説明

レーザ狭開先多層盛溶接方法と装置

【課題】厚板であって,幅4mm〜6mmの開先を設けた金属製の溶接母材の狭開先多層盛溶接を低出力レーザによって確実に行うことができるレーザ狭開先多層盛溶接方法と装置を提供すること。
【解決手段】レーザ光2の焦点を外して得られるレーザスポット21を狭開先に加工した金属製の溶接母材8に照射するとともに,ホットワイヤ3を母材8の溶融部分の中央に供給して溶融プール7を形成し、ワイヤ3を挟んでそれぞれ同じ側にある開先壁面10又は11と溶融プール7の境界線とワイヤ3の側縁との間とワイヤ3を照射しないように溶融プール7と前方開先底面12との境界線上を通る略U字形の軌跡上をレーザスポット21を往復走査させて溶接をするレーザ狭開先多層盛溶接方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はレーザ溶接とホットワイヤ溶接とを組合せた溶接方法に係わり、特に圧力容器に用いられる肉厚20mm以上の鋼板あるいは鋼管の高能率溶接に好適なレーザ狭開先多層盛溶接方法と装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接とは、レーザ光を熱源とした溶接である。レーザ溶接はエネルギー密度の違いによって、(a)レーザ光を1点に集中することで照射位置の材料を蒸発し、発生した金属蒸気ジェットの反力で深い溶込みを得る「キーホール型溶接」と、(b)レーザ光線を比較的広い範囲に分散することで溶融接合を行う「熱伝導型溶接」の2種類に分けられる。
【0003】
キーホール型溶接には、例えば20mm以上の厚板溶接向けとして、10kW〜20kWのレーザを用いる方法がある。この方法は,溶接の高能率化が可能となる一方、溶接金属の幅に対して深さが大きくなる、いわゆる深溶込み形状の溶接金属となるので、溶接母材の種類や溶接条件によって溶接部中央部に割れが生じやすく、溶接欠陥となる。
【0004】
熱伝導型溶接には薄板や箔の溶接やロウ付け(母材が溶融しない接合法)向けとして、0.1kW〜5kW程度の低〜中出力のレーザを用いる方法がある。この方法では金属蒸気が発生せず欠陥は生じ難いものの、溶込みが浅いので厚板の溶接には使用できない。
【0005】
特許文献1には、肉厚材の溶接に関し、材料の端面に狭開先を設けたワークに対し、ここにフィラーワイヤを添加しつつ、レーザ溶接を行う方法が開示されている。この方法によれば、開先の上方にミラーを設置し、そのミラーでレーザ光を溶接進行方向に対して横向きに振幅することで、開先壁面の溶融を促進する狭開先レーザ溶接方法が開示されている。この方法により、開先の壁面がレーザによって直接照射された部位が溶融し、確実に溶着金属と金属製の溶接母材が一体となることから、低出力のレーザであっても溶接欠陥の少ない厚板の溶融接合が可能である。
【0006】
特許文献2は、狭開先溶接において、レーザ光の照射位置を開先の底部で所定の振幅で進行方向に対して左右方向および開先壁面に対して垂直方向に周期的に揺動する方法、ならびにフィラーワイヤの狙い位置を開先中央に維持する制御方法、および金属蒸気を排除するための不活性ガスシールドの送給方法が開示されている。これらの方法によれば、溶接ビードと開先壁面との間に生じる融合不良を防止するとともに、フィラーワイヤの狙い位置がずれることによる、開先壁面へのフィラーワイヤ溶着、送給不具合、融合不良を防止しつつ、高能率の溶接が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭62−220293号公報
【特許文献2】特開2011−5533号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1や特許文献2記載のレーザ溶接法は、レーザ光を進行方向に対して横方向あるいは垂直方向に振幅することで開先壁面の溶融には効果が大きい。その一方で、開先底部は溶融プールを介して加熱されるので、比較的低いレーザ出力で開先内部に溶接ビードを積層した場合に各溶接層間に未溶着欠陥が生じやすくなる。
【0009】
