説明

モータ制御装置

【課題】起動モードにおいて負荷の変動に追従した回転制御を実行するモータ制御装置を提案する。
【解決手段】この提案のモータ制御装置は、相電流Iu〜Iwに基づいて電流波高値Ip及び電流電気角θiを検出する検出手段4と、相電流Iu〜Iwと印加電圧Vu〜Vwとに基づいて誘起電圧波高値Ep及び誘起電圧電気角θeを検出する検出手段5と、θm=θi−β−90°又はθm=θe−γ−90°を使用してロータ位置θmを検出するロータ位置検出手段6と、そのθmに基づいて回転速度ωを検出する速度変動検出手段15と、起動用電圧指示値Vp及び起動用電圧位相指示値θvを出力し、同期モータMの回転速度を所定の加速度で上昇させると共に、速度変動検出手段15で検出される回転速度ωをθvに反映させる起動手段10と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
同期モータの起動制御に関する技術が以下に開示される。
【背景技術】
【0002】
同期モータ(永久磁石同期モータ)の駆動方式として適用例が増えている正弦波駆動方式(180度通電方式)では、ロータ位置(ロータの回転位置)をセンサレスで検出し、ステータコイルへ適切な通電を行う制御を実行する。このセンサレスでロータ位置を検出する機能を備えたモータ制御装置として、特許文献1に開示のモータ制御装置が提案されている。特許文献1のモータ制御装置は、同期モータの通常運転モード(位置検出運転)においてロータ位置θmを一定の精度且つ低処理負荷で検出することを可能とするものである。
【0003】
同期モータには、通常運転モードへ入る前段階として起動モード(強制転流運転)があるが、この起動モードにおいては、ステータ座標系のα軸に対するロータ座標系のd軸の角度(ロータの絶対位置)を表すロータ位置θmの推定誤差が大きくなるため、ロータ位置θmに基づいた位置検出運転をしていない。そこで、起動モードでは、特許文献2に開示されるモータ制御装置により同期モータを起動させるものとしている。特許文献2のモータ制御装置は、目標回転速度(目標回転数)を含む運転指令をモータ停止状態で受け取ると、起動電圧設定部及び起動位相設定部により設定される印加電圧及び印加電圧位相で駆動を開始し、一定の加速度で回転速度を漸増させていく。そして、回転速度が目標回転速度よりも低い所定値に達したところで起動完了とみなし、通常運転モードへ移行する制御を実行する。これにより、処理能力の高い演算装置を不要とし、起動完了の簡素且つ確実化を可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−10438号公報
【特許文献2】特開2005−94853号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、同期モータの起動モードでは、ロータ位置の検出精度が良くないため、ロータ位置の検出は行わず、加速度一定で回転速度を漸増させる強制駆動を実行している。しかし、このときに、同期モータの出力軸にかかる負荷の変動、特に瞬間的な変動があると、脱調して起動に時間を要する可能性がある。
【0006】
起動モードにおける負荷変動は、特に、同期モータを使用したエアコン(エアコンディショナ)のコンプレッサにおいて現れ得る。例えば、コンプレッサのシリンダ内に冷媒液の粒が入り込むと、圧縮行程の負荷が増加する。一方で、吸入行程の負荷は通常通りであるため、この場合の起動モードにおいて同期モータにかかる負荷は、コンプレッサの圧縮・吸入行程に従って変動することになる。
【0007】
特許文献2に開示のモータ制御装置は、起動モードにおいて、負荷に関わらず加速度一定の強制的な制御を実行するため、上記のような負荷変動がある場合に対応していない。このような技術背景に鑑みると、起動モードにおいて負荷の変動に追従できるような何らかの工夫が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
当課題に対して提案するモータ制御装置は、
同期モータのステータコイルに流れる電流を検出する電流検出手段と、
前記ステータコイルに印加される印加電圧を検出する印加電圧検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流及び前記印加電圧検出手段で検出される印加電圧に基づいて求められる電流変数及び電圧変数を含む所定のロータ位置計算式を使用して、前記同期モータのロータ位置を検出するロータ位置検出手段と、
前記ロータ位置検出手段で検出されるロータ位置に基づいて回転速度を検出する速度・速度変動検出手段と、
起動モードにおいて起動用電圧指示値及び起動用電圧位相指示値を出力し、これら指示値に基づいて駆動される前記同期モータの回転速度を所定の加速度で上昇させると共に、前記速度・速度変動検出手段で検出される回転速度を前記起動用電圧位相指示値に反映させる起動手段と、
