に高くなり酸化膜8が破壊されて、ピストンリング1の下面3のFeとアルミ合金製ピストン10の溝下面11のAlとが接合され(図3(b))、アルミニウム合金20がピストンリング1の下面3に溶着する(図3(c))。なお、アルミ凝着部分の拡大図を図4に示す。図4において、20は凝着したアルミニウムを示し、21はAlとFeとの接合部を示す。
【0009】
上述したように、ピストンリングの上下運動に伴い、ピストンの溝の一定部分にこの溶着現象に起因する局部的摩耗(ピストン溝荒れともいう。)が発生すると、内燃機関はブローバイガスの吹き抜けによりシール性が低下し、出力が低下する。この現象はピストンのリング溝の下側に短時間で発生し、内燃機関の耐久性に大きな影響を与えるため、従来から多くのピストン溝摩耗対策が提案されている。
【0010】
例えば、ピストン溝摩耗対策として、ピストンとピストンリングとの直接接触を防止するため、ピストンへの対策としては陽極酸化皮膜処理、メッキ処理あるいはマトリックス強化処理(ピストン中)を施し、またピストンリングへの対策としては、リン酸塩皮膜処理、メッキ処理を施したり、あるいは図5(a)および(b)に示すように、ピストン10とピストンリング1の表面に樹脂コーティング処理8(例えば、デフリック((株)川邑研究所製コーティング処理)を施したりしている。
【0011】
また、前記問題を解消するために、ピストンリングの上面および下面、または下面のみに、窒化層またはクロムメッキ層等の耐摩耗性処理層を形成し、かつ該耐摩耗性処理層の表面に固体潤滑材を含有するポリベンゾイミダゾール樹脂皮膜を形成したピストンリングを開発している(特許文献1参照)。
【0012】
さらに、本願出願人以外にあっても、固体潤滑材を含有する耐熱樹脂によりその表面が被覆されたピストンリングが開発されている(例えば、特許文献2、3参照)
【特許文献1】特開平07−063266号公報
【特許文献2】特開平10−246149号公報
【特許文献3】特開平11−246823号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上述した従来のピストン溝摩耗対策は、ピストン使用時の初期段階におけるアルミニウム凝着防止の効果はあるものの、中、長期的な寿命が不充分であり、さらなる耐久性の向上が望まれている。
【0014】
より具体的には、例えば、前記特許文献1には、ポリベンゾイミダゾール樹脂と固体潤滑材(グラファイトやMoS)とからなる表面被膜が開示されているが、ポリベンゾイミダゾール樹脂は皮膜形成の際、液状樹脂が酸化しやすく、経時変化による劣化があり使用に注意を要する。また、長期間にわたって品質を安定させることが困難な場合がある。
【0015】
また、前記特許文献2には、ポリアミドイミド樹脂やポリイミド樹脂と固体潤滑材(グラファイト、MoS2、WS、ポリテトラフルオロエチレン)とからなる表面被膜が開示されているが、このような表面被膜では、アルミ凝着を十分に防止することはできず、またコスト高が問題となる。
【0016】
さらに、前記特許文献3には、ポリアミドイミド樹脂やポリイミド樹脂と固体潤滑材としてのMoSと酸化アンチモンとからなる表面被膜が開示されているが、やはりこのような被膜ではアルミ凝着を十分に防止することができず、また、酸化アンチモンは環境に有害であり、使用することは好ましくない。
【0017】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、ピストンリングへのアルミニウム凝着現象を効果的に防止しうるピストンリングを提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するための本発明は、ピストンリング本体と、該ピストンリング本体の上面または下面のどちらか一方、または該ピストンリング本体の上面と下面の両方に形成される表面皮膜とからなるピストンリングであって、前記表面皮膜は、耐熱樹脂と、該耐熱樹脂中に含有された略球状の銅系粉末と、から構成され、かつ、前記表面皮膜全体に対する前記銅系粉末の含有率が20〜80質量%であることを特徴とする。
【0019】
また、前記ピストンリングにおいては、前記銅系粉末が、純銅、酸化銅、または銅合金の何れかの粉末であってもよい。
