説明

亀裂検出装置及び亀裂検出方法

【課題】各ワークから発生する不規則なAE波形等のワークからの情報であっても、当該情報に基づいて各ワークの亀裂を検出できる、亀裂検出装置を提供する。
【解決手段】ワークからのアコースティックエミッション波(AE波)に基づいて複数の情報を取得する情報取得手段20と、複数の情報に基づいて判別分析におけるマハラノビスの距離を算出する距離算出手段30と、距離に基づいてワークの亀裂の有無を判別する判別手段40と、を備えている。情報取得手段20は、AE波の大きさを電圧値として検出する検出手段を備え、この検出手段で検出された電圧値の経時変化から複数の情報を取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば素材をプレス成形した際にプレス成形品に生じる亀裂を検出する装置及び方法に係り、特に素材からのAE波に基づいて複数の情報を取得し、これらの情報に基づいて判別分析におけるマハラノビス(以下、「マハラノビス」という。)の距離を算出してプレス成形品等のワークの亀裂を検出する亀裂検出装置及び亀裂検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体等を構成するパネルの立体形状は、板状の鋼材を素材としてプレス装置によって成形される。このプレス成形の際にパネルに亀裂が生じることがある。
プレス成形時に板状の鋼材が曲げられると、人間の可聴領域よりも高い周波数の弾性波が素材内から外部へ放出される。この現象はアコースティックエミッション(本明細書中でAEと言う場合がある)として知られている。
このアコースティックエミッション(AE)において、プレス成形時に素材に亀裂が生じると、通常とは異なる弾性波が外部へ放出される。
それゆえ、プレス成形時にアコースティックエミッションによって生じる弾性波、即ちアコースティックエミッション波(本明細書中でAE波と言う場合がある)を検出することで、プレス成形によって得られたプレス成形品の亀裂を検出することができる。以下、素材やプレス成形品等の加工処理を施される材料及びその材料に処理を施して得られたものを、総称して『ワーク』と言う。
【0003】
従来、ワークの亀裂有無を判定する上で、前述のAE波に基づいた検出信号を割れ有りのパターンと比較して相関の有無、即ち相互相関処理で亀裂の判別を行う装置が知られている。
【0004】
この亀裂判別装置100は、図18に示すように、AEセンサー101と、A/Dコンバーター102と、メモリ103と、基準信号発生部104と、相互相関処理回路105と、区間設定部106と、基準設定部107と、判定部108と、判定結果出力部109と、を備えている。
【0005】
AEセンサー101は、ワークからのAE波を検出するものであり、このセンサーから出力されるアナログ信号がA/Dコンバーター102でデジタルの検出信号に変換されて、出力されてメモリ103に格納される。
基準信号発生部104は、予め統計処理によって得られた割れAE波の標準波に対応する基準信号を発生するものである。
相互相関処理回路105は、前述のメモリ103からの検出信号及び基準信号発生部104からの基準信号に対して相互相関処理を行って相関特性を求めるものである。具体的には、相互相関処理回路105は、計測信号のインパルス応答を求める等のために、所定の式の相互相関関数の演算を行う。
区間設定部106は、前述の相互相関処理で得られた演算範囲において参照すべき範囲を特定するための時間等の範囲を示す信号を出力するものである。
基準設定部107は、判定処理に用いる基準データを判定部108へ出力するものである。
判定部108は、相互相関処理回路105で得られた相関データの内、区間設定部106で指定された範囲のデータに対して、基準データと比較してワークの亀裂の有無を判定する。その結果は、判定結果出力部109へ送信される。
【0006】
この種の、ワークから生じるAE波に基づいた検出信号を割れ有りのパターンと比較して相関の有無、即ち相互相関処理でワークの割れの判別を行う装置が特許文献1に開示されている。
【特許文献1】特開平08−189921号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
図18に示す従来の亀裂判別装置100は、下記(1)〜(3)の理由によって相関が出ないため、現実的にはワークに生じた亀裂の有無を正確に判別することは難しい。
(1)同一のAEセンサー101でも、亀裂の種類によって生じるAE波が異なるため、比較すべき基準となる波形を画一的に設定することはできない。
