説明

ポリアセン化合物及び有機半導体素子

【課題】高い移動度を発現し且つ安定性及び溶媒に対する溶解性に優れる有機半導体材料を提供する。また、高い移動度を有する有機半導体薄膜、及び、電子特性の優れた有機半導体素子を提供する。
【解決手段】ソース・ドレイン電極を形成したシリコン基板上に、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセンのテトラリン溶液を塗布し乾燥することにより、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン薄膜を形成し、トランジスタ構造とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体材料であるポリアセン化合物及びその製造方法に関する。また、該有機半導体材料を用いた有機半導体薄膜及び有機半導体素子に関する。
【背景技術】
【0002】
有機半導体を用いたデバイスは、従来の無機半導体デバイスに比べて成膜条件がマイルドであり、各種基板上に半導体薄膜を形成したり、常温で成膜したりすることが可能であるため、低コスト化や、ポリマーフィルム等に薄膜を形成することによるフレキシブル化が期待されている。
有機半導体材料としては、ポリフェニレンビニレン,ポリピロール,ポリチオフェン等の共役系高分子化合物やそのオリゴマーとともに、アントラセン,テトラセン,ペンタセン等のポリアセン化合物を中心とする芳香族化合物が研究されている。特に、ポリアセン化合物は分子間凝集力が強いため高い結晶性を有していて、これによって高いキャリア移動度と、それによる優れた半導体デバイス特性とを発現することが報告されている。
【0003】
そして、ポリアセン化合物のデバイスへの利用形態としては蒸着膜又は単結晶があげられ、トランジスタ,太陽電池,レーザー等への応用が検討されている(非特許文献1〜3を参照)。
また、蒸着法以外の方法でポリアセン化合物の薄膜を形成する方法として、ポリアセン化合物の一種であるペンタセンの前駆体の溶液を基板上に塗布し、加熱処理してペンタセン薄膜を形成する方法が報告されている(非特許文献4を参照)。この方法は、ポリアセン化合物は溶媒に対する溶解性が低いため、溶解性の高い前駆体の溶液を用いて薄膜を形成し、熱により前駆体をポリアセン化合物に変換するというものである。
【0004】
一方、置換基を有するポリアセン化合物は、高橋らの報告(非特許文献5),グラハムらの報告(非特許文献6),アンソニーらの報告(非特許文献7)及び,ミラーらの報告(非特許文献8)などに記載されており、さらに非特許文献9には2,3,9,10−テトラメチルペンタセンの合成例が、非特許文献10には2,3,9,10−テトラクロロペンタセンの合成例が、非特許文献11にはパーフルオロペンタセンの合成例がそれぞれ記載されている。また、特許文献1には、反応性シリル基で置換された縮合多環芳香族化合物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第01/064611号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「アドバンスド・マテリアルズ」,2002年,第14巻,p.99
【非特許文献2】ジミトラコポウラスら,「ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス」,1996年,第80巻,p.2501
【非特許文献3】クロークら,「IEEE・トランザクション・オン・エレクトロン・デバイシス」,1999年,第46巻,p.1258
【非特許文献4】ブラウンら,「ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス」,1996年,第79巻,p.2136
【非特許文献5】高橋ら,「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー」,2000年,第122巻,p.12876
【非特許文献6】グラハムら,「ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー」,1995年,第60巻,p.5770
【非特許文献7】アンソニーら,「オーガニック・レターズ」,2000年,第2巻,p.85
【非特許文献8】ミラーら,「オーガニック・レターズ」,2000年,第2巻,p.3979
【非特許文献9】「アドバンスド・マテリアルズ」,2003年,第15巻,p.1090
【非特許文献10】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー」,2003年,第125巻,p.10190
【非特許文献11】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー」,2004年,第126巻,p.8138
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述のような前駆体を利用してポリアセン化合物の薄膜を形成する方法は、前記前駆体をポリアセン化合物に変換するために高温処理が必要であるという問題点を有していた(例えば、ペンタセンの場合であれば150℃程度)。また、ポリアセン化合物への変換反応を完全に行うことが難しいため未反応部分が欠陥として残ったり、高温により変性が生じて欠陥となったりするという問題点も併せて有していた。
【0008】
一方、前述の高橋らの報告等には、各種のポリアセン化合物に置換基を導入した誘導体が記載されているが、有機半導体材料としての特性や薄膜化に関しては記載されていない。また、2,3,9,10−テトラメチルペンタセンや2,3,9,10−テトラクロロペンタセンやパーフルオロペンタセンが合成されているが、それぞれの薄膜の移動度はペンタセンよりも劣っている。これらのペンタセン誘導体は一般の有機溶媒に対する溶解性が乏しく、特に2,3,9,10−テトラクロロペンタセンは高温下での薄膜形成過程において変性が生じるため、半導体としての性質を示さない。
【0009】
また、反応性シリル基で置換された縮合多環芳香族化合物は、反応性シリル基と基板との反応により縮合多環芳香族化合物分子を基板に固着させることを目的としている。ただし、このような縮合多環芳香族化合物は、反応性シリル基が水と反応して変性しやすいので、取り扱いに注意する必要があった。
そこで、本発明は、前述のような従来技術が有する問題点を解決し、高い移動度を発現し且つ安定性及び溶媒に対する溶解性に優れる有機半導体材料及びその製造方法を提供することを課題とする。また、高い移動度を有する有機半導体薄膜、及び、電子特性の優れた有機半導体素子を提供することを併せて課題とする。さらに、有機半導体薄膜の成膜性に優れた溶液及びインクを提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1のポリアセン化合物は、下記の化学式(I)で表されるような構造を有することを特徴とする。
