説明

レーザ溶接方法およびレーザ溶接装置

【課題】レーザを用いたレーザ突き合わせ溶接において、溶接部の凹みを抑制するとともに、溶接の効率を低下させることなく、良好な溶接品質を得ることができるレーザの溶接方法、およびレーザ溶接装置を提供する。
【解決手段】発振媒体は、並列に配置された複数のファイバ状またはディスク状の結晶体から構成され、レーザビームは、鋼板の表面において、1つのビームスポットまたは溶接線方向に並列した2つの円形状のビームスポットが形成されるように集光され、鋼板の表面におけるビームスポットの溶接線方向の総長さが溶接線に直交する方向のビームスポット幅より大きくなる関係を有してビームスポットが溶接線に沿って移動することにより溶接することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の突き合わせ部をレーザによって溶接するレーザ溶接方法、およびこれに供されるレーザ溶接装置に関し、詳しくは、溶接速度を高めながらも溶接欠陥を抑制することができるレーザ溶接方法、およびレーザ溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接は、その伝送方式の観点から、レーザ発振機から溶接用集光光学系までレーザをミラーで伝送するミラー伝送、および光ファイバを用いて伝送するファイバ伝送に大別できる。ミラー伝送については、発振機内でリングモードやマルチモードと称されるエネルギ分布状態を作り、この分布状態を概ね維持しながら伝送され、溶接加工性を高めることが可能である。しかし、配置されるミラーの光軸調整、清浄度の維持等のメンテナンスが必要であり、使用および維持について煩雑な面を有している。一方、ファイバ伝送によれば、容易に高い自由度を有してレーザ発振機からレーザを所定の位置まで伝送することが可能である。
【0003】
このように発振機からレーザ加工用の集光光学系までの伝送が容易なレーザは、従来、比較的低いエネルギのレーザが主流であり、例えば自動車用の薄鋼板を対象として、テーラードブランク溶接(突き合わせ溶接)等に広く利用されている。しかし、近年、ファイバ伝送が可能な高出力レーザが開発されるとともに、溶接速度をはじめとする溶接効率の向上や、さらに厚鋼板への適用が期待されている。
【0004】
ところで、レーザによる鋼板の突き合わせ溶接においては、その不具合として溶接部にアンダーフィルと称される凹みを挙げることができる。図16に凹みを模式的に示した。これは鋼板101と鋼板102との突き合わせ溶接において、溶接部103の一方側で溶接肉が欠落する部分(Z)が生じるものである。いうまでもなく、このような凹みは、溶接継手強度の低下を招く。
【0005】
このような凹みの主因は、突き合わせ面の隙間の発生であるが、レーザ出力が高い条件下では、発生するスパッタ(溶接時の溶融金属の飛散)による影響も大きい。特許文献1には、このような溶接時のくぼみの発生を抑制するため、レーザ溶接時にフィラーワイヤを用いる方法が提案され、さらに、特許文献2には、レーザ溶接とアーク溶接を複合して用いる方法が提案されている。一方、スパッタによるビードの凹みの発生に対しては、レーザ出力を下げることや、焦点位置から大きくずらして溶接すること(一般にデフォーカス(DF)と呼ばれることが多い。)により対応する場合がほとんどであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004‐330299号公報
【特許文献2】特開2004‐223543号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、特許文献1や特許文献2に記載のようなフィラーワイヤを用いる手法やアーク溶接と複合する手法では、管理項目が増え、調整が煩雑となり、レーザ出力の低下やデフォーカス条件の選定をすることはレーザ溶接の効率(溶接速度)の大きな低下を招く問題があった。
【0008】
そこで、本発明はレーザを用いたレーザ突き合わせ溶接において、溶接部の凹みを抑制するとともに、溶接の効率を低下させることなく、良好な溶接品質を得ることができるレーザの溶接方法、およびレーザ溶接装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以下、本発明について説明する。
【0010】
