説明

プロトン受容型センサー、水素ガスセンサー及び酸センサー

本発明は、プロトンに対する感応選択性が高く、室温で動作する水素ガスセンサーを安価に提供するもので、水素ガスをキャリアとして使用する製造工場や、水素ガス保管施設、水素ガスをエネルギー源として用いるいわゆる燃料電池にあって、水素ガスの検知や漏洩事故防止対策に大きな働きをなす高感度なセンサ
ーが提供できるものである。さらに、弗化水素酸等の酸センサーとしても有効である。 本発明は、ピリジン環を導入できる有機化合物(例えば、ピリジン・DPP)にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、光学吸収帯の変化を検知してなる酸並びに水素ガスセンサーに関するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプロトン(H)に対する感応選択性が良好なセンサーに関し、特に水素ガスセンサー及び酸センサーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、製品の製造工程に各種のガスを利用するケースが多く、なかでも半導体の製造工場では、単結晶シリコン基板上にガス化学反応プロセスを採用するため、揮発性があったり、毒性があるガスが多く使用されている。そして、水素ガスはこの種のガスのキャリアガスとして多量に使われている。しかるに、水素ガス自体が爆発性の強いガスであり、水素ガスの漏洩をいち早く検知する必要がある。
【0003】
更に、石油をはじめとする化石燃料の枯渇が懸念されており、これに代わるエネルギー源として様々なものが研究されている。水素は水の電気分解によって容易に得ることができる上、燃焼生成物が水であり、COやNO、SO等を排出しないという特徴を有するもので、非常に優れた次世代エネルギー源といえる。
【0004】
さて、水素エネルギーを電力に変換する手法としては、水素と酸素の化学反応を使った燃料電池が最も注目を浴びている。特に燃料電池を搭載した燃料電池車は「環境対策車の本命」として有望視されている。しかし、水素は最も軽く小さな分子であるため漏れ易いという特徴があり、かつ発火しやすく燃焼速度も速いために極めて危険な気体といえる。そのため、将来水素エネルギーシステムが普及すれば、水素ガスセンサーの位置付けはますます重要になるものと予想される。
【0005】
現在、水素ガスセンサーとしては金属酸化物を用いた半導体式のものが代表的である。これは高感度かつ高い信頼性を有しているが、センサー素子自体は高温に加熱する必要がある。そのため、小型及び軽量化、低消費電力化あるいはセンサーの低コスト化には限界があり、多種多様な用途に対応できないと考えられる。
【0006】
水素ガスセンサーの具体例を示せば、例えば、特開昭59−120945号がある。これは、絶縁性基板の一方面に形成された対向する1対の電極と、これらの電極を覆うガス感応膜(SnO)と、基板の反対面に備えたヒータと、このヒータに接続されたリード線と、ガス感応膜上に形成された触媒層(Pt等)とからなる水素ガスセンサーが提案されている。しかしながら、この水素ガスセンサーでは、触媒層がスクリーン印刷により形成されているため、膜厚の制御が難しくてバラツキが大きく、センサーとしての特性の管理が難しい。さらに、この水素ガスセンサーは、動作温度が400℃程度の高温であるという難点を有する。
【0007】
また、例えば半導体製造工場においては、洗浄剤としてイソプロピルアルコールが用いられており、常に空気中に揮散している。このような条件下で、水素ガスの漏洩を確実に検知することは難しく、このため、特開平01−250851号に提案されているように、ガス感応膜上にガス不感応薄膜層(SiO、アルミナ等の酸化物等)を設けることが提案されているが、ガス不感応薄膜層の製法が難しく、コストアップは避けられず、センサーの特性を管理するための管理コストも高くなってしまう。
【0008】
更に、フタロシアニン蒸着膜を用いたガス検出素子の報告はあるが、ガスの吸着/脱着に伴う電気伝導度をモニタするものであり、電子供与性あるいは電子吸引性のガスに対するガス選択性がなくその動作も極めて不安定であった。
【発明の開示】
【0009】
本発明は上記のような従来の技術に鑑みて開発されたものであり、プロトンに対する感応選択性が良好でかつ室温で動作する水素センサー、酸センサー等のプロトン受容型ガスセンサーを安価に提供するものである。
【0010】
本発明は、窒素原子を含む複素環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知することを特徴とするプロトン受容型ガスセンサーに関する。
また、本発明は、窒素原子を含む複素環がピリジン系の複素環である上記プロトン受容型ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物が、窒素原子を含む複素環を導入した有機顔料である上記プロトン受容型ガスセンサーに関する。
また、本発明は、ピリジン環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知してなる水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物がピリジン環を導入した有機顔料である前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機顔料がピロロピロール、キナクリドン、インジゴ、フタロシアニン、アントラキノン、インダンスロン、アンスアンスロン、ペリレン、ピラゾロン、ペリノン、イソインドリノン、イソインドリン、ジオキサジン、又はそれぞれの誘導体である前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物と水素ガスのプロトン化触媒を接触させた前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記プロトン化触媒がPt、Pd、Ni、又はこれらの二成分合金若しくは三成分合金である前