【0011】
【化1】

【0012】
【化2】

【0013】
ただし、化学式(I)中のXはそれぞれハロゲン基又は水素原子であり、mは1以上6以下の整数である。また、化学式(I)中のR1 ,R2 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 のうち少なくとも一つは、化学式(II)で示されるケイ素含有基であり、残部は水素原子である。さらに、化学式(II)中のB1 ,B2 ,B3 はそれぞれ、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シロキシ基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、又はこれらのうちの2以上の基を含む複合官能基である。さらに、化学式(II)中のAは、単結合、メチレン基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、二官能性の芳香族炭化水素基、カルボニル基、又はエーテル基である。
【0014】
また、本発明に係る請求項2のポリアセン化合物は、請求項1に記載のポリアセン化合物において、R1 ,R4 ,R5 ,R8 が水素原子であり、R2 ,R3 ,R6 ,R7 の少なくとも一つが前記ケイ素含有基であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項3のポリアセン化合物は、請求項1に記載のポリアセン化合物において、R1 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 が水素原子であり、R2 ,R3 の少なくとも一つが前記ケイ素含有基であることを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明に係る請求項4のポリアセン化合物は、請求項1に記載のポリアセン化合物において、R1 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 が水素原子であり、R2 が前記ケイ素含有基であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項5のポリアセン化合物は、請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、B1 ,B2 ,B3 のうち少なくとも一つがアルキル基であることを特徴とする。
【0016】
さらに、本発明に係る請求項6のポリアセン化合物は、請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、mが2又は3であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項7のポリアセン化合物は、請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、mが1であることを特徴とする。
【0017】
さらに、本発明に係る請求項8のポリアセン化合物の製造方法は、請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を製造する方法であって、下記の化学式(III)で表されるような構造を有するポリアセンキノン誘導体のカルボニル基を還元するとともに芳香化して直接的に前記ポリアセン化合物に変換するか、又は、下記の化学式(III)で表されるような構造を有するポリアセンキノン誘導体を還元して、下記の化学式(IV)で表されるような構造を有するヒドロキシポリアセン誘導体とし、さらにこのヒドロキシポリアセン誘導体に対して芳香化、若しくは、ハロゲン化及び芳香化を行うことを特徴とする。
【0018】
【化3】

【0019】
【化4】

【0020】
【化5】

【0021】
ただし、化学式(III)及び化学式(IV)中のXはそれぞれハロゲン基又は水素原子であり、kは1以上の整数であり、k+lは1以上6以下の整数である。また、化学式(III)及び化学式(IV)中のR1 ,R2 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 のうち少なくとも一つは、化学式(V)で示されるケイ素含有基であり、残部は水素原子である。さらに、化学式(V)中のB1 ,B2 ,B3 はそれぞれ、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シロキシ基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、又はこれらのうちの2以上の基を含む複合官能基である。さらに、化学式(V)中のAは、単結合、メチレン基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、二官能性の芳香族炭化水素基、カルボニル基、又はエーテル基である。
【0022】
さらに、本発明に係る請求項9の溶液は、請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項10のインクは、請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項11の有機半導体薄膜は、請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物で構成され、結晶性を有することを特徴とする。
【0023】
さらに、本発明に係る請求項12の有機半導体薄膜は、請求項11に記載の有機半導体薄膜において、基板上に形成された結晶性の有機半導体薄膜であって、前記ポリアセン化合物の分子の長軸が前記基板の表面に対して垂直方向に配向していることを特徴とする。 さらに、本発明に係る請求項13の有機半導体素子は、請求項11又は請求項12に記載の有機半導体薄膜で少なくとも一部を構成したことを特徴とする。
【0024】
さらに、本発明に係る請求項14のトランジスタは、ゲート電極,誘電体層,ソース電極,ドレイン電極,及び半導体層を備えるトランジスタにおいて、前記半導体層を請求項11又は請求項12に記載の有機半導体薄膜で構成したことを特徴とする。
本発明のポリアセン化合物は、細長い形状のポリアセン骨格の長軸方向両端のアセン環(ベンゼン環)のうち一方又は両方に前記ケイ素含有基(シリル基を有する官能基)を備える構造である。本発明者らは、ポリアセン化合物の長軸方向端部のアセン環に官能基を導入することによって、有機溶剤に対する溶解性が向上し、その官能基のシリル基が活性で反応しやすい水素原子を備えないようにすることによって、安定性が向上すると考え、前記化学式(I)で表されるような構造を有する新規なポリアセン化合物を見出すに至った。
