説明

ピニオン軸の転がり軸受装置

【課題】ピニオン軸の軸部に配設される転がり軸受に対し、潤滑油を良好に供給することができるピニオン軸の転がり軸受装置を提供する。
【解決手段】一端にピニオン17を有するピニオン軸16と、このピニオン軸16の軸部18のヘッド側とテール側にそれぞれ配設された転がり軸受40、70と、両転がり軸受40、70の内輪42、72の間に配設された筒状のスペーサ部材90とを備える。スペーサ部材90には、このスペーサ部材90の内周面とピニオン軸16の外周面との間の環状空間を油路95として潤滑油を取り込む単数又は複数の流入孔94が形成される。スペーサ部材90と、転がり軸受70の内輪72との相対する端面の間には、油路95を流れる潤滑油を転がり軸受70に向けて排出する排出口97が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、主としてデファレンシャル装置、トランスファ装置等の動力伝達装置に用いられるピニオン軸の転がり軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動力伝達装置、例えばデファレンシャル装置に用いられるピニオン軸の転がり軸受装置においては、一端にピニオンを有するピニオン軸と、このピニオン軸の軸部のヘッド側に配設されたヘッド側転がり軸受と、ピニオン軸の軸部のテール側に配設されたテール側転がり軸受と、ヘッド側及びテール側の転がり軸受の両内輪の間に配設された筒状のスペーサ部材とを備えている構造のものが知られている。
このようなピニオン軸の転がり軸受装置において、ヘッド側及びテール側の転がり軸受に対する潤滑油の供給は、ピニオン軸のピニオンに噛み合ってリングギヤが回転する際、リングギヤの回転による潤滑油のかき上げによって行われる。
このようなピニオン軸の転がり軸受装置においては、例えば、特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2002−523710号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、デファレンシャル装置の燃費向上を図るため、リングギヤの回転による潤滑油の攪拌トルクを低減することが望ましい。
リングギヤの回転による潤滑油の攪拌トルクを低減するため、デファレンシャルケースの下部に溜められる潤滑油の油面高さを低く設定することが考えられる。
しかしながら、潤滑油の油面高さを低く設定すると、リングギヤの回転による潤滑油のかき上げ量が少なくなる。
リングギヤの回転による潤滑油のかき上げ量が少なくなると、転がり軸受に対する潤滑油の供給量が不足することが想定される。
【0005】
この発明の目的は、前記問題点に鑑み、ピニオン軸の軸部に配設される転がり軸受に対し、潤滑油を良好に供給することができるピニオン軸の転がり軸受装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、この発明の請求項1に係るピニオン軸の転がり軸受装置は、一端にピニオンを有するピニオン軸と、このピニオン軸の軸部のヘッド側とテール側にそれぞれ配設された転がり軸受と、前記両転がり軸受の内輪の間に配設された筒状のスペーサ部材とを備えたピニオン軸の転がり軸受装置であって、
前記スペーサ部材には、このスペーサ部材の内周面と前記ピニオン軸の軸部外周面との間の環状空間を油路として潤滑油を取り込む単数又は複数の流入孔が形成され、
前記スペーサ部材と、前記転がり軸受の内輪との相対する端面の間には、前記油路を流れる潤滑油を前記転がり軸受に向けて排出する排出口が形成されていることを特徴とする。
【0007】
前記構成によると、スペーサ部材の外周側から供給される潤滑油の一部が、スペーサ部材の流入孔を通してスペーサ部材の内周面とピニオン軸の軸部外周面との間の油路を流れる。
油路を流れる潤滑油は、スペーサ部材と転がり軸受の内輪との相対する端面の間に形成された排出口から排出されて転がり軸受に向けて流れる。これによって、転がり軸受に潤滑油を良好に供給することができる。
【0008】
請求項2に係るピニオン軸の転がり軸受装置は、請求項1に記載のピニオン軸の転がり軸受装置であって、
スペーサ部材の軸方向中央部には外径方向へ環状に突出する湾曲突出部が形成され、