を含んで構成される。
【発明の効果】
【0009】
上記提案に係るモータ制御装置において検出されるロータ位置は、検出された現在の電流及び印加電圧に基づいており、その算出値は「誘起電圧電気角及び電流電気角の差」を反映している。したがって、このロータ位置に基づいて検出される回転速度は、誘起電圧電気角と電流電気角との差(すなわち誘起電圧と電流との位相差)の変動に応じて変動するものとなる。モータベクトル図において一般に、誘起電圧電気角及び電流電気角の差は、ロータ位置が進むと大きくなり、ロータ位置が遅れると小さくなる。つまり、誘起電圧電気角及び電流電気角の差を反映して変動する回転速度から、ロータ位置(ロータの絶対位置)の検出精度に関わりなく、前後の検出周期でロータ位置が進んだか遅れたかというロータの相対的位置を検出することができる。そして、回転速度の変動=ロータの相対的位置の変動は、同期モータの出力軸にかかる負荷の変動に応じると考えることができるので、検出される回転速度の変動に応じて加速度を適切に調節すれば、起動モードにおいて負荷の変動に追従した回転制御を実行することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】モータ制御装置の実施形態を示したブロック図。
【図2】正弦波通電における(A)電流、(B)誘起電圧の各波形図。
【図3】同期モータのベクトル図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は、モータ制御装置の実施形態を示している。
この実施形態の同期モータMは、3相のスター結線型で、U相、V相、W相のステータコイルを含むステータと、永久磁石を含むロータとを有する。図中にはU相、V相、W相の各ステータコイルのみを示し、その他は図示を省略してある。なお、スター結線型を例として示すがデルタ結線でも同様に適用される。
【0012】
この同期モータMを駆動するパワーモジュール(IPM)PMは、U相、V相、W相ごとに上アーム側のスイッチング素子+U,+V,+W及び下アーム側のスイッチング素子−U,−V,−Wを直流電源の高位側と低位側の間に直列接続してある。また、下アーム側スイッチング素子−U,−V,−Wの低位側には、各相に流れる電流を検出するためのシャント抵抗Ru,Rv,Rwが設けられる。各スイッチング素子+U〜−Wはインバータ駆動部1によるPWM信号で駆動され、これに従いU相、V相、W相の各ステータコイルが正弦波通電(180度通電)で制御される。当該制御によって各相U,V,Wに流れる電流が、シャント抵抗Ru,Rv,Rwを利用して検出される。
【0013】
インバータ駆動部1及び以下に説明する各部は、本実施形態の場合、プログラムに従って動作するマイコン等のコンピュータにより実行されるものとして説明する。ただし、これに限らず、ハードウエアによりそれぞれを構成することなども可能である。
【0014】
電流検出手段に相当する相電流検出部2は、シャント抵抗Ru,Rv,Rwにかかる電圧を測定することにより、U相のステータコイルに流れるU相電流Iu、V相のステータコイルに流れるV相電流Iv、W相のステータコイルに流れるW相電流Iwをそれぞれ検出する。印加電圧検出手段に相当する印加電圧検出部3は、上アーム側スイッチング素子+U〜+WからU相のステータコイル、V相のステータコイル、W相のステータコイルへそれぞれ印加されるU相印加電圧Vu、V相印加電圧Vv、W相印加電圧Vwを検出する。
【0015】
電流波高値・電気角検出手段に相当する相電流波高値・電気角検出部4は、相電流検出部2で検出される相電流Iu,Iv,Iwの値に基づいて、相電流波高値Ip及び相電流電気角θiを検出する。その検出方法は次の通りである。当該検出方法は、前述の特許文献1に詳しく説明されている。
【0016】
U相、V相、W相に正弦波通電を行っているときの相電流波形図は、図2Aに示してある通りであり、正弦波形を成すU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwにはそれぞれ120°の位相差がある。この相電流波形図からすれば、相電流Iu,Iv,Iw、相電流波高値Ip、そして相電流電気角θiの間には次の式1が成立する。相電流波高値・電気角検出部4は、相電流検出部2で検出されるU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwを利用して、式1によって相電流波高値Ip及び相電流電気角θiを求める。
[式1]
Iu=Ip×cos(θi)
Iv=Ip×cos(θi−2/3π)
Iw=Ip×cos(θi+2/3π)
【0017】
誘起電圧波高値・電気角検出手段に相当する誘起電圧波高値・電気角検出部5は、相電流検出部2で検出される相電流Iu,Iv,Iwと、印加電圧検出部3で検出される印加電圧Vu,Vv,Vwとに基づいて、誘起電圧波高値Ep及び誘起電圧電気角θeを検出する。その検出方法は次の通りである。当該検出方法も、前述の特許文献1に詳しく説明されている。