【0025】
また、本発明者らは、常温において溶媒に対する溶解性が乏しいペンタセンと比べて、前記ケイ素含有基を導入した本発明のポリアセン化合物は溶解性が優れていることを見出した。さらに、本発明者らは、本発明のポリアセン化合物は溶媒溶解性に優れるため、本発明のポリアセン化合物を溶解した溶液やインクから形成した薄膜は、均一性に優れることを見出した。
【0026】
そして、本発明のポリアセン化合物及びその薄膜は、高い結晶性を示し、ポリアセン化合物の分子が薄膜中で規則正しく配列することを見出した。さらに、本発明のポリアセン化合物の薄膜を用いた有機半導体素子は、優れた電子特性を示すとともに、薄膜トランジスタとして優れたスイッチング性を示すことを見出した。本発明のポリアセン化合物及びその薄膜は、従来の有機材料中で最も高い移動度を有するペンタセンと同程度又はそれを超える高い移動度を発現することを見出した。
【発明の効果】
【0027】
本発明のポリアセン化合物は、高い移動度を発現するとともに、溶媒に対する溶解性及び安定性に優れる。また、本発明の溶液及びインクは、成膜性に優れる。さらに、本発明の有機半導体薄膜は高い移動度を有している。さらに、本発明の有機半導体素子は優れた電子特性を有している。
さらに、本発明のポリアセン化合物の製造方法は、前述のようなポリアセン化合物を容易に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明のポリアセン化合物は、前述の化学式(I)に示すような構造の化合物であり、分子の長軸方向両端のアセン環のうち一方又は両方に、前述の化学式(II)で示されるケイ素含有基(シリル基を有する官能基)を備える構造のポリアセン化合物である。このようなポリアセン化合物は、嵩高いシリル基を備えていることから、有機溶剤に対する溶解性が優れている。
【0029】
なお、R1 ,R2 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 のうち少なくとも一つが前記ケイ素含有基であればよく、残部は水素原子である。このとき、R2 ,R3 ,R6 ,R7 の少なくとも一つが前記ケイ素含有基であり、その残部及びR1 ,R4 ,R5 ,R8 が水素原子であることが好ましい。また、R2 ,R3 の少なくとも一つが前記ケイ素含有基であり、その残部及びR1 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 が水素原子であることが好ましい。さらに、R2 が前記ケイ素含有基であり、R1 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 が水素原子であることが好ましい。さらに、R1 ,R2 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 のうち複数が前記ケイ素含有基である場合は、それらの一部又は全部が同一種のケイ素含有基であってもよいし、それぞれ異なるケイ素含有基(すなわち、B1 ,B2 ,B3 が異なる基)であってもよい。
【0030】
以下に、本発明のポリアセン化合物について、さらに詳細に説明する。
化学式(II)中のAは、単結合、アルキレン基(例えばメチレン基)、アルケニレン基、アルキニレン基、二官能性の芳香族炭化水素基(例えばフェニレン基)、カルボニル基(C=O)、又はエーテル基(−O−)である。
【0031】
また、化学式(II)中のB1 ,B2 ,B3 はそれぞれ、脂肪族炭化水素基(例えばアルキル基,アルケニル基,アルキニル基)、芳香族炭化水素基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シロキシ基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、又はこれらのうちの2以上の基を含む複合官能基である。
前記ケイ素含有基が、活性で反応しやすい水素原子を備えるシリル基を有していないので、本発明のポリアセン化合物は安定性が優れている。
【0032】
上記各官能基の中では、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基が好ましく、溶媒への溶解性及び結晶性を勘案すると、その炭素数は1個以上15個以下であることが好ましい。そして、より高い溶解性を有するためには、炭素数は2個以上15個以下であることがより好ましく、高い溶解性と高い結晶性の両方を有するためには、炭素数は2個以上6個以下であることが特に好ましい。また、脂肪族炭化水素基は直鎖状や分岐状でもよいし、環状構造でもよい。
【0033】
アルキル基の例としては、メチル基,エチル基,n−プロピル基,n−ブチル基,t−ブチル基,n−ペンチル基,n−ヘキシル基,ドデカニル基,トリフルオロメチル基,ベンジル基等があげられる。また、アルケニル基の例としてはメタクリル基やアクリル基があげられ、アルキニル基の例としてはエチニル基やプロパギル基があげられる。なお、アルケニル基及びアルキニル基においては、二重結合及び三重結合は官能基中のどの位置にあっても差し支えない。二重結合及び三重結合は、官能基の構造を強固とする目的、不飽和結合基を用いてさらに他の分子と反応させる目的、あるいは不飽和結合基同士を反応(結合)又は重合させる目的で利用することができる。
【0034】
また、化学式(II)中のB1 ,B2 ,B3 が脂肪族炭化水素基以外の官能基である場合においても、その炭素数は、前述した脂肪族炭化水素基の場合と同様に、1個以上15個以下であることが好ましく、2個以上15個以下であることがより好ましく、2個以上6個以下であることが特に好ましい。
アルコキシ基の例としては、メトキシ基,エトキシ基,2−メトキシエトキシ基,t−ブトキシ基があげられる。また、アリールオキシ基の例としては、フェノキシ基,ナフトキシ基,フェニルフェノキシ基,4−メチルフェノキシ基があげられる。
【0035】
さらに、アシル基の例としては、ホルミル基,アセチル基,2−メチルプロパノイル基,シクロヘキシルカルボニル基,オクタノイル基,2−ヘキシルデカノイル基,ドデカノイル基,クロロアセチル基,トリフルオロアセチル基,ベンゾイル基があげられる。さらに、アリールオキシカルボニル基の例としては、フェノキシカルボニル基,4−オクチルオキシフェノキシカルボニル基,2−ヒドロキシメチルフェノキシカルボニル基,4−ドデシルオキシフェノキシカルボニル基があげられる。
【0036】
さらに、アミノ基の例としては、アミノ基,メチルアミノ基,ジメチルアミノ基,メチルフェニルアミノ基,フェニルアミノ基があげられる。さらに、スルフィド基,ジスルフィド基の例としては、“−S−”や“−S−S−”の部分構造を有する基のすべてがあげられるが、環状構造を有していてもよく、その具体例としてはチオラン環、1,3−ジチオラン環、1,2−ジチオラン環、チアン環、ジチアン環、チオモルホリン環等を含む基があげられる。このような環状構造は、鎖状構造に比べ立体的な影響が少ないという点で好ましい。