このように、開先幅3mm〜10mmの開先幅を有するボイラ主配管に使用される高強度耐熱材料のレーザ狭開先溶接においては、低出力レーザが用いられる場合に開先底面と左右開先壁面の溶着を確実に行うことが従来の課題であった。また、大出力レーザが用いられる場合に溶接金属の深い溶込み形状に起因する梨型ビード割れと呼ばれる欠陥の防止が課題である。
【0010】
そこで本発明の課題は、厚板であって,幅4mm〜6mmの開先を設けた金属製の溶接母材の狭開先多層盛溶接を低出力レーザによって確実に行うことができるレーザ狭開先多層盛溶接方法と装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記問題は、次の構成によって解決される。
請求項1に記載の発明は、狭開先加工した金属製の溶接母材の開先底面に形成される溶融プールに焦点を外したレーザ光を照射しつつ溶接母材とフィラーワイヤ間に通電したホットワイヤを供給しながら行われるレーザ狭開先多層盛溶接法において、開先底面に形成される溶融プール表面上をレーザ光の焦点を外して得られるレーザスポットが、フィラーワイヤを挟んで同じ側にある開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁の間を通り、かつ溶融プールと前方開先底面との境界線上を、フィラーワイヤを照射しないように通る、略U字形の軌跡上を往復走査して連続溶接することを特徴とするレーザ狭開先多層盛溶接方法である。
【0012】
請求項2に記載の発明は、レーザスポット径(R)が、一対の開先壁面の幅(t)、ワイヤ径(w)としたときに、次式(1)
(t−w)/4≦R≦(t−w)/2 (1)
の関係を満たすレーザスポット径(R)の範囲であって、かつレーザ光の狙い位置におけるレーザスポットのエネルギー密度の範囲が0.5〜2.0kW/mm2であることを特徴とする請求項1記載のレーザ狭開先多層盛溶接方法である。
【0013】
請求項3に記載の発明は、略U字状の軌跡を通る1回のレーザスポット走査周期のうち、レーザスポットが溶融プールと左右開先壁面との境界線とフィラーワイヤの間を通る回数と、溶融プールと前方開先底面との境界線上を通る回数を変化させることを特徴とする請求項2記載のレーザ狭開先多層盛溶接方法である。
【0014】
請求項4に記載の発明は、狭開先形状を加工した金属製の溶接母材の開先中央部にフィラーワイヤを送給するためのフィラーワイヤ送給ノズルと、ホットワイヤを得るためのフィラーワイヤの加熱電源装置と、溶接部へ不活性シールドガスを供給するための不活性シールドガス供給装置と、溶融部に形成される溶融プールを監視するための監視カメラと、溶融プール上のフィラーワイヤを挟んで同じ側にある開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁の間および溶融プールと前方開先底面との境界線上を、フィラーワイヤを照射しないように通る略U字形の軌跡上を、レーザ光の焦点を外して得られるレーザスポットを往復走査させて溶接部にレーザ光を照射するためのレーザスポット走査機構を有するレーザ装置を備えたレーザ狭開先多層盛溶接装置である。
【0015】
(作用)
本発明の請求項1〜4記載の発明には、次のような作用がある。
請求項1記載の発明によれば、レーザスポットが溶融プール表面上を進行方向に対してフィラーワイヤを挟んでそれぞれ一方の側にある開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁との間を通り、かつ溶融プールと前方開先底部との境界線上を通る略U字形の軌跡上をレーザスポットが往復走査することで、開先壁面と開先底面を構成する溶接金属の溶着促進効果と凹型溶接ビード形成による、溶着した溶接金属の積層時の溶接欠陥抑制効果がある。
【0016】
このうち、レーザスポットが開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁との間を通ることで、溶融プール表面で反射したレーザ光線が開先壁面を照射・溶融するので、開先壁面と溶接金属との溶着が促進される。さらに、レーザスポットの照射位置が、フィラーワイヤを超えて、溶接方向に対して後ろ側にまで照射されることで溶接ビードの中央部分が壁面部よりも低くなる、いわゆる凹型ビードが形成されて溶着金属(溶着した溶接金属)の積層時の欠陥発生が抑制される。
【0017】