【0018】
U相、V相、W相に正弦波通電を行っているときの誘起電圧波形図は、図2Bに示してある通りであり、正弦波形を成すU相誘起電圧Eu、V相誘起電圧Ev、W相誘起電圧Ewにはそれぞれ120°の位相差がある。この誘起電圧波形図からすれば、誘起電圧Eu,Ev,Ew、誘起電圧波高値Ep、そして誘起電圧電気角θeの間には次の式2が成立する。
[式2]
Eu=Ep×cos(θe)
Ev=Ep×cos(θe−2/3π)
Ew=Ep×cos(θe+2/3π)
【0019】
一方、印加電圧Vu,Vv,Vw、相電流Iu,Iv,Iw、ステータコイルの抵抗値Rcu,Rcv,Rcw、そして誘起電圧Eu,Ev,Ewの間には次の式3が成立する。
[式3]
Vu−Iu×Rcu=Eu
Vv−Iv×Rcv=Ev
Vw−Iw×Rcw=Ew
【0020】
誘起電圧波高値・電気角検出部5は、相電流検出部2で検出されるU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwと、印加電圧検出部3で検出されるU相印加電圧Vu、V相印加電圧Vv、W相印加電圧Vwとに基づいて、式3からU相誘起電圧Eu、V相誘起電圧Ev、W相誘起電圧Ewを求め、そして、求めたU相誘起電圧Eu、V相誘起電圧Ev、W相誘起電圧Ewに基づいて、式2から誘起電圧波高値Epと誘起電圧電気角θeを求める。
【0021】
ロータ位置検出手段に相当するロータ位置検出部6は、電流変数及び電圧変数として、相電流波高値・電気角検出部4で検出される相電流波高値Ip、相電流電気角θi、誘起電圧波高値・電気角検出部5で検出される誘起電圧波高値Ep、誘起電圧電気角θeに基づいて、ロータ位置θm(α軸に対するd軸の角度)を検出する。すなわち、電流電気角θi又は誘起電圧電気角θeを変数として含むと共に、電流波高値Ip又は誘起電圧波高値Epと誘起電圧電気角θe及び電流電気角θiの差[θe−θi]とに基づいて求められる電流位相β又は誘起電圧位相γを変数として含むロータ位置計算式を使用して、同期モータMのロータ位置θmを検出する(詳しくは特許文献1参照)。
このうち、相電流電気角θiと、相電流波高値Ip及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]に基づく電流位相βと、を変数として含むロータ位置計算式を使用した第1の検出方法、さらに、誘起電圧電気角θeと、相電流波高値Ip及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]に基づく誘起電圧位相γと、を変数として含むロータ位置計算式を使用した第2の検出方法について、具体的に説明する。
【0022】
(1)第1の検出方法
第1の検出方法において、検出された相電流電気角θi及び電流位相βを変数として含むロータ位置計算式は、次の式4である。
[式4]
θm=θi−β−90°
【0023】
式4における電流位相βは、相電流波高値Ip及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をパラメータとして、予め用意したデータテーブルを参照することで選出される。そのデータテーブルは、次のようにして用意し、メモリに記憶しておく。
【0024】
データテーブル作成に関し、図3Aに示すのは、同期モータMのロータが回転しているときのモータベクトル図であり、印加電圧V(Vu〜Vw)、電流I(Iu〜Iw)、誘起電圧E(Eu〜Ew)の関係をd−q座標にベクトルで表してある。誘起電圧Eは[ωΨ]で表される。また、図3Aにおいて、Vdは印加電圧Vのd軸成分、Vqは印加電圧Vのq軸成分、Idは電流Iのd軸成分、Iqは電流Iのq軸成分、Edは誘起電圧Eのd軸成分、Eqは誘起電圧Eのq軸成分である。さらに、q軸を基準とした電圧位相がα、q軸を基準とした電流位相がβ、q軸を基準とした誘起電圧位相がγである。図中のΨaはロータの永久磁石の磁束、Ldはd軸インダクタンス、Lqはq軸インダクタンス、Rはステータコイルの抵抗値(Rcu〜Rcw)、Ψはロータの総合鎖交磁束である。
【0025】
このモータベクトル図からすれば、ロータの回転速度をωとして次の式5が成立し、そして、式5の右辺からωに関する値を左辺に移して式6が成立する。
[式5]

[式6]

【0026】
このように図3Aのモータベクトル図下で式5、式6が成り立つことを基礎としてデータテーブルが予め作成される。すなわち、モータベクトル図に示される電流位相β及び電流Iをそれぞれ所定範囲内で段階的に増加させながら、[誘起電圧位相γ−電流位相β]が所定値のときの電流位相βを保存し、電流Iに相当する相電流波高値Ipと、[誘起電圧位相γ−電流位相β]に相当する[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]と、をパラメータとした電流位相βのデータテーブルを作成する。
