説明

ペロブスカイト型酸化物とその製造方法、圧電体、圧電素子、液体吐出装置

【課題】圧電性能に優れたペロブスカイト型酸化物を提供する。
【解決手段】下記一般式(P)で表される組成を有するペロブスカイト型酸化物の製造方法において、下記式(1)〜(4)の関係を充足する条件で、組成を決定する。(A,B,C)(D,E,F)O・・・(P)、0.98≦TF(P)≦1.01・・・(1)TF(ADO)>1.0・・・(2)TF(BEO)<1.0・・・(3)TF(BEO)<TF(CFO)<TF(ADO)(4)(式中、A〜Fは各々1種又は複数種の金属元素、TF(P)は上記一般式(P)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BEO)、及びTF(CFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペロブスカイト型酸化物とその製造方法、ペロブスカイト型酸化物を含む強誘電体組成物と圧電体、この圧電体を用いた圧電素子及び液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載されるアクチュエータ等として使用されている。圧電体材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等のペロブスカイト型酸化物が知られている。かかる材料は電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体である。圧電体は、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。
【0003】
PZTは、PbTiO(PT)とPbZrO(PZ)との固溶体である。Zr/Tiの割合を変えたときのPZTの相図を図14に示す。この図は“LANDOLT-BORNSTEIN, Numerical Data and Functional Relationships in Science and Technology, New Series”, GroupIII:Crystal and Solid State Physics, Vol.16, Editors:K.H.Hellwege and A.M.Hellwege, Springer-Verlag Berlin-Heidelberg-New York,1981, p.426,Fig.728に記載の図である。図中、Fは正方晶、Fは菱面体晶を示している。
【0004】
PZTでは、Tiの割合が多くなると正方晶になりやすく、Zrの割合が多くなると菱面体晶になりやすく、これらがほぼ等モルのときにMPB組成となる。PZTでは例えば、MPB近傍組成であるZr/Ti=52/48のモル比の組成が好適であるとされている。MPB及びその近傍では結晶構造が不安定になり、圧電性能が最も高くなると、一般の圧電セラミックスの教科書に記載されている。従来、PZTでは、MPB及びその近傍で疑立方晶となると言われていたが、ナノ構造については詳細が分かっていなかった。
【0005】
かかる背景下、特許文献1において、Pb(Ti,Zr,Nb)O等のPZT系セラミックス焼結体において、X線回折−リートベルト解析法により、MPB及びその近傍では正方晶相と菱面体晶相との2相混晶構造となることが報告されている(請求項9等)。特許文献1には、正方晶相と菱面体晶相との相比率と圧電定数との関係から、好適な組成を設計できることが記載されている(表1、図4、段落0027等)。
【0006】
また、非特許文献1において、PZT膜において、MPB及びその近傍において、正方晶相と菱面体晶相との2相混晶構造となることが報告されている(Fig.2(b)等)。
【0007】
ところで、従来の圧電素子では、強誘電体の自発分極軸に合わせた方向に電界を印加することで、自発分極軸方向に伸びる圧電効果を利用することが一般的であった。すなわち、従来は、電界印加方向と自発分極軸方向とが合うように、材料設計を行うことが重要とされてきた(自発分極軸方向=電界印加方向)。しかしながら、強誘電体の上記圧電効果を利用するだけでは歪変位量に限界があり、より大きな歪変位量が求められるようになってきている。
【0008】
特許文献2には、電界印加により圧電体を相転移させる圧電素子が提案されている。該文献には、相転移膜と、電極と、相転移膜をキュリー点Tc付近の温度Tに調整する発熱体とを備える圧電素子が開示されている(請求項1参照)。相転移膜としては、正方晶系と菱面体晶系との間、又は菱面体晶系或いは正方晶系と立方晶系との間で転移する膜が挙げられている(請求項2参照)。特許文献2に記載の圧電素子では、強誘電体の圧電効果と相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化とにより、従来よりも大きな歪変位量が得られるとされている。
【特許文献1】特開2006-36578号公報
【特許文献2】特許第3568107号公報
【非特許文献1】Jpn.J.Appl.Phys.Vol.42(2003)pp.5922-5926
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、PZT系セラミックスでは、MPB及びその近傍で疑立方晶となると言われていたが、近年、特許文献1及び非特許文献1において、MPB及びその近傍の結晶構造は正方晶相と菱面体晶相との2相混晶構造であることが報告されている。しかしながら、MPB及びその近傍の結晶構造や圧電メカニズム等については、未だに不明な部分が多い。
【0010】
また、特許文献1に記載の方法では、ある決まった複数の元素を含むペロブスカイト型酸化物において、複数の元素のモル比を変えて試料を調製し、各試料についてX線回折−リートベルト解析法により正方晶相と菱面体晶相との相比率を求め、各試料について圧電定数を求め、得られた相比率と圧電定数との関係から、組成を決定する必要がある。かかる方法では、構成元素が変わるごとに同様の実験を行って好適な組成を探索する必要があり、材料設計を効率良く行うことができない。
【0011】
話は変わって、特許文献2には、相転移膜として、いずれも強誘電体である正方晶系と菱面体晶系との間で相転移する膜と、強誘電体である菱面体晶系或いは正方晶系と常誘電体である立方晶系との間で転移する膜とが挙げられている。しかしながら、特許文献2に記載の圧電素子は、キュリー点Tc付近で使用するものである。キュリー点Tcは強誘電体と常誘電体との相転移温度に相当するものであるから、キュリー点Tc付近で使用する場合には、正方晶系と菱面体晶系との間で相転移する膜はあり得ない。したがって、特許文献2に記載の圧電素子は、強誘電体と常誘電体との間の相転移を利用するものにしかならない。かかる素子では、常誘電体が自発分極性を有しないので、相転移後には電界印加により分極軸方向に伸びる圧電効果は得られない。
【0012】
本発明者は、特願2006-188765号(特願2005-277108号に基づく優先権を主張した出願、本件特許出願時において未公開)において、結晶配向性を有する第1の強誘電体相を含み、電界印加により、この第1の強誘電体相の少なくとも一部が結晶系の異なる第2の強誘電体相に相転移する圧電体を備えた圧電素子を提案している。
【0013】
かかる圧電素子では、第1の強誘電体相の相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化が得られ、しかも、圧電体は相転移前後のいずれにおいても強誘電体からなり、相転移前後のいずれにおいても強誘電体の圧電効果が得られるので、特許文献2に記載の圧電素子よりも大きな歪変位量が得られる。
【0014】
本発明者はさらに、上記特許文献において、相転移前の上記強誘電体相の自発分極軸方向と電界印加方向とを変え、好ましくは電界印加方向を相転移後の強誘電体相の自発分極軸方向に略一致させることで、エンジニアードドメイン効果等により、より大きな歪変位量が得られることを報告している。
【0015】
本発明は上記事情を鑑みてなされたものであり、圧電性能(強誘電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物の新規な材料設計思想を提供することを目的とするものである。本発明は特に、本発明者が特願2006-188765号にて提案している電界誘起相転移の系において好適な材料設計思想を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、上記材料設計思想に基づいてペロブスカイト型酸化物を製造するペロブスカイト型酸化物の製造方法、及び上記材料設計思想に基づいて設計されたペロブスカイト型酸化物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明のペロブスカイト型酸化物の製造方法は、下記一般式(P)で表される組成を有するペロブスカイト型酸化物の製造方法において、下記式(1)〜(4)の関係を充足する条件で、組成を決定することを特徴とするものである。本発明のペロブスカイト型酸化物の製造方法においては、さらに下記式(5)の関係を充足する条件で、組成を決定することが好ましい。
【0017】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表される組成を有し、下記式(1)〜(4)の関係を充足することを特徴とするものである。本発明のペロブスカイト型酸化物においては、さらに下記式(5)の関係を充足することが好ましい。
【0018】
(A,B,C)(D,E,F)O・・・(P)
(式(P)中、A〜C:Aサイト元素、D〜F:Bサイト元素、O:酸素原子、A〜Fは各々1種又は複数種の金属元素。
A〜Cは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、A〜Cのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、D〜Fは互いに異なる組成である。
D〜Fは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、D〜Fのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、A〜Cは互いに異なる組成である。
Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)、
0.98≦TF(P)≦1.01・・・(1)、
TF(ADO)>1.0・・・(2)、
TF(BEO)<1.0・・・(3)、
TF(BEO)<TF(CFO)<TF(ADO)・・・(4)、
0.98≦TF(CFO)≦1.02・・・(5)
(式(1)〜(5)中、TF(P)は上記一般式(P)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BEO)、及びTF(CFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【0019】
本明細書において、「許容因子TF」は下記式で表されるファクターである。
TF=(rA+rO)/√2(rB+rO)
(式中、rAはAサイトの平均イオン半径、rBはBサイトの平均イオン半径、rOは酸素のイオン半径である。)
【0020】