一方、レーザスポットが開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁との間を通らない場合、溶接ビードと溶接母材との間にアンダカットと呼ばれる溝状の溶接欠陥が形成されるとともに凸型ビードが形成される。凸型ビード上に溶着金属を積層すると、各層の間の開先壁面側での溶着が行われない未溶着欠陥を生じる(図9の(D)と(E)参照)。
【0018】
また、レーザスポットがフィラーワイヤ上を通る場合、フィラーワイヤがレーザ照射によって溶断される。その際、液滴(スパッタ)が開先壁面又は開先底面の内部へ飛散したり、フィラーワイヤが切断したりすることで通電加熱停止が生じるために溶接作業の阻害が生じる。
さらに、レーザスポットが開先壁面よりも外側を通る場合、金属製の溶接母材上面が溶融し、溶接を続ける上で障害となることに加え、溶融プールへのレーザ光の照射が不十分となり溶接作業が阻害される。
【0019】
このほか、レーザスポットが溶融プールと前方開先底面との境界線上を通ることで、開先底面の溶融が促進される効果がある。これに対し、溶融プールと開先底部との境界線よりも進行方向前側の開先底面上をレーザスポットが通る場合、あるいは溶融プール表面上をレーザスポットが通る場合には、多層盛溶接時に各溶接層の間に未溶着欠陥が生じる。
【0020】
さらに、上記略U字形の軌跡上のレーザスポットの走査速度は、20〜200mm/sの範囲とすることが望ましい。レーザスポットの走査速度がこの範囲よりも大きい場合、レーザ照射によっても開先の溶融が行われなくなり、溶接金属が溶着されない。走査速度がこの範囲よりも小さい場合、溶融プールが縮小してフィラーワイヤを溶融プールに挿入できなくなる。
【0021】
請求項2に記載の発明によれば、往復走査されるレーザのスポット径(R)の範囲は一対の開先壁面の幅(t)、ワイヤ径(w)との間に次式(1)の関係があることが望ましい。
(t−w)/4≦R≦(t−w)/2 (1)
スポット径(R)がこの範囲よりも大きい場合、レーザ光がフィラーワイヤまたは金属製の溶接母材上面に干渉するため、フィラーワイヤの溶断や金属製の溶接母材上面が溶融して溶接作業が阻害される。また、スポット径(R)がこの範囲よりも小さくなると、開先壁面へのレーザ光の反射が十分に行われにくくなる。すなわち、本願発明の狭開先溶接方法においては、開先壁面はレーザ光の光軸とほぼ平行であり、開先壁面と溶接金属の溶着を促進するためには、溶融プール表面でレーザ光を反射させ、その反射光により開先壁面を溶融する必要がある。このため,スポット径(R)がこの範囲よりも小さい場合、レーザ光の反射によって溶融しない部位が生じやすくなるので、開先壁面の未溶着欠陥が生じやすくなる。
【0022】
さらに、上記スポット径(R)を有するレーザスポットのエネルギー密度、すなわちレーザ出力をスポットの面積で割った値の範囲が0.5〜2.0kW/mm2であることが望ましい。レーザスポットのエネルギー密度が2.0kW/mm2を超えると、レーザ照射位置における溶接金属の蒸発が活発になり、金属蒸気が開先壁面に付着して溶接金属の溶着を阻害するのでエネルギー密度は2.0kW/mm2以下に制限される。また、エネルギー密度が0.5kW/mm2以下になると反射光による開先壁面の溶融が行われなくなる。
【0023】
請求項3に記載の発明によれば、レーザスポットの走査周期1回分のうち、溶接進行方向に対してレーザスポットの左側溶融プール領域あるいは右側溶融プール領域内でレーザスポットの反復回数を増やすことで開先壁面の溶融促進効果が得られる。すなわち、図7に示すレーザスポット通過点A〜Dの4点について、(B→A→B→A→B)→(C→D→C→D→C)→(B→A→B→A→B)→(C→D→C→D→C)のようにレーザスポットを反復走査することによって、開先壁面と溶接金属との溶着が促進される効果がある。
【0024】
反復回数が増大すると溶融プールの幅がさらに大きくなるが、過度に溶融プール幅が増えるとアンダカットと呼ばれる凹みが開先壁面と溶融プールの境界部に生じる。アンダカット部には未溶着欠陥が生じるため、溶接欠陥の抑制される反復回数には範囲がある。また、レーザスキャナ装置によってレーザスポットの移動速度には上限があるので、反復回数を多くした場合に、レーザ走査周期が長くなってしまうと、開先底面において周期的に未溶融欠陥が生じる場合がある。