【0027】
詳しくは、例えば前述の特許文献1の図5に示されているように、電流位相βを−180°から180°まで0.001°ずつ増加させ、且つ、電流Iを0Aから64Aまで1Aずつ増加させながら、同期モータMに固有のd軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqを利用して、モータベクトル図を基に電圧位相α、電流位相β、誘起電圧位相γを求める。そして、[誘起電圧位相γ−電流位相β]が1°,2°,3°,…のときの電流位相βを保存する。これにより、電流Iに相当する相電流波高値Ipを1つのパラメータとし、且つ、[誘起電圧位相γ−電流位相β]に相当する[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をもう1つのパラメータとした、電流位相βのデータテーブルが作成される。
【0028】
このデータテーブルから選出される電流位相βと相電流電気角θiとを、ロータ位置計算式の式4に挿入すれば、ロータ位置θmが検出される。
【0029】
(2)第2の検出方法
第2の検出方法において、検出された誘起電圧電気角θe及び誘起電圧位相γを変数として含むロータ位置計算式は、次の式7である。
[式7]
θm=θe−γ−90°
【0030】
式7における誘起電圧位相γは、相電流波高値Ip及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をパラメータとして、予め用意したデータテーブルを参照することで選出される。そのデータテーブルは、次のように用意し、メモリに記憶しておく。
【0031】
この場合のデータテーブルも、図3Aのモータベクトル図下で式5、式6が成り立つことを基礎として予め作成される。すなわち、モータベクトル図に示される電流位相β及び電流Iをそれぞれ所定範囲内で段階的に増加させながら、[誘起電圧位相γ−電流位相β]が所定値のときの誘起電圧位相γを保存し、電流Iに相当する相電流波高値Ipと、[誘起電圧位相γ−電流位相β]に相当する[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]と、をパラメータとした誘起電圧位相γのデータテーブルを作成する。
【0032】
詳しくは、上記同様に、電流位相βを−180°から180°まで0.001°ずつ増加させ、且つ、電流Iを0Aから64Aまで1Aずつ増加させながら、同期モータMに固有のd軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqを利用して、モータベクトル図を基に電圧位相α、電流位相β、誘起電圧位相γを求める。そして、[誘起電圧位相γ−電流位相β]が1°,2°,3°,…のときの誘起電圧位相γを保存する。これにより、電流Iに相当する相電流波高値Ipを1つのパラメータとし、且つ、[誘起電圧位相γ−電流位相β]に相当する[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をもう1つのパラメータとした、誘起電圧位相γのデータテーブルが作成される。
【0033】
このデータテーブルから選出される誘起電圧位相γと誘起電圧電気角θeとを、ロータ位置計算式の式7に挿入すれば、ロータ位置θmが検出される。
【0034】
以上の第1及び第2の検出方法を実行するロータ位置検出部6によると、上記のロータ位置計算式を用いてロータ位置θmを直接的に求めているので、通常運転モードにおいてロータ位置θmを精度良く検出することができる。また、ロータ計算式に含まれる変数の1つである電流位相β又は誘起電圧位相γを、予め用意したデータテーブルから選出する方式が採用されているので、電流位相β又は誘起電圧位相γをその都度計算によって求める場合に比べて処理負荷が低い。ただし、処理負荷を考えなくてもよいのであれば、その都度の計算で算出するように構成することも可能である。
【0035】
上記に説明した第1及び第2の検出方法では、データテーブルとして、相電流波高値Ip及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をパラメータとして電流位相β又は誘起電圧位相γを選出するテーブルを例示した。これ以外にも、誘起電圧波高値Ep及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をパラメータとして電流位相β又は誘起電圧位相γを選出するデータテーブル、相電流波高値Ip、誘起電圧波高値Ep及び[誘起電圧電気角θe−相電流電気角θi]をパラメータとして電流位相β又は誘起電圧位相γを選出するデータテーブル、のいずれかを用いることが同様に可能である。
【0036】