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物の膜の片面又は両面に感度促進剤として有機顔料の膜を積層した前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物の膜に接して少なくとも1対の電極を配置して電気抵抗率又は光伝導度の変化を検知する前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物の膜が真空蒸着膜又はスパッター膜である前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、基板上に少なくとも1対の電極を対向して配置し、この上に前記有機化合物の膜を有し、有機化合物の膜の片面若しくは両面にプロトン化触媒が接触、又は有機化合物の膜中にプロトン化触媒が分布した素子であって、電極間の電気抵抗率の変化を検知する電気抵抗モードの前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、プロトン化触媒を、基板及び電極上、有機化合物の膜上、又は有機化合物の膜中のいずれかに、真空蒸着法又はスパッター法により島状に設けた前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、n−Si基板をゲートとし、基板上に酸化シリコンの絶縁膜を介してソース及びドレイン電極を形成し、さらに酸化シリコン及び電極上に前記有機化合物の膜を形成した電界効果型トランジスタ構造(FET)を有する前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、励起光源を組み合わせ、光電導度の変化を検知する光伝導モードの前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、フォトダイオード又は電子増倍管を組み合わせ、光学吸収帯の変化を検知する光学吸収帯モードの前記水素ガスセンサーに関する。
また、本発明は、ピリジン環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知することを特徴とする酸センサーに関する。
また、本発明は、前記有機化合物がピリジン環を導入した有機顔料である上記酸センサーに関する。
また、本発明は、前記有機顔料がピロロピロール、キナクリドン、インジゴ、フタロシアニン、アントラキノン、インダンスロン、アンスアンスロン、ペリレン、ピラゾロン、ペリノン、イソインドリノン、イソインドリン、ジオキサジン、又はそれぞれの誘導体である上記酸センサーに関する。
本願の開示は、2003年10月22日に出願された特願2003−362412号及び2004年5月13日に出願された特願2004−144138号に記載の主題と関連しており、それらの開示内容は引用によりここに援用される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
[図1]図1は本発明の第1の素子構造を示す概念図である。
[図2]図2は本発明の第2の素子構造を示す概念図である。
[図3]図3は本発明の第3の素子構造を示す概念図である。
[図4]図4は図1のピリジン・DPP素子(触媒Pd)における電気抵抗率の変化を示す図である。
[図5]図5は図1のピリジン・DPP素子(触媒Pt)における電気抵抗率の変化を示す図である。
[図6]図6はピリジン・DPPへのプロトン付加前後の吸収スペクトルである。
[図7]図7はピリジン・DPPへのプロトン付加前後の光伝導スペクトルである。
[図8]図8は電気抵抗変化を検知する回路の概念図である。
[図9]図9は本発明の第4の素子構造を示す概念図である。
[図10]図10は図1のピリジン・DPP素子(触媒Pd)における電気抵抗率の変化を示す図である。
[図11]図11はピリジン・DPPへのプロトン付加前後の電気抵抗率である。
[図12]図12は図1のピリジン・DPP素子(触媒Pd)における電気抵抗率の変化の水素ガス濃度依存性を示す図である。
[図13]図13は図1のピリジン・DPP素子(触媒Pd)における電気抵抗率の時間応答特性を示す図である。
[図14]図14は図1のピリジン・ペリレン素子(触媒Pd)における電気抵抗率の変化を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のプロトン受容型ガスセンサーは、窒素原子を含む複素環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知することを特徴とする。
【0013】
以下、本発明のプロトン受容性のガスセンサーについて、ピリジン化したピロロピロール顔料を用いた水素ガスセンサーを中心に説明する。
【0014】
さて、本発明者は有機顔料として知られているピロロピロール(以下、DPPと称す)の電子構造(特に固体状態における色調)を、分子構造、結晶構造ならびに分子間相互作用の立場から明らかにし、その応用についても種々の提案をしてきた。しかるに、DPPの中でも、ピリジン環(好ましくは、パラ位に窒素原子)を持つDPP(以下、ピリジン・DPP又はDPPPと称す)がプロトンに極めて敏感に反応することを突き止めた。即ち、DPP骨格にピリジン環を有するピリジン・DPPはプロトンに対する感受性が極めて高く、プロトン付加に伴い室温で電気抵抗率、光伝導度、光学吸収帯等に大きな変化が現れる。かかる知見に基づいて本発明が完成したもので、信頼性の高い水素ガスセンサーが提供できることが判明したものである。尚、文献{J.Mizuguchi,H.Takahashi and H.Yamakami:Crystal structure of 3,6−bis(4’−pyridyl)−pyrrolo[3,4−c]pyrrole−1,4−dione,Z.Krist.NCS 217,519−520(2002)}に示される様に、ピリジン・DPPには2つの結晶相が存在するが、水素ガスセンサーには特に結晶相I(ピリジン環の窒素原子がNH…Nの水素結合を形成していない結晶相)が好ましい。
【0015】