【0025】
請求項4に記載の発明によれば、溶融プール表面において、レーザスキャナと呼ばれる複数の鏡を組み合わせたレーザ装置を溶接部近傍に対してレーザスポットを2次元走査するために使用されるが、レーザヘッドを移動することでもレーザスポットを2次元走査することができる。
【0026】
溶融プール監視カメラは、レーザ光線照射方向と同じ方向から溶融プールを観察し、レーザスポットの走査範囲を決定するために使用される装置であるが、レーザの光軸とは異なる方向に設置したカメラを用いても良い。
【0027】
フィラーワイヤは、開先内部の空間を埋めるための溶着金属形成に使用される。フィラーワイヤと溶接母材との間にはホットワイヤ加熱電源装置によって電流が流され、フィラーワイヤがジュール加熱される。これにより、低出力レーザ溶接装置を用いても溶融プールの大きさが保たれる効果がある。
【0028】
フィラーワイヤ供給ノズルは、例えば内部にフィラーワイヤのガイド孔を有する耐熱セラミックからなり、通電加熱によって柔らかくなったフィラーワイヤを溶融プール中央に導くためのものであり、フィラーワイヤが開先壁面に接触し、付着することで溶接作業が阻害されることを防止する効果がある。前記ガイド孔内部に、不活性シールドガス供給装置からアルゴン、窒素、炭酸ガス、ヘリウム、あるいはこれらの混合ガスを流通することで高温の溶融プール、高温の溶着金属及びフィラーワイヤの酸化防止効果が得られる。
【発明の効果】
【0029】
請求項1、4記載の発明によれば、溶融プール表面上を溶接進行方向に対して同じ側にある開先の両壁面のいずれか一方の壁面と溶融プールの境界線と溶接ワイヤ側縁との間を通り、溶接ワイヤを照射しないように溶融プールと前方開先底面との境界線上を通る略U字形の軌跡上を前記レーザスポットを往復走査させることで、開先壁面と開先底面の溶融促進効果と凹型溶接ビードの形成により、溶着金属の積層時の溶接欠陥抑制効果がある。
【0030】
請求項2に記載の発明によれば、往復走査されるレーザのスポット径(R)と一対の開先壁面の幅(t)とワイヤ径(w)との間に前記式(1)の関係があることで、レーザ光がフィラーワイヤまたは金属製の溶接母材上面に干渉することなく、また開先壁面へのレーザ光の反射が十分に行われるため開先壁面の未溶着欠陥が生じない。
【0031】
請求項3に記載の発明によれば、レーザスポットの走査周期1回分のうち、左側溶融プール領域あるいは右側溶融プール領域内でレーザスポットの反復回数を増やすことで開先壁面の溶融促進効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施例で用いられる装置構成を示す模式図である。
【図2】本発明のレーザスキャナの構造を示す模式図である。
【図3】本発明の監視カメラで取得される溶接中の溶融プール画像である。
【図4】本発明の左右開先壁および前方開先底面と溶融プールとの境界線を説明する図である。
【図5】本発明のレーザスポット径の最大径を説明する図である。
【図6】本発明のレーザ照射範囲を説明する図である。
【図7】本発明のレーザ照射経路の通過点をあらわす。
【図8】本発明の実施例で用いられるレーザスポット条件範囲である。
【図9】溶接試験結果の断面模式図
【図10】本発明の実施例の方法で得られる溶接部の溶込み断面形状である。
【図11】従来キーホール型溶接で得られる溶接部の溶込み断面形状である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
[実施例1]〜[実施例9]
以下に添付の図面を参照して本発明の実施例を説明する。図1は、本発明であるレーザ狭開先多層盛溶接に使用される溶接装置の構成および溶接中の状況について、溶接進行方向に対して右側面より見た状態を模式的に示している。レーザ装置24に設けられるレーザ溶接ヘッド1からレーザ光2が溶融プール7に向かって照射される。また、耐熱セラミックス製の管であるフィラーワイヤノズル4の内部にはフィラーワイヤ3のガイド孔を有しており、フィラーワイヤノズル4の先端からフィラーワイヤ3が露出している。また、ホットワイヤ加熱電源装置5によって、フィラーワイヤ3と母材8との間に電流を流し、フィラーワイヤ3をジュール熱により加熱する。フィラーワイヤノズル4は,開先底面12に対して進行方向後ろ側から80°の角度でレーザ照射位置に向けて溶接方向後側からフィラーワイヤ3を送給できるように固定されている。