本明細書において、「イオン半径」は、いわゆるShannonのイオン半径を意味している(R. D. Shannon, Acta Crystallogr A32,751 (1976)を参照)。「平均イオン半径」は、格子サイト中のイオンのモル分率をC、イオン半径をRとしたときに、ΣCiRiで表される量である。
【0021】
本発明では、ADO、BEO、CFO、及び上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物について、各々理論的に許容因子を求める。この際、実際には単独でペロブスカイト型酸化物にならないものでも許容因子を理論的に求める。そして、上記規定の関係となるように、上記一般式(P)の組成を決定する。
【0022】
本発明では、このように材料設計を行うのであって、本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。したがって、本発明のペロブスカイト型酸化物は、ADO、BEO、及びCFOの3成分が共存した3相混晶構造になる場合もあるし、ADO、BEO、及びCFOが完全固溶して1つの相になる場合もあるし、その他の構造もあり得る。
【0023】
ただし、本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式で表される第1〜第3成分を含むことが好ましい。
第1成分:ADO
第2成分:BEO
第3成分:CFO
(各成分において、Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)
【0024】
前記第1成分と前記第2成分とは結晶系が異なっていることが好ましい。前記第1成分と前記第2成分と前記第3成分とは結晶系が異なっていることが特に好ましい。
例えば、前記第1成分の結晶系は、正方晶系、斜方晶系、単斜晶系、三方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、前記第2成分の結晶系は、正方晶系、斜方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、かつ、前記第1成分とは異なる結晶系であり、前記第3成分の結晶系が立方晶系又は疑立方晶系である混晶構造が挙げられる。
【0025】
本発明のペロブスカイト型酸化物の具体的な組成としては、下記一般式(PX)で表される組成が挙げられる。
Pb(Ti,Zr,M)O・・・(PX)
(式(PX)中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0026】
本発明のペロブスカイト型酸化物の他の具体的な組成としては、下記一般式(PY)で表される組成が挙げられる。
(Ba,Ca,Sr)(Ti,Zr,M)O・・・(PY)
(式(PY)中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0027】
本発明のペロブスカイト型酸化物の他の具体的な組成としては、下記一般式(PW)で表される組成が挙げられる。
Bi(Al,Fe,M)O・・・(PW)
(式(PW)中、Mは、Cr,Mn,Co,Ni,Ga,及びScからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0028】
本発明によれば、
モルフォトロピック相境界(MPB)又はその近傍の組成を有し、
正方晶相、斜方晶相、及び菱面体晶相からなる群より選択される少なくとも2つの結晶相と、
立方晶及び疑立方晶からなる群より選択される少なくとも1つの結晶相との混晶構造を有することを特徴とするペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0029】
本発明によれば、モルフォトロピック相境界(MPB)又はその近傍の組成を有し、
高分解能X線回折パターンが、正方晶相の回折ピークと、菱面体晶の回折ピークと、該2つの回折ピークとは異なる第3相の回折ピークとを有することを特徴とするペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
「MPBの近傍」とは、電界をかけた時に相転移する領域のことである。
【0030】
本発明の強誘電体組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
【0031】
本発明の圧電体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。本発明の圧電体の形態としては、圧電膜又は圧電セラミックス焼結体が挙げられる。
【0032】
本発明の圧電体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
本明細書において、「結晶配向性を有する」とは、Lotgerling法により測定される配向率Fが、80%以上であることと定義する。
配向率Fは、下記式(i)で表される。
F(%)=(P−P0)/(1−P0)×100・・・(i)
式(i)中、Pは、配向面からの反射強度の合計と全反射強度の合計の比である。(001)配向の場合、Pは、(00l)面からの反射強度I(00l)の合計ΣI(00l)と、各結晶面(hkl)からの反射強度I(hkl)の合計ΣI(hkl)との比({ΣI(00l)/ΣI(hkl)})である。例えば、ペロブスカイト結晶において(001)配向の場合、P=I(001)/[I(001)+I(100)+I(101)+I(110)+I(111)]である。
P0は、完全にランダムな配向をしている試料のPである。
完全にランダムな配向をしている場合(P=P0)にはF=0%であり、完全に配向をしている場合(P=1)にはF=100%である。
【0033】
本発明の圧電体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
【0034】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
本明細書において、「略<abc>方向に結晶配向性を有する」とは、その方向の結晶配向率Fが80%以上であると定義する。
【0035】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0036】
本発明の圧電素子は、上記の本発明の圧電体と、該圧電体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記の本発明の圧電素子と、該圧電素子の基板に一体的にまたは別体として設けられた液体吐出部材とを備え、該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有するものであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0037】
本発明は、圧電性能(強誘電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物の新規な材料設計思想を提供するものである。本発明によれば、圧電性能(強誘電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物の組成を容易に設計することができる。
本発明は特に、本発明者が特願2006-188765号にて提案している電界誘起相転移の系において好適な材料設計思想を提供するものである。本発明によれば、相転移が起こりやすく、比較的低い電界強度においても大きな歪変位量が得られるドメイン構造のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
上記材料設計思想に基づいて設計された本発明のペロブスカイト型酸化物を用いることにより、圧電性能に優れた圧電素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
「ペロブスカイト型酸化物」
本発明のペロブスカイト型酸化物の製造方法は、下記一般式(P)で表される組成を有するペロブスカイト型酸化物の製造方法において、下記式(1)〜(4)の関係を充足する条件で、組成を決定することを特徴とするものである。本発明のペロブスカイト型酸化物の製造方法においては、さらに下記式(5)の関係を充足する条件で、組成を決定することが好ましい。
【0039】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表される組成を有し、下記式(1)〜(4)の関係を充足することを特徴とするものである。本発明のペロブスカイト型酸化物においては、さらに下記式(5)の関係を充足することが好ましい。
【0040】
(A,B,C)(D,E,F)O・・・(P)
(式(P)中、A〜C:Aサイト元素、D〜F:Bサイト元素、O:酸素原子、A〜Fは各々1種又は複数種の金属元素。
A〜Cは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、A〜Cのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、D〜Fは互いに異なる組成である。
D〜Fは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、D〜Fのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、A〜Cは互いに異なる組成である。
Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)、
0.98≦TF(P)≦1.01・・・(1)、
TF(ADO)>1.0・・・(2)、
TF(BEO)<1.0・・・(3)、
TF(BEO)<TF(CFO)<TF(ADO)・・・(4)、
0.98≦TF(CFO)≦1.02・・・(5)
(式(1)〜(5)中、TF(P)は上記一般式(P)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BEO)、及びTF(CFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【0041】
BサイトをなすD〜Fが共通の組成である場合、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P1)で表される。この組成の本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記式(1a)〜(4a)の関係を充足することが好ましく、下記式(1a)〜(5a)の関係を充足することが特に好ましい。
(A,B,C)DO・・・(P1)
(式(P1)中、A〜C:Aサイト元素、D:Bサイト元素、O:酸素原子、A〜Dは各々1種又は複数種の金属元素。A〜Cは互いに異なる組成である。)、
0.98≦TF(P1)≦1.01・・・(1a)、
TF(ADO)>1.0・・・(2a)、
TF(BDO)<1.0・・・(3a)、
TF(BDO)<TF(CDO)<TF(ADO)・・・(4a)、
0.98≦TF(CDO)≦1.02・・・(5a)
(式(1a)〜(5a)中、TF(P1)は上記一般式(P1)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BDO)、及びTF(CDO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【0042】