【0016】
ピリジン・DPPは光や熱に対して極めて安定であるが、プロトン(H)がやって来ると室温でも即座に反応し、光学吸収帯域は540nm(赤)から580nm(紫)へと変化する。これに伴い電気抵抗率は3〜5桁も低下し、大きな光伝導も出現する。これらの現象のどれを利用しても室温で動作する感度の高い水素ガスセンサーが提供できる。
【0017】
本発明に使用される有機化合物としては、窒素原子を含む複素環が導入された有機顔料であることが好ましく、例えば、本上記ピリジン・DPPとその誘導体(化2)、ピリジン化したキナクリドンとその誘導体(化3)、インジゴとその誘導体(化4)、フタロシアニンとその誘導体(化5)、アントラキノンとその誘導体(化6)、インダンスロンとその誘導体(化7)、アンスアンスロンとその誘導体(化8)、ペリレンとその誘導体(化9−1)、(化9−2)、ピラゾロンとその誘導体(化10)、ペリノンとその誘導体(化11−1)、(化11−2)、イソインドリノンとその誘導体(化12)、イソインドリンとその誘導体(化13)、ジオキサジン(化14)とその誘導体等同様な化合物でも可能である。
【0018】

【0019】

【0020】

【0021】

【0022】

【0023】

【0024】

【0025】

【0026】

【0027】

【0028】

【0029】

【0030】

【0031】

【0032】

【0033】
更に、本発明にて選択される有機化合物は上記のものに限定されるものではない。本発明にて選択される有機化合物は、窒素原子を含む複素環、好ましくはピリジン系の複素環を導入した有機化合物である。例えば、次のような窒素原子を含む六員環(本発明において、ピリジン系の複素環とも称す)(化15)を有する有機化合物であっても、或いはシンノリン(化16)、フタラジン(化17)、フェナジン(化18)等の窒素原子を含む縮合環を有する有機化合物であってもよい。
【0034】
具体的には、上記の(化2)〜(化14)の化合物において、ピリジン環を(化15)〜(化18)に置き換えた化合物が挙げられる。
【0035】