このようなロータ位置検出部6により検出されたロータ位置θmは、通常運転回転制御部7に入力される。通常運転回転制御部7は、外部から入力される運転指令とロータ位置θmに基づいて、電圧指示値Vp及び電圧位相指示値θvを出力する。これら電圧指示値Vp及び電圧位相指示値θvは、通常運転モードにおいて、インバータ駆動部1へ提供され、インバータ駆動部1からこれに応じたPWM信号がパワーモジュールPMへ出力される。
【0037】
通常運転モードでは、ロータ位置検出6で検出されるロータ位置θmを利用し、通常運転回転制御部7により位置検出運転が実行される。しかし、起動モードでは、そのロータ位置θmの検出精度が落ちるので、次に説明する起動手段が回転制御を実行する。
【0038】
本実施形態において起動手段に相当する起動電圧・起動位相設定部10は、起動モードにおいて起動用電圧指示値Vp及び起動用電圧位相指示値θvを出力する。これら指示値Vp,θvは、モード切換スイッチ11を通してインバータ駆動部1へ提供され、該インバータ駆動部1からPWM信号が出力されてパワーモジュールPMにより同期モータMが駆動される。このように指示値Vp,θvに基づいて駆動される同期モータMの起動回転速度に関し、起動電圧・起動位相設定部10は、例えば1rpm/1msecといった所定の加速度で上昇させる。モード切換スイッチ11は、通常運転モードでは通常運転回転制御部7から出力される指示値Vp,θvをインバータ駆動部1へ伝達し、起動モードでは起動電圧・起動位相設定部10から出力される指示値Vp,θpをインバータ駆動部1へ伝達する。
【0039】
起動電圧・起動位相設定部10は、起動電流設定部12から出力される起動電流値Isに従って、PI制御やP制御等により、起動モードにおける印加電圧波高値を示す起動用電圧指示値Vpを発生する。起動電流設定部12は、モータ停止状態において目標回転速度を含んだ運転指令が入力されると、起動電流値Isとして、最大出力トルクに相応する電流値を設定する。同期モータMを起動させるときには、必要なトルクが不明なので、パワーモジュールPMで流せる最大電流値を起動電流値Isに設定するものである。
【0040】
起動電流設定部12から出力される起動電流値Isは、加算部13で補正されてから起動電圧・起動位相設定部10へ入力される。加算部13には、相電流波高値・電気角検出部4から相電流波高値Ipが入力されており、起動電流値Isに対し相電流波高値Ipがフィードバックされて、起動電圧・起動位相設定部10へ入力される起動電流値Isが適正に保たれる。
【0041】
起動電圧・起動位相設定部10は、加速度設定部14から出力される一定の角加速度θaに従って、起動モードにおける印加電圧位相を示す起動用電圧位相指示値θvを発生する。加速度設定部14は、モータ停止状態において目標回転速度を含んだ運転指令が入力されると、これに応じて一定の角加速度θaを起動電圧・起動位相設定部10へ出力する。そして、加速度設定部14は、θa×経過時間tが運転指令に含まれた目標回転速度になるか、又は、前述の特許文献2にあるように、運転指令に含まれた目標回転速度よりも低い所定値に達したときに、モード切換スイッチ11を切り換えて、通常運転回転制御部7による通常運転モードとする。
【0042】
この角加速度θaに従い起動用電圧位相指示値θvを発生する際に、起動電圧・起動位相設定部10は、速度・速度変動検出部15で検出されるロータの回転速度(角速度)ωを起動用電圧位相指示値θvに反映させる。速度・速度変動検出手段に相当する速度・速度変動検出部15は、ロータ位置検出部6で検出されたロータ位置θmに基づいて、dθm/dtにより回転速度ωを検出する。起動電圧・起動位相設定部10は、角加速度θa及び検出回転速度ω(に相当する角度)を利用し、次式8により起動用電圧位相指示値θvを設定する。式中、θv(−1)は前回の起動用電圧位相指示値θvを表し、Δtは制御周期を表す。
[式8]
θv=θv(−1)+[θaΔt+ω]Δt
【0043】
このように、起動電圧・起動位相設定部10は、速度・速度変動検出部15で検出されたロータの回転速度ωを反映させて起動用電圧位相指示値θvを設定する。回転速度ωの変動は、同期モータMの出力軸にかかる負荷の変動に応じると考えることができるので、検出される回転速度ωの変動に応じて加速度を適切に調節することで、起動モードにおいて負荷の変動に追従した回転制御を実行可能である。
【0044】
ロータ位置検出部6において検出されるロータ位置θmは、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi」を反映した算出値である。したがって、速度・速度変動検出部15においてロータ位置θmに基づき検出される回転速度ωは、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の変動に応じて変動するものとなる。これに関し、図3B及び図3Cを参照して説明する。図3B及び図3Cは、起動モードにおいて一定に制御される電流Iの下でのモータベクトル図である。