AサイトをなすA〜Cが共通の組成である場合、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P2)で表される。この組成の本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記式(1b)〜(4b)の関係を充足することが好ましく、下記式(1b)〜(5b)の関係を充足することが特に好ましい。
A(D,E,F)O・・・(P2)
(式(P2)中、A:Aサイト元素、D〜F:Bサイト元素、O:酸素原子、A及びD〜Fは各々1種又は複数種の金属元素。D〜Fは互いに異なる組成である。)、
0.98≦TF(P2)≦1.01・・・(1b)、
TF(ADO)>1.0・・・(2b)、
TF(AEO)<1.0・・・(3b)、
TF(AEO)<TF(AFO)<TF(ADO)・・・(4b)、
0.98≦TF(AFO)≦1.02・・・(5b)
(式(1b)〜(5b)中、TF(P2)は上記一般式(P2)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(AEO)、及びTF(AFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【0043】
図1は、1個又は2個の元素によりAサイトが構成され、1個又は2個の元素によりBサイト元素が構成された種々のペロブスカイト型酸化物について、Aサイト元素の平均イオン半径と、Bサイト元素の平均イオン半径と、許容因子TFと、結晶系との関係を示す図である。図中、結晶系を示す符号は各々、C:立方晶(cubic crystal)、M:単斜晶(monoclinic crystal)、PC:疑立方晶(pseudocubic crystal)、R:菱面体晶(rhombohedral crystal)、T:正方晶(tetragonal crystal)、Tr:三方晶(trigonal crystal)である。図1中にMnが2つ記載されているが、0.64Åは3価のMnのイオン半径であり、0.67Åは2価のMnのイオン半径である。
【0044】
TF=1.0のとき、ペロブスカイト構造の結晶格子は最密充填となる。この条件では、Bサイト元素は結晶格子内でほとんど動かず安定した構造を取りやすい。この組成では、立方晶又は疑立方晶などの結晶構造を取りやすく、強誘電性を示さない、あるいは強誘電性を示してもそのレベルは極めて小さい。
【0045】
TF>1.0のとき、Aサイト元素に対してBサイト元素が小さい。この条件では、結晶格子が歪まなくてもBサイト元素は結晶格子内に入りやすく、かつBサイト元素は結晶格子内で動きやすい。この組成では、正方晶(自発分極軸<001>方向)などの結晶構造を取りやすく、強誘電性を有する。TFの値が1.0から離れる程、強誘電性は高くなる傾向がある。
【0046】
TF<1.0のとき、Aサイト元素に対してBサイト元素が大きい。この条件では、結晶格子が歪まなければBサイト元素が結晶格子内に入らない。この組成では、斜方晶(自発分極軸<110>方向)又は菱面体晶(自発分極軸<111>方向)などの結晶構造を取りやすく、強誘電性を有する。TFの値が1.0から離れる程、強誘電性は高くなる傾向がある。
【0047】
表1は、TF>1.0の第1成分とTF<1.0の第2成分との既存の種々の混晶について、各成分単独の結晶系/Aサイトイオン半径/Bサイトイオン半径/TF、モルフォトロピック相境界(MPB)となる第1成分と第2成分との割合(モル比)、及びMPB組成の第1成分と第2成分との混晶のAサイト平均イオン半径/Bサイト平均イオン半径/TFをまとめたものである。表1中、結晶系を示す符号は各々、T:正方晶(tetragonal crystal)、O:斜方晶(orthorhombic crystal)、R:菱面体晶(rhombohedral crystal)である。
【0048】
表1から分かるように、MPB組成のTFは0.98〜1.01に収まっている。本発明では、0.98≦TF(P)≦1.01・・・(1)を充足するように組成を設計しているので、本発明のペロブスカイト型酸化物の組成は、MPB又はその近傍の組成である。
【0049】
【表1】

【0050】
例えば、TF>1.0の第1成分ADOと、TF<1.0の第2成分BEOとを選定し、全体のTFが0.98〜1.01となるように、添加元素C,Fを選定することで、上記式(1)〜(4)、好ましくは上記式(1)〜(5)を充足するペロブスカイト型酸化物を設計できる。
【0051】
かかる材料設計では、強誘電性の高いTF>1.0の第1成分ADOと、強誘電性の高いTF<1.0の第2成分BEOとに対して、全体がMPB又はその近傍の組成となるように、添加元素C,Fを選定している。第3成分CFOのTFが1.0に近い、好ましくは0.98〜1.02の範囲内であり、CFOの強誘電性が小さい条件で、添加元素C,Fを選定することで、上記式(1)〜(4)、好ましくは上記式(1)〜(5)を充足するペロブスカイト型酸化物を設計できる。
【0052】
本発明で設計されるペロブスカイト型酸化物(A,B,C)(D,E,F)Oの圧電性能(強誘電性能)を考慮すれば、第1成分ADO及び第2成分BEOの強誘電性はより高い方が好ましい。すなわち、TF(ADO)及びTF(BEO)はいずれも1.0より離れている方が好ましい。
【0053】
具体的には、図1において、TF>1.0のPT(PbTiO)と、TF<1.0のPZ(PbZrO)とを選定し、全体のTFが0.98〜1.01となるようにするには、例えばBサイトにNb等を添加すればよい。図1において、PbNbOはPT及びPZとAサイトイオン半径が同じで、PTとPZとの中間的な位置にあり、TFがほぼ1.0(0.98〜1.02の範囲内)にあるので、PTとPZとにNbを添加することで、添加後の全体のTFを0.98〜1.01とすることができる。このときの組成はPb(Ti,Zr,Nb)Oである。
【0054】
イオン価数から見れば、PbNbOは単独ではペロブスカイト構造を取らない。本発明の材料設計では、実際に単独でペロブスカイト構造を取るか取らないかは別として、ADO、BEO、及びCFOのTFをそれぞれ理論的に求めて、全体の組成を設計する。
【0055】
TF>1.0のPT(PbTiO)と、TF<1.0のPZ(PbZrO)とを選定した場合、Bサイトに、Nbとイオン半径の近い、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,Fe等を添加しても、上記式(1)〜(4)、好ましくは上記式(1)〜(5)を充足することができる。これらの添加元素は2種以上添加することもできる。
【0056】
すなわち、本発明のペロブスカイト型酸化物の具体的な組成としては、下記一般式(PX)で表される組成が挙げられる。
Pb(Ti,Zr,M)O・・・(PX)
(式(PX)中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0057】
上記例では、PTとPZとに対して、Bサイトにのみ元素(式(P)中のF)を添加しているが、Bサイトには元素を添加せずに、Aサイトに対して元素(式(P)中のC)を添加しても構わない。また、PTとPZとに対して、AサイトとBサイトの両方に元素(式(P)中のC,F)を添加してもよい。
【0058】
また、図1において、TF>1.0のBT(BaTiO)と、TF<1.0のCT(CaTiO)とを選定し、全体のTFが0.98〜1.01となるようにするには、例えばAサイトにSrを添加すればよい。このときの組成は(Ba,Ca,Sr)TiOである。
【0059】
この設計でも、BサイトがTiとZrを含む系に適用でき、さらにBサイトに上記一般式(PX)と同様の元素Mを添加することができる。すなわち、本発明のペロブスカイト型酸化物の具体的な組成としては、下記一般式(PY)で表される組成が挙げられる。
(Ba,Ca,Sr)(Ti,Zr,M)O・・・(PY)
(式(PY)中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0060】
更に、図1において、TF>1.0のBA(BiAlO)と、TF<1.0のBF(BiFeO)とを選定し、全体のTFが0.98〜1.01となるようにするには、例えばBサイトにScを添加すればよい。図1において、BiScOはTFがBiFeOより小さく、また、TF(BiFeO)=0.960,TF(BiScO)=0.911であるので上記式(5)は満たさないが、組成を調整することにより全体のTFを0.98〜1.01とすることができる(例えばTF(BiAl0.6Fe0.35Sc0.05)=0.989)。この設計では、添加元素Mとして、Bサイトに、Scとイオン半径の近いCr,Mn,Co,Ni,Ga等を添加しても、上記式(1)〜(4)、好ましくは上記式(1)〜(5)を充足することができる。すなわち、本発明のペロブスカイト型酸化物の他の具体的な組成としては、下記一般式(PW)で表される組成が挙げられる。
Bi(Al,Fe,M)O・・・(PW)
(式(PW)中、Mは、Cr,Mn,Co,Ni,Ga,及びScからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0061】
本発明では、ADO、BEO、CFO、及び上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物について、各々理論的にTFを求める。この際、実際には単独でペロブスカイト型酸化物にならないものでもTFを理論的に求める。そして、上記規定の関係となるように、上記一般式(P)の組成を決定する。上記材料設計に基づいて設計された本発明のペロブスカイト型酸化物は、MPB又はその近傍の組成を有するので、高い圧電性能(強誘電性能)を有する。
【0062】
「課題を解決するための手段」の項において説明したように、本発明では、上記のように材料設計を行うのであって、本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は、特に制限されない。したがって、本発明のペロブスカイト型酸化物は、ADO、BEO、及びCFOの3成分が共存した3相混晶構造になる場合もあるし、ADO、BEO、及びCFOが完全固溶して1つの相になる場合もあるし、その他の構造もあり得る。
【0063】
ただし、本発明のペロブスカイト型酸化物は、TF>1.0の第1成分ADOと、TF<1.0の第2成分BEOと、TFが1.0に近い第3成分CFOとを含むことが好ましい(各成分において、Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)。
【0064】
第1成分ADOと第2成分BEOとは結晶系が異なっていることが好ましい。第1成分ADOと第2成分BEOと第3成分CFOとは結晶系が異なっていることが特に好ましい。
【0065】
例えば、第1成分ADOの結晶系は、正方晶系、斜方晶系、単斜晶系、三方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、第2成分BEOの結晶系は、正方晶系、斜方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、かつ、第1成分ADOとは異なる結晶系であり、第3成分CFOの結晶系が立方晶系又は疑立方晶系である態様が挙げられる。
【0066】
本発明の材料設計によれば、MPB又はその近傍の組成を有し、
正方晶相、斜方晶相、及び菱面体晶相からなる群より選択される少なくとも2つの結晶相と、
