説明

モータ制御装置

【課題】電動車両がスリップを起こした場合にモータ50の過電流を抑制すると共に、トルクの減少を抑制する。
【解決手段】電動車両を駆動するモータ50の回転数Nとトルク指令値Trqcomに応じてモータ50に印加する電圧波形を矩形波形又は非矩形波形に設定するマップを含み、マップに基づいてモータ50を制御する電動車両のモータ制御装置であって、電動車両がスリップしたと判定した際に、マップの矩形波形を印加する領域の中に矩形波形を印加することを禁止する矩形禁止領域Aを設定し、モータ50の回転数Nとトルク指令値Trqcomとが矩形禁止領域Aに入った場合に、モータ50に印加する電圧波形を矩形波形から非矩形波形に切り替えるとともに、モータ50の制御方式を最大トルク制御から弱め界磁制御に切り替える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動車両を駆動するモータを制御するモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータにより直流電力をスイッチング制御して交流モータや交流モータジェネレータを駆動する方法が多く用いられている。インバータによる駆動方式は、正弦波PWMによるものが制御性もよく一般的であるが、正弦波PWMでは電圧の利用率に限界があり、高出力が得られない。一方、交流モータに矩形波を印加して駆動する場合には、正弦波PWMよりも高出力を得られるので、正弦波PWMと矩形波を必要に応じて切り替えて交流モータに印加する方法が多くなってきている。更に、正弦波PWMと矩形波との間に過変調PWMを印加する方法も多く用いられている(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
しかしながら、矩形波を印加して交流モータを駆動する方法は、制御の応答性が悪く、トルク指令値や回転数が急変する場合に電圧指令値が最大電圧を超えるなど制御が不安定となる場合がある。そこで、トルク指令値や回転数が急変する過渡変化時において、電圧指令値が最大電圧値を超えている場合には、トルク指令値を引き下げて電圧指令値を再計算し、電圧指令値が最大電圧を超えないようにする方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、インバータ制御による交流モータを電動車両の駆動モータとする場合、車両がスリップした後、すぐにグリップした場合には、駆動モータの回転数、出力トルクは大きく変動し、駆動モータに矩形波を印加して駆動している場合には、昇圧コンバータの出力電圧が過電圧になってしまう場合がある。このため、車両がスリップを起こした直後にグリップした場合には、駆動モータに印加する電圧波形を矩形波から正弦波PWM波形、過変調PWM波形に切り替えて過電圧を抑制する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−358393号公報
【特許文献2】特開2007−020383号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、車両がスリップを起こした直後にグリップした場合には、交流モータに流れる電流が瞬間的に大きくなり過電流となる場合がある。この場合、特許文献2に記載された従来技術のように、駆動モータに印加する電圧波形を矩形波から正弦波PWM波形、過変調PWM波形に切り替えることによって過電圧と同様に過電流を抑制することが可能である。しかし、駆動モータに印加する電圧波形を矩形波から正弦波PWM波形、過変調PWM波形に切り替えた場合には、トルク出力が大きく絞られてしまい、場合によってはゼロとなってしまう場合があるという問題がある(特許文献2、段落0180参照)。
【0007】
そこで、本発明は、電動車両がスリップを起こした場合に電動車両を駆動するモータの過電流を抑制すると共に、トルクの減少を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のモータ制御装置は、電動車両を駆動するモータの回転数とトルク指令値に応じて前記モータに印加する電圧波形を矩形波形又は非矩形波形に設定するマップを含み、前記マップに基づいて前記モータを制御する電動車両のモータ制御装置であって、前記電動車両がスリップしたと判定した際に、前記マップの矩形波形を印加する領域の中に矩形波形を印加することを禁止する矩形禁止領域を設定し、前記モータの回転数とトルク指令値とが前記矩形禁止領域に入った場合に、前記モータに印加する電圧波形を前記矩形波形から前記非矩形波形に切り替えるとともに、前記モータの制御方式を最大トルク制御から弱め界磁制御に切り替えること、を特徴とする。
【0009】