【0037】
さらに、シロキシ基の例としては、トリメチルシロキシ基,ジメチルフェニルシロキシ基,ジフェニルメチルシロキシ基があげられる。なお、本発明のポリアセン化合物においては、化学式(II)で示されるケイ素含有基がシリル基を有しているので、B1 ,B2 ,B3 のうちいずれかがシロキシ基である場合は、シリル基の中にさらにシロキシ基が存在するということになる。
【0038】
さらに、スルホニル基の例としては、メチルスルホニル基,n−ブチルスルホニル基,n−オクチルスルホニル基,フェニルスルホニル基があげられる。さらに、複合官能基の例としては、2−ヒドロキシ−1−プロペニル基,ヒドロキシエトキシエチル基,ヒドロキシエチルチオエチル基,ジメチルアミノカルボニル基があげられる。
ポリアセン骨格の長軸方向両端のアセン環のうち一方又は両方に前記ケイ素含有基を有する本発明のペンタセン化合物は、分子同士のスタッキング時に前記ケイ素含有基が障害(立体障害)となる場合があるため、分子間の共役面の重なりが阻害されることがある。したがって、前記ケイ素含有基の数は少ない方が好ましい。
【0039】
特に、長軸方向両端のアセン環のうち一方のみに前記ケイ素含有基を有する場合は、分子同士がスタッキングする際に前記ケイ素含有基を有するアセン環が交互に反対向きになるように配列できるという点で好ましい。また、長軸方向両端のアセン環のうち一方のみに前記ケイ素含有基を有する場合には、分子の長軸方向に極性が生じるため、溶媒への溶解性が向上するという点でも好ましい。
【0040】
また、ポリアセン骨格の長軸方向両端以外のアセン環に結合した複数のXは、ハロゲン基又は水素原子である。複数のXのうち一部がハロゲン基で、他の全てが水素原子でもよい。また、複数のXの全てがハロゲン基でもよいし、全てが水素原子でもよい。
なお、複数のXのうち偶数個がハロゲン基であり、これらのうち2個のハロゲン基が同一のアセン環に結合しているポリアセン化合物は、同一アセン環内にカルボニル基を2つ有するポリアセンキノン(ポリアセン化合物を合成する場合の前駆体となる)の合成が容易であること、及び、分子同士がスタッキングする際にハロゲン基同士の立体障害が少ないという点から好ましい。
【0041】
さらに、長軸方向両端以外のアセン環に結合したハロゲン基は、ポリアセン化合物の耐酸化性向上に寄与するが、ハロゲン基の中でもファンデルワールス半径の最も小さいフッ素原子がより好ましい。
また、ポリアセン骨格の縮環数に関しては、前述の化学式(I)中のmが2又は3であることが好ましい。一般に、縮環数が増えていくと有機溶剤への溶解性は低下し、酸素への反応性が向上する(つまり、耐酸化性が低下する)。一方で、縮環数が増加するに従い、HOMO−LUMOギャップが減少することから高い移動度の発現が見込まれる。これら溶解性,安定性,及び半導体特性を勘案すると、mが2(すなわち縮環数が5)のペンタセンと、mが3(すなわち縮環数が6)のヘキサセンが好ましい。また、有機溶剤への溶解性及び酸素に対する高い安定性から、mが1(すなわち縮環数が4)のテトラセンも好ましい。
【0042】
次に、本発明のポリアセン化合物の合成方法について説明する。本発明におけるポリアセン化合物の合成方法は、おおよそ2つに分類することができる。
(1)ヒドロキシポリアセン誘導体のヒドロキシル基をハロゲン基に変換する方法
(2)ポリアセンキノン誘導体のカルボニル基を還元して、直接的にポリアセン化合物に変換する方法
この(1)の方法で得られるハロゲン置換ポリアセン化合物は、ポリアセン化合物に対応する化学構造を有するポリアセンキノン化合物を原料として、2段階で合成することができる。なお、ポリアセンキノン化合物は、ポリアセン化合物に対応する化学構造を有しているので、六員環の数や備えている官能基の種類、数、置換位置はポリアセン化合物と同一であるが、ポリアセンキノン化合物はカルボニル基を有しているから、環構造はポリアセン構造となっていない。
【0043】
まず1段目は、ポリアセンキノン化合物のカルボニル基を水素化リチウムアルミニウム等の水素化金属塩(還元剤)でヒドロキシル基に還元する。得られた還元体(ヒドロキシポリアセン誘導体)をジメチルスルフィド存在下においてN−クロロスクシンイミド等のハロゲン化剤と反応させると、ハロゲン置換反応と芳香化が連続して進行し、ハロゲン置換ポリアセン誘導体を得ることができる。
【0044】
つまり、ポリアセンキノン化合物のカルボニル炭素にハロゲン基が導入されて、ハロゲン置換ポリアセン誘導体になる。キノン部位は1つでも複数でもよく、複数のキノン部位を有するポリアセンキノン化合物から多ハロゲン置換ポリアセン誘導体を得ることができる。なお、ヒドロキシポリアセン誘導体は、ポリアセン化合物に対応する化学構造を有していて、六員環の数や備えている官能基の種類、数、置換位置はポリアセン化合物と同一であるが、ヒドロキシポリアセン誘導体は水酸基及び水素原子と結合している炭素原子を有しているから、環構造はポリアセン構造とはなっていない。
【0045】
例えば6,13−ジハロゲン化ペンタセン誘導体は、6,13−ペンタセンキノン誘導体から2段階で合成することができる。長軸方向両端のアセン環に前記ケイ素含有基を有する6,13−ペンタセンキノン誘導体は、フタルアルデヒド誘導体とシクロヘキサン−1,4−ジオンとの環化縮合反応によって容易に得られる。一方、長軸方向片端のアセン環のみに前記ケイ素含有基を有する6,13−ペンタセンキノン誘導体は、フタルアルデヒド誘導体と1,4−ジヒドロキシアントラセンとの環化縮合反応によって容易に得られる。フタルアルデヒド誘導体に関しても、例えば4,5−(メチレンジオキシ)−1,2−ベンズジアルデヒドや3,4−(メチレンジオキシ)−1,2−ベンズジアルデヒドは、既知法又はその類似法により容易に合成可能である。
【0046】
長軸方向両端のアセン環又は長軸方向片端のアセン環が前記ケイ素含有基で置換された6,13−ペンタセンキノン誘導体は、上記の還元反応とハロゲン化−芳香化反応とにより、両端又は片端のアセン環に前記ケイ素含有基を有する6,13−ジハロゲン化ペンタセン誘導体に変換することができる。本発明のポリアセン化合物は、上記のような合成方法と同様の方法で合成することが可能であり、所望の多ハロゲン化ポリアセン化合物を効率良く得ることができる。
【0047】
また、前述の(2)の方法のように、ポリアセンキノン化合物のキノン部位に対してアルミニウムトリアルコキシド等を用いる還元反応を行うと、直接的にポリアセン誘導体へ変換することもできる。
本発明のポリアセン化合物は、上記のような方法で合成した後に、昇華,再結晶,カラム精製等の通常の精製法により精製し、高純度化することができる。