立方晶及び疑立方晶からなる群より選択される少なくとも1つの結晶相との混晶構造を有するペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0067】
本発明の材料設計によれば、MPB又はその近傍の組成を有し、
高分解能X線回折パターンが、正方晶相の回折ピークと、菱面体晶の回折ピークと、該2つの回折ピークとは異なる第3相の回折ピークとを有することを特徴とするペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0068】
本発明者は、高分解能X線回折(高分解能XRD)測定により、MPB又はその近傍組成のNbドープPZT(Nb−PZT)では例えば、正方晶相と、菱面体晶相と、菱面体晶及び正方晶とは異なる第3相との3相混晶構造が得られることを実際に確認している(実施例1、図9(a)を参照)。NbドープPZTは上記一般式(PX)で表される酸化物の1つであり、上記式(1)〜(5)を充足する本発明のペロブスカイト型酸化物である。MPB又はその近傍組成のノンドープのPZTでは、第3相の回折ピークは見られていない(比較例1、図9(b)を参照)。
【0069】
本発明者は、第3成分のTFが1.0に近いこと、高分解能XRDパターンの回折ピークから求められた第3成分の相の格子定数が、該相が立方晶又は疑立方晶と仮定したときの格子定数と略一致していること、及びEXAFSの測定結果から、第3相が立方晶又は疑立方晶で存在していると推察している(実施例1、図9(a)、表2を参照)。
【0070】
本発明者は、上記第1〜第3成分の3相混晶構造である本発明のペロブスカイト型酸化物は、発明者が特願2006-188765号にて提案している電界誘起相転移の系に有効な材料であり、高い圧電性能が得られることを見出している。
【0071】
以下、発明者が特願2006-188765号にて提案している電界誘起相転移の系について説明する。この系では、圧電体を、電界印加により少なくとも一部が結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有する強誘電体相を含む構成する。
【0072】
説明を簡略化するため、電界印加により結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有する上記強誘電体相のみからなる圧電体の圧電特性について説明する。この圧電体の電界強度と歪変位量との関係を図2に模式的に示す(直線X)。
【0073】
図2中、電界強度E1は、上記強誘電体相の相転移が開始する最小の電界強度である。電界強度E2は、上記強誘電体相の相転移が略完全に終了する電界強度である。通常はE1<E2であるが、E1=E2もあり得る。「相転移が略完全に終了する電界強度E2」とは、それ以上電界を印加してもそれ以上相転移が起こらない電界強度を意味している。E2以上の電界強度を印加しても、上記強誘電体相の一部が相転移せずに残る場合がある。
【0074】
図2には、従来技術の圧電体の圧電特性についても合わせて模式的に示してある(直線Y,Z)。なお、ここでは、比較しやすいよう、電界強度0〜E1では直線X,Y,Zの圧電特性を合わせてあり、電界強度E1〜E2では直線X,Zの圧電特性を合わせてある。
【0075】
図2に示す如く、上記圧電体は、電界強度E=0〜E1(相転移前)では、相転移前の強誘電体相の圧電効果により、電界強度の増加に伴って歪変位量が直線的に増加し、電界強度E=E1〜E2では、相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化が起こり、電界強度の増加に伴って歪変位量が直線的に増加し、電界強度E≧E2(相転移後)では、相転移後の強誘電体相の圧電効果により、電界強度の増加に伴って歪変位量が直線的に増加する圧電特性を有するものである。
【0076】
上記圧電体では、相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化(電界強度E=E1〜E2の範囲)が起こり、しかも、圧電体は相転移前後のいずれにおいても強誘電体からなるので、相転移前後のいずれにおいても強誘電体の圧電効果が得られ、電界強度E=0〜E1、E=E1〜E2、E≧E2のいずれの範囲内においても、大きい歪変位量が得られる。
【0077】
従来は、強誘電体の自発分極軸に合わせた方向に電界を印加することで、自発分極軸方向に伸びる圧電効果を利用することが一般的であった(従来技術1)。この従来技術1では、図2の直線Yに示すように、ある電界強度までは電界強度の増加に対して歪変位量が直線的に増加するが、ある電界強度を超えると、電界強度の増加に対する歪変位量の増加が著しく小さくなり、歪変位量がほぼ飽和する。
【0078】
「発明が解決しようとする課題」の項において、特許文献2には、強誘電体相と常誘電体相との間の相転移を利用する圧電体のみが実質的に記載されていることを述べた。かかる系では、図2の直線Zに示すように、相転移前は強誘電体相の圧電効果により電界強度の増加に対して歪変位量が直線的に増加し、相転移が開始する電界強度E1から相転移が略完了する電界強度E2までは、相転移に伴う結晶構造の変化によって歪変位量が増加し、常誘電体相への相転移が略完了する電界強度E2を超えると、強誘電体相の圧電効果が得られなくなるので、それ以上電界を印加しても、歪変位量は増加しない。
【0079】
電界印加により結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有する強誘電体相からなる圧電体では、従来技術1,2よりもより大きな歪変位量が得られる。この圧電体の駆動条件は制限なく、歪変位量を考慮すれば、最小電界強度Emin及び最大電界強度Emaxが、下記式(6)を充足する条件で駆動されることが好ましく、下記式(7)を充足する条件で駆動されることが特に好ましい。
Emin<E1<Emax・・・(6)、
Emin<E1≦E2<Emax・・・(7)
【0080】
上記電界誘起相転移の系においては、相転移が起こる強誘電体相が、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有していることが好ましく、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有していることが特に好ましい。通常、結晶配向方向が電界印加方向である。
【0081】
電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前において、「エンジニアードドメイン効果」により、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも大きな変位量が得られ、好ましい。単結晶体のエンジニアードドメイン効果は、“Ultrahigh strain and piezoelectric behavior in relaxor based ferroelectric single crystals”, S.E.Park et.al., JAP, 82, 1804(1997)に記載されている。
【0082】
また、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させることで、相転移が起こりやすくなる。これは、自発分極軸方向と電界印加方向とが合う方が結晶的に安定であり、より安定な結晶系へ相転移しやすくなるためと推察される。電界強度E2以上の電界を印加しても、相転移せずに強誘電体相の一部が残る場合があるが、相転移が効率よく進行することで、電界強度E2以上の電界を印加した際に、相転移せずに残る強誘電体相の割合を少なくすることができる。この結果として、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも、大きな歪変位量が安定的に得られる。
【0083】
さらに、相転移後は、電界印加方向と自発分極軸方向とが略一致することになるので、相転移後の強誘電体相の圧電効果が効果的に発現し、大きな歪変位量が安定的に得られる。
【0084】
以上のように、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前、相転移中、相転移後のすべてにおいて、高い歪変位量が得られる。この効果は、少なくとも相転移前の強誘電体相の自発分極軸方向が電界印加方向と異なる方向であれば得られ、電界印加方向が相転移後の強誘電体相の自発分極軸方向に近い程、顕著に発現する。
【0085】
電界印加により結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有す強誘電体相のみからなる単相構造の圧電体について説明したが、上記の電界誘起相転移は、電界印加により結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有す強誘電体相を含む混晶系にも適用可能である。
【0086】
<相転移モデル1>
本発明者は、第1成分ADO、第2成分BEO、及び第3成分CFOの3相混晶構造の本発明のペロブスカイト型酸化物が、上記電界誘起相転移の系に有効であることを見出している。かかる相構造について、本発明者が考えている相転移モデルについて、図3を参照して説明する。
【0087】
ここでは、第1成分の相が正方晶(T)であり、第2成分の相が菱面体晶(R)であり、第3成分の相が疑立方晶PCである場合について説明する。
【0088】
第1成分の強誘電体相及び/又は第2成分の強誘電体相を他の結晶系の強誘電体相に相転移させることができるが、電界印加により、第2成分の相が菱面体晶(R)から正方晶(T)に相転移する場合を例として説明する。また、第1成分の強誘電体相が、自発分極軸方向に結晶配向性を有し(電界印加方向=自発分極軸方向)、第2成分の強誘電体相が、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有する場合について説明する(電界印加方向=相転移後の自発分極軸方向)。図中、ドメイン内の矢印は分極方向を示し、符号E及びその横の矢印は電界強度及び電界印加方向を示している。
【0089】
図3(a)に示すように、電界無印加時(E=0)において、第1成分の正方晶ドメインD1及び第2成分の菱面体晶ドメインD2は強誘電性を示すが、第3成分の疑立方晶ドメインD3は強誘電性を示さない。
【0090】
本発明者は、この圧電体に対して電界を印加すると、図3(b)に示すように、強誘電体ドメインの相転移が開始する最小の電界強度E1以下の低電界強度(0<E≦E1)において、まず、第3成分の疑立方晶ドメインD3が、電界印加方向に自発分極軸を有する強誘電体ドメインに相転移すると考えている。第3成分の疑立方晶ドメインD3が正方晶(T)に相転移する場合について、図示してある。第3成分の疑立方晶ドメインD3がすべて強誘電体へ相転移する場合について図示してあるが、疑立方晶ドメインD3の一部は相転移せずに疑立方晶のまま残る場合もある。
【0091】
本発明者は、結晶粒界を介して第3成分のドメインD3と繋がった他のドメインD1及びD2が、上記の第3成分の相転移による変位に誘起されて、変位しやすくなると考えている。
【0092】
TF<1.0の第2成分の菱面体晶ドメインD2は、Aサイト元素に対してBサイト元素が大きく、Bサイト元素が動きにくいのに対して、TF>1.0の第1成分の正方晶ドメインD1は、Aサイト元素に対してBサイト元素が小さく、第2成分の菱面体晶ドメインD2よりもBサイト元素が比較的動きやすい。