本発明のモータ制御装置において、前記モータの回転数と、トルク指令値に応じて前記矩形禁止領域の前記電圧波形を正弦波PWM波形と前記矩形波形との間で変化させ、前記電圧波形が前記矩形波形に近い波形となると判断された場合には、前記電圧波形のスイッチング回数を増加させること、としても好適である。
【0010】
本発明のモータ制御装置において、前記弱め界磁制御は、弱め界磁電流の指令マップを用いた電流フィードバック制御、又は、トルクフィードバック制御で電圧位相を変更すること、としても好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、電動車両がスリップを起こした場合に電動車両を駆動するモータの過電流を抑制すると共に、トルクの減少を抑制することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態におけるモータ制御装置を用いたモータ駆動システムの全体構成を示す系統図である。
【図2】本発明の実施形態においてモータに印加される電圧波形を示す説明図である。
【図3】本発明の実施形態においてモータに印加されるスリット入り矩形波を示す説明図である。
【図4】本発明の実施形態におけるモータ制御装置の動作を示すフローチャートである。
【図5】本発明の実施形態における電圧波形と制御方式の切り替え領域を示す説明図である。
【図6】本発明の実施形態における本発明の実施形態によって制御方式を切り替えた際のd軸電流、q軸電流の変化を示す説明図である。
【図7】本発明の実施形態におけるモータ制御装置で実行される電流フィードバック制御のブロック図である。
【図8】本発明の実施形態におけるモータ制御装置で実行されるトルクフィードバック制御のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。図1に示すように、本発明の制御装置60を用いたモータ駆動システム10は、バッテリ11と、バッテリ11から出力される低圧の直流電力を昇圧して高圧の直流電力として出力する昇圧コンバータ20と、昇圧コンバータ20によって昇圧された高圧の直流電力をモータ50駆動用の三相交流電力に変換して出力するインバータ30と、バッテリ11と昇圧コンバータ20との間にバッテリ11と並列に設けられた低圧側コンデンサ13と、低圧側コンデンサ13の両端の電圧を検出する低圧側電圧検出器54と、昇圧コンバータ20とインバータ30との間に並列に設けられた高圧側コンデンサ14と、高圧側コンデンサ14の両端の電圧を検出する高圧側電圧検出器55と、高圧側コンデンサ14と並列に設けられた放電抵抗15と、低圧側コンデンサ13とバッテリ11との間に設けられ、バッテリ11とモータ駆動システム10とを遮断するシステムメインリレー12と、モータ50の制御を行う制御装置60とを備えている。モータ駆動システム10のインバータ30はモータ50に接続されている。モータ50はU,V,Wの3相のコイル51,52,53と永久磁石を備える三相の回転電機で、ロータの角度位置を検出するレゾルバ56と、V相、W相の各コイル52,53に流れる電流iv,iwを検出する電流センサ58,59が設けられている。
【0014】
昇圧コンバータ20は、基準電路49がバッテリ11のマイナス側とインバータ30のマイナス側との間に共通に接続され、入力側の低圧電路48がバッテリ11のプラス側に接続され、昇圧した後の高圧側の高圧電路47がインバータ30のプラス側に接続されている非絶縁双方向型のコンバータである。
【0015】
図1に示すように、昇圧コンバータ20は、スイッチング素子である上アームトランジスタ21と、下アームトランジスタ22と、電磁エネルギーを蓄積するリアクトル25とを備えている。上アームトランジスタ21と下アームトランジスタ22とは、上アームトランジスタ21のエミッタ端子と下アームトランジスタ22のコレクタ端子とが直列に接続され、上アームトランジスタ21のコレクタ端子は高圧電路47に接続され、下アームトランジスタ22のエミッタ端子は基準電路49に接続されている。上アームトランジスタ21及び下アームトランジスタ22の各ベース端子は制御装置60に接続され、各トランジスタ21,22は制御装置60の指令によってオンオフ動作する。
【0016】
各トランジスタ21,22の各エミッタ端子とコレクタ端子との間には、各エミッタ端子からコレクタ端子に向かう方向が順方向になるように、逆並列に上アームダイオード23と下アームダイオード24とが接続されている。
【0017】
上アームトランジスタ21と下アームトランジスタ22との接続点57は、低圧電路48に接続され、低圧電路48の接続点57とバッテリ11のプラス側との間に電磁エネルギーを蓄積するリアクトル25が設けられている。
【0018】