【0036】

【0037】

【0038】

【0039】
ピリジン環を有するDPPは、例えば、特許公報(B2)特公平4−25273号に記載されている方法に従い、シアノピリジンと琥珀酸から合成することができる。さらに、他の窒素原子を有する有機化合物については、例えば、W.Herbst and K.Hunger,Industrial Organic Pigments−Production,Properties−,Applications−,VCH Weinheim・New York・Basel・Cambridge(1993)に記載されている方法に従い合成することができる。
【0040】
以下、更にピリジン・DPPの例を中心に説明するが、本発明の基本プロセスは次の2過程からなるもので、第1の過程は、水素ガス(水素分子)の解離とプロトン化の過程(H→H+H→2H+2e)、第2の過程は、プロトンのピリジン・DPPへの付加に伴う物性の変化を検知する過程である。
【0041】
第1の過程にあって、水素ガスのプロトン化が問題となるが、好ましくはPt、Pd、Ni、又はこれらの二成分合金若しくは三成分合金等の触媒を用いることで解決できる。つまり、これらの金属に接触すると水素分子は不安定になり、原子状水素(H)を経てプロトン化する。具体的には、Pd、Ptをスパッターすることにより水素ガスのプロトン化を促進することとしたものである。
【0042】
第2の過程における素子構造は、基本的には少なくとも1対の電極を備え、この電極間にピリジン・DPPを配したもので、水素ガスをプロトン化する上記の触媒を島状に配置したものである。ここで島状とはスパッター法で作製した膜に電気的な導通が現れない程度に金属粒子が島状に点在している状態である。
【0043】
従って、本発明の水素ガスセンサーにおいては、有機化合物と水素ガスのプロトン化触媒とが接触していることが好ましい。
【0044】
本発明の水素ガスセンサーは、好ましくは、上述した有機化合物の膜に接して少なくとも1対の電極を配置して電気抵抗率又は光伝導度の変化を検知する水素ガスセンサーである。また本発明の水素ガスセンサーは、特に好ましくは、基板上に少なくとも1対の電極を対向して配置し、この上に前記有機化合物の膜を有し、有機化合物の膜の片面若しくは両面にプロトン化触媒を接触、又は有機化合物の層中にプロトン化触媒が分布した素子であって、電極間の電気抵抗率の変化を検知する電気抵抗モードの水素ガスセンサーである。有機化合物の膜は、真空蒸着法又はスパッター法により設けることができ、好ましくは真空蒸着法により設けることができる。また、プロトン化触媒は、基板及び電極上、有機化合物の膜上、又は有機化合物の膜中に、真空蒸着法又はスパッター法、好ましくはスパッター法により島状に設けることができる。
【0045】
具体例としての一つは図1に示すものであり、ガラス等の基板(1)上に櫛形の電極(2、2、2)を交互に配置し、触媒として例えばPd(3)を島状にスパッター蒸着(数Å程度)(E−1030イオンスパッター、株式会社日立製作所製)し、この上よりピリジン・DPP(4)を膜状に真空蒸着(数−数百Å程度)(EG240型、株式会社東京真空製)する素子構造(A)である。ピリジン・DPPは、前記化合物2においてX=Yであり、Xはパラ位に窒素原子を持つピリジン環である。ただし、R=R=R=R=Hである。本例は、常温、1%水素ガス雰囲気下で十分な感度が得られた。
【0046】
なお、図1に示す素子の面積(電極部分)は5mm×10mmであり、電極の幅及び電極の間隔は100μmである。
【0047】
又、第2の例は図2に示すものであり、電極(2、2、2)上にピリジン・DPP(4)を膜状に蒸着し、その表面にPd(3)を島状にスパッターする素子構造(B)である。
【0048】
更に、第3の例は図3に示すものであり、プロトン化触媒が有機化合物の膜中に分布した素子構造(C)である。尚、電極は特に限定されるものではなく、例えば、Al、ITO(Indium−Tin−Oxide:透明電極)、A、Ag、Pd、Pt、Pd−Pt合金等が用いられる。かかる電極間の電気抵抗率変化を検知することにより電気抵抗モードの水素ガスセンサーが完成する。この構造を有する水素ガスセンサーは当然のことながら、酸に見られる蒸気状のプロトンガスを検知することも可能であり、同じ素子構造で酸センサーとしても機能する。
【0049】
勿論、励起光源を組み合わせた光伝導モードや、フォトダイオード、光電子増倍管等を組み合わせた光学吸収帯変化モードの水素ガスセンサーが提供できることは言うまでもない。これらの素子も先と同様に酸センサーとして動作することは言うまでもない。