【0093】
本発明者は、低電界強度において、第2成分の菱面体晶ドメインD2よりもBサイト元素が比較的動きやすい第1成分の正方晶ドメインD1が、第3成分のドメインD3の相転移による変位に誘起されて、自発分極軸方向に伸びやすくなると考えている。
【0094】
本発明者はさらに、電界強度を少し高めると、第2成分の菱面体晶ドメインD2が、第3成分のドメインD3の相転移による変位及び/又は第1成分の正方晶ドメインD1の変位に誘起されて、正方晶(T)へ相転移しやすくなると考えている。図3(c)は、強誘電体ドメインの相転移が略完全に終了する電界強度E2以上の電界を印加したときの状態を示す図である(E≧E2)。図3(c)では、第2成分の菱面体晶ドメインD2がすべて正方晶(T)へ相転移する場合について図示してあるが、菱面体晶ドメインD2の一部は相転移せずに菱面体晶(R)のまま残る場合もある。
【0095】
図4(a),(b)に、菱面体晶(R)と立方晶(C)又は疑立方晶(PC)における、Bサイト元素の格子中心からの距離とポテンシャルエネルギーとの関係を模式的に示す。菱面体晶(R)では、格子中心から少し離れた2つの位置のポテンシャルエネルギーが最も低く、Bサイト元素がこれら2つの位置のいずれかにあるときに最も安定である。一方、立方晶(C)又は疑立方晶(PC)では、Bサイト元素が格子中心にあるときにポテンシャルエネルギーが最も低く、安定である。
【0096】
立方晶(C)又は疑立方晶(PC)では、格子中心にあるBサイト元素が、格子中心から少しずれた位置に移動する際のポテンシャルエネルギーの傾きは緩やかである。つまり、立方晶(C)又は疑立方晶(PC)では、比較的低い電界強度で、Bサイト元素が移動して、相転移しやすいと考えられる。
【0097】
これに対して、菱面体晶(R)では、ポテンシャルエネルギーが最も低い位置にあるBサイト元素が、この位置から少しずれた位置に移動する際のポテンシャルエネルギーの傾きが比較的大きい。つまり、菱面体晶(R)では、立方晶(C)又は疑立方晶(PC)に比して、相対的に相転移が起こりにくいと考えられる。本発明者は、先に相転移する第3成分のドメインD3の存在によって、菱面体晶(R)の相転移が起こりやすくなると考えている。
【0098】
本発明者が提案している電界誘起相転移の系では、相転移が起こらない系、あるいは強誘電体相から常誘電体相への相転移のみが起こる系よりも、高い圧電性能が得られる。さらに、先に相転移する第3成分のドメインD3が存在することで、第1成分の強誘電体ドメインD1及び/又は第2成分の強誘電体ドメインD2の相転移が起こりやすくなり、比較的低い電界強度においても、より高い圧電性能が得られると考えられる。
【0099】
なお、第3成分のドメインD3が先に相転移すると考えられると述べたが、第3成分のドメインD3は電界無印加時において常誘電体であると考えられるので、強誘電体相の相転移が開始する最小の電界強度E1は、第1成分の強誘電体ドメインD1及び/又は第2成分の強誘電体ドメインD2の相転移が開始する最小の電界強度である。
【0100】
本発明者は、第1成分がPTであり、第2成分がPZであり、第3成分がない、MPB又はその近傍の組成を有する2相混晶構造のノンドープPZTよりも、第1成分がPTであり、第2成分がPZであり、第3成分がPbNbOである、MPB又はその近傍の組成を有する3相混晶構造のNbドープPZT(Nb−PZT)の方が、比較的低い電界強度においても高い圧電定数が得られることを実証している(実施例2及び比較例2を参照)。
【0101】
<相転移モデル2>
3相混晶構造以外の相構造においても、上記材料設計に基づいて設計された本発明のペロブスカイト型酸化物は、上記電界誘起相転移の系に有効である。本発明者は例えば、MPB又はその近傍の組成を有し、主として菱面体晶相からなり、正方晶相を少し含む相構造のNbドープPZT(Nb−PZT)膜を実際に成膜しており、この圧電膜も電界誘起相転移の系に有効であり、比較的低い電界強度においても高い圧電定数が得られることを確認している(実施例3を参照)。かかる相構造について、本発明者が考えている相転移モデルについて、図5を参照して説明する。図5は、図3に対応する図である。
【0102】
ここでは、電界無印加時において圧電体が主として菱面体晶相(R)からなり、電界印加によって菱面体晶相(R)が正方晶相(T)に相転移する場合を例として説明する。また、菱面体晶相(R)が正方晶(T)の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有する場合について説明する(電界印加方向=相転移後の自発分極軸方向)。
【0103】
図5(a)に示すように、電界無印加時(E=0)において、圧電体は主として菱面体晶ドメイン(R)からなるが、その中に、式(P)中の元素C,Fの添加によって、正方晶ナノドメイン(T)が形成されると考えられる。
【0104】
本発明者は、上記ナノドメインが相転移の種(起点)になると考えている。すなわち、図5(a)の圧電体に対して、強誘電体ドメインの相転移が開始する最小の電界強度E1以上の中電界強度(E1≦E<E2)の電界を印加すると、図5(b)に示すように、上記の正方晶ナノドメイン(T)を起点に、その周囲の菱面体晶(R)が相転移して、より大きな正方晶ドメイン(T)が形成されると考えられる。
【0105】
さらに電界強度を少し高めると、上記の菱面体晶(R)の相転移に誘起されて、残りの菱面体ドメイン(R)が変位しやすくなり、残りの菱面体ドメイン(R)の相転移が起こりやすくなり、結果として大きな電界誘起歪が発生すると考えられる。図5(c)は、強誘電体ドメインの相転移が略完全に終了する電界強度E2以上の電界を印加したときの状態を示す図である(E≧E2)。図5(c)では、菱面体晶ドメイン(R)がほぼすべて正方晶(T)へ相転移する場合について図示してあるが、菱面体晶ドメイン(R)の一部は相転移せずに菱面体晶(R)のまま残る場合もある。
【0106】
以上説明したように、本発明は、圧電性能に優れたペロブスカイト型酸化物の新規な材料設計思想を提供するものである。本発明によれば、MPB又はその近傍の組成を有し、圧電性能(強誘電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物の組成を容易に設計することができる。
【0107】
本発明は特に、本発明者が特願2006-188765号にて提案している電界誘起相転移の系において好適な材料設計思想を提供するものである。本発明によれば、相転移が起こりやすく、比較的低い電界強度においても大きな歪変位量が得られるドメイン構造のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。比較的低い電界強度においても大きな歪変位量が得られることは、省エネルギー等の点で好ましい。
【0108】
「強誘電体組成物」
本発明の強誘電体組成物は、上記の本発明の材料設計により設計された本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の強誘電体組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外のペロブスカイト型酸化物、他の添加元素、焼結助剤など、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外の任意成分を含むことができる。
【0109】
「圧電素子、及びインクジェット式記録ヘッド」
本発明の圧電素子は、上記の本発明の材料設計に基づいて設計された本発明のペロブスカイト型酸化物を含む圧電体と、該圧電体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の圧電素子は、本発明のペロブスカイト型酸化物を用いたものであるので、高い圧電性能を示すものとなる。
【0110】
例えば、TF>1.0の第1成分ADOと、TF<1.0の第2成分BEOと、TFが1.0に近い第3成分CFOとの3相混晶構造からなり、電界印加により、第1成分及び/又は第2成分の強誘電体相が他の結晶系の強誘電体相に相転移する性質の本発明のペロブスカイト型酸化物を用いることで、比較的低い電界強度でも高い圧電性能を示す圧電素子を提供することができる。以下、図6に基づいて、この圧電素子の一実施形態、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。
【0111】
図6はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0112】
図6に示す圧電素子1は、基板11の表面に、下部電極12と圧電体13と上部電極14とが順次積層された素子である。圧電体13は、上記の本発明の材料設計により設計された本発明のペロブスカイト型酸化物からなる多結晶体(不可避不純物を含んでいてもよい。)である。
【0113】
基板11としては特に制限なく、シリコン,ガラス,ステンレス(SUS),イットリウム安定化ジルコニア(YSZ),アルミナ,サファイヤ,及びシリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板11としては、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0114】
下部電極12の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。上部電極14の主成分としては特に制限なく、下部電極20で例示した材料,Al,Ta,Cr,Cu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。下部電極12と上部電極14の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。
【0115】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板11の裏面に、圧電体13の伸縮により振動する振動板16が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1を駆動する駆動回路等の制御手段15も備えられている。
【0116】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)21及びインク室21から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)22を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)20が取り付けられたものである。
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室21からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0117】
基板11とは独立した部材の振動板16及びインクノズル20を取り付ける代わりに、基板11の一部を振動板16及びインクノズル20に加工してもよい。例えば、基板11がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板11を裏面側からエッチングしてインク室21を形成し、基板自体の加工により振動板16とインクノズル20とを形成することができる。
【0118】