請求項1に記載の発明は、鋼板の端部を突き合わせて突き合わせ部を形成し、複数の発振媒体から構成される発振機から放出され、光ファイバにより伝送され、光学系で集光されたレーザビームを、突き合わせ部に照射して鋼板を溶接する方法であって、発振媒体は、並列に配置された複数のファイバ状またはディスク状の結晶体から構成され、レーザビームは、鋼板の表面において、1つのビームスポットまたは溶接線方向に並列した2つの円形状のビームスポットが形成されるように集光され、鋼板の表面におけるビームスポットの溶接線方向の総長さが溶接線に直交する方向のビームスポット幅より大きくなる関係を有してビームスポットが溶接線に沿って移動することにより溶接することを特徴とするレーザ溶接方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0011】
ここで、「総長さ」は、1つのビームスポットであればその全長を意味し、2つのスポットであれば一方と他方のスポットとで最も離隔した部分間を意味する。
【0012】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のレーザ溶接方法のレーザビームの鋼板の表面における1つのビームスポットまたは2つの円形状のビームスポットにおいて、ビームスポットの溶接線方向の総長さのうち溶接進行方向側半分のビームスポットのエネルギが2つの円形状のビームスポットの合計のエネルギの20%以上80%以下であることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のレーザ溶接方法のレーザビームの鋼板の表面における2つの円形状のビームスポットは、その一部が重なるように集光されることを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1又は2に記載のレーザ溶接方法におけるレーザビームの鋼板表面における2つの円形状のビームスポットは、互いに分離して集光されることを特徴とする。
また、上記の発明では、発振機は、複数の発振媒体から構成される単一の発振機であり、光学系はコリメートレンズ、光屈折板および集光レンズを有するものであってもよい。
【0015】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか1項に記載のレーザ溶接方法において鋼板の突き合わせ部に溶加材を供給して溶接することを特徴とする。
【0016】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載のレーザ溶接方法において、光学系の軸線が、鋼板の厚さ方向に対して溶接進行方向とは反対方向に角度0〜10°の範囲で傾けられていることを特徴とする。
【0017】
ここで当該傾けられる角度は「後退角」と称されることがある。
【0018】
請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか1項に記載のレーザ溶接方法により溶接する工程を含むレーザ溶接部を有する鋼板の製造方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0019】
請求項8に記載の発明は、鋼板の端部を突き合わせて突き合わせ部を形成し、該突き合わせ部分にレーザビームを照射して鋼板を溶接する装置であって、レーザビームを発振する複数の発振媒体を備え、発振媒体が並列に配置された複数のファイバ状またはディスク状の結晶体から構成されてなる単一の発振機と、発振機から放出されるレーザビームを伝送する光ファイバと、光ファイバが接続され、コリメートレンズ、光屈折板および集光レンズを有する光学系と、を備え、光学系は、レーザビームを集光してレーザビームの鋼板表面において、溶接線に直交する方向に比べ溶接線方向に長い1つのビームスポットを形成する、または2つのビームスポットを溶接線方向に並列して、形成することを特徴とする鋼板のレーザ溶接装置を提供することにより前記課題を解決する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高い溶接効率を維持したまま、凹みを抑制することのできる突き合わせ溶接が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】第一実施形態に係るレーザ溶接装置の模式図である。
【図2】図1のレーザ溶接装置の変形例を示した図である。
【図3】第二実施形態に係るレーザ溶接装置の模式図である。
【図4】第一実施形態に係る本発明の溶接方法の一場面を示す図である。
【図5】第一実施形態に係る本発明の溶接方法におけるスポット形状と溶接線、溶接方向の関係を説明するための図である。
【図6】従来における溶接部の凹み発生の原因を説明するための図である。
【図7】本発明における溶接部における凹み抑制の理由を説明するための図である。