(2)同じ品番のAEセンサー101であっても図19に示すように個体差があるため、各AEセンサー101から出力されるAE波を同じ基準で比較することはできない。
(3)図20に示すように、同じAEセンサー101から出力データに対して、ワークの亀裂の有無をユークリッド距離で比較しているため、同じスカラーで亀裂有りのワークW1と亀裂無しのワークW2とを区別することができない。
このように、従来装置では、不規則なAE波形によって相互相関処理を正確に行うことは容易ではなかった。
【0008】
そこで本発明は、上記課題に鑑みて、各ワークから発生する不規則なAE波形等のワークからの情報であっても、当該情報に基づいて当該各ワークの亀裂を検出できる、亀裂検出装置及び亀裂検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の第1の構成は、ワークの亀裂を検出する亀裂検出装置であって、ワークからのAE波に基づいて複数の情報を取得する情報取得手段と、複数の情報に基づいてマハラノビスの距離を算出する距離算出手段と、距離に基づいて上記ワークの亀裂の有無を判別する判別手段と、を備えたことを特徴としている。
【0010】
本発明の亀裂検出装置において、好ましくは、情報取得手段は、AE波の大きさを電気信号(例えば電圧値,以下同じ)として検出する検出手段を備え、この検出手段で検出された電圧値の経時変化から前記複数の情報を取得する。例えば、AE波はプレス装置の成形部で前記ワークをプレス加工する際に生じる弾性波である。
本発明の亀裂検出装置において、好ましくは、情報取得手段は、検出手段から出力される電圧値の経時変化を原波形として、この原波形と該原波形を高速フーリエ変換して得られたFFT波形とから、それぞれ複数の情報を取得する。具体的には、図3に示すように情報取得手段は、原波形から情報を取得する第1情報取得部と、FFT波形から情報を取得する第2情報取得部と、を備えており、複数の情報が、第1情報取得部で得られた数値群と上記第2情報取得部で得られた数値群とで成る。さらに、第1情報取得部と第2情報収得部とは、波形の内、所定の範囲を情報の取得対象とし、さらに上記範囲を複数の区分に区切り、各区域毎に前記数値群をそれぞれ取得して、取得した複数の数値群によって前記複数の情報を構成することが望ましい。
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の第二の構成は、ワークの亀裂を検出する亀裂検出方法であって、ワークから発生するAE波から複数の情報を取得する第1ステップと、複数の情報に基づいてマハラノビスの距離を算出する第2ステップと、マハラノビスの距離に基づいてワークの亀裂の有無を判別する第3ステップと、を備えている。
【0012】
本発明の亀裂検出方法において、好ましくは、第1ステップは、AE波の大きさを示す電圧値の経時変化を原波形として、この原波形と該原波形を高速フーリエ変換したFFT波形とから、それぞれ複数の情報を取得する。
さらに、第1ステップは、原波形から情報を取得する第1の情報取得工程と、FFT波形から情報を取得する第2の情報取得工程と、を含み、複数の情報は、第1の情報取得工程で得られた複数の数値群と第2の情報取得工程で得られた複数の数値群とで成る。ここで、第1の情報取得工程と第2の情報取得工程とは、波形の内、所定の範囲を情報の取得対象とし、さらに上記範囲を複数の区分に区切り、各区域毎に前記数値群をそれぞれ取得して、取得した複数の数値群によって前記複数の情報を構成することが望ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、各ワークがプレス成形等されて生じるAE波から評価すべきデータを取得し、このデータと基準データとに基づいてマハラノビスの距離を算出し、各ワークの亀裂の有無を判別する。
特に、本発明によれば、各ワークから発生するAE波の波形が不規則であっても、多次元空間(即ち、マハラノビス空間)における基準点と単位量を定義し、評価対象のワークから得たサンプルデータが唯一の距離に対する誤差として評価することができるので、安定し、且つ、精度良くワークWを評価測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。
(1)亀裂検出装置を適用したプレスラインシステムの概要
図1は本発明の実施形態に係る亀裂検出装置10を適用したプレスラインシステム1を示す模式図である。このプレスラインシステム1では、プレス装置が4機(A〜D)設けられており、亀裂検出装置10は、板状の鋼材で成るワークWを最も変形させる絞型装置Aで絞加工を施した際にワークWに生じた亀裂を検出する装置である。亀裂検出装置10でワークWの亀裂が検出された場合には、例えば、図1に示す警報ランプ3によって作業者Pへ亀裂発生を報知する。なお、このような報知手段は、警報ランプ3に限らず、スピーカーやディスプレイを利用してもよい。
