ホイスラー合金とそれを用いたTMR素子又はGMR素子
【課題】Co2FeSiよりなるホイスラー合金について、高いL21規則度を実現するとともに、高いスピン分極率を有するホイスラー合金を提供する。
【解決手段】Co2FeSiよりなるホイスラー合金であって、Co2CrXFe1−XSi合金(0<x£0.25)を満たすようにCrを添加したホイスラー合金。第4元素としてCrを添加することにより、L21規則度が比較的低い状態であっても高いスピン分極率を示すCo基ホイスラー合金を見いだしたことによる。
【解決手段】Co2FeSiよりなるホイスラー合金であって、Co2CrXFe1−XSi合金(0<x£0.25)を満たすようにCrを添加したホイスラー合金。第4元素としてCrを添加することにより、L21規則度が比較的低い状態であっても高いスピン分極率を示すCo基ホイスラー合金を見いだしたことによる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基本構造がCo2FeSiよりなるホイスラー合金に関し、より詳しくは、そのスピン分極率の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気ランダムアクセスメモリ、ハードディスクの再生ヘッド、半導体へのスピン注入などスピントロニクスを応用したデバイスでは高いスピン分極率を持つ材料が必要とされている。
トンネル磁気抵抗(TMR)、巨大磁気抵抗(GMR)素子、スピンフィルターなどのスピントロニクス素子はいずれも実用化のためには室温動作する必要があり、そのためにキュリー温度が室温よりも高い高分極率材料が必要である。
スピントロニクス素子において高い特性を得るためには、ホイスラー合金層との結晶の連続性を保つことによりミスフィットが原因となる規則度の低下を避けることが出来るためホイスラー合金層との結晶の連続性を保つために、非磁性中間層としてはCrなどの体心立方構造を有する材料が望ましい。あるいは同様の理由から、L21型もしくはX2MnM(X=Cu,Pt、M=Ge,Al,Si)型の結晶構造を有する非強磁性の合金とするものである(特許文献1)。
L21規則構造を持つCo基ホイスラー合金の多くはバンド計算により分極率が1であるハーフメタルと予測されている。中でもCo2FeSiは高いキュリー点と大きなスピン分極率を有するものとして最も注目されているが、Co2FeSiを用いたTMR比は期待されるほど大きくない (非特許文献1)。その理由として、低いL21規則度、格子欠陥などが挙げられる。
また、スパッタ法などで作製した薄膜や薄膜を多層化して作製されたデバイスでは高い規則度を実現することができないために理論で予測されているような高いスピン分極率が実現されていない。
特許文献1に示された技術では、Crの下地層を用いてホイスラー合金とのミスフィットをなくすことによりホイスラー合金の規則度を増加させることにより本来のスピン分極率を実現しようとするものであるが、完全なL21規則構造なしに合金のスピン分極率を上げることは解決されない。
非特許文献2では、Co2MnSiにCrを添加することによるDOSの変化を説明しているが、スピン偏極率の増加は期待できない。
【特許文献1】特開2004−146480
【非特許文献1】Z. Gercsi et al, APL 89 082512 (2006)
【非特許文献2】I. Galanakis et al, APL 89, 042502 (2006) Figure 1
【非特許文献3】T.Valet and A.Fert, PRB 48, 7099(1993)
【非特許文献4】M.Julliere,Phys. Lett.,54A、225(1976)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明では、このような問題のあるCo2FeSiよりなるホイスラー合金について、高いL21規則度を実現するとともに、この規則度が完全でなくとも高いスピン分極率を有するホイスラー合金を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、第4元素としてCrを添加することにより、L21規則度が比較的低い状態であっても高いスピン分極率を示すCo基ホイスラー合金を見いだしたことによる。
【0005】
発明1のホイスラー合金は、下記式(化1)を満たすようにCrを添加したことを特徴とする。
(化1)
Co2CrxFe1−xSi合金(0<x£0.25)
【0006】
発明2のホイスラー合金は、発明1のホイスラー合金において、下記式(化2)を満たすようにAlをさらに添加したことを特徴とするホイスラー合金
