説明

マグネシウム合金の締結構造

【課題】低コストでマグネシウム合金との電食を防止するマグネシウム合金部材の締結構造を提供する。
【解決手段】マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を締結する締結部材と、を備えるマグネシウム合金の締結構造において、前記締結部材は本体と、前記マグネシウム合金部材と接する該本体表面の少なくとも一部を覆う被覆層と、からなり、該被覆層はポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤と、該固体潤滑剤を分散し、フェノール樹脂、或いはポリイミド樹脂を主成分とする被覆樹脂と、から形成されていることを特徴とするマグネシウム合金の締結構造。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム合金部材の締結構造に関し、特にマグネシウム合金部材の締結部分における電気的腐食(電食)の発生を未然に防止する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年自動車産業において、車両軽量化への要請に対応するために、実用金属中で最軽量であるマグネシウム合金を使用することが多くなってきている。特に最近では外装や構造部品のように非常に高い耐食性が求められる部位への適用が進められようとしている。また従来適用が進んでいなかった高温環境にさらされる部材用の耐熱マグネシウム合金も開発されてきている。
【0003】
しかしながらマグネシウム合金は最も卑な実用金属であるため、鉄やアルミニウムといった異種金属と接触した際に、電解質を含む水分の存在下においてマグネシウム合金の電位差腐食が発生しやすいという問題がある。締結部材として使用される例えばボルトは鉄製が殆どであるため、特に自動車のエンジン、トランスミッション、足廻りなどの泥水をかぶりやすくかつ積雪地域での融雪塩が付きやすい部位においては電解質の存在下での水分付着で急激に電食が進行し、ボルトの締結不良が起きることがある。
【0004】
このような問題を防止するために例えばボルト或いはワッシャーをマグネシウムとイオン化傾向の近いアルミニウムにする対策が行われている。また特開2003−64492号公報には、締結部材にカチオン系のエポキシ樹脂を電着塗装した第1の被覆層と、第1の被覆層上にポリテトラフルオロエチレン粒子を分散させた第2の被覆層とを被覆させたマグネシウム合金部材の電食防止構造が提案されている。
【特許文献1】特開2003−64492号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながらボルトやワッシャーにアルミニウムを使用すると、締結用の軸力やトルクが足りずボルトの本数を増やす等の対策が必要となり重量増及びコスト増を招くこととなる。また特許文献1においては鋼製の試験片にエポキシ樹脂を電着被覆したものの塩水噴霧に対する防錆効果が確認されたにすぎずマグネシウムとの電食に対する効果は特に確認されていない。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、低コストでマグネシウム合金との電食を防止するマグネシウム合金部材の締結構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し試行錯誤を重ねた結果、マグネシウム合金と接する締結部材表面にポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤を分散させたフェノール樹脂、或いはポリイミド樹脂を主成分とする被覆樹脂を被覆させた締結部材を用いることによりマグネシウム合金部材との電位差腐食を抑制出来ることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明のマグネシウム合金の締結構造は、マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を締結する締結部材と、を備えるマグネシウム合金の締結構造において、前記締結部材は本体と、前記マグネシウム合金部材と接する該本体表面の少なくとも一部を覆う被覆層と、からなり、該被覆層はポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤と、該固体潤滑剤を分散し、フェノール樹脂、或いはポリイミド樹脂を主成分とする被覆樹脂と、から形成されていることを特徴とする。
【0009】
また前記マグネシウム合金部材は、耐熱マグネシウム合金部材であり、前記被覆樹脂はエポキシ樹脂を主成分とするものでもよい。