【0034】
そして加熱されたフィラーワイヤ3の先端を母材8の溶着金属20の先端部に形成される溶融プール7に挿入する。溶融プール7および高温の溶着金属20の酸化を防止するためにシールドガス送給ノズル6からアルゴンガスなどの不活性ガスを用いて溶接部に噴出している。本実施例では不活性ガスとしてアルゴンガスを使用したが、窒素、炭酸ガス、ヘリウム又はこれらの混合ガスを用いても良い。
【0035】
本実施例では、溶融プール7の表面にレーザスポット21(図5参照)が形成されるように、レーザ光2の焦点位置を溶接部上方とした。
【0036】
レーザ溶接ヘッド1には図2に示すようにX軸ミラー31とY軸ミラー32からなるレーザ光線の2次元走査機構、いわゆるレーザスキャナが内蔵されており、レーザ光源30からのレーザ光2をX軸ミラー31とY軸ミラー32により反射して二次元上の照射範囲34に照射する。レーザ溶接ヘッド1には、溶融プール観察用同軸カメラ9が接続されており、図3の溶接部の平面図に示すように、母材8の開先壁面10、11及び開先底面12で囲まれた領域にフィラーワイヤ3が挿入され、フィラーワイヤ3の先端部の周りに溶融プール7が形成されていることがカメラ9による画像で得られる。この画像から図4の溶接部の平面図に示すような溶接進行方向の左側溶融プール領域16、前方溶融プール照射領域17及び右側溶融プール領域18が得られ。また溶融プール7と開先先端との境界線13がこれら左側溶融プール領域16、前方溶融プール照射領域17及び右側溶融プール領域18でのレーザ光2の照射により開先壁面10、11及び開先底面12との間に形成される。
【0037】
図5の溶接部の平面図に示すレーザスポット21の径Rはフィラーワイヤ3の側縁から同じ側にある開先壁面10又は11までの長さに等しいものとする。
【0038】
図6の溶接部の平面図に対応させて示すようにレーザスポット21の移動軌跡23は略U字形をしており、レーザ照射範囲22をレーザ光2が往復走査する。
【0039】
表1には、レーザスポット21を略U字形の移動軌跡上を走査させたことによる効果を検証した溶接実験結果を示す。この実験では、母材8はボイラ用鋼材である前記火SCMV28板材(厚さ30mm)とし、これに開き角度が1°で、開先壁面10,11の上端の開き幅が2〜10mmの開先を設け、フィラーワイヤ3は直径1.0mmのTGS−9Cb(株式会社神戸製鋼所製)を用いた。
【表1】

表1には、本発明の各実施例と比較例で用いた溶接条件と、そのときの溶接欠陥の発生状況を示す。この溶接実験では、いずれの溶接速度も300mm/分としたが、100〜800mm/分までの範囲での接合が可能である。また、フィラーワイヤ3の送給量L(mm/分)は開先幅tに対してL=190×t2とし、高さ約t/2の分だけ、1パスごとに溶接金属が積層されるようにした。
【0040】
レーザスポット21の走査速度に関して、20〜200mm/秒の範囲において溶接が可能であった。比較例1のように走査速度が低くなりすぎると、例えば図4の溶融プール領域16をレーザが照射している間、溶融プール領域17および溶融プール領域18が凝固してしまい、フィラーワイヤ3を挿入することができなくなり、継手を形成できなかった。これに対して、比較例2のように、走査速度が高くなりすぎると、開先の溶融が不十分となり未溶着欠陥を生じた。また、比較例3のように、開先幅tが狭い場合には、レーザスポット21をフィラーワイヤ3に干渉しないように走査することが困難となる上に、レーザスポット21が小さくなりすぎてしまい、高いエネルギー密度となるために深い溶け込みが生じて溶接ビードの中央に割れを生じた。
【0041】
これに対し、比較例4のように、開先幅tが広い場合には、レーザスポット21が大きくなりすぎてしまい、開先壁面の溶着が行われにくくなった。このため開先壁面が溶融せず、溶接金属の溶着が行われなかった。