【図8】スポットの詳細を説明するための図である。
【図9】第二実施形態に係る本発明の溶接方法におけるスポットの詳細を説明するための図である。
【図10】第三実施形態に係る本発明の溶接方法におけるスポットの詳細を説明するための図である。
【図11】後退角を説明するための図である。
【図12】デプスゲージの概略を説明するための図である。
【図13】実施例の結果を表すグラフである。
【図14】実施例の結果を表すグラフである。
【図15】実施例の結果を表すグラフである。
【図16】凹みを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
上記した発明の作用および利得は、次に説明する発明を実施するための形態から明らかにされる。以下本発明を図面に示す実施形態に基づき説明する。
【0023】
始めに、後述する本発明の実施形態に係る本発明のレーザ溶接方法に供される溶接装置について説明する。図1は第一実施形態に係る本発明の溶接装置10に備えられる各構成を模式的に示した図である。溶接装置10は、レーザ発振機11、光ファイバ12、および溶接ヘッド13を備えている。そして溶接ヘッド13は、コリメートレンズ14、集光レンズ15、およびツインスポットモジュール16を含むものである。以下に各構成について説明する。
【0024】
レーザ発振機11は、溶接熱源となるレーザを発振する装置である。溶接装置10でレーザ溶接に用いるレーザの種類は、光ファイバ12で伝送可能であれば特に限定されず、出力は5kW以上であることが好ましい。従って、レーザ発振機11はファイバ伝送が可能なレーザを発振することができればよい。このようなレーザを発振できるものとして、YAGレーザ、ディスクレーザ、ファイバレーザなどの発振機を挙げることができる。このように光ファイバで伝送することができるとともに、高出力を得ることが可能なレーザの使用により効率よく溶接をすることができる。
【0025】
光ファイバ12は、レーザ発振機11から溶接ヘッド13にレーザを伝送する手段である。光ファイバの適用により容易にレーザを伝送することができ、また、光学系の設計自由度が高くなるため、集光光学系から溶接対象物までの距離(ワーキングディスタンス)を大きくすることができ、維持も容易な溶接装置10を提供できる。光ファイバ12の径は特に限定されるものではないが、通常1.0mm以下のものが用いられ、集光光学系のサイズとエネルギ密度の観点から径は小さい方がよく、0.6mm以下であることが好ましい。さらに好ましくは0.2mm以下である。
【0026】
溶接ヘッド13は、光ファイバ12の出力端12aに接続され、伝送されたレーザを導入し、該レーザを溶接に適するように制御して溶接部に出射する手段である。溶接ヘッド13にはコリメートレンズ14と集光レンズ15とが含まれ、上述した光ファイバ12の径、および両レンズの焦点距離の比により焦点径が決まる。例えば、光ファイバ12の径を小さくするとともに、コリメートレンズ14の焦点距離に対して集光レンズ15の焦点距離を小さくすることにより焦点径を小さくすることができる。詳しくは、ファイバ径をDfiber、コリメートレンズの焦点距離をF1、集光レンズの焦点距離をF2としたときに、焦点径Dは、次式で表わされる。
D=Dfiber・(F2/F1)
【0027】
さらに溶接ヘッド13には、ツインスポットモジュール16が含まれている。ツインスポットモジュール16は、上記コリメートレンズ14と集光レンズ15との間に配置される。ツインスポットモジュール16には、光屈折板としてプリズム17(以下「光屈折板17」と記載することがある。)が備えられ、これは図1(a)と図1(b)とで光屈折板17の位置が異なっていることからわかるように、レーザの横断面方向に移動可能とされている。そして、レーザ光の一部を光屈折板17を透過させることにより、この部分のレーザ光の光路を他のレーザ光に対してわずかにずらすことができる。これにより、図1(a)に示したように、焦点位置に光屈折板17を透過しないで得られるスポットjf11および光屈折板17を透過して得られるスポットjf16の2つのスポットを同時に得ることができる。また、図1(b)に示したように、焦点位置に光屈折板17を通過しないで得られるスポットjf12および光屈折板17を通過して得られるスポットjf17の2つのスポットを同時に得ることができる。ここで、スポットjf11とスポットjf16とのエネルギ比、およびスポットjf12とスポットjf17とのエネルギ比は、光屈折板17の位置で調整することができる。
【0028】