図1に示すように、インバータ30は、U,V,Wの各相のスイッチング動作を行う複数のトランジスタと各トランジスタに逆並列に接続された各ダイオードとを備えている。図1に示すように、U相上アームトランジスタ31のエミッタ端子とU相下アームトランジスタ32のコレクタ端子は直列に接続され、U相上アームトランジスタ31のコレクタ端子は高圧電路47に接続され、U相下アームトランジスタ32のエミッタ端子は基準電路49に接続されている。U相上アームトランジスタ31とU相下アームトランジスタ32の接続点はモータ50のU相コイル51に接続されている。U相の各トランジスタ31,32の各エミッタ端子とコレクタ端子との間には、各エミッタ端子からコレクタ端子に向かう方向が順方向になるように、逆並列にU相上アームダイオード33とU相下アームダイオード34とが接続されている。U相上アームトランジスタ31及びU相下アームトランジスタ32の各ベース端子は制御装置60に接続され、U相の各トランジスタ31,32は制御装置60の指令によってオンオフ動作する。
【0019】
V相、W相も同様に、V相上アームトランジスタ35、V相下アームトランジスタ36、V相上アームダイオード37、V相下アームダイオード38、W相上アームトランジスタ39、W相下アームトランジスタ40、W相上アームダイオード41、W相下アームダイオード42が接続され、各トランジスタ35〜40の各ベース端子は制御装置60に接続され、制御装置60の指令によってオンオフ動作する。
【0020】
制御装置60は、内部に信号処理や演算を行うCPUと、プログラム、制御データなどを格納するメモリを含むコンピュータである。低圧側電圧検出器54と高圧側電圧検出器55は制御装置60に接続され、制御装置60は各電圧検出器54,55の検出信号を取得することができ、システムメインリレー12も制御装置60に接続され、制御装置60の指令によってオンオフ動作する。モータ50のロータの角度位置を検出するレゾルバ56と、モータ50のV相、W相の各コイル52,53に流れる電流iv,iwを検出する電流センサ58,59とは制御装置60に接続され、制御装置60はモータ50のロータの角度位置とV相、W相の各コイル52,53に流れる電流iv,iwとを取得することができる。また、制御装置60はレゾルバ56の信号に基づいてモータ50の回転数を取得することができる。
【0021】
制御装置60は、低圧側電圧検出器54で検出した低圧側電圧VLと、高圧側電圧検出器55で検出した高圧側電圧VHとによって昇圧コンバータ20の昇圧動作を制御する。また、制御装置60は後で説明する図5に示すようなモータ50の回転数Nとトルク指令値Trqcomに応じてモータ50に印加する電圧波形を選定するマップを内蔵しており、このマップと、制御装置60に入力されるトルク指令値Trqcomと、レゾルバ56の出力から計算したモータ50の回転数Nと、モータ50のV相、W相の各コイル52,53に流れる電流iv,iwと、ロータの角度位置θとに基づいてインバータ30の各相の出力電圧の電圧波形を変化させてモータ50の回転数Nと出力トルクの制御を行っている。
【0022】
図2に示すように、本発明の実施の形態によるモータ駆動システム10は、制御装置60の指令によってインバータ30の各トランジスタ31から40をオンオフ動作させてから正弦波PWM波形、過変調PWM波形、矩形波形の3つの電圧波形を出力する。また、モータ50の運転状態によっては、図3に示すスリット入り矩形波形を出力する。
【0023】
正弦波PWM波形は、一般的なPWM波形として用いられるものであり、正弦波状の基本波と搬送波(代表的には三角波)との電圧比較に従って各トランジスタ31から40をオンオフさせ、各上アームトランジスタ31,35,39のオン期間に対応するハイレベル期間と、各下アームトランジスタ32,36,40のオン期間に対応するローレベル期間との集合について、一定期間内でその基本波成分が正弦波となるように各トランジスタ31〜40のオンオフのデューティ比を制御する。つまり、正弦波PWM波形は、その電圧の平均値が疑似的に正弦波となる様にパルスの幅を変化させたパルスの集合である。正弦波PWM波形では、基本波成分の電圧をインバータ入力電圧の0.61倍までしか高めることができない。
【0024】
一方、矩形波形は、上記一定期間内で、各トランジスタ31〜40のオンオフのデューティ比を最大値に維持した場合に相当し、ハイレベル期間およびローレベル期間の比が1:1の矩形波形1パルス分を交流モータ印加する。これにより、変調率は0.78まで高められる。また、過変調PWM波形は、搬送波の振幅を縮小するように歪ませた上で上記正弦波PWM波形と同様に各トランジスタ31〜40のオンオフさせるものであり、電圧の平均値が疑似的に歪んだ正弦波となる様にパルスの幅を変化させたパルスの集合である。過変調PWM波形は、基本波成分を歪ませることによって、変調率を0.61〜0.78の範囲まで高めることができる。