【0045】
図3B及び図3Cにおいて、実線のベクトルは現在の位相として示し、点線のベクトルは目標の位相として示す。図3Bを参照すれば、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]は、ロータ位置θmが進むと大きくなることが分かる。一方、図3Cを参照すれば、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]は、ロータ位置θmが遅れると小さくなることが分かる。すなわち、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]を反映して変動する回転速度ωから、ロータ位置θmの検出精度に関わりなく、前後の検出周期でロータ位置θmが進んだか遅れたかというロータの相対的位置Δθmを検出することができる。この回転速度ωの変動=ロータの相対的位置変動Δθmは、同期モータMの出力軸にかかる負荷の変動に応じると考えることができるので、検出される回転速度ωの変動に応じて加速度を適切に調節することにより、起動モードにおいて負荷の変動に追従した回転制御を実行することが可能である。
【0046】
起動電圧・起動位相設定部10による起動用電圧位相指示値θvの設定に、負荷に応じた加速度制限をかけることも可能である。この加速度調節を実行するために設けられているのが、加速度調節手段に相当する加速度調節部16である。加速度調節部16は、速度・速度変動検出部15で検出される回転速度ωの変動量が所定のしきい値ωthを超える場合に、回転速度ωを低下させるように起動用電圧位相指示値θvを調節する。回転速度ωの変動量は、例えば[ω(0)−ω(-1)]とすることができ、式中のω(0)は最新の検出回転速度、ω(-1)は前回の検出回転速度である。
【0047】
起動モードにおける負荷変動は、同期モータMを使用したエアコンのコンプレッサにおいて顕著に現れる場合がある。例えば、夜間の冷え込みなどで冷たくなったコンプレッサでは、シリンダ内で冷媒が結露し液体として存在していることがあり、この状態でコンプレッサを始動させると、液圧縮行程が発生する。液圧縮行程は、通常の気体の冷媒圧縮行程に比べて負荷が異様に重くなるため、コンプレッサを駆動する同期モータMの負荷トルクは、低回転であっても高く、回転速度ωが上昇すればそれからさらに急激に高くなる。一方で、吸入行程の負荷は通常通りであるため、この場合の起動モードにおいて同期モータMにかかる負荷は、コンプレッサの圧縮・吸入行程に従って大きく変動することになる。
【0048】
このように負荷が大きく変動するときに、加速度一定で回転速度ωを強制的に上昇させる制御を実行すると、脱調して起動に時間を要する可能性がある。そこで、このような負荷変動を想定したしきい値ωthを決め、回転速度ωの変動量が当該しきい値ωthを超える場合には、加速度調節部16が負の角加速度θa’を設定し、起動電圧・起動位相設定部10は、その負の角加速度θa’に従って起動用電圧位相指示値θvを設定する。これより、同期モータMの回転速度ωを遅くし、液圧縮行程でも運転可能な低回転速度(例えば120rpm程度)まで回転速度ωを下げ、脱調を防止する。
【0049】
低回転速度でしばらく同期モータMを運転することができれば、コンプレッサのシリンダ内に存在する液体は、その量が少ないので、やがて吐出される。これにより負荷が軽くなれば、速度・速度変動検出部15で検出される回転速度ωの変動量が小さくなるので、加速度調節部16が加速度調節を解除し、加速度設定部14による角加速度θaを使用した正常な起動モードが実行される。
【0050】
加速度調節部16においては、上記所定のしきい値ωthの他に、該しきい値ωthよりも小さい別のしきい値ωth’を設定してあってもよい。この場合の加速度調節部16は、速度変動検部出部15で検出される回転速度ωの変動量がしきい値ωth’を超える場合に、回転速度ωを上昇させないように、例えば角加速度θa=0として、起動用電圧位相指示値θvを調節する。第1のしきい値ωthよりも小さい第2のしきい値ωth’という中間レベルを設けることで、さらに脱調し難くなる。
【0051】