圧電体13の形態は適宜設計され、圧電膜でも圧電セラミックス焼結体でもよい。インクジェット式記録ヘッド等の用途では、高画質化等のために、圧電素子の高密度化が検討されており、それに伴って圧電素子の薄型化が検討されている。圧電素子の薄型化を考慮すれば、圧電体13としては圧電膜が好ましく、厚み20μm以下の圧電薄膜がより好ましい。本発明のペロブスカイト型酸化物は高い圧電定数を有するので、より高い圧電定数が必要とされる薄膜に有効である。
【0119】
本実施形態において、圧電体13は、TF>1.0の第1成分ADOと、TF<1.0の第2成分BEOと、TFが1.0に近い第3成分CFOとの3相混晶構造からなり、電界印加により、第1成分及び/又は第2成分の強誘電体相が他の結晶系の強誘電体相に相転移する性質を有するものである。
【0120】
圧電体13の組成としては例えば、下記一般式(PX)あるいは(PY)で表される組成が挙げられる。
Pb(Ti,Zr,M)O・・・(PX)、
(Ba,Ca,Sr)(Ti,Zr,M)O・・・(PY)
(式中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【0121】
本実施形態では、少なくとも相転移が起こる強誘電体相が結晶配向性を有していることが好ましい。さらに、相転移が起こる強誘電体相は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有していることが好ましく、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有していることが特に好ましい。本実施形態では、結晶配向方向が電界印加方向である。
【0122】
強誘電体の自発分極軸は以下の通りである。
正方晶系:<001>、斜方晶系:<110>、菱面体晶系:<111>
電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させるには、相転移する第1成分及び/又は第2成分の強誘電体相を、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相のうちいずれかとすればよい。
【0123】
結晶配向性を有する圧電体13としては、配向膜(1軸配向性を有する膜)、エピタキシャル膜(3軸配向性を有する膜)、あるいは粒子配向セラミックス焼結体が挙げられる。
配向膜は、スパッタ法、MOCVD法、及びパルスレーザデポジッション法等の気相法;ゾルゲル法及び有機金属分解法等の液相法などの公知の薄膜形成方法を用い、一軸配向性結晶が生成される条件で成膜することで、形成できる。例えば、(100)配向させる場合は、下部電極として(100)配向したPt等を用いればよい。
エピタキシャル膜は、基板及び下部電極に圧電膜と格子整合性の良い材料を用いることにより形成できる。エピタキシャル膜を形成可能な基板/下部電極の好適な組合せとしては、SrTiO/SrRuO、及びMgO/Pt等が挙げられる。
粒子配向セラミックス焼結体は、ホットプレス法、シート法、及びシート法で得られる複数のシートを積層プレスする積層プレス法等により、形成できる。
【0124】
圧電体13の制御手段15による駆動条件は制限されない。図2を参照して説明したように、歪変位量を考慮すれば、圧電体13は、制御手段15によって、最小電界強度Emin及び最大電界強度Emaxが、下記式(6)を充足する条件で駆動されることが好ましく、下記式(7)を充足する条件で駆動されることが特に好ましい。
Emin<E1<Emax・・・(6)、
Emin<E1≦E2<Emax・・・(7)
(式中、電界強度E1は、強誘電体相の相転移が開始する最小の電界強度である。電界強度E2は、強誘電体相の相転移が略完全に終了する電界強度である。)
【0125】
本実施形態の圧電素子1では、基本的には、圧電体13の第1成分及び/又は第2成分の強誘電体相の相転移は、電界強度を変化させるだけで実施されるように、設計を行うことが好ましい。すなわち、圧電体13の組成及びいずれの結晶系間の相転移を採用するかは、使用環境温度に相転移温度を有する系となるよう、決定することが好ましい。ただし、必要に応じて、素子温度が相転移温度となるよう、調温することは差し支えない。いずれにせよ、相転移温度又はその近傍で駆動することで、相転移が効率よく起こり、好ましい。
【0126】
本実施形態の圧電素子1は、上記の本発明の材料設計により設計された本発明のペロブスカイト型酸化物からなる圧電体13を備えたものであるので、比較的低い電界強度でも高い圧電性能を示すものとなる。
【0127】
「インクジェット式記録装置」
図7及び図8を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図7は装置全体図であり、図8は部分上面図である。
【0128】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0129】
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0130】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図7のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0131】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0132】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0133】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図7上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図7の左から右へと搬送される。
【0134】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0135】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図8を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0136】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0137】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0138】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0139】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【実施例】
【0140】
本発明に係る実施例及び比較例について、説明する。
【0141】
(実施例1)
表面にTi密着層を20nm形成したSiO(0.1μm厚)/Si基板の表面に、スパッタ法にて厚み0.2μmのPt下部電極を形成した。次いで、スパッタ法にて、5.0μmの(Pb(Ti,Zr,Nb)O)膜(具体的な組成はPbZr0.44Ti0.44Nb0.12)を基板温度525℃の条件で成膜した。さらにその上に厚み0.2μmのPt上部電極を形成して、本発明の圧電素子を得た。
(比較例1)
圧電膜の組成をPbZr0.52Ti0.48とした以外は実施例1と同様にして、比較用の圧電素子を得た。
【0142】
(実施例1と比較例1の評価)
実施例1と比較例1で成膜した圧電膜について、各々高分解能X線回折(高分解能XRD)測定を行い、得られた高分解能XRDパターンのピーク分離を行った。結果を図9(a),(b)に示す。
【0143】
図9(b)に示すように、比較例1(ノンドープPZT)では、菱面体晶(R)の(200)回折ピークが大きく現れ、正方晶(T)の(200)回折ピーク及び(002)回折ピークが小さく現れ、それ以外のピークは現れなかった。比較例1では、正方晶と菱面体晶との2相混晶構造の圧電膜が得られた。
【0144】
これに対して、実施例1(NbドープPZT)では、菱面体晶(R)の(200)回折ピークと、正方晶(T)の(200)回折ピーク及び(002)回折ピークとが現れ、さらに菱面体晶と正方晶とも異なる第3相の回折ピークが現れた。
【0145】
第3相の回折ピークは、Nbドープにより生成されたドメイン(PbNbO)のものと推察される。第3相の回折ピークからこのドメインの格子定数を求めたところ4.08Åであり、PbNbOが立方晶又は疑立方晶と仮定したときの格子定数と略一致していた。
【0146】
次に、実施例1と比較例1の膜について各々EXAFSによる構造解析を実施した。得られたEXAFSスペクトルを図10(a)〜(d)に示す。EXAFSスペクトルから、Ti−O,Zr−O,Nb−Oの結合距離を各々求めた。結果を表2に示す。
【0147】
比較例1(ノンドープPZT)と実施例1(NbドープPZT)のいずれにおいても、Ti−Oの結合距離は1.8Å付近と2.0Å付近の2つがあった。このことは、Tiが格子中心からずれた2つの位置に入っており(ポテンシャルエネルギーの図4(a)を参照)、PT(PbTiO)の結晶系が菱面体晶系又は正方晶系であることを示している。
【0148】
これに対して、実施例1(NbドープPZT)において、Nb−Oの結合距離は1つであった。これはNbが格子中心に入っていることを意味している。格子が歪んでいてもNbが格子中心に入ることもあり得なくはないが、PbNbOのTFが1.0に近いこと、及び、上記高分解能XRDパターンから求められた第3相の格子定数がPbNbOが立方晶又は疑立方晶と仮定したときの格子定数と略一致していたことを考慮すれば、PbNbOの結晶系は立方晶系又は疑立方晶系であると推察される。
【0149】
高分解能XRD測定とEXAFS測定の結果から、実施例1では、正方晶と菱面体晶と立方晶又は疑立方晶との3相混晶構造の圧電膜が得られたと考えられる。
【0150】
【表2】

【0151】
(実施例2)
表面にTi密着層を20nm形成したSiO(0.1μm厚)/Si基板の表面に、スパッタ法にて厚み0.2μmのPt下部電極を形成した。次いで、スパッタ法にて、5.0μmの(Pb(Ti,Zr,Nb)O)膜(具体的な組成はPbZr0.44Ti0.44Nb0.12)を基板温度525℃の条件で成膜し、酸素雰囲気下で650℃のアニール処理を施した。さらにその上に厚み0.2μmのPt上部電極を形成して、本発明の圧電素子を得た。
【0152】
得られた圧電膜の高分解能XRD測定を実施したところ、実施例1と同様の3相混晶構造であった。得られた圧電膜に対して電界印加XRD測定を行ったところ、<001>方向に電界を印加することで、菱面体晶相(R)の一部が正方晶相(T)に相転移することが確認された。電界印加XRD測定の結果を図11に示す。
【0153】
図11には、電界強度の増加に伴って、菱面体晶相(R)の回折ピーク(200)がシフトしている様子が示されている。これは、電界印加の増加に伴って菱面体晶相(R)の格子が電界印加方向に伸びて、格子定数が増大したことによるものである(エンジニアードドメイン効果による圧電歪)。図11にはまた、電界強度の増加に伴って、正方晶相(T)の回折ピーク(200)及び(002)のピーク強度が大きくなっている様子が示されている。これは、電界印加の増加に伴って菱面体晶相(R)の一部が正方晶相(T)に相転移したことによるものである。
【0154】