また、これにともない焦点位置からずれた位置にも2つのスポットが形成される。当該焦点位置からずれた位置の2つのスポットは無数に存在するが、例えば図1に示したdf11、df16、df12、df17等を挙げることができる。
【0029】
溶接装置10では後述するように、溶接方向に長い、または2つの並列するスポットを形成する(図8、図9参照)。そのため溶接装置10は、同図に示すように溶接線方向に傾斜した傾斜面を備えるプリズムをコリメートレンズと集光レンズとの間に備える。コリメートレンズを通過したレーザビームの一部はこのプリズムにより溶接線方向に屈折する。
【0030】
図2は変形例に係る本発明の溶接装置10’の構成を模式的に示した図である。溶接装置10’では、溶接装置10に備えられる光屈折板17の代わりに、プリズム17’が配置されている。ここで、例えばコリメートレンズ14を通過したレーザビームの一部はプリズム17’の一面と集光レンズ15を通過し、焦点位置(jf11’)に集光する。他部分のレーザビームは、プリズム17’の他面および集光レンズ15を通過し、上記焦点位置とは別の位置に焦点が形成される(jf16’)。2つの焦点のエネルギ比、及び相対位置は、レーザ横断面におけるプリズム17’を移動させ、位置を調整することにより可能である。また、焦点jf11’、jf16’からずれた位置には例えば図2にdf11’、df16’で示したスポットが形成される。
【0031】
図3は第二実施形態に係る本発明の溶接装置20の構成を模式的に示した図である。溶接装置20では、複数の発振機21、25と、これに接続された光ファイバ22、26、および溶接ヘッド23、27を備えている。溶接ヘッド23、27はコリメートレンズ及び集光レンズを含み、光学系を形成している。それぞれ溶接ヘッド23、27で集光されるレーザビームは、焦点位置においてそれぞれ円形の焦点(jf21、jf25)を形成するように集光される。また、焦点jf21、jf25からずれた位置には例えば図3にdf21、df25で示したスポットが形成される。焦点jf21、jf25やスポットdf21、df25の相対位置は溶接ヘッド23、27の位置や設置角度を変更することにより調整することができる。
【0032】
以上のような溶接装置10、10’、20により溶接部における凹みの発生を小さくしつつも効率のよい溶接をすることができる。
【0033】
次に本発明の実施形態に係るレーザ溶接方法について説明する。わかりやすさのため、ここでは上記した溶接装置10を用いて溶接することを説明するが、本発明の溶接方法はこれに限定されることはなく、本発明の効果を奏するあらゆる装置を用いることができる。
【0034】
ここで、被溶接材である鋼板の種類は特に限定されるものではなく、低炭素鋼、高炭素鋼、および高張力鋼等を挙げることができる。また板厚についても特に限定されるものではないが、従来困難であった厚板の溶接が容易となり、特に板厚4.0mm以上で顕著な効果を有する。
【0035】
図4、図5は、第一実施形態に係る本発明の溶接方法M1を説明するための図である。図4は溶接方法M1において図4にTで示した量のデフォーカスがされて溶接している場面を示す図である。図5は鋼板1、2のレーザ照射面側から見た図で、照射されるレーザのスポットS1の形態を表す図である。
【0036】
溶接方法M1では、図4にTで示した量だけ焦点位置からずらされた(デフォーカスされた)レーザスポットdf12、df17のレーザを鋼板1、2の突き合わせ部に照射しつつ溶接をおこなう。従って、ここにおけるレーザスポットdf12、fd17の径Ddfは、
Ddf=Dfiber・(F2/F1)・f(DF)
で表される。ここで、Dfiberは光ファイバ径、F1はコリメーションレンズの焦点距離、F2は集光レンズの焦点距離、f(DF)はデフォーカス量による関数をそれぞれ意味する。光ファイバの径Dfiberは特に限定されるものではないが、通常1.0mm以下のものが用いられ、集光光学系のサイズとエネルギ密度の観点から径は小さい方がよく、0.6mm以下であることが好ましい。さらに好ましくは0.2mm以下である。
【0037】
さらに溶接方法M1で照射されるレーザスポットは図5からわかるようにスポットdf12、df17の一部が重なるようにされ、これにより1つの非円形のスポットS1が形成されている。図4、図5に「A:溶接方向」と示したように、非円形であるスポットS1の長手方向を溶接方向としている。これにより高い溶接効率を維持したまま、凹みを抑制することが可能となる。その理由は次の通りである。
【0038】