【0048】
本発明のポリアセン化合物は結晶性を有し、この結晶構造はヘリンボン型で、分子が配列した構造を示す。このヘリンボン構造の結晶構造においては、細長い分子が矢筈状にスタックされた格子構造をとる。これら結晶構造は、前述のように精製し、高純度化した結晶を用いて、X線回折により構造決定することができる。
また、本発明のポリアセン化合物は、無置換のポリアセン化合物と同様に斜方晶系構造又は立方晶系構造を示す。ここで、結晶の格子定数a,b,cが決定でき、このc軸格子定数は細長い分子の分子長が配列した格子ユニット長さに対応し、a軸及びb軸格子定数は分子の共役面がスタックした分子カラム面内の格子ユニットの大きさに対応する。
【0049】
さらに、本発明のポリアセン化合物は、分子の共役面がスタックした面の分子間距離(a軸及びb軸格子定数に対応する)が、無置換のポリアセン化合物と比較して同等又は縮小した構造を示す。このことは分子間のπ電子の重なりが大きく、キャリアが容易に分子間を移動できることにつながり、高い移動度を示す原因と考えられる。また。c軸格子定数はポリアセン化合物の長軸方向の分子長に対応して変化し、ほぼ分子長と同等又は若干小さい値を示す。
【0050】
さらに、本発明のポリアセン化合物のうち、分子構造中にハロゲン元素を有しているものは、ハロゲン元素を有していないものと比べて耐酸化性が優れている。これは、ハロゲン元素の導入により分子のイオン化ポテンシャルが増加し、酸素等の酸化剤に対する反応性が低下したためである。また、ハロゲン元素の導入により電子受容性分子との電荷移動も抑制されるので、半導体のキャリア濃度変動安定性にもつながる。
【0051】
さらに、本発明のポリアセン化合物で電界効果トランジスタを製造した場合には、ゲート電圧の変化に対するドレイン電流の変化が大きく、高いon/off電流比が安定して得られる。そして、このドレイン電流の変化が急激であることから、優れた素子性能を示す。
【0052】
次に、本発明の有機半導体薄膜について説明する。
本発明の有機半導体薄膜の形成方法としては、公知の方法を採用することが可能であり、ウェットプロセスで形成することも可能である。従来公知の無置換ポリアセン化合物は一般の溶媒に室温では難溶であり、溶液化と溶液の塗布による薄膜形成とが困難であったが、本発明のポリアセン化合物は、官能基の導入により溶媒に対する溶解性が無置換ポリアセン化合物と比べて同等又は高いので、溶液化と溶液の塗布による薄膜形成とが可能である。
【0053】
また。本発明の有機半導体薄膜の形成方法としては、ポリアセン化合物の結晶粒子を溶媒に分散させた分散体を塗布又は噴霧する方法も採用可能である。本発明のポリアセン化合物は結晶性が高く、気相成長又は液相成長させて結晶粒子を形成することが容易である。本発明のポリアセン化合物は、前記のように細長い分子がスタックしたカラム状の結晶を形成し、結晶粒子の形態は板状構造となりやすい。これら板状の結晶を分散した分散体を塗布又は噴霧し、溶媒を蒸発、抽出などで除去して、結晶粒子が単層又は複数層積層された薄膜を形成することができる。
【0054】
本発明の有機半導体薄膜は、本発明のポリアセン化合物の溶液又は分散体を基板等のベース上に被覆した上、加熱等の方法により前記溶媒を気化させること又は抽出することにより得ることができる。前記溶液又は分散体をベース上に被覆する方法としては、塗布,噴霧の他、ベースを前記溶液又は分散体に接触させる方法等があげられる。具体的には、スピンコート,ディップコート,スクリーン印刷,インクジェット印刷,ブレード塗布,印刷(平版印刷,凹版印刷,凸版印刷等)等の公知の方法があげられる。
【0055】
これらの印刷方法には、本発明のポリアセン化合物の溶液又は分散体に、粘度,表面エネルギー等を調節するための添加物や、水,酸素等の反応性不純物を除去する反応性不純物除去剤等の安定化剤を加えたインクを用いることができる。
このような操作は、通常の大気下又は窒素,アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で行うことができる。ただし、一部のポリアセン化合物の溶液は酸化されやすい場合もあるため、溶液の作製,保存及び有機半導体薄膜の作製は、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0056】
また、溶媒を気化させる際には、ベース付近の温度や雰囲気の溶媒蒸気圧により気液界面の溶媒気化速度を調節することによって、結晶成長を制御することができる。さらに、ポリアセン化合物の溶液にベースを接触させて、過飽和状態でベースの表面に有機半導体薄膜を形成させることも可能である。さらに、所望により、ポリアセン化合物の溶液とベースとの界面に、温度勾配,電場,磁場の少なくとも1つを印加して、結晶成長を制御することができる。これらの方法により高結晶性の有機半導体薄膜を製造することが可能であり、得られた有機半導体薄膜は高結晶性であることから半導体特性が優れている。
【0057】
さらに、有機半導体薄膜の安定性,半導体特性の点から、有機半導体薄膜中に残存する溶媒の量は低いことが好ましい。よって、通常は、有機半導体薄膜を形成した後に再度加熱処理及び/又は減圧処理を施して、有機半導体薄膜中に残存する溶媒をほぼ完全に除去することが好ましい。ただし、本発明のポリアセン化合物は、通常の有機化合物に比べて結晶性が高く、薄膜中に残存する溶媒の量が少ないので、この乾燥工程を簡略化することもできる。
【0058】
一方、本発明の有機半導体薄膜は、ドライプロセスの薄膜形成方法によっても形成可能である。例えば、真空蒸着,MBE法(Molecular Beam Epitaxy),スパッタリング法,レーザー蒸着法,気相輸送成長法等があげられる。そして、このような方法により、基板表面に薄膜を形成することができる。
本発明で用いるポリアセン化合物は昇華性を示すので、前述の方法で薄膜を形成することが可能である。MBE法,真空蒸着法,及び気相輸送成長法は、ポリアセン化合物を加熱して昇華した蒸気を、高真空,真空,低真空又は常圧で基板表面に輸送して薄膜を形成するものである。
【0059】
また、スパッタリング法は、ポリアセン化合物をプラズマ中でイオン化させて、ポリアセン化合物の分子を基板上に堆積して薄膜を形成する方法である。さらに、レーザー蒸着法は、レーザー照射によりポリアセン化合物を加熱して蒸気を生成させ、ポリアセン化合物の分子を基板上に堆積して薄膜を形成する方法である。前述の製法のうちMBE法,真空蒸着法,及び気相輸送成長法は、生成する薄膜の平坦性及び結晶性に優れるので好ましい。
【0060】
MBE法や真空蒸着法における薄膜作製条件としては、例えば、基板温度は室温以上100℃以下とすることが好ましい。基板温度が低温であるとアモルファス状の薄膜が形成されやすく、また、100℃を超えると薄膜の表面平滑性が低下する。また、気相輸送成長法の場合は、基板温度は室温以上200℃以下とすることが好ましい。