(化2)
Co2CrxFe1−xAlySi1−y (0<x£0.25, 0<y£1)
【0007】
発明3のホイスラー合金は、発明1のホイスラー合金において、薄膜状にしてあることを特徴とする。
発明4のTMR素子又はGMR素子は、強磁性電極として前記発明3のホイスラー合金を用いたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
発明1により、従来に比べスピン分極率を1割以上大きくすることができた。
本発明は、フェルミ面を少数スピンのバンドギャップの中央に変化させ、比較的低いL21規則状態であっても高い分極率が得られる方法としてCo2FeSiのFeをCrで置換した合金を作製し、高い分極率が得られることを確認した。
さらにX線回折ならびにメスバウアー分光法による解析結果から、Cr添加によりL21構造が安定化されることを確認した。
さらに、Co2FeSi合金は比較的酸化されやすいために、酸化物層を挟むTMRデバイスではホイスラー合金層の酸化が懸念されていた。
FeをCrで合金化することにより、一般に耐酸化性、耐腐食性が向上することはしられているので、上記規則状態が低い状態でも高い分極率がえられるだけでなく、トンネルバリアー製造プロセスにおいてホイスラー合金層の酸化を防ぐ効果もある。
【0009】
発明2により、Co2FeSiのSiをAlで置換することによっても、スピン分極率が同様の理由で向上することを確認しており、Co2Fe(Si0.5Al0.5)合金についても同様に、FeのCr置換の効果が期待できる。(図6参照)
【0010】
発明3により、薄膜においてもCr添加によりスピン分極率の向上が得られる。
または、発明4のTMR素子又はGMR素子は、強磁性電極(今回の場合はCo2CrFeSi)のスピン分極率に依存するGMR比及びGMR比は、そのスピン分極率が向上するので、TMR比、GMR比も増加することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
Co2CrxFe1−xSiバルクサンプルはAr雰囲気中、アーク溶解法で作製した。
溶体化処理は723Kで7日間行った。構造解析はX線回折法(XRD)ならびにメスバウアー分光法、磁気測定は量子干渉磁束計(SQUID)、スピン分極率測定は点接触アンドレーエフ反射(PCAR)法で行った。
バンド計算はGGA+U近似を用いたDFT法により行った。Co基ホイスラー合金はL21の規則構造を有するが、温度の上昇とともにB2構造およびA2構造と、規則度が低下した構造に変化する。X線回折パターンの(111)及び(200)の積分強度比からL21規則度を、(200)及び(220)の積分強度比からB2規則度を求めている。
PCAR法で測定したコンダクタンス曲線は拡張BTKモデルによりフィッティングを行い、スピン分極率を求めている。
【実施例1】
【0012】
表1は、上記方法にて前記[化1]に示すホイスラー合金を創成し、それぞれの特性を調べた結果を示す。
【0013】
【表1】
【0014】
図1に種々の組成のCo2CrxFe1−xSi合金のX線回折パターンを示す。(111)及び(200)ピークが確認できることからすべての合金でL21構造が形成されていることがわかる。表1にそれぞれの合金のL21規則度及びB2規則度を示す。2%Crを添加したとき、L21規則度は0.67、B2規則度は0.96と高い値を示した。さらにCr濃度を増加させると、L21規則度は0.66、B2規則度は0.77まで単調に減少する。Cr濃度が0.3以上ではホイスラー合金以外の析出物のピークが観測されるようになる。Nelson−Riley関数を用いて求めた格子定数は 0.564nmである。
【0015】
図2にCo2CrxFe1−xSiバルクサンプルのメスバウワースペクトルを示す。フィッティングの結果、Cr濃度の増加とともにB2タイプの不規則が大幅に減少していることがわかる。
【0016】
図3に飽和磁化のCr濃度依存性を示す。10Kで測定した実験点及びGGA+Uで計算した値さらにSlater−Pauling曲線を実線で示している。ホイスラー合金の飽和磁化はSlater−Pauling曲線に従うことが既に知られている。Cr濃度が10%以下では、実験値はSlater−Pauling曲線及びGGA+Uによる計算結果によく一致する。しかし、Cr濃度が20%以上になるとSlater−Pauling曲線及びGGA+Uによる計算結果から逸脱する。この飽和磁化の逸脱は、図1に示したホイスラー合金以外の非磁性析出物によるものである。
【0017】