【0050】
さらに第4の例は、図9に示すものである。図9に示す水素ガスセンサーは、所謂、有機FET(電界効果型トランジスタ)の構造を有するセンサーである。FET溝造の電極配置を持つ素子の上にプロトン化触媒をスパッターし、さらにこの上に有機化合物層を形成した水素ガスセンサーは更なる感度向上が認められる。図9に示す水素ガスセンサーはnのSi基板(14)をゲートとし、この上に酸化シリコンの絶縁膜(13)を介してソース、ドレイン電極(12)を形成したもので、ソースとドレイン間に上記の二層膜(島状に形成されたプロトン化触媒層及び有機化合物層)(11)が形成されている。ここで、Vg、Id、Vs−dはそれぞれゲート電圧、ドレイン電流、ソース・ドレイン電圧である。このようなFET構造を有するセンサーはゲート電圧の制御により、上述の櫛型電極のみのセンサーに比べてさらに数倍の感度向上が可能である。
【0051】
さて、図1の例をもって本発明の原理を更に説明すると、水素ガスは最初にピリジン・DPP(4)表面に吸着し、その後ピリジン・DPP(4)内部に拡散する。そして、水素ガスはPd(3)に出会い、そこで解離してプロトンとなる(H→H+H(解離)→2H+2e(プロトン化))。このプロトンがピリジン・DPP(4)のピリジン環の窒素原子にプロトン付加する。このとき放出される電子により、ピリジン・DPP(4)の電気抵抗率は室温で2〜4桁減少する。この抵抗率の減少を電気的に検出して水素ガスセンサーとしたものである。
【0052】
図4は図1に示す素子の一例における100%H雰囲気下の抵抗率の変化を示すものであり、電極はITO、ピリジン・DPPの厚さは500Å、触媒にPdを用いた。又、図5は同様の実験であるが触媒にPtを用いた結果である。図中、a(黒丸印)はプロトン付加前、b(白印)はプロトン付加後の夫々の結果を示す。
【0053】
尚、ピリジン・DPPのピリジン環の窒素原子がプロトン付加されると上述のように電気抵抗値が減少するばかりでなく、光伝導性も出現する。又、ピリジン・DPPの可視部の540nm近傍の光学吸収帯は580nmへとシフトし、その色調は赤から紫へと変化する。従って、水素ガスセンサーとしての検出方法としては電気抵抗率の変化(電気抵抗モード)、光伝導性の出現(光伝導モード)あるいは光学吸収帯の長波長化(540nm→580nm)(変色モード)の何れかを検出機能とするものである。
【0054】
図6はピリジン・DPP蒸着膜(厚さ1200Å)のHNO蒸気によるプロトン付加前後の吸収スペクトルであり、図7は光伝導スペクトルである。
【0055】
図10は図1の素子の他の例における100%H濃度下の電気抵抗率の変化を示すものであり、電極はITO、ピリジン・DPPの厚さは500Å、触媒にPdを用いた。ピリジン・DPPは、前記化合物2においてX=Yであり、Xはパラ位に窒素原子を持つピリジン環である。ただし、R=R=R=R=Hである。この例ではピリジン・DPPは昇華精製したものを用いている。
【0056】
図11はピリジン・DPP蒸着膜(厚さ1200Å)のHNO蒸気によるプロトン付加に伴う電気抵抗率の変化を示すものである。
【0057】
図12は図1に示す素子の他の例における電気抵抗率の変化の水素ガス濃度依存性を示すものであり、電極はITO、ピリジン・DPPの厚さは500Å、触媒にPdを用いた。
【0058】
図13は図1に示す素子の他の例における時間応答特性を示すものであり、電極はITO、ピリジン・DPPの厚さは500Å、触媒にPdを用いた。
【0059】
図14は図1の素子構造を持つ他の例であり、有機化合物としてピリジン・DPPに換え、ピリジン・ペリレンを用いた素子の電気抵抗率の変化を示す例である。ピリジン・ペリレンは、前記化合物9−1においてX=Yであり、Xはパラ位に窒素原子を持つピリジン環である。ただし、R=R=R=R=Hである。電極はITO、ピリジン・ペリレンの厚さは500Å、触媒にPdを用いた。図中、a(黒丸印)はプロトン付加前、b(白印)はプロトン付加後の夫々の結果を示す。ピリジン・ペリレンの電気抵抗率は、水素ガスの有無により約20000倍以上変化している。ピリジン・ペリレンを用いた素子は、ピリジン・DPPと同様、触媒にPtを用いても同じ反応を示す。
【0060】
また、上述の種々の有機化合物を用いた揚合にも、ピリジシ・DPP及びピリジン・ペリレンの場合と同様に、水素ガスの有無により大幅な電気抵抗率の変化が確認できる。
【0061】