図6は、従来における1つの円形のスポットを有するレーザ照射により溶接した際の金属溶融部Mの状態を模式的に表した図で、紙面上方からレーザが照射されている場面である。図7は、本発明のレーザ溶接方法の際の金属溶融部Mの状態を模式的に表した図である。
【0039】
従来の溶接方法では、レーザビームを照射すると溶融部Mの上下面C、C’から金属蒸気が噴出し、その蒸気反力によりキーホールKが形成される。そして当該金属蒸気の噴出に溶融金属が巻き込まれて飛散し、これがスパッタとなることで凹み欠陥が発生する。エネルギ密度が高くなればそれに応じて蒸発反力も大きくなり、スパッタ量が増大するので凹み量が増大する。エネルギ密度を低くすればこれを抑制することはできるが、溶接の効率は低下するので生産の観点から好ましくない。また、被溶接材の板厚が大きくなると、キーホールKが深くなるので、該キーホールKの深さに対するキーホールKの開口径が小さくなる。これによりキーホールKの安定性が低下するため、溶融金属が巻き込まれ易くなりスパッタ発生の増加を招くことになる。
【0040】
一方、本発明の溶接方法によれば、図7に示したような溶接部を得ることができる。図7(a)は図6と同様、溶接部の厚さ方向断面を模式的に表した図である。図7(b)は図7(a)で示した部分を紙面上方から見た図である。すなわち、溶接方向に長いスポットS1を有するレーザを照射することにより、先行する部分が溶融部MにおけるキーホールKを生じさせ、安定化させる。さらに先行する部分に追随する部分により、特にキーホールKの上部が広げられて大きな開口を形成する。キーホールKのこのような形状により金属蒸気流に溶融金属が巻き込まれ難くなるので、スパッタが低減される。これは、ピークを2つに分けたことにより、1つのピーク当たりのエネルギ密度が低くなり、溶融した金属の振動が小さく抑えられたことが原因の1つであると考えられる。スパッタが低減されることは、溶融金属の飛散による損失が少ないことを意味するので、凹み量を低減させることが可能となる。また、このように、キーホールの形態を変えることによりスパッタを低減させるので、レーザのエネルギを高く維持したままでも凹みを減らすことができ、速い溶接速度で溶接することも可能である。
【0041】
本発明では、溶接線方向に対し、長いスポットを形成するため、円形スポットに比べ、熱伝導により溶け込み深さが大きくなる。特に厚板の鋼では薄板の鋼に比べて低速での溶接となるので、熱伝導の影響が大きくなり、溶け込み深さの大きい溶接が可能となる。
【0042】
次に、溶接方法M1におけるビームプロファイルについてさらに詳しく説明する。図8(a)は、図5と同様、鋼板1、2のレーザ照射面側から見た場合におけるスポットS1の形状を模式的に表す図である。また図8(b)はスポットS1の長手方向のエネルギ密度分布である。
【0043】
溶接方法M1ではスポットS1が溶接方向に移動することにより溶接が進められる。そしてスポットS1は、図8に示したように、溶接方向に平行である長手方向の大きさLが、溶接方向に直交する幅方向の大きさWよりも大きく形成されている。
【0044】
ここでLの値は、1.3W<L≦2.0Wであることが好ましく、1.8W<L≦2.0Wであることが更に好ましい。LがWに比べ過小ではスパッタの抑制が不十分で凹み量の低減効果が不十分となる虞がある。
【0045】
また、図8(b)に表したエネルギ密度の図から、紙面奥/手前方向も考慮した立体的なエネルギ密度分布における凸状部を形成する体積はスポットS1のエネルギを表すが、先行する長手方向側半分であるS1aと、これに追随する長手方向半分であるS1bとのエネルギ比は、スポットS1の全体のエネルギを100%としたとき、先行する部分S1aのエネルギが20%〜80%の範囲であることが好ましい。これにより本発明の効果をさらに顕著なものとすることが可能となる。さらに好ましくは50%〜80%、最も好ましくは65%〜80%である。
【0046】
溶接方法M1は、デフォーカスされたスポットS1により溶接するものであるが、これに限定されることなく、非円形である上記スポット形状により溶接するものであれば、本発明の溶接方法とすることができる。従って、焦点位置による溶接であってもよい。
【0047】