図4にPCAR法で測定したCo2CrxFe1−xSiバルクサンプルのコンダクタンス曲線とスピン分極率のCr濃度依存性を示す。すべてのサンプルにおいて、フィッティング曲線がかなりよく実験値を再現していることがわかる。Crをわずか2%添加することによりスピン分極率はCr添加なしの0.57から0.64へと急激に増加し、その後Cr濃度が40%まで一定の値を示していることがわかる。Cr濃度が50%では析出物のためにスピン分極率は減少する。
【0018】
図5にCo2CrxFe1−xSi合金のDOSを示す。Cr濃度が0%の時、フェルミレベル(EF)が少数スピンバンドのギャップの上部に位置する。Cr濃度の増加とともにEFが少数スピンバンドのギャップの下部に移動することがわかる。
以上のことから、Cr添加によるスピン分極率Pの増加はL21規則度の増加及びフェルミ準位の変化によるものであることがわかる。また、Co2CrxFe1−xSi合金(0<x£0.25)を強磁性電極として使うことにより高いTMR比及びGMR比が得られることが期待される。
【実施例2】
【0019】
Co2FeSiのSiをAlで置換することによっても、スピン分極率が同様の理由で向上することを確認している。(図6)
【0020】
Co2Fe(Si0.5Al0.5)合金についても同様に、FeのCr置換の効果が期待できる。
【0021】
上記方法にて前記[化2]に示すホイスラー合金を創成し、それぞれの特性を調べた。
【実施例3】
【0022】
前記実施例1、2にて得られた合金を、スパッタ法で薄膜化した。図7にCr下地上に作製したCo2CrxFe1−xSi薄膜のX線回折パターンを示す。薄膜はMgO単結晶基板上にエピタキシャル成長しているために基本反射線である(200)及び(400)のみしか観測できない。L21構造の生成を確認するために膜面を傾けてX線回折法で測定した結果を図8に示す。L21構造の規則格子線である(111)が明瞭に観測され、L21構造の形成が確認できる。
このように、形体をバルクから薄膜に変化させても物質構成としては何ら変化はない。スピン分極率は物質固有の物性値であることから、前記実施例1、2とスピン分極率は同じ値を示すものであることを確認した。
【実施例4】
【0023】
前記実施例1、2にて得られた合金を強磁性膜及び軟磁性金属膜として用いて、反強磁性膜/強磁性膜/非磁性金属膜/軟磁性金属膜からなる積層構造を有するGMR素子(図9)及び反強磁性膜/強磁性膜/絶縁体膜/軟磁性金属膜からなる積層構造を有するTMR素子(図10)をスパッタ法で作製する。TMR素子の絶縁体膜はプラズマ酸化、ラジカル酸化、オゾン酸化などのスパッタ法以外の方法で作製されることもある。
非特許文献3、4によるとTMR比及びGMR比は、強磁性電極のスピン分極率に依存することが理論的に示されている。前記実施例3によると前記実施例1、2にて得られた合金は薄膜の形体でも高いスピン分極率を示すことから、前記実施例1、2にて得られた合金を電極に用いれば高いTMR比及びGMR比を示すことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明によるホイスラー合金は、磁気ランダムアクセスメモリ、ハードディスクの再生ヘッド、半導体へのスピン注入などスピントロニクスを応用したデバイスに使用可能なスピン分極率を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1のX線回折パターンを示すグラフ。
【図2】実施例1のメスバウワースペクトルを示すグラフ。
【図3】実施例1の飽和磁化のCr濃度依存性を示すグラフ。
【図4】実施例1のコンダクタンス曲線とスピン分極率のCr濃度依存性を示すグラフ。
【図5】実施例1のDOSを示すグラフ。
【図6】実施例2のスピン分極率の変動を示すグラフ。
【図7】実施例3のX線回折パターンを示すグラフ。
【図8】実施例3のX線回折パターンを示すグラフ。膜面を傾けて薄膜XRDで測定。
【図9】GMR素子の模式図。
【図10】TMR素子の模式図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、基本構造がCo2FeSiよりなるホイスラー合金に関し、より詳しくは、そのスピン分極率の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気ランダムアクセスメモリ、ハードディスクの再生ヘッド、半導体へのスピン注入などスピントロニクスを応用したデバイスでは高いスピン分極率を持つ材料が必要とされている。
トンネル磁気抵抗(TMR)、巨大磁気抵抗(GMR)素子、スピンフィルターなどのスピントロニクス素子はいずれも実用化のためには室温動作する必要があり、そのためにキュリー温度が室温よりも高い高分極率材料が必要である。