【0025】
正弦波PWM波形は、トルク変動が小さいこと、各トランジスタ31〜40のオンオフのデューティ比によって基本波成分の電圧を変化させることができることから、モータ50の制御性が良いという特徴がある。一方の矩形波形は、変調率が高く電源電圧の利用効率が高いので、モータ50の出力トルクを増大させる場合に有効であるが、基本波形の電圧を変更することができないため、制御性が良くないという欠点を持つ。可変調PWM波形は、正弦波PWM波形と矩形波形との間の特性を持ち、中間速度領域での出力を向上させる場合に有効である。
【0026】
また、図3に示すスリット入り矩形波形は、矩形波形の最初の部分と最後の部分とに電圧をオンオフするスリットSを入れるようにしたもので、矩形波形によってモータ50を駆動した際の一時的な過電流を抑制する効果がある波形である。このスリット入り矩形波形は、変調率を高くした過変調PWM波形と類似した波形であるが、基本波と搬送波を用いず、矩形波形の最初と最後の部分にいくつかのスリットを入れるようにしたものである。
【0027】
図2、図3に示す様に、矩形波形は、電気角180°の間のパルスの数が1つであり、矩形波形以外の正弦波PWM波形、過変調PWM波形、スリット入り矩形波形は電気角180°の間のパルスの数が複数となっている。本実施形態では、この矩形波形以外の正弦波PWM波形、過変調PWM波形、スリット入り矩形波形は非矩形波形に分類する。
【0028】
以上のように構成されたモータ駆動システム10の動作について図4から図7を参照しながら説明する。図4に示すフローチャートに従ったモータ駆動システム10の動作について説明する前に、図5を参照しながら図4のフローチャートに記載されている、矩形禁止領域、正弦波PWM駆動可能領域、過変調PWM駆動可能範囲、スリット入り矩形波駆動可能範囲について説明する。
【0029】
先に説明したように、本実施形態の制御装置60は、図5に示すようにモータ50の回転数Nとトルク指令値Trqcomに応じてモータ50に印加する電圧波形を設定するマップを内蔵している。このマップの中の点uと点dを結ぶ線L、点dから点cを通って右下に向かって延びる斜めの曲線Lは、モータ50の回転数Nに対してモータ50が出力できるトルクの上限値(許容できるトルク指令値の上限値)を示す境界線であり、モータ50は、この線L,Lの下側の領域であればどこの点でも運転することが可能である。例えば、回転数Nが点uのゼロから点dのNまでの回転数Nの範囲であれば、モータのトルク指令値TrqcomがゼロからTの間であればどの点でも運転が可能である。そして、回転数Nが点dのNを超えると、モータ50の許容できるトルク指令値Trqcomの上限値は、当初のTから曲線Lに沿って次第に低下し、回転数NがN10の点cでは、Tまで低下する。そして、更にモータの回転数Nが大きくなるとモータ50の許容できるトルク指令値Trqcomの上限値は曲線Lに沿ってN10から更に小さくなっていく。
【0030】
図5に示すマップの点aから斜め下の点wに向かって延びる曲線Lは、モータ50に印加する電圧波形の切り替え線であり、曲線Lの左側の領域、即ち、点u,点v、点w、点aで囲まれる略台形の領域Bでは、図2に示した正弦波PWM波形が印加され、曲線Lの右側の領域Cでは、矩形波形が印加される。また、曲線Lの左側の領域Bでは、モータ50の制御方式は最大トルク制御である。
【0031】
図5に示す点dから右下に向かって延びる点線L10は、モータ50の制御方式を最大トルク制御から弱め界磁制御に切り替える切り替え線である。点線L10の左側の領域、即ち、点u,点v、点w、点aで囲まれる略台形の領域Bと、点a,点w、点x、点dで囲まれる略平行四辺形の領域Cでは、モータ50は最大トルク制御によって制御され、点線L10の右側の領域Cでは、モータ50は弱め界磁制御によって制御される。従って、図5に示す点u,点v、点w、点aで囲まれる略台形の領域Bは、正弦波PWM波形が印加されて最大トルク制御によって制御され、点a,点w、点x、点dで囲まれる略平行四辺形の領域Cは、矩形波形が印加されて最大トルク制御で制御され、点線L10の右側の領域Cは、矩形波形が印加され、弱め磁界制御で制御される。
【0032】
最大トルク制御とは、固定子の回転磁界とロータの磁石のN極方向との電気角の角度差が最大のトルクを発生する角度差となるように電流を制御する制御方式である。この制御方式は、例えば、図6に示すように、d軸電流i、q軸電流iのグラフの上で最大トルク制御線Fに沿ってd軸電流i、q軸電流iを変化させる制御である。最大トルク制御方式は、大きなトルクを出力させることができるが、モータ50の回転数Nが高くなると、逆起電圧が大きくなるので、回転数Nが高くなるに従って、図6に示す最大トルク制御線Fに沿ってd軸電流i、q軸電流iを減少させて電圧の上昇を抑えることが必要となる。従って、最大トルク制御方式では、モータ50の回転数Nが高くなると電流が制限され、トルク出力が低下する。