また、本発明のポリアセン化合物は、薄膜成長速度が高い場合でも結晶性の良好な薄膜を形成しやすく、高速成膜が可能である。成長速度は、0.1nm/min以上1μm/sec以下の範囲とすることが好ましい。0.1nm/min未満では結晶性が低下しやすく、1μm/secを超えると薄膜の表面平滑性が低下する。
【0061】
このように、ドライプロセス又はウェットプロセスにより、ポリアセン化合物からなる有機半導体薄膜が形成できる。
前述したように、本発明のポリアセン化合物は、結晶性及び半導体特性に優れた薄膜を形成することができる。また、本発明の有機半導体薄膜においては、ポリアセン化合物は、分子の長軸がベース面に対して垂直方向に配向している。これは、ポリアセン化合物の分子の分子凝集力が強く、分子面同士でスタックした分子カラムを形成しやすいためであると考えられる。したがって、有機半導体薄膜のX線回折パターンは、結晶の(00n)面強度が強く現れやすい。この面間距離は、結晶のc軸格子定数にあたる。
【0062】
また、本発明のポリアセン化合物は、その結晶の結晶軸のa軸方向及び/又はb軸方向の分子間距離が縮小する場合があり、この分子間距離の縮小によってキャリア移動が起こりやすく、その結果、高い移動度を示す。このような有機半導体薄膜で構成された有機半導体素子は、層状に形成された分子カラムに沿ってキャリアが流れやすい性質を持つものと思われる。そして、このa軸及びb軸の格子定数は、斜め入射X線回折,透過型電子線回折,薄膜のエッジ部にX線を入射させ回折を測定する方法などによって観測することができる。
【0063】
さらに、通常の無機半導体薄膜は、その結晶性がベースの材料の結晶性,面方位の影響を受けるが、本発明の有機半導体薄膜は、ベースの材料の結晶性,面方位に関係なく高結晶性の薄膜となる。よって、ベースの材料には、結晶性,非晶性に関係なく種々の材料を用いることが可能である。
例えば、ガラス,石英,酸化アルミニウム,サファイア,チッ化珪素,炭化珪素等のセラミックや、シリコン,ゲルマニウム,ガリウム砒素,ガリウム燐,ガリウム窒素等の半導体があげられる。また、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等),ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリビニルアルコール,エチレンビニルアルコール共重合体,環状ポリオレフィン,ポリイミド,ポリアミド,ポリスチレン,ポリカーボネート,ポリエーテルスルフォン,ポリスルフォン,ポリメチルメタクリレート等の樹脂や、紙、不織布などがあげられる。
【0064】
これらの材料からなる基板に薄膜を形成する際には、溶液又は分散体の極薄の層を基板の表面に形成し、両者を反応させて、基板の表面エネルギーを調整することにより、形成する薄膜の結晶性を調整することもできる。本発明の有機半導体薄膜をトランジスタに用いる場合は、通常は基板の表面を疎水化させた方が、成長する結晶粒子の増大化やキャリアトラップの低減に対して好ましい。
【0065】
また、基板の表面に、局所的に疎水化/親水化したパターン又は物理的な隔壁構造を形成し、ドライプロセス又はウェットプロセスで有機半導体薄膜を形成することによって、有機半導体薄膜の膜質に薄膜面内で局所的に分布を持たせることも可能である。特に、ウェットプロセスにおいて溶液や分散体を基板に塗布する際には、基板の表面エネルギーによって濡れ性が異なることや、物理的な隔壁によって溶液や分散体の流動、移動を制御することを利用して、ウェット/デウェットのパターンで有機半導体薄膜のパターンを得ることもできる。
【0066】
また、ベースの形状は特に限定されるものではないが、通常はシート状のベースや板状のベース(基板)が用いられる。
本発明の有機半導体薄膜はキャリア移動度が高いことが特徴であり、1×10-4cm2 /V・s以上であることが好ましい。より好ましくは1×10-3cm2 /V・s以上であり、最も好ましくは1×10-2cm2 /V・s以上である。
【0067】
このような有機半導体薄膜を用いることにより、エレクトロニクス,フォトニクス,バイオエレクトロニクス等の分野において有益な半導体素子を製造することができる。このような半導体素子の例としては、ダイオード,トランジスタ,薄膜トランジスタ,メモリ,フォトダイオード,発光ダイオード,発光トランジスタ,センサ等があげられる。
トランジスタ及び薄膜トランジスタは、液晶ディスプレイ,分散型液晶ディスプレイ,電気泳動型ディスプレイ,粒子回転型表示素子,エレクトロクロミックディスプレイ,有機発光ディスプレイ,電子ペーパー等の種々の表示素子に利用可能であり、これらの表示素子を用いて様々なディスプレイ装置を製造することができる。トランジスタ及び薄膜トランジスタは、これらの表示素子において表示画素のスイッチング用トランジスタ,信号ドライバ回路素子,メモリ回路素子,信号処理回路素子等に利用される。
【0068】
半導体素子がトランジスタである場合には、その素子構造としては、例えば、基板/ゲート電極/絶縁体層(誘電体層)/ソース電極・ドレイン電極/半導体層という構造、基板/半導体層/ソース電極・ドレイン電極/絶縁体層(誘電体層)/ゲート電極という構造、基板/ソース電極(又はドレイン電極)/半導体層+絶縁体層(誘電体層)+ゲート電極/ドレイン電極(又はソース電極)という構造等があげられる。このとき、ソース電極,ドレイン電極,ゲート電極は、それぞれ複数設けてもよい。また、複数の半導体層を同一平面内に設けてもよいし、積層して設けてもよい。
【0069】
トランジスタの構成としては、MOS(メタル−酸化物(絶縁体層)−半導体)型及びバイポーラ型のいずれでも採用可能である。ポリアセン化合物は、通常はp型半導体であるので、ドナードーピングしてn型半導体としたポリアセン化合物と組み合わせたり、ポリアセン化合物以外のn型半導体と組み合わせたりすることにより、素子を構成することができる。
【0070】
また、半導体素子がダイオードである場合には、その素子構造としては、例えば、電極/n型半導体層/p型半導体層/電極という構造があげられる。そして、p型半導体層に本発明の有機半導体薄膜が使用され、n型半導体層に前述のn型半導体が使用される。
半導体素子における有機半導体薄膜内部又は有機半導体薄膜表面と電極との接合面の少なくとも一部は、ショットキー接合及び/又はトンネル接合とすることができる。このような接合構造を有する半導体素子は、単純な構成によりダイオードやトランジスタを作製することができるので好ましい。さらに、このような接合構造を有する有機半導体素子を複数接合して、インバータ,オシレータ,メモリ,センサ等の素子を形成することもできる。
【0071】