ただし、デフォーカスを適用することにより次のような更なる効果を奏するものとなる。すなわち、通常、ファイバ伝送されるレーザ溶接で用いられる焦点位置でのビームプロファイルは、トップハット形状(中央にエネルギが集中し、周辺部にかけて急激に変化する。)となっている。この場合、例えば10kWのような大出力では、中央部のエネルギ密度が高いため、焦点位置で溶接を行うと、レーザ照射位置では、スパッタが発生して凹みを生じることがある。これに対して、デフォーカス位置で溶接を行うと、エネルギ集中が緩和されて、スパッタの発生を抑制することができる。しかし、一方で、デフォーカス量が過大となると、キーホールの形成が抑制されて、溶接速度(貫通能力)の低下を招く。従って、中央部にある程度のエネルギ量を確保しつつ、周辺部にも、エネルギを分散させ、ビームプロファイルを最適化する適切なデフォーカス量を選択することにより、溶接速度の低下を抑制しながら凹み量を効果的に防止することができる。
【0048】
図9は、第二実施形態に係る本発明の溶接方法M2におけるスポットS2のプロファイルを示したものである。図9は図8に相当する図で、図9(a)は、鋼板をレーザ照射面側から見た場合におけるスポットS2の形状を模式的に表す図、図9(b)はスポットS2の長手方向のエネルギ密度分布である。
【0049】
スポットS2は、2つの分離した円形スポットS2a、S2bが溶接方向に並列されたスポットである。これは例えば、溶接装置10において、図1(a)のdf11、df16により得ることができる。ここで、図9にL’で示したスポットS2の溶接方向に平行な長手方向大きさ(溶接線方向総長さ)は、W’で示した溶接方向に直交する方向の大きさよりも大きくされている。ここでL’の値は、2.0W’<L’≦4.2W’であることが好ましく、2.0W’<L’≦2.5W’であることがさらに好ましい。L’がW’に比べ過大ではエネルギが長手方向に分散しすぎる虞がある。
【0050】
また、図9(b)に表したエネルギ密度の図から、紙面奥/手前方向も考慮した立体的なエネルギ密度分布における凸状部を形成する体積はスポットS2のエネルギを表すが、先行するスポットS2aと、これに追随するスポットS2bとのエネルギ比は、スポットS2の全体エネルギを100%としたとき、先行するスポットS2aのエネルギが20%〜80%の範囲であることが好ましい。これにより本発明の効果をさらに顕著なものとすることが可能となる。さらに好ましくは50%〜80%、最も好ましくは65%〜80%である。
【0051】
このようなスポットS2による溶接方法M2も本発明の溶接方法とすることができる。また他の条件等は、溶接方法M1と共通である。
【0052】
図10は、第三実施形態に係る本発明の溶接方法M3におけるスポットS3のプロファイルを示したものである。図10はの図8に相当する図で、図10(a)は、鋼板をレーザ照射面側から見た場合におけるスポットS3の形状を模式的に表す図、図10(b)はスポットS3の長手方向のエネルギ密度分布である。
【0053】
スポットS3は、円形であるスポットの一部を重ねた形状であるスポットS1と異なり、溶接方向側が大きく、その反対側は細くなるような形状を有している。これには例えば、非球面を有したレンズを用いることにより得ることができる。スポットS3についてより詳しくは、図10にL’’で示した溶接方向に平行な長手方向大きさ(溶接線方向総長さ)は、W’’で示した溶接方向に直交する方向の大きさよりも大きくされている。ここでL’’の値は、1.3W’’<L’’≦4.2W’’であることが好ましく、1.8W’’≦L’’≦2.5W’’であることがさらに好ましい。L’’がW’’に比べ過小ではスパッタの抑制が不十分で凹み量の低減効果が不十分となる虞がある。また、L’’がW’’に比べ過大ではエネルギが長手方向に分散しすぎる虞がある。
【0054】
また、図10(b)に表したエネルギ密度の図から、紙面奥/手前方向も考慮した立体的なエネルギ密度分布における凸状部を形成する体積はスポットS3のエネルギを表すが、先行する長手方向側半分の部分(S3a)と、これに追随する長手方向側半分の部分(S3b)とのエネルギ比は、スポットS3の全体エネルギを100%としたとき、先行する部分S3aのエネルギが20%〜80%の範囲であることが好ましい。これにより本発明の効果をさらに顕著なものとすることが可能となる。さらに好ましくは50%〜80%、最も好ましくは65%〜80%である。
【0055】
このようなスポットS3による溶接方法M3も本発明の溶接方法とすることができる。他の条件等は、溶接方法M1と共通である。また、このようなスポット形状の他に、円形が一方向に伸びた楕円形状のスポットを挙げることができる。これは、例えば蒲鉾型をしたシリンドリカルレンズ(円筒レンズ)により形成することが可能である。
【0056】