【0033】
弱め界磁制御とは、ロータに取り付けられている永久磁石を減磁する方向に磁束を調整することによって電圧の上昇を抑えて高回転で大きなトルク出力が得られる制御方法である。この制御方式は、例えば、図6に示すように、d軸電流i、q軸電流iのグラフの上で弱め界磁制御線Gに沿ってd軸電流i、q軸電流iを変化させる制御である。つまり、モータ50の回転数Nが高くなると、マイナス方向にd軸電流iを増加させて行く制御方法である。弱め界磁制御方式は、高速回転でも大きなトルクを出力させることができるが、永久磁石の減磁に注意する必要がある。制御装置60は、弱め界磁制御を行う際の弱め界磁制御線Gを規定するd軸電流指令値とq軸電流指令値のマップを内蔵しており、このマップからd軸電流指令値、q軸電流指令値を取得して制御を行う。
【0034】
図4に示す矩形禁止領域Aは、図5に示す点a、点b、点c、点dによって囲まれる略台形の領域をいい、通常運転では、モータ50に印加する電圧波形が矩形波形となる領域Cの中で、トルク指令値TrqcomがT以上となる領域である。矩形波形を印加した場合にはモータ50の制御性がよくないので、トルク指令値Trqcomが大きく、回転数Nが低い領域においてモータ50に矩形波形を印加して駆動した場合、モータ50のトルク指令値Trqcom或いは回転数Nが急変するとモータ50に過電流が流れてしまう場合がある。そこで、モータ50の運転状態が大きく変動した際に過電流が流れる可能性のある領域においてモータ50に矩形波形の電圧波形を印加することを禁止するのが矩形禁止領域Aである。矩形禁止領域Aでは、モータ50に非矩形波形の電圧波形を印加してモータ50を駆動するのであるが、どのような電圧波形を印加するかによって矩形禁止領域Aは、正弦波PWM駆動可能領域A、過変調PWM駆動可能領域A、スリット入り矩形波駆動可能領域A、トルク指令値低減領域Aの4つの領域に区分されている。
【0035】
正弦波PWM駆動可能領域Aは、図5に示す点a、点b、点rで囲まれる略三角形の領域で、図5の中で、右斜め下に向かうハッチングされている領域である。正弦波PWM駆動可能領域Aの右側は、点aと点rを結ぶ曲線Lによって区画されているが、この曲線Lは、正弦波PWM波形を印加して弱め界磁制御でモータ50の制御を行った場合のモータ回転数Nに対するトルク出力或いはトルク指令値Trqcomの限界線である。正弦波PWM駆動可能領域Aの下限は、矩形禁止領域Aの下限であるトルク指令値TrqcomがT一定の直線Lである。正弦波PWM駆動可能領域Aではモータ50に印加する電圧波形は正弦波PWM波形であり、モータ50は弱め界磁制御によって制御される。
【0036】
過変調PWM駆動可能領域Aは、図5に示す点p、点s、点qで囲まれる略平行四辺形の領域で、図5の中で、左斜め下に向かうハッチングされている領域である。モータに過変調PWM波形を印加する場合、変調率が大きいほど矩形波形に近づいて大きなトルク出力が出せるが、電圧波形が矩形波形に近づくにつれて制御性が低下する。従って、矩形禁止領域Aの中で過変調PWM波形を印加する場合、モータ50を制御するために必要な変調率の上限がある。この上限値は、モータ50の種類、特性等によって変化する。変調率をこの上限変調率とした場合、モータ50の出力することのできるトルクの上限値或いはトルク指令値Trqcomの上限値は、矩形波形を印加する場合のTからTに減少する。従って、変調率が上限変調率の場合、過変調PWM駆動可能領域Aの上限はトルク指令値TrqcomがT一定の点pと点qとを結ぶ直線Lによって区画される。また、過変調PWM駆動可能領域Aの右側は、点qと点sを結ぶ曲線Lによって区画されている。この曲線Lは、過変調PWM波形を印加して弱め界磁制御でモータ50の制御を行った場合のモータ回転数Nに対するトルク出力或いはトルク指令値Trqcomの限界線である。また、過変調PWM駆動可能領域Aの下限は、矩形禁止領域Aの下限であるトルク指令値TrqcomがT一定の直線Lである。過変調PWM駆動可能領域Aではモータ50に印加する電圧波形は上限変調率の過変調PWM波形であり、モータ50は弱め界磁制御によって制御される。
【0037】