スピントロニクス素子において高い特性を得るためには、ホイスラー合金層との結晶の連続性を保つことによりミスフィットが原因となる規則度の低下を避けることが出来るためホイスラー合金層との結晶の連続性を保つために、非磁性中間層としてはCrなどの体心立方構造を有する材料が望ましい。あるいは同様の理由から、L21型もしくはX2MnM(X=Cu,Pt、M=Ge,Al,Si)型の結晶構造を有する非強磁性の合金とするものである(特許文献1)。
L21規則構造を持つCo基ホイスラー合金の多くはバンド計算により分極率が1であるハーフメタルと予測されている。中でもCo2FeSiは高いキュリー点と大きなスピン分極率を有するものとして最も注目されているが、Co2FeSiを用いたTMR比は期待されるほど大きくない (非特許文献1)。その理由として、低いL21規則度、格子欠陥などが挙げられる。
また、スパッタ法などで作製した薄膜や薄膜を多層化して作製されたデバイスでは高い規則度を実現することができないために理論で予測されているような高いスピン分極率が実現されていない。
特許文献1に示された技術では、Crの下地層を用いてホイスラー合金とのミスフィットをなくすことによりホイスラー合金の規則度を増加させることにより本来のスピン分極率を実現しようとするものであるが、完全なL21規則構造なしに合金のスピン分極率を上げることは解決されない。
非特許文献2では、Co2MnSiにCrを添加することによるDOSの変化を説明しているが、スピン偏極率の増加は期待できない。
【特許文献1】特開2004−146480
【非特許文献1】Z. Gercsi et al, APL 89 082512 (2006)
【非特許文献2】I. Galanakis et al, APL 89, 042502 (2006) Figure 1
【非特許文献3】T.Valet and A.Fert, PRB 48, 7099(1993)
【非特許文献4】M.Julliere,Phys. Lett.,54A、225(1976)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明では、このような問題のあるCo2FeSiよりなるホイスラー合金について、高いL21規則度を実現するとともに、この規則度が完全でなくとも高いスピン分極率を有するホイスラー合金を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、第4元素としてCrを添加することにより、L21規則度が比較的低い状態であっても高いスピン分極率を示すCo基ホイスラー合金を見いだしたことによる。
【0005】
発明1のホイスラー合金は、下記式(化1)を満たすようにCrを添加したことを特徴とする。
(化1)
Co2CrxFe1−xSi合金(0<x£0.25)
【0006】
発明2のホイスラー合金は、発明1のホイスラー合金において、下記式(化2)を満たすようにAlをさらに添加したことを特徴とするホイスラー合金
(化2)
Co2CrxFe1−xAlySi1−y (0<x£0.25, 0<y£1)
【0007】
発明3のホイスラー合金は、発明1のホイスラー合金において、薄膜状にしてあることを特徴とする。
発明4のTMR素子又はGMR素子は、強磁性電極として前記発明3のホイスラー合金を用いたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
発明1により、従来に比べスピン分極率を1割以上大きくすることができた。
本発明は、フェルミ面を少数スピンのバンドギャップの中央に変化させ、比較的低いL21規則状態であっても高い分極率が得られる方法としてCo2FeSiのFeをCrで置換した合金を作製し、高い分極率が得られることを確認した。
さらにX線回折ならびにメスバウアー分光法による解析結果から、Cr添加によりL21構造が安定化されることを確認した。
さらに、Co2FeSi合金は比較的酸化されやすいために、酸化物層を挟むTMRデバイスではホイスラー合金層の酸化が懸念されていた。
FeをCrで合金化することにより、一般に耐酸化性、耐腐食性が向上することはしられているので、上記規則状態が低い状態でも高い分極率がえられるだけでなく、トンネルバリアー製造プロセスにおいてホイスラー合金層の酸化を防ぐ効果もある。
【0009】
発明2により、Co2FeSiのSiをAlで置換することによっても、スピン分極率が同様の理由で向上することを確認しており、Co2Fe(Si0.5Al0.5)合金についても同様に、FeのCr置換の効果が期待できる。(図6参照)