【0010】
さらに前記耐熱マグネシウム合金部材は、アルミニウム、カルシウム及びストロンチウムを含有することが好ましい。
【0011】
また詳しくは前記耐熱マグネシウム合金部材は、該合金部材の全体を100質量%とした場合、アルミニウムを3質量%以上12質量%以下、カルシウムを0.5質量%以上4質量%以下及びストロンチウムを0.1質量%以上1質量%以下含むことがより好ましい。
【0012】
また前記固体潤滑剤の被覆樹脂への添加量は前記被覆樹脂全体を100質量%とした場合、該固体潤滑剤が前記ポリテトラフルオロエチレンである場合0.1質量%以上15質量%以下、該固体潤滑剤が前記二硫化モリブデンである場合0.1質量%以上20質量%以下であることが好ましい。
【0013】
さらに前記締結部材の前記本体は鉄系のボルトであり、前記被覆層は該ボルトの頭部に形成されていてもよい。
【0014】
特に前記被覆樹脂はフェノール樹脂であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0015】
締結部材に絶縁性に優れ耐久性の高いフェノール樹脂或いはポリイミド樹脂を被覆することにより、締結部材の繰り返し使用時や締結時の被覆樹脂の割れや摩耗を抑制出来、従ってマグネシウム合金と鉄などの異種金属とが接触することまた水等を介して電気的に接触することを防ぐことが出来る。特にフェノール樹脂が耐久性の点で効果的である。
【0016】
また被覆樹脂はポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤が分散されていることにより、マグネシウム合金と締結部材の接触面において被覆樹脂が低摩擦係数を持つことが出来る。締結部材は、マグネシウム合金との締結面において摩擦係数が小さくなることにより所定の軸力が保持できる。また固体潤滑剤の添加量が上記範囲であることにより、締結部材への密着性の優れた被覆樹脂となる。
【0017】
また締結部材に固体潤滑剤を分散させた被覆樹脂を被覆するだけなので、低コストで軽量である。
【0018】
またマグネシウム合金部材が耐熱マグネシウム合金部材であることにより、更に電食が抑制出来る。特に耐熱マグネシウム合金部材は、アルミニウム、カルシウム及びストロンチウムを含有するものが効果があり、その含有量は上記範囲であるとより効果的に電食を抑制出来る。
【0019】
また前記マグネシウム合金部材は、耐熱マグネシウム合金部材の場合、被覆樹脂はエポキシ樹脂を主成分とするものとしても電食抑制効果が得られる。
【0020】
さらに締結部材の本体が鉄系のボルトの場合、ボルトを頭部と軸部とすると、頭部全体、つまり締結時にマグネシウム合金部材と接する頭部の座面と水等に接する頭部全体に被覆層が形成されていれば、ボルト本体に電解質の存在下で水分が付着することを防ぐことが出来、鉄とマグネシウム合金との電気的接触を防止出来る。そのため、より汎用的に使用される鉄系ボルトを用いてより安価にマグネシウム合金の締結が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明のマグネシウム合金の締結構造は、マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を締結する締結部材と、を備える。
【0022】
前記マグネシウム合金部材は、マグネシウム合金からなる部材であれば特にその形状は限定されない。例えば自動車用部材、音響機器部材、スポーツ用部材、コンピュータ機器用部材等の用途の様々な部材で用いることが出来る。特に自動車用部材等で電解質の存在下で水と接触する環境で用いられるマグネシウム合金部材とするとよい。
【0023】
一般的にマグネシウム合金は、その用途に合わせ、マグネシウム以外にアルミニウム、亜鉛、マンガン、珪素、銅、鉄、カルシウム、ニッケル、ストロンチウム、希土類元素等の様々な元素を含有する。またその目的に応じて上記様々な元素の含有量が異なる。本発明に記載の前記マグネシウム合金も、上記のような一般的なマグネシウム合金であれば特に限定されない。
【0024】
また耐熱用途として用いられる耐熱マグネシウム合金としてアルミニウム、カルシウム及びストロンチウムを含有するものも用いることが出来る。またその含有量が合金部材の全体を100質量%とした場合、アルミニウムを3質量%以上12質量%以下、カルシウムを0.5質量%以上4質量%以下及びストロンチウムを0.1質量%以上1質量%以下含むマグネシウム合金も好ましい。
【0025】
前記マグネシウム合金部材を締結する前記締結部材は、本体と、前記マグネシウム合金部材と接する該本体表面の少なくとも一部を覆う被覆層と、からなる。