【0015】
次に、亀裂検出装置10について詳述する。
(2)亀裂検出装置の説明
本発明の実施形態に係る亀裂検出装置10は、ワークWが絞型装置Aでプレス加工される際に発生するAE波から複数の情報を取得し、当該複数の情報からマハラノビスの距離(Mahalanobis distance)を算出して、当該ワークWの亀裂を検出することを特徴としている。
このため、亀裂検出装置10は図2に示すように、情報取得手段20と、距離算出手段30と、判別手段40と、を備えている。
次に、これらの構成要素についてそれぞれ詳述する。
【0016】
(2−1)情報取得手段の説明
情報取得手段20は、ワークWについての複数の情報を取得するものである。本実施形態では、情報取得手段20は、ワークWより発生するAE波の大きさを電圧値として検出し、検出された電圧値の経時変化から複数の情報を取得する。さらに、この複数の情報は、AE波の電圧値の経時変化を原波形として、この原波形と該原波形を高速フーリエ変換(fast Fourier transform、本願明細書ではFFTと称す)して得られた波形(本願明細書ではFFT波形と称す)とから得られる情報によって構成されている。
このために、情報取得手段20は図3に示すように、AE波の大きさを電圧値として検出する検出手段21と、検出手段21から出力される電圧値の経時変化の原波形から複数の情報を取得する第1情報取得部22と、上記の原波形をFFTしたFFT波形から複数の情報を取得する第2情報取得部23とを備えている。
【0017】
検出手段21は例えばAEセンサーであり、このAEセンサーは、図1の絞型装置AにおいてワークWを押さえるポンチ型(図示省略)の側面に取り付けられている。絞型装置Aの上型2A(図1参照)と下型2B(図1参照)とでワークWが押さえ付けられる際のAEで生じるAE波がAEセンサーに入力して、例えば、このAEセンサーからは図4に示すような電圧値の経時変化の波形が出力される。このように出力された波形のデータは、図示省略する記憶装置に格納され、当該波形のデータを処理する際、記憶装置から読み出されて取り扱われる。なお、検出手段21は、AE波を連続して取っている訳ではなく、各ワークW毎に、各ワークに対するプレススライド角度が60度に至った時点、例えば絞型装置Aに設けたロータリーカムスイッチからの60度の信号をトリガーとして、それから2秒間だけ計測する。
【0018】
本実施形態の亀裂検出装置10では、図4の2秒間の波形の全範囲をチェックするのではなく、所定の時間帯の電圧変化の波形を検査対象とする。具体的には、ワークWが上型2A(図1参照)と下型2B(図1参照)とで押さえ付けられて変形する時間帯の波形を検査対象とし、例えば、本実施形態では図4で四角で囲われた領域Sにある例えば700msec〜1000msec内の波形を対象とする。
さらに、本実施形態では、例えば、上記検査対象の波形をさらに5msec間隔ごとに区切り、各5msec間をサンプリングの対象としている。図5は上記の範囲の内、700msec〜705msecにおける波形の拡大図であり、以下詳述するように、第1情報取得部22と第2情報取得部23とはこの5msec間の波形毎に以下の処理を行う。
【0019】
第1情報取得部22は、先ず図5に示す波形を絶対値に変換して、図6に示すようにプラスの値だけの電圧波形に変換する。そして、図6に示すように電圧値0〜0.14〔V〕の範囲を0.01〔V〕間隔で区切り、区切った各0.01〔V〕間隔内に波形のピークがいくつ存在するかの度数をカウントする。例えば、電圧値0.05〜0.06〔V〕の間隔内に波形のピークが8個あれば、カウント数を8とする。これにより、例えば図7のような情報を取得する。
ここで、間隔V1は0〜0.01〔V〕の範囲であり、間隔V2は0.01〜0.02〔V〕の範囲であり、間隔V13は0.13〜0.14〔V〕の範囲である。
【0020】
第2情報取得部23は、先ず図5に示す波形を高速フーリエ変換(FFT)して図8に示す周波数と強度との関係を示すFFT波形を取得し、図9に示すように200〜700〔kHz〕の範囲を15〔kHz〕間隔で区切り、区切った各15〔kHz〕間隔内にピークがいくつ存在するかの度数をカウントする。例えば、図9において周波数200〜215〔kHz〕間隔内に波形のピークが9個あれば、カウント数を9とする。これにより、例えば図10のような情報を取得する。