【0020】
また、前記ピストンリングにおいては、前記銅系粉末の平均粒径が、前記表面皮膜の膜厚より小さくてもよい。
【0021】
また、前記ピストンリングにおいては、前記銅系粉末の平均粒径が1.0〜10.0μmであってもよい。
【0022】
また、前記ピストンリングにおいては、前記耐熱樹脂がポリアミドイミド樹脂であってもよい。
【0023】
また、前記ピストンリングにおいては、前記ピストンリング本体における前記表面皮膜が形成される面には、下地処理として化成処理が施されていてもよい。
【0024】
また、前記ピストンリングにおいては、前記耐熱樹脂中には、さらに固体潤滑材が含有されており、前記表面皮膜全体に対する当該固体潤滑材の含有率が2〜10質量%であってもよい。
【0025】
また、前記ピストンリングにおいては、前記固体潤滑材が、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイトよりなる群から選択される一又は二以上であってもよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、ピストンリングの上面または下面の一方、または双方に耐熱樹脂と略球状の銅系粉末からなる表面皮膜が形成されているので、アルミニウム合金製ピストンのリング溝の一部が剥離してピストンリングに付着することを防止することができる。
【0027】
前述したピストンリング溝摩耗対策、言い換えればアルミ凝着防止策(従来技術の欄参照)にあっては、ピストンリング本体の表面に潤滑性を付与する目的で固体潤滑材を含有する表面皮膜を形成しているのに対し、本発明は、固体潤滑材ではなく略球状の銅系粉末を含有する表面皮膜を形成している点に特徴を有している。
【0028】
従来は、ピストンリング溝の摩耗をできるだけ少なくするための方策として、ピストンリングの表面の潤滑性を向上せしめることに着目している。このことは、ピストンリングの表面の潤滑性を向上すれば、その分だけピストンリングのピストンリング溝に対する攻撃性を低減することができ、その結果ピストンリング溝の摩耗を防止することができるだろう。
【0029】
しかしながら、この方策では、潤滑性に寄与する表面皮膜が十分に存在している初期段階では問題は生じないが、長時間が経過した後にあっては、表面皮膜自体が摩耗し剥離する可能性が高く、摩耗や剥離した後には、もはや潤滑性がなくなり、露出したピストンリング本体によりピストンリング溝の摩耗が発生してしまうこととなる。
【0030】
本願発明者はこの問題に着目し、当該問題を解決するために、表面皮膜を構成する耐熱樹脂により潤滑性を確保するとともに、当該耐熱樹脂による潤滑性をより長時間保持するために、表面皮膜中に略球状の銅系粉末を分散配合せしめ、当該粉末により表面皮膜に耐摩耗性を付与することを想到した。つまり、本発明は従来とは着想を異にしており、本発明における銅系粉末は、表面皮膜を保護するため、耐熱耐摩耗性を付与することを主たる役割としているのである。
【0031】
このような本発明によれば、表面皮膜を構成する耐熱樹脂によりピストンリングの表面に潤滑性を付与することができるとともに、略球状の銅系粉末によりピストンリング表面に形成された表面皮膜に耐摩耗性を付与することができるので、前記耐熱樹脂による潤滑性を長時間にわたって機能せしめることができる。なお、本発明において銅系粉末の形状を略球状するのは相手(ピストンリング溝)攻撃性を小さくするためであり、当該形状を選択することによりこの目的を達成することができる。
【0032】
また、銅系粉末を表面皮膜中に均一に分散させることにより、ピストンリング表面の熱伝導性を向上せしめることができ、これによりピストンリング全体の熱を効率よく外部へ放出することもできる。
【0033】
さらに、固体潤滑材を均一に分散させることにより、ピストン材との初期なじみ性、耐摩耗性に一層の効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下に、本発明のピストンリングについて、図面を用いて具体的に説明する。
【0035】
図6は、本発明のピストンリングの断面図である。
【0036】