【0026】
前記本体は、金属製の締結用部材であれば形状は特に限定されない。例えばボルト、ワッシャー、スペーサー等を用いることが出来る。本体は鉄製、アルミニウム製、チタン製のものが用いることが出来る。締結部材として一般的に用いられる鉄製のボルトが安価で高強度であり、好ましく用いることが出来る。
【0027】
前記本体は、前記マグネシウム合金部材と接する表面の少なくとも一部を被覆層で覆われている。前記金属製である本体と前記マグネシウム合金部材とが電解質を含む水等を介して電気的に接触する時、マグネシウム合金は実用金属中、最も電気的に卑であるため、マグネシウム合金が電位差腐食を起こす。被覆層はマグネシウム合金の電位差腐食を防ぐため、締結用部材本体に被覆される。
【0028】
被覆層は前記マグネシウム合金部材と接する表面の少なくとも一部を覆っていればよい。しかしマグネシウム合金部材と接触する部位であって、水等に接触する可能性のある部位には被覆する方がよい。例えば締結部材がボルトの場合、ボルトの頭部全体に座面も含め被覆されている方がよい。少なくとも座面を含む頭部全体に被覆層が形成されていれば、締結部材とマグネシウム合金部材との水を介した接触を防ぐためマグネシウム合金部材の電位差腐食を防ぐことが出来る。
【0029】
該被覆層はポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤と、該固体潤滑剤を分散し、フェノール樹脂、或いはポリイミド樹脂を主成分とする被覆樹脂と、から形成されている。
【0030】
固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンは、固体の粉末粒子であり前記被覆樹脂に分散される。固体潤滑剤が被覆樹脂に含有されることにより、前記マグネシウム合金部材と前記締結部材との接触面の摩擦係数が低減出来、ボルト等を締め付けた際、所定のボルト軸力が得られる。
【0031】
ポリテトラフルオロエチレンは、粒子径1μm以下の粉末粒子が好ましい。またポリテトラフルオロエチレンの被覆樹脂への添加量は、前記被覆樹脂全体を100質量%とした場合、0.1質量%以上15質量%以下が好ましい。この範囲にあれば締結部材本体への密着性を落とすことなく、摩擦係数を低減できる。
【0032】
二硫化モリブデンは、粒子径5μm以下の粉末粒子が好ましい。また二硫化モリブデンの被覆樹脂への添加量は、前記被覆樹脂全体を100質量%とした場合、0.1質量%以上20質量%以下であることが好ましい。この範囲にあれば締結部材本体への密着性を落とすことなく、摩擦係数を低減できる。
【0033】
被覆樹脂は、フェノール樹脂、或いはポリイミド樹脂を主成分とする。マグネシウム合金部材が耐熱マグネシウム合金部材の場合はエポキシ樹脂でもよい。上記樹脂は、樹脂強度が高く繰り返し使用に対して樹脂割れが起こりにくい。また冷熱繰り返し使用に対しても樹脂割れが起こりにくい。そのため上記被覆樹脂を被覆した締結部材は長期間にわたって電食防止性能が持続する。また上記樹脂は密着性に優れ、締結部材から剥離しにくい。
【0034】
樹脂強度の観点から被覆樹脂はフェノール樹脂であることがより好ましい。
【0035】
被覆方法は、特に限定されない。例えば、固体潤滑剤を分散した溶剤を含む被覆樹脂を締結部材に塗布し、被覆樹脂の硬化する温度以上になるように熱処理を行い焼き付け塗布して被覆層を形成することが出来る。
【0036】
被覆層の厚さは、被覆層の強度及び密着性の面から2μm以上800μm以下が好ましい。更に10μm以上100μm以下がより好ましい。
【0037】
鉄製のボルトに上記被覆層を形成させた締結部材は、アルミニウム製のボルト等に比較して安価に製作出来る。
【実施例】
【0038】
次に実施例によって本発明の作用効果を明らかにする。
【0039】
(1)被覆層の性能評価
A.被覆樹脂の強度測定
まずフェノール樹脂、フッ素系樹脂(テフロン(登録商標))、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ナイロン6樹脂、ポリエチレン樹脂を用い、フランジ付き鉄製ボルトの頭部に約10μm以上100μm以下の上記各樹脂の被覆層を形成した。
【0040】
被覆層形成方法は、以下の方法で行った。上記各樹脂を各適した有機溶媒に溶解又は分散させ、18℃〜25℃にした樹脂溶液にフランジ付き鉄製ボルトの頭部をディッピングして、ボルト頭部に各樹脂を塗布した。熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂を塗布したフランジ付き鉄製ボルトは、加熱炉に入れ、各樹脂の硬化温度に加熱して被覆層を形成した。他の熱可塑性樹脂であるフッ素系樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ナイロン6樹脂、ポリエチレン樹脂を塗布したフランジ付き鉄製ボルトは、150℃で30分加熱して被覆層を形成した。