前記湾曲突出部に流入孔が形成され、
軸受回転時の前記スペーサ部材の外周面の回転方向前側に対応する前記流入孔の前側には凹部が形成されている。
【0009】
前記構成によると、軸受回転時において、スペーサ部材の外周側から供給される潤滑油が凹部に誘導されて流入孔内に流入する。このため、凹部がない場合と比べて、流入孔内に対する潤滑油の流入量を増加させることができる。
【0010】
請求項3に係るピニオン軸の転がり軸受装置は、請求項1又は2に記載のピニオン軸の転がり軸受装置であって、
排出口は、スペーサ部材の転がり軸受の内輪の端面に対向する端部に形成された切欠部によって構成されていることを特徴とする。
【0011】
前記構成によると、スペーサ部材の端部に切欠部を形成するという簡単な加工によって排出口を容易に構成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】この発明の実施例1に係るピニオン軸の転がり軸受装置がデファレンシャル装置に組み付けられた状態を示す縦断面図である。
【図2】同じくヘッド側及びテール側転がり軸受の両内輪間にスペーサ部材が配設された状態を示す縦断面図である。
【図3】同じくスペーサ部材を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
この発明を実施するための形態について実施例にしたがって説明する。
【実施例1】
【0014】
この発明の実施例1を図面にしたがって説明する。
図1に示すように、動力伝達装置としてのデファレンシャル装置10のデファレンシャルケース11は、フロントケース12とリヤケース13とがボルト5、ナット6によって一体状に連結されることで構成される。
デファレンシャルケース11内には、差動機構を構成するリングギヤ15と、このリングギヤ15に噛み合うピニオン17を一端部に有するピニオン軸16とが配設される。
ピニオン軸16の軸部18は、そのヘッド側(ピニオン17が設けられる側)が大径でテール側(先端側)に向けて小径となる多段軸状に形成され、先端部には、雄ねじ19が形成されている。
そして、ピニオン軸16は、その軸部18のヘッド側部及びテール側部が、フロントケース12内のヘッド側及びテール側の軸受ハウジング35、36にヘッド側及びテール側の転がり軸受40、70を介して回転可能に支持される。
【0015】
また、フロントケース12内のヘッド側軸受ハウジング35の上部には、潤滑油の供給路30が形成され、ヘッド側軸受ハウジング35と、テール側軸受ハウジング36との間の上部には、潤滑油の放出口31が形成されている。
また、ヘッド側軸受ハウジング35と、テール側軸受ハウジング36との下部は相互に連結されると共に、ヘッド側軸受ハウジング35と、テール側軸受ハウジング36との下方には、潤滑油の戻り路32が形成されている。
また、デファレンシャルケース11(フロントケース12及びリヤケース13)内の下部には、潤滑油が溜められる油溜部が設けられている。
【0016】
図1と図2に示すように、ヘッド側転がり軸受40は、ピニオン軸16の軸部18のヘッド側部分に嵌込まれる内輪42と、ヘッド側軸受ハウジング35に嵌込まれる外輪51と、これら内・外輪42、51の間に転動可能に配設され、かつ保持器56によって保持された複数個の転動体(図2では円すいころ)55とを備える。
また、テール側転がり軸受70は、ピニオン軸16の軸部18のテール側部分に嵌込まれる内輪72と、テール側軸受ハウジング36に嵌込まれる外輪81と、これら内・外輪72、81の間に転動可能に配設され、かつ保持器86によって保持された複数個の転動体(図2では円すいころ)85とを備える。
【0017】
図1と図2に示すように、ピニオン軸16の軸部18の外周のヘッド側及びテール側の両ヘッド側転がり軸受40、70の内輪42、72の間には、両ヘッド側転がり軸受40、70に筒状のスペーサ部材90が配設されている。
また、図1に示すように、フロントケース12のテール側開口部に突出するピニオン軸16の軸部18のテール側部分には、フランジ部材20のボス部22が嵌挿されている。
そして、フロントケース12のテール側開口部の内周面と、フランジ部材20のボス部22との間には、シール部材25と、カバー部材26とが配設される。