回転速度ωの変動から負荷変動を推定する他に、加速度調節部16は、トルク変動とみなすことができる[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の変動に基づいて、加速度調節を実行するように構成してもよい。この場合の加速度調節部16は、ロータ位置検出部6から[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の値を入力し、記憶しておいた前回の値と比較することで変動を検出する。そして、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の変動量が、上記同様に決められる所定のしきい値Tthを超える場合に、負の角加速度θa’を設定し、起動電圧・起動位相設定部10がその角加速度θa’に従って起動用電圧位相指示値θvを設定する。これより、同期モータMの回転速度ωを遅くすることができる。この後、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の変動量がしきい値Tthよりも小さくなれば、加速度調節部16は加速度調節を解除し、加速度設定部14による角加速度θaを使用した正常な起動モードが実行される。
【0052】
[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]を利用する加速度調節部16においても、上記第1のしきい値Tthの他に、該しきい値Tthよりも小さい第2のしきい値Tth’を設定可能である。この場合の加速度調節部16は、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の変動量が第2のしきい値Tth’を超える場合に、回転速度ωを上昇させないように、例えば角加速度θa=0として、起動用電圧位相指示値θvを調節する。
【0053】
[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]を利用する構成の加速度調節部16は、ロータ位置検出部6から[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の値を入力する代わりに、電流電気角検出手段に相当する相電流波高値・電気角検出部4及び誘起電圧電気角検出手段に相当する誘起電圧波高値・電気角検出部5から誘起電圧電気角θe及び電流電気角θiを入力し、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]を自身で検出して起動用電圧位相指示値θvを調節することもできる。この場合、加速度調節部16は、ロータ位置検出部6及び速度・速度変動検出部15から独立して動作可能である。
【0054】
上記の加速度調節部16に関連する構成は、前述の特許文献2に開示されたモータ制御装置などに組みあわせて使用することも可能である。
【0055】
加速度調節部16の加速度調節制御フローは、エアコンのコンプレッサに同期モータMが使用される場合、次のようにすることができる。
まず、速度・速度変動検出部15による回転速度ωに基づいて現在のコンプレッサ1回転の時間を計算するステップを実行する。次いで、そのコンプレッサ1回転の時間内で、回転速度ωの最大値と最小値、あるいは、[誘起電圧電気角θe−電流電気角θi]の最大値と最小値を継続検出するステップを実行する。そして、その最大値と最小値との差を、しきい値ωth,ωth’又はしきい値Tth,Tth’と比較し、上記のようにして加速度を調節するステップを実行する。
【符号の説明】
【0056】
1 インバータ駆動部
2 相電流検出部
3 印加電圧検出部
4 相電流波高値・電気角検出部
5 誘起電圧波高値・電気角検出部
6 ロータ位置検出部
7 通常運転回転制御部
10 起動電圧・起動位相設定部
11 モード切換スイッチ
12 起動電流設定部
13 加算部
14 加速度設定部
15 速度・速度変動検出部
16 加速度調節部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同期モータのステータコイルに流れる電流を検出する電流検出手段と、
前記ステータコイルに印加される印加電圧を検出する印加電圧検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流及び前記印加電圧検出手段で検出される印加電圧に基づいて求められる電流変数及び電圧変数を含む所定のロータ位置計算式を使用して、前記同期モータのロータ位置を検出するロータ位置検出手段と、
前記ロータ位置検出手段で検出されるロータ位置に基づいて回転速度を検出する速度・速度変動検出手段と、
起動モードにおいて起動用電圧指示値及び起動用電圧位相指示値を出力し、これら指示値に基づいて駆動される前記同期モータの回転速度を所定の加速度で上昇させると共に、前記速度・速度変動検出手段で検出される回転速度を前記起動用電圧位相指示値に反映させる起動手段と、
を含んで構成されるモータ制御装置。
【請求項2】
前記速度・速度変動検出手段で検出される回転速度の変動量が第1のしきい値を超える場合に、前記同期モータの回転速度を低下させるように前記起動用電圧位相指示値を調節する加速度調節手段を含む、
請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記加速度調節手段は、