【0041】
次に被覆層の形成された各ボルトの繰り返し締め付け及び冷熱サイクル試験を行った。
【0042】
繰り返し締め付け試験は、被覆層を形成した鉄製ボルトを、8φのボルト用の穴が形成された厚み20mmのマグネシウム合金部材(AZ91)に挿通し、トルクレンチで60N・mのトルクで締め付けて行った。締め付け後ボルトを取り外し、続けてまた締め付けることを繰り返して、被覆層に割れや剥離が起こるまでの締め付け回数を測定した。
【0043】
図1に各樹脂の被覆層の割れや剥離が起きるまでの締め付け回数を比較したグラフを示す。図1に示されるように被覆樹脂がフッ素系樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ナイロン6樹脂、ポリエチレン樹脂の場合、繰り返し締め付け回数が5回以下で割れや剥離が発生するのに対し、被覆樹脂がフェノール樹脂、エポキシ樹脂及びポリイミド樹脂の場合は、繰り返し締め付け回数が15回以上でも被覆層に割れや剥離が起こらない良好な強度を示すことがわかった。
【0044】
冷熱サイクル試験は、上記の繰り返し締め付け試験で用いた同様の各被覆樹脂を形成されたフランジ付き鉄製ボルトを用いて行った。各被覆層が形成されたボルトを冷熱サイクル試験機(社内製)に入れ、−40℃〜150℃の温度設定で冷熱サイクル試験を行った。試験機内温度が−40℃で60分、150℃で60分を1サイクルとし、1サイクル毎に樹脂割れの有無を確認し、樹脂の割れが発生するまでのサイクル数を測定した。また冷熱サイクル数は300回まで測定し、それまで割れが発生しなかったものは冷熱サイクル数は300回として表示した。
【0045】
図2に各樹脂の被覆層の割れが発生するまでのサイクル数を比較したグラフを示す。図2に示されているように、被覆樹脂がフッ素系樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ナイロン6樹脂、ポリエチレン樹脂の場合、50回以下の冷熱サイクルで割れが発生するのに対し、被覆樹脂がフェノール樹脂、エポキシ樹脂及びポリイミド樹脂の場合は50回以上の冷熱サイクルでも割れが発生せず、特にフェノール樹脂は300回の冷熱サイクルでも割れが発生しなかった。
【0046】
B.被覆層の密着性試験
固体潤滑剤を被覆樹脂に分散させることにより、被覆樹脂の締結部材への密着性は低下する。そのため固体潤滑剤の最適な添加量を調べるため被覆層の密着性試験を行った。被覆樹脂としてフェノール樹脂を用い、固体潤滑剤としてポリテトラフルオロエチレン(以降適宜PTFEと記載する)または二硫化モリブデンを用いた。密着性試験としてJIS K5400の碁盤目テープ剥離試験を行った。
【0047】
厚さ5mmのSUS板に各添加量の固体潤滑剤を分散させたメチルエチルケトン等の溶剤に溶かしたフェノール樹脂を塗布し、200℃20分で熱処理を行うことにより、焼き付け塗布した。フェノール樹脂被膜層の厚みは、10μm〜50μmであった。形成された各添加量の固体潤滑剤を分散したフェノール樹脂皮膜にNTカッターで1mm四方100マスの碁盤目の傷を形成した。碁盤目の傷を付けた皮膜を、テープを貼って引き剥がし剥がれた碁盤目の数からその皮膜の密着性を%表記した。碁盤目試験で90%以上となった固体潤滑剤の添加量を密着性良好な添加量であると判断した。
【0048】
碁盤目テープ剥離試験の結果、固体潤滑剤がPTFEの場合、PTFEの添加量は0.1〜15質量%、固体潤滑剤がMoS2の場合、MoS2の添加量は0.1〜20質量%のものが密着性が良好と判断された。
【0049】
(2)電位差腐食防止性能評価
C.マグネシウム合金部材を用いた電位差腐食試験
厚み30mmの耐熱マグネシウム合金部材(Mg−Al−Ca−Sr)に締結用の8φのボルト穴を形成した。耐熱マグネシウム合金部材は、合金部材の全体を100質量%とした場合、アルミニウムを7質量%、カルシウムを2.8質量%、ストロンチウムを0.5質量%及びマンガンを0.2質量%含むマグネシウム合金で形成されていた。
【0050】
被覆樹脂はフェノール樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂(テフロン(登録商標))を主成分とする3種類を用い、固体潤滑剤としてMoS2を用いた。
【0051】