比較例5および6は、レーザ光2を左右に揺動した場合の溶接結果である。開先幅tが3mmと狭い場合は、比較例3と同様に深い溶込み形状となり、溶接金属中央に割れが生じた。開先幅tが5mmとなると、今度は開先底面12の溶融が不十分となり、溶融接合が行われなくなった。
【0042】
レーザスポット21を固定した比較例7および8においては、溶融プール7の表面でレーザ光2の反射が生じ、開先面の一部との溶着が行われたが、本試験例のように、開先幅tに対して溶接ビードの深さhが比較的大きい条件であるために、未溶着欠陥を生じた。
【0043】
レーザスポット21を前後に揺動した比較例9および10においては、溶融プール7の底面の溶融が促進されたものの、開先壁面に対しては溶融が完全にはなされない結果となった。
【0044】
[実施例10]
開先幅t:3〜8mm、フィラーワイヤ径1mm、1、2mm、溶接速度:300mm/分、スポット揺動速度:100mm/秒の条件で、5層の狭開先溶接を行った時の溶接欠陥に及ぼすレーザスポット条件の影響を評価した。図8は、レーザ出力:P(kW)、レーザスポット径R(mm)、一対の開先壁面10,11の幅t(mm)、ワイヤ径w(mm)とし、比スポット径(=R/((t−w)/2) )を横軸、エネルギー密度(=P/((R/2)2・π))を縦軸とし溶接の状況を分類した。
【0045】
比スポット径が1を超える領域、すなわちレーザスポット21がフィラーワイヤ3あるいは金属製の溶接母材上面(開先壁面10,11の隣接部位である母材上面)に干渉する領域においては、フィラーワイヤ3の溶断や、開先壁面10,11の上部にレーザ照射が行われる。フィラーワイヤ3の溶断の場合は、フィラーワイヤ3が溶融した液滴(スパッタ)が開先壁面10,11の内側に飛散し、溶着金属を積層する際の障害となった。開先壁面10,11に隣接部位である母材上面にレーザ照射が行われる場合は、開先壁面10,11の寸法が変化し、溶接を続けることが困難となった。比スポット径が0.5以下の領域では、開先壁面10,11の溶融が十分になされず、溶着金属と開先壁面10,11とが溶融接合されていない部位が観察された。
【0046】
エネルギー密度が2.0kW/mm2を超える領域においては、溶接部から激しく金属蒸気が発生し、深い溶け込みを生じて溶接金属中央部に割れが生じた。また、エネルギー密度が0.5kW/mm2以下の領域においては、開先底面12、あるいは左右開先壁面10,11の溶着がなされなかった。
【0047】
以上の結果より、溶接欠陥を生じないレーザスポット21の条件範囲としては、幾何学的条件として比スポット径が0.5〜1の範囲、すなわち(t−w)/2≦R≦(t−w)/4 の関係を満たした上で、熱的条件としてエネルギー密度範囲が0.5〜2.0kW/mm2であることを満たすことが望ましい。
【0048】
[実施例11]〜[実施例13]
開先幅t:5mm、フィラーワイヤ径:1mm、溶接速度:300mm/分、スポット揺動速度:100mm/秒、レーザスポット径:2mm、レーザスポット21のエネルギー密度:0.5kW/mm2の条件で、5層の狭開先溶接を行い、レーザスポット21の走査周期1回分のうち左側溶融プール7の領域あるいは左側溶融プール7の領域内でレーザスポット21の反復回数を増加する溶接方法を試験した。
【0049】
図7に示すレーザスポット通過点A、通過点B、通過点C、通過点Dの4点について、(B→A→B)→(C→D→C)→(B→A→B)→(C→D→C)→・・・のように実施例1〜9の略U字形の走査経路に相当する走査経路を,反復回数1回の経路と定義する。
【0050】
これに対し,(B→A→B→A→B)→(C→D→C→D→C)→(B→A→B→A→B)→(C→D→C→D→C)→・・・のように片側の溶融プール7の領域内でレーザスポット21をそれぞれ2回ずつ往復する反復走査する場合を反復回数2回の経路と定義する。
【0051】
表2は反復回数による溶込み形状を比較したものであり、反復回数が2回、3回の経路においては開先壁面の融合が促進されて良好な溶接断面を取得できたが、反復回数がさらに増大すると、開先壁面10,11は大幅に溶融し、図9の(F)に見られるアンダカットと呼ばれる欠陥を生じた。さらに反復回数を増大すると、開先底面12の未溶融の部位が観察された。
【0052】