また、ピニオン軸16の軸部18先端部の雄ねじ19には、ナット25がねじ込まれてている。そして、このナット25の締め付けによって、ピニオン軸16の軸部18のテール側部分にフランジ部材20のボス部22を締め付け固定すると共に、スペーサ部材90を塑性変形させてヘッド側及びテール側の両転がり軸受40、70に所要とする予圧を付与している。
【0018】
図2と図3に示すように、スペーサ部材90には、このスペーサ部材90の内周面とピニオン軸16の軸部18の外周面との間の環状空間を油路95として潤滑油を取り込む単数又は複数の流入孔94が形成されている。
この実施例1において、スペーサ部材90の軸方向中央部には外径方向へ環状に突出する湾曲突出部91が形成され、この湾曲突出部91のテール側湾曲部92の周方向に複数の流入孔94が形成されている。
また、軸受回転時のスペーサ部材90の外周面の回転方向前側に対応する流入孔94の前側には凹部93が形成されている。
【0019】
また、図2と図3に示すように、スペーサ部材90と、テール側転がり軸受70の内輪42との相対する端面の間には、油路95を流れる潤滑油をテール側転がり軸受70に向けて排出する排出口97が形成されている。
また、この実施例1において、排出口97は、スペーサ部材90のテール側転がり軸受70の内輪42の一端面に対向する一端部に形成された切欠部96によって構成されている。
【0020】
すなわち、この実施例1においては、ヘッド側転がり軸受40の外輪51の小径側の内径寸法D1は、テール側転がり軸受70の外輪81の小径側の内径寸法D2よりも大きく設定され、テール側転がり軸受70の外輪81の小径側内周面の下部は、ヘッド側転がり軸受40の外輪51の小径側内周面の下部よりも高い位置に配置されている。
そして、ヘッド側軸受ハウジング35と、テール側軸受ハウジング36との下部を連結している連結部37上に溜まる潤滑油は、ヘッド側転がり軸受40よりもテール側転がり軸受70に流入され難い。言い換えると、連結部37上に溜まる潤滑油は、テール側転がり軸受70よりもヘッド側転がり軸受40に流入されやすい。
このようなことから、ヘッド側転がり軸受40よりも潤滑油の供給量が不足になりやすいテール側転がり軸受70に対して潤滑油を積極的に供給するために、スペーサ部材90と、テール側転がり軸受70の内輪42との相対する端面の間に排出口97を構成する切欠部96がスペーサ部材90の端部に形成される。
【0021】
この実施例1に係るピニオン軸の転がり軸受装置は上述したように構成される。
したがって、エンジンの出力軸からのトルク伝達によってピニオン軸16が回転すると、このピニオン軸16のピニオン17に噛み合ってリングギヤ15が回転する。
すると、デファレンシャルケース11の下部に溜められた潤滑油がリングギヤ15の回転によってかき上げられる(攪拌される)。そして、かき上げられた潤滑油が供給路30の入口から流入して流れ、放出口31から放出される。放出口31から放出された潤滑油は、ヘッド側及びテール側の両転がり軸受40、70の各内・外輪42、72、51、81の間の一端側から他端側へ向けて流れて貫通した後、戻り路32を流れて戻される。
【0022】
供給路30を流れて放出口31から放出される潤滑油のうち、一部の潤滑油は、スペーサ部材90の流入孔94を通してスペーサ部材90の内周面とピニオン軸16の軸部18外周面との間の油路95を流れる。
油路95を流れる潤滑油は、スペーサ部材90とテール側転がり軸受70の内輪72との間の排出口97から排出されてテール側転がり軸受70に向けて流れる。これによって、テール側転がり軸受70に潤滑油を良好に供給することができる。
前記したように、ヘッド側転がり軸受40よりも潤滑油の供給量が不足になりやすいテール側転がり軸受70に対して潤滑油を良好に供給することができる。
このため、デファレンシャルケース11の下部に溜められる潤滑油の油面高さを従来よりも低く設定することが可能となり、リングギヤ15の回転による潤滑油の攪拌トルクを低減することができる。
【0023】
また、この実施例1において、流入孔94がスペーサ部材90の湾曲突出部91のテール側湾曲部92に形成されることによって、流入孔94と排出口97との間の距離を短くすることができ、この分だけ流入孔94から油路95内に流入した潤滑油が排出口97に早く到達する。このため、テール側転がり軸受70に潤滑油をより一層良好に供給することができる。