ここで、間隔F1は200〜215〔kHz〕の範囲で、間隔F2は215〜230〔kHz〕の範囲で、間隔F20は685〜700〔kHz〕の範囲である。
【0021】
このように、700msec〜705msecの波形に基づいて得た図7と図10のデータとを纏めて、1つのサンプルデータ〔(y1.n, y2.n, ・・・y33.n)、図3参照〕とする。例えば、以下、上記700msec〜705msecの波形に関するデータをサンプルデータ1と称する。前述したように、本実施形態では、AEセンサーから出力される波形の内、700msec〜1000msecの波形を対象とし、さらにこれを5msec間隔毎に区切ってサンプリングを行うことから、総計60のサンプルデータ〔(y1.n, y2.n, ・・・y33.n)、n=1,2,・・・60〕を取得する。即ち、前記した処理を705msec〜1000msec範囲で各5msec間隔毎に行う。
【0022】
本実施形態に係る亀裂検出装置10は、このように一つのワークWから得られた60個のサンプルデータをひとまとまりにしたデータ群を評価すべき情報として取り扱う。
具体的には、このデータ群は、図11に示すように各サンプルデータ1〜60を上下に整列させて成る、太線内の(33×60)個の値xi,n(i=1〜33,n=1〜60)から構成されている。なお、図11中の黒丸『・』の部分は値xi,nの表示を省略したものであり、このような表示は以後の図12,図13,図15でも同様である。
この図11において、前述の図7における項目(V1〜V13)は図11の変数(X1〜X13)に対応し、前述の図10の項目(F1〜F20)は図11の変数X14〜X33に対応する。さらに具体的には、図7における項目(V1)の値『9』が図11の値(x1,1)であり、項目(V13)の値『9』が図11の値(x13,1)である。
以下、このように亀裂の有無を判別すべきワークWから取得した上記図11の太枠内の数値群を一つの行列として取り扱い、判断対象のデータVmとする。
【0023】
(2−2)距離算出手段の説明
距離算出手段30は、情報取得手段20によって得られた判断対象のワークWに関する情報、即ち前述のデータVm(図11参照)に基づいてマハラノビスの距離を算出するものである。なお、距離算出手段30における検査対象のワークWについてのマハラノビスの距離を算出するにあたり、本実施形態に係る亀裂検出装置10は、予め、亀裂が無い良品のワークに関する情報(以下、良品データと言う場合がある)を記憶しており、上記データVmと共に良品データとに基づいて検査対象のワークについてマハラノビスの距離を算出する。
【0024】
〔マハラノビスの距離の概要〕
マハラノビスの距離とは、適正であったり正常と評価されるべき良品のワークに関する複数のデータ、即ち良品データの平均の値を原点として、その原点と評価対象のワークWに関するデータとのマハラノビスの距離D2を、データ間の相関を考慮して算出するものである。
このようなマハラノビスの距離D2の算出にあたり、以下のステップ(イ)〜(ハ)を予め行う必要がある。
【0025】
(イ)評価測度に対して必要とする計測項目を決める。本実施形態では、この項目は図11における変数X1〜X33の33項目としている。
【0026】
(ロ)マハラノビス空間を規定する。検査対象のワークWについてマハラノビスの距離を算出するために、評価の基準点と単位量を規定する基準空間、即ちマハラノビス空間を規定する。具体的には、精度良くマハラノビスの距離D2を算出するためには、上記(イ)の項目数の2倍程度のサンプル(一つのサンプルには33項目の情報が含まれている)が必要である。
このため、亀裂の無い良品のワークについて、前記のVmに相当するデータVg(以下、基準データVgと言う場合がある)を作成する。データVgの作成は、前記のVmと同じであり、良品のワークを絞型装置Aで押さえつけた際に生じるAE波をAEセンサーに入力させて、AEセンサーから出力される電圧の経時変化を示す波形の内、図4の四角の領域Sの範囲、即ち700msec〜1000msecを検査対象として、この範囲をさらに5msec間隔毎に区切り、各間隔をサンプリング対象として、各間隔について前述変数X1〜X33に対応する値を求め、700msec〜1000msec内の各5msec間隔から得られた60個のサンプリングデータを取得し、図12に示すようにサンプルデータ1〜60を上下に整列させて、太線内に(33×60)個の値(ai,n)(i=1〜33,n=1〜60)がマトリクス状に配置された空間を基準空間として取り扱う。このように亀裂の無い良品のワークから得た良品データ、即ち上記図12の太枠内の数値群を一つの行列として取り扱い、評価の基準データVgとする。なお、図12において、データVgを構成する各値を、前記のデータVmの値と区別するために『a』を用いて表している。このように、基準空間が、本実施形態では、(33×60)個の値で構成されていることに対応して、データVmも同様に構成されている。