さらに、上記した溶接方法M1〜M3において、光学系の軸線を被溶接材の厚さ方向に対して平行でなく、所定の角度を有して照射してもよい。詳しくは、図11に示したように、光学系の軸線を溶接進行方向に対して反対方向となる角度θで傾け、いわゆる後退角θを有して照射する。これにより、キーホールの開口が拡大し、上記効果をさらに顕著なものとすることが可能となる。当該後退角の角度は特に限定されるものではないが、0度より大きく10度以下であることが好ましく、0度より大きく7度以下がさらに好ましい。もっとも好ましくは0度より大きく5度以下である。
【0057】
また、溶接の際には溶加材(ワイヤ)添加がされてもよい。これによってさらに凹みを抑制することができる。溶加材は通常の溶接に用いられる溶化材を用いることができる。
【0058】
以上のように本発明のレーザ溶接方法により、溶接部の凹みを抑制しつつも効率のよい溶接を提供することができる。そして、突き合わされた2枚の鋼板の突き合わせる工程と、これにより突き合わされた境界に沿って上記溶接を行う工程とを含むことにより、レーザ溶接部を有する鋼板の製造方法を提供することができる。
【実施例】
【0059】
次に実施例によりさらに詳しく説明する。ただし、本発明は本実施例に限定されるものではない。
【0060】
実施例では、レーザの照射条件を変更して突き合わせ溶接をした場合における溶接部の凹み量を測定して評価した。以下に詳しく説明する。
【0061】
<条件>
・供試材料:板厚4.5mm、幅200mmの低炭素鋼(C:0.02質量%)の突き合わせ部の溶接。
・レーザ発振機:並列に配置された複数のファイバ状結晶体から構成され、最大出力10kWのレーザ発振機を用いた。
・コリメートレンズ:焦点距離125mmのレンズを使用。
・集光レンズ:焦点距離200mmのレンズを使用。
・光屈折板:図1又は図4に示すように、溶接線方向に傾斜した傾斜面を備えるプリズムを備えた装置を用い、焦点位置において、2つのスポットの中心間距離が0.6mm(typeA)、0.5mm(typeB)、溶接線方向において先行するスポットのエネルギが全体に対して70%となるように調整した。
・伝送ファイバ径:0.2mm、0.3mm
【0062】
上記条件の他、各実験における条件を表1に示した。
【0063】
【表1】

【0064】
表1において、デフォーカス量は焦点位置からのずれ量を表す。スポット形状タイプは「従来」、「A」、「B」の3つのタイプがあり、「従来」は従来のような円形の1つのスポットによる溶接である。「A」は、上記したスポットS2のように重ならない2つの円形スポットが溶接線方向に並列したスポットにより溶接するものである。「B」は、上記スポットS1のように2つの円形スポットの一部同士が重ねられて1つの非円形のスポットにより溶接するものである。
【0065】
ここで、符番1〜12は、従来における円形のスポットが1つである場合の溶接を比較例としておこなったものである。
符番13〜32では、本発明例として上記したスポットを有する溶接方法により溶接をおこなった。ここでは、デフォーカス量、溶接速度、および伝送ファイバ径を変更して実験をおこなった。
また、符番33〜38ではワイヤを採用し、符番39〜42では後退角5度をつけて実験を行った。
【0066】
<レーザプロフィル>
レーザプロフィルは、市販のレーザプロフィル測定器(例えば、PRIMES社、OPHIR社製などのFORCUS MONITAOR)を用いて、実際のプロフィルを測定することにより求めることが可能であり、この測定結果から2つのスポット径、出力比、スポット間隔などを求めることができる。なお、レーザプロフィルは、伝送ファイバ径、コリメートレンズの焦点距離、集光レンズの焦点距離、および光屈折板の屈折角と分光比とから計算にて求めることも可能である。
【0067】
<凹み量の測定>
凹み量は図12に示したようなデプスゲージGにより行い、針Hの上下方向移動量の最大値を凹み量とした。同じ凹みに対して3回測定をおこない、その算術平均値により評価した。
【0068】
表2および図13〜図15のグラフに結果を示す。図13〜図15に示したグラフにおいて「シングル」とは1つのスポットによる溶接、「ダブル」とはタイプAまたはタイプBのスポットによる溶接をそれぞれ表している。また、「0.2mm」及び「0.3mm」は伝送ファイバ径を意味する。
【0069】
【表2】

【0070】
図13は0.2mm径の光ファイバを用いた符番1〜6の従来例と符番13〜23の本発明例とを比較したグラフである。図14は0.3mm径の光ファイバを用いた符番7〜12の従来例と符番24〜32の本発明例とを比較したグラフである。図13、および図14からわかるように伝送ファイバ径がいずれの場合であっても、本発明の方が従来に比べてより速い溶接速度で小さな凹みで溶接をすることができる。
【0071】