各配合量は主成分としてフェノール樹脂を用いた場合、フェノール樹脂50質量部、MoS2は3質量部、溶剤としてメチルエチルケトン30質量部、メチルイソブチルケトン10質量部、その他黒色顔料を1質量部であった。主成分としてエポキシ樹脂を使用したものは、エポキシ樹脂45質量部、MoS2は3質量部、溶剤としてメチルエチルケトン35質量部、メチルイソブチルケトン5質量部、その他黒色顔料を1質量部であった。主成分としてフッ素樹脂を使用したものは、フッ素樹脂45質量部、MoS2は1質量部、溶剤としてメチルエチルケトン30質量部、メチルイソブチルケトン10質量部、その他黒色顔料を1質量部であった。
【0052】
鉄製のフランジ付きボルトの頭部に固体潤滑剤を分散させた樹脂をディッピング方式で被覆し、フェノール樹脂とエポキシ樹脂を用いたものは熱処理して焼き付け塗布した。またフッ素樹脂を用いたものは耐熱性を持たせるため120℃で60分加熱して焼き付けを行った。被覆層の厚みは50μm〜100μmであった。
【0053】
主成分とする樹脂の名前を用い、各ボルトをフェノール樹脂コートボルト、エポキシ樹脂コートボルト、フッ素樹脂コートボルトと称す。
【0054】
締結部材のない耐熱マグネシウム合金部材のみ、又被覆層の形成されていない通常の鉄製ボルトを耐熱マグネシウム合金部材に締結したもの、及び上記3種類のボルトを各々締結した耐熱マグネシウム合金部材の5種類の試験材料を用いて電位差腐食試験を行った。
【0055】
電位差腐食試験としてJIS Z2731に基づく塩水噴霧試験を行った。まず初期重量を測定した各合金部材に、5%塩化ナトリウム水溶液を1.5ml/分の流量で連続噴霧した。各試験時間後(日数)各合金部材を15%クロム酸水溶液中で1分間煮沸洗浄することにより、各合金部材の腐食生成物を除去した。乾燥後、各合金部材の重量を測定し、初期重量との差を腐食量とし、mg/cm2で表示した。
【0056】
塩水噴霧試験による経過時間ごとの腐食量の推移を図3にグラフで示した。図3のグラフに示されるように、通常の鉄製ボルトで耐熱Mg合金部材を締結したものの塩水噴霧による電位差腐食量に対し、鉄製ボルトの頭部に固体潤滑剤を含んだ被覆層を形成されたコートボルトを締結した耐熱Mg合金部材の腐食量は低減された。特にフェノール樹脂を用いたコートボルトの腐食量の低減量は、他の樹脂を用いたものに比べ大きな低減となっている。
【0057】
このことは、フェノール樹脂の絶縁性が大きいことによると考えられる。
【0058】
また上記のフェノール樹脂コートボルトを用いて、上記耐熱Mg合金部材の代わりに一般的な通常のMg板を用いて上記した塩水噴霧試験を同様に行い、腐食量を測定した。通常のMg板として厚さ30mmのAZ91板(社内製)を用いた。
【0059】
通常のMg板を用いた塩水噴霧試験結果を耐熱Mg合金部材を用いたものと比較し、図4にグラフとして示す。図4にみられるように、フェノールコートボルトを用いたものは、一般的なMg板に対する腐食量の低減量よりも耐熱Mg合金部材に対する腐食量の低減量が大きいことがわかった。
【0060】
D.実車走行試験による腐食量測定
上記した耐熱Mg合金及び一般的なMg合金であるAZ91を用いて図5に示すような形状のオイルパンを試作した。図5に試作オイルパンの概略図を示す。オイルパンは、トヨタ製1MZエンジン用のものを使用し、フェノールコートボルト23本で取り付けた。
【0061】
前記オイルパンを実車に付け、カナダにおいて雪上試験を行い、特定距離毎にオイルパンの腐食された深さを測定した。
【0062】
腐食深さは、オイルパンの腐食箇所を切断してその断面を樹脂によって包埋し、光学顕微鏡によって実測しμmで表示した。腐食深さの測定箇所は5カ所とし、腐食深さはその5カ所の平均で表した。
【0063】
腐食深さの測定結果を図6に示す。図6に見られるように、フェノールコートボルトを一般的なMg合金であるAZ91を用いて試作したオイルパンに使用するのに比べ、耐熱Mg合金を用いたオイルパンに使用した方が、腐食深さが小さく、又走行距離が増えても、腐食深さの増加割合が小さい事がわかった。
【0064】
E.マグネシウム合金材料の元素含有量の違いによる腐食量測定
耐熱マグネシウム合金材料としてAl、Ca、Srの含有量の違いによる腐食深さを測定した。厚さ30mmの各元素の含有量の異なるマグネシウム合金の平板を作製し、フェノールコートボルト各5本を締結した。
【0065】
ボルトを締結した各平板を用いて電位差腐食試験を行った。電位差腐食試験は前記したJIS Z2731に基づく塩水噴霧試験を用いた。塩水噴霧試験は前記した方法と同様に行い、腐食量の測定は、腐食部位5カ所を切断して断面を包埋し、光学顕微鏡で腐食深さを実測し、μmで表示した。腐食量はその5カ所の平均で表した。