なお、基準空間は上記に限らず、例えば項目数を33項目より多くして或いは少なくしてもよく、また、サンプリングデータの数は上記では60個であるがこの数に限定されるものではなく、非常に精度を高めるためには数百以上が望ましく、場合により60個よりも少ないサンプリングであってもよい。
【0027】
(ハ)相関行列を求める。上記(ロ)で得た基準データVgを利用して、相関行列を算出する。先ず、図12に示すように、各変数(即ち項目)X1〜X33毎に平均値M1〜M33と標準偏差σ1〜σ33とを求める。次に、これらの平均値M1〜M33と標準偏差σ1〜σ33とから、下記の式(1)に示す基準化値bi,nを求めて、下記の式(2)に示す基準化多次元ベクトルBを定義する。
【数1】

ここで、i=1,2,・・・33であり、n=1,2,・・・60である。
【数2】

ここで、n=1,2,・・・60であり、Tは(b1.n,b2.n,b3.n,・・・b33.n)の転置行列であることを示している。
この基準化多次元ベクトルBnから、基準化値ai,nの相関行列Rは下記式(3)として表される。
【数3】

さらに、この式(3)の相関行列Rの逆行列R-1を求める。
このようにして、マハラノビスの距離D2を算出するための準備が完了する。
【0028】
この相関逆行列R-1を、本実施形態に係る亀裂検出装置10では、マハラノビスの距離D2を算出する前に、予め良品のワークでアコースティックエミッションによって生じた音波に基づく波形を処理して、図示省略する記憶装置に記憶している。
そして、距離算出手段30は、検査対象のワークWから個々に生じたAE波に基づいて情報取得手段20が取得した検査対象のワークWのデータVmと、上記の逆行列R-1とから、マハラノビスの距離D2を、以下の式(4)から算出する。
【数4】

ここで、Vは、データVの転置行列であり、kは項目数であり本実施形態における変数の総数(X1〜X33)である値「33」が該当する。
本実施形態では60個のサンプルデータを利用しているので、各評価対象のサンプルデータ毎にマハラノビスの距離D2が求まる。
ここで、マハラノビスの距離D2は、ワークWが良品である場合には短く、即ち図13で示すように小さい値として算出される。これらの算出された各距離D2(即ち図13の各値)を図14に示すように0.5毎に距離を区切って、各距離間隔内に含まれるデータの数をカウントすると、良品のワークの距離は大凡0〜3未満の範囲内に集中することが知られている。一方、不良品のワークWにあっては、図15に示すようにマハラノビスの距離D2が長いもの、即ち大きな値が算出され、図16に示すように、良品の数値範囲を超える距離区間に距離が存在するサンプルデータが存在することになる。
【0029】
(2−3)判別手段の説明
判別手段40は、検査対象のワークWについて距離算出手段30で算出されたマハラノビスの距離D2から、ワークWの亀裂の有無を判定する。図14に示すように、距離D2に関して、0.5間隔で評価の程度が等級として表されることになり、例えば、距離D2として参照値Vrefよりも大きな距離D2が存在する場合に、判別手段はワークに亀裂があると判定する。例えば、距離D2が0〜3未満を良品とし、3以上の距離D2が一つでも存在すれば、そのワークを不良品と判断する。
このように、判別手段40は算出された60個の距離D2を参照してVrefよりも大きな距離D2が存在する場合にそのワークWを不良品と判断する。ワークWが不良品であると判断した場合、その旨が警報ランプ3(図1参照)などの報知手段を駆動する図示省略する制御部へ送られて、当該制御部が報知手段を駆動することで、作業者に亀裂の有るワークの存在を知らせることができる。
【0030】
以上の亀裂検出装置10は、具体的には、外部に配置された検出手段21と、この検出手段21と例えば通信ケーブル等の有線4(図1参照)或いは無線で接続されたコンピュータ50(図1参照)と、から構成される。このコンピュータ50は、前もってインストールされたソフトウェアを実行することで、上記の情報取得手段20(第1情報取得部22及び第2情報取得部23),距離算出手段30,判別手段40の処理を実現する。情報取得手段20(第1情報取得部22及び第2情報取得部23),距離算出手段30,判別手段40における各処理は予めシーケンスが決められており、例えば、ワークWから生じたAE波の波形データの取得をトリガーとして判別処理を開始し、検査対象のワークWの亀裂の有無の判別結果を出力するまで、全てコンピュータが自動で行うように構成されている。