さらに、軸受回転時において、ピニオン軸16と同方向へ回転するスペーサ部材90の外周側から供給される潤滑油が凹部93に誘導されて流入孔94内に流入する。このため、凹部93がない場合と比べて流入孔94内に対する潤滑油の流入量を増加させることができる。
また、スペーサ部材90の一端部に切欠部96を形成するという簡単な加工によって排出口97を容易に構成することができる。
【0024】
なお、この発明は前記実施例1に限定するものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々の形態で実施することができる。
例えば、前記実施例1においては、動力伝達装置がデファレンシャル装置である場合を例示してが、トランスファ装置等であっても採用することができる。
また、前記実施例1においては、ヘッド側転がり軸受40よりも潤滑油の供給量が不足になりやすいテール側転がり軸受70に対して潤滑油を供給するために、スペーサ部材90と、テール側転がり軸受70の内輪72との相対する端面の間に排出口97が形成される場合を例示したが、スペーサ部材90と、ヘッド側転がり軸受40の内輪42との相対する端面の間に、油路95を流れる潤滑油をヘッド側転がり軸受40に向けて排出する排出口を形成してもよい。
また、ヘッド側及びテール側の転がり軸受40、70は、軸受回転時のポンプ作用によって内・外輪の間の一端側(放出口31から近い側)から他端側(放出口31から遠い側)へ向けて潤滑油が流れるように構成された転がり軸受であれば実施可能である。
例えば、ヘッド側転がり軸受40と、テール側転がり軸受70とが、共にタンデム型玉軸受(内・外輪の間の一端側に配列された玉の配設ピッチ円が、他端側に配列された玉の配設ピッチ円よりも小さく設定された複列の玉軸受)であってもよい。
さらに、ヘッド側転がり軸受40と、テール側転がり軸受70とのうち、一方が円すいころ軸受で、他方がタンデム型玉軸受であってもよい。
【符号の説明】
【0025】
10 デファレンシャル装置(動力伝達装置)
15 リングギヤ
16 ピニオン軸
17 ピニオン
18 軸部
40 ヘッド側転がり軸受
70 テール側転がり軸受
72 内輪
81 外輪
85 転動体
90 スペーサ部材
91 湾曲突出部
93 凹部
94 流入孔
95 油路
96 切欠部
97 排出口


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端にピニオンを有するピニオン軸と、このピニオン軸の軸部のヘッド側とテール側にそれぞれ配設された転がり軸受と、前記両転がり軸受の内輪の間に配設された筒状のスペーサ部材とを備えたピニオン軸の転がり軸受装置であって、
前記スペーサ部材には、このスペーサ部材の内周面と前記ピニオン軸の軸部外周面との間の環状空間を油路として潤滑油を取り込む単数又は複数の流入孔が形成され、
前記スペーサ部材と、前記転がり軸受の内輪との相対する端面の間には、前記油路を流れる潤滑油を前記転がり軸受に向けて排出する排出口が形成されていることを特徴とするピニオン軸の転がり軸受装置。
【請求項2】
請求項1に記載のピニオン軸の転がり軸受装置であって、
スペーサ部材の軸方向中央部には外径方向へ環状に突出する湾曲突出部が形成され、
前記湾曲突出部に流入孔が形成され、
軸受回転時の前記スペーサ部材の外周面の回転方向前側に対応する前記流入孔の前側には凹部が形成されていることを特徴とするピニオン軸の転がり軸受装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のピニオン軸の転がり軸受装置であって、
排出口は、スペーサ部材の転がり軸受の内輪の端面に対向する端部に形成された切欠部によって構成されていることを特徴とするピニオン軸の転がり軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−24283(P2013−24283A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157724(P2011−157724)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】