図7は、図6に示すピストンリングの上表面近傍の拡大断面図である。
【0037】
図6に示すように、本発明のピストンリング60は、ピストンリング本体61と、その上面または下面の一方、またはその両方(図6にあっては両方)に形成された表面皮膜62とから構成されている。
【0038】
本発明のピストンリング本体61の材質については、特に限定されることはなくいかなる材質も用いることができる。例えば、その材質としては、主にスチール(鋼材)を用いることができ、またステンレス鋼としては、SUS440、SUS410、SUS304等、あるいは8Cr鋼、10Cr鋼、SWOSC−V、SWRH材などを用いることができる。また、ピストンリングの種類としては、いわゆる圧力リングとして機能するトップリングはもとより、同じ圧力リングであるセカンドリングに用いることもでき、さらにはオイルリングにも本発明は適用可能である。
【0039】
図6および図7に示すように、このような本発明のピストンリング本体61の表面には、耐熱樹脂63と該耐熱樹脂63に含有された略球状の銅系粉末64とからなる表面皮膜が形成されている。
【0040】
耐熱樹脂63は、主にピストンリング表面に潤滑性を付与することを目的としており、一方で略球状の銅系粉末64は、これが含有せしめられる表面皮膜62に耐摩耗性を付与し、これにより前記耐熱樹脂による潤滑性を長時間保持することを目的としている。
【0041】
本発明の表面皮膜62を構成する耐熱樹脂63としては、当該ピストンリングが用いられる環境(温度)に耐え得ることができ、かつ潤滑性を有しており、後述する略球状の銅系粉末を保持固定することができる樹脂であれば特に限定されることはない。具体的には、ポリアミドイミド(PAI)樹脂やポリイミド(PI)樹脂などを挙げることができる。
【0042】
一方、本発明の表面皮膜62を構成する銅系粉末64にあっては、純粋な銅の粉末の他、酸化銅の粉末や各種銅合金(例えば、黄銅合金)など、種々の銅系粉末を用いることができる。しかしながら、本発明において、銅系粉末は、前述の耐熱樹脂が摩耗するのを防止する役目がある一方で、相手材であるピストンリング溝を攻撃することは避けなければならず、あまり硬度が高すぎてはならない。このような観点からすると、銅系粉末の材質としては純銅や酸化銅が好ましい。
【0043】
ここで、このような銅系粉末64の形状について、本発明はその形状を略球状に限定している点に特徴を有している。その形状を略球状とすることにより相手材であるピストンリング溝への攻撃性を低くすることができる。ここで、略球状とは、全体として概ね球状を呈していることを意味し、その断面が必ずしも真円であることを意味するものではない。
【0044】
また、当該銅系粉末64の平均粒径については特に限定することはないが、上述してきた銅系粉末64の機能に鑑みると、表面皮膜62の膜厚よりも小さいことが好ましく、具体的には1.0〜10.0μmであることが好ましい。平均粒径を1.0μm未満とすると、銅系粉末の微細化に必要なコストが高くなり、一方10.0μmより大きくすると、表面皮膜62の膜厚よりも大きくなる可能性があり、相手材となるピストンリング溝を攻撃するおそれがあるからである。
【0045】
本発明のピストンリングを構成する表面皮膜62において、前記耐熱樹脂63に対する前記銅系粉末64の含有率については、耐熱樹脂63が潤滑性能を十分に発揮し、かつ前記銅系粉末64が耐摩擦性能を十分に発揮できる程度のバランスで適宜設定することができる。具体的には、表面皮膜62全体に対する前記銅系粉末64の含有率を20〜80質量%とすることが好ましく、40〜60質量%とすることが特に好ましい。前記粉末64の含有率が20質量%未満では、表面皮膜の摩擦による減少・消滅を効果的に防止することができず、またアルミ凝着を十分に防止することができない。一方で前記粉末64の含有率が80質量%を超えると、表面皮膜全体としてのフレキシブル性が低下するとともに、耐熱樹脂により粉末を固定することが困難となり、当該粉末が脱離してしまうおそれがある。
【0046】