前記速度・速度変動検出手段で検出される回転速度の変動量が、前記第1のしきい値よりも小さい第2のしきい値を超える場合に、前記同期モータの回転速度を上昇させないように前記起動用電圧位相指示値を調節する、
請求項2記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記誘起電圧電気角及び前記電流電気角の差の変動量が第1のしきい値を超える場合に、前記同期モータの回転速度を低下させるように前記起動用電圧位相指示値を調節する加速度調節手段を含む、
請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記加速度調節手段は、
前記誘起電圧電気角及び前記電流電気角の差の変動量が、前記第1のしきい値よりも小さい第2のしきい値を超える場合に、前記同期モータの回転速度を上昇させないように前記起動用電圧位相指示値を調節する、
請求項4記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記電流検出手段で検出される電流に基づいて電流波高値及び電流電気角を検出する電流波高値・電気角検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流と前記印加電圧検出手段で検出される印加電圧とに基づいて誘起電圧波高値及び誘起電圧電気角を検出する誘起電圧波高値・電気角検出手段と、
をさらに含み、
前記ロータ位置検出手段は、
前記電流電気角又は前記誘起電圧電気角を変数として含むと共に、前記電流波高値又は前記誘起電圧波高値と前記誘起電圧電気角及び前記電流電気角の差とに基づいて求められる電流位相又は誘起電圧位相を変数として含む前記ロータ位置計算式を使用して、前記同期モータのロータ位置を検出する、
請求項1〜5のいずれかに記載のモータ制御装置。
【請求項7】
同期モータのステータコイルに流れる電流を検出する電流検出手段と、
前記ステータコイルに印加される印加電圧を検出する印加電圧検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流及び前記印加電圧検出手段で検出される印加電圧に基づいて求められる電流変数及び電圧変数を含む所定のロータ位置計算式を使用して、前記同期モータのロータ位置を検出するロータ位置検出手段と、
前記ロータ位置検出手段で検出されるロータ位置に基づいて回転速度を検出する速度・速度変動検出手段と、
起動モードにおいて起動用電圧指示値及び起動用電圧位相指示値を出力し、これら指示値に基づいて駆動される前記同期モータの回転速度を所定の加速度で上昇させる起動手段と、
前記速度・速度変動検出手段で検出される回転速度の変動量に基づいて前記起動用電圧位相指示値を調節する加速度調節手段と、
を含んで構成されるモータ制御装置。
【請求項8】
前記電流検出手段で検出される電流に基づいて電流波高値及び電流電気角を検出する電流波高値・電気角検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流と前記印加電圧検出手段で検出される印加電圧とに基づいて誘起電圧波高値及び誘起電圧電気角を検出する誘起電圧波高値・電気角検出手段と、
をさらに含み、
前記ロータ位置検出手段は、
前記電流電気角又は前記誘起電圧電気角を変数として含むと共に、前記電流波高値又は前記誘起電圧波高値と前記誘起電圧電気角及び前記電流電気角の差とに基づいて求められる電流位相又は誘起電圧位相を変数として含む前記ロータ位置計算式を使用して、前記同期モータのロータ位置を検出する、
請求項7記載のモータ制御装置。
【請求項9】
同期モータのステータコイルに流れる電流を検出する電流検出手段と、
前記ステータコイルに印加される印加電圧を検出する印加電圧検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流に基づいて電流電気角を検出する電流電気角検出手段と、
前記電流検出手段で検出される電流と前記印加電圧検出手段で検出される印加電圧とに基づいて誘起電圧電気角を検出する誘起電圧電気角検出手段と、
起動モードにおいて起動用電圧指示値及び起動用電圧位相指示値を出力し、これら指示値に基づいて駆動される前記同期モータの回転速度を所定の加速度で上昇させる起動手段と、
前記誘起電圧電気角及び前記電流電気角の差に基づいて前記起動用電圧位相指示値を調節する加速度調節手段と、
を含んで構成されるモータ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−228127(P2012−228127A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95661(P2011−95661)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000001845)サンデン株式会社 (1,791)
【Fターム(参考)】