【0031】
なお、複数のコンピュータをLANによって接続して、上記各情報取得手段20(第1情報取得部22及び第2情報取得部23),距離算出手段30,判別手段40の動作を複数のパーソナルコンピュータによって分散処理させてもよい。コンピュータ50は、従来公知の構成のものを使用することができ、RAM,ROM,ハードディスクなどの記憶装置と、キーボード,ポインティング・デバイスなどの操作装置と、操作装置等からの指示により記憶装置に格納されたデータやソフトウェアを処理する中央処理装置(CPU)と,処理結果等を表示するディスプレイなどを備えている。このコンピュータは汎用の装置であっても、専用の装置として構成されたものであってもよい。
【0032】
(3)亀裂検出装置の動作
本発明の実施形態に係る亀裂検出装置10は以上のように構成されており、ワークWの亀裂の検出動作について図17に示す判別フローに基づいて説明する。
検査対象のワークWにプレス加工が施されると、プレス時に発生するAE波が絞型装置A(図1参照)のポンチ型側面に配設されたAEセンサーに入力される(ステップS1)。このAE波の振幅変化がAEセンサーによって検出されて、AEセンサーから亀裂検出装置10の主装置を成すコンピュータ50(図1参照)へ電圧の経時変化として送られる。コンピュータ50では、図示省略する記憶装置にそのデータ(原波形)を格納する(ステップS2)。
【0033】
コンピュータ50はソフトウェアを実行して、記憶装置に保存した波形の情報を基にワークWに関する複数の情報を取得する。具体的には、波形の内、700msec〜1000msecの区間を対象とし、さらに区間を5msec間隔の区域に区切り、各区域をサンプリング対象として、全60サンプルからサンプルデータ〔(y1.n, y2.n,・・・y33.n)、n=1,2,・・・60〕を取得する。ここで、コンピュータ50は、ソフトウェアを実行することで、前述の第1情報取得部22及び第2情報取得部23の処理を行い、波形の各区域から第1情報取得部22は図7に示すような13個の数値V1〜V13を取得し(ステップS3)、第2情報取得部23は図10に示すような20個の数値F1〜F20を取得する(ステップS4)。このような処理によって、各5msecのサンプリングの区域毎に計33個の値を取得し(ステップS5)、これらの33個の値を1セットとして1つのサンプルデータ(y1.n, y2.n,・・・y33.n)を構成する。そして、全700msec〜1000msec区間から計60個のサンプルデータ〔(y1.n, y2.n,・・・y33.n)、n=1,2,・・・60〕を取得し、図11に示すようにこれらのサンプルデータ1〜60を上下に整列させ、これらの(33×60)個の値の集合で成るデータVを構成し、図示省略する記憶装置に保存する。
【0034】
コンピュータ50は、ソフトウェアを実行することで距離算出手段30の処理を行う。例えば、距離算出手段30は、記憶装置から検査対象のデータVを読み出し、この転置行列Vを算出する。そして、距離算出手段30は、予め良品のワークに基づいて作成した相関逆行列R-1を記憶装置から読み出し、この行列R-1と検査対象のデータVmと転置行列Vと上記式(4)とに基づいて、マハラノビスの距離D2を算出する(ステップS6)。ここで、検査対象のワークWから60個のサンプリングデータを取得していることから、この距離計算の結果として、各サンプリングデータ毎にマハラノビスの距離D2が算出される。
【0035】
コンピュータ50は、ソフトウェアを実行することで判別手段40の処理を行い(ステップS7)、算出された複数のマハラノビスの距離D2の内、参照値であるVrefよりも長い(即ち、Vrefの値よりも大きい)値が一つでもあれば、検査対象のワークWに亀裂が有ると判定する(ステップS8)。一方、全てのマハラノビスの距離D2がVrefよりも短ければ、亀裂無しの良品と判定する(ステップS9)。なお、ワークWの亀裂が検出された場合には、例えば、コンピュータ50は外部の制御装置に信号を送る(ステップS10)。これにより制御装置は、警報ランプ3(図1参照)などを駆動させて、作業者Pに亀裂の有るワークWの発生を知らせる。
【0036】
このように、マハラノビスの距離D2の算出において、良品のワークWからの情報を基に作成された評価測度の基準を成す基準データVgを保持しており、各ワークWがプレス成形されて生じるAE波から評価すべきデータVmを取得し、このデータVmと基準データVgとに基づいてマハラノビスの距離D2を算出し、各ワークWの亀裂の有無を判別する。