前記耐熱樹脂63中には、固体潤滑材65を含有させることが好ましく(図7参照)、均一に分散していることが好ましい。当該固体潤滑材としては、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイトから選択される一又は二以上であることが好ましい。このように、固体潤滑材を添加することで、アルミニウム凝着の初期なじみを向上させることができる。具体的な含有量としては、表面皮膜全体62に対する固体潤滑材65の含有量を2〜10質量%とすることが好ましい(この場合、略球状の銅系粉末64の含有量が20〜80質量%とすると、その残部が耐熱樹脂63となる。)。略球状の銅系粉末に加え固体潤滑材が含有された表面皮膜をピストンリングの上下面に形成することにより、アルミニウム材からなるピストン材とのとの初期なじみ性、耐摩耗性を向上することができ、その結果、アルミニウム凝着の発生を防止し、耐久性に優れたピストンリングを提供することができる。
【0047】
本発明における表面皮膜62の形成方法については特に限定することはなく、例えば、前述の銅系粉末64を耐熱樹脂としてのポリアミドイミド樹脂に含有せしめ、これをスプレー塗装、浸漬塗装、静電塗装などによりピストンリング本体61の表面に塗布してもよい。また、当該表面皮膜62は必要に応じて加熱焼成等の後処理を行ってもよい。
【0048】
このような方法で形成された本発明における表面皮膜の厚さについては、例えば3〜20μm程度とすることが好ましい。
【0049】
また、表面皮膜62を形成する前の段階で、ピストンリング本体61における表面皮膜62が形成される表面に対し、下地処理としての化成処理を施してもよい。化成処理としては、例えば、リン酸塩処理、より具体的にはマンガン系リン酸塩皮膜処理等を挙げることができる。リン酸塩処理を行うことにより、ピストンリング本体61の表面と表面皮膜62との密着性を向上せしめることができる。
【実施例】
【0050】
本発明のピストンリングを実施例を用いてさらに具体的に説明する。
【0051】
(実施例1〜39、比較例1〜33)
JIS SWOSC−V材相当材を用いてピストンリング本体に相当する部材を用意した。ピストンリングの寸法は、外径:71mm、リング厚み(a寸法):2.55mm、リング幅(h寸法):1.2mmとした。なお、JIS SWOSC−V材相当材の組成は、C:0.55質量%、Si:1.4質量%、Mn:0.6質量%、P:0.02質量%、S:0.02質量%、Cr:0.65質量%、Cu:0.08質量%、残部はFeおよび不可避不純物である。
【0052】
前記材料からなる部材の上面と下面の両方に、耐熱樹脂としてポリアミドイミド樹脂を用い、略球状の銅系粉末を用い、スプレー法にて、厚さ10μmの表面皮膜を形成した。なお、用いた銅系粉末の形状(略球状か非球状か)、平均粒径、および表面皮膜全体に対する当該粉末の添加量については、それぞれ表1に示す通りである。
【0053】
また、実施例および比較例の一部においては、固体潤滑材として平均粒径3μm以下の二硫化モリブデンを添加しており、これらの添加量はそれぞれ表1に示す通りである。
【0054】
また、各実施例および比較例の一部においては、表面皮膜を形成する面に下地処理として、化成処理の一種であるマンガン系リン酸塩皮膜処理を行った(表1参照。表1においては、「化成処理」と記載してある。)。
【0055】
このようにして形成された各ピストンリング試験片を、実施例1〜39および比較例1〜33とする(表1参照)。
【0056】
以上の実施例および比較例それぞれの試験片に対し、アルミ凝着評価試験、剥離評価試験、およびすべりたたき試験を行った。
【0057】
<アルミ凝着評価試験>
この試験は、図8に示すアルミ凝着単体評価装置80を使用して行った。試験条件は、偏芯サイクル:50Hz、ガス圧:0.5MPa、溝底温度:200℃、偏芯量0.03mm、オイル供給:10分ごとに8秒間霧状オイルを供給、運転時間:25時間(ブローバイが過大となった時点で終了)、とした。
【0058】
なお、当該評価装置80は、試験片(Test−ring)81,82を装着する溝87が設けられたピストン部材(Al材)83と、前記ピストン部材83と対向する位置に設けられたライナ部材88とから概略構成されている。
【0059】