【0010】
発明3により、薄膜においてもCr添加によりスピン分極率の向上が得られる。
または、発明4のTMR素子又はGMR素子は、強磁性電極(今回の場合はCo2CrFeSi)のスピン分極率に依存するGMR比及びGMR比は、そのスピン分極率が向上するので、TMR比、GMR比も増加することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
Co2CrxFe1−xSiバルクサンプルはAr雰囲気中、アーク溶解法で作製した。
溶体化処理は723Kで7日間行った。構造解析はX線回折法(XRD)ならびにメスバウアー分光法、磁気測定は量子干渉磁束計(SQUID)、スピン分極率測定は点接触アンドレーエフ反射(PCAR)法で行った。
バンド計算はGGA+U近似を用いたDFT法により行った。Co基ホイスラー合金はL21の規則構造を有するが、温度の上昇とともにB2構造およびA2構造と、規則度が低下した構造に変化する。X線回折パターンの(111)及び(200)の積分強度比からL21規則度を、(200)及び(220)の積分強度比からB2規則度を求めている。
PCAR法で測定したコンダクタンス曲線は拡張BTKモデルによりフィッティングを行い、スピン分極率を求めている。
【実施例1】
【0012】
表1は、上記方法にて前記[化1]に示すホイスラー合金を創成し、それぞれの特性を調べた結果を示す。
【0013】
【表1】
【0014】
図1に種々の組成のCo2CrxFe1−xSi合金のX線回折パターンを示す。(111)及び(200)ピークが確認できることからすべての合金でL21構造が形成されていることがわかる。表1にそれぞれの合金のL21規則度及びB2規則度を示す。2%Crを添加したとき、L21規則度は0.67、B2規則度は0.96と高い値を示した。さらにCr濃度を増加させると、L21規則度は0.66、B2規則度は0.77まで単調に減少する。Cr濃度が0.3以上ではホイスラー合金以外の析出物のピークが観測されるようになる。Nelson−Riley関数を用いて求めた格子定数は 0.564nmである。
【0015】
図2にCo2CrxFe1−xSiバルクサンプルのメスバウワースペクトルを示す。フィッティングの結果、Cr濃度の増加とともにB2タイプの不規則が大幅に減少していることがわかる。
【0016】
図3に飽和磁化のCr濃度依存性を示す。10Kで測定した実験点及びGGA+Uで計算した値さらにSlater−Pauling曲線を実線で示している。ホイスラー合金の飽和磁化はSlater−Pauling曲線に従うことが既に知られている。Cr濃度が10%以下では、実験値はSlater−Pauling曲線及びGGA+Uによる計算結果によく一致する。しかし、Cr濃度が20%以上になるとSlater−Pauling曲線及びGGA+Uによる計算結果から逸脱する。この飽和磁化の逸脱は、図1に示したホイスラー合金以外の非磁性析出物によるものである。
【0017】
図4にPCAR法で測定したCo2CrxFe1−xSiバルクサンプルのコンダクタンス曲線とスピン分極率のCr濃度依存性を示す。すべてのサンプルにおいて、フィッティング曲線がかなりよく実験値を再現していることがわかる。Crをわずか2%添加することによりスピン分極率はCr添加なしの0.57から0.64へと急激に増加し、その後Cr濃度が40%まで一定の値を示していることがわかる。Cr濃度が50%では析出物のためにスピン分極率は減少する。
【0018】
図5にCo2CrxFe1−xSi合金のDOSを示す。Cr濃度が0%の時、フェルミレベル(EF)が少数スピンバンドのギャップの上部に位置する。Cr濃度の増加とともにEFが少数スピンバンドのギャップの下部に移動することがわかる。
以上のことから、Cr添加によるスピン分極率Pの増加はL21規則度の増加及びフェルミ準位の変化によるものであることがわかる。また、Co2CrxFe1−xSi合金(0<x£0.25)を強磁性電極として使うことにより高いTMR比及びGMR比が得られることが期待される。
【実施例2】
【0019】
Co2FeSiのSiをAlで置換することによっても、スピン分極率が同様の理由で向上することを確認している。(図6)
【0020】
Co2Fe(Si0.5Al0.5)合金についても同様に、FeのCr置換の効果が期待できる。
【0021】
上記方法にて前記[化2]に示すホイスラー合金を創成し、それぞれの特性を調べた。
【実施例3】
【0022】