図5に示すように、スリット入り矩形波駆動可能領域Aは、過変調PWM駆動可能領域Aの上側と右側に沿って、くの字型に折れ曲がった帯状の領域であり、図5において、網かけがされている領域である。先に述べたように、制御性を保ちながら過変調PWM波形を印加する場合には変調率に上限値があり、この上限変調率を超えるとモータ50の過渡制御特性が低下してしまう。そこで、上限変調率とした場合でも、モータ50のトルク出力あるいはトルク指令値Trqcomが不足する場合には、矩形波形にスリットを入れたスリット入り矩形波形を印加する。このスリット入り矩形波形を印加した場合には、上限変調率の過変調PWM波形を印加するよりもトルク出力或いはトルク指令値Trqcomの上限値をTからTに、弱め界磁制御の場合の上限曲線を曲線Lから曲線Lのように右側にずらすことができる。従って、スリット入り矩形波駆動可能領域Aの上限はトルク指令値TrqcomがT一定の点fと点gとを結ぶ直線Lによって区画され、スリット入り矩形波駆動可能領域Aの右側は、スリット入り矩形波形を印加して弱め界磁制御でモータ50の制御を行った場合のモータ回転数Nに対するトルク出力或いはトルク指令値Trqcomの限界線である点gと点tを結ぶ曲線Lによって区画されている。また、スリット入り矩形波駆動可能領域Aの下限は、矩形禁止領域Aの下限であるトルク指令値TrqcomがT一定の直線Lである。スリット入り矩形波駆動可能領域Aではモータ50に印加する電圧波形はスリット入り矩形波形であり、モータ50は弱め界磁制御によって制御される。
【0038】
矩形禁止領域Aにおいて、モータ50に印加する電圧波形がスリット入り矩形波形よりも矩形波形に近づいてしまうと、矩形波形と同様に制御性が悪くなってしまうので、スリット入り矩形波形以上に矩形波に近い電圧波形を印加することはできない。従って、スリット入り矩形波駆動可能領域Aと矩形波形を印加する場合の出力トルク或いはトルク指令値Trqcomの上限値との間にある、くの字型に折れ曲がった帯状の領域、つまり、図5において、クロスハッチングされている領域では、モータ50の制御性を保つことができない。従って、回転数Nやトルク出力或いはトルク指令値Trqcomが急変する状態では、この領域でモータ50を駆動することができなくなるので、モータ50の運転点がこの領域に入った場合には、トルク指令値Trqcomをその回転数Nにおけるスリット入り矩形波駆動可能領域Aの上限トルク指令値Trqcomまで低減する。この領域がトルク指令値低減領域Aである。
【0039】
次に、図4のフローチャートを参照しながら、本実施形態の制御装置60を用いたモータ駆動システム10の動作について説明する。制御装置60は図7に示す様な電流フィードバック部200Aを有する制御ブロックにより電流フィードバックによってモータ50の制御を行うように構成されている。
【0040】
図4のステップS101に示すように、制御装置60は、モータ50の搭載されている電動車両がスリップを起こしたかどうかを判断する。電動車両がスリップを起こすと、同一のトルク指令値Trqcomが出力されている場合にはモータ50の回転数Nが急上昇し、これによりモータ50の消費電力が上昇するので、モータ50のV相、W相の各コイル52,53に流れる電流iv,iwを検出してその電流値と電圧とから消費電力を計算し、この消費電力が所定の値を検出した際にスリップが発生したと判断してもよいし、図7に示す座標変換部220によってV相、W相の各コイル52,53に流れる電流iv,iwをd軸電流、q軸電流に変換し、q軸電流が所定の値以上となった場合にスリップが発生したと判断してもよい。
【0041】
図4のステップS102に示すように、制御装置60は、スリップが発生したと判断したら、図5を参照して説明した矩形禁止領域Aと、正弦波PWM駆動可能領域A、過変調PWM駆動可能領域A、スリット入り矩形波駆動可能領域A、トルク指令値低減領域Aの4つの領域を設定する。そして、制御装置60は、図4のステップS103に示すように、図7に示すレゾルバ56から取得したロータの角度位置の信号からモータ50の回転数Nを計算し、この回転数Nと、図1に示す様に外部から入力されるトルク指令値Trqcomとによって、図7に示す電圧波形選択部150において、モータ50の運転領域が先に設定した矩形禁止領域Aに入っているかどうかを判断する。そして、図4のステップS104に示す様に、制御装置60の電圧波形選択部150は、モータ50の回転数Nとトルク指令値Trqcomと正弦波PWM駆動可能領域Aに入っているかどうかを判断する。図4のステップS105に示す様に、モータ50の運転点が正弦波PWM駆動可能領域Aに入っている場合には、電圧波形選択部150は、モータ50に印加する電圧波形を正弦波PWM波形に切り替えると共に、図4のステップS106に示す様に、モータ50の制御方式を最大トルク制御から弱め界磁制御に切り替える。そして、電圧波形選択部150は、電圧波形を正弦波PWM波形とする信号と、制御方式を弱め界磁制御とする信号と、トルク指令値Trqcomとを電流指令生成部210に出力する。