そして、図8に示すように、試験片81,82を溝87に装着し、評価試験を行う場合にあっては、前記ライナ部材88に設けられているガス排出孔85より所定量のガスがピストン部材83側へ排出され、これにより溝87に装着された上側の試験片81は、溝87の上面に押しつけられ、一方で下側の試験片82は、溝87の下面に押しつけられる状態となる。さらに、当該評価装置80は、上記試験条件下で図示しないモータを駆動させ、前記の状態のままピストン部材83が半径方向に偏芯しつつ回転可能に構成されており、試験中、当該ピストン部材83が回転し続けることにより、溝87が内燃機関におけるピストンリング溝として、試験片81,82がピストンリングとして、さらに壁面84がシリンダライナ内周壁面として機能し、実際の内燃機関内の状態を再現することができる。
【0060】
なお、当該評価装置80における評価は、試験片81が装着されている溝の上側に設けられているガスセンサ86により、当該部分のガス流量を測定し、ガス流量が多くなった場合には、アルミ凝着や皮膜の破損が発生し試験片81,82と壁面84との間の密着性が損なわれたことを意味し、当該ガス流量が多くなった時点でこれによりブローバイガスが発生したと評価することとした。表1中の「無し」は運転時間中(25時間)ガス流量が一定であった、つまりブローバイガスが発生しなかったことを示し、「有り」は、運転時間中にガス流量が多くなった、つまりブローバイガスが発生したことを示している。
【0061】
<剥離評価試験>
この試験は、JIS K 5400に基づく碁盤目試験を行った。
【0062】
具体的には、図9に示すように各試験片の任意の位置にカッターにて表面皮膜を貫通する深さの切り込みを約1mm間隔で入れ、市販の粘着テープを貼り付けた後、それを剥がしてテープを観察することを行った。表1において、テープへの表面皮膜の付着が全くない場合を「無し」とし、少しでも付着していた場合を「有り」とした。
【0063】
<すべりたたき試験>
この試験は、図10に示す高温弁座摩耗試験機101を使用して行った。試験条件は、ストローク:4mm、繰り返し速度:500回/分、リング回転数:3rpm、試験時間:7時間、ピストンの温度:約250℃、ピストンの材質:アルミニウム合金(AC8A)、とした。
【0064】
なお、すべりたたき試験とは、ピストン材103を試験機101に対して軸方向移動不能に固定し、ピストンリング試験片102をピストン材103に同心円上に装着し、ピストンリング試験片102の内局面側に備わっている鋳鉄製円棒105を軸方向に往復させて行う試験であり、ピストンリング試験片102を回転しつつピストン材103をたたく動作モードを付与した試験方法である。試験機101は、被験材加熱用のヒータ104を有しており、実際に燃料を燃焼させずともエンジン内の燃焼時の高温状態を再現することができ、ピストン材の状態変化を模すことができる。
【0065】
当該試験によりピストン側の摩耗量とピストンリング側の摩耗量を評価した。なお、摩耗量は表面粗さ計にて段差を測定し、比較例1の摩耗量を100とした場合におけるそれぞれの摩耗量を算出した。
【0066】
アルミ凝着評価試験、剥離評価試験、すべりたたき試験のそれぞれの評価結果、および総合的に評価した総合評価を以下の表1に示す。
【0067】
アルミ凝着評価試験において、アルミ凝着「有り」、または剥離評価試験において、剥離「有り」であった場合、総合評価は「×」とした。アルミ凝着および剥離が「無し」であって、すべりたたき試験において、ピストン材摩耗量比またはピストンリング材摩耗量比のどちらか一方でも100を超えた場合は「△」、アルミ凝着および剥離が「無し」であって、すべりたたき試験において、ピストン材摩耗量比およびピストンリング材摩耗量比が100よりも若干下回っている場合を「○」とした。アルミ凝着および剥離が「無し」であって、すべりたたき試験において、ピストン材摩耗量比およびピストンリング材摩耗量比が100よりも下回っていて、なおかつピストン摩耗量比およびピストンリング材摩耗量比のどちらか一方でも90未満である場合を「◎」とした。
【0068】
【表1】

表1に示す各試験の結果を比較すれば明らかなように、本発明の実施例のピストンリング試験片にはアルミ凝着および剥離がみられず、耐摩耗性も良好であり、本発明のピストンリングの効果を確認することができる。