【0066】
結果を図7、図8に示す。図7はアルミニウムの含有量を変化させたマグネシウム合金板の腐食量を示すグラフであり、図8はカルシウム又はストロンチウムの含有量を変化させたマグネシウム合金板の腐食量を示すグラフである。
【0067】
図7にみられるように、アルミニウムは含有量が増えることによってマグネシウム合金板の電位差腐食による腐食量が大幅に低減した。
【0068】
また図8に見られるように、カルシウム又はストロンチウムが含有されることによってマグネシウム合金板の電位差腐食による腐食量は低減するが、含有量を増やしても大幅な電位差腐食による腐食量の低減は見られなかった。
【0069】
図7、図8から、耐熱マグネシウム合金に含まれる他の元素の電位差腐食を抑制するのに最適な含有量は、該合金部材の全体を100質量%とした場合、アルミニウムを3質量%以上12質量%以下、カルシウムを0.5質量%以上3質量%以下及びストロンチウムを0.1質量%以上1質量%以下であることがわかった。
【0070】
またマグネシウム合金の強度等からより好ましい含有量は、該合金部材の全体を100質量%とした場合、アルミニウムを5質量%以上10質量%以下、カルシウムを1質量%以上4質量%以下及びストロンチウムを0.3質量%以上1.0質量%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の一実施形態に関する被覆樹脂の繰り返し締め付け試験結果を表すグラフである。
【図2】本発明の一実施形態に関する被覆樹脂の冷熱サイクル試験結果を表すグラフである。
【図3】本発明の一実施形態に関する塩水噴霧試験結果を表す第1のグラフである。
【図4】本発明の一実施形態に関する塩水噴霧試験結果を表す第2のグラフである。
【図5】試作オイルパンの概略図である。
【図6】本発明の一実施形態に関する実車走行試験結果を表すグラフである。
【図7】アルミニウムの含有量の変化によるマグネシウム合金の電位差腐食量測定結果を示すグラフである。
【図8】カルシウム又はストロンチウムの含有量の変化によるマグネシウム合金の電位差腐食量測定結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を締結する締結部材と、を備えるマグネシウム合金の締結構造において、
前記締結部材は本体と、前記マグネシウム合金部材と接する該本体表面の少なくとも一部を覆う被覆層と、からなり、
該被覆層はポリテトラフルオロエチレンもしくは二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤と、該固体潤滑剤を分散し、フェノール樹脂、或いはポリイミド樹脂を主成分とする被覆樹脂と、から形成されていることを特徴とするマグネシウム合金の締結構造。
【請求項2】
前記マグネシウム合金部材は、耐熱マグネシウム合金部材であり、前記被覆樹脂はエポキシ樹脂を主成分とするものでもよい請求項1記載のマグネシウム合金の締結構造。
【請求項3】
前記耐熱マグネシウム合金部材は、アルミニウム、カルシウム及びストロンチウムを含有する請求項2記載のマグネシウム合金の締結構造。
【請求項4】
前記耐熱マグネシウム合金部材は、該合金部材の全体を100質量%とした場合、アルミニウムを3質量%以上12質量%以下、カルシウムを0.5質量%以上4質量%以下及びストロンチウムを0.1質量%以上1質量%以下含む請求項2又は3に記載のマグネシウム合金の締結構造。
【請求項5】
前記固体潤滑剤の被覆樹脂への添加量は前記被覆樹脂全体を100質量%とした場合、該固体潤滑剤が前記ポリテトラフルオロエチレンである場合0.1質量%以上15質量%以下、該固体潤滑剤が前記二硫化モリブデンである場合0.1質量%以上20質量%以下である請求項1〜4のいずれかに記載のマグネシウム合金の締結構造。
【請求項6】
前記締結部材の前記本体は鉄系のボルトであり、前記被覆層は該ボルトの頭部に形成されている請求項1〜5のいずれかに記載のマグネシウム合金の締結構造。
【請求項7】
前記被覆樹脂はフェノール樹脂である請求項1〜6のいずれかに記載のマグネシウム合金の締結構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−198544(P2007−198544A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−19636(P2006−19636)
【出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】