尚、センサーの感度を上げる目的で、ピリジン・DPPの上面又は下面、あるいはピリジン・DPPの上下面にフタロシアニン類等の有機顔料薄膜を感度促進剤として設けることもできる。又、ピリンジン・DPPとフタロシアニン類の共蒸着することも可能である。ピリジン・DPPとフタロシアニン類との比率は膜厚比で約10:1位であり、共蒸着の場合の重量比は約10:1位程度である。
【0062】
以上、本発明を窒素原子を含む複素環を導入した有機化合物としてピリジン・DPPを用いた水素ガスを検知するセンサーを中心に説明したが、上述の通り、窒素原子を含む複素環はピリジンに限定されるものではなく、上述のトリアジン、ピラジン、ピリミジン、ピリダジン等を用いることが可能である。また、検知するガスも水素ガスに限定されるものではなく、硝酸ガス、塩化水素ガス、弗化水素ガス等の解離してプロトンを生じるであればいずれのガスであっても、本発明のセンサーにより検知することが可能である。
【0063】
本発明は、プロトンに対する感応選択性が良好な水素センサーを安価に提供することができるものであり、近年のように水素ガスをキャリアとして使用する製造工場、水素ガス保管施設や、水素ガスをエネルギー源として用いるいわゆる燃料電池にあって、水素ガスの検知や漏洩事故防止対策に大きな働きをなすセンサーが提供できたものである。また、本発明は、水素センサーに限らず、酸センサーを始めとする広く高感度のプロトン受容型ガスセンサーを安価に提供することができるものであり、硝酸ガス、弗化水素ガス、塩化水素ガス等の有毒ガスの発生の可能性のある製造工場などにおいても、種々のプロトン供与性ガスの検知や漏洩事故防止対策に大きな働きをなすセンサーが提供できたものである。
【実施例】
【0064】
[実施例1]
1.電気抵抗モード
図1の構造を持つ素子を水素ガスや硝酸ガス、塩化水素ガス、弗化水素ガス、アンモニアガス等の雰囲気中に入れると電気抵抗が急速に低下する。通常はピリジン・DPPの電気抵抗率は非常に高く絶縁体に近いので、電極間に電圧を印加し、流れる微小電流を検知する。即ち、この微小電流の変化を検出、増幅することによりセンサーとして用いる。本発明による素子は電気抵抗率の変化が1〜4桁以上あるので非常に検出しやすい。但し検出系すなわち入力系が高インピーダンスとなるので回路設計にその対応をすることが望ましい。例えば、検出信号増幅回路の前段に高入力インピーダンスOPアンプを用いたバッファを入れインピーダンス変換を行うなどの処置が有効である。
【0065】
具体的な回路としては、図1に示す素子を用いて図8に示す回路としたものであり、対向する電極(2、2)を1つ置きに接続して、一方を電源(5)の陰極に繋ぎ、もう一方を陽極に繋ぐ。この電極と電源の閉回路中に電流を検出する回路(6)を入れ、ピリジン・DPP/Pdの電気抵抗率の変化による電流の変化を検出することになる。
【0066】
[実施例2]
2.光伝導モード
電気抵抗モードと素子の構造は同じであるが、異なる点は基板としてガラス板、ならびに電極としてITOを用いた。この素子に可視光を照射すると電気抵抗が大幅に減少(光伝導現象)し、水素ガスを検知することができる。
【0067】
[実施例3]
3.吸収帯モード
この光学吸収帯モードでは電極は不要であり、その他の構造は電気抵抗モードならびに光伝導モードと同じである。ピリジン・DPP膜にプロトン付加が起こると540nm吸収バンドは580nmにシフトするので、光学吸収帯の変化を半導体検出器や光電子増倍管で検知し、水素ガスのセンサーに利用するモードである。
【0068】
電気抵抗ならびに光伝導モードは何れの場合も基本的には電気抵抗の変化をセンサーに利用するものである。動作モードとしては直流、交流どちらを用いた検出方法も使用できる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明はプロトンに対する感応選択性が良好なプロトン受容型ガスセンサー、特に水素ガスセンサーを安価に提供するものであり、その検知手段も多彩であり、電気抵抗モード、光伝導モード、光学吸収帯モードの変化を検知するものであり、水素ガスの検知や漏洩事故防止対策に大きな寄与をするもので、その利用範囲は極めて広範である。また、弗化水素ガス等の酸センサーとしても有効である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素原子を含む複素環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知することを特徴とするプロトン受容型ガスセンサー。
【請求項2】
窒素原子を含む複素環がピリジン系の複素環である請求項1記載のプロトン受容型ガスセンサー。
【請求項3】
前記有機化合物が、窒素原子を含む複素環を導入した有機顔料である請求項1又は2記載のプロトン受容型ガスセンサー。