【0069】
また、本発明において用いられる所定の材料からなる粉末の添加量(20〜80質量%)の効果、さらに固体潤滑材の添加量(2〜10質量%)の効果が確認できる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】アルミ凝着現象の説明図であり、(a)はピストンの斜視図、(b)はピストンのリング溝およびピストンリングの拡大斜視図、(c)はピストンリングへのアルミ凝着を示す拡大斜視図である。
【図2】(a)〜(c)は、ピストンのリング溝の状面および下面の表面状態の変化の様子を示す図である。
【図3】(a)〜(c)は、アルミ凝着メカニズムを示す断面図である。
【図4】アルミ凝着部分の拡大図である。
【図5】従来の樹脂コーティング処理を示す断面図である。
【図6】本発明のピストンリングの断面図である。
【図7】図6に示すピストンリングの上表面近傍の拡大断面図である。
【図8】アルミ凝着単体評価装置の概略説明図である。
【図9】剥離評価試験の説明図である。
【図10】高温弁座摩耗試験機を示す図である。
【符号の説明】
【0071】
1、60…ピストンリング
2…ピストン溝上面
3…ピストン溝下面
10…ピストン
61…ピストンリング本体
62…表面皮膜
63…耐熱樹脂
64…略球状の銅系粉末

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリング本体と、該ピストンリング本体の上面または下面のどちらか一方、または該ピストンリング本体の上面と下面の両方に形成される表面皮膜とからなるピストンリングであって、
前記表面皮膜は、耐熱樹脂と、該耐熱樹脂中に含有された略球状の銅系粉末と、から構成され、
かつ、前記表面皮膜全体に対する前記銅系粉末の含有率が20〜80質量%であることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記銅系粉末が、純銅、酸化銅、または銅合金の何れかの粉末であることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記銅系粉末の平均粒径が、前記表面皮膜の膜厚より小さいことを特徴とする請求項1または2に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記銅系粉末の平均粒径が1.0〜10.0μmであることを特徴とする請求項1〜3の何れか一の請求項に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記耐熱樹脂がポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項1〜4の何れか一の請求項に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記ピストンリング本体における前記表面皮膜が形成される面には、下地処理として化成処理が施されていることを特徴とする請求項1〜5の何れか一の請求項に記載のピストンリング。
【請求項7】
前記耐熱樹脂中には、さらに固体潤滑材が含有されており、
前記表面皮膜全体に対する当該固体潤滑材の含有率が2〜10質量%であることを特徴とする請求項1〜6の何れか一の請求項に記載のピストンリング。
【請求項8】
前記固体潤滑材が、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイトよりなる群から選択される一又は二以上であることを特徴とする請求項7に記載のピストンリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−275028(P2008−275028A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−117290(P2007−117290)
【出願日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【出願人】(592065058)エスティーティー株式会社 (14)
【Fターム(参考)】