さらに、本発明の半導体素子を表示素子として用いる場合は、表示素子の各画素に配置され各画素の表示をスイッチングするトランジスタ素子(ディスプレイTFT)として利用できる。このようなアクティブ駆動表示素子は、対向する導電性基板のパターニングが不要なため、回路構成によっては、画素をスイッチングするトランジスタを持たないパッシブ駆動表示素子と比べて画素配線を簡略化できる。通常は、1画素当たり1個から数個のスイッチング用トランジスタが配置される。このような表示素子は、基板面に二次元的に形成したデータラインとゲートラインとを交差した構造を有し、データラインやゲートラインがトランジスタのゲート電極,ソース電極,ドレイン電極にそれぞれ接合されている。なお、データラインとゲートラインとを分割することや、電流供給ライン,信号ラインを追加することも可能である。
【0072】
また、表示素子の画素に、画素配線,トランジスタに加えてキャパシタを併設して、信号を記録する機能を付与することもできる。さらに、表示素子が形成された基板に、データライン及びゲートラインのドライバ,画素信号のメモリ,パルスジェネレータ,信号分割器,コントローラ等を搭載することもできる。
また、本発明の有機半導体素子は、ICカード,スマートカード,及び電子タグにおける演算素子,記憶素子としても利用することができる。その場合、これらが接触型であっても非接触型であっても、問題なく適用可能である。このICカード,スマートカード,及び電子タグは、メモリ,パルスジェネレータ,信号分割器,コントローラ,キャパシタ等で構成されており、さらにアンテナ,バッテリを備えていてもよい。
【0073】
さらに、本発明の有機半導体素子でダイオード,ショットキー接合構造を有する素子,トンネル接合構造を有する素子を構成すれば、その素子は光電変換素子,太陽電池,赤外線センサ等の受光素子,フォトダイオードとして利用することもできるし、発光素子として利用することもできる。また、本発明の有機半導体素子でトランジスタを構成すれば、そのトランジスタは発光トランジスタとして利用することができる。これらの発光素子の発光層には、公知の有機材料や無機材料を使用することができる。
【0074】
さらに、本発明の有機半導体素子はセンサとして利用することができ、ガスセンサ,バイオセンサ,血液センサ,免疫センサ,人工網膜,味覚センサ,圧力センサ、スキャナー,位置センサ等、種々のセンサに応用することができる。通常は、有機半導体素子を構成する有機半導体薄膜に測定対象物を接触又は隣接させた際に生じる有機半導体薄膜の抵抗値の変化によって、測定対象物の分析を行うことができる。ただし、これに限定されず、本発明のポリアセン化合物を用いたセンサは、検出部以外の信号増幅部や信号転送部として、又は、単素子、複合素子、若しくはアレイとして利用することができる。
【0075】
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
〔実施例1:2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン〕
〔ポリアセン化合物の合成について〕
2−(ジメチルペンチルシリル)−1,3−ブタジエンとアセチレンジカルボン酸ジメチルとのディールス−アルダー反応により合成した化合物を、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノン(DDQ)で酸化して、4−(ジメチルペンチルシリル)フタル酸ジメチルとした。これを還元した後にSwern酸化して、4−(ジメチルペンチルシリル)フタルアルデヒドを得た。次に、このフタルアルデヒド誘導体と1,4−ジヒドロキシアントラセンとを等モル量用いて縮合環化して、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン−6,13−キノンを合成した。
【0076】
次に、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン−6,13−キノン300mgとアルミニウムトリイソプロポキシド1.2gとの混合物を、減圧下において180〜220℃に加熱し、その状態で1.5時間反応させた。この反応により、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン−6,13−キノンの還元と芳香化が進行して、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセンが生成する。
【0077】
混合物を冷却した後に希塩酸で処理し、水溶液に不溶の生成物を濾取した。この粗生物に対して、ヘキサンとクロロホルムとの混合溶媒、次いでアセトニトリルを用いた洗浄と濾過操作を繰り返すことにより、粗生物から副生生物を完全に除去して精製物を得た。この青藍色の精製物を真空乾燥して、高純度の2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン(下記の化学式(VI)を参照)40mgを得た。この反応における収率は14.5%であった。
【0078】
【化6】

【0079】
得られた2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセンを重水素化1,1,2,2−テトラクロロエタンに溶解し、80℃にて核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定を行った。結果を以下に示す。
1H−NMR(ppm):δ0.41(s、6H)、0.91(m、6H)、1.34〜1.40(m、5H)、7.34(s、2H)、7.43(d、1H)、7.90(d、1H)、7.95(s、2H)、8.11(s、1H)、8.63(s、4H)、8.67(s、3H)、8.97(s、2H)
また、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセンについて、質量分析を行った。結果は以下の通りである。
【0080】
FAB−MS(NBA):m/z=406
計算値:m/z=406
〔有機半導体薄膜の作製について〕
前述のようにして合成した2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン10mgにテトラリン10mlを混合し、室温で溶液を調整した。表面が熱酸化され厚さ200nmのSiO2 膜が形成されたシリコン基板に、ヘキサメチルジシラザンをスピンコートしたものを用意し、その表面に前記テトラリン溶液を滴下して塗布した。そして、溶媒を気化させて、シリコン基板上に平均膜厚150nmの薄膜を形成した。
【0081】
広角X線回折パターン測定により薄膜の結晶構造を解析した結果、面間距離2.66nmの回折ピークが観測された。この結果より、2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン分子の長軸が、基板に垂直方向に沿って配向していることがわかった。