【0037】
本発明の実施形態に係る亀裂検出装置10によれば、各ワークWから発生するAE波の波形が不規則であっても、多次元空間(即ち、マハラノビス空間)における基準点と単位量を定義し、評価対象のワークWから得たサンプルデータが、唯一の距離に対する誤差として評価することができるので、安定し、且つ、精度良くワークWを評価測定することができる。
【0038】
さらに、本実施形態に係る亀裂検出装置10によれば、自動でワークWの亀裂を精度良く検出することができるので、従来、検査員が目視によって亀裂の有無を検査する作業の負担を大幅に減少させることができる。
【0039】
以上説明したが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において様々な形態で実施をすることができる。上記実施形態では、ワークWから生じたAE波の波形(図4)の内、700msec〜1000msecを対象としているが、この範囲に限られず、例えば800msec〜1000msecを対象とし、さらにこの800msec〜1000msec範囲を2.5msec間隔毎に区切ってサンプリング対象の区域として、例えば、60〜80個のデータ〔(y1.n, y2.n,・・・y33.n)、n=1,2,・・・60〜80〕をサンプリングするようにしてもよい。尤も、一つのワークWから数百のサンプリングデータを取得して、データVmを構成してもよい。この場合、それに対応した基準データを規定する必要がある。これから、マハラノビス空間を規定する項目数k(先の式4のk)が33に限定されるべきでないことも勿論である。
【0040】
本発明の亀裂検出装置は、ワークをプレス加工するプレスラインに適用できるだけでなく、例えば、シャフト、ギヤ等のワークを高周波焼入れした際、或いはワークに対する歪取りの際等にワークに発生する割れを、その際のAEによって生じるAE波を利用して適用できることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置を適用したプレスラインシステムの概略側面図である。
【図2】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置のブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置における情報取得手段のブロック図である。
【図4】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置の検出手段から出力されたAE波の電圧の経時変化を示すグラフである。
【図5】図4の波形において700msec〜705msec間のグラフである。
【図6】図5のグラフの絶対値を取った後のグラフである。
【図7】図6のグラフから取得した検査対象のワークについて700msec〜705msec間における情報を示す表である。
【図8】図5の波形をFFT解析して変換したFFT波形を示すグラフである。
【図9】図8のFFT波形を所定周波数間隔置きに区切った状態を示すグラフである。
【図10】図8のグラフから取得した検査対象のワークについて700msec〜705msec間における情報を示す表である。
【図11】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置において、検査対象のワークについてマハラノビスの距離を算出する際に計算対象となるデータを示す表である。
【図12】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置において、検査対象のワークについてマハラノビスの距離を算出する際に計算の基礎となるデータ(基準空間;マハラノビス空間)を示す表である。
【図13】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置によって良品のワークのデータに基づいて算出したマハラノビスの距離を示す表である。
【図14】図13の各マハラノビス距離の等級別のカウント数を示す表である。
【図15】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置によって不良品(欠陥品)のワークのデータに基づいて算出したマハラノビスの距離を示す表である。
【図16】図15の各マハラノビス距離の等級別のカウント数を示す表である。
【図17】本発明の実施形態に係る亀裂検出装置における判別フローを示す図である。
【図18】従来の亀裂判別装置の構成を示すブロック図である。
【図19】従来の亀裂判別装置で利用するAEセンサーの個体差を説明するグラフである。