電流指令生成部210は、入力された各信号と内部の電流マップに基づいてd軸電流指令値Idcom,q軸電流指令値Iqcomを出力する。出力されたd軸電流指令値Idcom,q軸電流指令値Iqcomは、電流センサ58,59から取得したV相、W相の電流iv,iwを変換したd軸電流Id,q軸電流Iqとの差分をとって、その差分をPI演算部240で演算し、d軸、q軸の各電圧指令値Vd,Vqとし、この各電圧Vd,Vqを座標変換部250によってU,V,W相の各電圧に変換してPWM部260に入力する(電流フィードバック)。PWM部260は、入力された各相の電圧信号に基づいて、インバータ30の各トランジスタ31〜40をオンオフする信号を出力する。このオンオフ信号によってインバータ30から正弦波PWM波形がモータ50に印加される。
【0042】
スリップが発生した際のモータ50の運転点の変化について、図5と図6とを参照しながら説明する。モータ50が図5、図6に記載されている点Pにおいて運転されていた際にスリップが発生すると、トルク指令値Trqcomはそのままで、回転数Nが急上昇してモータ50の運転点は図5に示す点Pに移動する。点Pは、正弦波PWM波形で最大トルク制御される領域であるので、モータ50の回転数Nが増加すると、図6に示す最大トルク制御線Fに沿ってd軸電流、q軸電流が低下し、出力トルクが低下してしまう。そして、電圧波形が正弦波PWM波形に切り替っても、制御方式が最大トルク制御のままの場合は、運転点は図6に示す点P´に移動してしまい、モータ50のトルク指令値Trqcomは図5に示すTまで低下してしまう。しかし、本実施形態では、モータ50に印加する電圧波形は正弦波PWM波形としたまま、モータ50の制御方式を弱め界磁制御とするので、図6に示す様にモータ50の運転点は、図6の点Pから弱め界磁制御の制御線Gに沿ってPに移動する。つまり、d軸のマイナス方向の電流を増加させ、図6に示す位相βが大きくなるようにd軸電流、q軸電流を制御していく。この弱め界磁制御を行った場合、モータ50のトルク指令値Trqcomの上限は、図5の点aと点rの間の線Lによって制限される。図5に示す点Pはこの線Lよりも下の領域に入っているので、モータ50のトルク指令値Trqcomは制限を受けず、モータ50は、最初の運転点Pのトルク指令値Trqcomを保ったまま、回転数Nを増加した点Pの運転点に移行することができる。そして、モータ50に印加する電圧波形を正弦波PWM波形としているので、モータ50の制御性を保つことができ、スリップの際にも安定してモータ50を制御することができる。
【0043】
電圧波形選択部150は、図4のステップS104で運転点が正弦波PWM駆動可能領域Aに入らないと判断した場合、図4のステップS107に示す様に、過変調PWM駆動可能領域Aに入っているかどうかを判断する。そして、モータ50の運転点が過変調PWM駆動可能領域Aに入っている場合には、図4のステップS108,S106に示す様に、印加電圧を上限変調率の過変調PWM波形に切り替え、モータ50の制御方式を弱め界磁制御に切り替え、その信号を電流指令生成部210に出力する。これによって先に説明したと同様、制御装置60は、モータ50を過変調PWM波形の弱め界磁制御で運転する。
【0044】
電圧波形選択部150は、図4のステップS107で運転点が過変調PWM駆動可能領域Aに入らないと判断した場合、図4のステップS109に示す様に、スリット入り矩形波駆動可能領域Aに入っているかどうかを判断する。そして、モータ50の運転点がスリット入り矩形波駆動可能領域Aに入っている場合には、図4のステップS110,S106に示す様に、印加電圧をスリット入り矩形波形に切り替え、モータ50の制御方式を弱め界磁制御に切り替え、その信号を電流指令生成部210に出力する。これによって先に説明したと同様、制御装置60は、モータ50をスリット入り矩形波形の弱め界磁制御で運転する。
【0045】
電圧波形選択部150は、図4のステップS107で運転点がスリット入り矩形波駆動可能領域Aに入らないと判断した場合、モータ50の運転点は、トルク指令値低減領域Aにあると判断し、図5のステップS111に示す様に、トルク指令値Trqcomを正弦波PWM駆動可能領域A、過変調PWM駆動可能領域A、スリット入り矩形は駆動可能領域Aのいずれかの領域に入るようにトルク指令値Trqcomを低減する。そして、新たに移動した領域に対して図4に示すステップS104からS106を繰り返し、適切な電圧波形を選択してモータ50を駆動する。
【0046】