前記実施例1、2にて得られた合金を、スパッタ法で薄膜化した。図7にCr下地上に作製したCo2CrxFe1−xSi薄膜のX線回折パターンを示す。薄膜はMgO単結晶基板上にエピタキシャル成長しているために基本反射線である(200)及び(400)のみしか観測できない。L21構造の生成を確認するために膜面を傾けてX線回折法で測定した結果を図8に示す。L21構造の規則格子線である(111)が明瞭に観測され、L21構造の形成が確認できる。
このように、形体をバルクから薄膜に変化させても物質構成としては何ら変化はない。スピン分極率は物質固有の物性値であることから、前記実施例1、2とスピン分極率は同じ値を示すものであることを確認した。
【実施例4】
【0023】
前記実施例1、2にて得られた合金を強磁性膜及び軟磁性金属膜として用いて、反強磁性膜/強磁性膜/非磁性金属膜/軟磁性金属膜からなる積層構造を有するGMR素子(図9)及び反強磁性膜/強磁性膜/絶縁体膜/軟磁性金属膜からなる積層構造を有するTMR素子(図10)をスパッタ法で作製する。TMR素子の絶縁体膜はプラズマ酸化、ラジカル酸化、オゾン酸化などのスパッタ法以外の方法で作製されることもある。
非特許文献3、4によるとTMR比及びGMR比は、強磁性電極のスピン分極率に依存することが理論的に示されている。前記実施例3によると前記実施例1、2にて得られた合金は薄膜の形体でも高いスピン分極率を示すことから、前記実施例1、2にて得られた合金を電極に用いれば高いTMR比及びGMR比を示すことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明によるホイスラー合金は、磁気ランダムアクセスメモリ、ハードディスクの再生ヘッド、半導体へのスピン注入などスピントロニクスを応用したデバイスに使用可能なスピン分極率を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1のX線回折パターンを示すグラフ。
【図2】実施例1のメスバウワースペクトルを示すグラフ。
【図3】実施例1の飽和磁化のCr濃度依存性を示すグラフ。
【図4】実施例1のコンダクタンス曲線とスピン分極率のCr濃度依存性を示すグラフ。
【図5】実施例1のDOSを示すグラフ。
【図6】実施例2のスピン分極率の変動を示すグラフ。
【図7】実施例3のX線回折パターンを示すグラフ。
【図8】実施例3のX線回折パターンを示すグラフ。膜面を傾けて薄膜XRDで測定。
【図9】GMR素子の模式図。
【図10】TMR素子の模式図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co2FeSiよりなるホイスラー合金であって、下記式(1)を満たすようにCrを添加したことを特徴とするホイスラー合金
Co2CrxFe1−xSi合金(0<x£0.25) (1)
【請求項2】
請求項1に記載のホイスラー合金において、下記式(2)を満たすようにAlをさらに添加したことを特徴とするホイスラー合金
Co2CrxFe1−xAlySi1−y (0<x£0.25, 0<y£1) (2)
【請求項3】
請求項1又は2に記載のホイスラー合金において、薄膜状にしてあることを特徴とするホイスラー合金
【請求項4】
強磁性電極を有するTMR素子又はGMR素子であって、前記強磁性電極として前記請求項3に記載のホイスラー合金を用いたことを特徴とするTMR素子又はGMR素子
【請求項1】
Co2FeSiよりなるホイスラー合金であって、下記式(1)を満たすようにCrを添加したことを特徴とするホイスラー合金
Co2CrxFe1−xSi合金(0<x£0.25) (1)
【請求項2】
請求項1に記載のホイスラー合金において、下記式(2)を満たすようにAlをさらに添加したことを特徴とするホイスラー合金
Co2CrxFe1−xAlySi1−y (0<x£0.25, 0<y£1) (2)
【請求項3】
請求項1又は2に記載のホイスラー合金において、薄膜状にしてあることを特徴とするホイスラー合金
【請求項4】
強磁性電極を有するTMR素子又はGMR素子であって、前記強磁性電極として前記請求項3に記載のホイスラー合金を用いたことを特徴とするTMR素子又はGMR素子
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2008−156703(P2008−156703A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−346855(P2006−346855)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】
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