【図20】従来の亀裂判別装置におけるユークリッド距離での比較では、亀裂有無のワークを正確に識別できないことを説明するための図である。
【符号の説明】
【0042】
10 亀裂検出装置
20 情報取得手段
21 検出手段
22 第1情報取得部
23 第2情報取得部
30 距離算出手段
40 判別手段
50 コンピュータ
W ワーク
1 プレスラインシステム
2A 上型
2B 下型
3 警報ランプ
4 有線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークの亀裂を検出する装置であって、
上記ワークからのアコースティックエミッション波に基づいて複数の情報を取得する情報取得手段と、
上記複数の情報に基づいて判別分析におけるマハラノビスの距離を算出する距離算出手段と、
上記距離に基づいて上記ワークの亀裂の有無を判別する判別手段と、
を備えたことを特徴とする、亀裂検出装置。
【請求項2】
前記情報取得手段が、前記アコースティックエミッション波の大きさを電圧値として検出する検出手段を備え、この検出手段で検出された電圧値の経時変化から前記複数の情報を取得することを特徴とする、請求項1に記載の亀裂検出装置。
【請求項3】
前記アコースティックエミッション波がプレス装置の成形部で前記ワークをプレス加工する際に生じる弾性波であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の亀裂検出装置。
【請求項4】
前記情報取得手段が、前記検出手段から出力される電圧値の経時変化を原波形として、 この原波形と該原波形を高速フーリエ変換して得られたFFT波形とから、それぞれ複数の情報を取得することを特徴とする、請求項1〜3の何れかに記載の亀裂検出装置。
【請求項5】
前記情報取得手段が、
前記原波形から情報を取得する第1情報取得部と、
前記FFT波形から情報を取得する第2情報取得部と、を備えており、
前記複数の情報が、上記第1情報取得部で得られた数値群と上記第2情報取得部で得られた数値群とで成ることを特徴とする、請求項1〜4の何れかに記載の亀裂検出装置。
【請求項6】
前記第1情報取得部と前記第2情報収得部とが、前記波形の内、所定の範囲を情報の取得対象とし、さらに上記範囲を複数の区分に区切り区域毎に前記数値群をそれぞれ取得し、取得した複数の数値群によって前記複数の情報を構成することを特徴とする、請求項5に記載の亀裂検出装置。
【請求項7】
前記検出装置が、前記プレス装置で前記ワークを押さえるポンチ型に取り付けられていることを特徴とする、請求項1〜6の何れかに記載の亀裂検出装置。
【請求項8】
ワークの亀裂を検出する方法であって、
上記ワークから発生するアコースティックエミッション波から複数の情報を取得する第1ステップと、
上記複数の情報に基づいて判別分析におけるマハラノビスの距離を算出する第2ステップと、
上記マハラノビスの距離に基づいて上記ワークの亀裂の有無を判別する第3ステップと、を備えたことを特徴とする、亀裂検出方法。
【請求項9】
前記第1ステップが、前記アコースティックエミッション波の大きさを示す電圧値の経時変化を原波形として、この原波形と該原波形を高速フーリエ変換したFFT波形とから、それぞれ複数の情報を取得することを特徴とする、請求項8に記載の亀裂検出方法。
【請求項10】
前記第1ステップが、前記原波形から情報を取得する第1の情報取得工程と、
前記FFT波形から情報を取得する第2の情報取得工程と、を含み、
前記複数の情報が、上記第1の情報取得工程で得られた複数の数値群と上記第2の情報取得工程で得られた複数の数値群とで成ることを特徴とする、請求項9に記載の亀裂検出方法。
【請求項11】
前記第1の情報取得工程と前記第2の情報取得工程とが、前記波形の内、所定の範囲を情報の取得対象とし、さらに上記範囲を複数の区分に区切り、各区域毎に前記数値群をそれそれ取得して、取得した複数の数値群によって前記複数の情報を構成することを特徴とする、請求項10に記載の亀裂検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2009−300192(P2009−300192A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153604(P2008−153604)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000157083)関東自動車工業株式会社 (1,164)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】