〔薄膜トランジスタの作製について〕
前述と同様の厚さ200nmの熱酸化膜を表面に備えたシリコン基板の表面に、金/チタン薄膜(厚さは、金が22nm、チタンが3nm)をフォトリソグラフィーによってパターン形成して、ソース・ドレイン電極を形成した。なお、ソース・ドレイン電極のチャネル長は20μmで、チャネル幅は500μmである。
【0082】
次に、このような電極パターンが形成されたシリコン基板上に、前述と同様にして、平均膜厚150nmの2−(ジメチルペンチルシリル)ペンタセン薄膜を半導体層として形成し、トランジスタ構造とした。
該トランジスタのシリコン基板をゲート電極として、ソース・ドレイン電極間のドレイン電流/ゲート電圧曲線を測定した。その際には、ゲート電極に40V〜−60Vの電圧を走査し、ドレイン電圧を−20Vとしてドレイン電流の変化を観測した。得られた伝達特性はp型半導体動作を示し、飽和領域で求めたキャリア移動度は0.16cm2 /Vsで、閾値電圧は−1.3Vであった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、エレクトロニクス,フォトニクス,バイオエレクトロニクス等において好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の化学式(I)で表されるような構造を有することを特徴とするポリアセン化合物。
【化1】

【化2】

ただし、化学式(I)中のXはそれぞれハロゲン基又は水素原子であり、mは1以上6以下の整数である。また、化学式(I)中のR1 ,R2 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 のうち少なくとも一つは、化学式(II)で示されるケイ素含有基であり、残部は水素原子である。さらに、化学式(II)中のB1 ,B2 ,B3 はそれぞれ、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シロキシ基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、又はこれらのうちの2以上の基を含む複合官能基である。さらに、化学式(II)中のAは、単結合、メチレン基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、二官能性の芳香族炭化水素基、カルボニル基、又はエーテル基である。
【請求項2】
1 ,R4 ,R5 ,R8 が水素原子であり、R2 ,R3 ,R6 ,R7 の少なくとも一つが前記ケイ素含有基であることを特徴とする請求項1に記載のポリアセン化合物。
【請求項3】
1 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 が水素原子であり、R2 ,R3 の少なくとも一つが前記ケイ素含有基であることを特徴とする請求項1に記載のポリアセン化合物。
【請求項4】
1 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 が水素原子であり、R2 が前記ケイ素含有基であることを特徴とする請求項1に記載のポリアセン化合物。
【請求項5】
1 ,B2 ,B3 のうち少なくとも一つがアルキル基であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項6】
mが2又は3であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項7】
mが1であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を製造する方法であって、下記の化学式(III)で表されるような構造を有するポリアセンキノン誘導体のカルボニル基を還元するとともに芳香化して直接的に前記ポリアセン化合物に変換するか、又は、下記の化学式(III)で表されるような構造を有するポリアセンキノン誘導体を還元して、下記の化学式(IV)で表されるような構造を有するヒドロキシポリアセン誘導体とし、さらにこのヒドロキシポリアセン誘導体に対して芳香化、若しくは、ハロゲン化及び芳香化を行うことを特徴とするポリアセン化合物の製造方法。
【化3】

【化4】

【化5】

ただし、化学式(III)及び化学式(IV)中のXはそれぞれハロゲン基又は水素原子であり、kは1以上の整数であり、k+lは1以上6以下の整数である。また、化学式(III)及び化学式(IV)中のR1 ,R2 ,R3 ,R4 ,R5 ,R6 ,R7 ,R8 のうち少なくとも一つは、化学式(V)で示されるケイ素含有基であり、残部は水素原子である。さらに、化学式(V)中のB1 ,B2 ,B3 はそれぞれ、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シロキシ基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、又はこれらのうちの2以上の基を含む複合官能基である。さらに、化学式(V)中のAは、単結合、メチレン基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、二官能性の芳香族炭化水素基、カルボニル基、又はエーテル基である。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とする溶液。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とするインク。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリアセン化合物で構成され、結晶性を有することを特徴とする有機半導体薄膜。
【請求項12】
基板上に形成された結晶性の有機半導体薄膜であって、前記ポリアセン化合物の分子の長軸が前記基板の表面に対して垂直方向に配向していることを特徴とする請求項11に記載の有機半導体薄膜。
【請求項13】
請求項11又は請求項12に記載の有機半導体薄膜で少なくとも一部を構成したことを特徴とする有機半導体素子。
【請求項14】
ゲート電極,誘電体層,ソース電極,ドレイン電極,及び半導体層を備えるトランジスタにおいて、前記半導体層を請求項11又は請求項12に記載の有機半導体薄膜で構成したことを特徴とするトランジスタ。

【公開番号】特開2010−168305(P2010−168305A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−12017(P2009−12017)
【出願日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】