以上説明したように、本実施形態は、電動車両がスリップを起こした場合に電動車両を駆動するモータ50に印加する電圧波形を非矩形波形である正弦波PWM波形、過変調PWM波形、スリット入り矩形波形に切り替えることにより、矩形波形により駆動する場合に発生する過電流を抑制することができると共に、モータ50の制御方式を最大トルク制御から弱め界磁制御に切り替えることでモータ50の出力トルクあるいはトルク指令値Trqcomの減少を抑制することができるものである。
【0047】
以上述べた実施形態では、制御装置60は、電流フィードバック部200Aを有し、モータ50のモータ50のトルク出力或いはトルク指令値Trqcomの弱め界磁制御は、内蔵している図6に示す弱め界磁制御線Gを規定するd軸電流指令値とq軸電流指令値のマップからd軸電流指令値、q軸電流指令値を取得し、d軸電流、q軸電流のフィードバックを行う電流フィードバックを行うこととして説明したが、弱め界磁制御の方法はこれに限らず、図8に示す様に、トルクフィードバック部200Bを有し、電流センサ58,59によって取得した電流からモータ50のトルクを推定し、この推定値とトルク指令値Trqcomとを比較してトルクフィードバックにより電圧位相を変更することとしてもよい。この場合も先に述べた実施形態と同様、電圧波形選択部150は、モータ50の運転領域を判断し、どの電圧波形を印加するかの信号と、モータの制御方式を弱め界磁制御とする信号とをPI演算部430に出力し、PI演算部430は、この信号に基づいて電圧位相φVを計算、PWM部440に出力する。信号発生部450は、PWM部440からの指令によりインバータ30のトランジスタ31〜40をオンオフ制御する信号を出力し、インバータ30は正弦波PWM波形、過変調PWM波形等の電力波形をモータ50に印加する。本実施形態も先に述べた実施形態と同様の効果を奏する。
【符号の説明】
【0048】
10 モータ駆動システム、11 バッテリ、12 システムメインリレー、13 低圧側コンデンサ、14 高圧側コンデンサ、15 放電抵抗、20 昇圧コンバータ、21,22,31,32,35,36,39,40 トランジスタ、23,24,33,34,37,38,41,42 ダイオード、25 リアクトル、30 インバータ、47 高圧電路、48 低圧電路、49 基準電路、50 モータ、51,52,53 コイル、54,55 電圧検出器、56 レゾルバ、57 接続点、58,59 電流センサ、60 制御装置、150 電圧波形選択部、200A 電流フィードバック部、200B トルクフィードバック部、210 電流指令生成部、220,250 座標変換部、240 演算部、260,440 PWM部、430 PI演算部、450 信号発生部、A 矩形禁止領域、A 正弦波PWM駆動可能領域、A 過変調PWM駆動可能領域、A 矩形波駆動可能領域、A トルク指令値低減領域、S スリット、β 位相、θ 角度位置、φV 電圧位相。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動車両を駆動するモータの回転数とトルク指令値に応じて前記モータに印加する電圧波形を矩形波形又は非矩形波形に設定するマップを含み、前記マップに基づいて前記モータを制御する電動車両のモータ制御装置であって、
前記電動車両がスリップしたと判定した際に、前記マップの矩形波形を印加する領域の中に矩形波形を印加することを禁止する矩形禁止領域を設定し、前記モータの回転数とトルク指令値とが前記矩形禁止領域に入った場合に、前記モータに印加する電圧波形を前記矩形波形から前記非矩形波形に切り替えるとともに、前記モータの制御方式を最大トルク制御から弱め界磁制御に切り替えること、
を特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置であって、
前記モータの回転数と、トルク指令値に応じて前記矩形禁止領域の前記電圧波形を正弦波PWM波形と前記矩形波形との間で変化させ、
前記電圧波形が前記矩形波形に近い波形となると判断された場合には、前記電圧波形のスイッチング回数を増加させること、
を特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のモータ制御装置であって、
前記弱め界磁制御は、弱め界磁電流の指令マップを用いた電流フィードバック制御、又は、トルクフィードバック制御で電圧位相を変更すること、
を特徴とするモータ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−59154(P2013−59154A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194813(P2011−194813)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】