【請求項4】
ピリジン環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知することを特徴とする水素ガスセンサー。
【請求項5】
前記有機化合物がピリジン環を導入した有機顔料である請求項4記載の水素ガスセンサー。
【請求項6】
前記有機顔料がピロロピロール、キナクリドン、インジゴ、フタロシアニン、アントラキノン、インダンスロン、アンスアンスロン、ペリレン、ピラゾロン、ペリノン、イソインドリノン、イソインドリン、ジオキサジン、又はそれぞれの誘導体である請求項5記載の水素ガスセンサー。
【請求項7】
前記有機化合物と水素ガスのプロトン化触媒を接触させた請求項4〜6いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項8】
前記プロトン化触媒がPt、Pd、Ni、又はこれらの二成分合金若しくは三成分合金である請求項7記載の水素ガスセンサー。
【請求項9】
前記有機化合物の膜の片面又は両面に感度促進剤として有機顔料の膜を積層した請求項4〜8いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項10】
前記有機化合物の膜に接して少なくとも1対の電極を配置して電気抵抗率又は光伝導度の変化を検知する請求項4〜9いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項11】
前記有機化合物の膜が真空蒸着膜又はスパッター膜である請求項4〜10いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項12】
基板上に少なくとも1対の電極を対向して配置し、この上に前記有機化合物の膜を有し、有機化合物の膜の片面若しくは両面にプロトン化触媒が接触、又は有機化合物の膜中にプロトン化触媒が分布した素子であって、電極間の電気抵抗率の変化を検知する電気抵抗モードの請求項4〜11いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項13】
プロトン化触媒を、基板及び電極上、有機化合物の膜上、又は有機化合物の膜中のいずれかに、真空蒸着法又はスパッター法により島状に設けた請求項10〜12いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項14】
−Si基板をゲートとし、基板上に酸化シリコンの絶縁膜を介してソース及びドレイン電極を形成し、さらに酸化シリコン及び電極上に前記有機化合物の膜を形成した電界効果型トランジスタ構造を有する請求項4〜13いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項15】
励起光源を組み合わせ、光電導度の変化を検知する光伝導モードの請求項4〜14いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項16】
フォトダイオード又は電子増倍管を組み合わせ、光学吸収帯の変化を検知する光学吸収帯モードの請求項4〜15いずれか記載の水素ガスセンサー。
【請求項17】
ピリジン環を導入した有機化合物にプロトンを接触させ、プロトン付加に伴う前記有機化合物の電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収帯の変化を検知することを特徴とする酸センサー。
【請求項18】
前記有機化合物がピリジン環を導入した有機顔料である請求項17記載の酸センサー。
【請求項19】
前記有機顔料がピロロピロール、キナクリドン、インジゴ、フタロシアニン、アントラキノン、インダンスロン、アンスアンスロン、ペリレン、ピラゾロン、ペリノン、イソインドリノン、イソインドリン、ジオキサジン、又はそれぞれの誘導体である請求項17又は18記載の酸センサー。

【国際公開番号】WO2005/040781
【国際公開日】平成17年5月6日(2005.5.6)
【発行日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514919(P2005−514919)
【国際出願番号】PCT/JP2004/014102
【国際出願日】平成16年9月27日(2004.9.27)
【特許番号】特許第3868989号(P3868989)
【特許公報発行日】平成19年1月17日(2007.1.17)
【出願人】(000222118)東洋インキ製造株式会社 (2,229)
【出願人】(503382449)
【Fターム(参考)】