図15は、さらに後退角を有して溶接した場合やワイヤ(溶化材)を用いて溶接した場合の結果である。これによっても従来に比べて凹み欠陥に対して良好な効果を奏することがわかる。
【0072】
以上、現時点において最も実践的であり、かつ好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う、鋼板のレーザ溶接方法、およびレーザ溶接装置も本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【符号の説明】
【0073】
1 被溶接材(鋼材)
2 被溶接材(鋼材)
10 レーザ溶接装置
11 レーザ発振機
12 光ファイバ
13 溶接ヘッド(光学系)
14 コリメートレンズ
15 集光レンズ
17 光屈折板
S1、S2、S3 スポット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の端部を突き合わせて突き合わせ部を形成し、複数の発振媒体から構成される発振機から放出され、光ファイバにより伝送され、光学系で集光されたレーザビームを、前記突き合わせ部に照射して鋼板を溶接する方法であって、
前記発振媒体は、並列に配置された複数のファイバ状またはディスク状の結晶体から構成され、
前記レーザビームは、前記鋼板の表面において、1つのビームスポットまたは溶接線方向に並列した2つの円形状のビームスポットが形成されるように集光され、
前記鋼板の表面におけるビームスポットの溶接線方向の総長さが溶接線に直交する方向のビームスポット幅より大きくなる関係を有して前記ビームスポットが溶接線に沿って移動することにより溶接することを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項2】
前記レーザビームの前記鋼板の表面における前記1つのビームスポットまたは2つの円形状のビームスポットにおいて、前記ビームスポットの溶接線方向の総長さのうち溶接進行方向側半分のビームスポットのエネルギが前記ビームスポットの合計のエネルギの20%以上80%以下であることを特徴とする請求項1に記載のレーザ溶接方法。
【請求項3】
前記レーザビームの前記鋼板の表面における前記2つの円形状のビームスポットは、その一部が重なるように集光されることを特徴とする請求項1又は2に記載のレーザ溶接方法。
【請求項4】
前記レーザビームの前記鋼板表面における前記2つの円形状のビームスポットは、互いに分離して集光されることを特徴とする請求項1又は2に記載のレーザ溶接方法。
【請求項5】
前記鋼板の突き合わせ部に溶加材を供給して溶接することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のレーザ溶接方法。
【請求項6】
前記光学系の軸線が、前記鋼板の厚さ方向に対して溶接進行方向とは反対方向に角度0〜10°の範囲で傾けられていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のレーザ溶接方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のレーザ溶接方法により溶接する工程を含む、レーザ溶接部を有する鋼板の製造方法。
【請求項8】
鋼板の端部を突き合わせて突き合わせ部を形成し、該突き合わせ部分にレーザビームを照射して鋼板を溶接する装置であって、
前記レーザビームを発振する複数の発振媒体を備え、前記発振媒体が並列に配置された複数のファイバ状またはディスク状の結晶体から構成されてなる単一の発振機と、
前記発振機から放出されるレーザビームを伝送する光ファイバと、
前記光ファイバが接続され、コリメートレンズ、光屈折板および集光レンズを有する光学系と、を備え、
前記光学系は、前記レーザビームを集光してレーザビームの前記鋼板表面において、溶接線に直交する方向に比べ溶接線方向に長い1つのビームスポットを形成する、または2つのビームスポットを溶接線方向に並列して、形成することを特徴とする鋼板のレーザ溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−210660(P2012−210660A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−163079(P2012−163079)
【出願日】平成24年7月23日(2012.7.23)
【分割の表示】特願2008−22470(P2008−22470)の分割
【原出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】