なお、図9の(A)が正常な溶接断面であり、(B)は溶け込みが深すぎて溶接金属中央部に割れが生じてしまった溶接断面であり、(C)は開先壁面10,11の下側と開先底面12に未溶着部分が生じた場合の溶接断面であり、(D)は凸型ビートができ、層間の開先壁面10,11が未溶着状態のままとなった場合の溶接断面であり、(E)は凸型ビートができ、開先壁面10,11に未溶着部分ができた場合の溶接断面である。
【表2】

こうして図10の溶接部の溶け込み断面図に示すような、未溶着欠陥の無い、幅が広くて浅い溶接金属が積層された多層盛溶接が得られる。これは図11に示す従来のキーホール型溶接によって得られる溶接部の溶け込み断面図と比較して、深い溶込形状によって生じる溶接金属の割れの抑制が可能となることが分かる。
【符号の説明】
【0053】
1 レーザ溶接ヘッド 2 レーザ光線
3 フィラーワイヤ 4 フィラーワイヤノズル
5 ホットワイヤ加熱電源装置 6 シールドガス送給ノズル
7 溶融プール 8 母材
9 溶融プール観察用同軸カメラ 10 開先左壁面
11 開先右壁面 12 開先底面
13 溶融プールと開先底面の境界線 16 左側溶融プール領域
17 前方溶融プール照射領域 18 右側溶融プール領域
20 溶着金属 21 レーザスポット
22 レーザ照射範囲 23 レーザスポットの軌跡
24 レーザ装置 30 レーザ光源
31 X軸ミラー 32 Y軸ミラー
34 二次元上の照射範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
狭開先加工した金属製の溶接母材の開先底面に形成される溶融プールに焦点を外したレーザ光を照射しつつ溶接母材とフィラーワイヤ間に通電したホットワイヤを供給しながら行われるレーザ狭開先多層盛溶接法において、
開先底面に形成される溶融プール表面上をレーザ光の焦点を外して得られるレーザスポットが、フィラーワイヤを挟んで同じ側にある開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁の間を通り、かつ溶融プールと前方開先底面との境界線上を、フィラーワイヤを照射しないように通る、略U字形の軌跡上を往復走査して連続溶接することを特徴とするレーザ狭開先多層盛溶接方法。
【請求項2】
レーザ光の焦点を外して得られるレーザスポットの径(R)が、開先壁面の幅(t)、ワイヤ径(w)としたときに、次式(1)
(t−w)/4≦R≦(t−w)/2 (1)
の関係を満たすレーザスポット径(R)の範囲であって、かつレーザ光の狙い位置におけるレーザスポットのエネルギー密度の範囲が0.5〜2.0kW/mm2であることを特徴とする請求項1記載のレーザ狭開先多層盛溶接方法。
【請求項3】
レーザ光の焦点を外して得られるレーザスポットの略U字状の軌跡を通る1回のレーザスポット走査周期のうち、レーザスポットが溶融プールと左右開先壁面との境界線とフィラーワイヤの間を通る回数と、溶融プールと前方開先底面との境界線上を通る回数を変化させることを特徴とする請求項2記載のレーザ狭開先多層盛溶接方法。
【請求項4】
狭開先形状を加工した金属製の溶接母材の開先中央部にフィラーワイヤを送給するためのフィラーワイヤ送給ノズルと、
ホットワイヤを得るためのフィラーワイヤの加熱電源装置と、溶接部へ不活性シールドガスを供給するための不活性シールドガス供給装置と、
溶融部に形成される溶融プールを監視するための監視カメラと、
溶融プール上のフィラーワイヤを挟んで同じ側にある開先壁面と溶融プールの境界線とフィラーワイヤ側縁の間および溶融プールと前方開先底面との境界線上を、フィラーワイヤを照射しないように通る略U字形の軌跡上を、レーザ光の焦点を外して得られるレーザスポットを往復走査させて溶接部にレーザ光を照射するためのレーザスポット走査機構を有するレーザ装置
を備えたことを特徴とするレーザ狭開先多層盛溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−206144(P2012−206144A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−74099(P2011−74099)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】