カンチレバーを用いて、最小電界強度Emin=0kV/cm(<E1)〜最大電界強度Emax=100kV/cm(>E2)における圧電定数d31を求めたところ、250pm/Vであった。この圧電定数は現時点において世界最高値である。
【0155】
(比較例2)
(100)MgO基板の表面に、スパッタ法にて厚み0.2μmの(100)Pt下部電極を形成した。次いで、パルスレーザデポジッション法(PLD法)にて、圧電体として厚み5μmのPb(Ti,Zr)O膜(具体的な組成はPbZr0.55Ti0.45)を基板温度525℃の条件で成膜した。た。さらにその上に、厚み0.2μmのPt上部電極を形成して、比較用の圧電素子を得た。
【0156】
得られた圧電膜の電界印加XRD測定を行ったところ、電界無印加時に<001>方向に配向性を有する菱面体晶相(R)であり(配向率95%)、<001>方向に電界を印加することで、正方晶(T)に相転移することが確認された。本例では、電界印加方向は相転移後の結晶の自発分極軸に一致している。
【0157】
相転移が開始する最小の電界強度E1=110kV/cm、第1の強誘電体結晶から第2の強誘電体結晶への相転移が略完全に終了する電界強度E2=160kV/cmであった。カンチレバーを用いて、最小電界強度Emin=50kV/cm(<E1)〜最大電界強度Emax=200kV/cm(>E2)における圧電定数d31を求めたところ、190pm/Vであった。
【0158】
(実施例2と比較例2との比較)
実施例2と比較例2とはいずれも強誘電体相が相転移する系であり、電界印加方向を相転移後の強誘電体相の自発分極軸方向と一致させ、Emin<E1≦E2<Emaxの条件で駆動を行ったものである。このような同様の系であっても、比較例2のノンドープPZT膜よりも実施例2のNbドープPZT膜の方が、より低い電界強度において大きな歪変位量が得られており、本発明の材料設計の有効性が示された。実施例2では、図3に示した相転移モデル1により、比較的低い電界強度においても高い圧電定数が得られたと考えられる。
【0159】
(実施例3)
表面にTi密着層を20nm形成したSiO(0.1μm厚)/Si基板の表面に、スパッタ法にて厚み0.13μmのPt下部電極を形成した。次いで、スパッタ法にて、2.4μmの(Pb(Ti,Zr,Nb)O)膜を基板温度525℃の条件で成膜した。さらにその上に厚み0.2μmのPt上部電極を形成して、本発明の圧電素子を得た。
本実施例で成膜した圧電膜の膜厚及びXRFによる組成分析結果(各構成元素のモル比、及びZr/(Zr+Ti)のモル比)を表3に示す。
【0160】
(実施例3の評価)
実施例3において得られた圧電膜について高分解能XRD測定を行い、得られた高分解能XRDパターンのピーク分離を行った。結果を図12に示す。ピークごとに、各ピークの回折角(°)、回折角から求められる格子定数、及び最大ピークの積分強度を100%としたときの各ピークの積分強度Int.(%)を記載してある。
【0161】
図12に示すように、菱面体晶(R)の(200)回折ピークが大きく現れ、その左側に小さい回折ピークが現れた。この小さい回折ピークは格子定数から考えると、正方晶(T)の(002)回折ピークと考えられる。但し、正方晶(T)の(002)回折ピークがある場合には、通常、同時に菱面体晶(R)の(200)回折ピークの右側に正方晶(T)の(200)回折ピークが現れるので、通常のピークの現れ方とは異なっている。本発明者は、この小さい回折ピークは、図5に示した相転移モデル2で説明した、相転移の種として機能する正方晶ナノドメイン(T)と考えている。
【0162】
実施例3で得られた圧電膜に対して電界印加XRD測定を行ったところ、<001>方向に電界を印加することで、菱面体晶相(R)が正方晶相(T)に相転移することが確認された。
【0163】
実施例3においてダイアフラム型圧電素子を得て、この素子の電界−変位曲線及び電界−分極曲線を測定した。電界−変位曲線には、相転移が開始する電界印加強度E1と相転移が終了する電界印加強度E2とにおいて、電界−変位曲線の傾きが変化する変曲点が見られた。菱面体晶相(R)から正方晶相(T)への相転移が開始する最小の電界印加強度E1=45kV/cm、菱面体晶相(R)から正方晶相(T)への相転移が略完全に終了する電界印加強度E2=67kV/cmであった。この結果は、電界印加XRD測定の結果と一致しており、電界−変位曲線と電界印加XRD測定の結果から、相転移が起こっていることが確認された。
【0164】
最小電界印加強度Emin=0kV/cm(<E1)〜最大電界印加強度Emax=100kV/cm(>E2)で駆動したときの圧電定数d31を求めたところ、250pm/Vであった。
【0165】
実施例3において、電界印加強度0〜100kV/cmで駆動したときの圧電定数d31と、測定周波数100kHzにおける誘電率εとを表3に合わせて示しておく。また、実施例3において、−200〜200kV/cmで駆動したときの電界−分極曲線を測定し、電界強度=0のときの残留分極値Prと、抗電界Ecとを測定した。結果を表3に合わせて示しておく。
【0166】
(実施例4)
TF>1.0となる第1成分としてBiAlO(TF=1.012)、TF<1.0となる第2成分としてBiScO(TF=0.911)を選定し、全体のTFが0.98〜1.01となるように、第3成分としてBiFeO(TF=0.960)を選定して、Bi(Al,Fe,Sc)O)膜の材料設計を行った。その結果、BiAl0.6Fe0.35Sc0.05の組成においてTF=0.989となることがわかり、MPB組成又はその近傍の組成範囲を有する組成を決定した。
【0167】
次に材料設計結果に基づいて圧電膜を形成した。表面にTi密着層を20nm形成したSiO(0.1μm厚)/Si基板の表面に、スパッタ法にて厚み0.2μmのPt下部電極を形成した。次いで、PLD法にて、0.6μmの(Bi(Al,Fe,Sc)O)膜(具体的な組成はBiAl0.6Fe0.35Sc0.05)を基板温度670℃の条件で成膜した。
【0168】
得られた圧電膜についてXRD測定行った結果を図13に示す。図13(a)に示されるように、得られた膜はペロブスカイト単相であり、(100)/(001)に優先配向していた。図13において、(b)は(a)のXRDパターンの2θ=46°付近の拡大図であるが、(b)には、得られた膜の(200)回折ピークは左肩にショルダーがあり、非対称であることが示されている。このことから、得られた膜は、正方晶相と菱面体晶相とが混在していることが確認された。
【0169】
(比較例3)
薄膜の組成をBiAl0.3Fe0.65Sc0.05とした以外は実施例4と同様にして、(Bi(Al,Fe,Sc)O)膜を成膜した。BiAl0.3Fe0.65Sc0.05の組成においてTF=0.973であった。得られた圧電膜についてXRD測定を行ったところ、ペロブスカイト単相であったが、結晶相は菱面体晶相のみであった。
【0170】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0171】
本発明の圧電素子は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ、及び超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、及び強誘電メモリ(FRAM)等に好ましく利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0172】
【図1】種々のペロブスカイト型酸化物について、Aサイト元素のイオン半径と、Bサイト元素のイオン半径と、許容因子TFと、結晶系との関係を示す図
【図2】電界印加により結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有する強誘電体相のみからなる圧電体の圧電特性を模式的に示す図
【図3】(a)〜(c)は本発明の相転移モデル1の説明図
【図4】(a)は菱面体晶におけるBサイト元素の格子中心からの距離とポテンシャルエネルギーとの関係を模式的に示す図、(b)は立方晶又は疑立方晶におけるBサイト元素の格子中心からの距離とポテンシャルエネルギーとの関係を模式的に示す図
【図5】(a)〜(c)は本発明の相転移モデル2の説明図
【図6】本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図7】図6のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図8】図7のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図9】(a)は実施例1の高分解能XRDパターン、(b)は比較例1の高分解能XRDパターン
【図10】(a)〜(d)は実施例1及び比較例1のEXAFSスペクトル
【図11】実施例2の電界印加XRD測定結果を示す図
【図12】実施例3の高分解能XRDパターン
【図13】(a)は実施例4のXRDパターン、(b)は(a)のXRDパターンの2θ=46°付近の拡大図
【図14】PZTの相図
【符号の説明】
【0173】
1 圧電素子
3,3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
12、14 電極
13 圧電体
20 インクノズル(液体貯留吐出部材)
21 インク室(液体貯留室)
22 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(P)で表される組成を有するペロブスカイト型酸化物の製造方法において、下記式(1)〜(4)の関係を充足する条件で、組成を決定することを特徴とするペロブスカイト型酸化物の製造方法。
(A,B,C)(D,E,F)O・・・(P)
(式(P)中、A〜C:Aサイト元素、D〜F:Bサイト元素、O:酸素原子、A〜Fは各々1種又は複数種の金属元素。
A〜Cは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、A〜Cのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、D〜Fは互いに異なる組成である。
D〜Fは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、D〜Fのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、A〜Cは互いに異なる組成である。
Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)、
0.98≦TF(P)≦1.01・・・(1)、
TF(ADO)>1.0・・・(2)、
TF(BEO)<1.0・・・(3)、
TF(BEO)<TF(CFO)<TF(ADO)・・・(4)
(式(1)〜(4)中、TF(P)は上記一般式(P)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BEO)、及びTF(CFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【請求項2】
さらに下記式(5)の関係を充足する条件で、組成を決定することを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化物の製造方法。
0.98≦TF(CFO)≦1.02・・・(5)
【請求項3】
下記一般式(P)で表される組成を有し、下記式(1)〜(4)の関係を充足することを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
(A,B,C)(D,E,F)O・・・(P)
(式(P)中、A〜C:Aサイト元素、D〜F:Bサイト元素、O:酸素原子、A〜Fは各々1種又は複数種の金属元素。
A〜Cは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、A〜Cのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、D〜Fは互いに異なる組成である。
D〜Fは互いに異なる組成でもよいし、これらのうち2つ又はすべてが共通の組成でもよい。ただし、D〜Fのうち2つ又はすべてが共通の組成の場合、A〜Cは互いに異なる組成である。
Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)、
0.98≦TF(P)≦1.01・・・(1)、
TF(ADO)>1.0・・・(2)、
TF(BEO)<1.0・・・(3)、
TF(BEO)<TF(CFO)<TF(ADO)・・・(4)
(式(1)〜(4)中、TF(P)は上記一般式(P)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BEO)、及びTF(CFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【請求項4】
さらに下記式(5)の関係を充足することを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
0.98≦TF(CFO)≦1.02・・・(5)
【請求項5】
下記一般式(P1)で表される組成を有し、下記式(1a)〜(4a)の関係を充足することを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
(A,B,C)DO・・・(P1)
(式(P1)中、A〜C:Aサイト元素、D:Bサイト元素、O:酸素原子、A〜Dは各々1種又は複数種の金属元素。A〜Cは互いに異なる組成である。)、
0.98≦TF(P1)≦1.01・・・(1a)、
TF(ADO)>1.0・・・(2a)、
TF(BDO)<1.0・・・(3a)、
TF(BDO)<TF(CDO)<TF(ADO)・・・(4a)
(式(1a)〜(4a)中、TF(P1)は上記一般式(P1)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(BDO)、及びTF(CDO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【請求項6】
さらに下記式(5a)の関係を充足することを特徴とする請求項5に記載のペロブスカイト型酸化物。
0.98≦TF(CDO)≦1.02・・・(5a)
【請求項7】
下記一般式(P2)で表される組成を有し、下記式(1b)〜(4b)の関係を充足することを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
A(D,E,F)O・・・(P2)
(式(P2)中、A:Aサイト元素、D〜F:Bサイト元素、O:酸素原子、A及びD〜Fは各々1種又は複数種の金属元素。D〜Fは互いに異なる組成である。)、
0.98≦TF(P2)≦1.01・・・(1b)、
TF(ADO)>1.0・・・(2b)、
TF(AEO)<1.0・・・(3b)、
TF(AEO)<TF(AFO)<TF(ADO)・・・(4b)
(式(1b)〜(4b)中、TF(P2)は上記一般式(P2)で表される酸化物の許容因子、TF(ADO)、TF(AEO)、及びTF(AFO)はそれぞれ()内に記載の酸化物の許容因子である。)
【請求項8】
さらに下記式(5b)の関係を充足することを特徴とする請求項7に記載のペロブスカイト型酸化物。
0.98≦TF(AFO)≦1.02・・・(5b)
【請求項9】
下記一般式で表される第1〜第3成分を含むことを特徴とする請求項3又は4に記載のペロブスカイト型酸化物。
第1成分:ADO
第2成分:BEO
第3成分:CFO
(各成分において、Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)
【請求項10】
前記第1成分と前記第2成分とは結晶系が異なっていることを特徴とする請求項9に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項11】
前記第1成分と前記第2成分と前記第3成分とは結晶系が異なっていることを特徴とする請求項9に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項12】
前記第1成分の結晶系は、正方晶系、斜方晶系、単斜晶系、三方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、
前記第2成分の結晶系は、正方晶系、斜方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、かつ、前記第1成分とは異なる結晶系であることを特徴とする請求項10又は11に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項13】
前記第1成分の結晶系が正方晶系であり、前記第2成分の結晶系が菱面体晶系であることを特徴とする請求項12に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項14】
前記第1成分の結晶系は、正方晶系、斜方晶系、単斜晶系、三方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、
前記第2成分の結晶系は、正方晶系、斜方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかであり、かつ、前記第1成分とは異なる結晶系であり、
前記第3成分の結晶系が立方晶系又は疑立方晶系であることを特徴とする請求項11に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項15】
前記第1成分の結晶系が正方晶系であり、前記第2成分の結晶系が菱面体晶系であることを特徴とする請求項14に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項16】
下記一般式(PX)で表されることを特徴とする請求項3〜15のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
Pb(Ti,Zr,M)O・・・(PX)
(式(PX)中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【請求項17】
下記一般式(PY)で表されることを特徴とする請求項3〜15のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
(Ba,Ca,Sr)(Ti,Zr,M)O・・・(PY)
(式(PY)中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【請求項18】
下記一般式(PW)で表されることを特徴とする請求項3〜15のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
Bi(Al,Fe,M)O・・・(PW)
(式(PW)中、Mは、Cr,Mn,Co,Ni,Ga,及びScからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素。)
【請求項19】
モルフォトロピック相境界又はその近傍の組成を有し、
正方晶相、斜方晶相、及び菱面体晶相からなる群より選択される少なくとも2つの結晶相と、
立方晶及び疑立方晶からなる群より選択される少なくとも1つの結晶相との混晶構造を有することを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
【請求項20】
正方晶相と、菱面体晶相と、立方晶又は疑立方晶との混晶構造を有することを特徴とする請求項19に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項21】
モルフォトロピック相境界又はその近傍の組成を有し、
高分解能X線回折パターンが、正方晶相の回折ピークと、菱面体晶の回折ピークと、該2つの回折ピークとは異なる第3相の回折ピークとを有することを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
【請求項22】
請求項3〜21のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする強誘電体組成物。
【請求項23】
請求項3〜21のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする圧電体。
【請求項24】
圧電膜又は圧電セラミックス焼結体であることを特徴とする請求項23に記載の圧電体。
【請求項25】
結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項23又は24に記載の圧電体。
【請求項26】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項25に記載の圧電体。
【請求項27】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相が、
略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることを特徴とする請求項26に記載の圧電体。
【請求項28】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有するものであることを特徴とする請求項26又は27に記載の圧電体。
【請求項29】
請求項23〜25のいずれかに記載の圧電体と、該圧電体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項30】
請求項26〜28のいずれかに記載の圧電体と、該圧電体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項31】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相の自発分極軸方向と、前記電極による電界印加方向とが異なっていることを特徴とする請求項30に記載の圧電素子。
【請求項32】
請求項29〜31のいずれかに記載の圧電素子と、
該圧電素子の基板に一体的にまたは別体として設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有するものであることを特徴とする液体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−94707(P2008−94707A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235091(P2007−235091)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】